夏は染付/(数寄)
- 2009/07/03(Fri) -
 鎮西は大雨だというが、江戸は中途半端な雨の梅雨空。やはり、降るときにはきっちり降ってもらわないと困るってもんだ。

 さて、この季節、晩酌の肴にも、涼味がほしいというものである。

 で、染付。

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 ▲扇面の器は、盛り付けは難しいが、絵皿としてはたいへん面白い


 見込みに呉須(コバルト)で描かれた山海の風景が、なんとも涼し気ではないですか。

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 ▲磁器にコバルトブルーが冴えるねえ


 さて今晩は、こいつに鰹の刺身を盛り込んで、晩酌といこうかね・・・。

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 ▲器のへりにも、波が寄せる。太化年製とあるが、たぶんパチモン(笑)


 (おしまい)




 


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”翠月庵の”刀法併用手裏剣術〜その3 二本目「先」/(手裏剣術)
- 2009/06/29(Mon) -
 翠月庵の刀法併用手裏剣術の型、二本目は「先」である。

 この型は、藤田西湖著『図解 手裏剣術』P163〜164に示されている、知新流の型を本としている。

 型の動きは以下の通り。

 1 帯刀し、自然体で立つ。その際、あらかじめ右手に手裏剣を持っておく。
 2 右足を一歩踏み込み、順体で打剣。
 3 左足を踏み出しながら抜刀。
 4 右半身で、真っ向正面斬り。
 5 血振い、納刀。

 
▲この動画は、いろんなテーマで貼り付けてますが、ま、ご再見ください

 この型の要諦は、

 A)武技としての「先」を学ぶこと
 B)気・剣・体が一致した順体の打剣を学ぶこと

 以上の2点である。

 型の動きとしては、正対していると仮定している仮想の相手が、鯉口を切り、右手を柄に掛けようとした、その瞬間に”先”をとって打剣する。この型/技の眼目は、まさにこの1点にあるのである。

 なお想定としては、柄に手をかける相手は、こちらが手裏剣を保持していることを知らない(隠剣)わけで、居合術的に抜き付けるのではない。あくまでも尋常な立合のために、一足一刀の間合以上の距離で正対している状態で剣を抜くのである。この機に、我は、手裏剣を打ち、相手を討ち取る。いわば奇襲・奇策であり、槍術で言うところの「犬槍」である。

 こうした奇襲は、「霞をかける」と称して、古流には口伝などでよく伝えられているものだ。つまり極論すれば、まず相手に投げつけるのは、手裏剣でなくとも、それこそ小柄や笄、あるいは手ぬぐいや扇子などでも良いのである。

 しかし、そこは我々はあくまで手裏剣術者であるので、最初の打剣は奇襲でありながら、一打必倒の気勢で、気・剣・体を一致させて打ち込まなければならない。


 さて、一方で鍛錬型としての意味あいでは、上述B)の「順体での打剣」を、刀術の操法と連携させて学ぶのが、この型の最大の目的である。踏み込みと打剣は形而上でも形而下でも、一致しなければならない。気・剣・体の一致である。そういう意味で、先に挙げた私の動画の演武は、踏み込みに対して打剣が一拍子遅れており、これが居着きとなっている。

 恥ずかしながら、未熟な見本だと思って観ていただきたい。


 なお、この型において、藤田はその著書で、具体的な距離について記述していない。同書には図が示されており、それを見る限り彼我の間合いは1間程度となっているが、これが正しい設定であるのか、あるいは紙面のスペース上、便宜的に示されたものなのかは不明である。

 このため当庵では、手裏剣術としての間合の妙が活かされ、なおかつ打剣から斬撃への拍子が非現実的にならないであろう、的までの距離・二間を型の起点としている。

 しかし当然ながら、平素の稽古で十分に型に熟練すれば、距離を三間程度にまでとって行うのもよい。その際には、運歩が増えるので、適切な間合を考えながら鍛錬することが重要である。

(この項、つづく)

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”翠月庵の”刀法併用手裏剣術〜その2 一本目「抜付」/(手裏剣術)
- 2009/06/27(Sat) -
 翠月庵の刀法併用手裏剣術の型、1本目は「抜付」となる。

 この型は、藤田西湖著『図解 手裏剣術』P146の「実戦に臨むときの第一」を本としている。

 動きを概説すると、

 1)抜き付け(左引き足)
 2)晴眼に構え打剣(2回)
 3)踏み込んで真っ向正面斬り
 4)納刀

 というものだ。

 藤田が示す型では、最初の抜き付けについては、「左足を後方に引きながらすばやく刀を抜き、」と示されるのみで、この抜き付けが、いわゆる横払いなのか、切っ先を最短距離で正中線に附けるのか、あるいは自分の左肩上から袈裟状に抜きつけるのか、詳しい記述はない。

 そこで当庵では、第一に、鯉口から一気に相手の正中線に切先を附ける運剣を基本とした。その上で、応用1として相手の右上腕を斬る「横払い」、応用2として相手の裏小手に下から斬付ける「切上」も併せて稽古している。

 なおこの型の第一のポイントは、引き足による抜刀である。この点をよく吟味して稽古しなければならない。

 次いで、抜刀後は、右足を引いて左半身になりながら左手で柄を取り、晴眼に構えながら右手で帯にたばさんだ手裏剣を取り、上段構えから2回、打剣する。その際、藤田の著書では、左手に構えた打刀の形態として、1)晴眼に構える、2)突き出して構える、3)垂直に構える、の3種を示し、「そのときの場合によっていずれにても可し。」としている。

 これについて当庵では、3)の垂直に構える、を基本とした。

 なぜなら、片手で打刀を保持するに当たり、もっとも負担が少ないのが、この種直に構える方法であるからだ。当然ながら、位で詰めるなら1)や2)の方がより適切であるし、相手との変化する間合いによっても、この形態は変化するものであると理解しておかなければならない。

 手裏剣の打剣について、「なぜ2回打つか?」という疑問があるかもしれないが、これは鍛錬型という観点から考えればよく、実際には、抜付→打剣→正面斬りと、最速・最短で攻めるのが道理というものであろう。

 さて問題は、打剣の後の正面斬りにともなう運足である。

 打剣終了時、我は左半身になっている。藤田の著書では、ここから真っ向正面斬りに移るにあたって、「踏み込んで斬り」と記してあるのみであり、図を見ても、一歩右足を踏み込んでいるのみである。

 しかし、実際に演武してみると、最初の抜付の位置を的から1間半からとした場合、最低でも2歩踏み込まなければ、的の位置に立つであろう相手に正面斬りを届かせることができない。

 この点に関しても、「鍛錬型である」とすれば、それほど厳密な運足の歩数を設定する必要はないとも言えるが、今ひとつ、しっくりこないところである。

 一方で、最初の抜き付けの位置を1間以内とすれば、抜付から打剣後、正面斬りの踏み込みが1歩で良くなるが、そうなると打剣距離が1間半程度ということになり、手裏剣術としての間合の醍醐味が薄れる。

 こうした観点から、当庵では、現在は起点の位置を的から1間半強とし、打剣位置が的まで二間となるようにして稽古しているが、運足と起点の問題については、今後も検討の余地がある。




▲翠月庵の刀法併用手裏剣術一本目、「抜付」。この動画の撮影当時は、まだ運足の
 問題など検討中だったので、打剣際の距離がやや近いこと、打剣の際の打刀の構え
 が左上段になっていることには注意されたし!


 いずれにしても、この型の要諦は、最初の抜付で相手をまず制し、その後、手裏剣で攻めて、最後の真っ向正面斬りで極める。つまり、発剣・打剣・斬りという3つの異なる動きをスムーズに連環させることを学ぶのが、第一の目的である。

(この項、つづく)

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夏至、賢治、理科趣味的世界
- 2009/06/26(Fri) -
 いろいろワサワサしておりまして・・・、刀法併用手裏剣術の型の解説は、追々・・・。生業で消耗してしまって、気力がみなぎっていないもので。稽古も文章も、「おりぁぁー!」っという気組がないと、武術・武道というやつには取り組めないものです。


 とまあそんなこんなで、多忙もあって、こないだの日曜が夏至であるということを、昨日まですっかり忘れていました。いやはや、二十四節気や雑節を忘れてしまうようでは、とても風流人に憬れているなどとはいえません。

 夏至といえば、私としては宮沢賢治的世界の、あるいはそれにリスペクトした(BL系に走る前の)長野まゆみ的世界観の象徴のひとつなわけです。詳しくは『夏至祭』や『野ばら』、『少年アリス』などを参照されたし。

 少年時代から武ばったことばかりやっていた一方で、ある意味ネクラ(死語!)な文系少年であった私としては、理科趣味的世界というのは、いつも憬れの対象であった。とうぜんながら、それはあくまでも”文系少年が憬れる”理科趣味的世界であり、はっきりいって学問的な理系の素養は、私にはこれっぽっちもない。しかし宮沢賢治的、あるいは稲垣足穂的世界には、文系少年にも極めて魅惑的な、理科的世界であったわけです。

 そういう憧れは今も変わらず、手裏剣だ、剣術だ、殴るだ、蹴るだ、などという野暮なことを人生の大テーマにしていながら、一方では、ラピスラズリの原石とか、デザートローズとか、昆虫採集用の三角ケースとか、理科用品とかに、物欲を刺激されるわけです。

 そういう意味では、ここ最近の青磁集めなども、ある意味、理科趣味の延長線上にあるような気もしないでもない。

 そんなこんなで、何を書きたかったのか自分でも良く分からなくなってきたが、とりあえず、今晩はいかにも夏至時の夜であり、今、私は三島の小鉢と染付けの小皿が欲しいのだ! っということです。

(おしまい)
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”翠月庵の”刀法併用手裏剣術〜その1/(手裏剣術)
- 2009/06/24(Wed) -
 翠月庵では、刀法併用手裏剣術の基本型として、以下の五本(変化を含めると七本)を制定し稽古している。

一、抜付(基本ほか、変化二種あり)
二、先
三、左敵
四、右敵
五、鞘ノ内

 これらの型は、藤田西湖著『図解 手裏剣術』に掲載されている刀法併用手裏剣術の型(実戦に臨むときの第一〜四)と、知新流の伝書に記されている型を土台に、市村が運足や発剣・運剣、拍子などについて工夫を加えたものである。

 それぞれの詳細をざっと説明すると・・・・・。

 説明すると・・・・。

 う〜ん、説明するとさ、すぐに真似する人がいるんだよねえ。

 どこの誰とはいいませんがね・・・。

 もちろん、公開している技や型を誰がどう真似しようと勝手だし、かまわないと思うわけ。いやむしろ、斯術を盛り上げるためには、刀法併用手裏剣術についても、たくさんの人がどんどん研究をされたら良いと思う。

 そもそも当庵の刀法併用手裏剣術自体も、上述のように故藤田氏の著作に記された型や知新流の技に、私なりの創意を加えたものですから。

 ただし、その際に重要なのは、技の出典や出自を明確にしておくことなのである!

 参考にしたら参考にしたで、「翠月庵の型を参考にした」とか明言するのが筋ってもんだ。

 百歩譲って、「インスパイアされた」とか「リスペクトした」とかでもいい。ところがすぐに、「これは当流古来の技で・・・」とか言い出すんだよ。

 そんなんばっかだから、伝承が混乱するわけ。

 ま、そういう場合、それまで自流の教習体系にぜんぜんなかった技や鍛錬法とかが突然出現しておきながら、「代々伝わる技」とか言うもんだから、長年、武術・武道に関わっていてこの世界を観察していると、分かる人には分かるけ。

 「あ、またあの人、やってるよ」と。

 おまけに、そういう御仁に限って自己正当化本能が強いからか、「伝統」とか、「古流」とか、「他流はパクリ」とか、「当流こそ最強」とか言うもんだから、困ったもんなわけです。

 え? それは誰のことかって?

 それは、「曇りなき眼」で斯界を見れば、わかるでしょう・・・(笑)。

 閑話休題。

 というわけで、型の解説ですが・・・・。

 詳しくは、次回へ。


 (つづく)
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武術的徒然草/(武術・武道)
- 2009/06/21(Sun) -
 梅雨らしい、良い雨が降っておりますな・・・・。

                     ※  ※  ※  ※  ※

 一刀流系の切落あるいは新陰流系の合撃に類する技というのは、両手操法である日本剣術諸派における、ある意味、基本かつ極意となる典型的な業であろう。

 若い頃は、こうした型もとにかく闇雲に、そして力ずくでやっていたものだから、理合もへったくれもないぶった叩き合い稽古だったのだけれど、最近ようやく、「なるほどこういうことか・・・」と、心底から得心することが多くなってきた。切り落す際に、きちんと拍子に乗れば何も力む必要はなく、まさに先達の言うところの「今の打ちが軽いと言われれば、さらに軽く打て」というのが、しみじみ実感できるというものだ。

 それもこれも、フィジカルや闘争心が落ちてきたおかげなのか?

 そう思うとやや、切ない気がしないでもない・・・。

                     ※  ※  ※  ※  ※

 武術・武道と掛け声というのは、切っても切れないものである。

 「気合(掛け声)とは、ある種武術的な術技のひとつである」というのは、以前、ブログで書いたところ、他流派の師範方にも好評をいただいた。

 有声にせよ無声にせよ、気合(掛け声)の伴わない業なり極めというのはないというのは、斯術に親しんだ者であれば、だれしもが得心する点であろう。

 そして気合にも、先の気合、対の気合、後の気合があるわけだが、手裏剣術における”(無声の)気合”は、基本的には”後の気合”となる。これがあるとないとでは、「一打の重みがまったく違うなあ」と、つくづく思うわけだ。

 武術・武道においては、特に初学の間にきちんと有声の気合を出してハラを練っておかないと、当然、無声の気合などできるわけないので、初心のうちは意識して、「気合を入れる」ことが大事である。

 しかし、「なんで大きな声を出さねばならないのですか?」という、ビギナーの素朴な質問に、論理的かつ科学的に答えることができない者が多いことから、「ぐだぐだ言わねえで、声だしゃいいんだよ!」という、なんとも体育会的な指導になってしまうことが少なくない。

 こういうオソマツサに、いいいかげん気がつかないと、せっかく武道が義務教育で必修化されたにもかかわらず、所詮は武術・武道など、脳みそが筋肉の人間の手慰み・・・、という社会的地位に甘んじてしまうことになりかねない。

                     ※  ※  ※  ※  ※

 また、頭の中が筋肉ではダメだけれど、おちょぼ口で「身体操作が・・・」とかばっかり言っている輩でもダメなわけです。

 こういう輩に限って、空手の町道場・茶帯クラス程度の前蹴り一発で、無様に悶絶してしまったりするわけで、やはりこの世界、ヘタレではいけません。

 武術も武道も、そこはやはり「武」なわけですから、とりあえず、自分の身ぐらいは守れなければなりませんし、現代武道の有段者なり、古流の目録持ちくらいになったならば、自分の身など守れて当たり前、自分以外の人も守れないようではお粗末である。

 もちろんそれは、単純に”ど突き合いで勝つ”というレベルでのことではない。

 そういうことをすると、現代社会では暴行罪とか傷害罪とか、決闘罪とかで後ろに手が回るわけで、現代の武術・武道人たるもの、関連法、ことに正当防衛や緊急避難の構成要件と、決闘罪の条文くらいは頭に叩き込んでおかなければなりませんな。

 ことに我々のように四十路ともなると、兵法=平法として、20年、30年学んできた武術・武道をいかさなければならないわけです。

 そういう意味で、『六韜』や『三略』、『孫子』ぐらは読んでおかねば、平成の武術・武道人はいえないでしょう。

 読書もまた、稽古です。

  (了)
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被差別階級/(身辺雑記)
- 2009/06/19(Fri) -
 ETC割引で、土日は高速道路が1000円になる! という原稿を書いて小銭を稼いだのだが、私は車を持っていないし、車の免許すらもっていない。

 だから、ETC割引の恩恵は、1パーセントも受けていない。


 エコカー減税というが、私は車を持っていないし、車の免許すらもっていない。

 だから、エコカー減税の恩恵は、1パーセントも受けていない。


 エコポイントというが、うちはJコムのケーブルテレビにすでに加入しているので、古いブラウン管のテレビでも地デジも見られる。だから2011年になっても地デジ対応テレビに買い換える予定はないし、多分、向こう3〜4年は、冷蔵庫も洗濯機も壊れそうにないので、当面、電化製品を買う予定はない。

 だからエコポイントの恩恵は1パーセントも受けていない。

 つうか本気でエコなら、そもそも電化製品買っちゃだめだろうし、地球温暖化を考えたら、車買っちゃだめだろう・・・。と、長良川河口堰建設反対デモに度々参加したオレは思うわけさ。

 ロハス言うなら、エアコン使うなと!!!!!


 一方で、ETC割引もエコカー減税やエコポイントの予算確保のための財源も、すべてオレが払ってやった所得税と住民税と間接税と消費税から支払われているわけだ。

 金返せや!

 少なくとも、自動車に乗っていない人、自動車免許を持っていない人専用の優遇措置がないのは、完全に差別ではないかね。

 完全に公平な経済政策は、所得税か消費税の減税しかないでしょうに。


 この調子では、次の選挙では、共産党に投票するしかないのか?????

 
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刀法併用手裏剣術について、「ふと」思ったこと/(手裏剣術)
- 2009/06/16(Tue) -
 最近、「刀法併用手裏剣術」について聞かれることが、度々あります。

 なんだい、急に流行ってんのかね?

 というわけで、まとめてここで答えておきましょう。


                    ※  ※  ※  ※  ※


 「刀法併用手裏剣術」というのは、読んで字の如く、刀法=つまり剣術なり居合・抜刀術と、手裏剣術を組み合わせて用いる技術等の、一般的な名詞です。

 まあ要するに、手裏剣術と剣術なり居合・抜刀術の組み合わせですな。

 ちなみに翠月庵では、以前の旧武学倶楽部埼玉行田道場時代から、この「刀法併用手裏剣術」という言葉を使っています。これ以前は、根岸流などが呼称している「刀術組込み型」などと表現していたのですが、これは他流派の内部的な名称であり、それと同じ表現をするのも失礼かなあと思ったわけです。

 そこで当庵では、藤田西湖氏の『図解 手裏剣術』の中で一般的な名詞として使われていた「刀法併用手裏剣術」という名称を使うようになった、という顛末は、以前、ブログに書きました(ここではなく、旧ブログ)。

 こういうことを明記しておくというのも、ひとつの礼節ですしね。

 ですから少なくともWEB上において、「刀法併用手裏剣術」という用語を使い、その術技の一端を具体的に解説したのは、当庵がその嚆矢だったのではないかと自負しております(検証したい人は、どうぞキャッシュ等、調べてくだされ)。


 とまあそういうわけで、刀法併用手裏剣術を行うには当然ながら、手裏剣術はもちろんですが、剣術なり居合・抜刀術なりができないと、使えません。

 私の場合、少年〜青年時代に神道流系の剣術と抜刀術を稽古させていただき、後年には新陰流系の剣術や田宮流系の居合術を学ぶ機会にも恵まれました。またここ最近は、戸山流居合抜刀術のT先生と門弟の皆さんと交流させていただき、斬りの稽古(いわゆる試斬)をはじめ、初心者向けの基本的かつ日本剣術に普遍的な組太刀のあり方についても、非常に有意義な学びの機会を得ることができました。

 こうした背景から、翠月庵では刀法併用手裏剣術に関する考察や検討、その結果としての、独自の教習体系(まだまだ不完全でありますが)を、取りまとめているわけです。

 逆説的に言うと、剣術なり居合・抜刀術なりにある程度熟練していない人が、無理くりに手裏剣術と「剣術もどき、居合もどき」を組み合わせても、それは「刀法併用手裏剣術」とはいえないわけです。

 もちろんその逆、つまり剣術なり居合なりがそこそこできても、手裏剣がそれなりに使えない者が、むりくりに両者を合体させても、やはりそれもまた、刀法併用手裏剣術にはなりません。

 ちなみに私自身は、「オレは両方とも遣える!」と公言するほどの業前ではありませんし、厚かましくもないですから(笑)、つつましくささやかに、「未熟ながらも当庵では、刀法併用手裏剣術も研究・考察・指導しております」と、標榜しているわけです。


                    ※  ※  ※  ※  ※  ※


 さて、仮に現代の地球上で、これは国内・国外を問いませんが、「刀法併用手裏剣術を稽古あるいは指導している」という人物なり組織なりがあったとします。それに”あなた”が興味をもったとしたら、まず相手にこう尋ねてみると良いでしょう。

 「なるほど、そちら様の手裏剣術は●●流ですか。で、剣術や居合は、どちらのご流儀ですか?」、と。

 まともな師範なり指導者であれば、いろいろ大人の事情があったとしても(私も含めて、この世界には大人の事情が多いのですヨ)ごく私的な会話としてなら、「剣術は●●先生系統のA流、居合は××派のB流」などと、具体的に答えてくれるでしょう。気まじめな人なら、目録なり免状なりを見せてくれるかもしれません。

 私レベルの者でも、「たいへん胡散臭い」(爆)、目録の免状くらいもっていますから・・・。

 「剣術も居合もオレ流だ! 私には師はいない!」という人もなかにはいるかもしれませんが、そういう人は天才かキ●ガ●かのどちらかです。


 しかし武術・武道に詳しくない方にとっては、流儀の名前やいかめしげな免状などを見ても、良くわからないかもしれませんね。

 そういう時は、お願いして、剣術なり居合の型を拝見してみると良いでしょう。

 なぜなら、日本武術における剣術や居合の稽古には、「型」が必須だからです。


 まともな剣術なら組太刀という2人で行う「型」があるはずですし、居合・抜刀術なら一人で行う「型」があるはずです。

 また、まともに稽古してきた武術・武道人であれば、シロウトサンがちょっと型を見たくらいではとくに問題がないことは理解していますから、よっぽどシキタリの厳しい流儀でもない限り、組太刀の一手、型の一本くらいは、うちうちになら見せてくれるはずです。

 むしろ、見せたがりも多い世界ですし。

 この時注意すべきなのは、「刀法併用手裏剣術」の技を見せてもらうのではなく、剣術なり居合なりの組太刀なり型なりを見せてもらうことですゾ!

 逆に言えば、剣術なり居合なりの「型」稽古がないとか、「組太刀は見せられない」とかいう場合は、「・・・・?」と思ったほうが良いでしょうね。また、試物だけを見せるようなところも、個人的には眉につばをつけてみた方が良いでしょう。

 もちろん、「型」があればすべて、きちんとしているというわけではありませんし、試物の稽古が悪いというわけではありません。

 まあ、ひとつの判断要素ということです。


                        ※  ※  ※  ※  ※


 こうした経緯で当庵では、できるだけ他流の剣術なり居合なりの併習をすすめていますし、剣術や居合・抜刀術の経験のまったくない人で他流との併習ができない場合のために、きわめて基本的な練成用の組太刀(型)をいくつか編成して指導しています(初学の形/五本など)。

 剣術や居合・抜刀術については、それぞれ専門の流儀なり師範について稽古した方が良いわけですが、なかなか手裏剣と剣術等の稽古を平行して行うことのできる、時間的・資金的な余裕のある人というのもそう多くないだろうということで、たいへん僭越ながらも、こうした教習体系をまとめているわけです。

 ですから、あくまでも当庵で稽古できるのは、打刀の操法の最低レベルです。

 ただし、手裏剣術の稽古会として「刀法併用手裏剣術」を標榜していながら、試物も斬れず、割ったり折ったり、自分の膝を斬るようではお里が知られますし、試物は斬れるが組太刀の一本も知らないでは、たんなる介錯術です。このため当庵の体系の学習では、最低限の組太刀の理合の理解と、斬りの稽古で試物が両断できる程度の業前にはなってもらえるかと思います。

 しかし、それ以上の剣術や居合・抜刀術のレベルを求める方には、きちんとした剣術なり居合・抜刀術の流儀なり会派での稽古をおすすめします。


                       ※  ※  ※  ※


 これはなにも斯界に限ったことではありませんが、とにかく「うさんくせえなあ・・・」と思ったら、関わり合いにならないことです。

 自分の直感を信じることも、大事ですゾ(笑)。

 (了)
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朝鮮三島 向附皿/(数寄)
- 2009/06/14(Sun) -
 ・・・といっても、もちろん写しだ。

 私は骨董を買うほど、財布に余裕はない。

 商品名は「朝鮮三島 先附」となっていたが、いわゆる「礼賓(らいひん)三島」の写しである。

俯瞰
▲ちょうど本で、礼賓三島について読んでいたところ、偶然、ネットで発見!
こういうシンクロニシティは、事物や武の世界ではよくある


 以下、豆知識。

 ■礼賓三島とは?
 
   礼賓三島は見込みに「礼賓」の象嵌文字のあるもので、平茶碗が多い。これはもともと、
  礼賓寺という外国の賓客を接待する李朝時代の役所の調度品である。印捺した象嵌銘
  の書体はなかなか風情があって、雅味津々たるものがある。
                                  (『茶のやきもの』満岡忠成著より)

 
 たしかに、雅味津々である。写しだけど(笑)。

アップ
▲料理を食べると、皿の下から「礼賓」の文字が。ひとりVIP気分である


 手に持った感じは意外に重い。高台は無釉であり、ここだけ土の質感を残すというのが、また、ダサかっこいい三島の味を引き立てる。

高台
▲この、うにょうにょの線模様が、三島暦に見え
る・・・・かね


 先日手に入れた、三島手の青磁の茶碗と並べると、三島の変遷、いわば朝鮮半島における、高麗青磁→三島という、やきものの歴史の変遷を感じられるというものである。ちょっと大げさだが、まだ酒が抜けきっていないので、あしからず。

 組み合わせ
▲高麗青磁が退化したのが三島。右の茶碗は青磁の三島手。退化して左
になる。この退化を、「雅味」と見たのが、往時の茶人


 いやまったく、青磁もいいが、三島もまた良い・・・。

 盛り付けるころには、もう酔っ払ってしまって、露光もなにもあったもんじゃあない写真で、ちっとも旨くなさそうだが、実際にはブリも器も、たいへん美味であった。

 盛り付け
▲この器で一杯やるために、今日は「なんちゃって
懐石」にチャンレンジ。作りながら、飲んで喰う!

 いや三島・・・、いいねえ・・・。

 (了)
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三島手青磁茶碗/(数寄)
- 2009/06/12(Fri) -
 「三島」といえば?

 やはり多くの人が、作家・三島由紀夫をイメージするであろう。ま、数日前、かなり否定的な三島論のコラムを、某単行本向けに書いたばかりだ。

 また作家・三島以外で、「三島といえば?」と問えば、やはり伊豆の一ノ宮である三島大社が挙げられるのではないだろうか。

 私の通っていた高校は、この三島大社(通称・大社)から歩いて15分くらいの所にあったし(日大じゃなくて、南高である)、なんといっても故郷・伊豆を代表する神社だから、親しみ深い。
 それどころか、バイクの免許をとったばかりの18の時、初めての長距離ツーリングに出かける前、友人の政男君が「大社におまいりしてから行こうぜ・・・」というので、「馬鹿。そんなん意味ねーよ。祟れるもんなら、祟ってみろってんだい!」と小ばかにしたら、その翌日(!)、大社前の交差点を直進中、右折してきたバイクに突っ込まれ、70万で買ったばかりの新車の97年式NSR250Rが、一発で廃車になってしまった。

 恐るべし、三島大社・・・。

 以後、私は大社の悪口は、なるべく言わないようにして、ひっそりと生きてきた(笑)。


 というわけで三島である、青磁の。

 昨日、届いた。

 三島手1
▲いわゆる「三島手」の青磁茶碗


 一般的に陶磁器で「三島」というと、明治時代まで三島大社で発行していた三島歴に似た、地紋風の細かい白象嵌(三島手)があり、かなりぞんざいな刷毛目や白化粧が残っているような器で、粉青沙器と呼ばれるものをさす。これは陶磁器の歴史的な流れの中では、高麗青磁の象嵌が「退化したもの」と言われるが、むしろその雑っかけさ、素朴さが、侘茶の茶人たちに愛されたとか。

 こうした文脈に当てはめると、今回手に入れたこの三島手の青磁茶碗は、まさに高麗青磁と粉青沙器の、変化の途上に位置するものといえるだろう。

 ちなみに当然ながら、この茶碗自体は私が手に入れるレベルのモノであるからして、骨董などではなく当代ものの雑器である。

三島手2
▲箱書きがあるとなにやら物々しいが、実際は手裏剣1本の値段よりずっと安い


 それにしても、自分自身ゆかりのある、三島大社の名が冠された、美しい青磁の器。

 若干、緑かかったくすんだ青が、またなんともいえない味である。

 この器に炊き合わせでも盛り込んで、ゆるりと一杯やりたいものだ。

 (悪代官風に)いやあ、良いではないか、良いではないか・・・。

 (了)

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