粟田口の善法/(武術・武道)
- 2017/07/24(Mon) -
 室町末期の侘び茶人に、粟田口の善法という人がいた。

 『山上宗二記』によると侘び数寄というのは、

 「一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つ、この三ヶ条を調うる者」

 なのだという。

 山上宗二は、そんな侘び数寄の代表として、善法を紹介する。

「京粟田口、善法。かんなべ一つにして一世の間、食をも茶湯をもするなり。身上楽しむ胸のきれいなる者とて、珠光褒美候」
 (京、粟田口の善法。燗鍋ひとつにて、一生の間、食事も茶もまかなった。この善法の楽しみ、胸中きれいなる者として珠光は称賛した)



 その名声を聞いた太閤秀吉は、善法のたった一つの燗鍋を使って茶会を開くよう、自身の茶頭である千利休に命じた。

 しかし善法は、「このような釜があるから、そんなつまらないことを言われるのだ!」と、自らの釜を粉々に打ち砕いたという。

 これを聞いた秀吉は、「善法こそ真の侘び茶人である」と感嘆し、砕かれた釜と同じ物を2つ作り、1つを自らの物とし、もう1つを善法に与えたという。



 平成の御代に「一物も持たざる者」である私だが、かなうことなら善法のように気高く侘びた、覚悟一つの「胸のきれいなる」武術・武道人でありたいと思う。


 けがさしとおもふ御法のともすれば
   世わたるはしと成そかなしき (慈鎮和尚)

 住所もとめかねつつあつましさして
   行はこしきに猶もなりひら (山上宗二)


市原長光

 (了)
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加齢とのタタカイ/(身辺雑記)
- 2017/07/22(Sat) -
 金曜の晩も、県立武道館へ。柳剛流の稽古に汗を流す。

 こちらの武道場は、個人利用の場合冷房が入らないため、施設の職員の方が気を使ってくれ、わざわざ室温の確認に来てくれた。

 もっとも、普段からまったく日陰のない灼熱の野天道場で、しかも炎天下の15~17時(!)に木太刀や長刀を振り回したり、延々と手裏剣を打ったりしている私からすれば、武道場に冷房など入ってなくてもまったく問題ない。

 快適である。

 しかし、さすがに小1時間も稽古をしていると、汗が滝のように流れ、稽古着が重くなってしまうほどなので、経口補水液の補給は欠かせない。



 それにしても、年間300日以上稽古をしていた学生時代は別として、社会人として働き始めて以来、40代後半となったここ数年が、多分一番、年間の稽古量が多いように思う。

 基本的に「稽古は毎日行う」と心掛けているが、さりとて現実には、仕事やら日々のよしなしごとで稽古ができない日もあることから、だいたい年間の稽古日数は250日くらいというのが、ここ数年来の平均値だ。

 もちろん、稽古日数が多ければなんでも良いというものでもないけれど、市井に生きるアラフィフのオッサンとしては、我ながら、「なかなか頑張ってるんじゃなかろうか」と思ったりもする。

 しかしこうした状況は、実は加齢による衰えへの自分なりの必死の抵抗、ざっかけに言えば「悪あがき」という気持ちが強いのかもしれない。

 若いころは、「稽古・・・、休みてえ」という感じだったのが、40代半ばを過ぎたあたりから、「1日休むと、いったいどんだけ衰えるのか、オレは!?」といった焦燥感の方が強いのである。

 このため取材や打ち合わせ、あるいは原稿執筆が夜中までずれ込んで稽古ができない日などは、稽古できない→下達する→不安感→困惑→焦燥・・・、みたいな負のスパイラルに陥ってしまうのである。

 一方で当然ながら、基礎的な体力は10代や20代の頃に比べると、確実に、そして圧倒的に衰えているので体はキツイ。

 ことに、「毎日の稽古」といっても普段のそれは「術」的なものが中心であり、フィジカル強化的メニューを連日行っているわけではないので、たとえば先週のように、酷暑の中平日は毎晩空手の稽古でこってりしぼられ、土曜は炎天下の屋外で最も暑い時間に翠月庵で柳剛流と手裏剣を、日曜は水月塾本部でガタイのいい外国人武術家相手に柔術の稽古と、1週間みっちり休むことなくフィジカルに効く稽古となると、さすがに48年物の我が体には堪えるのである。

 特に30代の時、空手の組手中に左右のアキレス腱を両方とも切っているので、疲労がたまるとアキレス腱がひどく痛む。さらに右膝に脱臼癖がついているので、座業や折敷の際、疲労がたまると突然膝が抜けてしまい、実に痛いのだ。

 そんなこんなで今週は、まあ仕事の都合もあったのだけれど、月曜から水曜まで3日間、まったく稽古をしなかった。というか、できなかった・・・(苦笑)。

 というようなこともあって、一昨日、昨日と2日間続けて武道館で気を入れた稽古をしたのである。

 そして今日は、午後から翠月庵。明日の晩も県立武道館が空いているようなので、稽古に行く予定。

 ま、オジサンも、がんばっているよ。

 (おしまい)
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雷光石火、明鏡ニ現ル/(柳剛流)
- 2017/07/21(Fri) -
 木曜の夜は県立武道館にて稽古。

 先週、平日は連日空手道の暑中稽古、翠月庵では刀法併用手裏剣術と柳剛流の指導、水月塾本部では甲陽水月流の柔術と、柳剛流の稽古があまりできなかったので、本日はみっちりと柳剛流に汗を流す。

 まずはウォーミングアップとして、神道無念流立居合12本と荒木流抜剣7本を抜く。

 次いで柳剛流。

 まずは飛び違いでの素振りをじっくりと繰り返す。床を蹴らず、足で踏み切らず、ただただ太刀の導く道に従って、沈むように、滑るように飛び違いながら木太刀をふる。

 と、言葉にすれば簡単であるが、4尺を超える長く重い木太刀を自在に振りながらの飛び違いは、それほど容易なものではない。

 しばらく素振りを繰り返すと、汗が滝のように流れ、息が切れ、下肢が重くなる。しかし、この基本的な飛び違いの素振りこそが、柳剛流ならではの「跳斬之妙術」の基盤となるだけに、あだやおろそかにはできない。

 素振りで十分に心身を錬った後は、備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝を稽古。

 今回、素振りで疲労困憊していたことから、「中道」と「丸橋」の構えについて、「なるほど、こういう意味もあるか!」、大きな気づきを得ることができた。

 そして剣術の形稽古。

 最初に切紙の「右剣」と「左剣」を丁寧に、何度も繰り返す。特に、先日門下のS氏から質問を受けて指導をした、脚斬りの際の太刀筋や拍子に留意しながら形を打つ。

 次に、伝書において「当流極意」と記されている、「柳剛刀」と総称される目録の6本の形を錬る。

 「飛龍剣」、「晴眼右足頭(刀)」、「晴眼左足頭(刀)」、「無心剣」、「中合剣」、「相合剣」と、いずれも極めてシンプルな実践刀法であり、これらは目録伝書において、

立ツトキハ影アルガゴトク、撃ツトキハ響キアリ、雷光石火、明鏡ニ現ル(流祖伝来、石川家文書より)



 と称されている。

 ことに、「晴眼右足頭(刀)」と「晴眼左足頭(刀)」は、柳剛流剣術の至極といえるような形であり、切紙で学ぶ「右剣」「左剣」の本質以外をすべてそぎ落とした、柳剛流剣術究極の一手といっても過言ではない。

 柳剛流の二大特色である「断脚之法」と「跳斬之術」の極限の姿が、この2つの形に顕されているのである。

 そしてこの2つの形に顕現する当流の極意は、そのまま免許秘伝の長刀の「術」に直結している。

 そこで、ひとしきり剣術を稽古した後は、長刀を執って存分に振るう。

 飛び違いながら長刀を自在に振るう柳剛流長刀の形は、フィジカル的にもかなりハードであるが、やはりここでも、床を蹴らず、足で踏み切らず、長刀が導くままに、体を動かしていかねばならない。

 続いて突杖、そして居合を抜く。

 思う存分柳剛流の稽古をした後は、クーリングダウンとして、柳生心眼流の素振りを。片衣の表、中極、落、切を振って、本日の稽古は終了。

 はじめは小一時間の稽古でと考えていたが、終わってみれば一刻近くの時が過ぎていた(苦笑)。

 自ら望む稽古というのは、本当にあっという間に時が過ぎてしまうものだ。

1707_柳剛流剣術_左剣
▲柳剛流剣術「左剣」

 (了)
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歌舞伎は国立劇場で/(身辺雑記)
- 2017/07/20(Thu) -
 歌舞伎を観るのは、もっぱら国立劇場だ。

 歌舞伎座も改築する前は何度かいったが、どうもあの豪華着物オバサン軍団に象徴されるスノッブさが、われわれ底辺に生きるプロレタリアートには、設楽原の馬柵もかくやと思わせるほどの敷居の高さを感じさせて、お尻がムズムズするのである。

 その点、国立劇場は、どちらかというと地方からのお上りさん中心といった風な(失礼)牧歌的な雰囲気があり、あまり敷居の高さを感じさせない。

 「大向こう」ひとつとっても、国立劇場のそれは、歌舞伎座のものと比べると、いささかほのぼのしたものが多く、「これならオレも、『播磨屋!』とか言えちゃえそうかも・・・!?」などと思ってしまうほどの、のんびりとした雰囲気が好ましい。


 そんなこんなで、先月は錦之助の『毛抜』、今月は菊之助の『一條大蔵譚』を鑑賞した。

 去年の11月に『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』、今年3月には『通し狂言 伊賀越道中双六』と、いずれも大御所・吉右衛門の名演を、同じくここ国立劇場で堪能させてもらったのだが、錦之助や菊之助など、これからの歌舞伎を背負っていく中堅どころの勢いのある芝居は、また違った意味で見ごたえがあった。

 ことに菊之助は、思っていた以上に良い役者っぷりであり、いままで「ま、菊五郎の息子でしょ」と、いささか軽く見ていた自分の不明を深く反省した次第。

 『一條大蔵譚』では、岳父・吉右衛門の監修もあってか、その「うつけ」ぶりと、クライマックスでの見事な長刀捌きの対比が、まことに印象的であった。

 役者として華があり、凛とした雰囲気もただよわせ、うつけから大丈夫までの演じ分けも見事。

 いいねえ、5代目!

 あるいは『毛抜』では、物語のキーとなる小道具のひとつに小柄小刀があり、これを錦之助演じる粂寺弾正が、見事に手裏剣に打って相手を仕留める描写は、手裏剣術者としてたいへん痛快であった。


 歌舞伎座に比べると敷居が高くないのが魅力の国立劇場での歌舞伎鑑賞であるが、もうひとつの、いや最大の魅力(?)かもしれないのが、その料金のお手ごろさである。

 たとえは、上記の『毛抜』や『一條大蔵譚』は、3階席で観ておひとり様1,500円!

 あるいは『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』や、『通し狂言 伊賀越道中双六』は、お昼から夕方までたっぷり4時間以上も芝居を楽しんで、お代はなんと3階席でおひとり様1,800円である!!

 映画館で観る映画と同じかそれよりも安い値段で、名優たちの演技、ヴィヴィットな衣装や舞台、生の伝統音楽などを堪能できるのだから、こんなにうれしいことはない。

 これが歌舞伎座だと、3階席でも4,000円とか6,000円とかするわけで、一幕見でも高いと2,000円もするなど、やっぱり貧乏足軽や雑兵は馬柵の前で種子島で撃たれて討ち取られちゃうんだぞという程度には敷居が高いんだよ、歌舞伎座。

 なお3階席というと、「どうせ舞台から遠くて、たいして見えないんでしょう?」と思われるかもしれないが、さにあらず。少なくとも国立劇場は、思った以上に、3階席から舞台までが近い。

 それどころかむしろ、1階席や2階席に比べると、花道も含めた舞台全体を俯瞰することができ、非常に見やすいのである。さすがに役者の細かな表情までを見て取ることはできないが、そこはそれ、オペラグラスがあるじゃないか。

 歌舞伎鑑賞における通人である「大向こうさん」が、1階や2階の席ではなく、あえて3階席の最奥に座るというのも、なるほどと思う。

 敷居が低く、料金も手ごろで、だれでも気軽に楽しめる国立劇場での歌舞伎公演。

 ぜひ一度、ご鑑賞あれ。


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▲長刀で打ち取った悪者の生首を毬の代わりにして、大喜びで遊びほうけるという、超絶うつけぶりが光る一條大蔵卿・・・

 (おしまい)
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柳剛流を通じての善意の皆さんとのつながりに、心洗われる/(柳剛流)
- 2017/07/19(Wed) -
 この記事の1つ前に、昨日掲載した「はた迷惑な話」という一文について。

 ほぼ1日掲載しておいたので、本ブログを普段読んでくださる善意の読者の皆さんには、私の本意が伝わったのではと思い、一方で人としてマトモではないイカレちゃった相手に、こちらが論を尽くしてもたぶん聞く耳をもたないのだろうなと思うと虚しくなってしまったので、記事を削除した次第。

 なお小池一夫先生の名言は、今回の一連の出来事に対する象徴的な意味を込めて、こちらにも再掲載しておこうかと思う。

大人としていちばんみっともないことは、「人前で」負の感情をコントロールできないことである。感情を無くせということでは決してない。年を取っても喜怒哀楽を衰えさせるな。しかし、人前で醜態を晒すな。(小池一夫)
https://twitter.com/koikekazuo/status/887182788411117571


 それにしても、口汚い罵詈雑言があふれるように出てくる人というのは、きっと己の心の中もキタナイ言葉で埋め尽くされているのだろうねえ。

 残念なことだ・・・・・・。



 さて、柳剛流に関する貴重な書籍のひとつである、『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』の著者である南部修哉さんが、新しい史料を送ってくださった。

 それは、仙台藩角田伝の「柳剛流剣術免許巻」と、「柳剛流殺活免許巻」の新たな読み下し文である。

 漢文の、しかも白文の読み下しというのは、私もいつも難渋している。なにしろ、1つ間違えると、文意がまったく変わってしまうからだ。

 このため、改めてご自分の著書に掲載されているものを見直し、より正確を期した「改訂文」を、送ってくださったというわけだ。

 早速、拝読させていただく。

 たしかに以前のものより、実践者の視点から読んでも、より文意がスムーズになっているようで、ご苦労の跡がしのばれる。



 それにしても柳剛流に関して、南部さんをはじめ多くの方が、貴重な史料の数々を快く見せてくださったりお送りくださる、あるいは情報や知見をお知らせくださるのは、本当にありがたいことだ。

 それもこれも、柳剛流を大切に思ってくださる皆さんとの、webを通じた大切でありがたいご縁である。

 webのダークサイドを象徴するようなげんなりする出来事がある一方で、このような形でweb社会における善意の恩恵に浴しているのもまた事実だ。

 このような皆さんからのご期待を裏切らないためにも、私たちは仙台藩角田伝柳剛流という宝を大切に守り、流祖伝来の「術」を練磨し、流祖が諭すように鍛錬を通して人格の陶冶に励み、このかけがえのない業と思想を次世代へつないでいかなければならないとしみじみ思う。


 人と人との縁というのは、汚辱にまみれたものもあれば、すがすがしく清廉なものもあり、「やはり人間、捨てたもんじゃあないな」と、改めて心洗われた次第である。

 さて気を取り直して、本日も柳剛流の稽古に精進しよう。

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  ~打つ人も打たるる人も打太刀も
                心なとめず無念無心そ(柳剛流道歌)~


 (了)
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7月の水月塾本部稽古~甲陽水月流柔術/(武術・武道)
- 2017/07/17(Mon) -
 昨日は水月塾本部での稽古。

 師のご指導の元、カナダから武者修行に来日したC氏と、甲陽水月流の稽古に汗を流す。

 「汗を流す」というのが比喩ではなく、実際に滝のように流れる汗で、稽古中、捕った手がたびたび外れてしまうほどである。

 巨漢のC氏との柔術の稽古は、相手の手首の太さに、掌の小さな私は掴み手の力の入れ加減が思うように効かないほどであるが、だからこそ稽古が面白い。

 先月はハンガリー支部の人々と、やはり柔術の稽古にいそしんだが、その際、6尺を優に超える長身の相手に私が七里引きなどをかけると、まるで子どもがぶら下がっているようだ。

 とはいえ、肉弾戦の稽古はこちらとしても多いに望むところであり(いや、そんなに荒っぽいものではないけれどネ・・・)、稽古の際に忖度のない外国人との体術の稽古は、実にやりがいのあるもので、私は大好物だ(笑)。

 もっとも、たとえば空手の組手で切ってしまった左右のアキレス腱や、手裏剣の打ちすぎで痛めている右ひじ、脱臼癖のある右ひざなどなど、老兵ゆえのウイークポイントが少なくないので、調子にのっていると新たなケガにつながるだけに、重々注意をせねばと自戒する。

 いずれにしても、柔術の稽古は楽しい。

 今回は夕方から所用が入ってしまったため、稽古は午前中のみの参加であったが、充実した時間を過ごすことができた。

 それにしても、「地獄詰」と「後詰」は効いた。これは得意技にしようと思う・・・・・・。

 (了)
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自覚的に望むこと/(武術・武道)
- 2017/07/14(Fri) -
 現代おける武術・武道が志向すべき目的のひとつが、日本古来の武技の鍛錬を通じての「人格の涵養」にあることは論を待たない。

 一方で、少なくない武術・武道関係者が内心、「本当に武術・武道で人格が涵養されるのか、はなはだ疑問だ・・・」と思っていることもまた事実であろう。

 実際のところ、武術・武道の世界には、妬みや嫉みによる誹謗中傷、自己愛や承認欲求が肥大化してしまった者同士の争いなどが絶えず、体罰や金銭面のトラブルなどもたびたび耳にする。



 考えてみるに、武術・武道というある意味で特殊な芸事の世界も、結局は現代における日本社会の縮図である以上、私たちの身の回りにある「世間」という社会に、立派な人、普通の人、迷惑な人、反社会的な人などがそれぞれ存在しているのと同じように、武術・武道の世界にも立派な人、普通の人、迷惑な人、反社会的な人などが同じような比率で存在しているのだろう。

 だからこそ往古、殺人術としてあった武技が、ある種の嗜みや楽しみ、娯楽としての一面を持つ技芸に転化していった江戸時代頃から、「どうせ武芸を習うのであれば、それによって未熟で愚かな己の人柄を磨いていこう! いや、磨けるといいんじゃないの?」というような、倫理的な志向が発生してきたのではなかろうか。

 こうした流れの延長線上に、現在の武術・武道が志向すべき「武技の鍛錬による人格の涵養」があるのだろう。

 そう考えると、「武術・武道では人格を涵養できない」のではなく、まずは「武術・武道をもって、人格を涵養したい」と自覚的に望むことが大切なのではなかろうか?

 そもそも、自ら「武技の鍛錬を通して人格を涵養したい」と望んでいない人が、武芸を学んだとて人格が涵養されるわけがない。

 だからこそ、他者に武技を指南する立場にある指導者は、自らの身を慎むことは言うまでもないが、門下・門弟に対しても「武技の鍛錬を通して人格を涵養せよ」と、折に触れて教導しなければならない。

 このような指導者による門下への明確な動機付けが無いゆえに、人格の涵養されていない武術・武道人が、飽きることなく次々と生み出されてしまうのであろう。



 古流武術の起請文の多くには、「他流を誹るなかれ」「他流と争うなかれ」といった条文が必ず含まれている。

 あるいは現代武道の道場訓でも、多くの流儀・会派に「血気の勇を戒めること」「恥を知ること」といった一文がある。

 こうした教えは、処世術としては護身のための端的な行動指針であり、倫理的には武技による人格完成への第一歩なのだ。

 ひるがえって己自身を鑑みれば、愚かで未熟で弱い自分だからこそ、「武技の鍛錬を通じ、昨日よりも今日の自分が、少しでもより良い武人でありたい」と自覚的に望み、己を戒めねばならないと思っている。

 「武徳」への道のりとは、そのようなものではないだろうか。


 「よく、ありのままを受け入れて欲しいというけれど、怠けている状態をありのままとは言わないの。畑の大根だって食べてもらうには泥を洗って、皮をむいて切り分けて、ちゃんと手間をかけないと人前に出せないのと同じ。ありのままの自分を受け入れろということは、土の付いたままの大根を食べなさいといういうようなことですよ」(美輪明宏)

 (了)
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空手道暑中稽古/(武術・武道)
- 2017/07/12(Wed) -
 昨日から、空手道の暑中稽古が始まった。

 通常は週1回の教室なのだが、今週は火曜から金曜まで毎日稽古がある。私は昨日は所用で出かけていたので、今日から金曜まで出席の予定だ。

 以前も何度か書いたが、この教室は県連が主催なので、複数の流派の先生方が指導に当たられている。このため、流派色の異なる稽古ができるのが面白い。

 今日の稽古の基本と移動の教導は、剛柔流のA先生がとられた。このため、普段、基本稽古ではあまりやらない、手刀鎖骨打ちや縦横の猿臂などをみっちりと指導していただく。

 競技優先の稽古では、どうしてもこのような技の稽古は、試合競技に使えないためにおざなりにされがちだが、護身・制敵において、手刀打ちや猿臂などは、ある種の状況において非常に有効かつ有用な技であり、しっかりと稽古をしておきたいものだと思う。

 猿臂や手刀・背刀打ちについては、空手道を中心に稽古をしていた時期に、地稽古や試合稽古でも使えるように徹底的に稽古をしたこともあり、個人的には特にこだわりがある技なので、こうした稽古はとても楽しい。

 次いで形では糸東流のB先生に、指定形のバッサイ大を指導していただく。分解を交えながらの正統派の解説とご指導をいただきながら、これまたみっちりと汗を流す。

 猛暑の中、汗だくになったひと時であるが、やはり空手道の稽古は楽しい。

 さて、明日も頑張ろう。

 (了)
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柳剛流突杖の体術への展開(その2)/(柳剛流)
- 2017/07/08(Sat) -
 土曜は翠月庵の定例稽古であるが、本日は私の所用にて休みである。

 「所用」というとなんとなく曖昧模糊としているが、要するに仕事で稽古ができないということだ。

 私は毎月注文のある定期ものの仕事として、医療法人や社会福祉法人の経営者向け月刊誌の巻頭インタビューを担当している。このため毎月1人、医療や福祉関係のオピニオンリーダーにインタビューを行い、6000文字ほどの記事を書いている。

 月刊誌というのは、新聞や週刊誌などに比べると仕事のスパンがそれなりにあるので、それほど慌ただしいことはないのだけれど、たとえば取材のアポイントメントの調整がつかず、どうしても翌月号の校了日直前に取材しなければならず、普段は1週間ほどかけて入稿する原稿を、中1日で仕上げろ! などということはしばしばある。

 今回も、昨日表参道の日本看護協会で行った会長のインタビューを、明日までに入稿しなければならず、やむなく本日の稽古は休みとした次第。

 先週の稽古も雨で中止だったため、気持ちとしては今日は存分に稽古したい所だが、ま、止むをえまい。働かないと、飯が食えず、酒も飲めず、家賃がはらえず、そして稽古もできないし稽古場の維持もできない。

 稼がねばならぬ。

 そんなこんなで本日は定例稽古ができないので、その分、日々の自分の稽古は一段と気を入れて行わねばならない。



 昨晩は、柳剛流突杖の形をじっくりと錬る。

 すでに本ブログでは何度も書いているように、柳剛流において剣術・居合・長刀の3つの術は、すべて一貫した体の使い方(跳斬之術)によって業が展開されていくのであるが、この突杖だけは、そのような体動を伴わない。

 柳剛流の親流儀として明確になっているものには、心形刀流のほかに三和無敵流があるが、ことに突杖については三和無敵流からの影響が強いのではないか? という話は、以前、本ブログに書いた。

 「三和無敵流和力の伝書を読む(その1)-柳剛流突杖に関する考察- 2016/09/29(Thu) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-982.html

 また、柳剛流突杖のなかでも、2本目の「ハズシ」という形=業は、そのまま無手の体術に展開できるもので、同様の指摘は、龍野藩伝の柳剛流突杖を「柳剛流杖術」として伝承されている会派の方のブログにも、同様の記述があった云々(「でんでん」ではない、念のため・・・)ということも、やはり以前、本ブログで書いた。

 「柳剛流突杖の体術への展開- 2016/06/01(Wed) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-917.html

 「柳剛流突杖「ハズシ」- 2016/07/08(Fri) -」
 http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-934.html

 その後、さらに柳剛流突杖を稽古していくにつれ、体術への展開という意味では、先に記した「ハズシ」以外の4つの形についても、杖使いの動きほぼそのままで、無手の体術に応用できるということを強く感じている。

 もちろん武具を扱うタイプの術は、(本質的に)すべからく体術に応用・展開できるというのは、いまさら言うまでもないことだが、柳剛流のなかでも特に突杖は、その傾向が強いのである。

 たとえば「ハズシ」は、差し手から入り身しての当身あるいは投げ。

 たとえば「右留」は、一足の見切りからの腕抑え、そして当身あるいは肩外し。

 たとえば「抜留」は、手首押さえから入り身しての当身あるいは投げまたは腕抑え、といった具合である。



 こうした応用としての稽古・研究は、それが本来伝承されてきた業=形を変形させてしまうようなことは、あってはならないし、厳に慎まなければならない。

 一方で、ある種の工夫伝ということでこうした応用を検討・研究するのは、流祖伝来の「術」が伝える本質的な理合を、より深く知る学びのひとつだと私は考えている。

 それにしても繰り返しになるが、突杖という一連の形=業は、柳剛流全体からみると実に奇妙というか独自色の強い技法群であるなあと、しみじみ思う。

■2017.7.11 一部本文を修正。
 
(了)
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オークションに出品されていた柳剛流の起請文/(柳剛流)
- 2017/07/03(Mon) -
 先日、ヤフーオークションに、柳剛流の起請文が出品されていた。

 もちちろん、私も入札をしたのだが、最終落札価格はなんと5万1000円(!)であった。

 いくらなんでも、この値段では手が出ず、途中であえなく脱落。なにしろ今の私には、エアコン代が必要なのだ(前々回のブログ参照のこと)。

 貧者の悲しみである・・・・・・(苦笑)。



 それにしても、今回出品されていた紀州藩田丸伝柳剛流の起請文は、画像を見る限り本文の文面自体は、特段、珍しいものではない。

 しかし巻末の署名等を見ると、柳剛流を学び研究する者としては、この起請文の授受の経緯は、たいへんに興味をそそられるものである。

 そこで、落札こそできなかったものの、オークションに出品するために、出品者が公開した画像数点について、保存をしておいた次第である。

1707_起請文
▲今回、ヤフーオークションに出品されていた、田丸伝柳剛流の起請文の巻末



 柳剛流の起請文については、いずれも二次資料ではあるけれど、私は武州系と角田伝のものを複数確認している。

 それらは各々文面が異なっており、また今回の田丸伝の起請文についても、オークション出品時に示された断片的な写真を見る限り、内容は武州系のものとも、角田伝のものとも異なっているようだ。

 かなう事ならば、今回の起請文に限ったことではないけれど、こうした史料を入手した人は秘蔵するのではなく、webでも論文でも出版物でも構わないので、ぜひ内容や研究結果を公表してほしいと思う。



 柳剛流の貴重な史料を手に入れ損ねた代わりというわけではないが、昨晩の稽古では柳剛流剣術の備之伝、備十五ヶ条フセギ秘伝から、切紙の「右剣」「左剣」、目録の「柳剛刀」6本まで、みっちりと普段以上に気を入れて行った。

 私に有り余るほどの十分な資産があれば、存分に資金を使ってこうした史料を集め、散逸しないようにして保存・公開する、柳剛流資料館兼稽古場「翠月庵」を建てるのであるが・・・・・・、ま、それは夢のまた夢。

 赤貧洗うがごとしの毎日を生きる、市井の柳剛流修行者である私は、師より伝授していただいた仙台藩角田伝柳剛流の四術(剣術・居合・突杖・長刀)の実技研鑽と伝承、そしてできる範囲での調査・研究に専念するのみである。


  ~敵と見る心そ我遠立てにけり
                柳は緑り花はくれない(柳剛流 道歌)~



 (了)
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