文豪と剣/(武術・武道)
- 2009/11/19(Thu) -
 今、とある出版社の仕事で、明治〜昭和時代の偉人たちに関するの評論集の一部を書いている。

 その中の一人に、三島由紀夫があり、改めていろいろ資料をあさっているところだ。

 三島といえば、「いちおう」剣道五段。

 居合もたしなんだ「らしい」。


 しかし、武道界および文壇での三島の剣に対する評価はひどいもので、いわゆる古流で言うところの「義理許し」の類であったようだ。

 たとえば同じ文豪剣客ながら、幼少から撃剣に励み、木太刀でヤクザ者をフルボッコにしたこともあるという立原正秋(剣道四段)は、三島の剣を「文壇囲碁の名誉五段のようなものであり、まことの剣の道をしらぬ一介のスノッブ」とバッサリ。

 同じく作家の石原慎太郎(武道はたぶんシロウト)も、三島の剣の業前については、「へっぴり腰で、居合を抜いたはいいが、誤って店の鴨居に斬りつける始末。そんなものを無理やり見せられて、とんだ災難だった」と一刀両断。

 また剣道家でもあった政治家の橋本龍太郎(剣道六段)は、三島と試合稽古をした際、主審も副審も橋本の打突をまったくとってくれず、しょうがないので三島に打たせてやるまで試合が終わらなかったと回顧している。

 その後、三島は、ちょうど私が1歳の誕生日を迎えた日であった1970年11月25日に、市谷で腹を切って死んでしまったので、実際、彼の剣の業前が、本当はどの程度であったかは、今となっては藪の中である。

 しかし、少なくとも人前で自慢気に本身を抜いたはいいが、誤って鴨居に斬りつけてしまうというお寒い業前では、私ごとき田舎の貧乏手裏剣道場主から見ても、剣や武を語るには100万年と4日早かったと言わざるをえない。

 文豪には、かわいそうだけれども・・・。

 さらにいえば、もし三島に剣の指導をした当時一流であっただろう剣道家や居合道家の諸先生方が、ごく普通に、つまり一般の門下生に対するのと同様に、彼を厳しく指導し、彼の実力に見合った段位(三島が五段位のときの実力は、一説には段外の有級レベルだったとの証言もある)を与えていたのならどうだったであろう。

 彼なりに武道の稽古を通して己の身の丈を知り、結果として時代錯誤な侍じみた、耽美的なハラキリでの憤死など、しなかったかもしれない。

 そう考えると、ある意味では武道界の「義理許し」という悪弊が、世界的文豪を(勘違いさせて)死に追いやったともいえるだろう。

 いずれにしても、三島の早すぎる死は、世界の文学史にとっては、たいへんな損失であった。

 そして日本の武道史にとっては、いささか不名誉な逸話となった。

 今年で、三島没後39周年だという。

 昭和は遠くなりにけりである・・・、合掌。

 (了)
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エア居合VS物斬り屋という時代/(武術・武道)
- 2009/11/17(Tue) -
 無冥流「松の間」のページ(http://www.mumyouan.com/k/matunoma.html)に掲載されている、「10間投げ、よもやま話」という論考、たいへん興味深いものです。

 斯術をたしなむ者なら、ぜひ一読しておいた方が良いでしょう。

 手裏剣術における、間合と武術性の関係について、また鍛錬としての長距離打剣の意義などが、わかりやすく解説されています。

 しかし、私も結局、今年は7間直打が限界であった。ま、距離の課題は、ぼちぼち進めていこうかと思う。

                  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 先日、とあるSNSで、小学校低学年くらいの女の子が、本身の打刀で半巻きの畳表を斬る動画がアップされていた。

 父親という御仁が、「うちの娘でも、これだけ斬れます」的なコメントをつけていたんだけれども、さすがにこれは、どうかと思う・・・・、ま、人ごとだけれども。

 コメントなど読むと、この親御さんは、居合か抜刀術の低〜中段者のようだけれど、よくもまあ、師範なり指導員が、許したもんだなと。

 物斬りパフォーマンスが目的であるならべつだが、武術・武道として剣を練磨するのであれば、本身での斬りの稽古(試斬り・試物)など、年端もいかない子供にやらせるものではない。

 そんな時間があるなら、形稽古なり撃剣の稽古を、18歳ぐらいまでみっちりやらせるべきであろう。

 その上での、斬りの稽古である。

 仮に稽古者が成人であれば、稽古の方便として早い時期から斬りの稽古に取り組むのも良いだろうが、児童・生徒のような年齢の者に対する稽古としては、手の内や刀勢もままならず、なにより自身で危機管理ができない子供に本身をもたせ、試物を斬らせるなど、武術・武道としては百害あって一利なしである。

 そもそも試物を斬るという行為は、いささか「魔的」な魅力があるだけに、本来、武術・武道の稽古では、その取り組みは慎重であるべきものだったはずである。

 しかし、その結果として昭和時代後半には、「絶対に試斬はしない」という、極端なエア居合系の師範連が増殖してしまい、これはこれで、武術・武道としては言語道断の妄想剣術・妄想居合の類が広がってしまったのも、また事実である。

 おそらくこうした潮流の反動として昭和末期から平成以後、特にここ15年ほどの間、古流にせよ現代流派にせよ、試物を斬ることに積極的な流儀・会派が増えてきたように思われる。

 それはそれで個人的には、エア居合・エア剣術に比べれば良いと思うのだが、しかし一方で、本来稽古の方便だったはずの試物が目的になってしまえば、それはたんなるモノ斬り職人製造術にすぎない。

 なにしろ、畳表や竹は動いたり、反撃してこない。

 斬られて血を流したり、打たれて指を折ったりもしない。

 怒りや痛み、恐れや侮りを畳表や竹は感じないし、対する術者にも、それを感じさせない。

 (ま、「試物に飲まれる」というのは、人によってはある)

 いずれにしても、こういう偏った稽古法が、試物なのである。

 ゆえに技術的にも人格的にも未成熟な者が、「斬る」という魔的な魅力に耽溺してしまうと、結果として人格がゆがんでしまう危惧があるのである。

 特に未成熟な児童・生徒の場合、生育に悪影響を及ぼしかねないわけだ。


 こうした点から考えても、武術・武道の目的が、「武技の鍛錬を通しての人格の涵養」だと標榜するのであれば、児童・生徒にあたるような年齢の子供による試物の稽古など、即刻やめるべきである。

 「いや、うちは躊躇なくヒトもモノも斬れる人殺しを育てているので・・・」というなら話は別であるが、おそらく公にそう主張する武術・武道の流儀・会派は、現在の日本には存在しないであろう。

 たぶん・・・。

 子供たちに対しては、試物の稽古に使う時間と労力を、武術・武道の芯となる実学としての礼法、そして形稽古や撃剣の稽古、あるいは兵法古典の学習にあてるべきだ。

 その上で、武術・武道の基礎的素養はもとより、地域で暮らす社会人としても成熟してきた年齢(おおむね18〜22歳くらいか)になってはじめて、本身で試物を斬る斬りの稽古に取り組むのが、現代社会でのまっとうな武術・武道の練成であろう。


 形骸化したエア剣術・エア居合が蔓延するのも困りものだが、逆に人格の偏った物斬り屋が武道家面する世の中というのも、それはそれで、いささかげんなりする浮世というものだ。

 しかし、そういう時代に、われわれ平成の武術・武道人は生きているということである…。

(了)


追記

 なおちなみに、手裏剣術の稽古においては、エア手裏剣はありえないことは言うまでもない。

 ゆえに、児童・生徒に対する手裏剣術の指導という点は、斯界の関係者が、しっかり考えて対応しなければならない課題なのである。また、この問題については、稿を改めて記述する機会もあろうかと思う。
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無冥流の演武ダイジェストと、ラルフ氏の新作DVD/(手裏剣術)
- 2009/11/12(Thu) -
 先日、無冥流の鈴木崩残氏より、同流の演武ダイジェストのDVDと、ラルフ・ソーン氏の新作DVDをいただき拝見した。

 まず、ラルフ氏の新作の所感から述べると、前回のDVDは、どちらかというとデビュー作的、あるはプロモーション的であったのに比べ、今回のDVDでは、イントロダクションからレベル1〜4まで、段階的に、同氏のナイフ・スローイングの技術と体系を解説されていたのが印象的であった。

 また、レベル4では、対人攻防のレッスンとして、靴下を丸めたもの(!)を使ってのスローイングナイフ版ライト・スパーを行っていた。これは無知な人や、投擲武器をしらない武術・武道人が見ると、一見、子供っぽい遊びのようにも見えるかもしれないが、実際には、たいへん重要かつ有意義なメソッドである。ちなみに、翠月庵では、無冥流と同様に、棒手裏剣を模した模擬手裏剣で、地稽古を行うよう体系づけている。

 また、前作同様、ラルフ氏のナイフ・スローイングは、とにかくその精度の高さ、変化打ちの多彩さにおいて、すばらしいものである。

 残念ながら、字幕などない完全英語版であるが、手裏剣術はもとより、投擲武器を扱う者であれば、一見の価値があるといえるだろう。


 次に、無冥流の演武ダイジェストDVDについて。

 収録されている映像は、これまでyou-tubeで公開されてきたものであるが、10間打ちや多本打ち、超精密打剣など、同流・崩残氏の超絶的な演武の数々を、改めてまとめて拝見すると、同じ手裏剣術をたしなむ者としては、その技術の高さには脱帽するばかりである。

 市村おもえらく、現在、日本で手裏剣術をたしなむ者のなか、直打での10間打ちを実際にできる手裏剣術者は、はたして何人いるだろうか?

 当然ながら、口で「10間通す」とのたまうだけではなく、実際に打てる人、通せる人である。

 おそらく、10人もいないであろう。

 直打という技術を駆使する日本の手裏剣術において、その技の限界に挑戦するという意味で、10間を通すということは多くの手裏剣術者の夢であり、斯術の極みである。

 私とて、現在、7間直打で刺中率1割程度が最大距離である。

 こうした意味からも、崩残氏の10間打ちの業前は、手裏剣術者であれば、1度は見ておきたいものだといえよう。

 また、飛刀術の精度、速度、威力も、さすがにこの技術の先駆者だけに、その業前はすばらしいものである。

 このように、本DVDは、無冥流の超絶技法が満載であり、たいへん見ごたえのあるものであった。


 末尾ながら、貴重な映像資料をご寄贈いただいた崩残氏には、改めて御礼申し上げます。

 (了)
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気合に関する、とある西洋人の証言/(武術・武道)
- 2009/11/10(Tue) -
 先日掲載した、「【新訳】早縄 活法 拳法教範図解〜その2」の中の、気合に関する記述の補遺。

 昨日、たまたま目を通した『フロイスの日本覚書』(松田毅一、E・ヨリッセン著/中公新書)に、以下のような記述があった。

     「われらにおいては、言葉を発しないで撃剣仕合いをする。日本人は(縦に)斬りつけ
      たり横に斬りつけたりするたびに一声叫ばねばならない」(p110)

 今から400年以上前の1585年6月14日に、ルイス・フロイスはこう記している。

 有声の気合か無声の気合か? これは東西の比較文化論としても、たいへん興味深い。


 
 
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【新訳】早縄 活法 拳法教範図解〜その2/(武術・武道)
- 2009/11/08(Sun) -
※本稿の凡例
 太字:原文意訳
 細時:意訳者の注


■体勢図解

 すべて柔術の教えは体勢(体の構え)が基本となる。稽古をするときには常に、体勢が崩れたり乱れないようにすることが重要である。これは心得だけではなく、実際に体勢作りができていないと、不意に技を掛けられたりした際に、その効果は発揮できない。

 体勢の法にいわく、まずまっすぐ立ち、口を結んで胸をひらく。両手をたらして親指を手のひらに握りこみ、腰を張り下腹に力を入れて十分に気合を込めて構える。これを「真之位 その一」と称する(図1)。
無題2
▲図1 「真之位 その一」


 歩くときも稽古をするときも、必ず左足から進みだすこと。


   市村いわく
 
     親指を握りこむ形の拳形は、柔術の当身ではよく見られるものである。この場合
    の当身は、あくまでも投げ技や関節技につなげるための「仮当て」であり、空手道
    のような一打必倒を目的とするものではない。そこで、むしろ親指をとられて折ら
    れることを警戒し、このような拳形となる。その際、あまり深く親指を握り込みすぎる
    と、指の付け根の関節を痛めるので、浅めに握りこむこと(写真1)。

    ken.jpg
    ▲写真1 親指を握りこんだ拳形


     また、この場合、当身の後、すぐに投げや固めに移れるよう拳はあまり固く握らず、
    腰の切れで体幹の重心を送るようにして当てることがポイントである。


 また、拳法の形は警察官のための形なので、サーベルを装備して稽古すべきところだが、町道場などでは木刀を使う。

 木刀が必要になる形は、1本目の「柄取」、2本目の「柄留」、三本目の「柄搦」、以上3つの形である。また4本目の「見合取」では、受け方の使う武器として小太刀の木刀を使う。

 柔術は「速気」、「気合」、「勇気」の3つの「気」をもって、発声(掛け声)を掛けることが大切である。掛け声は、自分(取り、形の中で勝つ側)からは「陽の声」として「エイヤ」と発声する。一方で相手(受け、形の中で負ける側)は「陰の声」として「オー」と答える。

 我の発する「陽の声」は、形を演武する際、相手と向かい合い、立ったまま相手を注視して下腹に力を込めて十分に「勇気」を満たし、「エイヤー!」と口を開いて声を出す。これを受けて、相手も同様に我を注視しながら下腹に力を込め、「オー!」と発声する。

 掛け声というのは、「気合」が増すものであり、武術ではたいへん重要な点なので、ここに改めて書いておくものである。もちろん流儀によっては声を出さない「無声の掛け声」もあるのだが、ことに初心者については、有声の掛け声が重要となる。

 いずれにしても武術には、「エイヤ」、「ヤー」、「トー」、「エイー」など、剣術、柔術、居合、棒、なぎなた、そのほか投げを打つ、当身を打ち込むにも、発声をするべきものである。


    市村いわく

     現代の武術・武道稽古において、「なぜ、気合(掛け声)が必要なのか?」、「ボクシン
    グやキックボクシングでは掛け声をしながら打撃はしないが?」、などという質問を初学
    者から受けることがある。さてその際、いったい何人の指導者が、その合理性を分かり
    やすく説明することができるだろうか? 

     「ぐだぐだ言わずに、でかい声を出せ!」という指導では、指導者のお里が知られると
    いうものである。

     100年以上前の段階で、すでに同様の質問に対する回答を、まず武術指導書の冒頭
    にもってきた、井口ら先人の指導方針に想いをいたすのは、われわれ平成の武術・武道
    人の務めでもあろう。

     なお、気合(掛け声)の武術的な意義については、本ブログのバックナンバー、「気・剣・
    体の一致のための、術技としての気合」、

    http://blog.goo.ne.jp/bugaku-club/e/95c40eeaf9c026b81f1b75b9c16d69d1

     を参照されたし。

(つづく)

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”ノリ”の悪い日/(武術・武道)
- 2009/10/31(Sat) -
 稽古をしていて、どうにも自分自身の”ノリ”が悪い時がある。

 体調が悪いというわけではなし、稽古に倦んだというわけでもなし。

 改めて自分の動きを津チェックしても、特段、なにかがおかしいというわけでもなし。


 にもかかわらず、打剣の精度はいまひとつ。組太刀でも、拍子や間合が妙に外れる。もちろん、相手が悪いわけではないのにだ。

 ことに、正中線を厳しく争うような太刀筋で、それが顕著に現れる。

 傍目には、それなりに形になっているように見えるかもしれないが、なんとも、ピリッとしないのである。

 こういう時には、私の場合、打太刀をやっても仕太刀をやっても形の起こりで拍子が意図せずズレてしまい、思わず本能的に「待った!」を掛けて間合を切ってしまう。

 長年の経験から、型稽古の最中に、この「待った」が出るときは、私の場合、大概、その後は何をやってもダメなのである。

 案の定、今日の稽古では、その後の刀法併用手裏剣術の型の稽古でも、なにかパリッとしない・・・。

 それどころか、帰路、駅の構内で、すれ違う人とぶつかってしまった・・・。

 武術・武道人たるもの、どんなに激しい人ごみでも、通りで人とぶつかるようでは修行不足! っと常々思っているのだけれど、今日のような日には、そういう自分がこのザマである。

 体調不良だとか、精神的にストレスを感じているとか、思い当たるふしがあればまだ良いのだが、そういうことは何もない。

 いたって健康、特段悩み事もない。


 まあしかし、これまでの稽古の経験則からも、年に2〜3回はこういう”ノレない”日があり、そしてこういう時には、とっとと酒でも飲んで寝てしまい、気分転換するに限るのである。


 ま、こんな日もあるわさ。

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【新訳】早縄 活法 拳法教範図解〜その1/(武術・武道)
- 2009/10/29(Thu) -
■はじめに

 国立国会図書館の近代デジタルライブラリーからダウンロードした、『早縄 活法 柔術練習図解 全 一名警視拳法』を読了した。

 本書は今から111年前の、明治31(1898)年に発行された、警視流柔術形(別名・警視拳法)の解説書である。

 この版では、タイトルが『早縄 活法 柔術練習図解 全 一名警視拳法』となっているが、内容はそれ以前に久富鉄太郎が刊行した『早縄 活法 拳法教範図解』のリメイクである。

 編者の井口松之助は、現在も復刊されて流通している『柔術整理書』や『柔術剣棒図解』等の編者として知られている。

 編者は、自身も武術家として修行を積み、しかも出版人として多くの武術書や図解を、この時期に発行しているだけに、本書も可能な限りの図解と、ときには親切すぎて冗長なほどの、丁寧な解説文でまとめている。

 しかし、なにしろ今から100年以上前の書物であり、21世紀の武術・武道人、ことに若い人たちには、いささか難解な部分も少なくない。

 そこで、私自身の研究資料とするためにも、本書の意訳・摘録=新訳に取り組んでいこうかと思う。

 ただし、あくまでも意訳であり、また冗長な部分や私が不要と思う部分は随時、割愛していくので、原書を読み、それを普段の稽古で活用していくための副読資料だと思っていただければ幸いである。

 なお、訳出作業は不定期になるとは思うので、その点、ご了承いただきたい。

 市村 謹識

■凡例

 本稿は、一言一句正確な訳・解説ではなく、あくまで意訳・摘録による新訳である。

 原文意訳部は太字の地の文、市村の注釈は、「市村いわく」として書き分ける。


          *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

■早縄 活法 拳法教範図解序

 以前、警視庁に勤務していた頃、柔術について、より多くの警察官がそれを常に稽古し、犯罪者に対して職務を遂行する際に備えるべく、当時の警視長官に意見を申し述べた。幸い長官はそれを多とし、私の意見が採用され、以来、各署員が勤務の合間に柔術の稽古をするようになり、その効果は少なくないものがある。

 しかし警察官のなかでも、従来から柔術の稽古をしてきた者の場合、それぞれが稽古してきた自分の流儀を第一として、私が提唱した警察官向けの柔術技法の講習や稽古が円滑に進まないことがあった。

 そこで私は、各署員から30数名を選び、警察官向けの柔術技法を改めて検討・考察。柔術諸流の技の中から16種の形を選び出して取りまとめ、その講習を実施、良好な成果を得ることができた。その後、これらの柔術形の解説文をまとめ、『拳法図解』として出版した。
 
 さてこのたび、井口君や真蔭流柔術師家の今泉先生が、この『拳法図解』を再刊したいということである。

 私が思うに、そもそも本書で解説している16本の形は、あくまでも警察官の職務遂行のために、諸流の技を抜粋、一時的に編成した柔術形の体系であり、武芸として後代に伝えるほどのものではない。

 しかし両人の熱意ある申し出を受けて、恥ずかしながら再刊し、世にその技と体系を改めて伝えるものである。

 私は今泉、井口の両氏と会談し、本書にも目を通し2〜3の修正を加えた。読者諸君においては、以上のような本書出版の経緯と意図をご理解いただきたいと願う。

明治31(1898)年5月
久富鉄太郎 識す。


■早縄 活法 拳法教範図解 目録

◎体勢図解
◎体勢図解(別名 真ノ位図 1〜3の解説)
◎距離図解
◎拳法図解(帯刀しての柄捌きの形3本) 柄取
◎同 柄留
◎同 柄搦
◎拳法(柔術の形13本) 見合取
◎同 片手胸取
◎同 腕止メ
◎同 襟投
◎同 擦込
◎同 敵ノ先
◎同 帯引
◎行連レ左上頭
◎行連レ右突込
◎行連レ左右腰投
◎行連レ右壁副
◎行連レ後口取
◎陽ノ離
◎早縄捕縄の解説と注意
◎釣縄図解
◎早縄捕縄の掛け方図解各種
◎縄の掛け方の心得図解
◎三寸縄図解
◎活法の注意と説明
◎同 不容巨闢図解
◎同 心兪図解
◎同 誘図解
◎同 臍兪図解
◎同 襟法図解
◎同 心臓図解
◎同 裏法図解

■早縄 活法 拳法教範図解 編者 井口松之助

 はじめに

 本書は明治17(1884)〜19(1886)年までの約3年間、警視庁で久富鉄太郎先生と各流の遣い手である警察官諸氏が、柔術16流儀から技を選抜してまとめた警視流柔術の形、別名・警視拳法について、久富先生が以前出版された解説書である『拳法図解』のリメイク版である。

 今回、改めて久富先生の望むままに記述・修正し、全国の警察官や軍人、さらに学校の先生や生徒にいたるまで、この柔術形を広めたいと思っている。

 私(井口)は書店を営業しているとともに、子供の頃から武術を好んで稽古してきた。そこで今回、本書の再刊に当たっては、久富先生をはじめ、真蔭流柔術の今泉八郎先生のほか、各流の先生方の指導を仰いだ。またイラストレーターの安達吟光先生も腕を振るってくださり、文字で説明しにくい所はイラストで分かりやすく解説、拳法の形と早縄の形まで掲載している。

 私はすでに、『柔術剣棒図解』や『武道図解秘訣』、『柔術極意教授図解』を出版、新作には『柔術整理書』があり、大好評をいただいている。また『神刀流独習 剣舞図解教範』も出版している。

 私が出版してきた武術書は、他の編集者や著者のものと違い、実地に活用できることを旨として、学生でも一読すれば図解を見るだけで、先生がいなくても独学できるようになっている。

 ゆえに、ここで解説する拳法については、本書をひもとけば、軍人や警察官から町道場の先生までだれでも覚えることができる。さらに武術を知らない人にとっても、効果的な護身術となるであろう。

 しかもごく短期間で技が習得できるよう、苦心してまとめているので、読者の皆さんにおいては実地の稽古に、ぜひ活かしていただきたい。

 なお、本書を読んで分かりにくいところがあれば、軍人と警察官に限っては、下谷同朋町にある今泉演武館か神田の吉田柳真館で、著者が無料で指導する。

 ちなみに、最近出版した『剣術極意教授図解』では、警視流の剣術形を掲載しており、これも好評を得ている。

 私は無学で文章が上手ではないので、文字の誤りや分かりにくいところが多いかもしれないが、なにしろ武術は実際の稽古を第一とするゆえ、この辺りの力不足はおゆるしいただきたい。

明治31(1898)年4月下旬

源義篇 謹白



  市村いわく

   まずは、本書刊行の経緯を、実際に警視庁で形の抜粋・編成・指導を行っていた久富鉄
  太郎が解説しています。
   「警視流は、あくまでも一時的にまとめたものであり、後世に伝えるほどのものではない」
  と謙遜していますが、一方で警察官への実地講習では大きな成果を挙げたと誇ってもいま
  す。
   武技の習得と共通理解を目的に、諸流の技を抜粋・編成、流儀が違っても、共に学べると
  いう点では、たとえばこの警視流拳法(柔術)を現在の武道にたとえると、諸流が共通の形
  を共有しているという意味で、伝統派空手道における第1〜2の指定形のようなもの、ともい
  えるでしょう。

   続いては、目次です。

   体の作りや構え、間合いの解説から始めているのは、促成技術の解説書とはいえ、武術
  稽古への真摯な姿勢が感じられます。また柔術形のほか、捕り縄の解説が続いているのは
  明治という時代を感じさせるものでしょう。活法の解説まで含んでいるのは、「活殺自在」を表
  した往時の柔術の面目躍如です。

   次は、編者である井口松之助のまえがきです。

   武術家であり出版社も経営していた井口は、この時代、数多くの武術書を発行し、現在も
  そのいくつかが復刊され、流通しています。こうした実績とその評価から、井口は本書の編
  集にも、多いに自信を持っていることがうかがえます。

   ある意味、実用書の歴史という点でも、本書は興味深いものといえるでしょう。

   自身も武術家であるだけに、井口は文章や図解の限界も理解しています。だからこそ、軍
  人と警察官の読者には、「無料で指導する」といっているわけです。

   しかし一方で、この16本の形がそもそも、流儀をとわず、武術の習熟度も問わず、短期促成
  的に、最低限の護身術の習得を目的にしているだけに、井口は学校の先生や学生でも、本書
  を精読して実地に稽古をすれば、短期間で習得できることを旨とし、その成果に自信をのぞか
  せています。

  (つづく)
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警視流柔術(警視拳法)の柄取り/(武術・武道)
- 2009/10/26(Mon) -
 国立国会図書館では、著作権の消失した明治・大正時代の書物をデジタルライブラリー化している。

 お宝の山だ。

 なにしろ、永田町までは往復700円以上かかるし、日曜、休みなんだもの、あの図書館は・・・。

 国民の利便性を考えとらんね、まったく。


 ということで、以前から目をつけていた井口松之助編『柔術練習図解』をダウンロードしてみた。

 これ、いわゆる警視流柔術(警視拳法)の解説書である。

 警視流については、剣術形はまだいくつか稽古している所があるようだが、居合と拳法(柔術)は、もう失伝状態らしい。もっとも、そもそもが明治時代に諸流の型を統合して、法執行機関職員のための促成武術型としてまとめたものであり、その後、講道館柔道の台頭でぜんぜん稽古されなくなってしまったものだから、失伝というのもいささかおかしいかもしらん。


 こうした経緯から、警視流については、商標とか著作権とか、「うちが正統!」、「うちが元祖!」、「うちが家元!」、とかいいだす人もいない。

 そもそもラーメンやまんじゅうじゃあるめえし、なんでそんなに、元祖や本家や家元がいっぱいいるのだ、同じような名前で・・・。

 よし、ぢゃあ、今日から私が警視拳法の家元になろう。本みて練習しながら復元してっと・・・(笑)。あとは改めて商標登録して、「いや実は私の曽祖父が警視庁に勤務していて、以来代々、家伝として伝えられてきたんです」とかテキトーな逸話をでっち上げてと・・・・(爆)。

 え〜、本気にしないように。冗談である。

 しかしこの世界、そんなような話が、そこかしこに・・・・。

 おっとっと・・・、いかん、いかん。閑話休題。

 本題に戻る。

 ちなみに、今手元にある『新版 試合から審判まで 一目でわかる逮捕術』(警察大学校技術科教養部編)を見ると、現在の警察官の皆さんの逮捕術は、もっと日拳ぽいようだ。

 で、この警視拳法、一本目から三本目までは、帯刀しての柄捌きである。

 1本目は「柄取」。

柄取り


 同書によれば、この技は天神真楊流と真蔭流の型を修正したものだという。

 ところがおもしろいことに、この技、先日来、当庵でも稽古で考察している関口(天羽)流の柄捌きの型のひとつ、「柄落」とほぼまったく同じ原理&動きである。

 差異は、座技か立技かの違いに過ぎない。

 もっとも、柔術の技法については、異なる流儀だが技の体動がほぼ同じということは、それほど珍しくない。たとえば、警視流の11本目「行連レ右突込」は、いわゆる普遍的な小手返しである。

 当庵では、掌剣術としては手解七本と基本的な体動の型を三本しか編成していないけれど、それとは別に、単純に市村個人の武術人としての興味から、この警視流拳法は、以前から腰をすえて研究・考察してみたいと思っていたものだ。

 ただ問題なのは、こうした柔術形は、手裏剣術と違って、自分一人では稽古・研究ができないということ。共同研究者がいないと、なかなかみっちり考察できないのだ。

 この辺りが、流れ武芸者のつらいところなのである。

 というわけで、だれか稽古つきあってくれないかなあ、ボランティアで。お礼に、手裏剣、教えてあげるからさ・・・、などと思ったりするわけです(笑)。

 (了)
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”翠月庵の”刀法併用手裏剣術〜その8 六本目・七本目/(手裏剣術)
- 2009/10/25(Sun) -
 刀法併用手裏剣術の型、六本目「後ノ敵」、七本目「前後ノ敵」の動画、アップしました。

六本目 後ノ敵





七本目 前後ノ敵




  翠月庵の刀法併用手裏剣術の型は、五本目までは、藤田西湖伝あるいは知新流の型を原型にしたものですが、この二本は当庵独自の創案です。

 とはいっても、ごらんになればお分かりのように、後ノ敵の型は単純に転身〜打剣〜正面斬りのシンプルなものですし、前後ノ敵は戸山流居合抜刀術の三本目「左の敵」の体動を応用、それを打剣から後の敵に向けた動きに展開したものです。

 型の詳細については、後日、改めて本ブログで解説いたします。

 (了)
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武士道考、あるいは「武人」とは何か/(時評)
- 2009/10/23(Fri) -
 アフガニスタンでは、米軍の無人攻撃機プレデターがアルカイダの掃討に活躍している21世紀。

 なにを好き好んでやっとうや手裏剣の稽古などに精を出すのか、我ながら酔狂だとは思う。

 おかげで時折、「市村さんのお宅は、代々侍の家柄だとか?」などと質問されることもある。

 うちの実家は、室町末期から安土・桃山時代までは伊豆の地侍であった。一族の中からはゲーム『信長の野望』ではおなじみのインテリ系弱キャラ(ご先祖さま、スミマセン・・・)、板部岡江雪斎さんが出ているけれど、この方は姓の通り、うちの一族から出て板部岡家の養子になってしまったので、うちの本家自体は江戸時代以降、百姓になった。

 なので、めんどくさいから、「あ、百姓の出ですヨ」と答えるようにしている。

 武士とか侍といった言葉の定義はなんともあいまいで ある時代に帰農した侍とか、国人と呼ばれる地侍の場合、どうなるのか? そもそも、21世紀の今となっては、先祖の出自や家系など、まったく意味はないし。
 

 さて、同じようなあいまいさを持っている概念が、「武士道」というやつである。

 武術・武道関係者や右翼系の御仁には、わりあい簡単に「武士道は・・・」とか、「武士道たるもの」とか言う人もいうけれど、「で、あんたの言う武士道とやらは、いったい何時代の、どんな土地の、どのような武士道なのかね?」と、小1時間ほど問い詰めてみたい気もしないでもない。

 このあたりの問題については、兵頭二十八師の著書『武侠都市宣言』(四谷ラウンド/絶版)や『あたらしい武士道』(新紀元社)、『予言 日支宗教戦争』(並木書房)、以上の3冊を読んでもらえば、十分に理解できるはずである。というか、現代の武人たるもの、この3冊は絶対にはずせない必読の書である。私にとっては生涯変わらぬ座右の書であり、1人でも多くの人に、死ぬまでに1度はぜひに読んでほしい名著だ。

 端的に言えば、現在のネットウヨクや脳みそ筋肉系の保守民族主義者がいうところの「武士道」などは、所詮は日清戦争以後、軍部主導で作られた人為的付け焼刃の陳腐な精神論に過ぎず、21世紀の世界に生きるわれわれは、人類史を俯瞰した上での近代的自我を背景にした”あたらしい武士道”を構築しなければならない、ということである。

 では、そのあたらしい武士道とはなにか?

 兵頭師の本を買って読みましょう。

 1ついえることは、ふんどし姿で据え物をぶった斬るのが武士道ではありません(爆)。

 そういうわけで、私は平素から武人としての徳(武徳/アテレー)や規範(ノブレス・オブリージュ)という問題はよく考え、できればそれに恥じないよう生きてゆきたいと願っているけれど、いわゆる江戸時代的な、あるいは戦前に提唱された「武士道」という精神論を、自分が生きてゆくための規範と考えたことはないし、これからもないだろうと思う。

 なにしろ、伊豆の百姓の子孫なんだから(笑)。


 ではなんで、お前は自分や他の武術・武道関係者を「武人」と称するのか? という批判もあるかと思う。

 たしかに辞書を見ると、「武人」という言葉は、『武士、軍人、いくさびと』(大辞泉/小学館)と書かれている。しかし私としては、

 「武術・武道をたしなむ人、あるいは武術・武道が指向する社会的価値観を是とする人」

 という意味で「武人」という言葉を使っており、そこには身分としての武士や職業としての軍人というニュアンスはないわけです。

 畢竟、私の言う「武人」という言葉をより厳密に表現するなら、本来は「武芸者」という言葉のほうがより日本語として正しいのかもしれない。ただ21世紀の今、自分を「武芸者」と称するのはあまりに滑稽かつ陳腐なので・・・ね。

 ブログのタイトルにしか使えないでしょ。

 また「武芸者」となると、武術・武道を稽古している人だけに意味が限定されてしまうため、あえて定義のあいまいな「武人」という言葉を使っているわけです。

 では、武人の守るべき徳とは何か?

 「卑怯なまねはしない」
 「公的なうそはつかない」
 「友人を裏切らない」

 これは私の十代の頃からの、理想とする人間規範なのだけれど、その後成人して以来、北は北極から南はボルネオのジャングルまで、あるいはパレスチナの地雷原から北朝鮮の聖山まで世界各地を旅し、国会議員から国立大学の名誉教授あるいは前科持ちの板前から日雇いの土木作業員まで、あらゆる階層の人々と接し話をしてきた上で、地域も国も、時代も性別も、階級も人種も超越した、人間として最も普遍的な徳目ではないかと思う。

 (逆説的に言えば、卑怯なまねばかりして、公にした約束をすぐに破るうそつきで、あまつさえ友達を裏切るような人間は、どんな時代でも、どんな国でも、どんな人種でも、男女の別なく、あらゆる社会で尊敬されず、愛されもしないわけ。当たり前ですね・・・。しかし、では本当に自分は、卑怯なまねをせず、公的なうそをつかず、友人を裏切らずに生きてきたのか? これは、自分自身への厳しい問いでもあるわけです)

 上記の3つの規範を漢文風に表現すれば、

 「勇」 「義」 「仁」

 の三徳となろう。

 ゆえに、武術・武道をやっていようが、いまいが、人生という過酷な現実の中で、「勇」、「義」、「仁」という3つ徳を実現したいと「願う人」は、誰もが武人なのだと、私は思っている。

 だから、私にとっては、平山子龍もラビア・カーディル女史も、ダライ・ラマ14世も井上伝蔵も、桜井よしこも岡村昭彦も、すべて皆、はるか高みをゆく武人なのである。

(了)

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