正を以て合い、奇を以て勝つ〜脛斬りと、武術としての手裏剣術/(武術・武道)
- 2012/05/08(Tue) -
 過日、稽古中に初学の人から、「剣術には、長刀のように臑を打つ技はあるのですか?」との質問を受けた。

 少なくとも自分が学んできたいくつかの流儀には、それぞれに臑を斬り、あるいは払う技があった。

 古流の剣術や抜刀術を稽古している者からすれば、ことさら変わったものでなくとも、現代の剣道のイメージしかない人からすれば、臑斬りというのはもの珍しい技なのであろう。

 以前も書いたかもしれないが、例えば彼我が袈裟に斬り結んだ状態から、相手の中心を崩して、あるいは拍子を抜いて臑を斬るなどというのは、型のなかでもよくみられるものだ。聞くところによれば、スポーツチャンバラの試合などでも、臑斬りは、試合で有効な技だという。

 表・裏の小手と同じように臑も、無構えでないかぎり、体幹に対して前方に出ている部位であり、より打ちやすい部位であることは言うまでもない。

 ただし、ここで留意しなければならないのは、臑を打つ(斬る)場合、自分の上段ががら空きになる点である。

 仮に、己が相手の臑を払った際、同じ拍子で相手が真っ向正面を斬り下ろしてきたら、より致命傷になるのはどちらの方か?

 言うまでもないであろう。

 このように臑斬りに限らず、奇手というのは、それを使う場(間合)と時(拍子)を選ぶのであり、そうでなければ奇襲たりえない。

 「凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ」

 とは孫氏の一説であるが、あくまでも「正」あっての「奇」なのである。


 手裏剣術も、またしかり。

 単なる「奇手」として、手裏剣術を考えるのであれば、それは術の矮小化である。

 それでは彼我の攻防において、「奇手」を「奇」たらしめるための、「正」とは何か?

 彼我が相対した今この時、生死一重の間合から、いかに手裏剣術者は、渾身の一打を放つのか?

 これを思索し、問わないのであれば、それは単なる的当てごっこ、あるいは標的競技に過ぎないのである。


 的打ちの稽古だけでは、武芸における「正」と「奇」を知ることはできない。

 さりとて、安易な模擬手裏剣の「投げ合い」は、技を陳腐化させ、本来「術」の稽古であるべきものが、単なる「雪合戦」となってしまう可能性が大である。

 ゆえに、武術としての手裏剣術を学ばんとする術者は、必ず剣術なり居合・抜刀術なり、体術なり、対人攻防のあるなんらかの他の武芸を並行して学ばねばならない。

 「的は敵なり」

 とは、鳥取藩一貫流弓術の箴言である。

 我々、手裏剣術者が対峙するのは、動かぬ的ではなく、あくまでも概念としての「敵」であることを、忘れてはならない。それが、武術としての手裏剣術なのである。



 以下は蛇足。

 臑や小手は、真っ向正面や袈裟斬りに比べると、致命傷になりにくいと考えられがちである。

 しかし、外科医療の未発達な時代、実際には臑や小手を切り落とされた場合、多くが出血性のショックや敗血症などで、命を落としたであろう。

 「では、相手を殺さずに戦闘力を失わせるには、どこを斬ればよいのですか?」

 かつて紅顔の時代、私が旧師にたずねると、師はこう答えた。

 「尻を切れ」

 「・・・はい?」

 「背後に廻るなり、挫ぐなりして、相手の尻を斬るか突け。ここなら失血して死ぬようなことはなく、しかし相手は動き廻ることができなくなるだろう」

 なるほど。

 しかし今、改めて思うのだが、やっとうでも体術でも、立合いで相手の背後をとるというのは、かなり高度な業前が必要なんですがね・・・(苦笑)。

 (了)
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試斬稽古備忘録/(武術・武道)
- 2012/04/19(Thu) -
 先日の苗木城桜まつり武術演武会の翌日は、戸山流居合抜刀術中津川稽古会の皆さんの稽古に参加させていただき、斬りの稽古(試斬)を行った。

 同会の試斬は、刃引きの真剣を使い、試物(試し斬りの対象)には、畳表や巻き藁ではなく、竹を用いる。

 翠月庵では、例年、年2回ほど中津川稽古会にお邪魔して合同稽古を行っており、その際、試斬の稽古もさせていただいている。


 試斬という行為については、各派各流、それぞれの考え方があろうが、私の個人的な考えとしては、武術としての剣術や居合・抜刀術を志しているのであれば、試斬は必須であると同時に、固執する必要もない。

 稽古の本義は、あくまでも正しい型(形)稽古であり、自由攻防も含めた相対稽古であるからだ。

 一方で、型稽古や相対稽古だけで、まったく試斬を行わないのでは、それは武術ではなく、剣舞やスポーツである。

 ゆえに形稽古、相対稽古、斬りの稽古、これらを三位一体とし、バランスよく行うのが、武術としての剣術、居合・抜刀術のあるべき姿であり、イメージ的には、型稽古5:地稽古や自由攻防などの相対稽古3:斬り稽古2、くらいの稽古配分がもっとも良いのではないかと思う。

 もちろんこれは、あくまでも大雑把なイメージなので、たとえば20代くらいの元気な稽古者であれば、地稽古や自由攻防の割合をもっと増やし、がんがん打ち合うなど、年齢や経験、環境や課題などによって、3つの稽古の配分は変わってくるであろう。

 いずれにしても、型稽古だけに固執する、相対稽古だけにこだわる、試斬だけに執着する・・・。

 これらはいずれも、武芸者としての、心の「居着き」だ。

 心すべし。


 本身での軽い素振りの後、青竹を「型の動き」の通りに斬る。

 この、「型の動きで斬る」というのが重要であり、「試物を斬るために斬る」のは初心者ならかまわないが、中級以上の者が行うべき稽古ではない。

 適切な刃筋で斬ると、刃引きをした本身でも、ほとんど手ごたえなく竹が両断できる。

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 ▲斬った後の試物の竹。この写真は、4年前の稽古の際に撮っ
 たものだが参考までに


 また、手ごたえと切断面を観察することで、自分の刃筋や太刀行き、刀勢の正誤が確認できる。

 稽古に使う刀は、まず二尺二寸で1kgほどのものを使用。ついで二尺三寸、1.2kgほどの刀でも試してみる。

 私の場合、普段の稽古で使っているのが二尺四寸五分、1kgなので、いずれの刀も短めに感じるが、それほどの問題はない。少なくとも、この程度の刀身長の変化で、間合を誤ってしまうようでは、情けないことである。

 一方で重さについては、当初、二尺三寸の剣がいささか重く感じたが、慣れてくると、こちらの方が刀そのものの重さを利用できるので、試し斬りには良いと感じる。

 しかし、あくまでも武術として、「剣を用いての攻防」という点を考えると、こちらの剣は、私にはやはりいささか重いように感じられた。

 試物は、手首大からそれ以上の太さで、前回の斬りの稽古時よりも全体的に太めの竹を使わせていただいたが、それなりに斬れたかと思う。

 1時間半ほどの稽古で完全に斬り損じたのは、左袈裟(向かって時計の針の1時方向から、7時方向への斬り下ろし)で1回であった。

 それにしても、実際に試物を斬ってみると、己の刃筋の乱れ、太刀行きのばらつきがしみじみと、身にしみるものである・・・。


 武術としての剣術や居合・抜刀術の稽古において、過度にモノ斬りに耽溺してしまうのは偏向だが、一方でまったく斬りの稽古を行わないのも奇形である。

 今後も翠月庵の稽古では、型稽古、相対稽古、斬りの稽古、それぞれのバランスを考えて、適切な鍛錬を心がけていきたい。

(了)
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苗木城桜まつり武術演武会/(手裏剣術)
- 2012/04/15(Sun) -
 昨日は、ご厚誼をいただいている戸山流居合抜刀術美濃羽会のT先生にお招きをいただき、岐阜県中津川市で開催中の苗木城桜まつりで行われた、武術演武会に出席させていただいた。

 当日朝、拙宅周辺は雨。

 当初、演武は名城として知られる史跡・苗木城跡で行われる予定だったため、「この雨では中止かもしれないなあ・・・」とも覚悟しつつ、自宅を出る。

 東海道新幹線と特急を乗り継いで、10時前には中津川に到着。しかし、当地もあいにくの雨。

 ま、なにしろ私の雅号が「翠雨」(新緑時期の雨の意)だしな・・・。


 ところが、幸いなことに、急遽、城跡に隣接する公園にある、屋根付きのステージが借りられたということで、天候にかかわりなく、演武を行えることになる。

 誠は天に通じるものだ。

 まずは市内にある体育館で、演武前の稽古中の中津川稽古会の皆さんと合流。私も一角を借りて、演武前の調整。

 そして、14時から、いよいよ演武開始である。

2012.4.14_苗木城武術演武会1
 ▲基本の上段打ち


 まずは、2間と3間からの、基本の打剣。いずれの間合いの打剣も、スピード、威力とも好調である。

 続いて、前後左右に手裏剣を動きながら打つ、手裏剣術運用型。これは途中で集中力が途切れたのか、失中が出る。

 最後は、手裏剣術と抜刀術を合わせて行う、最も高度な刀法併用手裏剣術。これは、まずまずのできであった。

2012.4.14_苗木城武術演武会2
 ▲刀法併用手裏剣術の型


 1人でざっと15分に及ぶ演武は、一般的にはかなりの長丁場であった。

 結果として、技術的に難易度の高い、技や型の演武(手裏剣術運用型/突進、刀法併用手裏剣術の型/前後敵など)に関しては、われながら、いずれも会心の出来であった。

 一方で、通常の稽古では難易度の低い技や型で、失中がでてしまったことは、反省と課題である。

 詳しくは後日、本ブログで、所感をまとめるつもりだ。

2012.4.14_苗木城武術演武会3
 ▲戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会の皆さんと


 こうした貴重な「真剣勝負」の場を与えてくださった、中津川稽古会の代表であり、武友であるT先生には、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

 ありがとうございました。

(了)
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木扇〜上質の武具を購う/(武術・武道)
- 2012/04/07(Sat) -
 先月まで当庵で自主稽古に参加していた、K氏がプロデュースした木扇を購入した。

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▲縞黒檀製、一尺の勝扇。隣は茶道で使う扇子


 木扇は別名「勝扇」とも呼ばれる。また明治時代には、直心影流の榊原鍵吉が、脇差の代わりとして「頑固扇」と称する木扇を考案したことでも有名だ。

 木扇は一般的に鉄扇術の稽古に用いられるものだが、現在、ネット等で「勝扇」として市販されているものは、赤樫を使った無骨な短棒状のもので、工芸品としての魅力は皆無である。

 それに比べるとこの木扇は、高級木材である黒檀を使用し、埼玉県の伝統工芸師が、1本づつ手作りで製作した逸品である。

 実際に手にとってみると、非常にしっかりとした作りであることが分かる。

 黒檀は、木太刀によく使われる白樫や赤樫に比べると、硬さと重量感で勝るが、粘りにかけると言われる。硬さと粘りが相反するというのは、本身も木太刀も同じなのだ。

 しかしこの木扇子は、少なくとも体術系統の鉄扇術の稽古であれば、十分に使用に耐えるものであると言えよう。

 もっとも高級木材だけに、あまり蛮用はしたくない。ましてや古流の鉄扇術にあるような、打太刀の太刀打ちを扇子で受けるような技には使いたくないと思うのは私だけではあるまい。

 荒っぽい稽古で傷つけるのには、あまりに惜しい、美しい仕上がりだからである(笑)。

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▲縞黒檀の、上品な木目が良い。年月をかけて使い込むことで、さらに味わいが深まるであろう


 私は普段、和装の際には七寸五分の高座扇か八寸の鉄扇を、洋装の際には六寸の茶道扇を使っているが、この木扇は一尺ある。

 普段、帯びるにはいささか大きいが、鉄扇術で用いる武具として考えると、やはり一尺の長さはほしいところである。

 武技としては、柔術をはじめ、小太刀や剣術、懐剣術の心得があれば、そのまま武具として使うことが可能だ。もちろん鉄扇術の稽古に使えることは、言うまでもない。また当庵で指導している掌剣術の稽古にも、そのまま使用できる。

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▲鉄扇術にせよ、掌剣術にせよ、また体術として用いる場合でも、「斬手」が術の基本である


 木扇に限らず、こうした短棒状の武具は、東西を問わず世界各地にあるが、木扇や鉄扇の魅力は、本来の目的が武具でありながら、そこに日本的な「用の美」があることだ。

 今回の木扇は、久々に「所有する喜び」が感じられる、良い武具を購えたとたいへん満足している。

 興味のある方はぜひ、下記、ページをご参照いただきたい。

 なお、同ページで紹介されている、K氏プロデュースの手裏剣も、武具として、また工芸品としてもたいへん上質な逸品であり、しかもたいへん良心的な価格であることから、手裏剣術者諸氏におすすめできる。


■鉄扇堂
http://tessendou.cart.fc2.com/

(了)
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潜竜、雨に泣く/(身辺雑記)
- 2012/03/24(Sat) -
 この1ヶ月、どういうわけか、週末になると雨が降る。

 そして、野天道場である当庵では、雨が降ると稽古ができない。

 というわけで、なんと! 2月25日以来、今日まで5週連続で稽古が雨天中止となっているのである・・・。

 2007年に当庵を開いて以来、足掛け5年の月日の中でも、このようなことは初めてだ。

 梅雨時であっても、せいぜい2週連続で雨で中止、というようなことはあったのだが、丸々1ヶ月、稽古ができないというような異常事態は、空前絶後である。


 とはいえ、なにしろ相手は天の気。

 三才の下位にある「人」がどうあがいても、天地の運行は変わることはない。

 たとえ一時の異常事態があったとしても、原則、天地の運行は粛々と、あるがまま続いていく。

 一説では今年、この世は滅びるとのことだが(笑)、べつに予言もなにも、黙っていても地球は、数十億年後には膨張する太陽に飲み込まれて滅びてしまうというのが科学的な事実であり、明日も数十億年後も、宇宙そのものの運行にとっては、あまり意味のある時差ではないであろう。

 そう考えれば、特段、あわてることもあるまい。


 12歳で柔術と抜刀術の門を叩いて以来、未熟者は未熟者なりに31年間、なんだかんだと稽古をしてきた上で思うのは、今回の「雨天で1ヶ月も稽古ができない!」というような状況、つまり、なんらかの外的な要因で、稽古を一定期間、中断せざるを得ない時期というのは、数年おきに必ず訪れるように思う。

 その理由は、たとえば仕事だとか、あるいは私事だとか、怪我や病気だとか、モチベーションの低下だとか、道場・稽古場の人間関係だとか、その時その時でさまざまだけれども、「稽古したいけれども、できない」という状況になってしまうことは、これまでも何度かあった。

 その上で、経験知として思っているのは、

「できないならば、無理にしなくてもいい」

 ということである。

 稽古したくとも、諸般の事情でできないのであり、その諸般の事情は、たとえば今回のような天候だとか、あるいは病気だとか、はたまた仕事がらみだとか、いずれの場合も己の力や意思ではどうにもならないことだからこそ、「したくても、できない」わけである。

 だとすれば、もうそれは時の流れに、ゆだねるしかない。

 そう思うようになったのは、30代の半ばくらいからだろうか。

 もちろん、その「稽古できない期間」も、たとえば自主的な稽古だとか、日常生活の稽古化など、できる限りのことをするのは言うまでもない。

 その上で、いままでのように稽古ができないのであれば、それはもう、いたしかたないことなのである。

 だから、「無理にしなくていい」のだ。

 そういう「時」が、斯道を歩む者には、必ず巡ってくるものである。

 そもそも稽古したくてもできないのだから、やりようもないわけであるし、そういう時は、酒でも飲みながら(下戸なら饅頭でも食べながら)、古今の書物にでもじっくりと取り組めばよい。

 先師曰く、
 
「学問せぬ武芸者は匹夫の勇にして、三味線弾き候 芸者も同様」

 である。


 一方で、これもまた足掛け30余年の経験知だけれども、「稽古したくてもできない」という状況が、永遠に続くということは絶対にない。これは断言できる。

 短ければ数週間から数ヶ月、長くとも十数年。

 それ以上の期間「やりたくても、できない」状況が続くことはまずない。20年以上も「やりたくてもできない」というのは、多分、本当はやりたくないのであろう。

 だとすれば、その時期が再びめぐってくれば、また稽古をはじめればよいのである。


 易に曰く、

「天行は健なり、君子自彊して息まず」

 という。

 あるいはまた、

「潜竜用いるなかれとは、何の謂ぞや。子曰く、竜の徳あって隠るるものなり。世に易(か)えず、名を成さず、世を遯れて悶(いきどお)るなく、是とせ見(ら)れざれども悶るなし。楽しめばこれを行い、憂うればこれを違(さ)る。確乎としてそれ抜くべからざるは、潜竜なり」

 ともいう。

 雑っかけに言ってしまえば、「ま、そういう時期もあるさ」と、いうことだ。

 大切なのは、再び立つための志を、失わないことである。

 (了)
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鬼神を敬してこれを遠ざく/(時評)
- 2012/03/05(Mon) -
 夕刊紙などで、「神様は、お肉が食べたいと言っています・・・」というらしい、占師/霊能者と、そのマインドコントロール下にある女性芸能人の話題が盛んにされている。

 神様が食べたいという肉は、はたして豚肉なのか、牛肉なのか、羊肉なのか? そのあたりに興味がある・・・、というわけではない。


 神霊や鬼神と武術というのは、案外、近いところにある。

 由緒のある古い武芸の流派では、密教や修験道の呪法があったり、免許や印可の条件として、ある種の神秘体験を必要とすることもある。

 私もその昔、早九字の切り方など、旧師に教わった記憶がある。まあ、もう忘れてしまったけれども・・・。

 こうした背景もあってか、武術や武道を嗜む人には、信仰心の篤い人も少なくない。

 そもそも道場や稽古場では、まず「神前に礼」というのが習慣となっている世界であるからして、武芸と神霊がごく近い世界であるのは、当たり前といえば当たり前だ。


 さてその上で、私自身は、

 「限りなく唯物論者に近い、不可知論者」

 である。

 ゆえに、怪力乱神の類は信じない。

 とはいえ、私も惟神の道を敬する国に生まれ育ったものであるからして、世の中の何もかもが、すべて現在認識されているサイエンスで了解できるというほど傲慢ではないし、その昔の廃仏毀釈や、イスラム教原理主義者のように、宗教的施設や信心の対象をあえて破壊したり、冒涜したりするつもりもない。

 初詣もするし、寺に参拝もするし、教会やモスクに立ち入ることもある。その際には、それぞれに敬意を十分に払う。

 なぜならば、それが「礼にかなう」からである。

 でもやっぱり、「全知全能の神」とか、「願いをかなえてくれる救い主」とか、「人を呪い殺す霊」などというのは、ねえだろうなあと個人的には確信している。

 目の前に白刃を突きつけられたら、呪文を唱えるよりも、手裏剣を打つ方がいい、多分(笑)。

 兵頭流軍学風に言えば、他者の理不尽な暴力に対しては、呪文よりも手裏剣術の方が、より安全・安価・有利であるということだ。


 こうした心境にいたったのは、20代の中頃にかかわった、紛争地取材の経験が大きい。

 周囲の人間が簡単に殺されてしまうような、理不尽だがリアルな暴力が横行する社会で日常を過ごすと、「ああ、神も仏もねえよなあ・・・」と、しみじみ思わざるを得ないのである。

 神霊や怪力乱神による祟りや呪いがあるのなら、スターリンや金正日は、天寿をまっとうできなかったであろう。

 極悪非道の独裁者として何百、何千、何万もの罪なき人を拷問・虐殺した、ヒトラーやチャウシェスクやサッダム・フセインをこの世から葬り去ったのは、理不尽に虐殺された人々の怨念や、かれらの信じた神の力ではなく、国家や民衆による暴力=軍事力である。

 今も昔も、神様は助けてくれないのである。

 イエス様も、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、神よ、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」と言っているではないか。


 一方で我が東洋では、いまから2500年も前に、孔子様はこうおっしゃった。

 「鬼神を敬してこれを遠ざく、知と謂うべし(神霊を敬うが、それに頼らない。それが知恵というものだよ)」

 さらに、こうも言った。

 「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん(まだ生について十分に理解していないのに、どうして死を理解できるだろう)」

  同様に、孔子先生と同じ時代の孫子は、こう喝破している。

 「祥を禁じ疑いを去らば、死に至るまで之く所なし(あやしげな卜占などをせず疑いのないようにすれば、死ぬまで動揺することはないのだ)」


 東洋の思想とは2000年も前から、かくもリアルで、しかも人に優しい。幾多の神々のように、人の犠牲など求めないのだから。
 
 私のような未熟な人間は、ただただ孔子様や孫子先生の箴言、東洋の智慧に、深くうなずくばかりである。

 (了)
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南蛮人が首に巻いている、あのヒダヒダ・・・/(身辺雑記)
- 2012/02/28(Tue) -

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 ナツメ社より、『史上最強カラー図解 世界服飾史のすべてがわかる本』が、好評発売中です。

 不肖市村は、本書で第8部の「日本服飾史」のほか、世界の民族衣装や中世〜近代ヨーロッパの服飾史部分を執筆させていただきました。

 なお、時代劇で南蛮人が首につけている、あのひだひだは、「ラフ」という。

 以上、豆知識。



18きっぷ

 学研パブリッシングより、『おとなの青春18きっぷの旅 2012年春季編 2012年 04月号 』、好評発売中。

 本書では、「桜をめぐる世界遺産 奈良・京都の旅」の取材・執筆と撮影を担当。

 雨の中の平城京の夜景撮影は、ハードであった・・・。

 京都に行ったら、旅人は知恩院近くにある平野家本店で、「いもぼう」を食べるべし。

 嵐山にある西山艸堂の湯豆腐も美味である。

 以上、これまた豆知識でした。


(了)
 
 
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雨水夜話/(身辺雑記)
- 2012/02/23(Thu) -
 ここ最近、プロバイダの不調かホームページの不具合か、当庵宛てに送信したメールが届かないという事案がいくつかありました。

 メールなど送信されてから1週間以上、私からの返信など反応がないような場合は、ホームページのリンクや「お問い合わせ」からメールを送らずに、当庵のメールアドレスをコピー&ペーストして各人のメールソフトから送信するか、ホームページの掲示板にでも、その旨や用件などを書き込んでいただければと存じます

       *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 今日、なじみの編集者から来たメールの追伸に、「イランで女性忍者が大流行しているらしいですね……(笑)」とのコメントが。

 忍者・・・。

 ・・・。

 ま、いいんだが。

 当庵では忍術の指導はしていない、念のため。

       *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 スマートフォンに対して、従来型の携帯電話を、日本という特異な市場で独自に進化した携帯電話として、ガラパゴス携帯、略して「ガラケー」と言うそうな・・・。

 言葉のやり取りにも、当然ながら「間合」と「拍子」、そして「位」があるわけで、「ガラケー」という言葉を積極的に使っている人は、たいがいスマートフォンを使っているようであり、そこにはいわゆる「上から目線」がひしひしと感じられるような気がするのは、私だけではあるまい。

 ま、端的に言えば、「ガラケー、ガラケー」と連呼している人からは、「オレってスマホだけど、何か?」的な、さりげない自己主張という名の上から目線という、野暮な風情を感じるのである。

 けして、スマートフォンを使っていないもののヒガミではない(笑)。


 同じように、端で聞いていて野暮だなあと言葉に、素人が使う専門職の符牒がある。

 たとえば、寿司屋で「アガリ頂戴」とかいう半可通とか、居酒屋で「お愛想」とかいう勘違いである。

 いまさら説明するまでもないことだが、アガリもお愛想も、店の側が使うべき言葉で、客が言うもんじゃあない。普通に「お茶をください」、「ご馳走様。会計をお願いします」といえばいいのである。


 一方で、売り手の側の不快な言葉に、いわゆるバイト敬語というのがある。

 店に入ったとたんに、「いらっしゃいませ、こんにちわー」といわれると、「あんたと友達になった覚えはねえ」とつめよりたくなるのは、私だけではあるまい。

 「いらっしゃいませ」と「こんにちわ」は、並立する言葉じゃあねえんだよ。

 また、これらはだいぶ指摘されつくしているけれど、フロアのスタッフが「ペスカトーレになります」とか言うもんだから、「じゃあ、ペスカトーレになる前は、何だったんだい?」と聞きたくなるのは、私だけではあるまい。

 「ペスカトーレでございます」と、なぜ普通に言えないのだろうか?


 「1万円から、お預かりします」というのも、イラッとするものだ。

 「から」というのは、どこからなんだ? 基点が1万円なのか? では、何か追加してださなけれりゃあいけないのか? っと、理不尽な戸惑いを感じるのは私だけであるまい。

 「1万円、お預かりします」と、普通に言えばよい。


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 「銀座ルパン」と言えば、太宰治や坂口安吾など、昭和の文士たちに愛された老舗バーである。

 20世紀の終わりも近づいていた1990年代半ば、まだまだ駆け出しの記者だった私は、某社の仕事で、ルパンの名バーテンダーである高崎武さんにインタビューをする機会を得た。

 取材はつつがなく終わり、無事、本が出版された後、高崎さんから私宛に封書が送られてきた。

 「良い記事を書いてくれてありがとうございます。取材を受けても、意に沿わない記事になることも少なくないなか、しっかりと書いていただきうれしく思います」という、お礼の手紙であった。

 物書きの仕事を始めて、今年でちょうど20年になるのだが、後にも先にも、取材後にこのような丁寧なお礼の手紙をもらったことはない。

 この高崎さんからの手紙は、記者としての私の宝物となっている。

 後日、知り合いのとある茶道師範にこの話をすると、

「茶道では、茶会に招かれた翌日、お礼に行くことを『後礼』といいます。正式には、直接出向いてお礼をするのですが、現在はなにかと忙しい世の中ですから、手紙で後礼を申し上げることもありますね。いずれにしても、茶の湯の一期一会は茶室で終わるものではなく、後礼までを含めた縁(えにし)なのです。市村さん、良い勉強をされましたね」

 と評してくれた。

 高崎さんにいただいた後礼の手紙は、私に活きた「礼法」のあり方を教えてくれたように思う。

 銀座ルパンの高崎武さんは、2008年7月18日、82歳で逝去された。

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 武芸というのはいくつになっても、畢竟、自分以外の他者から、学ばねばならない。

 宮本武蔵のような師を持たぬ天才でも、天地の道理から剣の理を学び取ったことは否定できない。

 ゆえに易に曰く、
 
 「蒙は、亨る。我童蒙を求むるにあらず。童蒙来りて我に求む」

 という。

 「我」というのは、蒙昧な者を教え導く者、つまり指導者である。「童蒙」とは蒙昧な者、つまり教えを求める生徒だ。

 武芸に限らず、芸事や学問というのものはすべからく、童蒙のほうから師に教えを求めてやってくるものである。

 教えるというのは、自分から出かけて行って教えるのではなく、相手が教えて下さいと言って求めて来たときに教えるものだと、儒学の経典である易は諭しているのだ。

 自分から、「教えさせてください」というような先生は、とりあえず疑った方がいい(笑)。

 一方でまた、たとえ自らが教える立場になっても、「学ばせていただく」という姿勢を失ってはならない。

 ゆえに私自身も、未熟ながらも稽古場で人様に指導をさせていただきながら、武芸の道理を学ばせていただいているのである。

 「童蒙」たる己のあり方を見失うということは、つまり彼我の「位」と相手との「間合」を見失うことである。

 そして「位」と「間合」を見失うということは、立合においての敗北につながることは言うまでもない。

(了)

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打剣の三要訣
- 2012/02/16(Thu) -
本日の稽古備忘録

 構え、手首、手離れ。

 適切に的中しない場合、必ずこれらのいずれかに、齟齬がある。

 翠雨
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座技好み/(武術・武道)
- 2012/02/11(Sat) -
 本日は、本稽古の前に2時間ほどみっちり、居合(座技)を抜いた。

 斯界では一時、「座技不要論」を称える高名な方もいらっしゃったけれども、私は個人的に座技が好きだ。

 これは居合・抜刀術に限らず、柔術でも私は座技が好きである。

 ことに座技の捕手とかで、パーンと当身をかましてから逆手や投げで相手をひっくり返して拉ぐとかいう技なんぞは、なんともワクワクするもんだ(笑)。

 ・・・、閑話休題。

 さて正座にせよ、居合腰にせよ、座技というのは下半身に形而上下それぞれの意味での「負荷」がかかっている中で、技を遣わねばならぬところが、稽古の肝であり、楽しみでもある。

 わざわざ不自由な体勢、あるいは不安定な体勢から、技を発し、それを意味あるものにするというのが、稽古の方便としてたいへんにおもしろい。

 また、限られたスペースを効率よく使って稽古できるというのも、座技の魅力だ。居合であれば二畳もあれば十分であるし、柔術ならば一畳でよい。

 さらにこれは個人的な感覚ではあるけれど、同じ技でも立合よりも居合の方が、軸の歪みや技の崩れが、よりビビットに感じられるように思う。

 では、手裏剣術の稽古における座技の効用とはなにか?

 まず第一に、下半身の力や体幹の移動力を使うことができないため、腕の振りと脱力による打剣を理解することができる。

 第二に、手の内、腕の振り、構えについての、微妙な使い方とそのチェックに集中することができる。

 以上の2点が挙げられよう。

 なお、座技での打剣は正座のほか、跪坐(正体)、跪坐(半身)と、主に3つの姿勢があり、それぞれに体軸の置き方と腕の振り・構えの要点が異なってくるのは、言うまでもない。

 いずれにしても、座るという行為そのものは、何か自分の中に流れる日本人のDNAを刺激するような、そんな気がしてならない・・・。

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▲近藤勇先生の正座

(了)
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