流祖が形に託した「事理」/(柳剛流)
- 2017/04/23(Sun) -
 柳剛流居合では、折敷いた姿勢のままで、非常に身体的負荷の高い体捌きを要求される。

 これが最大の特長であり、稽古の眼目であるわけだが、だからといってそれ以外の、居合としての基本的な要諦を疎かにしてはならない。

 たとえば体捌きが激しいだけに、どうしても姿勢が崩れがちとなるが、常に正しい姿勢を保つ必要がある。

 あるいは抜付けに際しては、特に初学者はごぼう抜きになりがちだが、それは厳に慎み、序破急の拍子をしっかりと体得させる必要があるのは言うまでもない。



 たった5本のシンプルな形だが、流祖・岡田惣右衛門がそこに託した「事」と「理」に想いを致しながら、丁寧に、大切に稽古をしていかなければならない。
 
DSCN0681_柳剛流居合

 (了)
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柳剛流を学ぶという責任/(柳剛流)
- 2017/04/20(Thu) -
 去る2月、仙台藩角田伝柳剛流の第4代である泉冨次先生ゆかりの方と、ご連絡をとることができた。

 そして先日、今度は「柳剛流の里」である宮城県伊具郡丸森町(旧大張村)で、明治時代に柳剛流師範として活躍された佐藤右膳先生ゆかりの方からご連絡をいただいた。



 佐藤右膳先師は、旧大張村大蔵に稽古場を構え、近隣に住む数多くの若者たちに柳剛流を伝えたという。

 私の師である小佐野淳先生に柳剛流をご指導された旧大張村川張の佐藤健七先生は、実父である佐藤金三郎先師に柳剛流を学ぶとともに、登米伝柳剛流の沼倉清八師範の指導を受けるほか、隣村にあった佐藤右膳先師の道場にも通ったという。

 佐藤健七先生の伝えた当時の逸話によれば、稽古において脚を打つ際、たいていの場合は相手の右足を打っており、相手の左足を打つことができるのは、よほど飛び込めたときだけであったという。



 佐藤健七先生他、複数の在地の先達から柳剛流を伝授された小佐野先生より、平成の今、薫陶を受けて仙台藩角田伝の柳剛流を学んでいる私としては、直系の先師である健七先生ゆかりの大師範である佐藤右膳先生のご親族からご連絡をいただけたというのは、実に光栄なことだ。

 古流の武術というものは、こうして時代や世代を経て人から人へ、さまざまな人々に支えられながら伝えられていくのかと思うと、改めて今、柳剛流の剣を振るうことの喜びをひしひしと感じる。

 そして50年後、100年後に、仙台藩角田伝柳剛流が日本のどこかで未来の武芸者たちに受け継がれているかどうかは、現在、柳剛流を伝承し稽古をしている我々にかかっているといって過言ではない。

 その責任はたいへんに重いが、一方で市井の武芸者のひとりとして、たいへんに誇らしくもある。

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 ■引用・参考文献
  『剣道日本』第3巻第6号 通巻30号「続 剣脈風土記 陸前柳剛流」 (渡辺誠/スキージャーナル)
  『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』(南部修哉)
  『日本剣道史 第十号 柳剛流研究(その1)』(森田栄)
 
 (了)
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角田随一の遣い手、柳剛流・浅野弥惣太/(柳剛流)
- 2017/04/15(Sat) -
 今から36年前に発行された『文芸角田』という雑誌に、「柳剛流の剣士 浅野弥惣太の記」(松岡泰二)という記事がある。

 浅野弥惣太は、柳剛流2代岡田(一條)左馬輔の弟子であり、左馬輔門下では、後に角田伝柳剛流4代となった泉冨次師範を凌ぐ腕前であったとも伝えられている。

 慶應4(1868)年2月、弥惣太は角田の泉冨次道場で、松前藩士何某と真剣で立ち合い、しかも血を流さずに見事な勝ちを得たことから、「角田随一の遣い手」と評されるようになり、明治には仙台城下における撃剣興行でも大活躍をしたという。



 以上が「柳剛流の剣士 浅野弥惣太の記」に記されている内容なのだが、1つ不思議なことがある。

 角田市の長泉寺にある「柳剛流開祖岡田先生之碑」は、角田や丸森の主な柳剛流免許者の名前が網羅されているのだが、ここに浅野弥惣太の名前は記されていないのだ。

 この碑が建てられた明治35(1902)年、弥惣太は57歳なのだが、すでに鬼籍に入っていたのか? あるいは、その他に何らかの事情があったのだろうか?

 「柳剛流の剣士 浅野弥惣太の記」には、泉冨次師範と浅野弥惣太との間に軋轢があったような記述もあるが、いささか資料そのものの信頼性に疑問があり、事実はつまびらかではない。

 いずれにしても、角田にせよ丸森にせよ、あるいは武州や田丸にしても、江戸後期から明治・大正・昭和前期にかけて、数多くの柳剛流剣士が、さまざまな剣客人生を送っていたのであろう。



 平成の今、柳剛流を伝承し稽古をする者のひとりとして、こうした往時の柳剛流剣士たちの記録も少しずつ集め、後世に伝えていけたらと思う。

 ■参考文献
 「柳剛流の剣士 浅野弥惣太の記」(松岡泰二/『文芸角田』15号 1981年)

 (了)
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「柳剛流」という道をゆく/(柳剛流)
- 2017/04/04(Tue) -
 先々週、翠月庵に見学に来たSさんが、先の週末の稽古から正式に入門することとなった。

 これで私を含め、当庵で5人目の柳剛流剣士の誕生である。

 杖の高段者であるとともに、刀、薙刀、さらに複数の格闘技の有段者でもあるSさんには、剣術、居合、突杖、長刀を有する総合武術である柳剛流は、非常になじみやすいのではないかと思う。



 まずは備之伝から、剣術の「右剣」と「左剣」の稽古を始めてもらう。

 切紙の段階で最初に学ぶ「右剣」と「左剣」は、すでに何度も指摘しているように、柳剛流のあらゆるエッセンスが凝縮された初学の門であり、極意でもある。

 この2つの形を、己の体にしっかりとなじませていくことで、柳剛流ならではの運足、体捌き、拍子、太刀筋、そして戦術と戦略を学ぶのである。

 この2つの形の鍛錬無くして、目録で学ぶ当流極意柳剛刀も、免許秘伝の長刀も、「術」とはなりえない。



 倦まず弛まずじっくりと、流祖・岡田惣右衛門が200年以上も前に編み出したこの「術」を学び、生涯武道として業と心身を磨きながら、末永く後世に伝えるためにも力を尽くしてもらえれば、柳剛流を愛する者のひとりとして、とてもうれしく思う。


  敵は剣身をば柳江修行して
              心せかづに勝を取るべし(柳剛流道歌)


 (了)
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柳剛流の一人稽古/(柳剛流)
- 2017/03/28(Tue) -
 言うまでもないことだが、柳剛流に限らず日本剣術の稽古は、仕太刀と打太刀による相対での形稽古が学びの根本になる。

 しかし、日々の稽古においては、必ず稽古相手がいるとは限らない。ことに毎日の自主稽古では、どうしても一人稽古の頻度が高くなる。

 それでは柳剛流の一人稽古は、どのように行うべきか?

 まず、一人稽古の根本となるのが居合である。

 柳剛流居合は、他流の居合同様、座位という困難な姿勢から運刀を学ぶためのものであるが、加えて柳剛流特有の体捌きによって、強靭な下半身の力と腰のキレを体得することに眼目がある。

 直心影流(直心柳影流)薙刀の達人・園部秀雄は、その著書『学校薙刀』(昭和11年刊)において、柳剛流の業を「跳斬の妙術」と評しているが、この「跳斬」のための地力を錬るのが柳剛流居合なのだ。

 「向一文字」「右行」「左行」「後詰」「切上」という、シンプルな5本の居合をとことん錬ることで、柳剛流の真面目である「跳斬の妙術」を得られるのである。

 これらの居合で錬った地力は、たとえば剣術の基本となる「右剣」と「左剣」、あるいは当流極意と呼ばれる柳剛刀6本の形においても、十全に発揮される。

 逆説的に言えば、居合稽古による強靭な下半身の力と腰のキレなしには、柳剛流剣術の様々な業=術を、十分に使いこなすことはできないのである。



 柳剛流の一人稽古において、居合と並んで重要なのは「備之伝」と「備十五ヶ条フセギ秘伝」だ。

 「備之伝」は、当流において初学者が学ぶ15種類の構えの教えであり、「備十五ヶ条フセギ秘伝」は目録者が学ぶ15種の構えに対応する必勝の構えの教えだ。

 一人稽古においては、まず「備之伝」において正しい構えの姿勢やそれぞれの構えの意味、その構えからのあるべき太刀筋を知る。

 次いで「備十五ヶ条フセギ秘伝」を学んだ者は、それぞれのフセギ秘伝について、彼我の関係と接点、そしてそこからのあるべき太刀筋を学ぶのである。

 さらにこの段階では、それぞれの構えを通して、いわゆる「気押し」「気組み」を十分に錬ることも重要だ。

1703_本部所蔵切紙
▲今井右膳の子・亀太郎の門人であった松嵜直義が山田健三郎に明治23(1890)年に伝授した柳剛流切紙(水月塾本部所蔵)。この伝書では備之伝が10種に簡略化されているが、角田伝や武州伝の各派では多くの場合、備之伝は15種が基本となる


 このように、柳剛流の一人稽古は、切紙の段階では居合と備之伝、目録以上の者はこれらに備十五ヶ条フセギ秘伝を加えた3つがが基本となる。

 その上で、剣術や突杖、長刀の各形について、単独での形の復習を繰り返すことだ。

 さらに補助鍛錬として、いくつかの当流独自の素振りを加えるとよいだろう。


 武芸の学びにおいては、単独稽古と相対稽古は車の両輪だ。

 どちらかに偏ることなく、それぞれが有益に関連しあうよう稽古をしていくことが重要であろう。

 (了)
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