柳生心眼流 「取返」/(武術・武道)
- 2017/06/26(Mon) -

「できない」ことが「できる」ようになる過程とは「自己調整と過剰適応を繰り返すことによって自己理解を深めていく過程」として捉えることができる。

冨永哲志・豊田則成・福井邦宗「できない」ことが「できる」ようになる過程についての質的研究
スポーツ心理学研究 2015年第42巻第2号P51-65 より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspopsy/42/2/42_2015-1415/_pdf




 昨日は、水月塾本部での稽古であった。

 今回はハンガリー支部長以下、門人の方々が稽古に来ており、午前中は全員で水月塾制定の日本柔術(甲陽水月流)の稽古を、午後からはそれぞれの学んでいる流儀の稽古ということで、私は関西支部長で兄弟子のY師範に相手をしていただき、小佐野淳先生より柳生心眼流をご指導いただいた。

 以前にも書いたけれど、柳生心眼流は、私が幼少のころから憧れていた流儀であったのだが、長年、これを学ぶ機会がなく時が過ぎてきた。

 しかし水月塾にて仙台藩角田伝柳剛流を学ぶ中、師に相談をさせていただいた上で、柳剛流と併せて柳生心眼流のご指導をしていただくようになった。

 これは、そもそも昔からの憧れの流儀であったことのほか、柳生心眼流の特長である「素振二十八ヶ条」は、月1回の通いの弟子である私にとって、他の古流柔術よりも自習がしやすいであろうこと、また登米伝柳剛流における近代の名人・沼倉清八師範が柳剛流と併せて柳生心眼流も深く修めておられたという逸話にあやかりたいという気持ちもあった。

 とはいえ、皆さんご存知のように、柳生心眼流と言えば、たとえば受けが後方に宙返りをしつつ逃れる「ムクリ(まくり)」と呼ばれる動きが必須であり、これは到底、アラフィフの自分には無理だろうなということで、学び始めた頃は内心、せめて単独での素振りだけでも憶えられればという気持ちでもあった。

 ところが、師の導きやY師範のご協力のおかげで、驚くことにバク転やバク宙はまったくできないアラフィフのおっさんながらも、なんとか形でムクリもできるようになったという話は、以前、本ブログに書いたかと思う。

 その後、「表」、「中極」、「落」、「切」と二十八ヶ条の素振、それぞれの「向い振り」、七ヶ条の「取放」を学んだのだが、やはりこの段階で内心、自分の柳生心眼流の学びもここまでかな・・・・・・、といささかあきらめの気持ちがあった。

 というのは、「取放」の次に学ぶのが、「取返」七ヶ条だからである。



 柳生心眼流の「取返」は、「梃子の原理を最大限に活用しながら攻防を繰り返し、技の極まらぬうちに逃れ、反撃に移る技法を形として伝えるもの」(『柳生心眼流兵術』小佐野淳師著)だ。

 この七つの形では、彼我、背中合わせの状態で、相手が我の襟首をつかんで背負い投げするところを、我は倒立後方回転、つまりバク転をして着地しながら逃れ、すかさず体を入れ替えて相手を投げ倒すという動きが必ず含まれている。

 背中合わせで後ろ向きに背負い投げをされたところを、バク転して着地し、すかさず飛び違えて相手を投げ返す・・・・・・。

 ・・・・・・。

 絶対に無理である、1969年製のくたびれた流れ武芸者には。

 そもそもバク転=倒立後方回転どころか、私は倒立つまり逆立ちさえもできないのだ。

 それがですよ、バク転して着地し、すかさず飛び違えて相手を投げ倒すと!?

 しかもそれで形は終わりではなく、さらにここで投げ倒された相手は、さらに投げから逃れて我を極め倒すのである!

 あは、ははははは・・・・・・・(涙目)。



 そんな心持ちでいたのであったのが、師から「今日は心眼流の取返をやりましょう!」と言われ、内心「絶対無理だろう、オレには・・・」と思いつつ、師とY師範のご協力をいただき、補助的な基礎鍛錬から指導していただき、いよいよ「取返」の形を打つ。

 最初は当然ながら、頭から落下する恐怖で着地どころか、後ろ向きに転がることすらままならない。本能的に恐怖を感じ、体を変にひねって横に転がってしまったり、立ちすくんで足が居着いてしまうのである。

 しかし、何度も何度も繰り返し、師やY師範にアドバイスをいただきながらトライしていくうちに、「あれ!? もしかしたらこれ、できるかもしんない・・・」という気持ちが芽生え始めた。

 すると不思議なもので、なんとなく体の動きが形を打つごとにそれらしくなり、なんと驚くことに、いや本当に驚くことに(!)、2時間ほどたつと、バク転して着地、飛び違えて投げを打ち、それを受けた相手がさらに我を極め倒すという、実にアクロバチックな形について、捕りでも受けでも、ようよう打てるようになってきたのである!!!

 そしてこの日の稽古が終わるころには、師より「なんとか、かたちになってきたね」とのお言葉をいただけるようになった。



 それにしても47歳と7か月の老兵である自分が、この歳になって柳生心眼流の「取返」ができるようになるとは、本当に想像だにもしていなかった。

 これほど明確に、「できないこと」が「できるようになる」体験というのは、子どもの頃、初めて自転車に乗れた時や、できなかった逆上がりができるようになった体験以来である。

 今、改めて自省すると、それはできるようになるために先人方が工夫されてきた流儀の稽古体系=学びの階梯があるからであり、師と兄弟子の導きがあってこそであると、しみじみ思う。

 ま、ひと様からすれば、「それはよかったね(笑)」という程度のことであろうし、柳生心眼流を稽古されているたくさんの先達の皆さんからすれば、「なにを大げさな・・・」と苦笑されるであろう。なにより業として、まだまだ未熟極まりないものである。

 しかし私にとっては、実に、いや本当に実に驚愕かつ感動的な稽古体験であった。

 (了)
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打突部位を明確に意識すること/(武術・武道)
- 2017/06/15(Thu) -
 今日から7月上旬まで、地獄の原稿ラッシュが続くので、昨晩は早めに寝ようと晩酌をして23時前に就寝したものの、こういうときに限って悪夢&持病の逆流性食道炎のコンボで目覚めてしまい、その後なんとなく寝付けず、こんな時間(深夜3時)にブログをつらつらと書いている。

 たしか映画『エミリー・ローズ』では、「深夜3時は悪魔が活動する時間」というセリフがあったような・・・・・・。

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 昨夜は空手の稽古。

 かなり湿度の高い武道場で、その場基本~移動基本まで1時間コッテリと絞られ、その後、松村ローハイの形稽古を中心にさらに30分と、久しぶりに「ちょっと身体がキツイなあ・・・」と感じる稽古であった。

 こういうフィジカルなキツさというのは、普段の古流の稽古ではそれほどないので(柳剛流の居合は別だが・・・)、空手の稽古で定期的に、みっちり心身を絞られるのも、武人のたしなみとして大切かなと思う。

 稽古中は、昨日のブログで柳剛流の殺法の記事をまとめたこともあり、急所を意識した打突を心掛ける。

 中段突きであれば「水月」や「心中」、上段突きであれば「虎一点」や「面山」、中段蹴りであれば「心中」や「明星」など、打突部位を明確に意識してその場基本や移動基本、形や組手を行うというのは、空手道に限らず当身のある武芸の稽古における基本中の基本だと思うのだが、周囲の有級者や低段者を見渡すと、どうもそういった意識が薄いように思われる。

 特に、これは私の通っている稽古場だけではなく、最近の伝統派空手道の稽古者全般に当てはまるように思うのだが、中段突きがかなり上段寄りになっているのが気になる。

 柳剛流の殺の部位に当てはめれば、本来、中段突きは上記の通り「水月」や「心中」を打突すべきものが、「骨当」(胸骨中心部)から「玉連」(喉ぼとけの下)辺りを突いている人が少なくない。

 当然ながら、「骨当」も「玉連」も殺の部位であるから、それらを意図して突いているのであればかまわないのだが、無意識のうちに、というか漫然と中段突きが上段寄りになっているように思えてならない。

 もっとも現在の全空連の定義では、「中段とは腹部・胸部・背部・脇腹」という部位の指定になっているので、中段突きの部位は「心中」~「水月~「骨当」の範囲内であれば、どこでも可ということになるわけだ。

 それにしても「玉連」では、中段突きとしては打突部位が高すぎると思うのだが、有段者クラスでも、この辺りを中段突きとして突いている者が時折見られる。

 いずれにしても、急所を意識しない漫然とした打突/当身は、武道としての空手道としては、いかがなものだろうか?

 空手道の稽古場では、私は師範や指導員ではなく単なるいち有段者なので、ことさら意見や指摘ははばかっているけれど、古流武術師範という立場から言わせてもらえば、改善した方がよいと強く感じている。



 などという駄文をつらつらと書いている暇があったら、とっとと眠るべきであろう。明日・・・いや既に今日からは、原稿地獄なのだ。

 とりあえず次は、悪夢ではなく良い夢が見たいものである。

 では、チャントを唱えてあと3時間ほど眠るとしよう。

 Eko, Eko, Azarak, Eko, Eko, Zomelak,Eko, Eko, Cernunnos, Eko, Eko, Aradia!

 (了)
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武具の購入/(武術・武道)
- 2017/06/04(Sun) -
 柳剛流の稽古では、専用の長大な木太刀を使う。

 このため入門して間もない者や、あまり稽古に来られない者には、私が所持している木太刀を貸し出している。

 そしてある程度稽古が進み、本人の希望がある場合に、木太刀の購入をすすめている。

 これについてある武友から、「入門した段階で最初に購入させた方が良いのではないか?」とのご意見をいただいた。

 彼によれば、決して安くないはない武具を入門時に購入することは、本人の稽古参加へのモチベーションにつながり、結果として稽古が長続きするのだという。

 たしかに私も、そういう面はあるだろうなと思う。

 しかし流儀の武具というのは、柳剛流の木太刀にしても、翠月庵の手裏剣にしても、すべてオーダーメイドの品なので、けして安価なものではない。

 木太刀と手裏剣をまとめて一気に揃えようとすると、数万円の出費となるわけで、それは入門をしようという本人にとっても、また指導をする私からしても、その人が果たして3か月で辞めてしまうのか、これから20年精進するのか分からないわけで、当人にとって経済的な負担が大きくてかわいそうだなと思うのである。

 一方で柳剛流の木太刀にしても、手裏剣にしても、私が所有しているものは数が限られているので、武具を持っていない初学者や見学者がたまたま同じ日に稽古が集中してしまうと、武具の数が足りなくなってしまうのは、困った問題だ。



 モチベーションへの影響と物理的な数の問題も含め、少なくとも柳剛流の木太刀については、入門と同時に即購入してもらう方が良いのかなあとも、最近は考えている。

 自分が初学者の立場であれば、自らが学びたいと望む流儀の専用武具は、一刻も早く手に入れたいと思うのだけれど、ま、考え方や懐具合というのは人それぞれだから、一概に自分を基準に考えてはいけないと自戒している。

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▲柳剛流剣術、目録柳剛刀「無心剣」。稽古では4尺を超える木太刀を用いる


 (了)
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雲静かにして日月正し/(武術・武道)
- 2017/06/01(Thu) -
 「雲静日月正」(くもしずかにしてじつげつただし)。

 (雲は静かに流れ、太陽や月の運行も正しいゆえ、季節は移ろい、人は平穏に過ごせる)。



 今日から6月である。

 なんの気も無しに暦を見ていたら、今年は旧暦で閏月があることに気づいた。

 それにしても、まだ旧5月7日だというのに、ここ数日は、雨が降るような、降らないようなはんぱな陽気で、我が草庵のある武州・埼玉はなんとも蒸し暑い・・・・・・。

 また、すっかり見落としていたのだが、本ブログのアクセス数が、累計(ユニークアクセス)で10万回を超えた。

 あまたある有名・人気ブログのPV数に比べればささやかなものであるが、こんな私的な記事を、日々30人ほどの方々が読んでくださるというのは、ありがたいことだとしみじみ思う。



 この春は、4月の「苗木城さくらまつり武術演武会」、5月には「水月塾主催第32回諏訪明神社奉納演武会」「松代藩文武学校武道会 第22回春の武術武芸会」と、演武会への出場が続いた。

 諏訪明神社奉納演武会で柳剛流を披露するのは2回目であったが、苗木城の演武では打太刀として、松代藩文武学校の演武では仕太刀として、いずれにおいても初めての柳剛流の披露となった。

 また、諏訪明神社や松代藩文武学校の演武では、柳剛流200有余年の歴史上、初めて免許秘伝の長刀を公開するということで、準備段階から演武当日まで、やはりそれなりに緊張感のある時間であった。

 加えてこの間、父親の死去や母の一周忌などもあり、なかなか演武に臨むに向けて「明鏡止水」「無念無想」といった心の境地には及ばず、精神的にも経済的にも、負荷の少なくない日々であったなというのが実感である。

 結果として、それぞれの場での演武では、自分なりに仕太刀また打太刀として、柳剛流のいち修行人としてあるいは指導をする者として、いずれにおいても手ごたえと次の課題を感じることができたという点で、厳しくも充実した、私の36年間に渡る武術・武道人生において特筆できる2カ月間となった。



 次の演武は10月に再び松代ということで、向こう4カ月ほどは、武芸に関しては粛々と稽古に励む、静かな日々となろう。

 考えてみると、この数カ月間は柳剛流の稽古に集中し、手裏剣はほとんど打っていない。

 柳剛流の更なる精進はいうまでもないが、手裏剣術の腕前についた錆を、少し気を入れて落とさねばなるまい(苦笑)。

1706_柳剛流「右剣」
▲柳剛流剣術「右剣」 打太刀/小佐野淳師 仕太刀/瀬沼健司 平成29年5月28日 松代藩文武学校にて


 ~無念とて無しと思うな唯ひとつ
               心の中に無しと知るべし(柳剛流 免許武道歌)~


 (了)
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兵法のはやきといふ所、実の道にあらず/(武術・武道)
- 2017/05/21(Sun) -
 40代の半ば頃までは、居合や抜刀において、わりあい速く抜くことにこだわって稽古をしてきた。

 試し物を抜き打ちで斬る稽古などでも、いかに早く斬るのかについて、いろいろと工夫と鍛錬をしたものである。

 しかしここ最近は再び、稽古では穏やかに、そして丁寧に抜くことを心掛けている。

 それは、いまさらながらお恥ずかしい話であるが、武芸において、速い・遅いというのは、あくまでも相対する彼我の拍子の関係性において生じる現象であり、「柄に手をかけてから切先が鯉口を離れるまでコンマ何秒」などといった、表象的なものではないのだなということに、四十路半ばにして改めて思い至ったからである。

 こうした道理は、手裏剣術においても同様だ。

 かつて、私は打剣の速度をスピードガンで計測したり、剣が飛ぶ速度の向上に心掛けた時期もあったが、結局のところ、手裏剣術を武芸=彼我の攻防と定義すれば、速さはあくまでも相対的なものであり、剣が飛ぶ速度が時速80キロだろうが、35キロだろうが、自由な意思を持って我を攻撃しようと動き回る相手に、手裏剣が刺さればそれでよいのである。



 日本武芸におけるもっとも平易かつ深遠な、普遍的戦闘マニュアルである『五輪書』には、次のような一文がある。

「兵法のはやきといふ所、実(まこと)の道にあらず。はやきといふ所は、物毎に拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ心也。其道上手になりては、はやく見へざる物也」(『五輪書』風之巻)



 こういうことを400年も前に、誰にでも理解できる分かりやすい言葉でさらりと言語化しているところに、宮本武蔵という武芸者の空前絶後な偉大さがあるといえよう。

 

 柳剛流の居合では、1本目の「向一文字」がすべての基本形となるわけだが、ここでもごぼう抜きは禁物である。

 スラスラと、序破急の拍子を十分に意識しての抜刀に心掛けねばならぬ。

 ただしそれは、剣先に蠅が止まるような気の抜けたものになってはならない。

 あくまでも、序破急の拍子と位がそこにあるからこそ、「ゆっくりに見えるが、実は速い」という業になるのだ。

 居合の稽古では、常にこうした理合を念頭に置きたいものだ。

170521_柳剛流
▲柳剛流居合「右行」


 (了)
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