7月の水月塾本部稽古~甲陽水月流柔術/(武術・武道)
- 2017/07/17(Mon) -
 昨日は水月塾本部での稽古。

 師のご指導の元、カナダから武者修行に来日したC氏と、甲陽水月流の稽古に汗を流す。

 「汗を流す」というのが比喩ではなく、実際に滝のように流れる汗で、稽古中、捕った手がたびたび外れてしまうほどである。

 巨漢のC氏との柔術の稽古は、相手の手首の太さに、掌の小さな私は掴み手の力の入れ加減が思うように効かないほどであるが、だからこそ稽古が面白い。

 先月はハンガリー支部の人々と、やはり柔術の稽古にいそしんだが、その際、6尺を優に超える長身の相手に私が七里引きなどをかけると、まるで子どもがぶら下がっているようだ。

 とはいえ、肉弾戦の稽古はこちらとしても多いに望むところであり(いや、そんなに荒っぽいものではないけれどネ・・・)、稽古の際に忖度のない外国人との体術の稽古は、実にやりがいのあるもので、私は大好物だ(笑)。

 もっとも、たとえば空手の組手で切ってしまった左右のアキレス腱や、手裏剣の打ちすぎで痛めている右ひじ、脱臼癖のある右ひざなどなど、老兵ゆえのウイークポイントが少なくないので、調子にのっていると新たなケガにつながるだけに、重々注意をせねばと自戒する。

 いずれにしても、柔術の稽古は楽しい。

 今回は夕方から所用が入ってしまったため、稽古は午前中のみの参加であったが、充実した時間を過ごすことができた。

 それにしても、「地獄詰」と「後詰」は効いた。これは得意技にしようと思う・・・・・・。

 (了)
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自覚的に望むこと/(武術・武道)
- 2017/07/14(Fri) -
 現代おける武術・武道が志向すべき目的のひとつが、日本古来の武技の鍛錬を通じての「人格の涵養」にあることは論を待たない。

 一方で、少なくない武術・武道関係者が内心、「本当に武術・武道で人格が涵養されるのか、はなはだ疑問だ・・・」と思っていることもまた事実であろう。

 実際のところ、武術・武道の世界には、妬みや嫉みによる誹謗中傷、自己愛や承認欲求が肥大化してしまった者同士の争いなどが絶えず、体罰や金銭面のトラブルなどもたびたび耳にする。



 考えてみるに、武術・武道というある意味で特殊な芸事の世界も、結局は現代における日本社会の縮図である以上、私たちの身の回りにある「世間」という社会に、立派な人、普通の人、迷惑な人、反社会的な人などがそれぞれ存在しているのと同じように、武術・武道の世界にも立派な人、普通の人、迷惑な人、反社会的な人などが同じような比率で存在しているのだろう。

 だからこそ往古、殺人術としてあった武技が、ある種の嗜みや楽しみ、娯楽としての一面を持つ技芸に転化していった江戸時代頃から、「どうせ武芸を習うのであれば、それによって未熟で愚かな己の人柄を磨いていこう! いや、磨けるといいんじゃないの?」というような、倫理的な志向が発生してきたのではなかろうか。

 こうした流れの延長線上に、現在の武術・武道が志向すべき「武技の鍛錬による人格の涵養」があるのだろう。

 そう考えると、「武術・武道では人格を涵養できない」のではなく、まずは「武術・武道をもって、人格を涵養したい」と自覚的に望むことが大切なのではなかろうか?

 そもそも、自ら「武技の鍛錬を通して人格を涵養したい」と望んでいない人が、武芸を学んだとて人格が涵養されるわけがない。

 だからこそ、他者に武技を指南する立場にある指導者は、自らの身を慎むことは言うまでもないが、門下・門弟に対しても「武技の鍛錬を通して人格を涵養せよ」と、折に触れて教導しなければならない。

 このような指導者による門下への明確な動機付けが無いゆえに、人格の涵養されていない武術・武道人が、飽きることなく次々と生み出されてしまうのであろう。



 古流武術の起請文の多くには、「他流を誹るなかれ」「他流と争うなかれ」といった条文が必ず含まれている。

 あるいは現代武道の道場訓でも、多くの流儀・会派に「血気の勇を戒めること」「恥を知ること」といった一文がある。

 こうした教えは、処世術としては護身のための端的な行動指針であり、倫理的には武技による人格完成への第一歩なのだ。

 ひるがえって己自身を鑑みれば、愚かで未熟で弱い自分だからこそ、「武技の鍛錬を通じ、昨日よりも今日の自分が、少しでもより良い武人でありたい」と自覚的に望み、己を戒めねばならないと思っている。

 「武徳」への道のりとは、そのようなものではないだろうか。


 「よく、ありのままを受け入れて欲しいというけれど、怠けている状態をありのままとは言わないの。畑の大根だって食べてもらうには泥を洗って、皮をむいて切り分けて、ちゃんと手間をかけないと人前に出せないのと同じ。ありのままの自分を受け入れろということは、土の付いたままの大根を食べなさいといういうようなことですよ」(美輪明宏)

 (了)
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空手道暑中稽古/(武術・武道)
- 2017/07/12(Wed) -
 昨日から、空手道の暑中稽古が始まった。

 通常は週1回の教室なのだが、今週は火曜から金曜まで毎日稽古がある。私は昨日は所用で出かけていたので、今日から金曜まで出席の予定だ。

 以前も何度か書いたが、この教室は県連が主催なので、複数の流派の先生方が指導に当たられている。このため、流派色の異なる稽古ができるのが面白い。

 今日の稽古の基本と移動の教導は、剛柔流のA先生がとられた。このため、普段、基本稽古ではあまりやらない、手刀鎖骨打ちや縦横の猿臂などをみっちりと指導していただく。

 競技優先の稽古では、どうしてもこのような技の稽古は、試合競技に使えないためにおざなりにされがちだが、護身・制敵において、手刀打ちや猿臂などは、ある種の状況において非常に有効かつ有用な技であり、しっかりと稽古をしておきたいものだと思う。

 猿臂や手刀・背刀打ちについては、空手道を中心に稽古をしていた時期に、地稽古や試合稽古でも使えるように徹底的に稽古をしたこともあり、個人的には特にこだわりがある技なので、こうした稽古はとても楽しい。

 次いで形では糸東流のB先生に、指定形のバッサイ大を指導していただく。分解を交えながらの正統派の解説とご指導をいただきながら、これまたみっちりと汗を流す。

 猛暑の中、汗だくになったひと時であるが、やはり空手道の稽古は楽しい。

 さて、明日も頑張ろう。

 (了)
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柳生心眼流 「取返」/(武術・武道)
- 2017/06/26(Mon) -

「できない」ことが「できる」ようになる過程とは「自己調整と過剰適応を繰り返すことによって自己理解を深めていく過程」として捉えることができる。

冨永哲志・豊田則成・福井邦宗「できない」ことが「できる」ようになる過程についての質的研究
スポーツ心理学研究 2015年第42巻第2号P51-65 より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspopsy/42/2/42_2015-1415/_pdf




 昨日は、水月塾本部での稽古であった。

 今回はハンガリー支部長以下、門人の方々が稽古に来ており、午前中は全員で水月塾制定の日本柔術(甲陽水月流)の稽古を、午後からはそれぞれの学んでいる流儀の稽古ということで、私は関西支部長で兄弟子のY師範に相手をしていただき、小佐野淳先生より柳生心眼流をご指導いただいた。

 以前にも書いたけれど、柳生心眼流は、私が幼少のころから憧れていた流儀であったのだが、長年、これを学ぶ機会がなく時が過ぎてきた。

 しかし水月塾にて仙台藩角田伝柳剛流を学ぶ中、師に相談をさせていただいた上で、柳剛流と併せて柳生心眼流のご指導をしていただくようになった。

 これは、そもそも昔からの憧れの流儀であったことのほか、柳生心眼流の特長である「素振二十八ヶ条」は、月1回の通いの弟子である私にとって、他の古流柔術よりも自習がしやすいであろうということがひとつ。

 また、明治から昭和に活躍された登米伝柳剛流の達人・沼倉清八師範が、柳剛流と併せて柳生心眼流も深く修めておられたという逸話も、「柳剛流と併せて、柳生心眼流も学びたい」という、私の気持ちを強くした。

 とはいえ、皆さんご存知のように、柳生心眼流と言えば、たとえば受けが後方に宙返りをしつつ逃れる「ムクリ(まくり)」と呼ばれる動きが必須であり、これは到底、五十路の大台を目の前にした自分には無理だろうなということで、学び始めた頃は実のところ、「せめて単独での素振りだけでも憶えられれば」という気持ちでもあった。

 ところが、師の導きやY師範のご協力のおかげで、驚くことにバク転やバク宙はまったくできない私でも、なんとか形でムクリができるようになったという話は、以前、本ブログに書いたかと思う。

 その後、「表」、「中極」、「落」、「切」と二十八ヶ条の素振、それぞれの「向い振り」、七ヶ条の「取放」を学んできたのだが、自分の柳生心眼流の学びも、この段階までかな・・・・・・、といささかあきらめの気持ちがあった。

 というのは、「取放」の次に学ぶのが、「取返」七ヶ条だからである。



 柳生心眼流の「取返」は、「梃子の原理を最大限に活用しながら攻防を繰り返し、技の極まらぬうちに逃れ、反撃に移る技法を形として伝えるもの」(『柳生心眼流兵術』小佐野淳師著)だ。

 この七つの形では、彼我、背中合わせの状態で、相手が我の襟首をつかんで背負い投げするところを、我は倒立後方回転、つまりバク転をして着地しながら逃れ、すかさず体を入れ替えて相手を投げ倒すという動きが必ず含まれている。

 背中合わせで後ろ向きに背負い投げをされたところを、バク転して着地し、すかさず飛び違えて相手を投げ返す・・・・・・。

 ・・・・・・。

 絶対に無理である。

 1969年製のくたびれた、膝の悪いメタボ気味の、酒浸りな流れ武芸者には。

 そもそもバク転=倒立後方回転どころか、私は倒立つまり逆立ちさえもできないのだ。

 それがですよ、バク転して着地し、すかさず飛び違えて相手を投げ倒すと!?

 しかもそれで形は終わりではなく、さらにここで投げ倒された相手は、さらに投げから逃れて我を極め倒すのである!

 あは、ははははは・・・・・・・(涙目)。



 そんな心持ちでいたのであったのが、師から「今日は心眼流の取返をやりましょう!」と言われ、「絶対無理だろう、オレには・・・」と思いつつ、師とY師範のご協力をいただき、まずは補助的な基礎鍛錬から指導していただく。

 最初は当然ながら、頭から落下する恐怖で着地どころか、後ろ向きに転がることすらままならない。本能的に恐怖を感じ、体を変にひねって横に転がってしまったり、そもそも立ちすくんで足が居着いてしまうのである。

 そしてある程度、補助鍛錬で慣れてたところで、いよいよ「取返」の形を打つ。

 最初はやはり、足が居着いてしまったり、しっかりと後方に飛ぶことができず、それでも繰り返し形を打つ。

 何度も失敗しながら、師やY師範からアドバイスをいただきつつあきらめずにトライしていくうちに、「あれ!? もしかしたらこれ、できるかもしれない・・・」、という感覚・感触が芽生え始めた。

 すると不思議なもので、なんとなく体の動きが形を打つごとにそれらしくなり、驚くことに、いや本当に驚くことに、この日の稽古が終わるころには、バク転して着地、飛び違えて投げを打ち、それを受けた相手がさらに我を極め倒すという、この実にアクロバチックな形について、捕りでも受けでも、ようよう打てるようになってきたのである!

 そして稽古終了時には師より、「なんとか、かたちになってきたね」とのお言葉をいただけるようになった。



 それにしても47歳と7か月の老兵である自分が、この歳になって柳生心眼流の「取返」ができるようになるとは、本当に想像だにもしていなかった。

 これほど明確に、「できないこと」が「できるようになる」体験というのは、子どもの頃、初めて自転車に乗れた時や、できなかった逆上がりができるようになった体験以来である。

 今、改めて自省すると、それはできるようになるために先人方が工夫されてきた流儀の稽古体系=学びの階梯があるからであり、また師と兄弟子の導きがあってこそであると、しみじみ思う。

 ま、ひと様からすれば、「それはよかったね(笑)」という程度のことであろうし、柳生心眼流を稽古されているたくさんの先達の皆さんからすれば、「なにをその程度のことで、大げさな・・・」と失笑されるかもしれない。

 しかし私個人にとっては、実に、いや本当に実に驚愕的かつ感動的な稽古体験であった。

 (了)
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打突部位を明確に意識すること/(武術・武道)
- 2017/06/15(Thu) -
 今日から7月上旬まで、地獄の原稿ラッシュが続くので、昨晩は早めに寝ようと晩酌をして23時前に就寝したものの、こういうときに限って悪夢&持病の逆流性食道炎のコンボで目覚めてしまい、その後なんとなく寝付けず、こんな時間(深夜3時)にブログをつらつらと書いている。

 たしか映画『エミリー・ローズ』では、「深夜3時は悪魔が活動する時間」というセリフがあったような・・・・・・。

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 昨夜は空手の稽古。

 かなり湿度の高い武道場で、その場基本~移動基本まで1時間コッテリと絞られ、その後、松村ローハイの形稽古を中心にさらに30分と、久しぶりに「ちょっと身体がキツイなあ・・・」と感じる稽古であった。

 こういうフィジカルなキツさというのは、普段の古流の稽古ではそれほどないので(柳剛流の居合は別だが・・・)、空手の稽古で定期的に、みっちり心身を絞られるのも、武人のたしなみとして大切かなと思う。

 稽古中は、昨日のブログで柳剛流の殺法の記事をまとめたこともあり、急所を意識した打突を心掛ける。

 中段突きであれば「水月」や「心中」、上段突きであれば「虎一点」や「面山」、中段蹴りであれば「心中」や「明星」など、打突部位を明確に意識してその場基本や移動基本、形や組手を行うというのは、空手道に限らず当身のある武芸の稽古における基本中の基本だと思うのだが、周囲の有級者や低段者を見渡すと、どうもそういった意識が薄いように思われる。

 特に、これは私の通っている稽古場だけではなく、最近の伝統派空手道の稽古者全般に当てはまるように思うのだが、中段突きがかなり上段寄りになっているのが気になる。

 柳剛流の殺の部位に当てはめれば、本来、中段突きは上記の通り「水月」や「心中」を打突すべきものが、「骨当」(胸骨中心部)から「玉連」(喉ぼとけの下)辺りを突いている人が少なくない。

 当然ながら、「骨当」も「玉連」も殺の部位であるから、それらを意図して突いているのであればかまわないのだが、無意識のうちに、というか漫然と中段突きが上段寄りになっているように思えてならない。

 もっとも現在の全空連の定義では、「中段とは腹部・胸部・背部・脇腹」という部位の指定になっているので、中段突きの部位は「心中」~「水月~「骨当」の範囲内であれば、どこでも可ということになるわけだ。

 それにしても「玉連」では、中段突きとしては打突部位が高すぎると思うのだが、有段者クラスでも、この辺りを中段突きとして突いている者が時折見られる。

 いずれにしても、急所を意識しない漫然とした打突/当身は、武道としての空手道としては、いかがなものだろうか?

 空手道の稽古場では、私は師範や指導員ではなく単なるいち有段者なので、ことさら意見や指摘ははばかっているけれど、古流武術師範という立場から言わせてもらえば、改善した方がよいと強く感じている。



 などという駄文をつらつらと書いている暇があったら、とっとと眠るべきであろう。明日・・・いや既に今日からは、原稿地獄なのだ。

 とりあえず次は、悪夢ではなく良い夢が見たいものである。

 では、チャントを唱えてあと3時間ほど眠るとしよう。

 Eko, Eko, Azarak, Eko, Eko, Zomelak,Eko, Eko, Cernunnos, Eko, Eko, Aradia!

 (了)
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