怪談の季節/(身辺雑記)
- 2017/06/24(Sat) -
 夏至も過ぎ、本格的な夏ももう目前だ。

 そして夏と言えば、やはり怪談である。

 私は霊魂とか死後の世界とか、そのたぐいのものはこれっぽっちも信じていない、限りなく唯物論者に近い不可知論者なのだけれど、一方で怪談やオカルト映画は大好物である。

 そういう意味では、最近はめっきりオカルト映画に見ごたえのある作品が無くなってしまい、2005年の『エミリー・ローズ』以後、鑑賞するに値する作品がまったく見当たらないのは残念なことだ。

 しかたがないので、史上最恐のオカルト映画である、フリードキンの『エクソシスト3』を、飽きることなく繰り返し見ている今日この頃である。

 『エクソシスト』というと、どうしても1作目が注目されるのだが、ジョージ・C・スコット主演の『エクソシスト3』の方が、断然面白いと思う、個人的には・・・・・・。



 ところで最近は落語ブームだろうで、高座や人気落語家の独演会などにたくさんの若い人が集まっているそうだが、落語でもこの時期に欠かすことのできないのが怪談噺だ。

 落語の神様・三遊亭圓朝の名作、『牡丹燈籠』や『真景累ヶ淵』、『怪談乳房榎』などは、ベテラン噺家が取り組む大長編として、実に聞きごたえのあるものである。

 しかし残念なことに、最近ではこれらの長講に取り組む噺家は少なく、せいぜい『牡丹燈籠』なら「お札はがし」、『真景累ヶ淵』であれば「豊志賀の死」を単発でやる程度だ。

 個人的にも、最近では小朝の独演会で一昨年に「豊志賀の死」と「お札はがし」聴いた程度である。

 なお余談だが、小朝の「お札はがし」は、1998年に練馬文化センターで録音した音源がCDとなっている。

 奇遇なことに、私が独演会で小朝の「お札はがし」を聴いたのも同じ練馬文化センターだったのだが、まことに残念なことに、2015年に生で聴いたものよりも、その17年前の音源のほうがはるかにレベルの高いものであった。

 春風亭小朝ほどの天才でも、「下達」、ありていに言えば芸がへたくそになるというのは、個人的にはかなりの衝撃であった・・・。

 人は上達することもあれば、下達することもある。オレも気を付けよう。



 さて、このように圓朝作の長編怪談は、近年、もはや発端から終焉までを通してやる噺家はほとんどいないのだけれど、唯一、これらの大長編に意欲的に取り組んできたのが、桂歌丸師匠である。

 このため私は、4年ほど前から意識して歌丸師匠の出る高座や独演会に通いつめ、なんとか『真景累ヶ淵』については、発端の「深見新五郎」から、圓朝以来100数十年ぶりの復活となった結末の「お熊の懺悔」まで、全5話を3年がかりで全て独演会で聴くことができた。

 歌丸師匠は、こういってはなんだが、特別噺のうまい落語家ではない。また横浜生まれなので、たとえば志ん朝のような心地よい江戸ことばでの噺というわけでもない。

 しかし、親しみ深い声音と、偏りのない美しい日本語での話芸は、傾聴に値すると思っている。



 こうして『真景累ヶ淵』はすべて聞くことができたので、次は『牡丹燈籠』だなと思っていたところ、昨年あたりからは歌丸師匠の体調不良で、高座や独演会への出演休止が目立ってきた。

 私がチケットを買ったものでも、昨年神奈川での独演会と今年4月の国立演芸場で、いずれも会場に着いたところ、体調不良で代演ということがあった。

 ま、4月の国立演芸場では、代演で鶴光の長講が聴けたのはめっけもんだったけれども。

 最近も、歌丸師匠は入退院を繰り返されていて休演が目立っているし、そうなると逆に人気が集まるようで、昨年くらいからチケットがたいへんとりづらくなっている。

 歌丸ファンとしては、師匠の噺を生で聴こうという人が増えるのはうれしいことだが、チケットがとりにくくなるのは残念であるし、なによりご本人の健康状態が心配である。

 一番最近、歌丸師匠の噺を聴いたのは、去年5月に練馬文化センターで行われた小朝との二人会での「紺屋高尾」だが、なんとかせめてもう1回、いやいや、10回でも20回でも、生で師匠の噺を聴きたいと願っている。

 また個人的には、喬太郎あたりが圓朝作の長編怪談を、じっくりやってくれないかなと思う。

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 (おしまい)
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善く易を為る者は占わず/(身辺雑記)
- 2017/06/17(Sat) -
 20年来の知人であるA氏から、新規の事業展開などあるので、直近の全般的な運勢など占断をしてほしいとの依頼があった。

  Aさんは、50代の実業家で、以前、何度か占断の依頼いただき、その都度、差し上げた助言が功を奏したとのことで、折に触れて占ってほしいと連絡がある。

 最初は、ひさびさに西洋占星術で観てみるかと思い、天宮図を作って読み込んでみたのだが、なんとなくしっくりこず、結局、大まかな運勢の巡りは九星気学で、メインの占断は周易で行った。

 それにしても易での占断は、一刀両断の切れ味というか、快刀乱麻の妙味があり、これがはまると占断をしてる自分自身も驚くような、ズバリ的中を得ることがあるのが面白い。

 この点、占星術や気学というのは、武芸でいえば太刀行きが遅いのである。



 これは私の持論なのだけれど、人生における占いなどというのは、本来、君子や武人が頼るべきものではない。

 栄養でたとえれば、学問や体育が炭水化物やたんぱく質だとすれば、占いなどはビタミンや脂質ですらない。せいぜい、プラセボ程度の効果しか期待できない、ミネラルのサプリメント程度のものである。

 ゆえに、人生の重大事における選択や決断は、占術などに頼るべきではない。

 それは自らの志と、経験と、合理的な知見に基づく未来への推論に基づいてなされるべきものだ。

 かつて、荀子は占いとしての易ではなく義理(哲学)としての易を重んじて、

 「善く易を為(おさむ)る者は占わず」

 と喝破した。

 あるいは孔子は、易の『繋辞上伝』において、

 「易に聖人の道四あり。もって言う者はその辞をたっとび、もって動く者はその変をたっとび、もって器を制する者はその象をたっとび、もって卜筮する者はその占をたっとぶ」

 としている。



 それでは占いなどは、人生においてまったくの無用の長物なのであろうか?

 思うに、私を含めて多くの人は、本当の意味での君子や大丈夫ではない。

 迷いもすれば悩みもする、大人であろうと志すも、日々の暮らしに追われ、小事に悩み、些事に煩う小人、凡夫である。

 凡夫は凡夫なりに、君子でありたいと願い、人生の岐路においては志を持って決断・選択をするのであるが、そこで何か自分の決断をそっと後押しをしてくれるもの、あるいはちょっとした注意を促してくれるものがあれば心強い・・・・・・。

 私自身を含めた市井の無名氏にとって、占いとはそういうものであろうし、そうあるべきだと思う。

 朝、新聞の片隅にある「あなたの今日の運勢」をチラリと見て、ちょっと喜んだり、落ち込みつつも気を引き締めたり。

 占術は、人知による決断や選択をほんの少し後押ししたり、平凡な日々の暮らしにちょっとした彩りを添える、ささやかな香辛料であればそれでよい。

 あるいは深遠厖大な疑似科学の体系として、閑人の知的好奇心を満たしてくれれば、それで十分だと思う。


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 (おしまい)
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語りえぬもの/(身辺雑記)
- 2017/06/06(Tue) -
 ウィトゲンシュタインは、その著書『論理哲学論考』の結びで、「語りえぬものについては、人は沈黙せねばならない」という金言を記した。

 私もぜひそうしたいところなのだが、爪の先に火を灯すようにして街の片隅で暮らす貧しい流れ武芸者ゆえ、わずかばかりの原稿料のために、語りえないことでも沈黙することは許されない・・・・・・。

 というわけで、今日はAKB48に関連するちょっとした一文を書かねばならぬのだが、私は女優の前田敦子氏がかつて所属していたアイドルグループであるというくらいしか、AKB48について知見がない。

 京マチ子とか山田五十鈴なら、そこそこ分かるんだがね。

Machiko_Kyō_1955


 「人生は過酷だ、生きていくためには金がいる」(サム・ペキンパー)

 (おしまい)
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或る天宮図/(身辺雑記)
- 2017/06/03(Sat) -
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 なになに、天宮図を観てくれじゃと?

 わしの専門は易やタロットといった「卜」の占いなので、「相」の占いはそれほど得意ではないのじゃが、ではちょっと観てしんぜよう。

 それにしても、便利になったもんじゃ。

 今やweb上にある無料ソフトで、ちょちょっと入力をすれば、あっという間に天宮図が完成する時代じゃ。

 わしが西洋占星術をかじった20世紀後半の頃は、惑星暦と首っ引きで手書きで天宮図を作り、星々の座相などは、分度器を使っていちいち測ったもんじゃて。

 まったく、時代の流れが速すぎるようじゃ・・・。



 さて。

 む~ん、この出生図はひどいのう。

 まず財運はまったく無し。

 本人が飲食や趣味に浪費しがちで、加えて不慮の事件や事故などで金銭的な損失を出したりするから、ま、この人は金の貯まらん人生だのう。

 家族運や恋愛・結婚運も、まことによろしくない。

 家族関係には幼いころからあまり恵まれないであろうし、大きくなってから人並には恋愛などもあるであろうが、いずれも長続きはせんだろうのう。

 そもそも本人に、堅実な家庭を築こうという意識が少ない。風まかせの気ままな暮らしが、この人の性分のようじゃな。

 いずれにしても、暖かい家庭といったものには、無縁な人生じゃ。

 かわいそうなものよのう・・・。



 財運や家庭運に恵まれないのとは対象的に、仕事や趣味、教養に関しては、たいへん運に恵まれておる。

 なかでも出版や情報関連の職業分野であるとか、工芸以外の無形文化といった伝統的な技芸にも本人の適性があり、加えてその世界の実力者や年長者の引き立ても受けられる星の巡りゆえ、それなりの立場や名誉も得られそうじゃ。

 ただし、それと同時に、この人には過剰に闘争的な面があるので、それによって無駄に敵を作ったり、理不尽な誹謗中傷を受けたり、場合によっては不名誉な出来事で一時的に隠遁を強いられたりといった不運もつきまとうので、十分な注意が必要じゃな。

 大切なのは、己自身の闘争心や怒りを、理性でコントロールすることじゃ。

 そのあたりに気を付けて、おごることなく精進を続ければ、何らかの専門分野で、自身もよく人を育てていく良き師となるじゃろうの。

 そういう意味でこの人は、つねにタロットの11番、ウェイト版では8番じゃが、「力」のカードを守護とし、よく吟味するとよいであろう。

 「力」のカードに示されているのは、高次の理性による原初的な力のコントロールじゃからの。

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 さてさて、この人の生まれながらの星の巡りで一番の問題なのは、晩年の死に方じゃな。

 不慮の事故とか、自宅以外での客死、ただならぬ出来事による命の危険もありそうじゃのう・・・・・・。

 いずれにしても、暖かい家族に囲まれて畳の上で静かに臨終という死に方には縁が無いようじゃ。

 しかしここで注目すべきは、一方でこの人には「風の大三角」があるとことじゃよ。

 大三角という座相は、「大幸運の星」とも呼ばれ、これがある人はとにかくむやみやたらと幸運に恵まれるのじゃ。

 いわば、「生まれながらの、棚ぼた人生」というやつじゃな。

 これだけ財運・家族運・愛情運に恵まれず、晩年の悲惨な死相まで暗示されているにも関わらず、この人の場合はなぜかいつも、首の皮一枚で危難を避けられてきたようじゃ。

 絶体絶命の危機でも、どういうわけか助けが現れたり、どん底まで落ちてもなぜか援助してくれる人がいたりする、強運の持ち主なのじゃよ。

 なんとも、悪運の強い人よのう。

 そしてこの大三角は、風のエレメントゆえ、形のないもの、情報や技芸などに関して、大きな幸運に恵まれておるのも興味深いのう。

 ただし大三角の座相がある人は、とかく運任せで地道な努力を怠りがち、なまけ者になりがちであるから、何事にも慢心せずに精進を続けることが肝心じゃな。



 と、こんな見立てでどうじゃろう。

 ま、これは西洋占星術に限らず、「相」の占い全般にいえることじゃが、生まれながらの運勢などというのは、本人の生き方いかんで、どのようにも変えられるものじゃ。

 大切なのは、「至誠天日を貫く」の気概で生きること、これひとつじゃろうて。

 で、この天宮図の御仁、どこのどなたさんじゃね?

 ああ、あの男かい。

 ありゃあ、悪運だけで生きている、酔いどれのなまけ者じゃ、間違いない!!

 とりあえず呑みすぎに気をつけるのと、仕事や稽古をさぼってブログばかり書いているとろくな死に方をしないぞよ! っと、きつく言っておきなされ。

 たぶん今日あたりは、二日酔いでウンウン言いながら、原稿を書いておるじゃろうからのう・・・・・・。

 (おしまい)
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調整完了/(身辺雑記)
- 2017/05/26(Fri) -
 今朝も、朝8時半からかかりつけの治療院へ。

 月曜から毎朝通ったおかげで、首と肩の痛みはほぼ完治。肩甲骨周りに、若干のコリがまだ残っているが、日常生活には支障のないレベルだ。

 とりあえず今日も、マッサージと鍼を打ってもらい治療は終了。

 若い鍼の先生に、「日曜の演武、頑張ってください!」と、見送られる。

 これで、心置きなく演武に集中できるというものだ。


 それにしても、45を過ぎたあたりから、こうした体の不具合が如実に表れるようになったのは、実に困ったもんである・・・。

 「無事、これ名馬」

 というのは、空手道の恩師である土佐邦彦先生が、常々おっしゃっていた言葉であり、それをこの歳になって、しみじみと実感する。


 さてさて、この50年物にならんとするくたびれたカラダを、この先どれだけ長く大事に使っていけるのか?

 これもまた、市井のいち武術・武道人たる自分にとっての大きな課題だ。


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           ▲「剣の2」に曰く、健康も武芸もバランスが大事


 (おしまい)
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