完全なる休日/(身辺雑記)
- 2017/11/15(Wed) -
 この月~火曜は、ほぼ3週間ぶりにまる2日間、何も仕事をせず、稽古もしない完全な休日を過ごした。

 焼肉屋でタン塩をたらふく食べ、寄席でたっぷりと落語や漫談を聞いて大笑いし、自家製たこ焼きと鴨鍋を満喫し、エビスバーで存分にハーフ&ハーフを飲み、上野の森をのんびりと歩いた。

 人間やはり、休暇は大切である。


 これからまた年末年始にかけて、単行本の執筆、雑誌やwebの連載記事の仕事が山のようにあり、武術関連も年末恒例の合同稽古や手裏剣術講習など、多忙な日々が続く。

 またその中でも、自分自身の日々の稽古を欠かすことはできない。

 なにはともあれ、もう師走が目の前だ・・・・・・。

 (おしまい)
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多忙と清貧/(身辺雑記)
- 2017/11/09(Thu) -
 今日まで原稿書きにおいまくられて、15日間、翠月庵の稽古以外ほとんど仕事場から出ずに過ごした。このため、一番好きな秋を楽しむこともできず、気が付けばもう立冬、陽気はもはや初冬といった趣だ。

 それにしても、この半月の間はきつかった。

 インバウンドの仕事で飲食店の原稿を80軒分、企業ものの厄介なインタビュー原稿を4人分、温泉旅館の紹介記事を10軒分、社会福祉法人の企業ルポの原稿を1本。

 先月の24日から昨日まで休み無しで連日12時間以上机にかじりついてこれだけの原稿を書きまくっても、売り上げはわずか20万くらいにしかならないのだから、まったくお話にならない。

 しかも、このペースで1ヶ月は、体力的に到底働けぬ。

 これじゃあ、子供を大学には行かせらんないね・・・・・・、子供いないけど(爆)。



 来週、この夏に執筆した障害者総合支援法に関する解説本が発行される。また来月には、小学生向けの医学事典も出版される。

 この手の仕事は、着手してから現金化されるまでに半年くらいかかってしまうし、雑誌や新聞記事などに比べると地味なものだが、仕事としては堅実で内容的にもやりがいがあるし、社会的な意義もある。

 一方で、このまえやった(ヘルプで止むをえず受けた)、情報誌のラーメン特集の仕事などは、私はラーメンがそれほど好きではないにも関わらず、4日間で15軒のラーメン屋を取材し、しかもそのすべての店でラーメンを2杯ずつ食べなければならないという命がけの過酷な仕事であり、取材はかなり苦痛であった。

 ラーメン関係のライターは、たいがい短命である。

 ま、医学的に考えれば当然であり、あんなに体に悪いものを毎日2杯も3杯も食べていたら、確実に体を壊す。糖尿病→失明→透析→四肢壊死→合併症で死去という、最悪のコースに限りなく近づくリスク満点だ。

 というわけで、今月も別の雑誌のラーメン特集取材の依頼がきたのだが、(スケジュール的に対応できないこともあり)丁重にお断りした次第。

 できれば向こう3年ぐらいは、もうラーメンは食べたくない。蕎麦ならいくらでも食べるし、じゃんじゃん取材するんだけれどもナ。



 今日は午後から久々に都内に出て、某大学病院で腎臓病の腹膜透析に関する医師へのインタビューである。

 とはいえ、1時間インタビュー、掲載は1ページなので、さらっとこなしたいところだ。

 一方で、今月末からは、看護師や介護職向けの解剖学の単行本執筆を始めなければならず、合わせて毎月のルーチンである医療・介護雑誌のインタビューやら、インバウンド向け飲食店80軒原稿も引き続きある。さらに月末までに書かねばならない温泉旅館の原稿が、まだ30軒分ほど残っている。

 ・・・・・・やれやれ。

 仕事が忙しいのはありがたいことだが、これほど働いてもいっこうに儲からず、手裏剣の的の交換代にすら窮しているのは、われながらもののあはれを感じるところだ。

 とりあえず、手もとの貯蓄が500万くらいになるまでは、徹底して質素倹約第一の、清貧生活を続けねばならぬ。

 というか、五十路を前にして貯蓄がほとんどないというのは、我ながら社会人としてどうかと思うが、これまでの無頼な暮らしの報いである、止むをえまい。

 それにしても、貯蓄の目標達成まではあと20年ぐらいかかりそうだが、20年後といえば68歳か。

 先の長い話だのう・・・・・・。

 嗚呼、毎日、柳剛流の稽古と調査研究に専念し、たまさかには手裏剣を打ち、あとは読書と歌舞伎と文楽と落語を楽しみつつ、日々を悠々とほろ酔い気分で暮らす。

 そんな人生を送ってみたいと、しみじみ思う。

 カモン! 年末ジャンボ!!

 (おしまい)
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3連休/(身辺雑記)
- 2017/11/03(Fri) -
 世間様は全国的に3連休のようだ。

 こちら武州は11月らしいさわやかな晴天。ちょっと空気が肌寒いこの時期は、私の最も好きな季節である。

 最高の行楽日和なのであるが、私は今日も明日も明後日もず~~~~~~っと机にかじりついて原稿を書かねばならないので、なんなら今からすぐに土砂降りの大暴風雨になってもらっても、なんら問題はない。

 明日の午後は翠月庵の稽古があるので、午後は晴れてもらった方がいいが、それも14~18時までの間だけで結構だ・・・(爆)。

 例年、柳剛流祖・岡田惣右衛門の祥月命日前後には墓参に行っているのだが、今年はずっと仕事が立て込んでいて、まだ訪ねる事ができていない。

 できれば来週中のいずれかの日にとは思っているのだが、仕事の進み具合次第である。

 とりあえず今日も、ファンフラを聴きながら、ひたすらキーボードを叩くのみだが、終業予定時間はこのままだと深夜0時頃である(涙)。

 朝目が覚めたら玄関に、「大切に使ってください。かしこ」とかいう手紙と一緒に、5億円が置かれていないだろうか・・・・。

 南無八幡大菩薩。

 (おしまい)
 
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他人を攻撃せずにはいられない人/(身辺雑記)
- 2017/10/29(Sun) -
 心療内科関連の取材のため、下調べの一環として「事前に読んどいてください」といわれたのが、片田珠美著『他人を攻撃せずにはいられない人』。

1710_他人を攻撃せずにはいられない人


 これ、25万部も売れているそうな。

 内容的には一般向けのサラッとした読みものなので、学術的な深みとか、実際にそういう人に被害にあっている人への具体的なノウハウには乏しいけれど、最近少なくない「他人に攻撃的な人」とは、こういうものなのかを知るための手がかりや、理解への入り口としては良いのではないかと思う。

 現在、私の直接的な知り合いだとか、仕事関係の知人や関係先、あるいは近しい武術関係の人々などには、こうした「他人を攻撃せずにはいられない人」というのはいない。

 なにしろ自由業なので、おかしな人や変な仕事の依頼は断ればよいし、武術・武道の世界についても、こういったパーソナリティ障害系の人とは、なるたけお近づきにならないように平素から心がけて距離を置いているからだ。

 一方で浮世に目を向けると、確かに最近、こうした「他人を攻撃せずにはいられない人」たちというのが少なくない気がする。



 過日、親しい人と一緒にとある劇場で、古典芸能を鑑賞していたときのこと。

 公演中、隣の席に座った40~50代くらいの女性の肘が、私の肘にぶつかった。

 おやっと思ってそちらを向くと、鬼の形相で私をにらみつけて、「いいかげんにしてよ! 何度も肘がぶつかる!!」と声を荒らげる。

 いやいや、肘をぶつけてきたのはそちらの方だし、しかも今この1回だけじゃん・・・・・?

 ちょっと神経過敏で被害妄想ぎみな人なのだろうと思い、関わり合いになりたくないが、さりとて舞台の公演中で席を変わるわけにもいかず。

 異変を察した親しい人が、「どうしたの?」と私の耳元で小声で聞いてくるので、思わず苦笑しながら私は肩をすくめるジェスチャーで答えた。

 すると、その様子を見てさらに激高したのであろうか? 文句をつけてきたその女性は何と私に向かって、こうのたまったのである。

 「この、デブ!!」

 ・・・・・・。

 私はこれまで、パッポンストリートでニセ警官に手錠をかけられたり、アンカレッジの安宿でゲイのおじさんに交際を迫られたり、パタヤのディスコのトイレでヤク中のオカマに襲いかかられたり、タシュクルガンで高山病で死にかけたり、ディヤルバクルで治安軍の装甲車にひかれそうになったり、クチンのジャングルで州軍に監禁されつつ尋問を受けたり、ダマスカスで秘密警察に尾行されたりと、日本で生まれ育ったアラフィフのオジサンとしては、それなりにけったいな人生経験を積んできたつもりである。

 それにしても、まったく見ず知らずのわけのわかんないオバサンから理不尽にも、「この、デブ!」呼ばわりされたのは、もちろん生まれて初めてだ。

 ま、自分がいささかメタボぎみであるのは否定しないけれども・・・・・・、「この、ハゲー!!!」発言で有名な豊田真由子元議員じゃあるまいし、まことにもって失礼千万である。

 とはいえ、なにしろ今この瞬間は、目の前で片岡仁左衛門演じる藤田水右衛門が、いままさに棺桶の中から飛びだそうかという、『通し狂言 霊験亀山鉾』有数の見せ場のひとつ。

 そんな時に、ちょっとアタマのおかしい人の暴言にこちらも激高して声を荒らげるのはみっともないし、なにしろ自ら肘をぶつけてきて因縁をつけて来るような相手なので、何をしでかすか分からない。

 そこで、いつでも不測の事態に対応できるよう心に留めつつ、しかし相変わらずこちらをにらみつけるオバサンを無視して、私たちは芝居の鑑賞を続けた。

 その後もオバサンは、こちらを何度もにらみつけたり、これみよがしに自分の肘をさするようなしぐさを繰り返していたのだが、それ以上のことは特に起こらなかった。

 終幕の口上の後、幕が引かれ会場が明るくなり、親しい人と、「いや~、やっぱ仁左衛門は色悪だよねえ」などと二言三言話していると、となりのオバサンは周囲の人を押しのけるようにしながら、ひとりで足早に会場から出ていった。

 それを見て親しい人が、「ところで、隣の人と何かあったの?」と聞くのでコトの顛末を話すと、

 「ええっ! そんなこと言われたの!? それにしても・・・・・デブって・・・・・ヒドイ・・・、でもごめん・・・、あはははははは」

 と大爆笑である。

 親しい人によれば、女性というのはえてして、どうにも言い返しようがない相手に、それでも何か悪口を言おうと思うと、大概が相手の身体的なことを言うものなのだという。

 「それにしても、デブってねえ・・・はははは、ごめんごめん」

 私としては、頭のイカレタ被害妄想気味のオバサンに対して沈着冷静に対応しつつ、あまつさえ万が一そのオバサンが刃物でも取り出して暴れるようなら、親しい人を含めて周囲の人々の安全を確保しつつ即時制圧できるように不断の警戒をしながら、なおかつ仁左衛門や又五郎さんたちの見ごたえのある芝居を楽しむという、なかなか普通の人ではできないであろう的確かつ洗練された対応をしていたのである。

 それをだね、なにもそんなに爆笑することはないんじゃない。いやホント、お願いしますよ・・・(笑)。


1710_写真
▲デブで、ど~もさーせん!



 後日、ネットで調べてみると、読売新聞の掲示板に、今回のように公共の場で自ら他者にぶつかるなどして因縁をつける、あるいは電車内で体が触れてもいないのに周囲の人を威嚇するというような女性がいて迷惑をしている、というようなスレッドがあった。

 いずれの場合もシチュエーションこそ違え、私が巻き込まれたような形で当り屋のようにして因縁をつけ、周囲の人をだれかれ構わず攻撃するのだという。

 ま、暴言ぐらいであれば、人語を解するボウフラやゴクゾウムシが意味不明なことを喋っているのだと思い、聞き流せば良いだけなのだが、実際に暴れだしたり、あるいは痴漢の誤認逮捕のようなことになったり、最悪、凶器などを振り回して周囲の人に危害を加えるようなことになると、ちょっと話はシビアだなあと思う。

 思うにこうした、「他人を攻撃せずにはいられない人」による他者への理不尽な攻撃というのは、実は本人の不安やルサンチマン、弱さや心細さ、満たされない自分の生活や人生への怒りの現れなのだろう。

 「なぜそんなに、口汚く他人を罵るのか?」

 「なんでそれほどまでに、他者を攻撃するのだろうか?」

 と思うような人が、実生活にしても、あるいはネット上でも、最近はけして少なくないように感じられる。

 こうした人たちの心には、満たされない己への自己憐憫や、ドロドロとしたルサンチマンが果て無く渦巻いているのだろう。

 以前私も、このような「他人を攻撃せずにはいられない人」からネットで誹謗中傷されたことがあるのだけれど、その際に尊敬する中国武術家の方から、

 「そういう攻撃をしてくる人への最良の対応は、自分が好きなことに打ち込んで、充実した日々を送ることではないでしょうか」

 という言葉をいただき、心励まされたものだ。

 そもそも、攻撃的な行為や罵詈雑言、当てこすりや嫌みでは、人の心は動かせない。

 それどころか他者を攻撃することで、己の品性の醜さを、周囲にさらけ出しているということが分からないのだろうか?

 少なくとも私は、そんな人間にはなりたくないと、しみじみ思う。

 そしてなにより、誰もが小学校で習ったと思うけれど、デブとかハゲとかチビとかブスとか、他人様の体や見た目のことを悪しざまに言葉にしてはならないのは、言うまでもありません。


 「あなたは、誰かの怒声や罵倒やけんか腰の態度に、『ああ、そうだな、この人の言う通りだ』と納得したことがありますか? 僕は一度もない。人の心を動かそうとするためには、自ずと言葉や態度は、丁寧で、誠実になるはずなのだ。だから、攻撃的な態度で臨んでくる人に自分が対応する必要はない」(小池一夫)



 (了)
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深夜3時の柳剛流稽古/(身辺雑記)
- 2017/10/28(Sat) -
 本日はまた雨・・・・・・。

 いくら私の雅号が翠雨だとはいえ、どうも最近は週末ごとに雨が降り、翠月庵での稽古ができない。

 そういうときに限って、雨天代替用の県立武道館の個人使用もできず、やむを得ず門下の諸氏には自主稽古に励んでもらうしかない。

 一方で自分自身を振り返れば、来週末までに絶望的なほど締め切りが重なっており、翠月庵が雨天中止で空いた時間も、原稿書きやらインタビューのテープ起こしやらにあてなければならぬほどだ。

 金曜も朝から机に向かい、原稿書きが終わったのは夜の11時過ぎ。

 「今晩の稽古はさぼるか・・・」と、いそいそと肴にするおからなどを炊いて、深夜0時から録画しておいた三船主演の『大忠臣蔵』と、チーター主演の『明日がござる』を鑑賞しながら晩酌。

 土曜も午前中からテープ起こしをしなければならないので、そのまま寝てしまおうと思ったのだが、なんとなく気分がぱっとせず寝付けない。

 結局まんじりともせず、気が付けば深夜3時。

 映画『エミリー・ローズ』では、悪魔が活動するといわれる時間であるが、いっこうに眠くならない。

 そこで、柳剛流の活動する時間である(爆)。

 いそいそと稽古着に着替え、木太刀を手に柳剛流剣術の備之伝からフセギ秘伝、「右剣」と「左剣」の形を、静かにゆっくりと遣う。

 さらに居合。

 往時の角田では三尺刀で居合の稽古をしていたということで、四尺四寸二分の柳剛流の木太刀を居合刀に代えて腰に差し、居合の形をひとしきり、できるだけ音をたてないように飛び違いながら抜く。

 その後、二尺四寸五分の差料で同じ形を抜くと、まるで脇差のような感覚だ。

 そして今、小半刻ほどの稽古を終えて、こんな駄文を書いているわけだが、明日、いや今日も3人分のインタビューのテープ起こしと、温泉旅館の原稿、さらに外国人旅行者向けのweb記事の編集作業もしなければならぬ。

 何はともあれひと風呂あびて、とりあえず仮眠するとしよう。

 オヤスミナサイzzzzz。

 (了)
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