「長距離打剣」という領域
- 2008/11/30(Sun) -
 昨日の稽古では、9ミリの長剣を使った7間の直打を入念に行った。

 7間=12.6mである。

 これまで、私の直打による最大刺中距離は6間だった。また今年は、稽古において運用型Ⅰの精錬やら刀法併用手裏剣術の習熟やら、また従来苦手であった超軽量~軽量剣による3間直打に専念していたため、昨年ほど直打の距離を伸ばす稽古を行っていなかった。

 そんなおり、師走も目前になり、つらつらと旧ブログなどを眺めていると、昨年末に書いた「来年の課題」に、”7間直打”という一項を見つけ、「う~む」とうなった次第である。

 そんなこんなで、7間直打の稽古に入ったわけだが・・・・。

 遠い。

 6間と比べて6尺(1.8m)しか変わらないはずなのだが、えらく的までが遠い・・・。

 まずは試しに、上段構えから打ってみると。

 的にとどかん!

 まったく、まいったもんだ。まあ現状では6間距離でも、刺中させるためには上段構えではなく無冥流の基本構えでないとできないだけに、これは当然であろう。

 気をとりなおして、再度打剣。

 ・・・。

 直打で剣が飛んでいかない。いやはや、7間手ごわし!

 あまりに直打で的に届かないので、戯れに回転打で打つと、これはまあ、簡単に飛跡はまっすぐ飛んで的に当たるし、まぐれ当たりレベルだがそれなりに刺さるのである。しかし、そもそも7間以上などという距離は、武術的な運用として意味のある距離ではなく、限りなく「直打という原理へのトライ!」という間合なので、安易に回転打で打ってもしかたがない(もちろん、習熟しておいて損はないことは、言うまでもないが)。

 1時間ほど、ああでもない、こうでもないと打っていると、最終的には、なんとか10打に2打くらいは直打で刺中がみられるようになってきた。

 しかし、もうこの距離では上段構えはおろか、姿勢・体勢を安定させて打つとそもそも的に届かないわけだ。そこで傍目には非常に体勢が崩れた姿勢、具体的には砲丸投げのフォームの投げ終わりような、片足立ちの姿勢といったら分かりやすいだろうか? それくらい意図的に体勢を崩し、重心や体重を統一して掌にのせて剣を放たないと、剣が直立して的に向かって飛んでいかないのである。

 こうした意味で、7間以上の長距離というのは、3~6間の中距離、あるいは3間以内の近距離と比べても、まったく異なった身体の運用が必要になってくる。

 そしてこれは私見だけれど、そこ(長距離)では、「うねって」「ねじる」ような種類の力を、合理的に統一させるのが、効果的な方法ではないかと思われる。また、姿勢の「崩れ」や軸の「(表面的な)乱れ」、「不安定」といった要素を、統一的に運用することが重要であろう。

 いずれにしても、せめて6割以上は刺さらないと、控えめにも「とりあえず、通した」といえるようなものではないで、今しばらく、7間直打の稽古が必要である。

 それにつけても、10間直打など、いや「神」の領域ですな、実感として・・・。
 
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上州の名流を読む
- 2008/11/28(Fri) -
 浮世の塵芥のような話ばかりしても、気分が悪くなるばかり。

 そろそろ本来の姿に戻り、秋の夜長に武術談義をひとつ。


 過日、渋谷・宮益坂の古書店で、偶然に見つけたのが本書『馬庭念流物語』(小西敬次郎著/上毛新聞社刊/昭和62年)である。

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 馬庭念流といえば、500年以上の伝統を今も守り続ける名流である。表5本、裏3本、長刀5本、槍5本、組10本、そして矢留術と、古い流儀ならではの総合武術的色合いをみせつつ、比較的シンプルな型構成となっている。

 また、独特の防具をつけ、「足幅をニ尺ほどに広くとり、左足を引き、腰を落として中腰となり、刀身を左前に傾けた下段の構え、ちょうどカエルが飛び上がる前の格好から俗にカワズマタ。いかにも防御主体の構え方である」(同書)と評される護身に徹した「防御の剣」として、また、「そくい付け」と呼ばれる独特の近接技法を使うことでも有名だ。

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 本書は、今から21年前の出版になるが、当時の馬庭念流の稽古の様子から筆を起こし、同流の歴史、さらには広く上州で活躍した剣豪の事跡などを、簡潔で平明な文章でまとめている。地方新聞社ならではの、手作り感あふれる取材の様子なども偲ばれる好著といえるだろう。


 こうした書物との偶然の出会いに、なにか奇妙な縁を感じてしまうのは、本好きの業というものかもしれない。

 また手裏剣術者として私が興味を引かれたのは、安中藩剣術指南で現在の根岸流手裏剣術の祖である根岸松齢についてふれられた一文であった。内容的には、一般的によく知られている事績をまとめたものだが、本書では手裏剣術家・根岸松齢ではなく、上州の剣客・根岸松齢としてとらえている点が、私にとっては新鮮であった。

 しかし、それにつけても疑問なのは、本来、一刀流系の剣術を修め、柔術や手裏剣術も使った松齢が創出した根岸流に、なぜ「刀術組み込み型」以外の、剣術なり居合なり、柔術なりの技が伝わっていなのか? という点である。まあ単純に、「手裏剣術しか伝えなかった」といわれればそれまでなのだが・・・。

 ナゾは深まるばかりである。
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所信表明文の改訂について
- 2008/11/27(Thu) -
 昨日、翠月庵の立ち上げに際しWEB上の各ページに掲載したあいさつ文について、さる筋より、その文面が「遺憾である」との抗議を受けた。

 先方の抗議について、ある部分については、出来事に対する主観の相違であり、先方の訂正要求は到底受け入れられるものでなはなかった。また一方で、ある部分については、たしかにこちらの事実誤認があった。

 こうした事から、当該の文章について、先方の抗議に同意しかねるものについては訂正せずそのままに、事実誤認がある点については事実に即して訂正し、その旨、謹んでお詫び申しあげた。

 また、この文(改訂についての説明)についても、昨夜、一度その趣意を詳しく解説した小論をアップしたのだが、結果として懇切丁寧に説明するのも馬鹿馬鹿しく思い、いったん削除。あらためて、趣意を簡潔にまとめた、この文章を掲載した次第である。

市村 記
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武友の皆様、および旧武学倶楽部会員各位
- 2008/11/22(Sat) -
拝啓

 紅葉も盛りを向かえ、いよいよ晩秋の気配が色濃い季節となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 さて、このたび、平成20年11月22日より、武学倶楽部埼玉行田道場は、新たに「手裏剣術伝習所 翠月庵」として再出発することとなりました。

 つきましては、日ごろお世話になっております皆様に、その旨ご連絡差し上げたく本文をしたためた次第です。


 思えば、昨年9月、大宮から行田に稽古場を移し、武学倶楽部埼玉行田道場を開設。しかしその後、紆余曲折があり新所沢道場が開設され、武学倶楽部は行田と新所沢、2つの教場で、それぞれ独自の方向性に基づいた手裏剣術の研鑽に務めてまいりました。

 このように従来、まったく異なる理念・術技を指導・研鑽しながらも、2つの教場は「武学倶楽部」という名を共有して参りました。

 しかし、双方の教授内容や方向性の違いを鑑みて、この度、武学倶楽部埼玉行田道場は「武学倶楽部」の看板を廃し、新たに「手裏剣術伝習所 翠月庵」として活動することとなりました。

 ただし当会は、名称こそ変わりましたが、稽古内容や場所、日時などは従来と特段変わることはありません。これまで通り、粛々と手裏剣術を基盤とした武術・武道を、整理・編纂・研究そして稽古していく所存です。


 なお、翠月庵は未だ手裏剣術研鑽の途上にあるゆえに、新流派を名乗るほどのものではありません。

 ただし、独立した手裏剣術の稽古・研究会となったのを機に、「翠月庵の手裏剣術」として、従来、個別に稽古・研究してきた術技を、初学から印可まで、4段階に分類した独自の一貫性のある稽古体系として公開し、これに基づいて指導・研鑽してまいります。詳しくは、翠月庵ホームページ内のコンテンツ「翠月庵の手裏剣術」(http://www.bugaku-club.com/syurikennnituite.html)を参照ください。

 また、旧武学倶楽部の会員の皆様におかれましては、今後も従来通り、稽古会へご参加いただけますことを、改めて申し添えておきます。

 つきましては若干ですが、初回事務手数料を3000円に、参加費を1回1000円に値下げいたしました。 


 いずれにしても新たなスタートに当たり、これまで以上に、皆様からのご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。

                                 

敬具

平成20年11月22日

市村翠雨 謹識



■2008.11.27 一部改訂
本文改訂の経緯などについては、本ブログの『所信表明文の改訂について』を参照のこと。

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深遠なる、青磁の美
- 2008/11/21(Fri) -
 前々回に引き続き、青磁ネタである。

 ま、武張った話ばっかりでも、面白くないっしょ? 



 先日入手した、砧青磁の鳳凰耳花入に次いで、今回は、香炉を入手した。

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 一言で青磁といっても、耀州窯系のオリーブグリーンから、砧青磁に見られるオーシャンブルー、いわゆる染付けのコバルトブルーなど、その色合いはさまざまである。

 また貫入といわれる、釉薬表面にはいったヒビの、無作為な造形美も、なんともいえない青磁の味わいである。

 今回、入手した香炉は、当然ながら、現在の日本製(オークションでの入手なので、詳細は不明)。貫入はない、三つ足で、蓋部分はすかしで狛犬が蓋の上に鎮座している。

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 青磁釉がたれたために、上部の蓋部分は淡い青、一方で下部の香炉本体は、砧青磁風の深い青、「秘色」とも「天青」とも評される、幻想的な青となる。

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 これまで、織部や黒織部、蒔絵や螺鈿、漆器など、さまざまな雑器にはまってきた。今回の青磁ブーム、はてさて、いつまで続くやら・・・。
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凶暴化する女子(?)と素人さんたちの暴力嗜好
- 2008/11/19(Wed) -
 新聞によれば、栃木県小山市で、酒飲んでクダまいてる14歳の女子中学生に説教をした44歳の男性教師が、その女子に殴られて鼻骨骨折の重傷。警察はこの女子を傷害だか暴行だかで逮捕したとか・・・。

 ・・・。

 う~ん、いくらなんでもね、どうなんだ。

 また先日、とある犯罪ルポを読んだのだが、その中の事件で、妻のDV(夫ではない!)に耐えかねた夫が、妻を殺害したという事案があった。殺した理由は、「あまりにすさまじい暴力に、自分はもちろん家族まで殺されると思った」のだとか(日本国内の事件である、念のため)。

 ・・・。

 言葉は悪いが「ある種の暴力」である武術・武道を25年稽古してきた者の立場から言わせてもらえば、単純に筋力や体力で比較すると、当然ながら女子は男子に及ばない。また相当厳しい稽古をつんでいるとしても(国体上位レベル)、やはり女子と男子の武術・武道人の間には「越えられない壁」があるのが事実である。

 ところがここで問題になるのは、実際の社会における暴力というのは、こうした単純な筋力差だとか運動能力の違いだけではなく、そこにメンタルな部分とか、双方の社会的関係性など、多彩な要素が多分に入ってくるということである。

 たとえば私は、昔からよく考えるのだが・・・。

 夜道で暗い路地の向うから、包丁を振りかざした男がこっちに向かって走ってきた。そして、周囲には、女性や子供や老人がいるとする。

 この場合、周囲の人を安全な場所に退避させる余裕がない場合は、当然ながら包丁男を迎え討つしかない。そのための、武術・武道である。

 こういう錯乱者は、速やかに制圧しないと他人が怪我をする。

 しかし、もし同じシチュエーションで、錯乱した女が包丁振りかざして走ってきたら・・・。

 正直に言うと、いささか怖い。

 まあ、もし本当にそういう事態に遭遇したら、やはり制圧しなければならないのだろうが、できれば、男の錯乱者以上に、そういう状況に遭遇するのはご遠慮したいと切に思う。

 男と女では、なんとなく狂気の質が違うように感じるのである。

 実は少年時代、渥美清版の『八墓村』を見て以来、夜道を走って追いかけてくる狂った女(小川真由美が怖かったんだよ!)というシチュエーションが、どうも私のトラウマになっているようなのだ(笑)。あと望月峯太郎の『座敷女』ね。


 とまあ、そんなこんなで、男性の私から見ると、女性の怖さというのは単に腕力とか運動能力ではなく、その内面の狂気にあるのではないかと愚考するわけである。

 しかし実際のところ、夜道で酒飲んでクダ巻いている田舎の女子中学生に、そのような狂気や情念があったとはとても思えないのだが(笑)。

 また上述の事件で殺されてしまったDV女性は、境界性人格障害だったということなんで、殺害にいたる以前に、適切な治療なり専門家のケアを受けさせるべきであっただろう(しかし、人格障害の治療とケアは、いろんな意味で、たいへん難しいのも事実なのだが)。


 一方で最近気になるのが、世間の素人さんたちの、ある種の暴力的嗜好である。

 どうも最近、暴力の実態をあまり(ほとんど)知らない素人さんたちが、なにか面白がって他人同士に暴力をけしかけるような、そんな風潮が世間にあるように思えてならない。

 またそういう風潮は男性だけでなく、女性にも多いに感じられるのである。ここ最近の個人的な知見として。

 殴られると痛いし、殴っても痛いという、ごく単純なことが分からないのか。いや分かっているが、それが自分でなければどうでも良いのか・・・。

 嫌な風潮である。


 いずれにしても、女子中学生に鼻折られるってのは、武術・武道人ならずとも、中年男性としてはかなり屈辱的な体験ではないかと思う。そういう意味で、被害者の男性教諭には、心のケアが必要なのかもしれない。

 それはそれで、「なんだかなあ」という感じなんだが・・・。
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雨過天晴雲破処-青磁の美
- 2008/11/13(Thu) -
 武術・武道と酒、読書以外に、普段使いの雑器や書画を集めるのが私の道楽である。

 とはいえ、当然ながら市井の流れ武芸者という身分だけに、何百万や何十万、いやいや何万もするような品物は、おのずから対象にはならない。せいぜいが数千円前後の、まさに雑器が対象である。

 そしてまた、どうしたわけか季節の変わり目というのは、なにやらこうした物欲が目覚めてしまうものらしく、この秋は『楓橋夜泊』の掛軸を購入。ひとり晩秋の詩にひたっている。


 また陶磁器では、昔から織部が好きなのだが、最近、長年お世話になっている人に贈り物をしようと思い、その人が「青磁が好きだ」ということから、おっとり刀で青磁について予習。すっかりミイラ取りがミイラになってしまった。

 青磁にはまってしまったのである。

 一言で青磁といっても、トルコ石のようなブルーから薄い青、あるいはオリーブグリーンまで、実に様々である。いずれにしても、その究極の色合いは、「雨過天晴雲破処(うかてんせい、くもやぶるるところ)」の色であるとか。

 また青磁器の魅力には、象嵌や貫入、あるいは須恵器風にも見える鳳凰耳などの造形がある。そしてどうも、私はこの鳳凰耳のデザインにやられてしまったようで、さっそく購入したのがこの花入である。


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 このシンプルな鳳凰耳の造形からはなにかオリエンタルな、しかしみっしりと草木が生い茂り湿気と陽光に満ちた南アジアというよりも、侘びた東アジア的な美意識、あるいは中東でよく目にするモザイク画やタイル美術に見られるような、乾いたオリエンタリズムを感じてしまうのだ。


 雨上がりの空に見る、澄みとおる青。

 どうもしばらくは、青磁の魅力から逃れられそうにないようだ・・・。
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お騒がせ致しました
- 2008/11/10(Mon) -
 先日、このブログに書きました、うちの道場の動画が貼り付けられたナゾのメールの件ですが、どやら、ここ最近急増している、youtubeがらみのスパムのようです。


 関係の皆様には、ご心配をおかけしましたが、取り急ぎここでご報告申し上げます。


 市村 拝
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念のため、緊急告知いたします
- 2008/11/07(Fri) -
 え~、緊急です。アラートです。アテンションです。

 とりあえず。

 本日、とある方からメッセージをいただきました。

 それによると、その方の「電子メール」に正体不明の文字化けメールが送られてきて、そこにyoutubeにアップしている、うちの道場(武学倶楽部埼玉行田道場)の動画のリンクが張ってあったとのこと。

 しかし、私はそういうメールを送った覚えがありません。

 私とその方の共通の知人・友人の出したメールが、単に文字化けしてしまっていたのであれば問題ありませんが、場合によっては妙な病気感染メールかもしれません。

 いずれにしても、私(市村)は、ここ数日、そういうメールを出しておりませんので、ここ数日の間、類似のメールを受信された方は、念のため、即座に削除していただければと存じます!


市村翠雨 拝
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