久々に動画を更新
- 2008/12/28(Sun) -
 いよいよ、年も押し詰まってきました。

 昨日、無冥流の鈴木崩残様からご寄贈いただいた、六方手裏剣の試打および掌剣として使用する際のポイント、さらに従来とは違った手之内での脇差による飛刀術の動画をアップしました。

■翠月庵のチャンネル
http://jp.youtube.com/user/bugakuclubsaitamagyo

 よろしければ、ご視聴ください。

 翠月庵主
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故・藤田西湖氏の名前の呼称について
- 2008/12/23(Tue) -
 昨日、翠月庵のyoutubeの動画を見てくださった方からメールをいただいた。

 それによると、故・藤田西湖氏の名前の発音だが、私は動画上で「さいこ」と呼んでいるが、この方のご指摘では、藤田氏のお弟子筋の方達などの呼び方からも、「さいこ」ではなく、「せいこ」が正しい呼称であるとのことであった。

 たしかに(裏づけ媒体としての信憑性はいささか低いですが)ウィキペディアなどでも、「さいこ」ではなく「せいこ」となっておりますね。

 私自身、なんともなしに「さいこ」と呼称しておりましたので、改めまして、ここに訂正させていただきます。

 動画やURL、ブログなどを見て・読んでいただける皆様には、今後とも、こうした事実関係の誤認などありましたら、正しい研究や検証、そして記録のためにも、ご指摘を賜れればと存じます。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥でありますなあ・・・。


 翠月庵 市村 拝

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忙中の忙
- 2008/12/18(Thu) -
 多忙である。

 今、昭和30年代の古い鉄道地図をモチーフにした旅行本と、関東甲信越のドライブ本の編集・取材・執筆をしつつ、来年度の介護報酬改定をにらんだ介護福祉施設の経営戦略のレポートをまとめつつ、さらに年老いたペットのケアの仕方の本の準備におののきつつ、すでに何十回も書き、取材し、今すぐ現地ガイドにも転職できそうな日光の二社一寺の原稿も書かねばならない・・・。


 年末年始で一気に原稿が集中してしまい、最悪、31日と元日しか休めないかもしれない。

 この世界同時不況の折に、忙しいことは良いことなのかもしれないが、実際はデフレスパイラルのきわみで、10年前の半額に落ち込んだ原稿料では、これだけ書きまくっても、収入は現状維持か下手をすれば減である。

 のんきに手裏剣打ってる場合ではないのだ! っといいつつ、手裏剣の稽古日だけは、なんとか死守している。一方でその他の武術の稽古、特に空手道の稽古はおざなりになっておる・・・。今年は1回も公式の試合に出なかったし、おまけにあと1年で、ついに私も競技では「シニアの部」の対象なのである・・・。

 年はとりたくないもんですな。


 とまあ、そんな具合でブログの更新もままならず、こんな身辺雑記でお茶を濁しているわけだ。

 落ち着いたら、車剣に関するレポートや掌剣術に関する考察などについて書こうと思うのだが、さて、どうなることやら。そういえば、『二刀遣いとしての刀法併用手裏剣術』も、第二節で止まっているのか・・・。

 やれやれ・・。

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武の名著(1)/富木謙治著『合気道入門-当身技と関節技の合理的練習法-』
- 2008/12/10(Wed) -
 今でこそ手裏剣術が表看板だが、若いときには剣術やら抜刀術やら拳法から、まあいろいろ雑多な稽古をした。なかでも最初に一番打ち込んだのは柔術だったなあ・・・。などと話すと、最近の若い人には「へ~、やっぱグラップリングが一番っすかね」などと言われてしまい、時の流れを実感してしまう・・・。

 柔術に関しては、私は12歳から足掛け10年にわたり、八光流伊豆道場・石津先生の薫陶を受けた。初めて、簡単な抜刀術の指導を受けたのも、この頃である。ご存知の方も多いかもしれないが、八光流の場合、三段技までは一般的な教伝だが、四段技からは師範技を学ぶことが前提でないと指導してもらえない。しかし私は、どういうわけか四段技まで指導してもらった記憶がある。

 私が得意だったのはいわゆる四方投げ(「東西南北投げ」とも言っていたような記憶がある)であった。また、手刀や親指一本の当身を、得意になっていた。一方で柔術ではおなじみの小手返し(「木の葉返し」という)は、当流の場合、一般的な流儀のように両手で行わず、拍子と体動を活かして片手で行うため、たいへん難しかった。

 またこの時期、わずかの間であったが、天真神揚流の久保田敏弘先生を東京に尋ね、延べ数日間であったが、手解と初伝の座技・立技をいくつか指導していただくことができた。しかし、これは伊豆から東京まで通うのが困難であり、継続できなかったのは、いまもって残念なことである。今となっては、手解の「鬼拳」、「振りほどき」、立合の「突掛」など数本の形しか記憶にない。しかし、「連拍子」という形(技)はたいへんユニークなもので、拍子が合うと豪快に吹っ飛ぶ技であった。


 とまあ、私の武術事始は柔術の稽古からだったわけだが、この頃、夢中になって読み、それから27年がたった今も私の座右の書のひとつとなっているのが、富木謙治著『合気道入門-当身技と関節技の合理的練習法-』(ベースボール・マガジン社)である。この書籍は、植芝盛平翁の高弟で講道館の重鎮でもあった富木氏が指導した、「試合を行う」合気道のための基本テキストとなっている。

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 富木氏は、講道館柔道と植芝流の合気道を、柔道原理(「自然体の理」「柔の理」「崩しの理」)で統合させようとした人であり、これが原因で合気道の本流からは遠ざかったが、その道統はいまも多くの「富木流」の合気道修行者たちに受けつがれているようである。

 当時、主に八光流柔術の稽古に打ち込んでいた私であったが、なにしろ中学生・高校生の感覚では、当流の言うところの「金剛力」や「力を捨てろ」という概念が非常に分かりづらかった。そんなときに、この書籍で富木氏が解説する、「自然体の理」や「柔の理」、「崩しの理」は、たいへん合理的かつ科学的で、ひじょうに理解しやすいものであった。

 また、当身という実技を、「相手の生理学的弱点を攻撃する当身」と、「相手の力学的弱点を攻撃する当身」の2つに分類し、一方向一点の崩しによる「当身による投技」を指摘されていることは、当時の私には実に新鮮な驚きであり、後年、空手道の試合などで投げ技を打つ際にも、この理合がたいへん参考になった。

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 このように、本書は「合気道」というタイトルながら、その内容の半分は、日本柔術における近代的精華の二大潮流である講道館柔道と植芝合気道に共通する、日本柔術の根本原理が実に論理的に、科学的に、しかも簡潔に記されている。そこには、昨今、多用されている、うさんくさい「(合)気」などといった、あいまいでいいかげんな概念はない。こうした点からも本書は、日本固有の体術である柔術の基本原理の解説書として、広く武術・武道人に味読していただきたい名著である。

 また、「間合」や「拍子」、「先」などという、武術に共通の概念も、私はこの本で初めて正しく学んだように思う(これらの武術的概念が、本書では平易に、そして論理的に解説されている)。翠月庵の手裏剣術の体系には、「入身」「起きたるを打つ」「尽きたるを打つ」と、3本の掌剣術の形を盛り込んでいるが、これらの形も、本書が示す日本柔術の土台となる柔道原理が根本となっていることは言うまでもない。

 これほどの名著が、長らく絶版なのはたいへん残念なことであり、復刊の上、より多くの武術・武道人に読まれることを心から望むものである。



 
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七間打雑感
- 2008/12/08(Mon) -
 先週から、集中的に七間直打の稽古を行っている。

 現状では、畳を2枚立てた標的に対して、刺中(とりあえず、どこでも良いので刺さるという意)率はおよそ1~2割というところである。

 使用剣は無冥流の長剣(長さ290ミリ/重量180グラム/太さ9ミリ)で、現状では剣尾の巻物無しの状態で使用している。

 打法は無滑走二点打法。構えは、無冥流の基本打ちを主体に、時折、八相の構えからテイクバックをとっての打剣も取り入れ始めた。

 当初、七間打ちを始めたばかりでは、そもそも直打で的に届きすらしないこともあった。もちろん回転打であれば所詮は13メートル足らずの距離なので、的に当たって当たり前なのだが、これが直打となると、話はまったく別である。

 それでも慣れというのはたいしたもので、先週の稽古の最初の頃は的に届きすらしなかった打剣が、昨日の稽古では、調子が良いと五打中五打が刺中ということもあった。しかし、全体としては未だ精度は二割以下なので、まだまだ「通せる」と言うにはほど遠い。


 また興味深いことに、七間打ちの稽古は1時間ほどで打ち切っているのだが、想像以上に身体に負担がかかるようである。

 そもそも、手裏剣術の稽古というのは、空手道や柔術、あるいは剣術などの稽古に比べると、運動量としては「ぬるい」ぐらいに軽いものである。それゆえに通常の稽古でも、500打や600打の打ち込みなど、どうということはない。

 ところが1時間、七間打ちに専念した後、通常の軽量剣での三軒打ちや刀法併用手裏剣術を稽古していたところ、稽古終盤になって、右の掌にほとんど力が入らなくなってしまった。もともと私は、腕力(かいなぢから)や握力があるほうではないのだが、それにしてもこんなことは初めての経験である。そして、原因として思い当たるのは、七間打ちの稽古しかない。

 心的な感覚としての疲労感はほとんどないのだが、長距離打剣の稽古は、意外に身体への負担が大きいようである。

 また、これくらいの距離になると、打剣の際の剣の動きが非常に視認しやすくなり、「なるほど、直打の際の剣の動きとは、こういうものか!」と納得できる。これは長剣というサイズの意義も大きい。

 現状では剣に巻物などはしていないのだが、やはり個人的にはあった方が良いと感じており、次回以降は巻物有りの剣も交えて稽古を進めるつもりである。

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陽と陰
- 2008/12/05(Fri) -
 空手の稽古をしていて良いことのひとつに、激しい稽古の最中は、浮世の憂さや、よしなし事をすべて忘れてしまえる、という点がある。

 基本稽古にせよ、形稽古にせよ、打ち込んでいる最中には、余計なことを考えている暇がない。組手の稽古に至っては言わずもがなである。

 ある意味で、空手に限らず剣道や柔道など、激しい攻防を稽古の中で日常的に行う武道は、総じて、その動きがきつい(運動の強度が大きい)だけに、簡単に集中することができる。


 一方で、居合や手裏剣術などといった、一人稽古が中心の武術・武道というのは、行為自体に没頭するのには、ある程度の慣れというか、「集中するための集中力」が必要になってくる。それだけに、とりあえず稽古を始めれば、だれでも簡単に集中できるというものではない。

 これが一人稽古主体の武術・武道の難しいところである。


 また、術技に関する上達過程も、両者は対象的だ。

 たとえば空手道で言えば、組手で勝つためには、まず自らの技を使用に耐えうるだけのものに仕上げた上で、それを「意思を持って動きまわる相手」に使用することを学ばねならない。破壊力満点の突きも、当たらなければ赤ん坊のグーと同じである。

 そういう意味で、技を練り上げるだけでなく、発することを学ばねばならない。いわば「陽」である。

 対照的に、現代居合道や従来の手裏剣術では、ひたすら技を練り上げる事に専念する。いわばその稽古は、内省の積み重ねである。それだけに、無限に厳しい稽古にもなりうるし、あるいは単なる旦那芸にもなる。

 まさに「陰」である。


 そして、「陽」にしても「陰」にしても、それぞれそれだけでは、非常にバランスが悪い。技はもちろん、身体も精神も偏る。そういう意味で、「陽」でも「陰」でも、精神が偏っている武術・武道人は、枚挙の暇もない。困ったもんである。

 だからこそ、たとえば空手道には組手と同時に形が必須なのであり、本来、剣術(道)と居合(抜刀)は両輪と言われるのであろう。

 こうした点で、最近はずいぶん偏見も少なくなってきたようだが、かつて過敏なほど「斬りの稽古」(いわゆる試斬)を嫌った居合道界の面々は、「陰」に偏りすぎであった。いまでもそうか・・・。また逆に、「居合を学ぶとクセがつく」といって、打刀の操法を学ばない剣道は「陽」に偏りすぎである。まあ、スポーツとして剣道をやるのなら、それでもいいんだが・・・。空手も同様に、形しかやらない、組手しかやらないという者は、それぞれ「陰」や「陽」に偏りが生じるのを、よく目にする。

 「中庸が君子の道」というのは、古代易経の知恵だけというものではなく、武術・武道にも当てはまることではないだろうか? 


 

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