未必の故意による感染拡大は、いまや犯罪だ!/(医療・福祉)
- 2009/01/30(Fri) -
 過日、都内某所で行われた、医療施設経営者や医師向けのセミナーを取材した。

 収容300名の会場は、ほぼ満席で、講演内容に対する関係者の関心の高さがうかがえる・・・。と、まあ、そのセミナーの内容については、たいへん専門的なものであり、わざわざこのブログで書くような内容ではない。

 DPCに関する調整係数とか、武術・武道人には、関心ないであろう。

 そこで私が気になったのが、「咳」なのである。



 先週あたりから、インフルエンザの流行が、全国で急速に広がり、その規模はすでに昨年の流行レベルを超えているとか。おまけにインフルエンザに効果のある薬剤・タミフルが聞かないソ連A型が、急速に蔓延しているという・・・。

 ウイルスや細菌と薬剤=人類とのいたちごっこは、果てしない・・・。



 ところでインフルエンザは、飛沫感染をする。つまりウイルスが咳やくしゃみなどで周囲に飛び散り、それに接触し、ウイルスを吸引することなどによって感染する。

 なお、無風であれば、ウイルスが咳などで飛散する距離は90㎝~2m程度だといわれる。ここが、空気感染する結核などと、インフルエンザが大きくことなる点だ。つまり、インフルエンザの流行は、ウイルスの飛散を抑制することで、かなり防止することができるわけである。

 もっとも、インフルエンザの場合、感染者に熱発などの自覚症状が現われる24時間前から、ウイルスは感染者の体内で、急激な増殖を始めているので、無自覚にウイルスを拡散させてしまう行為を完全に防ぐのは難しい。しかし、少しでも感染・発病の兆候を感じたら、治癒のために自身が安静に務めるのはもちろん、他人にうつさないように、最大限の配慮をする必要がある。


 ところがどうも、「人にうつしてしまう」ことに、無頓着な輩が多い。「たかが重い風邪」くらいの意識だからであろう。たしかに、体力・気力が充実している青年・壮年にとっては、インフルエンザも、「重症の風邪」くらいなのかもしれないが、虚弱な高齢者にとっては、インフルエンザは「死の病」なのだ。

 考えてもみたまえ。毎年、冬になると、特別養護老人ホームや老人保健施設などで、インフルエンザによる高齢者の死亡事例が頻発することを。高齢者の死因のトップは、肺炎なのだ。

 「てめえらのばら撒いたウイルスで、年寄りがばたばた死ぬんだよ、このバカチンが!」っと、非難してよいかと思う。


 さて、そこで、冒頭のセミナー会場に戻る。

 定員いっぱい、300人がひしめく会場。4時間に及ぶ集中的な講演中、そこかしこで、ゲホゲホ、ゲホゲホしてるのである。

 それが、「しわぶき」とかいうレベルなら問題ないのだが、あきらかに連続的な「咳」なのだ。しかも、ゲホゲホしている奴は、たいがいマスクをしていない。

 菌まくな! 菌を!(正しくはウイルスだが、まあゴロのよさの問題だ) 

 このセミナーを聴講しているのは、我々報道関係者以外、すべて医療関係者である。さらにその中には、医師も多い。それが、この時期のインフルエンザの感染拡大防止に関して、このレベルなのだよ・・・。

 そりゃあ、医療・福祉施設内であるにもかかわらず、ばたばた年寄りが死ぬわなあ。

 この調子で、H5N1が日本に上陸した日にゃあ、いったいどうなることやら・・・。



 結局、日本人の危機管理意識=最悪自体想定能力のレベルの低さは、J・H・ドーリットル中佐の東京空襲のころから、な~んも変わっていないということなのか。

 手痛い一発をくらってから、ようやく己の至らなさに気づくと・・・。  
 
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講道館発行『柔道』09.1月号/(書評)
- 2009/01/25(Sun) -
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▲柔道関係者以外はぜったい買わないだろうに、なぜか地方の町の小さな書
店でも、意外に目にすることが多い、講道館発行の月刊誌『柔道』。”昭和な雰
囲気”の表紙が目を引く(笑)


 講道館が発行する月刊誌『柔道』は、目についた時には読んでおくよう心がけている。

 当然ながら、この雑誌は柔道人向けの講道館の機関誌的な色彩が濃厚な雑誌なわけだが、時折、柔術関連の興味深い論文が掲載されていることがあるからだ。

 そういう意味で、2009年1月号の『起倒流伝書考その3 「古式の形」の研究-甲冑着用の場合(松本龍弥・記)』という記事は、たいへん興味深いものだった。

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▲この記事では、実際に甲冑を着用して古式の形21本の体動を検証、その知
見をまとめている


 起倒流といえば、天神真楊流と並んで講道館柔道の原型となった流儀であることは言わずもがなであろう。その形が、講道館では「古式の形」として今も伝承され、主に高段者によって稽古されていると聞く。

 さて、この起倒流は、本来、甲冑組討の介者柔術であったと言われるが、本論文は、実際に甲冑を着用して古式の形を行い、その知見をまとめたものである。

 詳細は本誌を参照してもらいたいが、結論の一部を抄訳すると、「甲冑着用により、その重量のほとんどが上半身にかかることから、重心をほんの少しずらすだけで、真捨て身業などは容易にかかる。錣返等などの技は、兜と錣が連結しているという形状から非常に有効、云々」、というものである。


 こうした知見は、古流の形の検証という学術的な点はもちろんだが、体術一般の原理の再検証という点でもたいへん興味深いし、他武術の稽古者にも、多いに資する論文であるといえよう。

 国際的なスポーツとして確立したことにより、武術・武道という側面から批判されることも多い柔道だが、一方で、その本家である講道館とその関係諸氏が、こうした地道な古流柔術関連の研究をされていることには、市井のいち武術・武道人として敬意を評すること大である。

 今後もこうした、読み応えのある記事に期待したい。
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真偽と実技、2つの命題
- 2009/01/21(Wed) -
 「朝鮮忍者」と称する米国(?)のうさんくさい者が、外国人特有の子供じみた忍者ごっこをしてはしゃいでいたまではよかったが、愚かにも手裏剣術の領域に手をだしたばっかりに、無冥流の鈴木崩残氏ほかyoutubeやネット上の、ごくまじめな手裏剣術稽古者や研究者、スローイングナイフ愛好家の人たちに徹底的に検証・批判されているのは、ご存知の方も多いだろう。

 こうしたインチキやエセ武術・武道への批判活動はたいへん重要であり、私も再三言及しているわけだが、一方で、「では、正真正銘、純潔、まじりっけなしの伝統と技術とは?」と問われたとすると、伝統を受け継ぎ真摯に伝承されている流儀の方々でも、実際のところはいささかの躊躇を感じることがあるのかもしれない。

 過日、薙刀遣いである武友のS氏と歓談した際にもそんな話題となったのだが、伝統的な流儀といえども、大なり小なり、伝承のなかで「?」な部分があったりするものだ。

 それにくわえ、武技という闘争の術を学ぶ意義には、「強さ」とか「護身」とかいった点も当然ある。そしてこの点もからめて武術・武道の正統論議をしてしまうと、話がたいへんこんがらがってくるわけである。

 ようするに、インチキかインチキでないかという命題と、強いか弱いか、遣えるか遣えないかという命題はまったく別物であるということだ。

 だから、「インチキかインチキでないか」という命題と、「強いか弱いか」という命題を並列させると、以下のA~D、4パターンに分類ができるわけである。

A インチキで弱い
B インチキだけど強い
C インチキではないが弱い
D インチキでなく強い

 そこで、学ぶ者はどれを選択するか? これは本人の目的によるだろう。インチキだろうがなんだろうが、強くなりたいというのであれば、BでもDどちらでも良いということになろう。正統でなおかつ強さも求めたいというならDだろう。強さとかどうでも良い、ほしいのはまずは権威という人ならCがおすすめ(弱い=稽古もゆるいしナ)となろう。

 またAの「インチキで弱い」についても、「だけど教える人の人柄が良い」(インチキやってて人柄が良いというのも?だが、わりあいよく聞く話でもある)とか、「稽古場に妙齢の女子が多い」とか、「1~2年で師範代や支部長になれる」とか、まあいろいろな理由で、その存在価値が評価されることもあるのだろう。

 私自身も、10代の頃に学んだ神道流系の剣術と抜刀術、その他雑多な柔術などの体術は、後年、旧師の伝系を調べたらそのほとんどが真っ赤な嘘だったという体験をしている。しかしその後、伝統派空手道、陰流系統の剣術や居合術などを学んだ上で思ったのは、かつて学んだ「インチキ古流」の稽古内容を振り返ってみると、少なくとも当時の稽古の質と内容については、それほど的外れなものではなかったのだなあということである。

 ゆえに、その「インチキ古流」も現在の私の武術基盤になっているといえるし、手裏剣術の稽古がメインになった今も、多少は剣術や居合が嗜めたり、斬りの稽古(試斬)がそこそこできるのも、当時の「インチキ古流」の稽古の賜物であるといえるだろう。

 このように上記パターンのB「インチキだが強い」という宗家や師範あるいは流儀というのは実は結構あって、ある意味ではこれが一番、罪作りなものだ。

 たとえば●●さんとか××流とかねえ(笑)。

 その点、上述の4パターンのうちAとかCは、伝系の真偽はどうあれ、実技そのものがヘタレなので、実際の所、害悪は比較的少ないともいえる。冒頭の朝鮮忍者なる者も、このたぐいに分類できるだろう。ただし、これが袖の下やら御用学者・研究者の権威を使って、「われこそ正統なり」というようなお墨付きをもったりすると、たいへん厄介なわけだが・・・。

 さて、ここで問題になるのが、インチキかインチキでないかという命題は、資料の考証なり、技やデモンストレーションの科学的検証で可能なわけだが、強い弱いという点をどう判断するのかという点である。レベルの低いWEB上の書き込みよろしく、「ノールールで対戦しろ」ということが法治国家である平成の日本でできるわけがなく、またルールを設定すれば、かならずそのルールに、より親和性の高い動きや技術のある方が有利になるわけで、厳密に客観的な比較にはならない。

 畢竟、「AさんよりBさんの方が強い」という個人の強弱のほかは、流儀(スタイル)の強弱や優劣などというものは、客観評価ができないわけだ。専門的に言えば、こうした比較は「科学的命題」ではなく「価値的命題」である、ということなのである。

 だから、良い子の皆さんは、いつまでも「柔道より空手の方が強い」とか、「剣道よりフェンシングの方が強い」とかいってる暇があれば、自分に合ったあるいは自分のやりたい流儀・スタイルを粛々と稽古するのが一番。


 が、しかし!

 こと手裏剣術に関しては、かならずしもそうは言えない。

 なにしろ、手裏剣は、まずは刺さってなんぼの世界である。どんなに伝統がある、あるいは指導者の人柄が良い、サークル感覚で楽しいなどといっても、仮に2年も3年も稽古しているのに、三間(5.4メートル)直打もできないようなところがあるとすれば、それは指導に問題があると断言してよいかと思う。

 ここで、「本当に手裏剣は刺す必要があるのか?」という命題も生まれるわけだが、それについては、また別の機会に論じる。

 いずれにしても、「刺さる」、「刺さらない」が明確に見える手裏剣術という世界は、ある意味で他の武器術や体術に比べて、たいへん明快で、分かりやすい世界であるし、そういう清々しさが、私は嫌いではない。

 こうした嘘偽りのない清々しさを楽しみつつ、武芸十八般のひとつに挙げられる武芸として、手裏剣術の稽古を通して、武術的な「事」と「理」を学べるような体系を改めて編纂し整備したい。

 これが私の考える、翠月庵の目的である。
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09冬・北陸紀行 その3/(旅)
- 2009/01/19(Mon) -
3日目
旅程/京都~東京

 最終日。

 うまくもまずくもない、ビジネスホテルの洋朝食を食べに食堂に下りると、窓の外にはちらほら雪が。こりゃあ、今日も寒そうだな。

 8:30に宿を出て、地下鉄で「わ~るど・へりていじ」である、醍醐寺に向かう。

 しかし、なにしろ桜がテーマの特集なので、記事を書くために「現場を見る」ことが目的。よって取材ではなく、一般の参拝客として拝観料を払い(経費は編集部もち)、見学する。

 まずはお猿殿ゆかりの庭園が見ものの三宝院。「ふ~む、枯山水の庭園か、雅なものよのう・・・」と思ってはいけない。単に工事中で、庭園の池の水が抜かれているだけである(涙)。ま、想像力を葉たらかせてだ、妄想しながら見るのだ。しかし、国宝の唐門も工事中。

 いや、妄想、妄想。

 続いては、仁王門をくぐり、国宝の金堂や五重塔を見学。

五重塔
▲いわゆる、ひとつの五重塔。国宝である


 紅葉の名所である弁天堂の池も、冬枯れの早朝だけに、ひと気もなく閑散としている。それもまた一興か。

弁天堂
▲冬枯れの弁天堂。当然ながら、弁天さんを祀るから弁天堂である。そういえ
ば、アレスター・クローリーは、江ノ島の弁天さんに参拝したとかしないとか・・・。
まあ、ここには関係ないのだが、豆知識っつうことで(笑)


 境内をひと巡りした後は、地下鉄5分、徒歩20分かけて、山科の一角にあるステーキ・レストランへ。ネットのクチコミで編集者が探し出した店で、カウンターのみの小ぢんまりとした店である。しかし、今日もランチは予約で満席とのこと。

 掲載用にステーキを焼いてもらい、撮影。

 そして食う。

 もちろん美味なことは、言うまでもない。

 ぴりりと西洋ワサビの聞いた、国産牛のミディアムレア・ステーキを堪能して、ようやく2泊3日の取材旅行が終了。


 いや~、今回も、列車乗って、うまいもん食って、たくさん写真を撮った。

 さてさて、次回はどこまで行かされるのやら・・・。

 (了)


 ~余話~

 新幹線で東京に戻ればもう夕暮れ時。そのまま帰宅するのもなんとなく気持ちに区切りがつかないので、10年来の行きつけである地元の小料理屋Sに立ち寄る。

 この店は、私と同い年の店主がカウンターでさばく旬の魚介と、隔週替わりで出される全国各地の地酒が自慢の味処だ。

「大荷物ですねえ。取材帰り?」
「そうそう。いや~、今回はこの寒いなか長旅だったんだよね。で、今日のオススメの酒は?」
「市村さんなら、これがいいかねえ」

 そういって店主がカウンターに置いた一升瓶のラベルには「一本義」とある。

 旅の初日の晩に福井の郷土料理店で、仲居さんのおすすめで飲んだ地酒ではないか。


 こんな淡い偶然もまた、旅の楽しみだ。


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09冬・北陸紀行 その2/(旅)
- 2009/01/17(Sat) -
2日目
旅程/福井~長浜~京都(泊)

 朝飯は重要だ。

 これまで、「先週までマライヤ(キャリーさんね…)が2週間泊まっていましたよ」と広報担当者が自慢げに語るオーストラリアの離島にある超高級リゾートから、シリア砂漠にある1泊5円の民家の屋上まで、あるいは国内でも1泊2食付の離れでお一人様7万円の老舗旅館から、実は泊まったのが倒産前日だったという1泊朝食&幽霊付3000円の温泉民宿まで、さまざまな宿に泊まってきた。

 その上で思うのは、宿の真価は朝飯で決まるということである。

 どんなに慇懃な接客で夕飯が豪華で、客室の設えや風呂・スパ・温泉が良くても、朝飯がまずくて手抜きがみえみえの宿・ホテルは興ざめだ。まさに百年の恋も冷める瞬間である。

 一方で、ぼろくて安普請の宿でも、「あ、この朝飯は、安いなりに、材料が少ないなりに、厨房の人たちが一生懸命作ってくれたものなのだなあ」と分かるような宿に出会うと、まあ旅の空の人生も、すてたもんじゃあねえなあと、しみじみしてしまうものなのだ。

 そういう意味で、今回の福井の宿の朝飯は、満足できるものであった。

 和洋折衷の朝食バイキングというのは、最近のお手頃ホテルではよくある設定だが、出し巻き玉子にせよ漬物にせよ、あるいはハッシュド・ポテトにせよ、ひとつひとつの料理が、きちんと手作りされていることが分かるし、それがウリでもあるようだ。

 なにより感動したのは、この手の朝食バイキングの洋食では、イングリッシュ・スタイルの朝食を真似るものの、コストの関係でベーコンではなくハムを使うところが少なくない。しかし、カリカリの山盛りベーコンのないイングリッシュ・ブレックファストなど、ポルトープランスのお土産屋で売っている手裏剣みたいなもんである。要するにエセということだ。

 しかし、この宿では、ちゃんとホンモノのベーコンが山盛りであった。カリカリでないのが残念だが、ま、それは多としよう。


 朝飯に満足して、チェックアウト。早朝、宿を発ち、丸岡城へ向かう。

 朝のバスターミナルは、地元の学生でいっぱいだ。城へは10番乗り場から8:12発とのこと。ところが10分すぎても20分すぎてもバスが来ない。

 乗り場では、私のほか、小柄で年齢不詳でいささか貧しい身なりの女性、白杖を持った視覚障害者、そして20代半ばくらいのおそらく知的障害があるであろう青年の4人が、朝の通勤・通学ラッシュの人々から取り残されたような格好で、いつ来るとも知れないバスを待つ。

 こういうシチュエーションになると、見知らぬ者同士でもなにやら奇妙な連帯感が生まれるようで、「ったく、いつまでまたせんだよ。寒いだろが・・・」っという気持ちを共有しつつ、さらに待つこと15分。痺れを切らしてバス案内所の窓口で聞くと、「積雪の影響で・・・」とのこと。

 乗り場に戻ると、くだんの年齢不詳の女性が私を見て、困ったような顔をしながら「○×△□◎~・・・・」と言う。

 一瞬「なに?」といぶかったが、どうやら聴覚障害のある人のようだ。ニュアンスとしては「ほんとに、こまっちゃうのよね! まだしばらく、こないんでしょう?」というような感じのように思えた。

 取り残された我々4人の連帯感がさらに高まるなか、結局、丸岡城行きのバスは40分送れで乗り場に到着。私はいそいそと乗り込んだのだが、他の3人は同じ乗り場でもさらに別の路線らしく、まだ待つようだ。

 同志たちよ、すまぬが私は先に行くよ・・・。


 市街を抜けて40分ほど走ると、ようやく丸岡城に到着。しかしバスの遅れで、撮影時間は残り20分しかない。アイスバーンと化した階段を登り、柴田勝家の甥・勝豊が築いた丸岡城の天守閣へ。

丸岡城
▲国内に現存する最古の天守閣


 ちゃちゃっと、外観と天主閣からの展望を撮影。入口にある案内板によれば、この天主を築く際、どうにも石垣が崩れて工事が進まないため、人柱を埋めることになった。そこで近隣の貧しい眼の不自由な農婦のお静が、自分の子供を侍に取り立てることを条件に、人柱になった。ところがその後、城主の勝豊は居城を移したために、結局、お静の子供は侍にとりたててもらうことができず、以後、お静の幽霊がこの城の周りを彷徨うのだという。

 柴田め、哀れな寡婦との約束も守れんような奴だから、たいした武将にもなれんのだ、このヘタレめ!

 お静の伝説と、今朝、バス乗り場で一緒に待たされた人々の姿が重なり、いささかセンチメンタルな気分になるが、時間は非情だ。感傷に浸るまもなく、おっとり刀で福井駅に引き返す。ここからは、北陸本線で敦賀~近江塩津を経由して長浜に向かう。


 長浜駅に着いたのは13時。 駅前には猿と三成の邂逅の像が建つ。まあお猿殿には、伊豆のご先祖様である板部岡江雪斎が晩年、御伽衆として仕えた相手なので、一応は敬意を表しておこう。

 駅の東側は、黒壁スクエアと称して、昔ながらの町並みが保存されている。ここで名物の焼鯖寿司や鯖そうめんを撮影。そして食う。当然、美味である。

焼き鯖そーめん
▲湖北地方の郷土料理「焼鯖そうめん」


 さらに、黒壁スクエアの一角には、全国のオタクをうならせるフィギアのメッカ・海洋堂のミュージアムがあるのだが、今回は取材対象でなないのと、時間がないので、泣く泣く立ち寄ることを断念。

 駅方面に戻り、お猿が築いたという長浜城へ。まあ、復元天主だが、見栄えは良い。

長浜城
▲お猿が筑前守のころ作ったのが長浜城


 琵琶湖に出るとさすがにでかく、「こりゃあ海だね」としみじみ実感。冬枯れの水際に波が打ち寄せる風景は、何か凄愴としている・・・、と感傷に浸るも、さらに近づくと、汀はゴミだらけ。こりゃあ、地球も滅びるわな。

琵琶湖
▲琵琶湖は「ゴミの海」・・・


 リアル環境破壊に、センチメンタルな旅情が微塵に打ち砕かれたところで駅に戻り、一路、京都へ向かう。


 都に着いたのは16時過ぎ。

 祇園四条の鰻店で、鰻茶漬けを撮影(ここでは試食はできなかった。ま、京都だしな・・・)、本日の取材は終了。

 京都駅で、薙刀遣いの武友である水測員氏と合流。飲酒歓談。武術談義が盛り上がる。


 さて、最終日の明日は、京都市内で撮影だ。しかし、都は寒いのぅ・・・。

 (つづく)
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09冬・北陸紀行 その1/(旅)
- 2009/01/16(Fri) -
1日目
旅程/東京~越後湯沢~金沢~福井(泊)


 早朝6時半の上越新幹線で越後湯沢へ。

 毎度、おなじみの『青春18きっぷの旅』の取材である。毎年3回発売されるJRの「青春18きっぷ」は、日本全国のJR各社の路線が5日間乗り放題という特別切符。「青春~」という名称だが、もちろん購入や使用に年齢制限はない。ちょっと前までは、ビンボーな学生が長距離旅行をするための定番切符であったのが、最近では団塊の世代が、交通費を安くあげて、その分余った予算を食事や宿に当てるようなやり方で利用するパターンも増えてきた。

 この切符の発売に合わせ、毎年3回、某社から出版されるガイドブックの取材・撮影記者として依頼を受けるようになって、今回で3年目となる。

 一般的に、この手の旅行書籍の取材では、たとえば記事上で設定したコースが3泊4日である場合でも、実際の取材は、ピンポイントで必要なところだけで行い、1~2泊の行程で済ますことが多い。経費削減のためである。

 ところがこの本の編集部は最近では珍しくガッツがあるのか、「基本的に、すべてコース通りに取材してください!」っと胸を張る。たしかに、読者に対する誠意という意味では美しいのだが、こちらとしてはそれだけ取材に日数がかかり、手間も増える。時間当たりの利益率を計算すると、この道17年の私のギャラが、大学生のコンビニのバイトに毛が生えた程度になってしまうのは、いささか悲しい。なにしろ3日間、毎日12時間以上、移動・取材・撮影を一人で行い、ページ1万円ちょっとのギャラ(経費は別途)なのだ。

 6ページ書いて6万円として・・・。

 取材準備に4時間、取材(撮影も込み)3日で実働36時間。写真整理で4時間。原稿書きで3時間。校正で2時間。合計49時間。時給で1224円である(涙)。

 ちなみに、10年前は、この2~3倍の料金が一般的であった。

 まあ、トラベルライター&カメラマンなどといえばかっこいいかもしれないが、平成大不況下の実情は、著名な作家先生や写真家先生でもないかぎり、だいたい各社とも、こんなもんである。海外取材の場合でも、これにちょっと色がつくくらいだ。

 人生の選択、誤ったか・・・(笑)。


 上毛高原駅を越えると、車窓の風景は、突如として雪景色となる。

 越後湯沢からは、北陸本線の特急はくたか2号に乗り換え。当初、取材予定を組んだ業界2年目の新人編集者君のスケジュールでは、8:37湯沢着、乗り換え3分で出発という予定であった。

 あのねえ、新幹線と在来線の乗り換えはさ、ホームが離れているからリスキーなのだよ。おまけに、旅行者じゃなくて取材者のばやい、機材やらなにやらで、基本、重装備なわけだ。つまり、3分乗り換えっつう設定は、「旅のプロの仕事」じゃあないのだよねえ・・・。

 ということで、現場判断で東京発の新幹線を1本前倒しにしておいたので、乗り換え時間20分が確保できた。実際のところ3分では、乗り換えはできなかったと思われる。

 泣けるぜ・・・。

 はくたか2号に乗り換えて、一路、金沢へ向かう。雪は列車が進むごとに激しい降り。うつらうつらとしつつ、ときおり目覚めると、日本海の波打ち際の雪景色。

 この風景は、演歌だ!

 11時前に金沢に到着。加賀はこれで4回目である。もっとも、これまでは3回とも、学会や金沢大学でのお固い医学関連インタビューであり、旅の仕事では初めてだ。

 まずは周遊バスで兼六園へ。名物の雪つりが、一面の雪景色によく映える。

兼六園
▲天下の名園・兼六園


 絶好の被写体・・・といいたいところだが、今回の本は3月発売。しかも「桜を探す北陸~京の旅」というテーマなのである。ほとんど「いってきました!」というアリバイ作りみたいな仕事だね、こりゃあ。

 兼六園に隣接する金沢城は、数年前に、個人的にたっぷり見たので、今回は時間の関係もあり内部の見学は省略。雪の積もる櫓が美しい。ま、復元なんだが。

金沢城
▲お壕も凍る金沢城


 ここから金沢の台所・近江町市場まで歩く。市場は三連休明けの平日の昼だけに、いささか閑散としている。カニはだいたい、1箱5000円からが相場のようだ。

近江町市場
▲加賀のカニ。10年ほど前、加賀・山代温泉の老舗旅館で7日間、毎日3食、悲しくなるまでカニ料理を食わされて以来、嫌いではないがありがたいとも思わなくなった・・・

 市場の一角にある味処で、2900円の海鮮丼を撮影。その後、食べる。撮影用&記事執筆のためなので、タダである。まあ、これが低賃金旅行記者の、数少ない役得でもあるわけだ。旬の寒ブリ、トロ、カニ、エビ、などなどが、これでもかとてんこ盛の海鮮丼。

 当然ながら・・・うまい!

 満腹になったところで、腹ごなしに金沢駅まで雪を踏み踏み歩く。


 ここから再び北陸本線に乗り、越前・福井へ向かう。

 金沢と違い、福井は初めて訪れる土地だ。これで、日本国内で旅したことのない都道府県は、宮崎と大分、徳島と山口の4県になった。ちなみに、地球上で自分の足で踏んでいない大陸は、南米大陸とアフリカ大陸と南極である。北極圏は18年ほど前に行ったが、あそこは海で陸地じゃあないしな。

 福井といえば・・・、永平寺? それ以外は、よく知らない。まあ、トラベルライターといっても、こんなもんである。福井県の皆さん、ごめんなさい。

 福井駅に着けば、もう18時。足羽川沿いの宿で旅装を解く。通常はこのようにチェックインした後も撮影があることが多いが、今回は写真は借りてすますので、記事の執筆用に泊まるだけ。

 楽である。

 川を眺める大浴場にのんびりつかり、郷土料理店で、ひとり杯を傾ける。

 仲居さんのおすすめ、一本義という地酒をぬる燗で。これはなかなかいける! 肴は渋く、塩ウニとブリ。イザベラ・バードの『朝鮮紀行』を読みながら、杯を重ねてゆく。バード女史は朝鮮の金剛山の風光明媚さを絶賛しているが、これは私も賛同できる。「38度線を越えて、金剛山に登ったのは、もう4~5年前か・・・」などと感傷にひたりつつ、〆は越前そばと最近のご当地グルメだというソースカツ丼で。

 ほどよい酔い心地で、越前の夜が更けていく・・・・。

 (つづく)
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盗作、著作権と商標登録~品位なき時代の処世の法/(時評)
- 2009/01/10(Sat) -
 一時、廃墟写真というのがはやったが、これの第一人者であるカメラマンが、やはり著名なプロカメラマンを著作権侵害、まあようするに盗作として訴えたとか。

 本業は記者だが、カメラマンが同行できない取材では撮影も行う私としては、いささか他人事ではない。

 ただ、報道を見ていて、「これは難しいなあ」と思ったのは、たとえば風景とか構造物とかの場合、どうしてもベストカットの構図というのは、その場の環境(ヒキや立ち位置など)で、似てしまうのだよね。また、訴えられたカメラマンが主張している、「構図に著作権が発生するか? だとすれば、それは自由な表現活動への自殺行為である」という主張ももっともなのである。まあ、訴えたカメラマンの主張も、痛いほどよく分かるのだが。

 畢竟、なんらかのリスペクトなき表現、完全無欠な独創性などというものが、果たしてこの地球上で人間が行う表現活動に存在するのか? という、芸術論になってしまうテーマなのだ。


 同様の問題は、我々、武術・武道人の世界にも広く見られる。

 たとえば、「回し蹴りという『技』に、著作権(独占的な使用権)があるのか?」。

 古来、日本の空手道では、膝をいったんたたまずに伸ばしたまま、脚の付け根の部分を支点に弓なりの軌道で蹴り込む中国武術的な「三日月蹴り」というものはあったが、現在見られるような、いわゆる回し蹴りという技はなかった。これに、松涛館流の富名腰義豪師範が工夫を加え編み出したのが、伝統派空手の各流で現在行われている、回し蹴りであるという。

 さらに、現在もっとも一般的な、背足や脛を使った回し蹴りは、フルコンタクト空手が、ムエタイなどとの交流から導入し、広く、空手界全体に広がったものだと言われている。

 一方で、こうした公的史実の影では、おそらく何人かの空手家・武術人が、独自に、あるいは無意識的に、その当時、あるいはそれ以前から、現代的な回し蹴りを使っていた、あるいは創出していたことも十分考えられるわけだ。

 もっと雑っかけな話題で言えば、たとえば故力道山の空手チョップ。「この技を教えたのは、わが流儀である」と主張するのは、空手の流儀以外にもいくつもあり、それぞれが「我こそが・・・」という。実際のところ、力道山氏はさまざまな流儀との交流から、空手チョップという技の神話・ストーリーを作っていったのだろう。そういう意味では、どの流儀の主張もあながち間違いではないとも言えるのである。

 いずれにしても、こうした体の動きとしての「技」に、著作権や商標登録がされたという話は、私は聞いたことがない(そういう情報があれば、ぜひ教えていただきたい)。

 これは、回し蹴りだけではなく、タックルにしても、マウントポジションにしても、ニー・オンザ・ベリーにしても、小手返しにしても、四方投げにしても、腰投げにしても、しころ返しにしても、切り落としにしても、合撃にしても、初発刀にしても、すべて同様だ。

 個人的には、こうした「動き」や「技」が、個人なり集団なりに独占されるようなことがあれば、ジャーナリストとしてというよりも、市井のいち武術・武道人として、全力で反対したいと思う。

 一方で、まねる側、学ぶ側、参考にする側、リスペクトする側は、必ず、「これは●●流の××を参考にしたもの」と、なんらかの形で記録・表明するのが道理であり仁義である。

 それをしないで、やたら盗用、剽窃する。そして、その出典元、原型を表明・説明せずにいるのが常態化しているものだから、ついには流儀名の商標登録などという、上泉伊勢守が聞いたら草葉の陰で涙しそうな、情けない話になってしまうわけだ。

 これは理想論だけれども、本来、武術・武道という世界では、悪貨が良貨を駆逐するようなことはあってならない。あるとすれば、その責任は斯界の武術・武道人自身にあるはずである。しかし現実的には、悪貨がはびこっているだけに、先人から受け継いだ流儀の名やその体系を「守るために」、法的に独占するという、現在の、そして未来の武術・武道人にとって、結果的には不幸となるような行動を、とらざるをえない状況になっているわけだ。

 ようするに、武術・武道界には、自浄効果がない! ということの状況証拠だともいえる。


 さて、そうなると、当初は流儀を守るための純粋な行為であった「著作権の主張」や「商標登録」が、利己心から流儀を独占するための方便に使われ始めることになる。登録したもん勝ちというわけだ。そうなると、ニセモノが登録をして法的権利を有し、本家本元のホンモノが、自分たちが代々受け継いだ名前なり技なりが使えなくなるなどということも・・・・、あるかもしれない。

 ちなみに多くの人が誤解しているようだが、商標登録というのは、その使用の独占権を法的に付与するものではない。ある人(団体)が商標登録をしたとしても、それ以前、相等期間にわたり同様の名称などを使用してきたものについては、その使用が法的に認められるものなのである。くわしくは、ググるとよい。

 いずれにしても、武術・武道に関しては、善意にせよ悪意にせよ、商標登録をしなければならないような世の中というのはとても不幸なものであるし、ましてや「技」を巡って著作権が問われるような世の中にもしなったとしたら、武の先人たちは涙に咽ぶであろう。だからこそ、「出典・出自・源流は明確にしろ! リスペクトしたなら、それを明記しろ!」という原則を、守ることが重要なのである。


 ところで、「市村の所は、無冥流のマネをしているだけではないか」などという、外野からの誹謗中傷が時折、耳に入ってくる。まず第一に、「文句があったら論理的に非難してみたまえ」と指摘した上でだ・・・。

 戸山流抜刀術の型を参考に制定した当会の手裏剣術運用型Ⅰはもちろん、古流の刀法併用手裏剣術にせよ、古流剣術の二刀遣いの型にせよ、当会では、検証・考証する技はもちろん、自分たちの稽古体系に導入する技や稽古法等については、その出典・原典を常になんらかの形で公表し明確にしている。その上で、これらの検証・考証という行為、そしてその成果を取り込んだ「一連の教習行為」として体系化した翠月庵の技術教習体系は、独自、オリジナルのものである。

 打剣の中心となる理論が無冥流の重心理論であるからといって、イコール、当会の稽古体系と技が、「他流をまねているだけ」というのは、あまりに浅はかな誹謗中傷である。そうなるとすれば、たとえば剣術を例にとれば、新陰流も駒川改心流も、体捨流も、直心影流も、すべて同じということになってしまうだろう。

 当会の打剣、否、わたしの打剣は、無冥流だけではなく、根岸流も明府真影流も、心月流も知新流も、多くの伝統的あるいは現代的な手裏剣術を参考にしている(もちろん、まったく参考にしていない流儀もある)。さらに言えば、その体動や武術的体系作りにおいては、伝統派空手道も、神道流系の剣術も、陰流系の剣術も、林崎系の居合も、大東流系の柔術も参考にしている。

 では、当会は、根岸流の、明府真影流の、心月流の、知新流の、伝統派空手道の、神道流系の剣術の、陰流系の剣術の、林崎系の居合の、大東流系の柔術の…あ~、めんどくせえ(笑)…、「マネをしているだけ」なのか?

 こういう道理を、よく考えてみると良いだろう。

 
 とまあ、そういうわけで、品位なき時代の処世は、出版界も武術・武道界もたいへんだというお話。

 お後がよろしいようで・・・。  
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高麗青磁 雲鶴象嵌の瓶子を買ってみた/(数寄)
- 2009/01/07(Wed) -
 これまで武術ネタ中心だったこのブログだが、今後は、ジャンルの制限を取っ払って数寄や医療介護ネタも書くので、「~/(手裏剣術)」とか「~/(医療・福祉)」など、タイトルでもカテゴリー表記をすることにしてみたが、いかが?


 で、今日コレが届いた。

梅壺1
▲高麗青磁 雲鶴象嵌 瓶子


 瓶子(へいし)というのは、お神酒を入れる大型のとっくりである。上の写真、瓶子の右に置いてあるのは、大きさの比較のための1円玉である。しかし、よく分からんだろうから、コーヒーカップと比較すると、以下のようになる。

壺4
▲本来の用途は、大型の徳利。しかし、一人でこんなに飲んだら、頓死確実…


 正直いって、でかすぎる・・・。私の寝室は、ただでさえ本とベッドと着物ケースで狭いというのに、この瓶子は、あまりにでかい。というか、いったいこれをどこに飾るのだ?

 今のところ、置き場がないので、畳の上に鎮座中である。

 この瓶子は韓国は公州市、かつての百済の都である熊津の窯で作られたものである。雲鶴の象嵌、締腰型と称される上部が丸く張り中ほどから下部にかけてすぼまって再び広がる造形、さらに口縁が段をつけて立ち上がる盤口形の口部など、いずれも典型的な高麗青磁の意匠である。

壺2
▲細かな貫入と象嵌、盤口形の口部


 現在、製造されている陶器であり骨董というわけではないが、実物を目にし、直接ふれ、愛でることで、高麗青磁の伝統とその魅力を直接感じることができる。おまけに、ネットオークションで落札したものなので、価格も手裏剣1本くらいの値段と格安。エセ数寄者の手慰みには、ちょうど良い。

 しかし、どうにもこうにもでかい、でかすぎる・・・。

 
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人はなぜエセ武芸に騙されるのか
- 2009/01/06(Tue) -
 指一本で触れただけで、相手が吹っ飛んでいく! 数珠繋ぎになった相手が、次々と倒れて動けなくなる! 触れずに離れた場所の相手を、ばったばったと投げ飛ばしていく! 距離15間で手裏剣が標的を貫通する!!!!!

 ・・・。 

 まあ、インチキ系の見世物武芸でよくあるパフォーマンスの数々。youtubeなどに、こうした「旦那芸」の動画は山ほどあるわけだが、今も昔も、武術・武道には、こうしたヤラセやトリックというものは、つきものである。

 そういう意味で、先日、無冥流の鈴木崩残氏が、12間距離から手裏剣でスプレー缶を射抜く! という超絶技・・・の「トリック」を、タネあかしも含めて披露されていたのは、非常に楽しく拝見した。

デモンストレーション
http://jp.youtube.com/watch?v=Hl0WDehMPro&sdig=1

タネあかし
http://jp.youtube.com/watch?v=HgWfVv1GwNM&sdig=1

 はじめ、私は上記の動画を、前後の順番や並び順の意図など顧慮せずにアットランダムに見ていたので、なおさら素直に「12間! なんと!」と、たまげてしまった。さらに、上記動画の前に、女性がやはり10間くらいの距離で缶を打つ動画があるのだが、これも「す、すげ~!」と、まじめに感動してしまったのである。

 いやはや、トリックとは恐ろしいものだ(笑)。

 
 私も未熟ながら手裏剣術の普及・啓発、あるいは自己の稽古記録の一貫としてyoutubeなどに動画をアップしているけれど、映像やデモンストレーションというのは、たいへん難しい問題をはらんでいるものである。

 まず前提として、特に手裏剣術やナイフ・スローイングの場合、「刺さってナンボ」という大命題があるので、だれでも簡単に動画撮影ができるようにった現在では、他の武術・武道以上に、動画での記録とその発表というのは大きな意味を持つ。

 直打で10間通すと「クチで言うだけ」なら、小学生のオトモダチでも出来るわけだ。

 だからこそ、手裏剣系の動画では、

1 術者と的までが、ワンフレームで映っていること
2 打剣から刺中している的の様子の確認映像まで、カットなし、編集なしで撮影されていること
3 術者の全身がすべて映っていること

 以上の3点が、撮影の際の基本となる。もちろん、部分的な解説映像などでは、この限りではないのは言うまでもない。さらにできれば、距離についてはメジャーなどを引いて目印を設置しておき、目に見える形で距離を示すことが出来れば、なお良い。

 こうした配慮をせずに、10間直打とか、標的を貫通とか、時速360km/hで飛ぶとか、朝鮮のニンジャとか、電話で気を入れるとか、精妙な身体操作とか(なんだか違う方向か?)、ああだこうだと言われても、「ふ~ん、で?」、としか言いようがないわけである。

 しかも上記の1~3の条件をクリアしても、先述の崩残氏の解説映像のように、騙す気になればトリックはいかようにもなるところが、「映像」や「演武」の恐ろしいところだ。そういう意味では、むしろ証拠映像や実演ほど怪しいものはない、ともいえるのである。

 一方で、武術・武道人というのは、基本的にイノセントな人種なので、デフォルトで「演武や試技には、やらせはなし」と、頭から思い込んでいる風潮がある。基本的に善人というか、単純というか、まあそういう人が少なくない(笑)。

 だからこそ、超絶的な技の(トリック)映像、あるいは実技でも暗示的、感応的な「旦那芸」に自分自身が一度ひっかかると、とたんに信者化、そしてカルト化してしまう傾向があるわけだ。

 こうした点からも、武術・武道人には、もっと科学的、懐疑主義的な視点や手法が必要であるし、普段の稽古、生活から、こうした「科学的なアプローチ」を心がける必要があろう※。まあ、「脳みそまで筋肉」なのが多い世界なので、難しいだろうけども・・・。

 さもないと、10年15年師事した後で、「結局、私の師匠はインチキでした」などということになり、人生の貴重な時間を無駄にすることになりかねないし、すでにそういう人が山ほどいるのが、この武術・武道という世界なのである。

 いつの世もトリックは、「見て、驚いて、楽しめる」、娯楽であってほしいものだ。


※参考:科学的アプローチのための"トンデモ話検出キット”

・裏づけを取れ
・議論のまな板に載せろ
・権威主義に陥るな
・仮説は複数立てろ
・身びいきをするな
・定量化しろ
・弱点をたたき出せ
・オッカムのかみそり
・反証可能性

(『人はなぜエセ科学に騙されるのか』カール・セーガン著/新潮社より)

  
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2009年 新春放談
- 2009/01/02(Fri) -
 日本全国、お屠蘇気分まっさかりだろうかと思うのだが、なにしろ私は2日から全力で力一杯仕事なので、お正月気分も今晩までである・・・(涙)。まあ、この世界大不況の折、新年早々の寒空のなか仕事があるだけでもありがたいと思わねばなるまい。

 というわけで、今日はたっぷりお屠蘇もいただいたことであるし(今もいただいている最中であるが・・・)、年頭の所信表明もかねた、初春の放談を一席・・・。


■手裏剣術

 昨年は、実にたくさんの「達成目標」をつらつらとブログなどに書き連ねたわけだが、過ぎ去った目標など出しそびれたラブレターみたいなもので、今となっては読み返すのも気恥ずかしい。

 とはいえ、昨年はそれまで苦手であった、超軽量~軽量剣の三間直打のレベルアップについては、まずまずの成果が上がった。また刀法併用手裏剣術あるいは”二刀遣いとしての刀法併用手裏剣術”に関しては、実技検証や練度のアップにはそれなりの成果があった。

 ただし、それらの成果について論文としてまとめるという作業が滞ってしまったのは、多いに反省している。ことに、古流の二刀流剣術における脇差を手裏剣に打つ型の実地検証とそれにともなう考察は、これまで日本の武術・武道界でも誰も取り組んでいないテーマであろうし、早急にレポートをまとめなければと思っている。

 また、「運用型Ⅰ」の制定と実施、「剣術教習のための手裏剣術・正面斬り」の練成体系の整備についても、従来、単純な的打ち稽古しかなかった手裏剣術の稽古体系に、ひとつの武術的上達論に基づいた、上位階梯への道筋をつけることができたのではないかと自負している。

 一方で、長距離打剣や左手打剣、そして打剣の精度の問題については、十分な練成ができなかったこともまた事実である。

 そういう意味で、今年は、まず「精度の向上」、「七間直打」、「左手打剣の基礎」、以上の3点を手裏剣術練成の目的に掲げたいと思う。


■武術・武道

 昨年、武術・武道関連の出来事として印象深かったのは、中学校における選択授業のひとつとしての武道授業の必修化の決定、そして海上自衛隊の特殊部隊における「稽古」を称した傷害致死事件であった。

 武道授業の必修化については、旧ブログでも指摘しておいた記憶があるが、大きな流れとしては人格陶冶を最終目的とする日本の「武道」を愛するものとして喜ばしいことだが、一方で、それをきちんと指導できる者が、学校教育の現場でどれほどいるのか? という非常に大きな問題点があり、これについては結局、有効な解決策が示されていないまま、新年度を迎えようとしている。

 そもそも、プロフェッショナルな職業武術・武道家でも、「技は指導できても、武道の徳と理の指導ができない」者が少なくないのに、1~2日の講習程度しかうけていない一般の体育教師に、はたして「武の徳と理」が、教育できるのか? はなはだ疑問である。

 一方で、海自の「しごき死」事件は、なんとなくうやむやになってしまったようだけれど、徒手格闘の稽古で死亡とは、戦争のプロたる部隊員とその教官や助教たち、なんともお粗末なものである。なにより自衛隊内の徒格の指導と危機管理のレベルが、これほどお粗末であったというのは、国防を付託している国民としてたいへん残念だ。

 貴重な兵士を杜撰な訓練で死なすような指揮官は、とっとと退官すべきであろう。軍人として失格である。

 ところでこの事件、報道では、被害者の直接的な死因は硬膜外出血だったとされていた。そして医療が専門の記者としての立場から指摘すれば、外部的な要因から硬膜外出血が多発するケースに、乳幼児に対する「ゆさぶり症候群」というものがある。これは虐待などで、大人が子供の両肩に手をかけ、上体を激しくゆさぶるようにして「折檻」することによって、脳と頭蓋骨を隔てる膜のひとつである硬膜の外で出血を呈し深刻な脳の機能障害が起こるというものである。

 さて、ここで、空手道や剣道などの経験者の皆さんにはぜひ思い出してもらいたい。合宿などでの、しごき的な稽古である。先輩相手のいつ終わるともしれない、えんえんと続く掛かり稽古。ふらふらになって下半身に力が入らなくなっても、転んでは起こされ、倒れては引き立てられる。次第に意識は朦朧としながらも、立ち止まってはどやされるので、とにかく気を失うか完全に気力が折れるまで、とにかく休むことなく掛かり続けなければならない・・・。

 こうした状態で馬鹿な先輩が加減もできず、下位者の顔面や頭部を突きで思い切り打ち抜くなり、蹴るなり、短棒なり木剣なり竹刀なりで突いたり打つなりしたらどうなるか? 

 頚骨の基部を支点に、頭部に急激かつ連続的な負荷が加えられる。状況としては、まさに、幼児の「ゆさぶり症候群」と同じ状態ではないか・・・・。

 とまあ、こんな「妄想」もできるわけだ。

 いずれにしても、「はなむけのための稽古」などという戯言を信じる者は、少なくともまともな武術・武道関係者にはいないだろう。

 なお誤解のないように申し添えておけば、私はいわゆる「しごき」を全否定するつもりはない。まともな指導者が、適切な状況のなかで、それを必要とし、なおかつそれに耐えうる稽古者に、時をみあやまらずに実施すれば、ある種の「しごき」的な稽古は、急激な技術的・精神的上達をもたらすというのは、きちんとした稽古を積んできた武術・武道人なら、だれでも実感していることだろう。

 しかし、それはあくまでも「適切に行われたら」、という前提の上である。

 必ず数年おきに、武術・武道界では「しごき」と称した傷害致死や殺人が発生する。

 こうした問題点を、本来的に抱えているのが、武術・武道という行為であるということを、斯界に携わるものは日々、思い返し、十分な対応をしておく必要があるだろう。

 なおここで言う「対応」とは、法的責任を逃れるために行う、証拠隠滅的な行為ではない! ということは言うまでもない。


 あとはまあ、インチキ系や宗家病の人たちは・・・、湧いては消え湧いては消えなんだろうから、もう言うべき言葉もないか。

 昨年の出来事として特筆するとすれば、高名な古流空手家のU氏とその周辺。話は聞いていたが、ついに一般向けの週刊誌で叩かれるほど、「怪しい武道屋」に成り下がってしまったのは、同氏の初期の著作に感銘を受けていた者としては、とても残念である・・・。

 結局、閉鎖的な集団の中での過剰な個人崇拝は、カルト化を進行させてしまうものなのだ。


■医療・福祉

 私の本業は、医療・福祉と旅行の2ジャンルをメインとしたフリーの記者兼編集者である。 そんなわけで、医療・福祉分野でも、一言放談しておこう。

 医療・福祉関連の問題は、日々、新聞やニュースなどで飛び交っているが、今年のトピックとして注目しておきたいのは、市民病院をはじめとした公立病院の閉鎖や民間委託が、全国でさらに加速するであろうということである。関東圏の人はご存知であろうが、千葉県の銚子市が市営の病院を閉鎖して、それを決定した市長に対する市民からのリコールが行われている。

 選挙公約で病院存続を訴えて当選しながら、病院閉鎖を決定したという市長の政治姿勢は多いに疑問だが、一方で銚子市民は、市長を変えれば簡単に市営の病院が再開されると考えているのだろうか? だとしたら、地域での病院再開への道のりは遠い。そもそも、全国各地の公立病院、ことに自治体病院は杜撰な経営体質のところが少なくないことから、その多くが経営難に陥っている。総務省や全国自治体病院協議会の発表では、平成19年4月1日まで、全国約1000の自治体病院のうち、6件が閉院、17件が民間移譲、43件が民間に運営委託しているのだ。

 つまり、公立病院の閉鎖=地域医療の崩壊という問題は、なにも銚子市だけのものではないのである。

 杜撰な経営による利益率の低さと、制度的欠陥による医師・看護師不足が、こうした自治体病院破綻の大きな要因であり、これらの問題を解決しなければ、結局は、一時的に病院を再開しても再閉鎖となるだろう。あるいはいまだ診療を続けている病院も、同様にこれらの課題をクリアしなければ、閉鎖や移譲、それによる診療科目などの縮小は、今年も全国各地で続発すると思われる。

 これを防ぐためには、利用者である患者・地域住民も含めた「痛みのともなう地域の医療改革」が必要になる。そして地域の医療問題を「てめえ事」として受け止め、しかもこうした問題に関心の高い老人や妊婦だけでなく、すべての世代の地域住民がその問題を理解できるか、できないか? さらに問題解決にともなう改革の「痛み」を、行政と医療・福祉事業者そして市民の三者が共有できるか? これが地域の医療資源存続や医療崩壊防止の大きなカギである。

 こうした切羽詰った取り組みの実情については、北海道夕張市で現在進められている地域医療改革の行方に着目すると良いだろう。


 また低所得個人事業者(笑)としての立場からみると、2001年から日本の医療と社会福祉制度をずたずたに破壊してきた悪の結社・経済財政諮問会議が提唱してきた、社会保障費の毎年2200億円ずつの削減が、ようやく来年度から見直されそうなことは、市民にとっても医療・福祉関係者にとっても朗報だ。

 ことに、医師不足、看護師不足、ヘルパー不足などといった、医療・介護業界における人材不足への対処と、低所得者や失業者に対する生活保護などのセーフティネットに、こうした予算を十分に手当てしてもらいたいものである。

 しかし、医療・福祉制度改革の大きな流れ(在宅医療の推進、高齢者医療費の抑制)は、変わることなく進められていくだろうし、進められねばならない。そこでは、患者・利用者たる市民の側にも、きちんとしたリテラシーが求められる時代であることは、忘れてはならないだろう。


■数寄

 元日から気合のはいった話ばかりするのは、われながらなかなか疲れるものだ・・・。ということで、道楽の話を少々。

 貧乏人なりの雑器集めが道楽である、という話は以前にも書いた。

 一昨年は漆器、昨年は青磁がマイブームだったのだが、青磁については今も熱病が続いている。年末は折りよく、渋谷の戸栗美術館で青磁の企画展が開催されており、北宋や元の時代の青磁の逸品を、とっくりと鑑賞できたのはたいへん貴重な体験であった。

 一言で青磁といっても、砧青磁に代表される深いブルーから、越州窯系のオリーブグリーンなど、実はその色合いはさまざまである。当然、こうしたものはいずれも「名物」クラスの逸品なのだが、私が購入できるような雑器級の青磁でも、同様にさまざまな色合いのものがある。

 ことに最近のお気に入りは、高麗青磁・・・の写しである(笑)。

 高麗青磁の特徴といえば、まずは象嵌である。さらにこれに、細かな貫入が入り、上品さを増す。色合いとしては、砧青磁に見られる青空のような深いブルーではなく、しかし越州窯的なオリーブグリーンでもない。やや灰色みがかかったくすんだ青とでもいえようか。この微妙な色合いと、素朴な象嵌の意匠がなんとも調和するのである。

DSC_1098.jpg
▲「雲鶴」の象嵌と細かい貫入、そして灰色がかった青が目を引く


 またその造形も、水差しにせよ瓶子にせよ、なんとも女性的かつ貴族的なのだ。ふっくらとした曲線が雅さを感じさせてたいへん優雅であり、また漂う大陸的なオリエンタリズムも好ましい。

 そこでさっそく、年末に高麗青磁の水差しを1つ購入してみた。

DSC_1097.jpg
▲高麗青磁 雲鶴紋象嵌水注


 しかし残念なことに、受け取ったところ、運送事故で首の部分が破損していた。販売者は返金するので品物を戻して欲しいと申し出てくれたが、なにしろオークションで格安で購入したこと(新品の約10分の1の価格)、年末のばたばたで返送するのが面倒だったこと、折れた首の部分は瞬間接着剤でくっつけられたこと(金繕いとかはできない・・・)などから、そのまま購入することとした。

 さらに、年末のバーゲン価格で、高麗青磁の梅壺が出品されていたので、昨夜、お屠蘇の勢いに任せて落札してしまった・・・(爆)。

 これらはいずれも、現代の韓国の窯で製作されたものであるが、いずれも高麗青磁の伝統を今に伝えるものであり、市井のエセ数寄者としては、十分に満足できる品である。


 なお余談だが、こうした立派で独自な自国の伝統文化があるにも関わらず、一方でさかんに日本文化の剽窃を繰り返すのは、韓国や朝鮮にとって、けして国益にはならないと思うのだが、なんとも困った問題である・・・。


■おわりに

 以上、長々と筆ならぬキーボードのおもむくままにつづってきたわけだが、そろそろよい頃合である。

 なおこのブログについて、一部、「更新が遅い」とのうれしいお叱りがあるのだが、なにしろそんなに毎日、武術・武道について書くネタがあるわけではなし。さりとて仕事の愚痴を書くのも何だが、今年はもう少し更新頻度を上げていきたいなと思っている。

 それにともない、武術・武道以外の、医療・福祉や旅の話、身辺雑記などが増えるのは、どうかご容赦いただきたい。

 まあ、とかなんとかしゃちほこばるほど、読者がいる人気ブログでもない。たぶん、ほとんど顔見知りのはずだ(笑)。いずれにしても、今年は兼好法師よろしく気ままに、「心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつく」っていこうかと思う。

(了)
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謹賀新年
- 2009/01/01(Thu) -
新年、明けましておめでとうございます。

旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚くお礼申し上げます。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

2009年元旦

翠月庵主 市村翠雨
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