好戦的な平和主義者とケンカ自慢の武術・武道人(改訂版)/(時評)
- 2009/03/31(Tue) -
 北鮮の長距離弾道ミサイルの話題が、なにげに皆さん気になっているようですな。

 たよりのアメちゃんに、「俺んちに落ちてこないなら知んないよ~」と言われたのが相当ショックだったのだろうかね?

 しかし、笑っちゃうのは、本気でMD(Missile Defense:ミサイル防衛)なんていうものが機能するとか思っているのかね、日本人は?

 さらに言えば、そもそも今から数十年以上も前から、大陸の人民解放軍は長距離弾道ミサイルと、それに搭載可能な核兵器を大量に持ち、それらを東京その他の日本各地の主要都市と在日米軍基地を標的としてスタンバイしているというのは、国際社会の常識である。

 つまり、いまさら北鮮あたりがWWⅡ当時の原始的な原爆も搭載できるかできないか分からんような、ちゃらい弾道ミサイルをおためし気分で飛ばしたからとて、騒ぐにあたらないわけです。日本という国の核攻撃に対する弱さはもちろん、特定アジア諸国の核兵器による脅威は、別に昨日今日、始まった問題ではないのだから。

 そもそもテポドン以前に、日本の大部分が射程に入る中距離弾道ミサイルのノドン(150~200基)は、とっくの昔に実戦配備されているんだしさ。これらでミサイル飽和攻撃されたら、MDで迎撃しようもないでしょうに・・・。

 こうした点について、なんで政治家や防衛官僚、あまたの軍事評論家が指摘しないのか? 

 まあ、利権・予算・日々の生業など、大人の事情というやつですな。

 今の日本に必要なのは、飛んでくる手裏剣を手裏剣で打ち落とそうとするようなMDなんかではなく、十分に掩蔽されダイレクトヒット以外であれば高い生存性を持ち、放射能に周辺が汚染された後もしばらくの間は避難した地域の人々が、安全かつ健康な生活を送ることのできる抵たん性を持つ、シェルターなどの地下施設を全国に整備することである、というのは兵頭流軍学を志す者にとっては「いろはのい」である。

 国民保護のための大規模な対NBC兵器用のシェルター建設は、スイスでもスウェーデンでもやっている、しごく当たり前のことである。たぶん、最終的なコストも、MDよりはるかに少なくて済むだろうし、なにより防御目的のみの、究極の専守防衛政策である。

 これに文句をつけてくるような国(たとえば中共とか北鮮)があれば、その国こそまさに侵略国家であろう。

                      ※   ※   ※   ※

 さて、それにつけても、てめえの頭でまともに考える習慣のない人々は、右も左も(そもそもこうした思想的色分け自体が、いまさらたいへん陳腐なのだが…)、今回のような事態に直面すると、その本性がひょいと顔をのぞかせるものだ。過剰なナショナリズムに走る者がいるかと思えば、幻想的な脳内平和主義を声高に唱える者もいる。

 ここで興味深いのが、一般的に平和主義、非戦・反戦主義と言われるような人たちの、意外な好戦性である。

 戦争に反対で世界平和を愛好する人々が、なぜか自衛官や警察官、あるいは公務員などに対しては、妙にいけだかだったり、差別的であったりする。それどころか反戦アピールのデモなどで、警官相手に大暴れしている平和主義者の皆さんは、どうみても「嬉々としてデモでの小競り合いや荒事を楽しんでいる」ようにしか見えないのは私だけだろうか?  国際問題のシンポジウムなどで、声を荒げて相手を威圧するように持論を展開する反戦論者・平和主義者も少なくない。

 また、これはあくまで私の経験知の範囲なんだけれども、こうした人々の中に、三十路、四十路を越えてまでも、ちょっと酒でも入ろうものなら、ケンカ自慢の武勇伝を得意気に語るような者がいるわけだ・・・。

 基本的に30才や40才にもなって、日常生活で暴力をふるっている時点で、社会不適合者である。

 しかもその御仁が武術・武道関係であったりすると・・・、もう目も当てられません。

                      ※   ※   ※   ※

 市村思うに、本来、「暴力」という行為それ自体には、善も悪もない。

 近代法治国家である日本国の刑法でも、人が生まれながらに持つ自然権の一部として、急迫不正の侵害に対する「正当防衛」や、自身が生存するためにやむをえない場合の「緊急避難」が認められている。

 ありていに言えば、突如、襲い掛かってくる武装した強盗犯には”適切な範囲の暴力”で反撃してかまわないし、太平洋のど真ん中で一人乗りの救命ボートを自分と誰かが奪い合う状況では、相手を海に叩き落す(結果として、相手を殺害することになる蓋然性が高い)ことも認められているわけだ。

 しかし、こうした自然権としての暴力も、それを明確かつ客観的に規定し、しかもそれを共同体内の人々が共通の理解として認知していなければ、それは時に恣意的な暴力の乱用につながってしまう…、というのは人類500万年の歴史で、われわれ「パンツをはいたサル」(R栗本慎一郎)は十分、学んできたはずだ。

 なかでも日本人は、その教訓をほんの60年ほど前までの旧軍の暴走(ちなみに暴走したのは、なにも陸軍だけではない。アメリカとやる気まんまんだったのはむしろ海軍の方であるし、マスコミや一般市民の多くも、極めて好戦的であったのが事実である)で、改めて学んだわけだ。

 300万人の命の犠牲を代償に・・・。

 ゆえに、こうした歴史の教訓によって改めて、強大すぎず、しかし弱小すぎもしない適切な、しかも文民によって確実に統制された武力=防衛力=軍事力を保持すること。さらにこれに加えて、戦前の5.15事件や2.26事件、大陸での事変などに見られた軍部の暴走に対する抑止力として、”第4の軍隊”とも呼ばれる警察軍(フランスにおけるGendarmerieなど)の創設こそが、敵にも我にも、ひいては世界全体の平和にも有益であることを学んだはずなのだが…。

 残念ながらこの国の人々は、「汚れ仕事はアメちゃんに任せて、おれらは平和に飲んで食って遊ぼうヤ」という、ヘタレた「エセ近代市民」になってしまったというわけだ。

 21世紀の世界で、ことに台湾やフィリピン、ベトナムやマレーシア、インドネシアやパキスタンなど多くのアジアの国々に深刻な脅威を与えている中共や北鮮の軍拡は、この地域の平和維持に60年以上に渡ってなんら貢献してこなかった、日本の責任であるといっても過言ではない

 こうした歴史的誤謬の要因は、戦争や平和といった問題を明確に捉えて客観的に評価・検討せず、情緒的な気分のみで「センソウハンタイ! ヘイワサイコー!」と叫んできた、日本人の本質的な論理能力の欠如にあるともいえよう。

 事象に対する論理的把握能力の欠如や、その場の情緒(気分)を論理にすりかえるという傾向は、「好戦的な平和主義者」や「ケンカ自慢の武術・武道人」にも共通する、われわれ日本人が抱える根本的な欠陥なのかもしれない。

 (了)

追記
今日の午後3時になって、「北鮮がノドンに搭載可能なほどの、核兵器の小型化に成功か?」という報道が時事電で流れた。このタイミングというのは、まだまだMD関連で日本から金を搾り取り、なおかつ日本に核武装をさせないようにしておこうという、A国国防総省筋あたりの意思を感じますな。

ちなみに情報元のNGOであるInternational Crisis Groupは、英国系の組織。昔から謀略大好きなお国柄なんだよねえ、あの国は・・・。

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知新流手裏剣術 印可伝授書を読む~その2/(手裏剣術)
- 2009/03/29(Sun) -
 前回の続き。

凡例
■以下のゴチックは意訳。【】は市村の祖述。


■手裏剣を手の内によく「なつける」ように、指を伝うように打つことが大切です。

【つまり、知新流も滑走打法であるということか】

■手裏剣を打つときに、自分の手の先に的=相手が見えるように心得て打つことです。

■手裏剣を打ち出す時は、踏み込む足が手裏剣よりも先に出ることは良くありません。手裏剣の打ち出しと足とが、同時になるよう踏み込むことです。

【前回に意訳した伝書の前段にも、たびたび、足の踏み込みと打剣=腕の振りの一致の大切さが強調されている。市村おもえらく、手裏剣の場合、手離れの位置が剣術の斬撃の際の、最大力点よりもはるかに高い。このため、剣術に熟達した者ほど、当初は手離れの感覚がつかめず、適切な打剣にならない。この辺りの問題を正しく修正するために、踏み込みと手離れの一致について、繰り返し、強調しているのではないだろうか】

■打剣の際には、親指が手のひらから離れないように心得て打つことです。親指が滑ると手裏剣は横になって的に当たってしまいます。また手裏剣の手離れが遅いと剣尾が上になって当たってしまいます。

■懐剣を「手裏剣に打つ」ことを教える際には、手の内の指導が大切です。またその際の目付けは、相手の鼻よりも下に当たるよう心がけなさい。

■懐剣や刀は、手離れを遅めに打つように心がけましょう。

■懐剣の目付けは、鼻よりも下を打つ心積もりです。しかし胸よりも下にならないようにしましょう。


■「剣に十分一の剣」という教えは、重たい手裏剣と軽い手裏剣を入れ違いに、ランダムに続けて打つ稽古をすることです。

■丸いものを「手裏剣に打つ」には、親指、人差し指、中指の3本をかけて打ちなさい。

■居打は、手裏剣を打ち出す際に、意識を少し的の上にして打つことです。


■常々、足の踏み込みを第一に考えて稽古しなさい。初心者に教える際には、的に向かって右足を踏み込みますが、手裏剣をもった腕を振り上げ、打ちかかる時に足を同時に踏み出します。足の踏み込みが手裏剣の手離れよりも早いのはダメです。

■上下左右に刺中が乱れる人は、狙いのつけ方が悪いのです。

■足の踏み込みは、普段の歩幅よりも二足長ほど広く踏み出すことです。また右足を踏みつけて打つのもいいでしょう。左足はかかとをやや浮かせるようにしましょう。いつでも、足は軽く踏むことです。

■間合いが遠い場合は、反転打で打ちます。その際、手離れの時に指先でやや剣先を押さえるようにしなさい。

【原文の冒頭は、「遠間はさかに剣を取り」。つまり反転打。すると、当然、近間は直打ということである。ただし、どこまでが近く、どこからが遠いかは示されていない】

■稽古の際は、左の腰に手裏剣を5本収め、一本ずつ取り出して打つことです。左腰に手裏剣を収めるのは、手裏剣を打ったらすぐに、刀の柄に手を掛ける動きを、体に覚えさせるためのものです。

■ただし、手裏剣を5本収めていても、1本打ったらすぐに刀の柄に手をかけることを常に念頭に置きなさい。これは刀の鯉口を持つ心構えと同じです。

■当流には「甘シヤウ剣」というものがありますが、これは一子相伝のことなので、印可をしたといっても教えてあげることはできません。

■標的の大きさを約12センチ×約15センチとしたのは、当流の創始者である飯嶋氏竹村与右衛に弟子が、「的の大きさは、どれくらいがいいっすかね?」と聞いたところ、「12センチ×15センチぐらいがいいんじゃね?」と答えたので、そうしました。

■この印可の秘伝書は、あなたが手裏剣の稽古にことさら熱心で、稽古を怠らなかったのであげるものです。今後、だれかに手裏剣術を指導する際には、必ずその人の人柄を考慮して、むやみに教えてはいけません。

大和郡山之住士
流祖      飯嶋市兵衛
同        飯嶋源太左衛門
同        日置金左衛門
尾州之浪人  浅野伝右衛門
同国之住士  丹羽織江


■雑感

 今回の訳は、あくまでも意訳・新訳である。

 また祖述者である市村が重要と思ったこと、意訳可能なもののみを記述しており、一部、不要と考えたもの、また市村の知識不足で意味が理解できなかったものは省いている。全体としては、原典の約90%ほどの意訳と思っていただきたい。

 さて、ひと通り訳してみて感じたのは、とにかく踏み込みと腕の振りの一致、踏み込みと手離れの一致を、たびたび強調していることである。

 これは、すでに書いたように、手裏剣術と剣術では、腕の振りと踏み込みにおける、全身の統一した力が最大限に発揮される場所が異なる点から、剣術に熟練しているであろう修行者に向けて、「手裏剣は手離れのポイントが高いのだから、それに注意して、全身の力の統一と踏み込みを一致させなさい」と、強調しているのだ。

 簡潔に言えば、気剣体の一致は、剣術も手裏剣術も同じだが、こと手裏剣術に関しては、気剣体が一致する瞬間のポイントが、剣術の斬りの際のポイントと異なる。それに注意しなさい! ということである。

 また、知新流は、宮本武蔵ゆかりの流派であるだけに、懐剣や刀(脇差)を手裏剣に打つ飛刀術についても詳細に、そのコツを示しているのが特徴であるといえよう。

 そういう意味で、懐剣や脇差を「手裏剣に打つ」という飛刀術は、日本武術古来の技であるにもかかわらず、現在の日本国内でこの飛刀術を実践し、かつ指導できるのは、おそらく無冥流と翠月庵のみであるというのは、いささか寂しいことである。


 さて、一方でこの『図解 手裏剣術』に掲載されている知新流の印可伝書が、どこまで本来の伝書に忠実であるのかは、やや疑問が残る点でもある。

 著者である藤田西湖が、本書に読み下し文としてこの印可伝書を収録する際に、若干の意訳をしているように感じるというのが、私の「直感的な」感想である。

 このあたりについては、本来、史家・研究家の仕事で、私のような実践者の役割をいささか逸脱しているともいえるのだが、その興味はつきない。

 いずれにしても、古流の伝書というのは、技のコツやヒケツの宝庫であるし、また往時の手裏剣術者の考えや動きを知るための貴重な資料であり、今を生きる武術・武道人そして未来の人々の共通の財産である。

 今後も機会があれば、こうした意訳・新訳に取り組んでみたいと思う。

(了)
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知新流手裏剣術 印可伝授書を読む~その1/(手裏剣術)
- 2009/03/27(Fri) -
 手裏剣術者なら、だれもが一度は目にするであろう書物である、藤田西湖著『図解 手裏剣術』(名著刊行会)。

 ここに、知新流の伝書が収載されているので、以下、注目すべき点を摘録としてまとめてみる。なお■以下の太字部分は伝書の意訳、【】内は市村の祖述である。


知新流手裏剣術 印可伝授書

■知新流手裏剣術では、打剣の威力の強弱ではなく、とにかく早く打ち出し当てることを重視します。相手が刀の柄に手を掛けたら、ただちに手裏剣を打ちなさい。目録にある「打出目付之事」とは、この心得のことを言います。

■手裏剣をはじめて教えるときには、右足を踏み込んで打たせます。打ち出す剣と足を、一緒に踏み込みなさい。足の踏み込みが第一に重要です。踏み込みと腕の振りの一致を粗末にすると、暗闇で手裏剣を打つように、当たらないものです


【つまり知新流手裏剣術の基本は、順体(踏み込む足と剣を打つ手が同じ体側。右足で踏み込んで右手で打つ)だということ。youtubeの動画で、逆体の反転打で打っているのを知新流と称している外国人がいるが、こうした欺瞞行為は、日本の武術・武道にとって百害あって一利なしである。】

■灯火のある場所では、視線に入る光を遮って打つとよいでしょう。

【空手道の型の公相君大・観空大などに見られる、起式の挙動と同じ心得である。】

■手裏剣の威力を強く利かせたいのなら、剣を柔らかく持って振り打ちにすれば剣の威力が増します。

■剣尾が右に偏って刺さるのは、手離れの際に指先が剣に干渉しています。剣尾が左に偏って刺さるのは、手離れの際、手のひらが剣に干渉しています。剣尾が上になって刺さるのは、手離れが遅いからです。手離れの位置を早くすることが、たいへん重要です。


【手裏剣術における手離れの早さの重要性は、私は無冥流の鈴木崩残氏のご指摘から多くを学んだ。手離れこそ、手裏剣術上達のポイントであるといって過言ではないだろう】

■剣尾が下になって刺さるのは、押さえ過ぎです。剣尾が横に偏って刺さるのは、親指で横に滑るか力みすぎなのです。

■懐剣を手裏剣に打つ場合、剣の長さは約18センチ~28センチまでが適当です。


■さて、手裏剣術者たるもの、訪問先でお茶を出された際は、茶碗を自分の右ひざ元に置きましょう。 灰皿なども、自分のすぐ手の届く場所に置きます。扇子にしても、同様に心得ましょう。そして有事の際は、これらを「手裏剣に打つ」、つまり投げてぶつけるのです。

【私は普段、手裏剣はもちろん護身具などは一切持ち歩かない。携帯電話か文庫本が1冊あれば十分である。】

■飛龍剣とは、刀を抜き下段に構え、左手は柄を、右手は剣の棟に手のひらをそえ、間合いを詰めて、手裏剣に打つ技です。この際、太刀を打つ際には剣を一度上段に振り上げ、打ち出す瞬間、手離れの時に柄の部分を下げて離すことです。


【翠月庵の飛刀術では現時点で採用していないが、これは無冥流の飛刀術における「棟押し」とほぼ同一のものであろう。】

■なお、手裏剣に打つ刀は36~40センチから51~54センチが良いでしょう。長い刀は良くありません。

【飛刀術には、太刀・打刀より、脇差・小太刀が良いというのは、現代手裏剣術の重心理論的にも、道理にかなっているといえよう】

■素人さんに手裏剣術を見せる際には、まず最初は5打、柔らかく打って見せなさい。次の5打は、普段の稽古の通りに打ちなさい。最後に3セット目は、鉄板を打ち抜くような心持ちで強力に打ちなさい。3セット以上は見せてはいけません。

【演武の際の重要な心得であり、ウォームアップと、序破急の心持が重要であろう】

■座打ちや立打ち、飛刀術など、いずれも2~3回見せれば良く、あまりたくさん打って見せてはいけません。

■手裏剣を自作する際、当流の規定におさまる範囲内でなら、各人の好みの長さや重さを工夫して作りなさい。

■自分の足先を相手の足先に向けて、引き上げた手と一緒に足を踏み込み打つことです。打ち込む手と一緒に踏み込むことです。


http://www.youtube.com/watch?v=1Kyy-R3qH8M&feature=channel_pageの動画を参照されたし】

■初心者には、最初は150~180センチくらいの距離から、柔らかく打つように教えます。その後、慣れるにしたがって30センチくらいずつ、的までの距離を離していきなさい。

【翠月庵では、初心者も最初から、5.4メートル(三間)で直打の稽古をしてもらう。これまでの実績では、平均的に2時間ほどの稽古で、とりあえず刺さりはじめる。ここから、どう”武術的な稽古”につなげて行くかが重要である】

■稽古の時、保持している手裏剣を地面に落としてしまうことがあります。この際、すぐに拾おうとするのは良くありありません。落とした手裏剣にかまわず、持っている手裏剣をすべて打ったあとで、落とした剣を拾って打つのが武人の心得です。

(次回につづく)

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恩師の死/(身辺雑記)
- 2009/03/24(Tue) -
 昨日、某SNSの掲示板で、中学校時代の部活の顧問であった、O先生が亡くなったことを知った。

 O先生は音楽の教師で、ブラスバンドの顧問として手腕を発揮され、部員を県大会出場に導くなど、大きな功績を残されたと聞く。

 ところが、私が在籍していた時代は、このS中学校吹奏楽部の最も「ダメダメ」な時代であった。

 なぜそう断言するかといえば、この当時、私自身がその吹奏楽部の部長であったからである。

 あの頃、部長自ら音楽の練習そっちのけで、部活の時間に柔術の型稽古をするとか、他流試合でフリーのど突き合いをするとか、後輩には楽器の練習ではなくもっぱら受身や体力つくりの稽古をさせるなど、ようするに、ろくに吹奏楽の練習をさせなかったおかげで、当然の結果として地区予選で銅賞(ようは予選落ち)という成績しか残せなかったのである・・・。

 けれども、O先生は、怒るでもなく慰めるでもなく、いつもたんたんとされていた。

 生徒と近すぎるでもなく、さりとて遠すぎるでもない、昭和時代の学校にはよくいた、実直で生真面目な”大人の”教師であった。


 結局、私は中学校を卒業後、25年間、O先生にお会いする機会もなかったのだが、ご逝去の知らせを聞いて、あの頃、生真面目に指揮棒を振られていた、O先生の姿を思い出す。



 またひとつ、昭和が終わってゆくのだなと思いつつ、東京の片隅から、O先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 ゆっくりと、やすんでください。

 市村翠雨 拝
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脛斬りとローキック/(武術・武道)
- 2009/03/18(Wed) -
 「脛斬り」と柳剛流の話を書こうと思って、改めてつらつら調べてみたのだけれど、この流儀、どこまで精度の高い情報か分からないが(WEB情報の信頼性が低いのは社会の常識!)、柳剛流って、地方にまだいくつか伝承があったり、復元に取り組んでいるところもあるようですな。

機会があれば、ぜひ、演武を拝見してみたいものである。


 ところで、たしかに「脛斬り」は柳剛流の十八番なのだろうが、他流には絶対にない特殊技というわけでもない。

 少なくとも、私が習ったA流(神道流系、復元流儀)にも、B流(新陰流系、師範家流儀)にも、組太刀の型の中に、脛斬りとそれに対する応じ技が含まれていた。

 まあ、考えてみれば、脛を斬るという行為は薙刀や棒術等では普遍的な行為であるし、介者剣術と思えば頭の防御はがら空きでもかまわないので、鎧武者の弱点である足を斬るというのはありなんだろうなと思う。

 素肌剣術という設定では、相打ちで首切られそうで今ひとつだが、ある種の奇襲・奇策にはなるだろう。実際、スポチャンあたりでは、脛打ちが技の主流になっているみたいだしね。

 またその昔、アンカレッジのキャンプ場で英国人青年と木剣で友好的(?)に対戦したときにも、奴は片手剣・半身で大きく踏み込んで脛に斬り付けてくるので閉口したものである。あれは西洋剣術の一般的な技なのだろうか?

 脛斬り対策としては、千葉周作の言うことろの「かかとで尻を蹴る」が有名だが、私が習ったのはA流もB流も、剣先で受けるというものだった。

 A流では大きく巻太刀で剣を時計周りに回し、刃で正面からガキっと受けるというもの。一方でB流は、剣先を足元にスッと差出し鎬で受けるというものである。

 ちなみに私は、こういう脛斬りのような奇策系の技は、嫌いではない。というより、かなり好きだ。

 「兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓[みだ]し、〔〔卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す〕〕。其の無備を攻め、その不意に出ず。此れ兵家の勝にして、先きには伝うべからざるなり」

 である。

 ★

 幕末、撓打ち全盛の剣術界で、柳剛流の脛斬りが難技として恐れられたのは、ある意味で、昭和の空手界における「ローキック」とダブるようにも思える。

 足刀による関節蹴りや上足底による膝や脛等への下段蹴りしかなかった中で、膝関節や大腿部を脛を使って回し蹴りで蹴るというムエタイ系の技は、まさに柳剛流の脛斬りなみの脅威であっただろう。

 実は、かく言う私も、高校生時代、フルコン空手をやっている同級生との講堂裏でのステゴロ(笑)で、徹底的にローキックをもらい敗れてしまったことは、四十路になる今も忘れられない、実に悔しい思い出である・・・(今でも時々、夢に見るくらい、くやしい!)。

 当時の私は、柔術を中心に稽古をしていたわけだが、そもそも柔術(BJJではない、念のため)には、ローキックへの応じ技などない、当たり前だが。

 ゆえに当時の私は、中途半端に前かがみになって、腕だけで受けようとするという、最悪の対応をしてしまったわけだ(その後、30歳から空手道の稽古も始めたので、今なら足を上げてカットするなり、左の刻み突きや前蹴りなどを合わせるなりするだろうけども)。

 というように、自流の稽古体系にない技というのは、そもそも対応しようがないわけで、だからこそ、それはある種、軍事学で言うところの「対抗不能性」のある技となる。

 ゆえに武術人たるもの、自流の体系にある技以外にも平素から注意を払い、最低限の対応とその覚悟くらいはもっていなければならないだろうと、フルコン空手のローキックに敗れた、かつての市村少年(16歳)は、あれから24年が過ぎた今も、ココロの底から痛感しているわけである。

 ということで、「奇策・奇襲」そして「対抗不能性」という点では、やっぱり手裏剣術でしょう(笑)。

 (了)
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「鯉口」の話/(武術・武道)
- 2009/03/13(Fri) -
 過日、稽古帰りに地元にある、なじみの小料理屋Sで、いつものごとく地酒を片手に稚鮎の天麩羅などをつついていると、私と同い年の店主が問いかけてきた。

「市村さん、『鯉口を切る』って、なんのこと?」
「えっ、いきなりマニアな質問だねえ。やっとうの稽古でも始めんの」
「いや、この前、ようやく『鬼平』を読み終わってさ。今、『剣客商売』にはまってるんだけど、鯉口って意味がわかんないんだよねえ・・・」
「いやいや、まさに、『そのことよ』!」

 ということで、土曜深夜、私以外に客もいないことだし、おあつらえ向きに稽古帰りで居合刀をもっていたものだから、店の小上がりで居合の型を1~2本抜きつつ、鯉口を切る、という行為とその意味について、ひと講釈たれてきた。

 つらつら思うに、この「鯉口を切る」という行為について、一般の方はもちろん、武術・武道人でも、居合・抜刀術や剣術をやらない人には、その重要性や繊細さが、あまり実感できないのではないか?

 さらに言えば、居合・抜刀術人でも、居合刀しか使ったことのない者には、本気の実感として分からないと思う。

 かく言う私も、普段、居合や抜刀術の稽古は居合刀で行っており、そもそも現在、真剣はもっていない。おまけにお恥ずかしい話だが、普段、頻繁に稽古をするほど鯉口はすぐに緩んでくるので、若い頃はこまめに経木や古葉書の切れ端などで補修していたが、最近はもう面倒くさいのでいちいち直していない。

 よって、帯刀している際に下を向くだけで、刀がするすると抜けてしまう・・・(みっともないこと、このうえないが・・・)。

 ちなみに、鯉口が緩んでいて刀が不意に抜けてしまった場合は、絶対に!、手で柄を押さえようとしてはならない! 抜け落ちるままにすべし!! っと、刀匠でもあった旧師には、口をすっぱくして怒られたものである。

 あわてて刀身をつかんでしまい、指、飛んじゃうからね・・・。

 閑話休題。

 一方で、昨年、武友のたんだ氏を美濃に訪ね、刃引きの真剣による竹を使った「斬りの稽古(試斬)」をたっぷりと行ったのだが、ここで改めて実感したのが、鯉口の重要性である。

 とにかく、打刀の安全装置はここしかないので、鯉口はしっかりしていないとこまる。また、発剣の際にも、左手親指でしっかりと鯉口を切り、直前まで鍔を左手親指で保持せねばならない。

 ちなみによく、鯉口を切るのに、普通の切り方のほか、”押し切り”、”隠し切り”などもあるといわれるが、少なくとも立合での抜刀では、親指で鍔を抑えていない、これらの鯉口の切り方は、自傷事故防止という点で、大変不安である。

 あくまでも、”押し切り”、”隠し切り”などは、不意打ち用の特殊な切りかただと思っておいた方が良いだろう。

 いずれにしても、稽古に使うのが真剣でも居合刀でも、普段から「鯉口を切る」ことの重要性を念頭においておくことが重要である。

 ちなみに翠月庵の掲示板でも、ちょうど左手打剣と鯉口の話になったこともあるので、これに関する検討・検証は、今後、武友の皆さんの意見なども拝聴しながら考察していきたいと思う。


 それにつけも、一振りくらいは真剣がほしいですなあ・・・。

(了)


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両手打ちと順体の打剣/(手裏剣術)
- 2009/03/10(Tue) -
 昨年から利き手ではない方の、左手打ちの稽古を続けてきたが、ようやく長剣使用の場合、3間で何とか(ヒョロヒョロながら・・・)刺中するようになってきた。

 武技として考えると、3間では到底使い物にならぬような非力なレベルなのだが、踏み込んで2間ならば、なんとかぎりぎり、実用に耐える程度の威力はある。

 このため、先週からは、

1 3間から自然体で構え
2 右足を一歩踏み込み、右上段打ち
3 さらに左足を一歩踏み込み、左上段打ち

 という両手打ちの連続技を稽古に組み入れた。

 両手打ちができるというのは、手裏剣術者としては非常に大きなアドバンテージとなる。しかし、実際に武技として通用する程度の威力・速度・精度・距離を担保した、両手打ちができる手裏剣術家は、はたして日本に何人いるのか?

 さらに、単なる手裏剣打ちではなく、そこに間合や拍子、位、十分な対人攻防の経験をもち、それらの経験知を術に反映できる者となると・・・、数えるほどもいるのかどうか? 手裏剣は打てるが、武術・武道の素養が非常に欠けている人も少なくないのである、この世界は。

 ”武術としての手裏剣術”を練成するためには、少なくとも居合・抜刀術や剣術、あるいは体術の素養が必要である。また、自由攻防の十分な経験(地稽古や試合)も必須だ。競技武道の弊害を考慮したとしても、最低限、十分な地稽古の経験が重要である。

 ももちろん、”武術として”でない手裏剣術であれば、こうした素養がなくても、それはそれでかまわないのは、言うまでもない。

 こうした点も踏まえ、さらに両手打ちも練成していかねばと思う。


 ところで、両手打ちをするようになって、順体の打剣についての知見が、これまで以上に深まった。

 なにしろ、利き手でない腕での打剣ということで、十分な威力や速度を保持するためには、どうしても全身の力(動き)の統一・統合が必須であり、そのためには、現時点の感覚では、順体(剣を打つ腕と踏み出す足が同じ体側)の打剣がもっとも効率的なように思える。

 また、先日、合気道の有段者に打剣を指導した際、逆体よりも順体での打剣が、より上達が早かったということも、上記の知見の根拠になっている。


 現在、なんとなく逆体での打剣(左足を踏み出して、右手で打つ)が手裏剣のオーソドックスのようになっているわけだが、心月流や知新流の伝書などを読むと、そこで解説されている打剣姿勢はどうも順体が基本のようである。

 また真鋭流では、順体に構え、逆体に踏み出して打つという、独特な体動を行うという。

 こう考えると、逆体に構え、逆体で打つのが、必ずしもベーシックとは言えないと考えても過言ではない。

 考えてみれば、順体の動きの方が、日本武術・武道ではそもそも一般的かつ基本的な体動であるわけで、そういう意味でも、「ベーシックな打剣フォーム」が、必ずしも逆体ではないと考えられる。

 このあたり、古流の手裏剣術関連の伝書をさらに数多く読み込めばいろいろ考察できるのだろうが、残念ながら私の手元には、限られた資料しかない。

 せめて『日本武道体系 第七巻 槍術・薙刀術・棒術・鎖鎌術・手裏剣術 (1982年)』くらいは、目を通しておきたいのだが、なにしろ古本でもこの巻だけで4万円以上もするのである!

 結局は国立国会図書館にいくしかないのだが、あそこは日曜休みなのだ・・・。

 ま、そのうち読む機会もあるだろう。

 (了)
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兵頭二十八師講演会『顕在化する日本の危機』を聴講/身辺雑記
- 2009/03/09(Mon) -
 先の土曜は稽古を休み、横浜で行われる軍学者・兵頭二十八師の講演『顕在化する日本の危機』を聴講した。

 近著『予言 日支宗教戦争』で述べている自衛としての倫理の問題から始まり、田母神論文問題によって向こう10年は不可能になった核武装に代わる抑止力としての、無人ロボット兵器の可能性など、たいへん示唆に富んだ話を聞くことができた。

 質疑応答も、興味深い話が多く聞かれた。

 私は、「近々、義務教育で武道が必修化されるが、指導者の力量不足など多くの問題がある。これについて、提言をお聞かせねがいたい」と質問したのだが、兵頭氏がその問いを、講演会に同席されていた武道通信編集長の杉山氏にふられ、同氏が回答することになってしまったのは、杉山氏にはたいへん失礼だけれども、正直ちと残念であった。

 杉山氏の回答は「日本には市井の武術・武道人がいくらでもいるのだから、そこから有意の人材を登用すべし」とのことであった。

 それはもっともであり、そういった主張は、私も含め、国内の多くの武術・武道人がさまざまなところですでにしている。なにより、ご自身も武道人である杉山氏が、こうした意見をもっているであろうことは蓋然性が高く、同氏の主催する『武道通信』の読者でもある私としては、改めて聞くまでもないことであったのだ。

 私としては、武術・武道人から一歩距離を引いたところから、軍学者である兵頭師の意見を拝聴したかったのだが・・・。

 ま、これはいささか贅沢な要求というものであろう。

 なにはともあれ私淑するものとしては、稀代の軍学者である兵頭師の講話を間近で聞くことができた、濃密で有意義な2時間であった。

 というわけで、21世紀の武術・武道人には、兵頭師の新著『予言 日支宗教戦争』(並木書房)と、旧著『あたらしい武士道-軍学者の町人改造論』(新紀元社)は必読の名著である。

 特に『あたらしい~』は、”武士道”といういささか手垢のついた言葉のイメージに先入観を持つことなく、すべての武術・武道人に一度は読んでいただきたいと心から思っている。

(了)
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宗家、ソ・ウ・ケ、そうけえ?/(武術・武道)
- 2009/03/02(Mon) -
 え~、毎度、ばかばかしい噺をひとつ・・・。

 世の中世界大不況ということで、派遣切りが続き、失業者が次々に増えておるといいますな。

 一説では今年度末までに、数10万人単位になるとか、ならないとかいうことでございます。


 ところで、次々増えるものといえば、雨後の竹の子と武術・武道の宗家でありましょう。

 「ソ・ウ・ケ」という言葉、かくも魅惑的なのでございましょうか?

 いやアタシは宗家になんぞなったこともございませんし、お天道さまが西からのぼりでもしないかぎり、今後もなることはないでしょうから、さっぱり分かりませんが・・・。

    ★

 「●●流宗家、▲▲先生ご来訪!」

 先日、某所で目にした宣伝でございます。

 う~~~~ん、▲▲さんって、いつから宗家になったのでございましょうかねえ?

 いやね、アタシはその流儀の関係者じゃあございませんから、別にいいんですけどもね。

 しかし、▲▲師範が●●流の宗家になったというお話、先代の■■氏が亡くなった直後も、それから何年もたったここ最近も、とんと聞いたことがないのでございますが・・・。

 まあ、雨の後は竹の子もにょきにょき生えるってなもんでございますから、宗家のひとりやふたり増えたところで、どってこたぁございません。

 みんななりたい、宗家、ソウケ、soke・・・。

 ああ、そうけえ!!

 ・・・・。

 お後がよろしいようで。

    ★

      武芸狂歌
      先代が
      彼岸に渡ると
      湧いてくる
      伝書盗人
      にわか宗家

      返歌
      昭和なら
      武歴の詐称も
      藪のなか
      今、平成の世は
      WEB情報の波
      
               翠雨謹識
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