”ノリ”の悪い日/(武術・武道)
- 2009/10/31(Sat) -
 稽古をしていて、どうにも自分自身の”ノリ”が悪い時がある。

 体調が悪いというわけではなし、稽古に倦んだというわけでもなし。

 改めて自分の動きを津チェックしても、特段、なにかがおかしいというわけでもなし。


 にもかかわらず、打剣の精度はいまひとつ。組太刀でも、拍子や間合が妙に外れる。もちろん、相手が悪いわけではないのにだ。

 ことに、正中線を厳しく争うような太刀筋で、それが顕著に現れる。

 傍目には、それなりに形になっているように見えるかもしれないが、なんとも、ピリッとしないのである。

 こういう時には、私の場合、打太刀をやっても仕太刀をやっても形の起こりで拍子が意図せずズレてしまい、思わず本能的に「待った!」を掛けて間合を切ってしまう。

 長年の経験から、型稽古の最中に、この「待った」が出るときは、私の場合、大概、その後は何をやってもダメなのである。

 案の定、今日の稽古では、その後の刀法併用手裏剣術の型の稽古でも、なにかパリッとしない・・・。

 それどころか、帰路、駅の構内で、すれ違う人とぶつかってしまった・・・。

 武術・武道人たるもの、どんなに激しい人ごみでも、通りで人とぶつかるようでは修行不足! っと常々思っているのだけれど、今日のような日には、そういう自分がこのザマである。

 体調不良だとか、精神的にストレスを感じているとか、思い当たるふしがあればまだ良いのだが、そういうことは何もない。

 いたって健康、特段悩み事もない。


 まあしかし、これまでの稽古の経験則からも、年に2~3回はこういう”ノレない”日があり、そしてこういう時には、とっとと酒でも飲んで寝てしまい、気分転換するに限るのである。


 ま、こんな日もあるわさ。

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【新訳】早縄 活法 拳法教範図解~その1/(武術・武道)
- 2009/10/29(Thu) -
■はじめに

 国立国会図書館の近代デジタルライブラリーからダウンロードした、『早縄 活法 柔術練習図解 全 一名警視拳法』を読了した。

 本書は今から111年前の、明治31(1898)年に発行された、警視流柔術形(別名・警視拳法)の解説書である。

 この版では、タイトルが『早縄 活法 柔術練習図解 全 一名警視拳法』となっているが、内容はそれ以前に久富鉄太郎が刊行した『早縄 活法 拳法教範図解』のリメイクである。

 編者の井口松之助は、現在も復刊されて流通している『柔術整理書』や『柔術剣棒図解』等の編者として知られている。

 編者は、自身も武術家として修行を積み、しかも出版人として多くの武術書や図解を、この時期に発行しているだけに、本書も可能な限りの図解と、ときには親切すぎて冗長なほどの、丁寧な解説文でまとめている。

 しかし、なにしろ今から100年以上前の書物であり、21世紀の武術・武道人、ことに若い人たちには、いささか難解な部分も少なくない。

 そこで、私自身の研究資料とするためにも、本書の意訳・摘録=新訳に取り組んでいこうかと思う。

 ただし、あくまでも意訳であり、また冗長な部分や私が不要と思う部分は随時、割愛していくので、原書を読み、それを普段の稽古で活用していくための副読資料だと思っていただければ幸いである。

 なお、訳出作業は不定期になるとは思うので、その点、ご了承いただきたい。

 市村 謹識

■凡例

 本稿は、一言一句正確な訳・解説ではなく、あくまで意訳・摘録による新訳である。

 原文意訳部は太字の地の文、市村の注釈は、「市村いわく」として書き分ける。


          *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

■早縄 活法 拳法教範図解序

 以前、警視庁に勤務していた頃、柔術について、より多くの警察官がそれを常に稽古し、犯罪者に対して職務を遂行する際に備えるべく、当時の警視長官に意見を申し述べた。幸い長官はそれを多とし、私の意見が採用され、以来、各署員が勤務の合間に柔術の稽古をするようになり、その効果は少なくないものがある。

 しかし警察官のなかでも、従来から柔術の稽古をしてきた者の場合、それぞれが稽古してきた自分の流儀を第一として、私が提唱した警察官向けの柔術技法の講習や稽古が円滑に進まないことがあった。

 そこで私は、各署員から30数名を選び、警察官向けの柔術技法を改めて検討・考察。柔術諸流の技の中から16種の形を選び出して取りまとめ、その講習を実施、良好な成果を得ることができた。その後、これらの柔術形の解説文をまとめ、『拳法図解』として出版した。
 
 さてこのたび、井口君や真蔭流柔術師家の今泉先生が、この『拳法図解』を再刊したいということである。

 私が思うに、そもそも本書で解説している16本の形は、あくまでも警察官の職務遂行のために、諸流の技を抜粋、一時的に編成した柔術形の体系であり、武芸として後代に伝えるほどのものではない。

 しかし両人の熱意ある申し出を受けて、恥ずかしながら再刊し、世にその技と体系を改めて伝えるものである。

 私は今泉、井口の両氏と会談し、本書にも目を通し2~3の修正を加えた。読者諸君においては、以上のような本書出版の経緯と意図をご理解いただきたいと願う。

明治31(1898)年5月
久富鉄太郎 識す。


■早縄 活法 拳法教範図解 目録

◎体勢図解
◎体勢図解(別名 真ノ位図 1~3の解説)
◎距離図解
◎拳法図解(帯刀しての柄捌きの形3本) 柄取
◎同 柄留
◎同 柄搦
◎拳法(柔術の形13本) 見合取
◎同 片手胸取
◎同 腕止メ
◎同 襟投
◎同 擦込
◎同 敵ノ先
◎同 帯引
◎行連レ左上頭
◎行連レ右突込
◎行連レ左右腰投
◎行連レ右壁副
◎行連レ後口取
◎陽ノ離
◎早縄捕縄の解説と注意
◎釣縄図解
◎早縄捕縄の掛け方図解各種
◎縄の掛け方の心得図解
◎三寸縄図解
◎活法の注意と説明
◎同 不容巨闢図解
◎同 心兪図解
◎同 誘図解
◎同 臍兪図解
◎同 襟法図解
◎同 心臓図解
◎同 裏法図解

■早縄 活法 拳法教範図解 編者 井口松之助

 はじめに

 本書は明治17(1884)~19(1886)年までの約3年間、警視庁で久富鉄太郎先生と各流の遣い手である警察官諸氏が、柔術16流儀から技を選抜してまとめた警視流柔術の形、別名・警視拳法について、久富先生が以前出版された解説書である『拳法図解』のリメイク版である。

 今回、改めて久富先生の望むままに記述・修正し、全国の警察官や軍人、さらに学校の先生や生徒にいたるまで、この柔術形を広めたいと思っている。

 私(井口)は書店を営業しているとともに、子供の頃から武術を好んで稽古してきた。そこで今回、本書の再刊に当たっては、久富先生をはじめ、真蔭流柔術の今泉八郎先生のほか、各流の先生方の指導を仰いだ。またイラストレーターの安達吟光先生も腕を振るってくださり、文字で説明しにくい所はイラストで分かりやすく解説、拳法の形と早縄の形まで掲載している。

 私はすでに、『柔術剣棒図解』や『武道図解秘訣』、『柔術極意教授図解』を出版、新作には『柔術整理書』があり、大好評をいただいている。また『神刀流独習 剣舞図解教範』も出版している。

 私が出版してきた武術書は、他の編集者や著者のものと違い、実地に活用できることを旨として、学生でも一読すれば図解を見るだけで、先生がいなくても独学できるようになっている。

 ゆえに、ここで解説する拳法については、本書をひもとけば、軍人や警察官から町道場の先生までだれでも覚えることができる。さらに武術を知らない人にとっても、効果的な護身術となるであろう。

 しかもごく短期間で技が習得できるよう、苦心してまとめているので、読者の皆さんにおいては実地の稽古に、ぜひ活かしていただきたい。

 なお、本書を読んで分かりにくいところがあれば、軍人と警察官に限っては、下谷同朋町にある今泉演武館か神田の吉田柳真館で、著者が無料で指導する。

 ちなみに、最近出版した『剣術極意教授図解』では、警視流の剣術形を掲載しており、これも好評を得ている。

 私は無学で文章が上手ではないので、文字の誤りや分かりにくいところが多いかもしれないが、なにしろ武術は実際の稽古を第一とするゆえ、この辺りの力不足はおゆるしいただきたい。

明治31(1898)年4月下旬

源義篇 謹白



  市村いわく

   まずは、本書刊行の経緯を、実際に警視庁で形の抜粋・編成・指導を行っていた久富鉄
  太郎が解説しています。
   「警視流は、あくまでも一時的にまとめたものであり、後世に伝えるほどのものではない」
  と謙遜していますが、一方で警察官への実地講習では大きな成果を挙げたと誇ってもいま
  す。
   武技の習得と共通理解を目的に、諸流の技を抜粋・編成、流儀が違っても、共に学べると
  いう点では、たとえばこの警視流拳法(柔術)を現在の武道にたとえると、諸流が共通の形
  を共有しているという意味で、伝統派空手道における第1~2の指定形のようなもの、ともい
  えるでしょう。

   続いては、目次です。

   体の作りや構え、間合いの解説から始めているのは、促成技術の解説書とはいえ、武術
  稽古への真摯な姿勢が感じられます。また柔術形のほか、捕り縄の解説が続いているのは
  明治という時代を感じさせるものでしょう。活法の解説まで含んでいるのは、「活殺自在」を表
  した往時の柔術の面目躍如です。

   次は、編者である井口松之助のまえがきです。

   武術家であり出版社も経営していた井口は、この時代、数多くの武術書を発行し、現在も
  そのいくつかが復刊され、流通しています。こうした実績とその評価から、井口は本書の編
  集にも、多いに自信を持っていることがうかがえます。

   ある意味、実用書の歴史という点でも、本書は興味深いものといえるでしょう。

   自身も武術家であるだけに、井口は文章や図解の限界も理解しています。だからこそ、軍
  人と警察官の読者には、「無料で指導する」といっているわけです。

   しかし一方で、この16本の形がそもそも、流儀をとわず、武術の習熟度も問わず、短期促成
  的に、最低限の護身術の習得を目的にしているだけに、井口は学校の先生や学生でも、本書
  を精読して実地に稽古をすれば、短期間で習得できることを旨とし、その成果に自信をのぞか
  せています。

  (つづく)
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警視流柔術(警視拳法)の柄取り/(武術・武道)
- 2009/10/26(Mon) -
 国立国会図書館では、著作権の消失した明治・大正時代の書物をデジタルライブラリー化している。

 お宝の山だ。

 なにしろ、永田町までは往復700円以上かかるし、日曜、休みなんだもの、あの図書館は・・・。

 国民の利便性を考えとらんね、まったく。


 ということで、以前から目をつけていた井口松之助編『柔術練習図解』をダウンロードしてみた。

 これ、いわゆる警視流柔術(警視拳法)の解説書である。

 警視流については、剣術形はまだいくつか稽古している所があるようだが、居合と拳法(柔術)は、もう失伝状態らしい。もっとも、そもそもが明治時代に諸流の型を統合して、法執行機関職員のための促成武術型としてまとめたものであり、その後、講道館柔道の台頭でぜんぜん稽古されなくなってしまったものだから、失伝というのもいささかおかしいかもしらん。


 こうした経緯から、警視流については、商標とか著作権とか、「うちが正統!」、「うちが元祖!」、「うちが家元!」、とかいいだす人もいない。

 そもそもラーメンやまんじゅうじゃあるめえし、なんでそんなに、元祖や本家や家元がいっぱいいるのだ、同じような名前で・・・。

 よし、ぢゃあ、今日から私が警視拳法の家元になろう。本みて練習しながら復元してっと・・・(笑)。あとは改めて商標登録して、「いや実は私の曽祖父が警視庁に勤務していて、以来代々、家伝として伝えられてきたんです」とかテキトーな逸話をでっち上げてと・・・・(爆)。

 え~、本気にしないように。冗談である。

 しかしこの世界、そんなような話が、そこかしこに・・・・。

 おっとっと・・・、いかん、いかん。閑話休題。

 本題に戻る。

 ちなみに、今手元にある『新版 試合から審判まで 一目でわかる逮捕術』(警察大学校技術科教養部編)を見ると、現在の警察官の皆さんの逮捕術は、もっと日拳ぽいようだ。

 で、この警視拳法、一本目から三本目までは、帯刀しての柄捌きである。

 1本目は「柄取」。

柄取り


 同書によれば、この技は天神真楊流と真蔭流の型を修正したものだという。

 ところがおもしろいことに、この技、先日来、当庵でも稽古で考察している関口(天羽)流の柄捌きの型のひとつ、「柄落」とほぼまったく同じ原理&動きである。

 差異は、座技か立技かの違いに過ぎない。

 もっとも、柔術の技法については、異なる流儀だが技の体動がほぼ同じということは、それほど珍しくない。たとえば、警視流の11本目「行連レ右突込」は、いわゆる普遍的な小手返しである。

 当庵では、掌剣術としては手解七本と基本的な体動の型を三本しか編成していないけれど、それとは別に、単純に市村個人の武術人としての興味から、この警視流拳法は、以前から腰をすえて研究・考察してみたいと思っていたものだ。

 ただ問題なのは、こうした柔術形は、手裏剣術と違って、自分一人では稽古・研究ができないということ。共同研究者がいないと、なかなかみっちり考察できないのだ。

 この辺りが、流れ武芸者のつらいところなのである。

 というわけで、だれか稽古つきあってくれないかなあ、ボランティアで。お礼に、手裏剣、教えてあげるからさ・・・、などと思ったりするわけです(笑)。

 (了)
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”翠月庵の”刀法併用手裏剣術~その8 六本目・七本目/(手裏剣術)
- 2009/10/25(Sun) -
 刀法併用手裏剣術の型、六本目「後ノ敵」、七本目「前後ノ敵」の動画、アップしました。

六本目 後ノ敵





七本目 前後ノ敵




  翠月庵の刀法併用手裏剣術の型は、五本目までは、藤田西湖伝あるいは知新流の型を原型にしたものですが、この二本は当庵独自の創案です。

 とはいっても、ごらんになればお分かりのように、後ノ敵の型は単純に転身~打剣~正面斬りのシンプルなものですし、前後ノ敵は戸山流居合抜刀術の三本目「左の敵」の体動を応用、それを打剣から後の敵に向けた動きに展開したものです。

 型の詳細については、後日、改めて本ブログで解説いたします。

 (了)
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武士道考、あるいは「武人」とは何か/(時評)
- 2009/10/23(Fri) -
 アフガニスタンでは、米軍の無人攻撃機プレデターがアルカイダの掃討に活躍している21世紀。

 なにを好き好んでやっとうや手裏剣の稽古などに精を出すのか、我ながら酔狂だとは思う。

 おかげで時折、「市村さんのお宅は、代々侍の家柄だとか?」などと質問されることもある。

 うちの実家は、室町末期から安土・桃山時代までは伊豆の地侍であった。一族の中からはゲーム『信長の野望』ではおなじみのインテリ系弱キャラ(ご先祖さま、スミマセン・・・)、板部岡江雪斎さんが出ているけれど、この方は姓の通り、うちの一族から出て板部岡家の養子になってしまったので、うちの本家自体は江戸時代以降、百姓になった。

 なので、めんどくさいから、「あ、百姓の出ですヨ」と答えるようにしている。

 武士とか侍といった言葉の定義はなんともあいまいで ある時代に帰農した侍とか、国人と呼ばれる地侍の場合、どうなるのか? そもそも、21世紀の今となっては、先祖の出自や家系など、まったく意味はないし。
 

 さて、同じようなあいまいさを持っている概念が、「武士道」というやつである。

 武術・武道関係者や右翼系の御仁には、わりあい簡単に「武士道は・・・」とか、「武士道たるもの」とか言う人もいうけれど、「で、あんたの言う武士道とやらは、いったい何時代の、どんな土地の、どのような武士道なのかね?」と、小1時間ほど問い詰めてみたい気もしないでもない。

 このあたりの問題については、兵頭二十八師の著書『武侠都市宣言』(四谷ラウンド/絶版)や『あたらしい武士道』(新紀元社)、『予言 日支宗教戦争』(並木書房)、以上の3冊を読んでもらえば、十分に理解できるはずである。というか、現代の武人たるもの、この3冊は絶対にはずせない必読の書である。私にとっては生涯変わらぬ座右の書であり、1人でも多くの人に、死ぬまでに1度はぜひに読んでほしい名著だ。

 端的に言えば、現在のネットウヨクや脳みそ筋肉系の保守民族主義者がいうところの「武士道」などは、所詮は日清戦争以後、軍部主導で作られた人為的付け焼刃の陳腐な精神論に過ぎず、21世紀の世界に生きるわれわれは、人類史を俯瞰した上での近代的自我を背景にした”あたらしい武士道”を構築しなければならない、ということである。

 では、そのあたらしい武士道とはなにか?

 兵頭師の本を買って読みましょう。

 1ついえることは、ふんどし姿で据え物をぶった斬るのが武士道ではありません(爆)。

 そういうわけで、私は平素から武人としての徳(武徳/アテレー)や規範(ノブレス・オブリージュ)という問題はよく考え、できればそれに恥じないよう生きてゆきたいと願っているけれど、いわゆる江戸時代的な、あるいは戦前に提唱された「武士道」という精神論を、自分が生きてゆくための規範と考えたことはないし、これからもないだろうと思う。

 なにしろ、伊豆の百姓の子孫なんだから(笑)。


 ではなんで、お前は自分や他の武術・武道関係者を「武人」と称するのか? という批判もあるかと思う。

 たしかに辞書を見ると、「武人」という言葉は、『武士、軍人、いくさびと』(大辞泉/小学館)と書かれている。しかし私としては、

 「武術・武道をたしなむ人、あるいは武術・武道が指向する社会的価値観を是とする人」

 という意味で「武人」という言葉を使っており、そこには身分としての武士や職業としての軍人というニュアンスはないわけです。

 畢竟、私の言う「武人」という言葉をより厳密に表現するなら、本来は「武芸者」という言葉のほうがより日本語として正しいのかもしれない。ただ21世紀の今、自分を「武芸者」と称するのはあまりに滑稽かつ陳腐なので・・・ね。

 ブログのタイトルにしか使えないでしょ。

 また「武芸者」となると、武術・武道を稽古している人だけに意味が限定されてしまうため、あえて定義のあいまいな「武人」という言葉を使っているわけです。

 では、武人の守るべき徳とは何か?

 「卑怯なまねはしない」
 「公的なうそはつかない」
 「友人を裏切らない」

 これは私の十代の頃からの、理想とする人間規範なのだけれど、その後成人して以来、北は北極から南はボルネオのジャングルまで、あるいはパレスチナの地雷原から北朝鮮の聖山まで世界各地を旅し、国会議員から国立大学の名誉教授あるいは前科持ちの板前から日雇いの土木作業員まで、あらゆる階層の人々と接し話をしてきた上で、地域も国も、時代も性別も、階級も人種も超越した、人間として最も普遍的な徳目ではないかと思う。

 (逆説的に言えば、卑怯なまねばかりして、公にした約束をすぐに破るうそつきで、あまつさえ友達を裏切るような人間は、どんな時代でも、どんな国でも、どんな人種でも、男女の別なく、あらゆる社会で尊敬されず、愛されもしないわけ。当たり前ですね・・・。しかし、では本当に自分は、卑怯なまねをせず、公的なうそをつかず、友人を裏切らずに生きてきたのか? これは、自分自身への厳しい問いでもあるわけです)

 上記の3つの規範を漢文風に表現すれば、

 「勇」 「義」 「仁」

 の三徳となろう。

 ゆえに、武術・武道をやっていようが、いまいが、人生という過酷な現実の中で、「勇」、「義」、「仁」という3つ徳を実現したいと「願う人」は、誰もが武人なのだと、私は思っている。

 だから、私にとっては、平山子龍もラビア・カーディル女史も、ダライ・ラマ14世も井上伝蔵も、桜井よしこも岡村昭彦も、すべて皆、はるか高みをゆく武人なのである。

(了)

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よろず雑記/(身辺雑記)
- 2009/10/21(Wed) -
 どういうわけか、昨日のアクセスが突如急増・・・。といっても、80人ちょいなんだが。

 普段は、1日30(人)アクセス前後なのだが、なにか「祭り」でもはじまったとか?

 アクセス解析だけでは、なんとも分からん。

 なぞは深まるばかりです・・・。


      *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 日本武道館で発行している『月刊武道』に、以前から香取神道流の大竹師範の連載がある。

 某掲示板の書き込みで、「今月は香取の連載で手裏剣術がテーマらしい・・・」との情報を聞きつけたので、あらかじめとり置きをしておいてもらい、池袋のジュンク堂で購入。

 インタビューに向かう道すがらで忙しかったこともあり、内容も確かめずに買って電車に乗り込んだのだが・・・。

 残念ながら内容的には、手裏剣に関しての記述は全体の4分の1ほど。メインは忍術に関するもので、私は忍術関連には興味がないので、いささかがっかり。

 ま、手裏剣術の位置づけ自体、こんなもんなんだろうねえ。

 香取における手裏剣術については、いくつか関係者に直接伺った話もあるのだけれど、まあ、なにしろ他流のことだし、webでは伏せておきましょう。


      *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 前回の稽古で、Yさんにご協力いただき、関口(天羽)流の柄捌きの型をさらに検討。

 「柄落し」については、受けの手を極めて切り落とす方向を12時(真後ろ)から8時(我の左)方向に変えることで問題が解決。スムーズに技を極めることができるようになる。こういう細かいところまでは、書かれていないのが難しいところであるが、なにしろ明治・大正の書物なのでしかたあるまい。

 「柄落し」ができれば、続く「柄倒し」、「打込」の型も、比較的簡単にできる。

 「鐺返し」については、原著の図を見ると天神差しになっていたのを、前回は普通の打ち刀式に帯刀して再現し、なかなかうまく抜けなかった。

 今回はすなおに天神差しにしてやってみる。

 するとまあ、なんとかできた。

 これは結局、介者での太刀という想定なのだろうか?

 なぞである。


      *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 まあ、今日は、こんなところです(by ウオルター・クロンカイト)。

 (了)

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ある先輩武人への手紙/(武術・武道)
- 2009/10/18(Sun) -
A大兄

 お手紙、ありがとうございます。

 私のブログ「指導する側の使命~「術」の言語化を通して」に関して、過分なお褒めの言葉をいただき、身の引き締まる思いです。

 とかく、文章表現というのはひとりよがりになりがちな中で、斯道の先輩であり、しかも自らも実践しかつ後進の指導にあたっていらっしゃる立場の大兄からの批評・講評は、私のような者にとって、なによりもはげみになります。

 一方で、ご指摘のとおり、こと武術・武道という実学においては、「ぐだぐだ言わずに、身体を動かせ!」というのはある意味真実であり、私自身、そのように思うところが多いにあります。

 まずは、理屈の前に、身体を動かせと(笑)。

 それをやらないと、いわゆる「K野さん系不思議武術人」になってしまいますし(爆)。
 

 けれども、単なる修行者であったならばよいのですが、立場上、先達として後進を指導せねばならぬ人の場合は、「身体だけ動かせ」型の指導は、畢竟、自身の無能の自己弁護に過ぎなくなってしまう・・・。

 この問題について、現在の武術・武道界の指導者層は、あまりにイノセントでありすぎなのではないか?

 そんな思いが、あの小論を記した根底の動機のひとつです。

 このあたり、「事」と「理」が一致した日常的な稽古が多くなれば、現代における武術・武道の社会的使命(生涯武道)の実現にも、わずかなりとも貢献できるのではないか? などと、大上段に思ったりもします。


 ところで、これはわき道的話題ですが、たとえば江戸時代の初期、日本語の音素数は、現在よりも多かったといわれています。ところが当時のかな文字では、それらのすべての音素を書き分けることができませんでした。

 つまり当時の日本語では、同じ言葉(意味)が、異なる文字で表現されることが度々あったということです。

 そうなると、同じテーマを話しているのに、双方の理解がまったく違っていた、などということが、頻繁に起こってしまうでしょうし、それでは事象の共通理解はたいへん難しい。

 このように当時は、日本語自体が未発達で、共通言語・共通の意味理解の道具として不完全な言語であったにもかかわらず、武人たちは、戦いに勝つための普遍的な道理=カチクチ(勝口)を、なんとか言語化し、共有しようとした。それが、現代に残る、往時の伝書や道歌だといえるでしょう。

 なかでも、当時、東アジアの言語文化では最も理論的に洗練されており、日本でも一部の知識層には定着しつつあった言語である大陸伝来の「禅の用語」を用い、武術の理合をまとめたものの代表が新陰流の『兵法家伝書』です。

 ですから、武術・武道を知らない現代の学者たちは、いまだに同書を「技術書というより、禅的思想性の濃い、哲学的な武術書」などと半可通な評価をしてしまうのです。

 しかし、これもわき道にそれますが、実際のところ同書は、言葉こそ禅の用語を多用していますが、その内容はきわめて明確な武術の技術書です。これは、同流を稽古されている皆さんにとっては当然でしょうし、流儀の異なるわれわれにとっても、実に含蓄のある技術論がまとめられています。

 たとえば、

 「素手で剣と戦う、当流の奥義=無刀取りは、なにもこちらが素手で、相手の刀を取り上げる一般的な柔術系の技というだけのものではないぞよ。

 『刀を取られたくない! 取られたくない!』という強迫観念によって相手の心を居着かせた上で、あえて刀を取らないでやっつけるのも、また無刀取りの技なのであ~る!

 なぜなら、相手は自分の刀を取り上げられたくないと思うほど、我に斬りかかれなくなるではないか! 結局は、相手の刀を取り上げようが、取り上げまいが、己が敵に斬られなければ勝ちなのだ。

 つまり、当流の無刀捕りという技は、敵の刀を取り上げるだけの単純なスキルだけではなく、自分が刀を持っていないとき、いかに相手に斬られないようにするのかの総合的技術論なのであ~る!

 では具体的にはどうするか?

 素手と刀では、刀の方が長いのだから、近寄らないと勝てない。

 逆に言えば、斬られるほど近づかないと、無刀取りはできないだよ!

 そこで、相手の刀の柄の下に身体を位置させるように、ぴったり入り身して取り押さえるのだ。

 アンダスタ~ン?」

(『兵法家伝書』無刀之巻/市村超訳)


 などと、書き記しています。

 これのどこが、「技術論が書いてない哲学的武術書」なのでしょう? ばりばり、柔術における太刀捕りのための普遍的な基本理論です。

 ほんと、学者は武術を知りませんね(笑)。


 しかし当時、最高の遣い手の一人であり、武士階級として知的レベルもそれなりに高かったであろう柳生但馬守ですら、武術の言語化は純粋な日本語だけでは実現できず、舶来言語体系である禅の用語を必要としました。

 だからこそ、「禅や儒教の言葉も借りず、古い軍記物の表現も使わず」、きわめて平易な、しかし不完全な当時の日本語を用い、しかも400年後に生きるわれわれのような後代の武術・武道人でも理解し納得できる武術の理合の言語化を実現した、宮本武蔵という人物の天才は、柳生を越えているのです。

「顔面突きで、相手をビビらせて居着かせろ」とか、「フェイントかけて斬れ」とか、「まず一拍子で強く打ち、そのまま粘る感覚で切っ先下がりに打てば、相手の太刀を打ち落とせる」などなど、『五輪書』の記述は、今読んでも超具体的かつ現実的です。体当たりのコツまで、丁寧に分かりやすく解説しているくらいなのですから。

 さらにすごいのは、言葉で説明すると誤解の多い点、言語化が適切でない部分について、「この技については、ちょっと言葉では説明できないので、実地の稽古で体験してくださいネ!」とまで書いてあるわけです。

 言葉にできることと、できないことを、きちんとわきまえている!

 400年前に、ここまで読者の便宜を考えて執筆しているのですから、もうこれは超絶的な現代感覚です。

 これをどう歪曲して読めば、「五輪書は、高邁な哲学的内容をまとめた、武術の求道的教え」になるのか? 私にはまったく理解できません(笑)。

 そもそも『五輪書』は二天一流においては極意の伝書ではなく、基本ガイダンス的技術参考書なのですし・・・。


 私自身、若い頃は、講談や小説、時代劇やドラマなどでスレテオタイプ化された宮本武蔵像しかもっていなかったので、正直、宮本武蔵という武術家は嫌いでした。野人から求道者へ、などというイメージが、あまりに陳腐だったですし、求道とか、克己みたいなイメージの化け物だと思っていましたので(笑)。

 しかし、今や史学としては常識ですが、こうしたイメージはすべてフィクションであり、学術的な資料に残る武蔵の人物像は、まさに事と理が一致した知的な天才武術家であり、その天才たるゆえんが、武術の理合の平易な言語化に挑み、それに成功した『五輪書』にあると私は思います。

 ところが現在も、一部の脳みそ筋肉系武術・武道人、あるいは右翼的思想傾向の人々が、戦前から戦後にかけて吉川英治と軍部が作り出した、あやまった宮本武蔵像を元に、能天気な根性論や陳腐な精神論をぶっているのを眼にすると、現代社会で武術・武道をたしなむ者のひとりとして、めまいがするほどの怒りすら感じてしますのです。


 ちょっと、筆がすべりすぎましたね・・・(苦笑)。

 いずれにしても、私自身も一歩間違えて稽古を怠れば、理屈はたつが実力の伴わない、「口だけ番長」になりかねません。

 しかし、われわれが携わる「武」の世界は、実力があってなんぼの世界ですよね。

 ですからやはり、日々の稽古を粛々と続け、武術・武道人としての最低限の実力の担保はしていかねば・・・、と改めて実感するこのごろです。

 なにやらすっかり、とりとめのないお手紙になってしまいました。

 また近々お会いして、稽古ができること楽しみにしております。


 市村 拝
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染付に酔う/(数寄)
- 2009/10/10(Sat) -
 鈴木崩残氏の松の間(http://www.mumyouan.com/k/matunoma.html)に、興味深い武士道論と武術・武道の初心・目的論が掲載されています。

 賛否両論あるでしょうし、武術・武道人にとってはかなり刺激的な論陣で構成されておりますが、自身にとっての「武の意義」を考えるには、よい刺激になるのではないでしょうか?

 私もそれに刺激されて、「巷間言われているいわゆる武士道なるものが、実は近代以降に国家によって人造的に作られた理念である・・・」という主旨の小論を、また自身の武術目的論などしたためてみようかなあなどと思っていたのですが、とりあえず昨日まで3日間の多忙な地方巡業取材でいささか疲れているため、また、下記のようないきさつで、もう酔っ払ってしまったため、今日のところはお預けにしておこうかと思います。


 さて、昨日の午後は、滋賀県の長浜市で撮影をしておりました。

 老舗の割烹で鴨鍋をいただき、黒壁スクエアなるレトロな町並みを散策。その一角にある骨董屋で見つけたのが、染付けの盃である。

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▲3人の遊人たちが、碁を打つ様子が描かれる


 漆器、青磁、三島ときて、今年の夏は染付がマイブームであったのだが、清貧な手裏剣遣いたるもの、常に懐は寂しく、祥瑞や古伊万里など、手がでるわけもない。ま、そんな金があれば、手裏剣を新調するか、古い差料の拵えの修理をせねばなるまいしね。

 この盃は、道具屋の人が、「ちょうど今日入ったもので、手書きのよいものですよ」と教えてくれた。

 大酒飲みの私としては、いささか小ぶりすぎるきらいもあるが、むしろこれくらい小さいほうが、酒量が抑えられて良いかもしらん。

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▲脇にもさまざまな柄が描かれる


 今日は昼過ぎまで、昨日までの取材の写真整理の仕事があったので、稽古はお休み。そこで夕方早くから、早速、この盃で晩酌を始める。

 肴は鰹。

 戻りの頃合いの今時分が、鰹が一番うまい時期だ。西国の人なら土佐造りだろうが、ここはお江戸。そして、江戸ではやはり、鰹は刺身である!

 盃と同じく、染付の扇形器に手早くひいた鰹を盛り込み、燗につけた酒は武術の神様・香取神宮謹製の瓶子に入れて供する。

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▲コバルトブルーの世界に酔う・・・


 いやあ、日本の秋は、いいねえ・・・。

 (了)
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古傷がうずく・・・/(身辺雑記)
- 2009/10/05(Mon) -
 子供の頃、映画などで中年あるいは初老の酸いも甘いもかみ締めた、しかし修羅場をくぐった凄みを漂わせる登場人物(日本なら宮口精二や室田日出男、外国だったらボンド以降のショーン・コネリーやロバート・デュバルあたり)が、「いや、ちょっと古傷がうずいてな・・・」などとつぶやくようなシチュエーションを見ると、渋い! っと感動したものである。

 さて、そんな青年・市村もいつしか年をとり、いまとなっては社会学的な分類では「壮年」、東洋の慣習的には「初老」(「40歳はもう、初老なんですよ!」っと、飲み屋の20代の娘さんに言われました・・・)というような年齢になった。

 そうなると、今日のような秋の雨の夜は、冗談ヌキで身体のそこここの古傷がうずくのである・・・。

 ことに以前、空手の組手中に切ってしまった左右のアキレス腱は、なかなかに厄介で、雨が降り出すと特に右の痛みがひどい。ま、ほとんど見えないくらい、足を引きずる程度なんだが。

 5年ほど前、追い突きで踏み込んだ瞬間に左側が切れて全治2ヶ月。さらに翌年、今度は左の中段回し蹴りをぶち込もうとした瞬間に、右が切れて今度は全治3ヶ月・・・。

 本当に「バンッ!」って音がするのだよ、切れた瞬間に(笑)。

 その他にも、柔術の野稽古で地面にたたきつけられたときの首、剣術の組太刀でつぶされた手指、腰に膝と、まあ、この秋の長雨の季節、痛む古傷はいくらもある。

 いずれも、稽古での負傷である。思えばなんとも、高い授業料だ。


 たぶん、映画の中の中年のヒーローたちも、実際には単に若い頃の不養生で、身体の節々が痛んだのであって、それはそれで難儀であり、けしてカッコイイものではないのだよなあ・・・、などと、熱燗を傾けながら想いにふける、秋の夜なのであった。

(おしまい)
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指導する側の使命~「術」の言語化を通して/(武術・武道)
- 2009/10/04(Sun) -
 幸いなことに、我が翠月庵にも、手裏剣術などという単調な武芸について、定期的に学びに来てくださる会員さんたちがいる。また、遠く離れた地域ながらも、厚誼を結んでくださり、当庵の手裏剣術を体験し、学んでくださる方々がいる。

 たいへんありがたいことです。

 これは社交辞令ではなく、20年、25年と比較的長い期間武術や武道を学び、多少なりとも人様に技術を指導させていただけるような立場になると、本当に心の底から感じることである。

 なぜならば、他人に技を教えるということは、自分自身にとって、実に得がたい貴重な稽古だからだ。これは道徳じみた観念論ではなく、実感である。

 そこで他人に技術を教えるためには、自分ができることはもちろんだが、その術の構造を自身が論理的に、また科学的に理解し、それを整理し、他者に分かりやすく伝えることができなければならない。

 それができて初めて、「先生」とか「指導員」と呼ばれるわけであり、単に自分が使えるだけでは、ただの「上手い人」に過ぎないのである。

 ところがどうも、この世界には、指導すべき技を客観的かつ合理的に説明することができず、意味不明の観念論や感覚論を振りかざす人がいるようである。

 さて、困ったもんですな(笑)。

 私から言わせれば、説明できない、相手に伝わらない、理解されないというのは、武芸の指導者としては、「遣えない」のと同義である。

 人様に伝わるような説明ができず、そのための努力もしないのであれば、自分ひとりで稽古をしておればよろしい。わざわざ金をとって他人様に教え、しかもその技術を広めようとするならば、きちんと他人に分かるように説明する、教える、そしてできるように育てる、これが筋であろう。

 それとも、言語化否定派の人々は、実は人に教えるのではなく、「自分が上達するための踏み台」として、初心者や生徒さんたちを利用しているのだろうか? それとも、月謝というお布施を運んできてくれる、カネヅルくらいに思っているのか?

 いやしくも指導者・員として名乗りをあげているのであれば、自分以外の誰かを、きちんと責任を持って「遣えるように育てる」義務があり、そのためには、言語化された分かりやすい説明が必須になるわけだ。

 野球で言えば、「ミスター」と、「ノムさん」の違いです。



 ちなみに当庵では、これまで稽古に参加された方の9割(女性も含む)が、稽古初日で三間での直打刺中を、最低1打は実現している。

 もちろん、武術的にはヘロヘロな打剣であり、あるいは限りなくまぐれに近い刺中であり、「とりあえず刺さった!」という程度である。しかし一方で、これはどこの手裏剣道場でも簡単に実現できることではない、とも自負している。

 まあ当庵では、初心者も稽古初日からいきなり三間直打で稽古を始めてもらうので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 これは当庵の手裏剣術が、「無冥流の重心理論」という、きわめて明確かつ合理的な技術論を基礎にしている事が大きい(※1)。この点で、手裏剣術における重心理論という、画期的かつ科学的な技術論を、従来の武術・武道の理論や経験に負わず、ほぼ完全な独自研究でまとめ上げた無冥流・鈴木崩残氏の業績は、日本の武術・武道史はもちろん、世界の格闘技術史に残るものだと言っても過言ではないと私は考えている。

 その上で、ここはいささか自画自賛になるけれども、翠月庵には、この無冥流の重心理論を元に、武術としての手裏剣術を実際に学んでもらうための独自の指導体系があり、指導においてはそれをできるだけ分かりやすく言語化し、実技を見せ、稽古に参加する皆さんに術の本質が伝えられるよう、日々精進している。

 だからこそ当庵では、従来から手裏剣術者にとって最初の大きなハードルであった、「三間の壁」を越える、直打の短期習得を可能にしているわけだ。

 一方で、一部の武術・武道人は、わりあい安易に「不立文字」とか、「体で感じろ」とかいう説明を弄するけれど、その多くは、単に己の体で起こっていることを客観的に把握し、それを言語化する能力が欠如しているに過ぎない。

 ゆえにこの手の人々は往々にして、説明能力の欠如を「身体操作」とか「気」とか、「神」とか「愛」とか、よくよく考えると意味不明なのだが、しかしなんとなくありがたみがあるような、摩訶不思議な日本語表現やたとえ話で、術の指導・解説をごまかしているのだ。

 これがいわゆる、「口(くち)合気」というやつです(笑)。

 さらに言えば、この手の指導者と、それに嬉々として盲従する信者たちで構成される集団というのは、もうある種のカルトであるといっても過言ではありますまい。

 「理屈ヌキデ、先生ヲ、信ジナサイ」というのだから・・・。

 いや、ドコとか、ダレとか、言いませんよ(笑)。

 さて、なにかと揚げ足を取りたがる輩のためにあらかじめ明言しておくけれども、当然ながら武術・武道には、どうしても言葉にできない部分が厳然としてある。

 んなこたあ私も、重々、承知だ。

 すべての技芸、あるいはそこで起きている体と心の動きを、完全無欠に全部、客観的に言語化することなど、できないに決まっている。

 当たり前デス(笑)。

 ではなぜ、古来、多くの武芸者たちが、その「言葉にできないもの」を、伝書や道歌や口伝などで、可能な限り「言葉にしようと」努めてきたのか?

 安易に言語化を否定する者にかぎって、こうした先人の業績を理解していないのは、嘆かわしいことだ。とりあえず『兵法家伝書』や『五輪書』なら、平成の世では本屋さんで500円くらいで売っているのだから、自分で買って、最後まできちんと読んでみるとよい。

 市村おもえらく、武の先人たちは、それまで言葉にされることのなかった、武術における技術=闘争の論理的構造とその普遍性を、可能なかぎり明らかにしたいと志した。それによって、往々にして偶然性で人の生死が左右される個と個の闘争という不条理から脱却し、勝つも負けるも必然という武術的な境地にたどり着きたい・・・、そう願ったのだろう。

 これはある種、勝った負けた、斬った斬られた、殺した殺されたを、有史以来、延々と繰り返してきた無数の武人たちの、集合無意識としての、祈りでもあったのかもしれない。

 だからこそ、室町の昔から江戸時代まで、日本語という言語自体がいまだ構造的に未成熟であった時代にもかかわらず、多くの先人たちは、武芸の理合の理論化や言語化という難題に挑んだのだし、その後、日本語という言語が成熟した現在も、その営みは続けられるべきなのである。



 剣術でも柔術でも、拳法でも空手でも、初学・初級の人が学ぶ技術の多くは、経験を積んだ真面目な武術・武道人であれば、「きちんと日本語で説明できる」ものであるし、それが説明できないようでは優れた指導者とは到底言えまい(※2)。

 少なくとも、私がこれまで教えを受けてきた多くの師や先輩、あるいはご厚誼をいただいている武友の皆さんは、いずれも明確で分かりやすい言語=指導を行っていたし、今も行っている。そういう方々との縁があったこと自体、私は恵まれていたのだし、その恩返しをするのが、自分の務めであるとも考えている。

 そのために、常に明確で分かりやすい指導や説明を心がけ、自分が上達するのはもちろん、他者をも上達させなければならない。なぜなら、それが指導する側に立った者の使命なのだから。


 ところで、言語化を否定するわりに、書籍や雑誌、あるいはブログやホームページなどで、延々と自身のご説や自流の強さを語りたがる人が時折いるけども、それって矛盾してないかね?

 技や理合は言葉にできないが、自己主張のための言語化と、信者集めの宣伝はいくらでもしたいということか。

 いやまったく、商魂たくましいことですな…。

(了)

※1
翠月庵の手裏剣術は無冥流の重心理論を基礎としている。しかし本ブログでも以前何度か記しているが、当庵の教習体系や修練の目的は、投剣術全体の理論研究を目的としている無冥流とは異なる体系にあり、あくまでも両者は同一でないことに、ご留意いただきたい。

※2
一方で、武術・武道の多くが、「初学者のための最初の一手が、実は自流の奥義でもある」、としている点を、中級以上の武術・武道人は見過ごしてはならない! これは古流に限らず、現代武道でも同様である。
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