たまには著作(笑)の宣伝!/(身辺雑記)
- 2010/02/25(Thu) -
 印税ではないので、売れても売れなくても、私の受け取る原稿料は変わらんのですがね・・・(笑)。

 『メッセージ 日本を再生する20のキーワード』(メッセージ研究会著)

 近現代の日本の名演説をキーワードにした、略伝記&評論集です。

 著者名が個人ではなく、「メッセージ研究会」というのはご愛嬌。

 しかも自分の手元には、今日になって本が届いたので、去年のクリスマスに発行されていたことすら知らなかった・・・。それでいいのか?


メッセージ 日本を再生する20のキーワードメッセージ 日本を再生する20のキーワード
(2009/12/25)
メッセージ研究会

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 私が執筆したのは、本書中の、以下8人の原稿。

・中野正剛
・石橋湛山
・浅沼稲次郎
・鈴木貫太郎
・吉田茂
・田中角栄
・南原茂
・三島由紀夫

 三島由紀夫については、武術・武道人という観点から、だいぶイジワルに書いています(爆)。

 よろしければ、ご一読ください!

 (了)

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【新訳】早縄 活法 拳法教範図解~その5/(武術・武道)
- 2010/02/24(Wed) -
※本稿の凡例
 太字:原文意訳
 細時:意訳者の注


■柄止


捕(勝つ側)は木太刀を帯刀して進みでる。受(負ける側)、取ともに気合を十分に満たして歩み寄り、自然体で相対する。(互いの間合は、一歩踏み込んで手が届く程度)。受は右手で捕の柄頭を、左手で捕の右手首をつかむ。

DSC_3780.jpg



受は、捕の柄頭と手首を握ったまま、左足を一歩踏み込んで捕の柄頭と右手を、向かって左下方向へ押し付ける。捕はこれに逆らわず、鍔を親指で抑えながら右足を30センチほど開き、受の体勢を崩す。

DSC_3781.jpg



体勢を下方に崩された受けは、それを立て直そうと上体を起こすので、それに乗じて捕は右足をやや踏み出しながら、柄を(自分から見て)反時計回りに廻して受のつかんでいる左手をはずす。同時に受けにつかまれている右手も同様に反時計回りに廻し上げ、受けの左手首を逆に極める(柄頭と右手の動きは同時)。

DSC_3782.jpg



柄から受の右手が離れたら、捕は左手で受けの右手を手の甲側からつかんで制し、右足を一歩引きながら膝を着き、左足を開いて脇固めに極める。

DSC_3783.jpg


この形は、渋川流の立合の形を修整したものである。




市村いわく。

 警視流の2本目、柄止の形である。

 これも柔術諸流によくみられる技であり、現在でも柔道や総合格闘技などでよく知られている脇固めの応用なので、技自体にはあまり説明もいらないであろう。ただし脇固めと同時に受の左手首も極めているが、これも柔術ではよくある技法である。

 形のポイントは、我の柄と手首をつかんで(我の)右下方向に加えられる相手の力に逆らわず、右足を開くことで、相手の体勢を崩し、体勢を立て直そうとする相手の動きに応じて、柄と腕を廻して逆に捕る点にある。

 力任せに技をかけようとするだけでは、下方へ柄と手首を押さえつける相手の力が強ければ、技がかからないことに十分留意されたい。

 なお初学の稽古では、受は力んでがんばらずに、やわらかく捕の技に”かかってあげる”ことが肝要である。

 ちなみに捕が受の柄頭をつかんで下方に押し下げる動作は、鍔で受の金的に押し当てを加える技(攻撃)の表現であり、古流の柄裁きや太刀捕りの形などで、よくみられるものである。

 最後の脇固めでの極めにおいても、力任せに制するのではなく、全身の統一された力と重心の移動で、やわらかく制することが肝要であろう。

(つづく)
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100回目の稽古会/(手裏剣術)
- 2010/02/22(Mon) -
 2月20日は、翠月庵100回目の稽古会でした。

 たかが100回、されど100回。

 手裏剣術、しかも古流でもなく、著名な師範が主催する道場でもない、新進会派の、実験的な稽古会。しかも、設立以来、さまざまな紆余曲折があったにもかかわらず、2年半100回目の稽古会が実施できたのは、たくさんの皆さんのご助力があってのことです。

 まずは、稽古に参加してくださる会員諸子に。

 そして、稽古場を提供してくださる家主様へ。

 さらに、当庵ならびに市村をご支援くださる武友の皆様に。

 改めて心から、お礼を申し上げます。

 ありがとうございました。


 市村翠雨 拝


 
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温故知新のバランス感覚と科学的論理性/(武術・武道)
- 2010/02/17(Wed) -
 梅の花が見ごろを迎える一方で、春を目の前にした厳しい寒さが続いている。

 ことに野趣あふれる野天道場である当庵は、例年のことながら、この時期はたいへんに寒い。

 しかも、手裏剣術の稽古というのは、それほどフィジカル的に激しいものではないので、なかなか身体が温まらないし、冷え切った状態でいきなり全力で打剣するのもよろしくない。そこで、居合や抜刀術、あるいは剣術の稽古などで、身体を十分にあたためてから、ということとなる。


 そんななか、最近、とある書籍で某流の居合の資料を拝見し、鞘離れについてつらつらと考えた。

 私が最初に学んだA流では、逆袈裟での抜き付けの際は、右手を柄にかけて抜きはじめる段階で、鞘を返して(天神差しの状態)抜けと教えられた。一方で、後年学んだB流では逆袈裟でも、鞘離れから切先を飛ばすような抜き付けでも、「鞘は返すな」と教えられた。

 市村おもえらく、これはどちらが良いとか悪いとかいうものではなく、流儀ごとの戦術・戦略の違いであるので、本質的に優劣はない。同様に、こうした事例は、なにも居合・抜刀術に限らず、剣術でも体術でも、あるいは手裏剣術でもよくあることだ。

 たとえば、私が稽古した剣術は、C流もD流も、柄の握りは右拳と左拳の間を非常に広く(拳2つ分以上)とる流儀であったが、逆に「左右の拳の間は指2本分程度」という流儀もある。

 体験的に言えば、両拳の間を広くとると、剣先での巻き落としだとか、剣を打ち合わせた状態からの変化(剣の操作)が、比較的容易である。このため、木太刀で積極的に打ち合うような組太刀の多い流儀などでは、比較的広い柄の握りの流儀が多いのではなかろうか。

 一方で、このように柄の握りが広い場合、柄に対して中心(なかご)の飲み込みが浅い拵の場合、斬りの稽古(試斬)の際に、柄が折れやすくなる、つまり打ち合った際に柄が折れやすい、というデメリットがある。一度実際に、畳表を斬る際に、柄が折れたケースを見たことがあるが、あれは本当に危ない・・・。

 そういう意味で、本身や居合刀を使った稽古が中心となる居合術の流儀では、比較的柄の握りの両拳の幅は狭いように思われる(あくまで一般論として)。


 ことほどさように、その流儀の戦略や戦術、思想が違えば、鞘離れにしても柄の握りにしても、いずれも日本剣術の根幹となるような重要な点であるにもかかわらず、これだけ違いが出るものであり、その違いは単純な優劣で評価できないものなのだ。


 さて、では、これが手裏剣術についてはどうか?

 たとえば分かりやすいのは、「軽量剣か重量剣か?」という対比があろう。

 これについても、おのおのの流儀の戦略と戦術、思想によって、それぞれの言い分があろうし、それについての優劣は、本質的には意味がないだろう。私個人も武術的な視点から考えて、軽量剣には軽量剣のメリット・デメリットを感じるし、重量剣にしても同じである。

 しかし、明らかに(物理法則上)不合理な形(形状・重量)の剣というのも実際見受けられるし、少なくとも「武術」と名乗るにはあまりに非力な剣というのもある。

 これらについては、流儀としての戦略や戦術、思想を云々する以前に、根本的に武芸としての意味(機能と威力)を消失しているという点でいかがなものかと思うわけだが、一方で、「ではなんで、わざわざこんな形にしたんだろうか?」というナゾも深まるのである。

 ここで、「いやじつは、この一見使えない剣には、口伝があって、それを知ればオソルベキ威力を発揮するのだ。その口伝とは・・・」などとアオルと、達人幻想満載の人々には大うけするのだろうが・・・。

 実際のところは先人が試行錯誤の過程で、あまり深く考えないでできた形だったりすることも、少なくないのではないか? と愚考するのは、現代手裏剣術家たる私の古流に対するヒガミというわけではない(笑)。


 古人の知恵や技術に敬意を払うのはとても大切なことだし、実際に驚くべき「術」があったであろうことは否定しないが、そうした思い入れが行過ぎると、妄信の果てにカルト化が始まってしまう。そういう実例が、今の日本の武術・武道界に少なくないのも、また事実なのである。

 大切なのは、温故知新のバランス感覚と、それを担保するための科学的な論理性、そしてなにより日々の実践、つまり地道で合理的な稽古の積み重ねなのではないだろうか。

(了)
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打剣の原点/(手裏剣術)
- 2010/02/10(Wed) -
 無冥流のホームページ「松の間」(http://www.mumyouan.com/k/matunoma.html)で、「中距離打剣の為のひとつの参考」というタイトルで5つの動画(4つの解説と1つの実演)と記事が掲載されています。

 ここのところ、改めて3~4間での精度の強化に取り込んでいる私としてはたいへん参考になりました。


 上記の動画解説1~2は、タイトルで示されている中距離での打剣というテーマ以前の、基本的な打剣の動きとして、「腕を斬り下ろす」動きと「腕をまっすぐ前方へ押し出す」動きの違い、メリット・デメリットが示されており、いわば基本のおさらいになっています。

 また、「対戦としての実践的な距離は三間以内であり、そこでは剣術的な腕の動きでの手裏剣の運用が可能」という点については、当庵でも刀法併用手裏剣術の型の検証や「剣術教習のための手裏剣術~正面斬り」の検討、対戦稽古の経験などを踏まえ、以前から再三主張しているとおりです。


 続いて3~4の動画解説では、具体的に中間距離から長距離(4~10間)を通すための、動きが解説されており、そのツボとなるのが、「いかに腕をまっすぐに使うか?」という点です。

 これについては、当庵では、会員の皆さんには平素の稽古から、「斬り下ろしの動き(力の方向)と、押し出しの動き(力の方向)を合成させること。そのためには、まず3間座打ちで押し出しの動きを理解し、その後、基礎剣術や初級剣術を覚えることで、斬り下ろしの動きを理解し、動きを合成していくように」という形で指導していますが、要約すればその論旨は、今回の動画で崩残氏が解説されている通りです。

 これは、当庵は手裏剣の打法理論は無冥流の重心理論を基礎とし、術の運用については伝統的な日本武術の理合に則ることで、「(翠月庵特有の)武術としての手裏剣術」を編纂・稽古しているのですから、当たり前といえば当たり前なのです。


 ただし、これは庵主である私自身の技量不足もありますが、6間以上の距離となると当庵(というより私個人ですが)では体側に剣を構えピッチング様に大きく踏み出し体を沈めて打つ方法でしか通すことができませんし、7間にいたっては、ピッチング系の打法でも1割程度の刺中率ですので、長距離での打法理論を云々するレベルではありません。

 なお7間以上の長距離打剣については、現時点では他の課題が山積しておりますので当面はお預けにしておいて、来年以降の課題にしようと思っております。


 また、今回の解説動画では、「沈身」というポイントが示されておりました。

 一般的に武術的な動きの「基本」は、腰をすえて軸を立て、腰の位置を地面に対して上下させないで動くとされることが多いわけですが、実際には、それだけではありません。

 古流にしても現代武道にしても、とくに稽古者が中等以上(現代武道であれば有段者以上、古流なら切紙以上)のレベルになれば、意図的に軸を傾けてたりずらしたり、急激な身体の上下動を用いる型・形(技や運用)も珍しくはありません。

 そういう意味で、こうした「武術的な沈身、捻転、旋回等の動き(重心と軸の移動)」を、どう手裏剣術の打剣に活かしてゆくかというのも、現代手裏剣術の大きなテーマになるかもしれません。


 いずれにしても、今回の無冥流の解説動画は、打剣の基礎のおさらいとしても、あるいは表題の通り中距離打剣のコツとしても、さらには現代手裏剣術の新たな課題に思いをいたすという意味でも、今の世に手裏剣術にかかわる方であれば、一見の価値がある、貴重なものであるといえるでしょう。

 ぜひ、視聴をおすすめします。

 (了)
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楽屋落ち/(身辺雑記)
- 2010/02/06(Sat) -
 前回の青磁の花瓶購入の記事が、どういうわけか好評で、アクセス数も妙に伸びた。

 一方で、口さがないなじみの連中からは、「で、あれはいくらしたんだ?」とか、「そんな金があるなら、この前の飲み屋の割り勘代を早く払え」とか、「貧乏、貧乏というが、実は市村は、たいそう小銭を溜め込んでいるに違いない」、などの、意見が寄せられた(笑)。


 つうかね、考えても見たまえ!

 社会の最底辺に生きる、フリーの取材記者であり、武術・武道界の鬼っ子たる手裏剣術を表看板にする私である。

 手慰みに、高価な骨董を買うカネなど、あるわけなかろうが!


 たとえばくだんの青磁花瓶、値段をあからさまに言うのも下品なので、あえてたとえ話でいえば、落札価格はタバコ3箱くらいの値段なのだヨ。3カートンぢゃあないぜ、3個だよ。しかもそれを、身を削るような思いで捻出したわけだ(笑)。

 高そうに見えるのは、出品者さんが撮ったきれいな写真と、私の格調高い文章の賜物であろう(爆)。


 だいたいね、そんな隠し金があるなら、もうちょっと余裕のある生活をしようというものである。妙齢の奥さんをもらうとか・・・、ははは・・・。


 ※  ※  ※  ※  ※


 過日、なじみの小料理屋Sのカウンターで、常連で会社経営をしているAさんとの会話。


「で、市村さん、最近、ようやく弟子が増えたらしいネ」
「いや、いや、弟子ぢゃあなくって、会員さんだけど・・・、ま、ぼちぼちと」
「ところで市村さんところは、月謝はどれくらいなの?」
「うちは月謝じゃなくて、1回いくらなんですよ」
「で、いくら?」
「1回2時間で、1000円」
「・・・! 手裏剣代は別で?」
「いや、手裏剣の貸し出しはタダだから」
「それは安いでしょう! 打ちっぱなしのゴルフ練習場だって、もっと高いよ」
「う~ん、どうでしょう。週1回の稽古だから、毎週来たら月謝換算で4000円だし。なんたって、行田まで通うの、みんなたいへんだしねえ」
「普通、武道の月謝て、それくらいなの?」
「いや~、まちまちですね。週1回で月謝1万何千円というところもあれば、施設使用料だけで、基本的に年会費のみとかいうところあるだろうし」
「となると、相場としてどうなんだろう」
「これは私の完全な主観だけど、月謝として考えるなら、6000~1万円くらいが相場と考えればいいのかな。ただ、それで月に何回稽古にいけるかによって、お得感も代わってくるだろうけれども」
「でも、話聞いてると、やっぱ市村さんのところは、安いんでしょう?」
「普通かなあ・・・、何しろ週1回の稽古だし。本当は、年会費3000円くらいで、あとは年間何回来ても無料とかでやりたいんだけれど、畳とかの備品代とか、稽古場の家賃とか、備え付けの手裏剣の代金なんかもあるし・・・」
「黒字は出てるの」
「いやいや、そりゃあ赤字ですよ、いまだに(笑)。それでもうちは、手裏剣に関しては懇意にしている手裏剣家さんから寄贈してもらったり、実費のみの低価格で作ってもらったりしているから。稽古場の家賃だって、家主さんのご好意で、破格に安い料金で貸していただいてるし。いろんな意味で、周囲の皆さんに恵まれているから維持できているようなもんですわ」
「ふ~ん、しかしそれじゃあ、とてもじゃあないが、商売にはならないね」
「ま、それが『剣客商売』ってやつですよ。だいたい、武術・武道で金儲けしようと思った段階で、もう三流ですから(笑)。私が若いころついた旧師も、地方からくる学生には、私も含め月謝なしで指導してくれましたしね」
「なるほど・・・、武士は食わねど高楊枝ってやつですか・・・、ま、一杯!」
「私は武士ぢゃあないけど・・・(笑)、いただきます!」


 ※  ※  ※  ※  ※

「つまり……こういうことです。あのう、…教育と、病院と、宗教と、占いは、お金がかかればかかるほど、レベルが低いんです、ということを申し上げたくて」  

   ~『流れる砂』(東直己著/角川春樹事務所)~

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青磁礼賛~作為を超えた神秘の「景色」/(数寄)
- 2010/02/03(Wed) -
 ひさびさにオークションで、青磁の瓶を手に入れた。

 以前から貫入のあるもので、形の面白い花瓶がないかと探していたのだが、今回、なかなか良い造形で価格も手ごろなものが見つかったのだ。

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▲青磁貫入六角管耳瓶


 この瓶の魅力は、まず六角の管耳がついたオリエンタルな雰囲気を感じさせる造形だ。

 青磁に対して、大陸的、中央アジア的な造形のイメージを求める私としては、このオリエンタルな雰囲気がなんともいえなく好ましい。なにやら、西安郊外の中世の遺跡から出土した遺品・・・、といったムードがなんとも味わい深いではないか。

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▲六角の耳が、中央アジア的デザインの美を感じさせる・・・かもしれない


 もうひとつ、この瓶の魅力は、なかなか迫力のある貫入である。

 貫入とは、器の焼成時に土と釉薬の収縮率の差によって生ずる表面の細かいひびをいう。

 貫入のある磁器はなにも青磁に限ったものではないが、「青磁のもっとも大切な景色」といわれるもので、たとえば大阪市立東洋陶磁美術館収蔵の「青磁 管耳瓶」に見る貫入は、これはもう人知を超えた迷宮の美、といった雰囲気である。

 さて、今回入手した六角管耳瓶、その貫入は、シンプルで太めのしっかりとしたものである。

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▲貫入の幾何学的な文様が、青磁の深い青とあいまって、独特
 の「景色」を作り出す


 貫入には、魚のうろこのように見える「魚鱗紋」や、氷が割れたような「氷裂紋」、白と黒の2つの貫入がある「二重貫入」などの分類があり、それぞれある程度作為的に作りこめるものだが、根本的には、どのような貫入がどのくらい入るかというのは、偶然性によるものとなる。

 ゆえに貫入は、「人知を越えた美」とも評され、それがまた青磁の神秘的な魅力に幻惑的な彩りを添えるのである。


 いやまったく、青磁は良い。

 本当に良い。

 妙齢の美女と同じくらい良い・・・(笑)。

 (了)
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