たびたび書いていることだが・・・/(武術・武道)
- 2010/08/27(Fri) -
 剣術にせよ居合・抜刀術にせよ、斬りの稽古(いわゆる試斬)は、基本や形、撓打ちの稽古などを十分に積んだ上で行うべきであり、児童・生徒に該当するような子供たちに、真剣を持たせて試物を斬らせるなど、百害あって一利無しである。


 ・・・という持論は、このブログでもさんざん書いてきた。その根拠については、同じ事を何度も書くのは労力のムダなので、過去の記事を参照されたし。


 さて過日、武友に教えてもらってみたyou-tubeの動画は、小学生の女子による試斬であった・・・。

 もはや言葉もないけれど、さらにあきれるのは動画の背後で、一丁前の大人(一応、武道家だろうに)たちが、この児童の斬りをみて、「おお!」とか「すごい!」とか誉めそやしているのである。

 いったい、何を考えているのだろうか?

 だれも、「武術の稽古として適切でない」と、苦言を呈するものがいないのだろうか・・・。

 ま、いないからやっているんだろうがね。

 他人様の団体や流儀・会派が何をやっていようと、私に関わりあいのあることではないけれど、12歳から木太刀を持って、武術・武道の世界に育てていただいた者としては、やはりひとこと、言っておかずにはいられない。

 児童に斬りの稽古などさせる暇があったら、他にいくらでも躾ける教えがあるだろうに。

 彼らのやっていることは、本質的にはアフリカの少年兵士育成と変わるまい。

 人格の形成途上にある児童に、殺傷力のある武器を持たせて操作を教え込み、周りの大人がそれを見て嬉々としているのだ。

 自我や人格の生育途中の子供に、(熟練すれば)人体を容易に殺傷できる武器を与え、その操作を教えこみ、あまつさえ周りの大人がそれを褒め称える・・・。

 こんな行為が、現代社会で生きる子供たちの成育に、どんな悪影響を与えるのかは、ちょっと想像力を働かせれば、だれでも分かるであろう。

 ましてやさまざまな稽古体験と、それにまつわる武術・武道界特有の人間関係や慣習を知り、武術や武道の「魔的」な面を十分に知っている古参の武術・武道人ならば、なおさらである。

 まあ、それが分からないから、こんな芸を、ものの道理も分からぬ子供に仕込んで喜んでいるのだろう。


 なによりも危険で有害なのは、児童が真剣で試物をちょんちょん斬っているのを見て、なんとも思わない回りの大人たちであり、指導者たちである。

 それにしても、ほんとうに周りの大人たちで、苦言を呈さずとも、眉をしかめる”マトモな”武術・武道人がいないのだろうか・・・?


 結局、武術・武道は、人格を陶冶できないのだろうか・・・、残念だ。

(了)

 
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今日の掘り出し物
- 2010/08/19(Thu) -
 引越しのため、上京以来、19年間たまりにたまった荷物や書籍を処分していると、いろいろなものが出てくる。

 例えば昨日、ホッキョクグマの牙や北ベトナム政府軍の防暑帽や、ルースのアマゾナイト、アンモナイトの化石や戸田流の万力鎖などが、押入れの奥から出てきた・・・。


 さて今日の掘り出しものは、書籍が2冊。

 ひとつは、昭和58年初版発行の『図解コーチ 合気道』(鶴山晃瑞著/成美堂出版)である。

DSC_4798.jpg

 当時、定価450円だったこの本、もちろん今は絶版で、しかもアマゾンの中古で5600円とかである。

 10倍以上だ・・・。


 この本、タイトルこそ「合気道」だが、内容はすべて大東流なのである。

 また鶴山氏といえば、いわゆる「日本伝」の大東流を唱えた人で、武田惣角直系の久琢磨氏から免許を受けたというが、しかし現在、琢磨会と日本伝は別々の団体・・・、その辺りの内部事情は、私は大東流関係者ではないのでよく解らん。

 それにつけてもこの本、伝系の主張はさておき、技術解説としては今読んでもなかなかに含蓄のある内容である。

 まず第一に、当身技法の解説がたいへん充実している。28ページにわたり、図解で基本と当身技法14本が解説されているのである。

 思うに、戦後の公刊の書籍で、これほど合気柔術系の当身技法を解説した本は、本書が始めてだったのではないだろうか。もちろん、文庫版の小著なので、説明はざっくりだし、当身の後の極めや捌きは口伝としているが、それにつけても、たいへん興味深い。

 私は当時、八光流柔術を稽古していたので、本書の当身解説や帯刀での取り口は非常に参考になったものだ。

DSC_4799.jpg


 また、いわゆる手解の基本から1~3教(1~3か条)の取り口について、徒手だけでなく帯刀の形での解説が加えられている点も、たいへん読み応えがある。

 ちなみに私は、これを読んだ中学3年の夏休み、本書を参考にして「剣道・剣術を展開した柔術技法」というテーマで、夏休みの自由研究を発表した。

 もちろん、ほとんどの教師は相手にしてくれなかったが・・・(当時、うちの中学には、剣道部も柔道部もなかったのである!)。

 閑話休題。

 また、「正面打ち技法」、「突き技法」として、半座での短刀取りが13本も解説されており、これもまた非常に参考になる。

 本書は後に、巻末の師伝解説などに問題ありなどと指摘されたこともあったようだし、伝系などの問題もいろいろとあるようだが、それはさておきこの時代に、これだけコンパクトなサイズの本で、しかしこれだけ多岐にわたる興味深い内容を、解りやすくまとめているという点で、実に画期的な武術書だといえよう。

 ただし、これを純粋な合気会系の「合気道」の本として買った読者は、昔も今も面食らうであろうことはいうまでもない・・・(笑)。

 ちなみに、本書に推薦文を寄せているのは、大東流の久琢磨師、和道流の大塚博紀師、新陰流の大坪指方師、神道無想流の清水隆次師と、なんともそうそうたる昭和の武術・武道家たちである・・・。



 さて、次ぎなる1冊は、『甲冑拳法 柳生心眼流』(島津兼治著/日東書院)。

DSC_4800.jpg


 いや~、島津先生が若い!

 こちらは昭和54年初版発行。

 当時、私は10歳。

 多分、私が一番最初に買った武術書が、これだと思う。たしか、修善寺駅前の長倉書店で買った気がする。

 当の昔に処分してしまったと思っていたのだが、何の因果か、押入れの奥で眠っていたのだ。

 内容は、心眼流の十八番である素振りをはじめ、剣術や柔術(相対型)、鼻ネジや陣鎌、火縄銃の使い方まで、総合武術の解説書らしい総覧的内容となっている。

 興味深いのは、「二刀小太刀術」の形で、小太刀を手裏剣に打っていること。

DSC_4801.jpg

 小太刀や打刀などを手裏剣に打つというと、いまではずいぶんエキセントリックな行為に思われがちかもしれないが、この小太刀二刀術しかり、新陰流の浮舟の形しかり、心形刀流の三心刀しかり、古流では特段珍しいこともない技であったということであろう。

 ただし、この本の写真の打ち方では、たぶん1間半でも偶然以上の確立では刺さらないであろう。

 スナップかけすぎだよ。

 ま、刺すのが目的じゃあ、ないのだろうから良いのだろうケド。


 それにつけても、押入れの奥には、お宝がいっぱいダ(笑)。

 (了)
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古い写真/(身辺雑記)
- 2010/08/10(Tue) -
 ここ数日、引越しのため、荷物をまとめているのだが、意外なところから古い写真が出てきた・・・。


市村家は伊豆・田中の荘の古い家系の分家で、戦国時代には本家の嫡男・田中融成がその文武の才を北条家に認められ、板部岡家の養子となり、江雪斎として歴史に名を残している。

 その後本家は江戸初期に帰農したが、分家の市村家は豆州代官である江川家に奉公し、代官所の手付という役職を拝していたという。

 時は移って幕末、私の高祖父(曽祖父の父)にあたる市村鉄三郎(号・湛山)は、幼少の頃から武術に親しみ、当時、修善寺に滞在していた剣客・鈴木某について鉄人流を学び、長じては名代官としてその名を知られた韮山代官・江川英龍(号・坦庵)の側に仕えて、ともに江戸で神道無念流も修めたという。


 さてくだんの写真であるが、箱書きによれば、撮影者は日本初の職業写真家で、伊豆・下田在住であった下岡蓮杖とある。


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▲二刀を使う我が高祖父・市村湛山。相手は誰であろうか・・・?


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▲三間の間合を飛ぶように詰める


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▲さすがにご先祖だけに、私(翠雨)に
 そっくりである・・・


 ・・・・・・。

 ま、もうみなさん分かりきっているかと思うが・・・。

 嘘八百デス。

 というか、たしかに板部岡江雪斎はうちの本家から出て、板部岡家の養子になり名を成したのだが、本家も分家もその後は共に帰農。裕福なお百姓として明治を迎えている。なにしろ私の祖父は、生まれてから死ぬまで、1回も働いた事がないらしい。釣りばっかしてたとか。うらやましい。

 おかげで私が中学生の時には、もう山も田畑もほとんどない、ただの貧しい元・地主であった・・・。たのむぜ、じいちゃん。


 さて、この写真、画像データを古く加工するという、「幕末古写真ジェネレーター」というやつでいじってみたものである。

幕末古写真ジェネレーター
http://labs.wanokoto.jp/olds

 ちなみに、今年の春にとった恐山の写真で比較してみると。

地蔵菩薩
▲加工前


地蔵2
▲加工後。画面真ん中あたりのキズが、リアルである


 とまあ、こんな具合に遊べます。

 これでさらに、うさんくさい流儀や会派の、伝系や師伝の捏造がしやすくなるのかもしれませんな・・・。

(おしまい)

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初心者の拍子/(武術・武道)
- 2010/08/08(Sun) -
 翠月庵の手裏剣術は、刀法併用手裏剣術をもって、教習の仕上げと位置づけている。

 このため会員のみなさんには、できるだけ剣術や居合・抜刀術などを併習することをすすめている。


 しかし多忙な現代、最果ての地・行田(笑)まで手裏剣術の稽古に通うだけでもたいへんななか、さらに他の稽古場や道場にも通うというのは、なかなか困難なことでもある。

 そこで、剣術や剣道、居合・抜刀術の素養がない人に対しては、ごくごく基本的な打刀の操法について、当庵が初心者向けに独自に編纂した「基礎剣術」、「初級剣術」、「基礎抜刀術」などで学んでもらうことにしている。


 さて、そこで過日、稽古中に組太刀を稽古していたのだが、我ながら「まだまだ青いのう・・・」と己を知った出来事があった。

 翠月庵の初級剣術の1本目は「摺上」で、打太刀が右晴眼から歩足で二歩踏み込んで真っ向正面を斬るのを、仕太刀は継足で一歩下がって表鎬で摺り上げて右上段にとり、継足で一歩踏み込んで真っ向正面斬り、という、シンプルなものである。

 形の眼目は、

1.歩足と継足という異なる運足による拍子の違いを知る
2.正しい真っ向正面斬りの間合を知る
3.摺り上げという、攻防一体の技を学ぶ
4.有声の気合で胆を練る

 などである。

 さて、これを会員のAさんとBさんに指導していた。

 Aさんは剣術については、某古流に数回通ったことがあるだけということで、やっとうに関しては事実上、まったくの素人さんである。また当庵で組太刀の指導を受けるのも、今回が初めてであった。

 そこでとりあえず、すでに何度か当庵の初級剣術形を稽古しているBさんと私でお手本を示す。

 その後、形の順序を覚えてもらうために、まずAさんが打太刀、私が仕太刀で、上記「摺上」の形を解説かたがたはじめたわけだが・・・。

 お恥ずかしいことに、仕太刀の私が、Aさんにことごとく拍子を外されてしまい、てんで形にならないのである。

 摺り上げようとしているのに(不本意ながら)抜いてしまうやら、摺り上げているのになぜかAさんの木太刀が私のこめかみの辺りで留太刀になっていたり????

 とにかく拍子がてんで合わず、形にならないでのある。いやこれには、本当にまいった・・・。


 そこでふと思い、「とりあえず、なにも考えずに、私に向かって斬ってきてくれる?」と指示。

 基本の通り、右晴眼から二歩踏み出して切り込むAさん。

 私は思うところがあり、継ぎ足で下がりながら摺り上るふりをしつつ、実際に基立ちの位置から動かないでみた。

 すると、Aさんの切っ先は、そもそも私の立っている位置(継ぎ足で下がる以前の基の位置)に、ぜんぜん剣先が届いていないのである。

 さらに、なぜか留太刀のごとく、剣先が頭頂部で止まっている????

 「Aさん、基立ちの私の位置に、切先三寸をきちんと届かせてね。それから寸止めじゃなくて、完全に下段まで切り下ろしてね。剣先を留めちゃダメですよ。受け損なうことがあれば、こっちが悪いんだから」

 と指導して、もう1回。

 しかし、私には機するところがあったので、今回も摺り上ずに、ぎりぎりで見切ってみた・・・。

 すると、やはり今回も、剣先は基立ちの位置に届いておらず、剣先は切り下げられずにひたいの位置あたりで止まっているのである。

 む~ん。

 そりゃあ、形になりませんがな。

 打太刀の剣先が仕太刀の基立ち位置に届かず、おまけに斬り下げずに顔面の位置で寸止めになっているだから、そりゃあ摺上もへちまもないし、こちらに抜くつもりがないのに抜いちまうわけだ。

 とりあえず、仕太刀の立場で拍子が崩される原因が分かったので、Aさんには「切先三寸を、きちんと基立ちの位置まで届かせる」「しっかりと下まで、剣先切り下げる」ことを指導。

 それでも、Aさんとしては無意識なのだろうが、どうしても留太刀風に切っ先を完全に斬り下ろせないで、中段あたりで止めてしまう。また、切先三寸を届かせる間合いもなかなか取れず苦心していた。

 こうなると仕太刀をとる側としては、摺り上げというより、打ち払いの稽古である。

 間合の問題については、逆にAさんに仕太刀を取らせることで、「きちんと切先三寸を届かせること」を理解してもらえたようだが、斬り下ろさずに寸止めしてしまうクセは、なかなか改善しなかった。

 しかし初心者にとって、「単純に下まで斬り下ろす」ということが、これほど難しいとは思わなかった。 


 それにしても我ながら、拍子を崩されてグダグダになってなってしまったというのは情けない。

 すぐにその場で、間合の遠さと寸止めのクセを見極めることができなかったのは、私の未熟さである。

 思えば旧師からよく、「初心者との相対稽古には、十分に注意すること。彼らはなにも知らないゆえに、われわれ経験者からするとまったく予測も付かない奇妙な動きやタイミングで掛かってくることがあるので、思わぬ一打を受けることになる。ま、それも拍子と間合、位取りの稽古だがな・・・」と教えられたものだった。

 同様に、とある高名な武術家も次のように述べている。

 「注意する必要があるのは、初心者と対峙した時である。初心者のリズムは見当はずれであり、本人が意識しているわけではないが、結果として達人やベテランの眼を惑わせる。ゆえに相手が初心者と判断されたなら、複雑な技ではなく、単純で迅速な攻撃をした方が良い」

 含蓄のある言葉である。


 いずれにしても指導をする側として、改めて己の未熟さを実感した次第。

 まさに教えることは、学ぶ事ですな。

(了)
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願わないから、叶わない/(身辺雑記)
- 2010/08/02(Mon) -
 最近しみじみ思うのは、「自分は商売人には向いていないなあ・・・」ということである。

 今、仕事上、いろいろあってビジネス系の制作作業に関わっているのだが・・・、なにしろ私が生来、「金儲け」とか「ビジネス」とか「起業」とかに、正直、あまり関心がないのである。

 よって、仕事がはかどらない・・・。

 しかし、「計上利益」だとか、「異業種交流」だとか、「人脈の活用」だとか、「2:6:2の法則」だとか、「ソリューションがあーだこーだ」とか・・・。

 私の人生には、あまり関連性がないなあと。

 それよりも、太刀を取るときの左右の拳の幅はどのくらいが最適なのかとか、手裏剣術の精度をいかに上げるかとか、今晩の晩酌の肴は茄子の塩もみでも作るかとかいうことのほうが、ぜんぜん私の人生には重要だ(笑)。


 もちろん、金はあるに越した事はないし、というより、貧乏道場主として、金の苦労はずいぶんしているわけなので、死ぬまでにもう少し、来月の家賃や電気代の心配をしないですむ人生を送ってみたいなあとは思う。

 それにつけても子供の頃から今に至るまで、「金持ちになりたいなあ」とか「社長になりたいなあ」と思ったことがない。

 40年間生きてきて、1つ確信をもって言えるのは、「願えば、叶う」というバブルの頃にはやったポジティブシンキングは嘘八百だけれど、「願わないと、叶わない」のは真実であるということである。

 そういう意味で、子供の頃から「旅行家になりたい」と考えていたからこそトラベルライターになり、北は北極から南はオーストラリアまで、いろいろと旅ができた。

 「他人にできるだけ指図されたくない」と中学生の頃から真剣に感じてきたので、フリーランスの仕事で食っていけるようになった。

 「医療や福祉に関わりたい」と考えていたので、医療記者として10年仕事を継続することができた。

 「いつかは自分の稽古場を持ちたい」と、13歳の頃から考えていた結果、(成り行きとはいえ)37歳で翠月庵を開き、これまで継続することができている。

 というように、「とりあえず願ったこと」の多くは実現している。

 ただし色恋沙汰は、これはまた別の話しであるが・・・(苦笑)。


 一方で例えば、昔から「車に興味がない」ので、いまだに自家用車どころか車の免許すらもっていない。

 子供の頃からアパート暮らしで、しかも「一戸建てに住みたいと思ったことがない」ので、当然、今もマンション(という名のアパート)暮らしである。

 「結婚したいと真剣に考えたことがない」ので、いまだに独身である。

 そして、「金持ちになりたい」と思ったことがないので、金持ちではない・・・というかむしろ貧乏である(笑)。

 このように「願わなかったこと」は、1つも叶っていないわけだ。


 こんなわけで、起業家や経営者などという立ち位置のみなさんは、当然ながら、そうなること、そうあるべきことを、願ってきた人々なのであろう。

 その価値観の是非は問わないけれど、少なくとも、私個人としては、40年間、「金持ちになりたい」とか「社長になりたい」とか、「会社を経営したい」と思ったことがないわけで、おそらくそういった方々とは、自分はプライベートで語る言葉をほとんど持ち合わせていないなあと、しみじみ思うわけだ。

 実際に、自分の友人を見回すと、職人、フリーの個人事業者、そして武友などで、堅気の会社員でさえごく少数だし、社長や企業家にいたってはまったくいない。

 まあ、そもそも仕事柄、初対面の人と膝つき合わせて1時間も2時間も話しを聞いて、それをさらにテープで聞き直して記事を書くようなことをするのが仕事なので、プライベートでは、あまり知らない人や初対面の人と交わりたくないのである。

 気づかれするからね。

 基本的に、気のおけない友人が少数いて、旨い酒と肴があり、書物があって、稽古ができれば、私の人生は十分充実しているわけだ。


 翠月庵の稽古にしても、毎回3~4人が稽古に来てくれれば、それが適正人数かなとも思っている。

 そもそも小さな稽古場であり、しかも根本的には自分の稽古のための場所なので、4人以上になると、指導が中心になって自分の稽古がままならないのである。

 そういう意味で3人ぐらいが通ってくれれば、とりあえず稽古場の月々の家賃が払え、消耗品代がまかなえるので、それで十分だと思っている。

 理想としては会費も志納にしたいのだけれど、実際には、なかなかそうもいかないのが、剣客商売の泣き所だ。

 そういえば、つい最近、とある有名な先生のところの月謝を聞いておどろいた。

 そこの月謝を稽古の回数で割ると、その金額は1回1万円以上だそうな・・・!

 まあ、非常に著名な方なのでそれでも人は集まっているようだし、払っているお弟子さん自身も納得づくなのだろうから、外野のしかも無名の貧乏剣客がとやかくいう必要もないのだがね。

 しかし、ぼりすぎだよなあ・・・と思うのは、私だけではないと思う。

 ちなみに私の旧師は、その業前とは対照的にいろいろと問題のある師匠だったけれど、数年間師事した間、私の月謝は無料だった。


 それにつけても、1回何万円もする稽古とは、まさに「戦国乱世は遠い昔なれど、剣術は商売なり!」(「剣客商売」OPナレーションより)ですな。

(了)
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