平成22年を振り返って/(手裏剣術)
- 2010/12/28(Tue) -
 早いもので、もう年の瀬である。

 今年、翠月庵も開設から丸3年を迎えた。

 平成22年の当庵を振り返ってみると、最大の成果は、先日、初学の教程を修了したYさんをはじめ、最古参のSさん、他流の高段者でもあるK2さん、YZさんなど、定期的に稽古に参加してくれる会員諸子が、少数ながらも定着してくれたということである。

 場所柄、けしてアクセスの良い場所にある稽古場ではなく、また週末の貴重な時間を割いて、稽古に通ってくれる人がいるというのは、庵の代表者として、これほどうれしいものはない。


 一方で、今年は、昨年や一昨年と比較すると、新規の見学希望の申し込みがまったくなかったのが特徴的であった。

 ある意味では、ごくごく限られた一部の世界の中での、そのまたコップの中の嵐のような「手裏剣ブーム」も、これで過ぎ去ったのかなあとも思う。


 刀法併用手裏剣術に使用する、当庵の制定剣としては、翠月剣(第2案)に決定することとした。

 短刀形、全長約236ミリ/幅13ミリ/厚さ5ミリ/重さ約110グラム。

 無冥流、鈴木崩残氏の全面的なご協力で完成したこの剣は、今後、当庵の看板になるかと思う。威力、操作性、飛距離ともに、たいへん満足できるものであり、造形としても、既存の古流・現代各流と比較しても、独自性を打ち出せたのではなかろうか。


 個人的な部分で今年を振り返ると、刀法併用手裏剣術に用いる剣の選定に、ひたすらかかりきりになった1年であり、そういう意味では、昨年や一昨年に比べると、技術的には、あまり大きな進歩を得ることができなかった。



 その上で来る平成23年の目標であるが、まず第一に、翠月剣の制定に合わせて、翠月庵の手裏剣術の教習体系を見直す予定である。

 現状では、長剣、穴あき重量剣、軽量剣などの使用を前提とした体系になっているが、これを長剣と翠月剣の2種使用を前提とした体系に見直す予定だ。

 次に、個人的な目標としては、翠月剣の習熟。これに尽きる。

 これは今年の目標でもあったが、とにかく翠月剣による三間尺的での精度の向上、これに集中したい。そのためには、平素から四間尺的の稽古に習熟する必要があろう。

 また稽古会としての目標、というか予定であるけれども、来年は、もう少し会としての行事に積極的に取り組みたいと考えている。

 具体的には、講師を招いての会員向けの技術講習会の実施、友好団体にお邪魔しての剣術・抜刀術などの交流稽古なども実施できればと考えている。

 一方で、会の規模に関しては、宣伝や拡大などはまったく考えていない。

 今以上に宣伝などしなくても、縁のある人は当庵の存在を知るであろう。そしてやりたい人は来れば良いし、そうでない人が無理に通う必要もない。

 そもそも、基本的には自分たちの稽古場として開いたのが当庵のはじまりであるし、武術などというものは、好きこそものの上手なれの世界で、無理に人集めをするものでもない。

 ましてや、金儲けの道具であってはならないのは、言うまでもない。

 ゆえに来年も、いままで通り、粛々と稽古が続けられればと願っている次第である。

 手裏剣屋の自分が言うのもなんだが、元々、手裏剣術などというのは、武芸十八般の中でも徒花的存在であり、斯界の片隅でひっそりと咲きながら、しかし何か不思議に魅惑的な存在であれば良いのではないかと思う(笑)。


 さて、末筆ですが、今年も1年間、変わらぬご支援をいただき、なかでも翠月剣制定については、あらゆる面で全面的にご協力をいただき、素晴らしい剣を作り上げてくださいました、無冥流・鈴木崩残様には、心よりお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。


 また、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のたんだ先生と同門のみなさん、および同稽古会のみなさんには、今年も楽しく、また有意義に交流をさせていただきました。

 来年はぜひ、当庵会員諸子も含め、団体同士としても、より親密な交流をさせていただければと考えております。


 そのほか先達・武友の皆様、また貴重な稽古場をご提供くださっている家主様にも、この場をかりまして改めて、御礼申し上げます。

 今年も1年間、本当にありがとうございました。

 それでは皆様、良いお年を。

 翠月庵主
 市村翠雨 頓首

 
 
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初冬雑感/(身辺雑記)
- 2010/12/19(Sun) -
 ここしばらく、本ブログの更新が滞っていたのには訳がある。

 先月、いろいろと訳ありの身内が中風で倒れ、やれ緊急入院だ転院だ、リハビリだ介護だ、誰が面倒を見るのだ、金はどうするのかなどなど、心身ともにてんてこ舞いであった。

 おまけにここ数日前まで、自分自身が3年ぶりに風邪をひいてしまい、数日間、寝込んだりと、なかなかに厳しい日々であった。

 人間、健康が第一である。


 さらに、12月といえば、われわれ出版業界人は、いわゆる年末進行というやつで、なにかと作業をあおられてしまう時期。

 以前ほど、締め切りが前倒しにされることはないけれども、逆に「年内に材料を渡しますから、年明けまでに原稿を」という仕事が増えた。

 結果、今年の正月は大晦日と元日以外は、仕事かなとも思っている。ま、1月2日は日曜だから、休んでもいいか・・・。


              *  *  *  *  *  *  *  *  *


 武術・武道では、礼法はなくてはならない教えであり、「礼」は実態をともなった「技」である。

 礼法については、各流儀や各会派、地域(旧藩・天領)によっても様々に異なるものであり、瑣末な違いをあげつらって、「○○は正しいが、××は間違い」というのは、たんなる揚げ足とりだ。

 重要なのは、その礼法に込められた、その人の「心」である。


 業前や礼節の形はまあまあだが、なぜか回りの人を不快にさせたり、人付き合いが長続きしないという者が、武術・武道界にもいる。

 こうした人というのは、形だけは礼を尽くしているようでも、そこに「真心」や「気配り」、「思いやり」が込められていないのが、おのずから現れてしまうのであろう。

 武術・武道人というのは、目に見えるものはもちろん、目に見えない気配や勘働きさえも対敵の心法として普段から重視しているので、こうした「形だけの礼を尽くす」不貞の輩を、本能的に見破ってしまうものなのだ。

 逆に言えば、礼の形式にかなってはいなくても、「誠意」や「熱意」、「気配り」のある行動は、それとして他者に伝わるものである。そうであれば、後は形式を覚えるだけでよい。

 このように、礼法で問われるのは、本質的にはその者の内面の動きである。

 ゆえに心得あるまっとうな武術・武道人から、「無礼な!」っといわれる者というのは、意識してか無意識のうちにかは別として、その者の内面に相手に対する「敵意」や「軽蔑」、「侮りの心(今風に言えば、上から目線ですな)」などが表出しているのであろう。

 「礼は異を弁(わ)かつ」とは、『礼記』の箴言である。

 分かつべき異に心が至らない未熟、言い換えれば「無神経さ」や「傲慢さ」をいかに正すかも、武術・武道の礼儀作法の役割であろう。


              *  *  *  *  *  *  *  *  *


 11月からはじめた、柔術系体術再入門後の稽古は地道に続けている。

 立場上、人様に教えることが多くなってきた昨今、初心に帰って、技を一から学ぶというのは、たいへん心地よく、「これが学ぶヨロコビというやつなのだよなあ」と、しみじみ。稽古に向かう道すがらの、「不安とときめき」は、自分の稽古場に向かうときには味わえない、ちょっと懐かしいものだ(笑)。

 掛稽古や打ち込み稽古を延々と繰り返し、足がもつれ息が上がると、「これはいかん、フィジカルが落ちとる・・・」と改めて己の加齢を知ると同時に、「これが稽古なんだよなあ」とも実感。師範のご指導も、明晰で分かりやすく、よい学びの場に出会うことができたと思う。

 いやまったく、体術の稽古は楽しいものだ。


              *  *  *  *  *  *  *  *  *


 某古流(と称しながら実は現代流派)居合会派のWEBをつらつら見ていたら、またまた小学生に斬りの稽古(試斬)をさせていた。「大人でも斬り損じることもある畳表を、見事に両断、云々」との、無邪気かつ能天気なコメントを見ると、同じくやっとうをたしなむ者としては、暗澹たる気分になる。

 斬りの稽古が一般的になってきたのは悪いことではないが、指導する者は、それを学ばせる弟子の「時と場」を慎重に吟味しなければなるまい。

 そういう意味でこれまでも何度も指摘してきたが、小学生の試斬など、武術・武道の稽古としては言語道断であり、百害あって一利なしである。

 斬りの稽古が、単なる客寄せや、稽古者やその保護者のためのエンターテイメントになっているのであれば、それは「居合術」ではなく、大道芸の「居合い抜き」にすぎない。

 そして大道芸としての「居合い抜き」が、武術や武道でないことは、言うまでもない。


(了)
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私的体術考/(武術・武道)
- 2010/12/01(Wed) -
 流れ武芸者である私の体術の素養は、柔術と空手道である。

 13~17歳までの5年間、大東流系のH流柔術・・・分かりすぎか(笑)・・・を伊豆のI先生にご指導いただいた。その間、17歳の時には、東京までT流柔術のK先生の下に通い、ご指導をいただく幸運にも恵まれた。

 また、剣術や抜刀術の旧師にも、いくつかの古流の技を参考として指導していただいた。


 その後、10年ほどのブランクをへて、29歳で伝統派空手道の門を叩き、昨年までおよそ10余年、稽古をしてきた。


 今の私は、手裏剣術を本科とし、剣術と居合・抜刀術を予科として、翠月庵で稽古と指導をしているわけだが、一方で体術は、あくまでも「純粋に自分のための稽古」と位置づけ考えている。

 その上で、この夏の転居後、改めて学ぶべき場を探し、先日から2つの稽古会へ参加させていただいている。

 1つは、武術としての身体操作を古流の形に還元しようというA稽古会。もう1つは、某古流柔術系現代武道の会派(我ながら意味不明の例えであるが、そこは大人の事情ということでご容赦されたし)のB会C支部である。

 いずれの稽古会にも、ご指導いただく先生方には、「手裏剣術や剣術・抜刀術、柔術や空手道などをたしなんできましたが、改めて初歩からご指導をお願いします」と申し述べた上で、入会をお許しいただいた。


 それにしても、我ながら白帯をきりりと締めるのも、なんとも懐かしい気分である。なにしろ、この前、白帯を締めていたのは前世紀の話だ(爆)。

 茶帯の先輩(高校生?)に稽古をつけてもらい、こちらが型通り動けずもたついていると、こっそり、しかし聞こえるように「チッ!」っと舌打ちをされたりするなど、格闘系武道の稽古特有の、いささか懐かしい感慨に浸ることしきりである(笑)。

 まあこれも、新参者が受ける洗礼というものである。


 しかし、なんといっても他流で一から学びなおすというのは、こちらとしても、それまでの我や執着を捨て去って、技も心もまっさらに、初学者として虚心で素直に学ばねばならないのは、言うまでもない。

 そしてまた、そういう稽古を改めてできることが、なんともすがすがしいのである。



 さて、それではなぜ、手裏剣術ややっとうに比べて、体術の稽古は私にとって「純粋に自分の稽古」なのか?

 手裏剣術ややっとうと異なり、体術というのは、武技そのものが現代社会のニーズにあてはまるものである。

 ありていに言えば、手裏剣や抜刀術は、護身術やセルフディフェンスに直結することはできないが、いまだに体術は直結する。それだけ、よりリアルで切実な技であり、稽古であるということだ。

 そういう意味で、私にとっては手裏剣術や剣術・抜刀術の稽古目的が武技の研究とその実践であるのに対し、体術の稽古は、フィジカルと護身という、きわめて切実なニーズなのである。

 当然ながらそれらはいずれも、最終的には武道の練成による事理の一致と、それによる人格の陶冶という目的に収斂されるわけだが、そこに至るモチベーションが、手裏剣術や剣術・抜刀術などの古典的武器術と、空手道や柔術などの体術とは、私の中で大きく異なるのである。

 とまあそういうわけで、しばらくはまた、先生と生徒という二足のわらじをはきつつ、稽古に励んでいく所存である。

 とりあえずは動き盛りな年頃の若い先輩方に、怒られないようがんばりたいものだ(笑)。

(了)
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