防衛運転10則/(武術・武道)
- 2012/06/29(Fri) -
 免許を更新した。

 しかし無精者ゆえ、期日を半年も過ぎており、失効した免許の再取得という形。このため、2時間の講習を受けさせられた。

 思えば、初めて免許を取って、ピカピカの’87NSR250Rにまたがったのは、もう25年以上も前。

 その後、GPz400F、ウルフ250、Z250LTD、Z400GP、TDR250、デスペラード400ワインダー、ジェベル200と、日本国ならではの、由緒正しい中型自動二輪人生を歩んできた(笑)。

 一方で、ついに不惑を超えた今にいたるまで、四輪の免許は取らなかった。多分、これから取る事もないであろう。

 それにしても、もう4年ほど、バイクにはまたがっていない。

 タバコをやめたのも、4年前だったか。

 バイク、ダイドーの缶コーヒー、そしてソフトパッケージのラッキーストライク。

 青春の象徴だね・・・・・・。

 まだ若くてとんがったバイク乗りだった頃、横浜ケンタウロスのボスに、「速くなくてもいいから、長く乗れ」と、あの暗く妖しい2階のクラブハウスで諭されたのも、遠い昔、20世紀の思い出話である・・・。


 さて講義の中で、耳を引かれたのは、事故防止の秘訣の話。

 いわゆる防衛運転の教えで、「人間の平均的な反応時間は、何かの動きを見てから、それを認知し対応するのに、大体0.5秒かかる。だから、危険を予測して回避しましょう」という話であった。

 これは武術・武道でもよく言われること。

 相手の攻撃を見てから反応するには、どうしても0.5秒くらいかかるわけで、だからこそ対の先にせよ、後の先にせよ、予測=読みが重要になる。

 ゆえに古流では、攻防時の読みに関する口伝も少なくない。

 さらに、こうした生理的な反応時間の限界があるからこそ、攻防では「先制主導の原則」が基本となるべきなのである。


 「先」の稽古は、手裏剣術の的打ちや、居合・抜刀術の単独型の稽古だけでは、習得することができない。

 そこで地稽古や乱捕りが必須になるわけで、それは手裏剣術も同じである。

 ただし、それをいかに、単なる雪合戦にしないでできるか? これが大きな課題だ。


■宮城県運転免許センターの『防衛運転10則』

 1.配慮のテクニック(他人、まわりに対する気くばり)
 2.距離確認のテクニック(つかず、離れず)
 3.隔離のテクニック(相手から離れる)
 4.コントラストのテクニック(めだつような色彩等で)
 5.デモンストレーションのテクニック(自分の意志を明確に、あいまいな合図や動作はさける)
 6.辛抱のテクニック(イライラしない)
 7.準備のテクニック(先を見こす)
 8.計算のテクニック(安全の先取り、危険予知活動)
 9.ルート選択のテクニック(道路を選ぶ)
 10.余裕のテクニック(ゆとりをもって運転)


 これはそのまま、武芸者の心得ではないか!

 (了)
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両眼打ちと剣術/(手裏剣術)
- 2012/06/24(Sun) -

▲来年の演武では、両眼打ちをやろうかなあと・・・



▲初級の型は、5本ある


 久々に、翠月庵のチャンネルに動画をアップした。

 最近、三間程度だと、両眼打ちが比較的好調である。ただ、うまく剣がバラけるかどうかは、神のみぞ知るところであるが・・・。


 空手の稽古で痛めたのか、右前腕の筋肉の深部が痛む。おまけに早くも夏ばてなのか、妙にだるくてしかたがない。

 まあ、そういう歳になったということか・・・。

 (了)
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体術出稽古備忘録/(武術・武道)
- 2012/06/17(Sun) -
 梅雨である。

 ゆえに、雨が降る。雨が降ると、野天道場の当庵は、稽古ができない。まあ、雨の中でもできないこともないが、手裏剣や刀は錆びるし、踏み込みで地面を掘ってしまうので、よろしくないのである。

 というわけで、昨日の稽古は急遽、休みとなった。

 そんな折、武友である不動庵の碧洲齋さんにお誘いをいただき、出稽古にお邪魔したのは、掲示板に書いたとおり。


 いまでこそ、手裏剣術屋の看板を揚げているものの、もともと私の武歴の始まりは柔術。

 といっても、ブラジリアンなどの舶来のではなく、日本古来の柔術である、念のため・・・。

 その後、伝統派の空手道も10年ほど嗜んだが、やはり自分の体術の基本は、柔術にあるように思う。ゆえに、今回の出稽古はたいへん興味深く、楽しく、稽古させていただくことができた。

 以下は備忘録。


 拇指拳を使った当身は、かつて稽古した流儀が、これを多用するところだったのだが、これまで学んだことの無い使い方を指導していただき、「なるほど、この方向から、この角度で、しかもこの動きの中で、ここに当てるのか!」っと、目からうろこが5~6枚は落ちた。

 それ以外にも、独特の手刀の当て、運足による崩しなど、やはり柔術系の体術の稽古は、打・投・極がバランスよく学べ、楽しい。

 空手道でも、形を分解すれば、投げや極めなどの技は無数にあるのだが、それを指導する(できる)指導者が少ないのは、残念なことである。

 柔術の稽古をある程度してきたものからすれば、「この動作はどう考えても極め技」というのが、トンチンカンな打撃の受け技などとして解説されていることも、少なくないのである。

 思うにこれは、一連の技の流れ全体を「型稽古」という相対攻防として継承している日本柔術に比べ、空手道の「形稽古」は単独動作であり、しかもその攻防動作の解説(分解)が、明確に継承されてこなかったことに原因があるのだろう。


 また、今回の出稽古では、空手道で言うところの、「十字受け」を使った技をいくつかご指導いただいた。

 これも、十字で受けながら体捌きと運足で崩し、当てて、投げるというものである。

 空手道の世界では、「十字受け」などは、もはや形の挙動でしか出てこない完全に形骸化した技なのだが、生きた技として指導されていた。

 ここで重要なのは、「なぜ、そう受けるのか?」という、演繹に基づいた読解力である。

 いまさら言うまでもないが、素手によるスパーリング的世界観の攻防では、十字受けのような形のディフェンスは、ほとんど用をなさない。

 コンビネーションを基本にした打撃の攻防では、十字受けが想定している、突きっ放しのような形の、一調子の単発の突きなどというのはありえないからである。

 だから、十字受けなどの技は使えない・・・、というのは早計である。

 短慮である。

 そもそも武芸というのは、素手だけの攻防を意図していない。

 たとえば、殺敵を意図した短刀などによる刃物の突きでは、一調子の単撃が基本となる。

 なにしろ胴突きであれば、相手の背中へ切っ先が貫き抜けるほど、しっかりと刃物を突きこまなくてならない。あるいは顔面突きでも、顔面の中央から脳髄に剣先が到達するほど、しっかりと突き通さねばならない。

 そして、こうした突きの動作は、おのずから一調子の単撃にならざるを得ないのである。

 これは斬り下ろしでも同じ。

 真っ向正面でも、袈裟でも、切っ先が地面に向くまで、しっかりと切り下ろさねば、頭蓋骨を斬り割り、あるいは確実に頚動脈を切り裂くような斬撃にならないからである※1。

 そこで十字受けのような、その後の業の展開につながる受け技が活きてくるのだ。

 あるいは、日本人は基本的に、暴力を振るう際、いきなり殴りかかることが少ない。多くの場合、相手の胸倉なり、肩なり袖なり、髪の毛なりを、利き腕でつかもうとする※2。

 その際の腕の動きは、基本的にコンビネーションではなく、一調子の単純動作となる。いきなり腕をこちらに伸ばしてくるわけだ。

 左でフェイントし、右のボディフックで振って、左のショートアッパーから、右手で胸倉をつかむ・・・、などという人はいないのである。

 そこで、十字受けのような、受け技が活きてくるのだ・・・。

 
 というように、技というのは、それがどのような状況(場)で使われるかによって、規定されるものである。

 ここのところを理解しておかないと、「十字受けだと、コンビネーションブローに対応できませんよね・・・」、などといったトンチンカンな疑問が生まれてしまうし、あるいは「だから、そういう技は必要ない」などという、先人の知恵を冒涜するようなおろかな指導法に陥ってしまうのである。

 古人から受け継がれた業の伝統は、実に奥深い。

 (了)

※1
武技に熟練した者であれば、「浅く勝つ」、あるいはしっかりと斬り込みながら連続技につなげることができるのは、言うまでもない。

※2
ところが最近は、日本人の民族的な身体文化が変わってきたこともあってか、いきなり殴りかかるというケースも少なくないように思う。
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第1回 翠月庵夏季合宿
- 2012/06/11(Mon) -
 去る6月9日(土曜)~10日(日)の2日間、山梨県にて、翠月庵の夏季合宿を開催した。

 当日初日はあいにくの雨だったが、なんといっても普段の野天稽古とは違い、合宿は体育館での開催なので、天気も気にならない。

 駅で現地集合し、昼食後、体育館へ。

 民宿が運営している体育館ということだが、床下には武道場用のスプリングが入っており、正面にはきちんとした神棚も設えてある。

 まずは全員で的を設置。距離最大六間の的を4つ立てる。

 そしていよいよ稽古開始。

 1日目のカリキュラムは、まず最初の2時間は、今回の合宿をサポートしてくださる、無冥流・鈴木崩残先生による、無冥流打法の講習である。

 無冥流投法の講習は、昨年の秋、当庵で開催したのだが、私自身は、同日に米国人M君への剣術指導を行っていたので、今回が初めてとなる。一方で、当庵のYさんとKさんは、前回に引き続き、2回目の講習となった。

 2時間の無冥流講習の後は、翠月庵の飛刀術集中稽古。

 二~二間半の間合で、上段、八相、車の構えから、脇差を直打で打つ。飛刀術は、実は見た目以上に難しいのだが、YさんもKさんも、初めてにも関わらず、的確に刺中していた。これは、普段の手裏剣による直打が、しっかりできているからである。

 1日目最後の1時間は、各自自習。

 私は、今回講習を受けた無冥流投法のほか、普段行っている当庵の上段打ちもみっちり行う。この際、鈴木先生より、打剣の手之内について、アドバイスをいただいた。

 その結果、これまで難渋していた翠月剣での五間直打について、良好で的確な打剣ができるようになったのは、目に見える大きな成果であった。


▲合宿1日目

 稽古終了後は、宿に戻り入浴、そして夕食。

 食後も部屋で、遅くまで武術談義に花が咲いた。Yさん持参の、ニッカのモルト原酒も、実に美味であった(笑)。


 合宿2日目。

 まずは手裏剣術の稽古で、身体を慣らし、ついで掌剣術の稽古。基本の手解4本を、木太刀を使って稽古。それをそのまま、掌剣での技に展開する。

 次いで、剣術の集中稽古。基礎剣術としての素振り、初級剣術としての翠月庵の型(組太刀5本)、さらに中級剣術として古流の型5本。これはいままでの稽古では通常の木太刀を使っていたが、今回の合宿では、流儀の本式の木太刀を用意した。

 以上はこれまで通常の稽古で行ってきたものだが、今回の合宿では、さらに古流の素振り、片手打ちの基本を指導。加えて古流の組太刀の裏の型も2本、指導した。

 2本用意した木太刀のうち、1本は今回の合宿のために新調したもので、もう1本は、私が高校生のころから使っているものだ。

 ふと思えば、28年前の紅顔の美少年剣士も、いまや厚顔の微中年となったものである・・・。

 閑話休題。

 剣術の後は、抜刀術の集中稽古。こちらも基礎抜刀術(翠月庵の型)に続いて、中級抜刀術として古流の型6本を指導。静かな屋内に、樋鳴り・刃鳴りの音がすがすがしい。

 昼食後、午後の稽古は、再び手裏剣術から開始。

 ここでは通常の打剣のほか、模擬手裏剣を用いた「手裏剣術対剣術」、「剣術対刀法併用手裏剣術」、「手裏剣術対手裏剣術」などの、地稽古を行った。

 こうした稽古は、ともすると単なる「雪合戦」的な当てっこになってしまうが、さりとてまったくやらないのもただの的打ちになってしまうので、慎重に、しかしある程度の技量となった者には、今後も折りをみて指導・研究していきたいと考えている。

 稽古の仕上げは、再び各自、手裏剣の打剣。

 私は翠月庵の上段打ちからの前後打ちと左右打ち、さらに両眼打ちによる前後打ちと左右打ちを、いずれも三間から集中して行った。

 さらに翠月剣での五間打ちも、たっぷりと行い、成果と手ごたえを得ることができた。


▲合宿2日目


 終礼後、的を撤去し、稽古場を清掃。

 2日間、たっぷりと稽古に打ち込んだ道場を後にした。

 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 こうして当庵初めての合宿は、事故や怪我もなく、無事終了することができた。

 なにより、私も含めた参加者各人が、それぞれ技術的になんらかの「手ごたえ」と「上達」を得る事ができたのは、大きな成果であった。

 この場で、今回の合宿開催のご協力、講習会と稽古全体での技術的な助言をしてくださった、無冥流・鈴木崩残様には、改めてお礼申し上げます。

 ありがとうございました。

 また多忙な中、合宿に参加してくださった、YさんとKさんも、ご苦労様でした。

 2日間の濃密な合宿稽古の成果を振り返ると、規模は小さいながらも、「手裏剣術伝習所・翠月庵ここにあり!」という感慨もひとしおである。

 今後も、例年、夏季合宿を継続し、当庵の定例行事にしていければと考えている。

 (了)
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「武士道」ってなんだ?/(武術・武道)
- 2012/06/04(Mon) -
 武術の稽古会を主催していると、いろいろ誤解されたり、予断をもたれることが少なくない。

 なかでもよくあるのが、思想的な問題である。

 ありていに言えば、「市村さんの思想は、やはり武士道ですか?」とか、言われることがあるわけだ。

 そういうときに、「おたくさんの言う『武士道』とやらは、いったいどこの誰さんが、いつの時代に、どのような思考体系と社会的背景に基づいて唱えたものなのですかね?」っと、小1時間ほど問い詰めたい気分になる・・・。

 が、しかし、そこはそれ社会人の常識として、そんなことは言わずに、

 「いや~、何しろうちの一族は、足利尊氏にこてんぱんにやられて皆殺しにされたもんで、わずかな生き残りも室町時代には帰農してしまったもんですから、武士道なんて高尚なものはとてもとても・・・」

 と、軽くいなすようにしている。


 さて、世の中に「武士道」を語る人は少なくないけれども、そもそも、その「武士道」ってなんだい? ってことである。

 歴史を振り返れば、現在のステレオタイプ的な「武士道」なるものは、日露戦争以後、白兵戦でガッツの無さが露呈してしまった兵士と国民の思想的脆弱性を鼓舞するために、国策としてリードされ新たに編まれた、比較的新しい考え方である。

 このあたりの経緯については、兵頭二十八氏の著作、『あたらしい武士道』や、『予言 日支宗教戦争』に詳しい。

 この、明治後半に意図的に編まれ、第二次大戦をへて、現在に至る、いわゆる“ステレオタイプ的武士道”は、結果として日本人の寄って立つ、「世界的に通用する普遍性を持った思想」になり損なった、ある意味、出来損ないの儒教の成れの果てである・・・、といっても過言ではないことも、また上記二書に詳しい。

 新渡戸稲造が明治の世に芽吹かせた、国際的に了解可能な、日本人の近代的自我たりえる「あたらしい武士道」を、 健全にすくすくと育てることのできなかった、わが国の過ちは、結果として1945年の敗戦にたどり着く。

 自ら開戦しないという世界に向けた「公的な約束」を平気で破り、戦機とその結果も考えず、選民思想と勢いだけで、国力20倍の敵との戦いに突入した、戦の専門家たる軍人たちの精神的な裏づけが、かつて新渡戸が種をまいた近代的理想としての「あたらしい武士道」とは似ても似つかぬ、カルト的似非武士道だったのは、返す返すも、日本人の悲劇であった。

 「日本は神の国であるからして、鬼畜米英に負けるはずが無い」という、根拠のないカルト的自信。
 「銃剣や軍刀で、自動小銃と戦う」という、戦闘的合理性の欠如。
 「生きて虜囚の辱めを受けず」という、兵士の命を大切にしない前近代性。

 こんな無様で、想像力の欠如した、近代的武士道の権化だった昭和の武人(軍人)を、勝つためにありとあらゆる知力と合理性を駆使して脳髄をふり絞った、戦国時代の武士道に支えられた国人や地侍たちが見たら、どのように思うだろうか?


 江戸時代、平山子龍は、「学問せぬ武芸者は匹夫の勇にして、三味線弾き候 芸者も同様」と、指摘している。

 あるいは、いにしえの大陸では、すでに紀元前500年の段階で、戦の本質をこう喝破している。

「怒りはもってまた喜ぶべく、慍(いきどお)りはもってまた悦(よろこ)ぶべきも、亡国(ぼうこく)はもってまた存(そん)すべからず、死者はもってまた生(い)くべからず。ゆえに明君(めいくん)はこれを慎(つつし)み、良将(りょうしょう)はこれを警(いまし)む。これ国を安(やす)んじ軍を全(まっと)うするの道(みち)なり」 

(怒りは解けて、また喜ぶようになれるし、憤激もほぐれてまた愉快になれるが、いったん戦争をはじめて、もし失敗したとなると、亡んだ国はもう一度たてなおしはできず、死んだ者は再び生き返ることはできない。だから聡明な君主は、戦争については慎重にし、優れた将軍はこれをいましめる。これが国家を安泰にし、軍隊を保全するための方法である)

 (『孫子』火攻篇)


 さて、選民思想的な、誤った武士道という思想に導かれ、この国は将兵約230万、民間人約80万という、尊い命を失った。

 そしてその代償に、60余年の平和がもたらされた。

 にも関わらず、あいも変わらず選民思想的な、あるいは尊大な精神主義的な似非武士道なるものが、再び大手を振って歩くようになっては、日清・日露から第二次大戦に至るまでの、いや、「一所懸命」に領民と郎党を守った鎌倉武士以来の、この国の武人の魂が泣こうというものだ。

 義務教育で、武道が必修になったこの時代にこそ、自らを武人と思う人々自ら、「あたらしい武士道」を思索し、構築しなければなるまい。

 そのための、もっとも理想的かつ根源的な原テキストは、やはり新渡戸武士道しかあるまい。

 なぜならそこには、鎌倉以来の日本の武士階級の美徳が、ギリシア以来の西洋の知や倫理と比較対照され、西洋人にも理解できるよう平易に説かれているからだ。

(現代の日本人は、新渡戸が生きていた時代の西洋人と同じ程度に、古典的な日本文化の素養が欠如しているだろう)

 しかも新渡戸は、日本の伝統的な武士道が持たざるをえなかった、儒教的マイナス面(公的な約束よりも、身内を大事にする利己主義)を適切に排除し、日本の武士道を、西洋人にも了解可能な、普遍的かつ公正な「思想/宗教」として再構築しているのである。

 ゆえに、21世紀の武人が了解しておくべき、「あたらしい武士道」は、まずは新渡戸武士道を土台として出発することが、もっとも合理的であり、かつ建設的であると、私は確信している。


 「武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう。

 その武勇および文徳の教訓は体系としては毀れるかもしれない。しかしその光明その栄光は、これらの廃墟を越えて長く活くるであろう。

 その象徴とする花のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう」
 ~新渡戸稲造~

 (了)
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真剣白刃取りってできますか?/(武術・武道)
- 2012/06/01(Fri) -
 過日、とある酒場のカウンターで、昔なじみの常連のAさんとの会話・・・。

 「市村さん、質問していい?」
 「どうぞ、なんなりと」
 「真剣白刃取りって、本当にできんの?」
 「む~ん、何をもって、『真剣白刃取り』って言うのかによりますねえ・・・」

 Aさんは、私よりもひと世代上の、50歳代前半。大阪万博にいったことのある、『20世紀少年』世代である。ということはつまり、『空手バカ一代』世代でもあるわけだ。

 「Aさんの言う『真剣白刃取り』って、あの合掌するみたいにして、刀の刃をパシッとはさみ取るやつのことでしょ?」
 「そうそう、それそれ!」
 「絶対にできないとは、言わないけど・・・」
 「なんか、はっきりしないなあ」
 「刀を振る人が、素人さんなのか、熟練のやっとう遣いかによっても違うしねえ。」
 「仮に、真剣勝負なんだから、刀の人も真剣白刃取りの人も、同じレベルの名人ということで、ひとつ」
 「となると、まあ、十中八九、無理でしょうねえ」
 「そうなの?」
 「例えば、ゴルフのスイングって、アマチュアの平均的なヘッドスピードが、秒速40~50メートルなんですよ」
 「秒速じゃあ、分かりにくいなあ」
 「時速に換算すると、144キロ。つまり、素人さんが刀を振っても、このくらいのスピードで、白刃は飛んでくるわけです」
 「でも、バッティングセンターだったら、150キロでも、結構、打てるでしょ」
 「じゃあ、時速150キロでボールが飛び出すピッチングマシーンの、玉の射出口から、1.8メートルの距離に立っているとしたら?」
 「うーむ・・・」
 「しかも、フェイントもありでボールが飛び出す」
 「・・・・」
 「こうした条件で、顔面に向かって時速150キロで飛んでくるボールを、しかも避けるのではなく、パシッと合掌する形で、掌で挟み取れますかねえ、常識的に考えて?」
 「無理っぽいね」
 「ボールと刀の刃では、また形も違うけども。世の中、絶対ということはなかなか無いから、断言はしないですけど、常識的に考えれば、無理な蓋然性が高いと」
 「ま~た、『蓋然性』とか、難しいことを言う」
 「いや~、メンゴ、メンゴ」
 「それまた死語だよ。じゃあ、やっぱ真剣白刃取りは、インチキなわけだ」
 「いやいや、必ずしもインチキだとはいえないですね。白刃取りをする人と、刀を振る人の相対的な技術レベルにもよりますから。日本一の技術を持つ空手家なり柔道家なりと、剣の稽古を始めてから3ヶ月の人との間ならば、できなくはない・・・、かもしれない」
 「そりゃあ、ずるい」
 「まあね。でも、他者との闘争というのは、かならずそこに、彼我のレベルの差というものがあるわけですから」
 「なるほどね」
 「あるいは、ある種の特殊な武具を使えば、一見、真剣白刃取り風な技は可能です。もっと言えば、ステレオタイプな合掌の形で受ける形でなければ、素手で刀を持った相手を制圧する想定の技は、古流の柔術などではごく一般的なものなんですよ」
 「ふ~ん。やっぱあの合掌してパシッとは、できないんだ・・・」
 「まあ、疑問に思うなら、それこそ竹刀でもいいし、ピコピコハンマーでも、丸めた新聞紙でもいいから、試してみればすぐ分かりますよ」
 「じゃあさ、じゃあさ、仮にだよ。市村さんが、真剣でや~! って斬って、相手がすごい達人で、真剣白刃取りで、パシッと合掌の形で受けられたらどうする?」
 「軽く手首を返して刃を捻りながら、刀を手前に引きますねえ」
 「そうすると、どうなるの?」
 「刀が、信じられないほどものすごいなまくらだったなら、折れるかもしれない。折れれば、折れ残った刀で、相手の手首なり、頚動脈を斬る。あるいは顔面にそのまま突き込む」
 「うえー、えぐい」
 「でもまあ多分、手のひらで挟まれた状態から捻ったぐらいでは、まともな刀なら折れることなんて無いだろうから、刃をひねって引き斬りにすれば、相手の掌が斬れちゃうでしょうねえ。まあ、実際にやったことは無いから分からないけど。そこに板さん自慢の柳刃があるから、試してみましょうか?」
 「マジ!?」
 「うそぴょん」
 「・・・」
 「・・・」

 いまどき、「マジ」というのも死語だが、「うそぴょん」というのも、どうかと思う、我ながら・・・。
 
 「じゃあ、相手が万力のような怪力で、挟まれた刀が捻れない。おまけに刀が名刀で、折れもしない。さあ、どうする先生!」
 「なんかだんだん、想定問答のようになってきましたねえ。そしたら脇差抜いて、斬るなり突くなりすればいいんじゃない」
 「ではでは、その脇差を、相手がよけたら・・・」

 とかなんとか言いながら、縄のれんの酔っ払いたちの、他愛もない夜はふけていくのであった。

 (了)
 
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