秋夜雑感/(武術・武道)
- 2012/09/29(Sat) -
 生業多忙である。

 明日は千葉でドライブ撮影のロケハン、明後日は小田原で社会福祉法人の座談会、明々後日はまた千葉で医療法人の診療所などのルポ。

 そして当然ながら、締め切りが延々と続く。

 これくらい寧日なく働いているので、そろそろ中河内あたりが買えるのかしらん・・・・(爆)。



本日の稽古備忘録

 力めば力むほど、的中の精度が落ちる。がしかし、武技となるだけの威力も維持しなければならぬ。

 結局、正しく刺さらないのは、構え、手の内、手離れ、いずれかが不正だから。頭で分かっていることを、いかに身体になじませていくのか。それが稽古なのであろう。


 居合。二尺一寸を、のびのびと大きく抜く。

 短い刀を大きく遣うことに、いささか慣れてきた感あり。

 (了)
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二尺一寸は、ダイニングで抜くのにちょうど良い・・・/(身辺雑記)
- 2012/09/23(Sun) -
 昨日は、日中所用があったため、稽古場での定時の稽古は休み。

 このため帰宅後自宅で、2時間ほど稽古。


 2間座打ちを1時間。

 いつもの翠月剣のほか、気分を変えて幅7ミリ角型・長さ20センチの剣を打つ。

 その後、30分ほど居合を抜く。本日は、二尺一寸の差料で。

 いわゆる「樋鳴り」とは違った、樋のない刀特有の「刃鳴り」が、また身を引き締める。


 さて、明日も仕事だ・・・。

 (了)
 
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1cm未満の誤差/(手裏剣術)
- 2012/09/22(Sat) -
 ようやく、アクセス数が、平常に戻ってきた(笑)。



 先週から今週前半にかけて、非常に打剣が好調であった。

 こういうときは、たいへん気分が良い。

 ところが今週半ばから、絶不調・・・。

 いかんともしがたい状況であったが、昨日の稽古で、どうも手之内の剣尾の位置が深すぎることに気づいた。

 ここを調整することで、ようやく的中の調子が戻りつつある。


 思うに、ここ最近打剣が好調だったため、さらに威力ある的中をさせようと力が入り、それに耐えるために手之内の握りが深くなってしまったのだろう。

 手之内が深くなることで、手離れのタイミング、剣の押さえ、重心位置の微滑走、これら的中に必要な要件が、全て乱れてしまったというわけだ。

 それにしても、剣尾の位置が深くなったといっても、実際は1cm未満のことだ。

 いやはやまったく、手裏剣術とはデリケートな武芸である。

 (了)
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朝、剣を打つ/(手裏剣術)
- 2012/09/19(Wed) -
 朝、多忙な一日の始まりに、心を静めて剣を打つ。

 わずかな時間ながら、一剣一打にかける意識が冴える。


 人生七十 力囲希咄
 吾這寶剣 祖佛共殺
 堤る我得具足の一太刀
 今此時ぞ天に抛

 人生ここに七十年。
 えい、えい、えい!(忽然と大悟した時に発する声)。
 この宝剣で祖仏もわれも、ともに断ち切ろうぞ(まさに、活殺自在の心境)。
 私はみずから得具足(上手に使える武器)の一本の太刀を引っさげて、
 いま、まさに我が身を天に抛つのだ(いまや、
 迷いの雲も晴れた、すっきりした心境)。
                     『利休の死』小松茂美著(中央公論社)


 茶聖の境涯には遠く及ばないが、祖仏も断ち斬る得具足の一太刀、その覇気にならい、朝の一剣を打ち込んだ。

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 (了)

 
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打剣と掛け声/(手裏剣術)
- 2012/09/16(Sun) -
 武芸において、「気合」というものは欠かすことのできないものである。

 そして「気合」の初歩的な形態が、「掛け声」だ。

 古人は掛け声について、どう伝えているのか?

 孫引きだが小佐野淳先生著『図説 武術辞典』では、『剣法幼学伝授』窪田清音著から、掛け声について、次のように引用している。


 声は勢を増し、あるいは気をも取るものなれば、必ず掛くべきものなり。声と共に技を掛くれば太刀にも力が加わり、外見にもその勢の勇ましく思わるるものなり。また彼構えたるとき、声を掛くれば彼その声に依りて動くものなり。また我のおくるるに非れども彼の構えを正しくして進み難きとき声をかけて出ずれば進むこと得べし。


 さらに同書では、野間恒著『剣道読本』からも、掛け声の効用として以下の項目を挙げている。


  一、自分自身の気分を励ます。
  二、自分自身の力を一箇所に集中せしめ、普通以上の力を出さしめる。
  三、相手に威力を感じさせる。
  四、相手の気の起りを挫く。
  五、相手を迷わせる。
  六、相手を誘う。
  七、相手を苛立たせる。
  八、相手を驚かせる。
  九、勝を知らせる。


 このように武芸においては、気合(掛け声)は、実体をもった技として認識されている。

 一方で、気合の中でも掛け声=「有声の気合」はあくまでも初学の者の心得であり、中級から上級者になるにつれて、気合は「無声」となっていくことも、覚えておかねばならない。


 さて、こうしたなかで武術としての手裏剣術を考えて見ると、当然なが、そこには「気合」に関する教えと技がなければならないのだが、私は日本の手裏剣術において、「気合」の有無やその効能・効果についての論評や意見などを、これまでまったく聞いたことがない。

 これは、なぜなのだろうか?

 思うに、本ブログでもたびたび指摘しているが、本来、武術としての手裏剣術は、すでに剣術や柔術など、なんらかの武芸に通達した者が学ぶ「併習武術」であり、ゆえにことさら改めて、気合や掛け声について、教える必要がなかったからではなかろうか。

 また、近代における手裏剣術の中心となった根岸流が、その手裏剣術の考え方を「心は剣術、形は弓術」としたことも、何らかの影響があったかもしれない(一般的に、弓術・弓道に「有声の気合」はない)。

 しかし手裏剣術という武芸を、「形を変えた、剣術の一形態」として捉えるのであれば、当然ながらそこには「気合」という理合=業が存在せねばならず、それを学ぶことは必須である。


 そこで昨日の稽古では、有声の気合を掛けての打剣に取り組んでみた。その際、上記の『剣道読本』の教えにあるように、まず「二、自分自身の力を一箇所に集中せしめ、普通以上の力を出さしめる。」という点で、手裏剣術における打剣の際の掛け声は、有用なように感じられた。

 また打剣時の、精神的な集中を促すという点でも、掛け声は有効なのではないかと推測できる。さらに手裏剣術においても、地稽古などの場になれば、気合の効用が大きく活用できることは言うまでもない。


 これまで手裏剣術者が、「気合」について論じ、検討した前例がないだけに、このテーマについては、今後も検討を続けていこうと思う。

CIMG4748.jpg

 (了)
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かくて円環はめぐりゆく/(身辺雑記)
- 2012/09/15(Sat) -
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 稽古後、武友と飲む。

 武芸の話はもとより、我々の実在とは何なのか? そんな話にも花が咲く。

 人の未来は生まれながらに定型的で、しかしまったく非定型的である。

 陰陽はめぐり、そして人は営みを続ける。


 ま、とりあえずは一献。

 (了)
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口直し/(身辺雑記)
- 2012/09/15(Sat) -

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 昨日の話題が、あまりに「不味そう」なので、口直し。

 晩酌の肴に、蕗を煮た。

 義山の酒器も、そろそろ仕舞いだねえ・・・。

 (了)
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「給食」というトラウマ/(身辺雑記)
- 2012/09/14(Fri) -
 無冥流・鈴木崩残氏のホームページ、「桜の間」(http://www.mumyouan.com/k/sakuranoma.html)で、給食についての話題がでているのを拝読し、ちょっとPTSD気味である(笑)。

 給食・・・。

 それは、少年時代の私にとっては、イコール地獄、あるいはイコール拷問であった、本気(マジ)で。


 武道人たるもの、食べ物には感謝こそすれ、味のうまいまずいなど、語るべきではない・・・、という意見もあろうし、私もそれに深く同意するのだが、一方で昭和50年代の学校給食のまずさといったら、まさに筆舌に尽くしがたいものであった。

 なにしろ、今、思い出しただけでも、「オエッ」っとなってしまうのである。


 思い起こすに、私の給食嫌いは、幼稚園時代にさかのぼる。

 当時、私の通っていた幼稚園では、給食&脱脂粉乳という、最凶の組み合わせの昼食が供されていた。

 今の若い人は知らないと思うが、脱脂粉乳というのは、とてつもなくまずい。おまけに、ちょっと時間がたつと表面に膜が張るのだが、それがまたメジャーリーグ級に気持ち悪いのである。

 (む~ん、これを書いているだけで、気持ち悪くなってきた・・・)

 おまけに当時、「給食が食べられない」というのは一種の罪悪であり、その日の給食が食べられない子は、食べるまで残されるのである。

 とはいえ、食べられないから食べないわけで、それをどんなに責められても、やっぱり食べられないのである。

 そもそも、無理してたべると、オエッっとなって、戻しちゃうんだから。

 そうなると先生もやっきになり、ついには、脱脂粉乳とパンと、おかずを一皿にぐちゃっと混ぜて(!)、園児たちが恐れていた「物置部屋」に閉じ込められ、「食べるまで、出さないからね!」、などと言われるのである・・・。

 思うに、ただでさえ食べられない給食を、しかも一皿にまとめてぐちゃぐちゃにした、事実上の残●以下のものを、「食べろ」と言われても、当然ながら食べられるわけがない。

 というか、これは今考えると、ある種の児童虐待だよなあと、しみじみ思う・・・。

 そんなこんなで、結局、残●のようになった給食を食べることなどできず、夕方まで物置部屋に閉じ込められることたびたびとなれば、小学校に入る頃には、もう完全無欠な給食嫌いの子供ができあがるわけだ。


 以来、小学校6年間は、給食という苦役をいかに逃れるのかが、私の毎日の生活の戦いとなった。

 残す、隠す、誰かに食べさせる、流しやトイレに流すなどなど、子供なりに全知全能を振り絞って、給食という苦役と戦い続けたのである。

 その後、中学生になって、学校での食事が弁当になり、「ああ、これでもう一生、給食を食べなくて良いのだ!」と、心の底から歓喜したものだ。


 それにしても、当時、給食を作ってくれた方々や、その食材を生産したであろう農家や畜産家の皆さんにはたいへん申し訳ないけれど、あの頃の給食は、本当にまずかった・・・。

 おかげで、給食の象徴である「先割れスプーン」は、今でも私のトラウマであるし、いまだに時々、給食が食べられなくて、自分だけ教室の隅で残される夢を見ることがある。


 とはいえ、食べ物はおいしく感謝していただきたいものである。

(おしまい)


 
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As time goes by.../(身辺雑記)
- 2012/09/13(Thu) -
 場末の手裏剣屋がくだをまくこのブログ、通常は、だいたい35~6人の読者の皆様が、ありがたいことにのぞいてくれているのだが、どういうわけかときおり、突如、閲覧者が増えることがある。

 昨日も突然、閲覧者が85人とかなっていたのだが、何かあったのかね・・・?

     *   *   *   *   *   *   *   *

 過日、本ブログで以前、私が批評を加えた武術書の著者のお孫さんという方からメールが来た。

 ネットを見ていたら、自分の祖父の名前があったので・・・云々・・・、ということであった。

 そのブログの文章で、私は著者をかなり酷評しているのだが、それについては特段とがめるようでもない文面だったのだが、おそらくご親族としては良い気分ではあるまいと思う。

 「批評」という文化は、フランス発祥の舶来文化であり、本邦では小林秀雄を筆頭に江藤淳や兵頭師まで、その伝統は受け継がれているわけだが、いまだ日本文化になじんでいるとはいいがたい。

 おおっぴらに、他人様の論考に物申すというのは、畢竟、そこに対象に対する深い愛情が、双方になければならない。

 互いに同じ対象に対する愛情があるからこそ、公に相手をくさすことができるのである。

 そういう意味で、私もくだんの書籍の著者氏も、生きた時代は違えども、同じ武芸を愛する者として、正々堂々、批評をさせていただいたわけで、それについて後悔はない。

 ただ人の情として、身内への酷評を見たり聞いたりするのは、気持ちの良いものであるわけがないのも当然であり、そういう意味で、ご親族の方にはすまないと思う。

 公の言論というのは、難しいものだ・・・。

   *   *   *   *   *   *   *   *

 本日は、1か月ぶりに空手の稽古に出る。

 稽古に間が空くと・・・、キツイぜ(笑)。


 帰宅後、用事があって古い写真の整理。数十年の時の流れに愕然とする。

中学B
▲31年前、翠月庵主12歳。柔術に打ち込む、坊主頭の中学生


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▲27年前、紅顔の剣士時代。この写真使うの3回目か(笑)?


18歳B
▲25年前、1・2・3・4アルソック時代


20歳の2B
▲22年前、ナンチャッテ『キリン』時代。キリンは泣かない・・・


23歳B
▲21年前、職業「旅人(たびにん)」時代。タクラマカン沙漠にて、ウィグルの子供たちと


25歳B
▲18年前、編集者時代。タバコはやっぱり、ラッキーストライクだね


29歳
▲14年前、紛争地取材時代。イスラエルにて。どういうわけか写真の日付が87年になっているが、
その年はまだ、オレは高校生だぜ(笑)


空手型試合B
▲7年前、空手道現役時代。そろそろメタボが


 そして、翠月庵へ・・・。


You must remember this,
A kiss is still a kiss, a sigh is just a sigh
The fundamental things apply,
As time goes by...



(了)
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打剣の三殺法
- 2012/09/12(Wed) -
本日の稽古備忘録

 剣術に三殺法あり。

 曰く、刀を殺し、技を殺し、気を殺す。

 たとえて曰く、手裏剣術の打剣における三殺法とは?

 手首を殺し、力を殺し、心を殺す。

 
 適切な打剣では、必ず上記の三殺法があるように思えてならぬ。

 (了)


 
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つよみの太刀、事理一致、そして稽古への切迫感/(武術・武道)
- 2012/09/05(Wed) -
A大兄

 前略

 お引き合わせいただいたB氏の件につきまして、丁寧なご返信ありがとうございまた。

>市村さんにも、ある意味でご迷惑と、失望を生んでしまい、
>申し訳なく思います。

 いえいえ、これは彼と私の関係性というか、縁が良くなかったということで、間に立っていただいた大兄には責任はないのですから、どうかお気になさらずにいてください。

 逆にある面では、彼のようなケースはこれからも同じようにあることでしょうから、今後の経験知をつませていただいたと思っています(笑)。

 思うに筋力の強い人は、どうしても腕の力による振りに頼ってしまい、「腰で斬る」ことができずに手打ちになるのです。

 その場合、斬る対象が動かない物体であれば、刀に刃がついていますからモノは切れます。

 しかし相手が人間の場合 、力が入りすぎた斬り込みは、見切られたり打ち落とされたりしやすく、また刃筋をまげてしまい、結果として相手(人体)を適切に斬ることができませんし、刀も傷めてしまうのです。

 ですから昔から、力任せの斬り込みは「つよみの太刀」として、戒められています。

 そもそも、日本刀というのは刃(やいば)がついているのですから、力を入れなくても斬れるのです。

 ある昭和時代中ごろの達人は、「今の打ち込みが弱いというのなら、さらに軽く打ち込まなければだめだ」と言っています。

 あるいは天然理心流の近藤勇は、「相手の剣先を軽く叩いて、それが柔らかければ相手は手ごわいが、逆にこわばっていれば、たやすく斬れる」というようなことを言っていたと伝えられています。

 なお余談ですが、力まずに、腕力ではなく「腰で斬る」ためには、まず正しい素振りの稽古をすること。そして太い木太刀や鍛錬棒を使い、運足をしながら「ゆっくりと柔らかく」素振りをすることで、手の内と腰の据わり=胆(はら)ができてくるのです。



 以上のような技術論はさておき、彼にはせめて日本武術の心法の基本であり精華でもある「残心」だけは、しっかりと理解してほしかったのですが、残念ながら私の力及ばずでした。

>「理」が理解できない人は、駄目だ、
>というのが、武術に限らず、共通することだと思います。

 本当にそう思います。

 武術に限らず、あらゆることに共通することですね。

 「理」が理解できなくても、「とりあえず」できる人もいるのですが、最終的には「理」を理解していないと、それ(業=結果)を確認することができず、説明することもできません。

 そういう技術(行動)は、結果として他者に伝播させることができませんから、客観性を持たない。

 つまり、

 「なんとなくできる。でも、自分でも良く分からない」

 というものになってしまう。

 そして、「よく分からないけど、できる」というのは、単なる偶然の連続に過ぎない。つまり、「再現性」に乏しいのです。

 そして、「再現性」に乏しいということは、

 「次も勝てる(負けない)かどうかは、運しだい」

 という、きわめて不確定な領域を脱し得ないのです。

 だからこそ、武芸の世界では古来から、「事理一致」ということが常に問われているのですし、一流の武芸者たちは自分の業を言語化する試みを、世阿弥の『風姿花伝』以来、数百年に渡って続けているのでしょう。

 一方で「理」の追求=言語化を究極まで突き詰めた上で、それでも「言葉にできない」部分というのが必ず武術にはあります。これを古人は「口伝」としてきました。

 「術」の全てが言語化できるわけではないということも、我々、武術・武道人は忘れてはなりません。

 いずれにしても、私のような市井の武術・武道人は、理の言語化ができないまでも、せめて己の中で「理合」を理解することを心がけねばなりませんね。



 一方で、このような稽古に臨むための大きな動機づけとなるのが、大兄のご指摘されている、

 「切迫して、困っているか、いないか」

 ということなのでしょう。

 武芸の世界観では、負けると死んでしまいます。つまり、常に究極の切迫感が、稽古(修行)の動機づけとしてあります。

 もちろん私を含め、現代の武術・武道人は、「負けたら死ぬ」というほどの切迫感はもっていませんので、ずいぶんレベルは低くなりますが(笑)、例えば試合や稽古でぼこぼこにされるとか、演武など公の場で恥をかくとういのも、1つの切迫感になるでしょう。

 さらに突き詰めると、

 「なぜ自分は、こんな平和な時代に、現代は通用し得ない古典的な人殺し技術を、 学び研鑽するのか?」

 という問いかけそのものが、精神的な切迫感につながると思うのです。ある種の「業(ごう)」として。

 こうした問いかけや、その回答としての精神的な切迫感のない人は、結果として「武術=命のやり取りを昇華させた日本人の行動科学」という文化遺産の本質を、理解することはできないでしょう。

>武術でも、禅寺でも、
>昔の、ほんまもんの人たちが、
>入門条件を極度に制限した心境が、
>しみじみと分かるような気がします。

 私も本当にそう思います 。

 そういう意味で翠月庵も、門戸を閉じるつもりはありませんが、さりとて意図的に稽古者を増やす必要もないのかなと感じている、今日この頃です。
 
 草々

 市村 拝
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開庵5周年/(武術・武道)
- 2012/09/02(Sun) -
 本日の稽古から帰ってくるまで、自分でも忘れていたのだが・・・(苦笑)。

 「翠月庵」を開いて、今日でちょうど丸5年となった。

 12歳で武芸の門を叩いてから、今年で31年。

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▲1987年 翠月庵主18歳。平晴眼の構えも若々しい・・・(笑)


 己の業前の上達は微々たるものだが、少人数ながらも熱心な門下に恵まれ、全国各地の志ある武友の皆さんにも支えられ、質の高い稽古が続けられることに感謝している。

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▲上の写真から25年後。もはや老兵である。ちなみに遣っている差料は、25年前と同じ、旧師からいただいた二尺四寸五分


 そして6年目となる明日からも、これまで通り、粛々と稽古を続けていこうと思う。

(了)
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