平成24年を振り返って/(手裏剣術)
- 2012/12/31(Mon) -
 さて、平成24年もいよいよ押し詰まってきた。

 といっても、私は明日から仕事であり、自分の稽古も普段どおりなので、いつもと変わらない月曜であり、火曜でもある。

 門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし
              (『狂雲集』/一休宗純)


■平成24年を振り返って

 さて、平成24年を振り返ると、手裏剣術伝習所 翠月庵としては、新春のテレビ出演、春の苗木城での演武、初夏に行った会としてはじめての合宿、年末の講習会など、充実した活動のできた1年であった。

 会員諸子の上達も目覚しく、古参のYさんとK2さんについては、長剣を使った無冥流投法による打剣については、もはや私が指導する余地がない。この部分においては、以後、各自が課題を決めて距離を伸ばしていけばよいだろう。

 一方で、翠月庵の手裏剣術教程に関しては、両名とも一両年中に、目録の伝位が得られるよう、精進していただければと思う。そのためには、やっとうの腕前を、もう少し上げなければならないだろうが・・・。


 己自身について今年を振り返ると、本年は「翠月剣の習熟」という課題をもって稽古をしてきたわけだが、これについては、まずまずの成果が得られたかと思う。ただし、どうしても4間半~5間が不安定であり、このあたりについて、改良型の翠月剣がどういう効果を果たしてくれるのか、期待したい。

 また「飛刀術/3間」という課題については、ほとんど着手できなかったので、これは来年の課題として持ち越したいと思う。

 打剣全般について振り返ると、たとえば当庵の手裏剣術型は、当初、逆体主体で編纂したものの、実は近年、私自身の打剣が順体がもっとも身体になじんでしまい、その整合性に苦慮していた。これについて、年末に行った無冥流講習会において、鈴木崩残氏に「逆体・上段打ち」に関して、非常に有益なご助言をいただくことができた。

 これで順体・逆体を問わず、翠月庵の打剣における形而上・下の理論が整合性を持つことができ、ようやく完成したように思える。この点は、非常に重要なことなので、別の機会に改めて詳述する予定だ。


■来年の課題

 平成25年の課題は、次のように考える。

 会としては、

1)積極的な演武出場/苗木城演武会、その他
2)年間行事の実施/合宿、講習会、交流稽古など
3)会員諸子の技術向上/特に剣術・抜刀術関連
4)稽古型の見直し/型の中での打剣について、順体・逆体の再検討

 を課題としたい。

 なかでも1)の積極的な演武出場について、3月に予定している苗木城演武会については、今年は私一人の出場であったが、来年は会員諸子の参加を強く望むところである。


 一方で、私個人としては、

1)稽古の日常化/毎日の生活の中での稽古
2)翠月剣/5間の安定化
3)3間での精度向上
4)飛刀術/3間の安定化
5)「武術としての手裏剣術教範」(仮題)の執筆

 を課題とする。

 なかでも5)の手裏剣術教範執筆についてだが、翠月庵を開いて丸5年、当庵生え抜きの会員諸子の確実な上達、交流団体の皆さんへの数年間にわたる継続的な指導実績、そしてなにより「翠月庵独自の打法と剣」が、ほぼ完成したことから、いよいよ満を持して執筆に着手しようと判断したものだ。

 とはいえ完成し出版されるのは、おそらく2~3年後になるであろう。

 この教範出版は、金儲けや人集めのためのツールではなく、あくまでも技術理論の記録と、後世の手裏剣術者への「贈り物」として作り上げることが目的なので、こつこつとまとめていくつもりである。


■今年もお世話になりました

 さて今年も1年間、多くの皆さんのお世話になりましたこと、あらためて感謝申し上げます。

 まず、いつもながら無冥流投剣術・鈴木崩残氏には、今年も講習会から手裏剣の制作・メンテナンスまで、あらゆる分野で、たいへんにお世話になりました。本当にありがとうございます。

 戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会の棚田先生には、当庵として始めての演武出場である、苗木城演武会への参加をお誘いいただくとともに、例年通り納涼会や忘年会、それにともなう手裏剣術講習会、そして合同稽古などで本当にお世話になりました。

 また、今年もなにかとご迷惑をおかけしましたが、貴重な稽古場を提供してくださっている家主様にも、ここで改めてお礼申し上げます。

 そのほかにも、ご厚誼をいただいた武友の皆さんに、心よりお礼申し上げます。

 今年1年、ありがとうございました。

 来年も引き続き、手裏剣術伝習所 翠月庵を、宜しくお願い申し上げます。


 それでは皆さん、良いお年を。

 翠月庵主
 市村翠雨 謹識
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25年式翠月剣(仮)、登場/(手裏剣術)
- 2012/12/31(Mon) -
 過日、無冥流の鈴木崩残氏と歓談中、当庵の武用手裏剣である翠月剣の話題になった。

 当庵では、まず初学~切紙の教程で、長剣をもって手裏剣術の基本的な打剣と運用法を習得してもらい、武術としての手裏剣術を本格的に稽古する目録の教程から、短刀型の手裏剣である翠月剣を使用する。

 おそらく、国内の手裏剣術諸派の道場・稽古場の中でも、短刀型の手裏剣を「稽古の主体」として打っているところは、なかなかないのではあるまいか。

 その翠月剣だが、現在のタイプは、

 短刀形、全長約236ミリ/幅13ミリ/厚さ5ミリ/重さ約110グラム。

 である。

 これを、もう少し調整したらどうなるか? というのが、今回のテーマである。


 当庵の稽古体系において、打剣距離は最大で5間(9メートル)まで。それ以上の距離の打剣については、稽古者個人の研究課題としている。

 このため、6間以上の打剣については、「翠月庵流の打法」ではなく、無冥流の打剣を会員各自で研究してもらっているわけだ。

 なぜ最大5間までとしているのかは、今回のテーマではないので略す。

 さて、そこで5間打ちだが、長剣ではまったく問題ないのであるが、翠月剣においては、その軽さ(といっても重量110グラムと、他流の手裏剣に比べれば十分に重いのだが)が、5間打ちではいささか枷となっている感が否めない。

 私自身、従来の翠月剣を打っていると、どうも4間半くらいから、空気の抵抗をうけるように感じていた。

 そこで登場したのが、今回制作していただいた、この新しい翠月剣である。

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 ▲新型の翠月剣


 今回の剣は、従来のタイプよりも、重ねを1ミリ厚くしている。

 これにより、重さが増したわけだが、それが5間打ちでどのような作用を及ぼすのか? そして威力、速度など、武術的な運用において、従来型とどう違ってくるのか? これが新年早々の稽古課題となる。

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 ▲写真上が、重ね6ミリの新型翠月剣。下は5ミリの従来型。数字上はわずか1ミリの差だが、重ね6ミリの刀身と5ミリの刀身の差は、まともな剣術遣いなら、しみじみと実感できるであろう


 なにしろ本日届いたばかりなので、まだ本格的に打っていないのだが、手にした感触は非常に良い。速度を従来の剣と同じ程度に維持しつつ、重量増ができれば、当然ながら威力も向上するわけで、その点についても期待したいところだ。

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 ▲全体のフォルムは、まったく同一。上が新型で、下が従来型。若干、従来型が短いのは、稽古で磨耗した切先を研磨して短くなったため


 はたしてこの剣が、どのくらいのパフォーマンスを発揮するのか? そして、正式に「25年式翠月剣」として採用されるのか?

 新年の稽古報告を、ご期待あれ!

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 ▲翠月庵での稽古は、新年12日(土曜)からである

(了)
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支点は肩~本日の稽古備忘録/(武術・武道)
- 2012/12/28(Fri) -
 本日の稽古備忘録。

 打剣時、本来、肩を主たる支点として振るべき腕について、肘に無用な力がかかるから、肘を痛めることになる。

 これは、打刀の斬り下ろしも同じ。

 肘を支点に斬り下ろそうとすると、手打ちになる。あくまでも斬下ろしの支点は肩なのだ。

 斬下ろしの際の肘の伸展は、剣を振り出すよりも、むしろ手之内の締めに作用する。

 というよりも、手之内が「正しい斬手」であれば、嫌でも肘は斬下ろすことで伸展するのである。ゆえに斬下ろしの際に、肘に力を入れる必要はない。

 あくまでも、腕の振りの主たる支点は、打剣も斬りも肩にあるのだ。

                *  *  *  *  *  *

 先日の講習会翌日から風邪を引いてしまい、久々に39度の高熱に見舞われた・・・。

 その後、3日寝込んでしまい、今久々に剣を打ち、刀を抜いたのだが、たった30分の稽古なのに、いささか頭がクラクラする(笑)。

 無事、これ名馬なり。

 (了)
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銃に対する護身術?/(武術・武道)
- 2012/12/21(Fri) -
 米国で起きた乱射事件の影響か、ここ数日、複数の人から「銃に対する護身のコツは?」などという質問をいただいた。

 ・・・・・・。

 無駄な抵抗をしないことデス。

 以上。



 で、終わってしまうとさすがに何なので補足を少々。

 まず第一に、今の日本人で、散弾銃でも狩猟用ライフルでも、自動小銃でも拳銃でも、なんでもいいけれども、射撃の経験がある人がどれくらいいるのか?

 あるいは、今の日本人で、散弾銃でも狩猟用ライフルでも、自動小銃でも拳銃でも、なんでもいいけれども、自分に向かって「発砲された」経験のある人がどれくらいいるのか?

 いずれも、非常に少ないかと思う。

 こうしたレベルで、銃に対する護身のコツもヘチマもなかろうというものである。

 射撃の経験の無い者が語る銃に対する護身術など、童貞が語る性行為みたいなもんだ。

 (たとえが下品でスミマセン・・・)


 たしかに武術・武道には、対銃器を想定した技(型)がある。

 特に中国武術では、空手奪槍(「槍」とは、小銃のこと)などといった技が、よく研究されている。また日本武道でも、たとえば講道館護身術や八光流柔術などには、拳銃取りの型がある。

 がしかし、上記のように、撃つにしても撃たれるにしても、あまりにも現代日本人にとって、「銃」という存在が現実離れしているために、正直、日本武道の対銃器の護身技に、どれほどの効果があるのか、多いに疑問だ。

 もっともこうした問題は、近代に対銃器の技を編纂した先師の方々も、十分承知だったろう。

 たとえば、講道館護身術を制定した富木謙治師範は、著書『講道館護身術』(ベースボール・マガジン社/1958年)で、次のように述べている。

「拳銃についての護身の技は、従来日本武術としていろいろ発達している他の武器の場合とは異なり、外来のものである」

「(背面付の解説において)要するに、この技は実際問題として冒険に属するものといわなければならない」

 警察官をはじめとした法執行機関職員は、銃器の少ない日本においても銃火の危険にさらされる蓋然性が、われわれ民間人より高い。ゆえに武芸の先師の方々が苦心惨憺し、最大限の努力で対銃器の技を編纂したのである。

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  ▲講道館護身術21本目「背面付」の型


 とはいえ最近は国内でも、残念ながら一般の人が、銃犯罪に巻き込まれることが皆無ではない。

 そこで重要なことは、

1.そもそも、銃犯罪に巻き込まれないように暮らす(日常生活における、「位取り」と「先」、そして「間合」を考えよ!)
2.それでも、不運にして銃犯罪に巻き込まれたら・・・・。
  a.銃の打ち合いに巻き込まれたら、姿勢を低くして伏せる。遮蔽物に身を隠す
  b.銃が自分に突きつけられたら、基本的に抵抗しない
3.どうしても、抵抗しなければならない場合
  a.相手が自分の手の届く位置まで接近したときに、動作を起こす
  b.最初の一挙動で銃口をそらす
  c.一度行動を起こしたら、断固として相手を制圧する(さもないと死ぬ)

 などである。


 私自身の「銃体験」を思い返すと、初めて銃に触れたのは小学生のころ。

 生まれ育った伊豆の山奥は狩猟の盛んなところで、毎年11月からは「てっぽうの季節」であり、よく近所のおじさんに山に連れて行ってもらったものだ。そこで、銃の重さ、発砲音、そして圧倒的な破壊力を知った。

 20代から30代にかけては、仕事で海外に行くことが多く、米国や豪州、タイなど射撃練習が可能な国では業務の合間をぬって、できるだけ射撃の稽古をした。

 こうした限られた経験からいっても、銃を知らない日本人による武術・武道を用いた対銃器の護身術など、ある意味でちゃんちゃらおかしいのである。

 なんなら、私レベルの「初歩的な射撃経験者」に、おもちゃのガスガン(拳銃でも、小銃でも、短機関銃でも可)を持たせて、距離5ヤード(約2間半)程度で対峙してみればいい。ほとんどの武術・武道人が、ölüm(オェルュム)、間違いなしだろう。

 間違っても、抜刀術や手裏剣で、銃と戦おうとか考えないように!

 5ヤード以内の至近距離でも、動作の起こりを捉えてキルゾーンにダブルタップで、やっぱりölümだ。


 ゆえに誤解を恐れずに言えば、銃に対する最も手っ取り早い護身は、こちらも銃で武装することなのだ。

 だから街中に銃器があふれている米国では、それらの銃から自分や家族の身を守るために、さらなる銃器が必要とされており、結果としてガン・コントロールが一向に進まない、悪循環が繰り返されているのである。

 銃から身を守るために、銃で武装する。

 なんとも、むなしいことだ・・・。


 ひるがえって日本において、かつて人殺しの道具であった「刀剣」は、先人たちの努力により、技芸としては“殺人刀”から“活人剣”に昇華され、武具たる刀剣そのものは精巧かつ美麗な美術工芸品として、現代に至っている。

 「神武不殺」という日本武芸の思想の崇高さを、今改めて実感する。

 (了)
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今年最初の稽古納め/(武術・武道)
- 2012/12/19(Wed) -
 本日は空手の稽古納めであった。来年は、もそっとまじめにやりたいものだ・・・(爆)。


 一方で我が翠月庵は、今週土曜は通常稽古、日曜は特別講習会で、来週29日(土曜)が稽古納めと、まだまだ続く。

 まあ、日々の稽古は年末年始も関係なく、日曜以外は毎日やるんだが・・・。


 なお昨日、本ブログで書いた、「後ノ敵」の捌きについて補足。

 当庵の型のように、左足前の状態で、左足を軸に左へ転身した場合も、正中の軸線は移動して外れるのであるが、入身や千鳥の運足に比べると、「全体的に動きが小さい」というニュアンスである。

 左足前・左軸足・左転身で、まったく捌けていないという意味ではない。

 このあたり、記述があいまいで分かりにくかったかと思います。失礼しました。

 (了)


 
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「後ノ敵」考/(手裏剣術)
- 2012/12/18(Tue) -
 「後ノ敵」の運用について。

 当庵の刀法併用手裏剣術では、左足を一歩踏み出し、軸線を大きく捌かずにその場で左回りに転身して手裏剣を打ち、抜刀して正面斬りとなる。

 通常、抜刀術では、後ろから斬り込んでくる相手に対しては、左右に入身(右足を右に、あるいは左足を左に送り足する運足)して捌くか、あるいは左右に千鳥(右足を左に、あるいは左足を右に交差して踏み出す運足)で捌くか、いずれの場合も軸線を捌いてから抜刀して斬ることが多い。

 なぜなら軸線=身体を捌かないで、その場にでれ~っと突っ立っていると、斬られちゃうからである・・・。

 ではなぜに、刀法併用手裏剣術の後の敵では、軸線を大きく捌かないか?

 抜刀術の場合、敵はすでに我を「斬る間合」に入っているところで、こちらが捌いて斬るわけだが、刀法併用手裏剣術の場合、敵は後ろから迫ってくるが、いまだ一足一刀の間合の外にいる。

 というより、一足一刀の間合の外に、「いて良い」。

 ゆえに軸線を大きく捌かず、その場で転身して、剣を打つわけだ。


▲この動画の打剣距離は二間(3.6メートル)であり、一足一刀の間合
(1間=1.8メートル)の倍ある


 いっぱしの手裏剣術者であれば二~三間間合での必中は確実であるからして、むしろ相手が迫ってくる気配をいち早く察知したら、その場で迅速に転身し、打剣により十分相手から離れた間合から「先」を取るべきである。

 その上で、体勢を崩した相手を、悠々と斬ればよい。

 これこそが、手裏剣術ならではの「対抗不能性」を活かした勝口なのである。


 ということは、逆に言えば、不覚にも背後の敵がすでに一足一刀の間合まで迫っている場合は、刀法併用手裏剣術においても、入身あるいは千鳥で捌いて相手の斬りをはずし、背後に打剣という応用の稽古もしておかねばなるまい。

 まあ現実的には、背後から一足一刀の間合まで相手に入られたら、こちらとしては打剣するも抜刀するも大差ないわけであり、であるならば、その後の攻防を考えると、手裏剣なんぞ打つより抜刀したほうがよいのであろうが・・・。

 いずれにしても、その場に居着いてばかりの定置の的打ち稽古だけでは、こうした武術としての「理合」は、学ぶことができないことを、術者たるもの忘れてはならない。

(了)
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再び、「監獄長光」
- 2012/12/17(Mon) -
銘「長光」。

 2尺2寸1分、反り4分 元幅1寸5厘、先幅7分7厘、元重2分6厘、先重1分8厘。

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 昭和初期、市原長光の作。陸軍受命刀匠。昭和19年陸軍軍刀技術奨励会入選。平成の兜割試斬の剛刀としても知られる。銘は「一龍子長光」「市原長光」などとも切る。

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 先の大戦中、当時の岡山刑務所内での授産事業として鍛刀を行ったとされ、「監獄長光」「刑務所長光」などの異名もあるが、近年の研究では、これに対する異論もある。


 本作は身幅3.2~2.35cmとやや広めで、重ねも元重8.0㎜、先重5.5mmと厚め。ただし、棟の側肉が落とされている、鵜の首造り風になっており、操刀の際に「重い」とは感じられない。

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 刃文はのたれに丁字風乱れを加え、沸え崩れや飛び焼きも有る。拵は現代のもので、鞘は紅色に金散らしとなる。

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 実際に操刀してみると、元幅8ミリ、身幅32ミリという剛刀ながらバランスがよく非常に軽く感じる。さらに適度に重心が剣先にあることから、切先がよく「走る」感覚が心地よい。

 美術刀剣としては価値の低い「長光」だが、武術・武道関係者には非常に高い評価を受けているというのもうなずける。

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 金満家のコレクターではなく、武用に供する者のために鍛えられた剛刀を、約70年の時を越えて、今お預かりすることを、武人として光栄に思う。

 長く、愛用していきたい。

(了)

 ※写真は販売店のHPからお借りしました。
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監獄長光/(武術・武道)
- 2012/12/13(Thu) -
 銘「長光」。

 2尺2寸1分、反り4分 元幅1寸5厘、先幅7分7厘、元重2分6厘、先重1分8厘。

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 昭和初期、市原長光の作。陸軍受命刀匠。昭和19年陸軍軍刀技術奨励会入選。平成の兜割試斬の剛刀としても知られる。銘は「一龍子長光」「市原長光」などとも切る。

 先の大戦中、当時の岡山刑務所内での授産事業として鍛刀を行ったとされ、「監獄長光」「刑務所長光」などの異名もあるが、近年の研究では、これに対する異論もあるという。


 本作は身幅3.2~2.35cmとやや広めで、重ねも元重8.0㎜、先重5.5mmと厚め。ただし、鋒から少し下だったところから途中まで、棟の側肉が落とされている、いわゆる鵜の首造りのため、操刀の際に「重い」とは感じられない。切先は古風かつ豪壮な猪首風で、刺突に適す。

 刃文はのたれに丁字風乱れを加え、沸え崩れや飛び焼きも有る。拵は現代のもので、鞘は紅色に金散らしとなる。

 (了)
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『進撃の巨人』に見る、投擲武術の極意/(手裏剣術)
- 2012/12/12(Wed) -
 私は普段、マンガはほとんど読まない。

 読みたくなったときには、マンガ喫茶で一気に集中して読む。

 ところが唯一、単行本の発売を待って、毎回購入して読んでいるのが、最近話題の『進撃の巨人』である。

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▲『進撃の巨人』(諫山 創/少年マガジンKC)

 昨日、待望の9巻を読んだのだが、そのなかの第36話「ただいま」というエピソードを読んで、「これが投擲武術の極意なのだよ・・・」と、思わずうなった。

 『雑兵物語』で読んだのか、他の古典か忘れてしまったけれど、往時の合戦で弓足軽は、最終的に乱戦となったときには、最後の一本の矢は、手槍代わりにして相手の目を突けと教えられたとか。

 あるいは根岸流の“蟹目の大事”しかり、また当庵の極意である“生死一重の間合からの、渾身の一打”も同様に、畢竟、手裏剣術も打根術も弓術も、あるいは剣術や居合・抜刀術も、己が身を捨てた“生死一重の間合”にこそ、「術」の極意があるのだなあと、『進撃の巨人』第36話を読みながら、しみじみと思った次第。

 というわけでサシャ、これからも残酷な世界を生き抜け!

 (了)
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寒日雑話/(身辺雑記)
- 2012/12/02(Sun) -
 昼酒の肴にブリしゃぶをつつきながら、10数年ぶりに、三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン主演の名作西部劇『レッド・サン』を鑑賞。

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 サムライがアメリカを舞台に活躍する映画と言えば、真田広之の『EAST MEETS WEST』(イースト・ミーツ・ウエスト)や、藤岡弘、主演の『SFソードキル』などがある。

 『EAST MEETS WEST』は、岡本喜八監督作品ならではの軽妙な佳作だけれど、当時の真田広之は、まだどうしてもジャック臭さが抜けておらず、なんとなく尻がむずむずするような違和感がある。

 この「尻がむずむずするような違和感」というのは、日本の映画やドラマのアクション、なかでも銃を使ったシーンに共通する、こっぱずかしさと言い換えてもいい。

 まあ、国民のほとんどが、拳銃はもちろん、小銃や散弾銃も一度も撃ったことがないのだから、それは仕方があるまい。言い換えればどんなにタランティーノが日本映画が好きでも、「キルビル」のチャンバラシーンは、結局"ガイジン”さんが演出したものだよな・・・、という残念感と同じなのである。

 一方で藤岡弘、主演の『SFソードキル』というのは、これまたなんともカルトな映画で、アメリカ人の作り出す奇妙な日本感および日本人像、そしてサムライ描写がひたすら炸裂するという怪作である。暇と金のあまっている人は、見てもいいかもしれない。私は、高校生のころに見たけど、たぶんもう見ないだろう・・・。

 これらに比べると、『レッド・サン』におけるサムライの描写や、三船敏郎の所作やチャンバラなどの演出は、外国人監督作品としては、たいへんまともだなあとしみじみと思った。

 手裏剣も小柄ではなく、それ専用っぽい小柄型の専用手裏剣を3間以内くらいの間合で使ってたので好感がもてる。さらに騎乗での斬撃シーンは、『隠し砦の三悪人』を髣髴とさせる、三船の十八番といった感じである。

 さすが“世界のミフネ”。男は黙ってサッポロビールだ(わからない人は、いいんです、わからなくて・・・)。


                *  *  *  *  *  *

 昨日の稽古では、久々に打ち込んだ手裏剣の剣尾に、次に打った手裏剣が刺さった。

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 私程度の腕では狙ってできるものではないが、年に数回は、こういう打ち込みがある。

 ここのところ、仕事のトラブルが続いていたのだが、これで厄落としになったかもしらん(笑)。


                *  *  *  *  *  *

 剣術の組太刀で、昨日は参考技として「斬上」を解説した。

 割合有名な著者の居合系の何かの本で、「相手にとって、下段から上段に斬り上げられる技は、剣術には見られないものであり、居合・抜刀術ならではの技術である、云々(意訳)」という記述があったのだが、神道流系でも新陰流系統でも、相手の裏小手を狙っての斬り上げ系の技は、割合一般的であるし、やっとうをたしなむ者なら、大概は知っているし、遣えるのではなかろうか?

 同じような間違いに、体術における「小手返し」がある。

 昭和時代の終わりから平成のはじめあたりの一部武術書には、「小手返しは、合気道特有の技」というような記述があった。

 これも馬鹿馬鹿しい話で、小手返しなどというのは、日本の柔術ではごくごく普遍的な技であり、大概の流派に伝えられているものだ。それどころか、空手にも普通にある技だ。むしろ合気道特有の技というなら「入り身投げ」であろう。

 このような誤りがまかり通っていたのも、昭和から平成初期の頃の話であり、ネットが人々の生活の隅々にまで普及し、なにかあればすぐに疑義が示され、異論が唱えられ、公の場で検証されてしまう現代からは考えられないくらい、ある種牧歌的な時代だったのだなと思う。

 そういえば、日武会の武道通信教育講座とか、マス大山おすすめの握力増強マシーンとか、最近は見ないし聞かないねえ。

 昭和は遠くなりにけり・・・。

(おしまい)
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