濱田庄司に見る、「一瞬」の厳しさ/(武術・武道)
- 2013/02/28(Thu) -
 過日、親しい人の薦めで、陶芸家で人間国宝であった濱田庄司のドキュメントを見た。

 濱田は、柄杓に汲んだ釉薬をフリーハンドで器に流しかけて文様を描く、流描(ながしがき)を得意としたことで知られている。

 流描は、やり直しの聞かない一瞬の作業だ。

 それを見たある人が、

「たったそれだけの短時間で、なんであなたの器はそんなに高価なのか?」

 と批判した。

 これに対して濱田は、

 「私の仕事は、15秒プラス60年」

 と答えたという。

 濱田庄司
▲「海鼠釉黒流描文大鉢」浜田庄司作(京都国立近代美術館蔵)


 15秒とは、柄杓で釉薬をかける時間。しかしその背後には、身命をかけて打ち込んだ60年に及ぶ陶芸家としての、たゆまぬ精進があるということだ。


 翻って武芸で考えれば、今この手裏剣の一打は、1秒どころか、コンマ数秒という、手離れの一瞬の出来事であり、結果である。しかしそれは、「コンマ数秒プラス修行年」の結果なのである。

 今この太刀の一振りは、わずか一閃だが、それは「一閃プラス修行年」の成果なのだ。

 
 陶芸における流描の厳しさは、手裏剣術の打剣、剣術や居合・抜刀術における斬りと同様、やり直しの聞かない一回こっきりの勝負にある。

 映像に残された濱田庄司の、まったく迷いのない流麗な手さばきは、一流の剣客による「夢想剣」を見るようであった。

 達人の業が、たしかにそこにあった。


 さて、こうしたプロの陶芸家の厳しい矜持に比べ、我々の普段の稽古に対する真剣味と緊張感はどうであろう?

 多いに自省させられた次第である。

 (了)
 
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佐藤忠良にみる、「軸」の捉え方/(武術・武道)
- 2013/02/26(Tue) -
 武芸における「軸」という概念の重要性は、いまさら言うまでもないが、こと初学者は「軸を意識しろ」とか、「軸が崩れている」などとうるさく言われると、ともすると単純に真っ直ぐ突っ立ってしまいがちだ。

 正中線にしても、体幹左右の軸線にしても、「真っ直ぐにすべし」というのはあくまでも初学のものであり、武技における「軸線」というのは、必ずしも直線だけではなく、必要に応じて曲線もあれば、角度を持って曲がっている場合もある。


 一昨年、逝去した日本を代表する彫刻家・佐藤忠良は、彫刻を造る際、常に人体の軸と大地との接点を念頭に置いていたという。

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▲早蕨(佐藤忠良 作)

 この彫像を見ると、一見、体は左に傾いているが、額-腰-上足底を結ぶ左の軸線は腰の部分を頂点とした緩やかな円弧で結ばれ、顎と踵、あるいは額と上足底を結ぶ安定した鉛直線が見てとれる。

 さて、たとえば座技の抜刀術で、横払いなり逆袈裟で抜き打った後、剣を上段にとって正面斬りや袈裟に斬るとしよう。

 この一連の動きの中で、抜き打ちの後の二撃目の斬りについて、一般的には上半身を鉛直に保ったまま斬ることが多いが、業によっては腰から上体を前傾させて斬ることもある。こうした場合、形而下においては軸線は前傾して傾く、あるいは腰から折れているわけだが、「意図的にコントロールして」斬っている限り、形而上の軸線はしっかりと通っているのだ。

 この際、外形上は傾いている、あるいは曲がっている軸線を、形而上で「まっすぐに通す」ためには、意念と呼吸=心法への理解が必須である。

 中級者には、この点をしっかり指導しておかないと、硬直した軸線の観念から脱することができない。なにより、こうした「コントロールされた崩れ」という概念と実体を理解・習得しておかないと、自由攻防において必須な、「有効な先」を取ることが難しくなる。

 試合や乱捕りを行う武術・武道の場合、こうした「コントロールされた崩れ」は、往々にして試合稽古や乱捕りを何度も繰り返す中で自得し、それを日々の型(形)稽古で修正・消化させるというプロセスを踏む。

 しかし、型(形)稽古や的打ちだけの武術・武道の場合は、この「コントロールされた崩れ」という理合を体得させるのが難しく、結果として外形的なカタチにだけこだわる、頭でっかちの理屈屋を育ててしまうことになりかねないので注意が必要だ。

 一方で、こうした「コントロールされた崩れ」のレベルを体得させる稽古は、初学者ではなく中級者以上を対象に事理一致の指導を行い、必ず型(形)稽古で修正・消化させる過程を踏ませなければならない。そうでないと、単なる「軍鶏の蹴りっこ」になってしまう可能性が高い。


 つまるところ稽古者は、心と体を居着かせず、事理一致を心がけることに尽きるだろう。

(了)

 
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私的・剣客商売/(身辺雑記)
- 2013/02/19(Tue) -
 作家・池波正太郎の国民的時代小説『鬼平犯科帳』の中でも、「寒月六間堀」というエピソードは、好きな一編だ。

 先日、時代劇専門チャンネルで、吉右衛門版の鬼平を見ていたところ、この話の回であった。うれしいことに劇中で、敵討ちを目指す老武士を演じていたのが、いまは亡き人間国宝・二代目中村又五郎氏であった。


 又五郎氏といえば、鬼平と並ぶ池波作品の双璧である『剣客商売』の主人公、秋山小兵衛先生のモデルになった人物でもある。

 池波作品の中でも、鬼平以上に『剣客商売』を愛読し、1巻から16巻まで、すでに10回以上通読している私としては、作中の秋山小兵衛はもはや創作上の人物というよりも、実在した剣客同様の存在であり、真剣に私淑している。ゆえにあえて、秋山小兵衛“先生”と表記する次第(笑)。

 テレビドラマの『剣客商売』では、これまで山形勲、中村又五郎、藤田まこと、そして最近作では北大路欣也が、秋山先生を演じているが、やはり白眉は又五郎版であろう。なにしろ当人が、原作のモデルなのである。

 又五郎版のドラマ『剣客商売』は、加藤剛演じる息子・大治郎が主人公なので、又五郎演じる小兵衛先生の活躍は多くはないが、40歳年下の妻・おはるとの春風駘蕩としたやり取り、そしてクライマックスでの歌舞伎役者らしい、すっくと背筋が伸び、腰の据わった太刀さばきは、まさにリアル秋山先生である。なお、歴代の大治郎役でもっとも小説のイメージを体現しているのは、藤田まこと版の山口馬木也だと思う。ドラマ最新版で、大治郎役がかわってしまったのは、とても残念だ・・・。

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▲中村又五郎演じる、秋山小兵衛先生。ちびだが、めっぽう強いでのある! 『剣客商売読本』(池波所太郎ほか/新潮文庫)より


 鬼平や梅安など他の池波作品も大好きな私だが、『剣客商売』を一番に押すのは、その物語の爽やかさにある。

 剣だけでなく人生の達人である父・小兵衛と、まっすぐな若さで剣の道を歩む息・大治郎。2人のありようは対極的だが、しかしの根底には剣客としての「生死への覚悟」があり、それが物語に清冽な潔さを醸しだしているのだ。

 秋山親子には遠く及ばねども、平成の世に稽古場の看板を掲げ「剣客商売」に携わる者のひとりとして、これからも秋山小兵衛先生=池波正太郎師の言葉を味読していきたいものだ。

 
 「人の生涯……いや、剣客の生涯とても、剣によっての黒白のみによって定まるものではない。ひろい世の中は赤の色や黄の色や、さまざまな、数え切れぬ色合いによって、成り立っているのじゃ」(秋山小兵衛)

(了)
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座技による刀法併用手裏剣術~その2~/(手裏剣術)
- 2013/02/16(Sat) -
 本日の稽古でも、座技による刀法併用手裏剣術について検討した。

 手裏剣術の中級者が刀法併用手裏剣術を行う場合、打剣から抜刀、斬りという一連の動きが、どうしてもばらばらになってしまいがちだ。

 五輪書風にいえば、「トタン、トタン」という拍子になってしまい、体勢も上下に崩れがちになる。

 そこで最近、稽古時には、

1.打剣時に、柄を下げすぎないこと
2.ひかがみを張り過ぎないこと
3.打剣では、腕の振りよりも、沈身による力を意識すること

 などを、指導している。

 
 さて、座技による刀法併用手裏剣術は、正座または跪坐で打剣、そして抜刀、斬り付けというのがベースになる。

 これにより、座技特有の自己検証のしやすさ(打剣にしても、抜刀や斬りにしても、立合の技よりも居合の技の方が、姿勢や動きの乱れ・崩れがより顕著になるので、自己検証がしやすい)により、打剣から抜刀・斬り付けの際に起こりがちな拍子の乱れを、より自覚しやすく、ひいては修正しやすいのではないかと考えている。

 このため本日は、間合1間半強、跪坐や居合腰でなく正座から、

・打剣から横払い、正面斬り
・打剣から逆袈裟、正面斬り
・打剣から逆袈裟、左袈裟(「米鬼必殺剣」ですな・・・)
・打剣から横払い、足を踏みかえて正面斬り
・打剣から逆袈裟、足を踏みかえて正面斬り
・打剣から逆袈裟、足を踏みかえて左袈裟

 を、じっくりと稽古した。

 この稽古は、あくまでも打剣から抜刀、斬りという動き全体の円滑な拍子を学ぶものなので、的までの距離は無理に遠くする必要はない。

 むしろ間合を取りすぎると、打剣から抜刀への拍子よりも、刺中に意識が向きすぎてしまうため、中級者であれば座打でも確実に刺さる1間半程度が最適でないかと考えている。

 居合う際の座り方について、正座がよいか、跪坐がよいか、居合腰がよいかについては、今後さらに検討を重ねていく。

 その上で、座技による刀法併用手裏剣術の稽古が有益だと判断すれば、新たに当庵の稽古体系に加えていきたいと考えている。

 (了)
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米鬼必殺剣-斬込刀法/(武術・武道)
- 2013/02/15(Fri) -
 先の大戦末期、本土決戦用に一刀流の笹森順造師範が、国内の刀剣所持者に向けて指導・解説した資料に、「米鬼必殺剣-斬込刀法」というものがあるそうな。

 (しかし「米鬼」って・・・、ねえ)

 さてその内容は、抜き打ちの逆袈裟から、踏み込んで左袈裟、そして胴突だという。

 なお逆袈裟や袈裟の斬りは、相手の首や顔、手など「皮膚の露出しているところ」に向けて行い、相手をひるませて、突でとどめをさすとのこと。

 逆袈裟から袈裟という流れの技は、たとえば古流では神道無念流の「切上げ」や鹿島神流の「飛竜剣」、現代流派でも戸山流の「前の敵」などもこれに当たり、その他の流儀においても、抜刀術ではごくごく普遍的な技である。

 それにしても、剣術の蘊奥を究めたであろう日本を代表する古流剣術の師範が、即戦力養成のための抜刀術の究極の一手として選んだのが、「逆袈裟、袈裟でひるませて、とどめは胴突」だというのは、う~むと思う。

 そうなると、やっぱり勤皇刀のような、長尺で棒反りの刀のがいいのかね・・・。

 まあ実際のところ、小銃や短機関銃で武装したアメリカ兵に、やっとうで斬りつけろといわれても、そりゃあ無茶だ。

 刀や槍が鉄砲に勝てないのは、すでに400年前の長篠の戦いで証明されてるのだし。

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▲3000丁の三段打ちというのは伝説で、実際は野戦築城陣地から、合計1000丁ほどの火縄銃で、各自がばらばらに狙って撃ったともいう。
 ところで火縄銃の演武を見るといつも、「抜刀して突っ込みてえ!!」という衝動に襲われるのは私だけか・・・。そして最後に、「パーフェクト・・・、パーファクト・・・」と、小さくつぶやきたいものである(爆)。なあトム、そうだろう!


 ところで同じく大戦末期、女学生に手裏剣を稽古させたという話が、某流のページに書かれているけれど、それって本当なのだろうか? 事実であれば、ぜひ、その元資料を読んでみたいものだ。

 同様に、徳川時代、江戸市中では手裏剣術の稽古は禁止されていたという説明をよく目にするのが、これもどんな資料が出典元になっているのだろうか?

 手裏剣屋としては、ぜひ一度、元資料を確認しておきたいと思っているので、ご存知の方はせひ、ご教授ください。

(了)
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早春夜話~空手道随想~/(武術・武道)
- 2013/02/14(Thu) -
 年末からの殺人的な多忙が、ようやく少し落ち着いてきた。

 何しろ元日から仕事で、1月中は1日も休まず、今年は年賀状も年始の挨拶も、まったくしていなかったほど。それでも翠月庵の稽古と、自宅での手裏剣術と抜刀術の稽古だけは、なんとか時間を捻出してきたが、いやじつにきつかった。

 冗談抜きで、ちょっと「うつ」気味になったくらい・・・。


 そしてようやく、2月に入ってから多少余裕が出てきたので、空手の稽古へも出られるようになった。

 先日は空手道の稽古を始めて14年目にして、はじめて全空連の指定形の平安を習ったのだが、いやまったく、あまりに動作が違って、戸惑うばかり。しかし、これはこれで、味があるともいえるか? 全体の挙動がシンプルになっているので、初心者には指定形の方がとっつきやすいかもしれない。

 五段の後半で飛んでから交差受けをしてしまい、「いや、指定形では飛ばないんだよ」と指導を受ける。

 かつて、私が学んだG流の平安五段では、ここで宗師範のT先生が、「飛べえ!!!!!」と道場も割れんばかりの大音声で、指導されたものだ。

 空手界でも有数の「怖い先生」と言われていたT先生だが、実際には我々社会人の弟子に対しては実に紳士的な先生だった。

 12歳からはじめた古武道に、いろんな意味で幻滅していた29歳の私は、改めてゼロから現代武道の門を叩こうとT先生の道場に入門した。

 初めてご指導を受けた日、

「市村さん、青白きインテリではダメだよ」

 と、貫手を喉もとに突きつけられながら(笑)、言葉をかけていただいたことは、今も鮮明に記憶に残っている。

 入門から4年、流派弐段の段位をいただいたのは、33歳の夏の合宿だった。勝ち抜きの試合組手では、20代の活きのいい黒帯や茶帯を相手にして4人を抜いたかわりに、指を骨折し肋骨にヒビが入ってしまったが、それも今となっては懐かしい思い出だ。

 その後、仕事の多忙や、古流の稽古の再開、翠月庵の設立などで、次第に空手の稽古からは足が遠のいてしまい、都内からの引越しを期に、さらに多忙にまみれて、きちんとしたご挨拶もできず、2年前に会を退会してしまったことは、我ながら今も深く後悔している・・・。


 そして昨年、自宅から歩いて15分ほどの場所で、流儀に関係なく未経験者から経験者まで、だれでも参加できる、県が主催する空手教室を見つけ、週に1回、稽古に出るようになった。


 私にとって、手裏剣術と抜刀術を基盤とした翠月庵の「武術」は、稽古場の看板を背負い、少数ながらも稽古に参加する会員諸子への責任も担い、術技としては古流を基盤に創意を加えることで、手裏剣術という日本固有の伝統武芸の末席に連なる、いわば「公の稽古」だ。

 一方で空手道の稽古は、今の私にとっては健康増進のためのエクササイズであり、現代社会における「即物的な」護身術の鍛錬であり、日々のストレスを一時忘れることのできるレ・クリエーションであり、殺傷や制敵を第一義に考えない人格陶冶の修練である。それは、「私(わたくし)の稽古」なのだ。

 だからこそ、初心者向けの教室で、未経験の社会人の皆さんと一緒に白帯を巻いて、基本稽古中心の地味な鍛錬をしていても、実に爽快かつ楽しいのである。


 身に寸鉄も帯びない「空っぽの手(体)」を最大限に活用する武道・空手道は、ある意味で体を動かすという原初的な快楽でもある。

 だからこそ、もっと普及しても良いと思うのだが、聞くところによれば、中学校での武道の授業が必修化されたのにもかかわらず、本県の中学校では、空手道を採用する学校は1つもないのだとか。やはりいまだに空手には、「暴力的で、脳みそまで筋肉・・・」みたいなイメージがあるのだろうか? それとも、教員で空手道の指導ができる人が少ないからなのか? であれば、地域にいくらでも空手道の指導者はいるだろうに。

 道具も要らず、場所もとらず(空手の稽古は、最低でも1人1畳のスペースがあれば十分できる)、1人でも集団でも稽古ができ、怪我も皆無にできるという点で、空手道は学校武道に最適だと思うのだが。

 
 まあ、それを考えると、手裏剣術や抜刀術などは、道具そのものに殺傷力がある「武具」を日常的に扱わねばならないので、社会性や自制心が未成熟なコドモには、教えるべきものではない。

 小学生や中学生に真剣を持たせ、斬りの稽古をさせるようなところもあるが、そんな指導は児童・生徒の社会人としての成長に対して、百害あって一利なしである。

 少年に剣術や居合・抜刀術を本気で指導するのであれば、18歳くらいまでは現代剣道か、あるいは他の現代武道で、基本から相対稽古、試合稽古などを十分に経験させるべきだ。

 試合や乱捕りも含めた、厳しく、痛く、自分の思い通りに動いてくれない相手を対象にした稽古をせずに、ぬるい形稽古と据物斬りしかやらないようでは、武芸の命とも言うべき、真剣勝負での「先」、「間合」、「位取り」も知らず、理屈だけは一人前の頭でっかちな「口だけ武術家」が、大量生産されるだけだろう。

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▲写真向かって右側が、今を去ること10数年前の不肖・私(当時31歳)。空手道茶帯時代の試合風景。先を取って左の中段回し蹴りから、上段へ左刻み突きを入れた瞬間。メンホーと、白い拳サポが時代を感じさせる(苦笑)。
 茶帯の頃は、流派の全国大会の一般有級者の部で、組手は準優勝2回、形は優勝1回とまずまずの成績だったのだが・・・。黒帯となり、一般有段者の部になって以降は、組手も形も3回戦進出が最高成績。なにしろ現役バリバリの大学空手部員や20代の参段~四段が相手では、市井の中年カラテ家ではとても試合の相手にはならんよ・・・。学連や自衛隊現役の選手とか、あいつらバケモノだから(笑)。


 とまあ結局は、いつものごとく檄文風になってしまったが、要するに長く充実した、なによりも実のある武道人生を望むなら、「武術」と「武道」をバランスよく鍛錬するべきである、ということだ。

 (了)
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打根小論/(武術・武道)
- 2013/02/10(Sun) -
 昨夜、鯨の刺身を肴に深夜の時代劇専門チャンネルで『子連れ狼(第二シーズン)』を見ていた。

 その際、拝一刀が、

「打根だ。手投げで3間、弓を使えば倍は飛ぶ」とのたまっていた。

 打根とは、長さ30cmから50cmぐらいの矢の形をした物に、手槍の矛先のようなものを付けた武具だ。

無題1
▲『図解 手裏剣術』藤田西湖著/名著刊行会より(以下、同)


 私は打根を使った演武というのは拝見したことがないのだけれど、現在も日置流弓術の別伝として伝わり、日置流印西派摂津系同門会が現在も伝承しているという。

 同会のホームページ(http://settsu-insai.net/uchine.htm)には、打根術の演武の写真が3枚掲載されている。

 1枚は、弓の先端に小型の穂先(はず槍)をつけたものでの対剣術の技、残りの2枚は上記のようないわゆる打根(演武では代わりに木の短棒を使っているようである)での対剣術の技のようだ。

 おそらく打根の刺突武器としての使い様は、たとえば当庵における長剣を使った掌剣術に近いものであろう。

 つまり武具としては一尺ほどの長さと手さばきの良さを生かし、刺突を中心に、打つ、払う、などの動きを用いる。身体の運用は、間合の短さを入身や捌きをもって補い、対剣術の攻防を術技の中心とする。場合によっては、短棒術や鼻捻術のように、ある程度の極めや逆技もあるのかもしれない。

 機会があればぜひ、同会の演武を拝見してみたいものだ。

無題3
▲この持ち方で使うとすれば、やはり「斬り手」がポイントになるであろう。というか、柔術の当身にしても、打刀の手之内にしても、短棒や鉄扇の握りにしても、「斬り手」などあまりに当たり前のコツすぎて、ことさら教えることですらないか(笑)。そのわりには、「斬り手」ができていない人が、少なくないのだよねえ・・・


無題4
▲「七 打落」や「九 受留」は、日本剣道形の小太刀の形の3本目(打太刀の斬りを、擦上げて摩落とし、さらに擦流して、相手に寄り身して剣先を喉に附けての位勝ち)などの動きを参考にすると、理解しやすいだろう。いずれにしても、剣術や小太刀、柔術の素養があれば、十分に遣うことのできる武具だ(逆に言えば、それらの素養がないと、遣うことは難しかろうね・・・)


 さて、ここまでは打根の刺突武器としての面について述べてきたが、投擲武器としてはどうか?

 威力については、両刃状の穂先とその大きさ・重さから、手裏剣よりもはるかに殺傷力の高い武器であろうことは、論ずるまでもない。おそらく、われわれが的に使っているような畳など、5間間合いでも余裕で貫通するのではないだろうか。

 打ち方についても、手裏剣術の直打のような相当の修練が必要な難しい打法ではなく、投げ槍のように打つので、だれでも簡単に打てるはずだ。

 間合について、冒頭、拝一刀は、「片手で3間・・・」と言っているが、このサイズと重さを考えれば、もっと遠くまで打つことができるはず。なにしろわれわれは、打根よりもはるかに小さくて軽い手裏剣で、5間とか7間とか打ってるのだから(笑)。

 ただし、ここで問題となるのが、打根の特徴である矢に結ばれた「紐」である。

無題2
▲手裏剣と違って、打根は投げ槍のように構えて打つ。技術的には、手裏剣の直打よりもはるかに簡単に、そして遠くまで打つことができるだろう。一方で2間くらいの近距離であれば、翠月庵の飛刀術のような打ち方も可能だ


 この紐を使い、「打根を敵に打ちつけては、手元に引き戻す」とのことだが、実際にはどうだろう?

 打根を打たれる側になって考えれば、打ちつけられた打根をかわした後、相手がノコノコ紐を手繰って引き戻しているなら、その間に一気に踏み込んで斬り伏せる。あるいは紐を踏んづけてやってもいいし、その場で紐を切ってしまうこともできる。

 逆に打つ側に立って考えても、打ちつけた打根を紐を手繰って回収する暇があったら、次の打根を打つか抜刀して斬りつけたほうが、よほど合理的ではなかろうか?

 またこの紐の長さによって、打根そのものの飛距離が制限されてしまうというのも、武具としてはマイナス点であろう(この紐の長さについては、たぶん古伝で定められた寸法があるのだろう。おそらく3間前後の長さなのではあるまいか?)。

 こうして考えると、この紐はあまり有意なものではないように思える。

 ただし、古流の武芸というのは基本的に秘密主義でえげつないので、表向きには「回収するための紐」としているが、実際には「使うときは紐を結ぶな・切っておけ」などという口伝があったり、あるいはこの紐を使った固めや極めの技があったりするのかもしれない・・・・。


 いずれにしても、手裏剣術を稽古する者としては、打根はかなり気になる武技であり、武具である。

 機会があれば実際の打根を手にとって、検証してみたいと考えている。

 (了)
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切り結ぶ太刀の力/(武術・武道)
- 2013/02/05(Tue) -
Q.
 当庵の剣術の稽古では組太刀で激しく切り結ぶものがありますが、その際、相手の打ち込みに力負けしないようにするには、どうしたらよいでしょう?

A.
 まず、それを「力負け」と考えてしまうと、道を誤ってしまうので注意したい。

 切り結ぶ(木)太刀の力というのは、けして「腕力(かいなぢから)」ではない。その力は、「腰の力」であり、もっと分かりやすくいえば、全身の統一力である。ゆえに、リストカールなどで、あえて前腕の筋力を個別につける必要はない。

 ではどうするか? 素振りをすることである。

 正しい素振りは、全身の統一力を養成する、もっとも重要な稽古である。当庵の稽古では基本の素振りのほか、重い木太刀を使い一文字腰での巻太刀を繰り返す古流の素振りも行うが、これをみっちりと繰り返すことで、「腰の力」が養成される。

 流儀や師範によっては、市販されている六角や八角の重い素振り用木刀の使用をすすめることがあるが、組太刀で使う木太刀そのものがかなり太く重いものだったことから、旧師は「あえて素振り用のものを使う必要はない」と話していた。

 私個人としては、こうした素振り用の木太刀の使用も、悪くはないと思っている。

 ただし、それを使う際には、必ず運足を用いて、全身の統一力で操作し、正しい動きでの素振りを心がけねばならならない。上半身の力だけ、腕の力だけで振ることは、百害あって一利なしである。


 切り結んだ際に相手に打ち負けないコツは、そのほかに、

・姿勢(構え)
・肘の使い方
・手之内
・心法

 などに口伝があるが、これらは直接、稽古場で伝えるので略す。

 いずれにしても、木太刀=刀は、腕力で振るものではなく、腰の力で斬るものである。ゆえに、力まかせに振り回したり、むやみに力を入れるのは、「強みの太刀」として戒められるのだ。


 これは打剣においても同じで、腕力だけで振り込むような打剣では、おのずから壁にぶつかるものだ。

 全身の統一力を、いかに7~8寸の剣にのせて、離隔の間合から、十分な威力の剣を放つか?

 手裏剣術者は、ここに意を注がなければならない。

 (了)
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