壁を抜けるのは武田惣角だけではない/(身辺雑記)
- 2013/03/29(Fri) -
 時代劇専門チャンネルで、中村又五郎版『剣客商売 誘拐』を見ていたら、クライマックスのシーンで悪役氏が、加藤剛演じる秋山大治郎に、手裏剣を打つシーンがあった。

 通常、こうした場面では、カット割りでお茶を濁すのがほとんどだが、なんとこのドラマでは、悪役氏は本当に手裏剣を打つのでちょっと驚いた。

 距離は1間足らずで、しかも反転打なのだが、小刀状の棒手裏剣を打って(たぶん)床に刺さっていた。

 ドラマや映画などで、カット割りの編集なしで本当に棒手裏剣を打って刺している役者さんは、若山大先生以外では初めて見た。

 ものすごい凶悪な顔をした悪役さんで、ちょっと昔、テレビでよく見た人だけれど、名前が分からないのが残念だ。

 『怪奇大作戦』の、キングアラジンにちょっと似ている悪役さんなのだけれど・・・、そもそもキングアラジンなんて、知っている人がほとんどいませんね。

 失礼しました・・・。

キングアラジン
▲怪奇大作戦(1968) 第1話『壁抜け男』より 田口計氏演じる、怪盗キングアラ
ジン。武田惣角ばりに、壁を抜けていきます(爆)

(おしまい)
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大分県中学校剣道部体罰事件に思う/(武術・武道)
- 2013/03/26(Tue) -
 財団法人全日本剣道連盟(以下、全剣連)は、昭和50年3月20日に、「剣道の理念」「剣道修練の心構え」というものを制定している。

 曰く、

剣道の理念

「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」

剣道修錬の心構え

「剣道を正しく真剣に学び
心身を錬磨して旺盛なる気力を養い
剣道の特性を通じて礼節をとうとび
信義を重んじ誠を尽して
常に自己の修養に努め
以って国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に
寄与せんとするものである」


 この理念は、現代における日本武道の理念の代表である「武道憲章」に勝るとも劣らない、簡潔かつ崇高なものだ。 

 しかし、その成果の一端が、以下の動画である。
 



 中学生に対し、蹴りを入れ、顔面を小突き、引き釣り回すのが、全剣連の教える「剣道」なのか?

 全国の剣道人は、この指導者なる人物を見て、何を思うのであろうか?

 竹の棒を振り回すことだけがうまい、脳みそが筋肉でできたゴリラを育てた責任は、いったい誰にあるのか?

 無抵抗の子供に殴る蹴るの暴行を加える狂人を目の前にしながら、見て見ぬ振りをしている、その場に居合わせた教師や他の剣道家は、人間として恥ずかしくないのだろうか?


 全剣連の師範方に、武人としての矜持と誇り、そしてなにより、

 廉恥心

 があるのなら、この暴行男(これは体罰などではなく明らかに暴行であり、神聖な稽古場で無抵抗な子供に暴行を加えるような者は、断じて武道の指導者などではない!)の段位を剥奪し、斯界から追放するべきである。

 あるいは、この暴行男を、無級から徹底的に指導し直すべきだ。

 その際は、立ち切りなり組討ありの地稽古なりで、この「半端な剣道指導者」をたっぷりとしごいてやるが良い。そして、無抵抗の子供に対してしか加えられない、あんなへっぴり腰の蹴りや、へなへなの引きずり回しではなく、本物の武道の蹴りや投げがどんなものであるのかを、みっちりと体に教えてやるが良い。


 その程度の自浄能力もないのであれば、全剣連は「剣道の理念」を即座に取り下げ、公益法人の看板を下ろすべきであろう。


 繰り返し何度でも指摘するが、武芸における「本当に厳しい稽古」とは、断じて指導者の暴力や威嚇の下で行われるものではない。

 本当に骨が折れ砕けるような厳しい武芸の稽古は、師弟や同門との間に、各々が己の身を害してもかまわないと思うほどの、術と道に対する愛情と、互いへの信頼があるときにだけ許されるものだ。

 なにより本物の「術」は、高圧的・暴力的・強制的な指導などでは習得できない。

 脅され、強制されて得た「術」など、所詮、底の浅いものに過ぎないのである。


 脳みそまで筋肉の稽古着を着たゴリラは、武術・武道界のみならず、社会全体の害悪だ。

 恥を知れ。

 そして腹を切れ。

 と、思う。

 もっとも、子供をなぶることしかできぬ脳みそまで筋肉の武道馬鹿は、腹を切る勇気もなく、その作法も知らないのだろうが。

 ~学問せぬ武芸者は匹夫の勇にして、三味線弾き候 芸者も同様~ 平山子龍

(了)
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春風一打/(手裏剣術)
- 2013/03/19(Tue) -
 日々の稽古中、手慰みに、断面正方形のスタンダードな棒手裏剣を打つ。

 いや、実に打ちやすい(笑)。

 普段、打っている短刀形の翠月剣に比べると、かなり雑に思い切り腕を振り込んでも、ぽんぽんと刺さる。

 翠月剣が、速力と武装に優れてはいるが操作が難しく乗り手を選んだ二式戦/鍾馗だとすれば、断面四角の棒手裏剣は、誰にでも扱いやすく操作性が高いが速力と武装に劣る一式戦/隼というところか。

二式戦
▲中島 キ44 二式単座戦闘機 鐘馗 II型 丙
“飛行隊第246戦隊”(ハセガワ 1/32)


 過日、根岸流の成瀬関次師の『臨戦刀術』(昭和19年)を読んでいたところ、「蟹目の大事」について解説した詳細な一節があり、たいへん勉強になった。

 彼我の間合、三歩(一間)のところに生死一如の大事があるということ。

 手裏剣術者は、常にこれを念頭に置いておかなければならぬ。

 「十歩において顔面に必中すれば七歩では眉宇の間に中(あた)り、五歩にして鳥兎(両目)の間を貫き、三歩では一眼に中る。必死必中、蟹の眼と見ゆるその先端に打ち込むには、二十歩三十歩の修練がなくては叶わぬ。かまえて忘るる事勿れ」(『臨戦刀術』より)


 この極意を翠月庵風に言えば、

 「生死一重の至近の間合からの、渾身の一打」

 であり、

 そのために万打、億打の修練がある。

 これが武術としての手裏剣術の真髄であり、本質であって、こうした気概のない手裏剣術など、ただの的打ちに過ぎない。

 この一打に、骨を斬らせて命を断つ覚悟があるか?

 いや、「骨を斬らせて命を絶つ」では、まだ己の命に執着があり甘い。

 大事に及んでは、己の一命を捨てて相手の命を断つ。

 「一死一殺」の覚悟があるのか。

 武術としての手裏剣術は、究極的には、こうした「ハラ」を育むことであると言えよう。

(了)
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絶技! 山嵐?/(武術・武道)
- 2013/03/14(Thu) -
 「鳥居大殺(トリイオオゴロシ)」という技がある。

 旧師に学んだ古流柔術の技の中で、私が得意とした技のひとつである・・・。


 なんとも物騒で剣呑な名前の技だが、実はもったいをつけるほどのものではなく、起倒流や浅山一伝流など柔術諸流によくみられる、入り身して相手の胴体を片手で抱え、もう一方の手を相手のひざ裏にかけて、自分の前腰を支点に後ろへ投げ捨てるという技である。

 空手道における卍受けも、このスタイルの投げ技として分解指導する師範もいらっしゃる。最近は若い選手の試合組手でも普通に使われるもので、見事に決まると派手に相手が吹っ飛ぶので、会場がわく技のひとつだ。

 古流柔術の投げ技が、現代武道たる空手道の、しかも自由組手で実際に効果的に使われているというのは、なんとも痛快だ。使っている若い世代の空手人は、それが伝統的日本柔術の普遍的な投げ技のひとつであるとは、思ってもみないのであろうが。


 さて世代と言えば、日本の40~50代の男性は、ある意味で『空手バカ一代』世代である。ちなみに私は、影丸譲也版の年代だが、50代の人々はつのだじろう版だと思う(笑)。

 一方で、それよりさらに上の世代にとっての武道系エンタメといえば、『姿三四郎』なのではなかろうか?

 私は中学生の時に、本宮ひろ志の漫画『姿三四郎』を読み、ついで原作小説を読んだ。若き柔道家・姿三四郎が、悪役の古流柔術家や凶悪な唐手家、すぱあら(ボクシング)と戦うストーリーは、ある種、時代を超えた定番の若者向け格闘エンタテイメントである。

 そしてこの物語には、今も昔も格闘エンタメに必須である主人公の必殺技も、もちろんある。

 それが『山嵐』だ!

 原作小説や漫画を読むと、とにかくものすごい必殺の投げ技のようであるが、実際のところどんな技か、具体的な描写が少なくてよくわからない・・・。

 三四郎のモデルとなった柔道家・西郷四郎が、会津藩家老であった西郷頼母の養子だったことから、『山嵐は大東流の合気を使った技だ!』などという珍説もあって、昭和の武道少年の夢をかきたててくれたものである。

 ところが後年、講道館伝の山嵐の実技内容を知り、特段ものすごい技というほどでもなく、変形の背負い投げと跳腰の合わせ技であると知ったったときには、いささかの寂さを感じたものだ。


 さて過日、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで、明治から大正期の古い武術書籍を閲覧していると、面白い記事を見つけた。以下がそれである。

ヤマアラシ1

ヤマアラシ2


 これは、今から101年前の大正元(1912)年に発行された『乱捕活法柔術教科書』(井口義為 著)という書籍で解説されている、山嵐の技の詳細だ。

 ちなみに、『姿三四郎』の原作小説が発表されたのが昭和17(1942)年なので、それよりも30年も昔の資料ということになる。

 ここには、

 「山嵐と云うは講道館にて附けたる名なり。揚心流、真揚流、関口流にては山落と云う」

 とある。

 つまり、姿三四郎の必殺技である山嵐は、揚心流や真揚流、関口流などといった、江戸時代から続く日本柔術を代表する諸流にも存在した、ある種、よくある投げ技であったということである。


 名前やイメージが先行している一方で、その技の実態を知り使える人も少ないために、「必殺技」という過剰な印象だけが流布されている・・・。

 ひるがえってみると、こうした例は柔術だけではなく、剣術や居合・抜刀術、いや現在の武術・武道全般に見られる、隠れた弊害といえるだろう。

 安易な達人幻想や必殺技妄想には要注意。

 そんな暇があったら、汗をかいて地道な稽古を続けることだ。

 (了)


■補遺

 余談だが、柔術・柔道の技の中でも、いわゆる「大外落」は、非常に地味ながら、確実・簡便で、しっかりとした作りの上で掛ければ、体格に関係なくだれでも遣える、武芸としても非常に効果的な技だと思う。

 富木謙治師範は、その著書『講道館護身術』の中で、大外落を極め技とした『斜打』という型を解説し、

 「この技はすこぶる実戦的で危険を伴う技であるから、練習者はよく注意してこれに習熟しなければならない」

 と強調している。

 この型では、相手の打ち込みを捌いて、顎突きの当身、咽喉輪攻め、大外落しで投げ倒して極めるので、相手は後頭部からもろに地面にたたきつけられることになる。

 空手道などに比べると、一見安全そうに見える柔道だが、実はこの技のように、使い方によってはかなり危険な業が少なくない。

 投げ技の威力の大部分は「地面にある」ということを、武術・武道人はよくよく肝に銘じておくべきであろう。
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狼が来た!/(身辺雑記)
- 2013/03/13(Wed) -
 ついに狼が、我が庵に来た!

ケース1


 デーヴィーデーではなく、VHSである!

中身


 とりあえず今晩、空手の稽古が終わってから、じっくりと堪能しよう。




 やっぱり戦後の役者で一番のチャンバラ王は、この人でしょう。

 手裏剣術にも、愛情をもっていらしゃったし。

(おしまい)

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そういやあ、突如、台湾から飛来した「換骨拳法」ってのもあったね・・・/(武術・武道)
- 2013/03/12(Tue) -
 とある武術雑誌の最新号を見て思ったこと・・・・。


 かれこれ足掛け30年ほど、武術・武道にかかわってきた。長年、この世界を市井の立場から見ていると、いろいろと不思議なことがある。

 たとえばAという流派がある。

 たいへん有名な流派だ。流祖の時代は剣術を中心に、抜刀術や柔術や棒術もある、典型的な総合武術だったが、江戸期の撃剣興隆のなかで、事実上、剣術のみの伝承となり、その後、維新の動乱と明治から昭和までの歴史の中で、事実上断絶してしまったらしい。

 大東亜戦争後に見直しの機運があり、初学の型のみ古老の記憶をたどって復興。以来、長年、知名度の高い名流として、粛々と稽古されてきたという・・・。

 ちなみに私は中学1年生の時(昭和58年!)、このA流の先代宗家だったK先生に入門を願い出たところ、「剣道の参段をとってから、もう一度出直して来なさい」と諭されたことは、懐かしい思い出である。


 さてその後、時代は平成となり、その流儀が某国営放送で大々的に取り上げられた。

 すると突如、それまでA流の道統を継いで来た人々とは、まったく関連のない、それまで聞いたことのない会派が、「我こそはA流のすべての技を受け継ぐものである」とはなばなしく登場した。

 それからさらに時が流れ、気がつけばそのご一党がA流を代表する会派として、公的機関にも登録されるようになってしまったとか・・・。


 時代の推移をしらない人は、判断できないかもしれないが、つくづく不思議なのが、どうしてその会派は、平成になるまで、A流の道統を継ぐものとして、その名前が武術・武道界に知られてこなかったのだろう?

 私の手元には、昭和時代の古武道協会や古武道振興会のパンフや資料、あるいは当時の武道マスコミ(月刊武道や月刊空手道など)の資料もいろいろとあるのだが、とんとその会派や宗家の名前は見られないのである。

 いやまったく、不思議なことだ。


 もちろん、ひっそりと市井の武術家に受け継がれてきたのかもしれないけれど、それにしてはあまりにその流儀の名前は有名で、どう考えても、明治、大正、昭和、平成と受け継がれてきたのであれば、なんからのつてで名前なり会派の活動なりが伝わってきそうなものなのである。

 しかし、その流儀に関連するマスコミの話題が大々的に取り上げられた平成のある年以前には、まったくその筋の名前もうわさも、聞かれなかったというのが、実に、いや実に不思議だ。


 もちろん、その会派の歴史的経緯や業が捏造なのか、それとも江戸時代以来、正しく伝えられてきたのか、私には学術的に検証することはできないけれど、万が一、それが「うそ」であったとすれば、その流儀の業と伝統が、

 「誠」

 と信じて、人生の貴重な時間を使い、お金を払って、稽古に励む人々が、哀れでならない。


 この世界、昔から「三年かけても良師を探せ」というが、そもそも初心者に師の優劣や、流儀の正当性を見極める眼など、あろうはずがない。たいがいが、たまたまの縁で、いずれかの人物を師とするものである。

 そこでその師が、まっとうで良心的な人物であり、なおかつ師たる優れた業前があればよい。

 しかしときとして、そうではない人物に縁をつないでしまう人もいる。

 それもまた、因果と受け入れるしかないのであろうか・・・?


 ひとつ言えることは、この世界には、4種類の流儀・会派、あるいは指導者がいるということを、覚えておいてほしい。

 1つは、正しい道統を受け継ぎ、優れた業前の流儀・会派、あるいは師。
 1つは、いんちきな道統だが、優れた業前の流儀・会派、あるいは師。
 1つは、正しい道統を受け継いでいるが、なまくらな業前の流儀・会派、あるいは師。
 1つは、いんちきな道統で、なまくらな業前の流儀・会派、あるいは師。

 これらのうち、どの流儀・会派あるいは師にめぐり合い、選ぶのか?

 それによって、その人の武術・武道人生の大半が決まってしまうといっても過言ではないのである。


 先日、日本刀の偽造で都内のとある刀剣商が逮捕されたけれど、日本刀の鑑定や売買の世界は、まさに魑魅魍魎が跋扈し、金と名誉欲が渦まく伏魔殿だということはよく知られたことだが、古流武術の世界も似たり寄ったりといわざるを得ない。

 そういう意味では、少なくとも打剣の結果を見れば、道統は別として、その人の業前が遣えるか遣えないか、最低限、ひと目で分かる手裏剣術の世界は、武術界での立場は低いけれど、その精神はよほど健全で、さわやかだと思う。

日武会
▲昭和時代のあやしい武芸ビジネスといえば、
やはり日武会であろう。私も、だいぶお金を
使ったよ、キミィ!


 骨董とやっとう、そして武芸の世界の真贋には、本当に注意が必要だ。

 (了)
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フランチャイズのラーメン屋的武芸論/(武術・武道)
- 2013/03/08(Fri) -
 ある武芸流派のホームページを見たところ、見知った顔の人が写っていた。

 私は2002~3年頃、その会派に関わっていたことがあった。当時、その会に入門してきたのが、この人である。その頃の印象は、「五十路を迎えて武道を始めるという、どこにでもいるちょっと不器用そうなおじさん」、というものだった。業前も、ごく一般的な初心者だったように思う。


 さて、それからちょうど10年。

 長いといえば長い、短いといえば短い年月である。その人も、さぞかし稽古に励んだのであろう。ホームページに書いてあるその人の今の肩書きは、

 範士・九段、だそうな。

 ・・・・・・。

 江戸の昔から、武芸には「義理許し」とか「金許し」というのがあるが・・・。一般論として、仮に相当天才的な業前があったとしても、稽古暦10年で「範士・九段」というのは、古流武術も含めた日本の伝統的な芸事の常識からいっても、あるいは現代武道の感覚からいっても、さすがにいかがなものかと思う。

 自分なら、いくらなんでも恥ずかしくて名乗れないだろう。
  

 段位・称号というものは、もったいぶって出さなすぎるのもいやらしいし、問題がある。特に初学者にとっては、系統立った稽古体系に基づいた段位は、上達のための動機付けとしての意義が非常に大きい。

 一方で中級者(現代武道で言えば2~4段、古流なら目録程度)になれば、今度は逆に段位にはあまりこだわる必要はないし、正しい指導を受けていればこだわらなくなってくるものである。

 なぜならこのレベルになると、己の業前がどの程度なのか、自分自身で認識できるようになるからだ。逆に言えば、中級者になっても己のレベルを知ることができず、見せかけの段位に執着するようでは未熟だし、そういう人は武芸などやらないほうが良い。

 こうした前提の上で考えると、基本的に段位・称号というものは、乱発するほど家元は儲かるかもしれないが、その価値は下がるものといえよう。

 うまいと評判のラーメン店が、勢いにのってフランチャイズ展開。経営者になった本店の店主は大儲けしているものの、看板を借りて商売をしている店では、不味いラーメンしか出せない・・・みたいなことになる。

 そして、不味いラーメンしか作れない店主は、うまいラーメンの作り方を弟子に教えられるわけがないので、弟子の弟子、そのまた弟子となるごとに、そのチェーン店のラーメンは、ますます不味くなっていくのだ。
 
 自分でラーメンを作るのであれば、うまいラーメンを作りたい。

 そして他人様にラーメンの作り方を教えるのであれば、うまいラーメンが作れるようになってほしいと思う。

index.jpg
▲マルちゃん正麺は、本当にうまい!

(了)
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春嵐雑想/(身辺雑記)
- 2013/03/02(Sat) -
 鈴木崩残氏の無明庵・梅の間で、拙文を取り上げていただけたためか、おととい辺りのアクセスが少し増えていた。とはいえ、何しろこのブログ、屋根裏の手裏剣屋の怪しげなつぶやきゆえ、一部の好事家以外、普通の人が読んで面白いものとは、とうてい思えない・・・(笑)。


 25年式の翠月剣、非常に快調である。旧型と比べて、重ね1ミリの差は、手裏剣としては圧倒的だ。打ちやすさだけではなく、的への食い込みも鋭く、威力も大幅にアップしている。ただし、これ以上重くすると、私には扱いづらいかなとも思う。


 一方で、昨年からは稽古でメインに使う差料も、旧師伝来の二尺四寸五分から、市原長光二尺二寸一分に替えた。長さこそ短くなったものの、旧師の二尺四寸五分に比べると、長光は樋が掻いてなく、元重も8ミリとごついものだから、かなり重い。

 実際に長光を稽古に使っていると、バランスが良いので重さを苦に感じることはない。ところが、ふと気が向いて、樋入りの二尺四寸五分の方を使って見ると、これがえらく軽く感じるようになった。ちなみにこの二尺四寸五分は鞘を払って約1kgである。

 さらに、長光で稽古をするようになって、抜き付けの切先の飛び方が、これまでよりも鋭くなったように感じている。これも、バランスのよさと、重さの効能だ。

 手裏剣も刀も、ある程度の重さがないと、武具として一段劣るのう・・・、などと思いながら、たまさかに愛用の軽量剣(剣尾穴空き、全長180ミリ、重さ55グラム)を打っていたら、手からポロリと落とした手裏剣が裸足の足の甲を直撃! 

DSC_9317.jpg
▲手裏剣と刀と野ざらしの図。所詮、此世はかりの宿なり。・・・


 たしかにこのクラスの軽量剣でも、渾身の打剣で顔面を直撃すれば、相当なものなのだろうなあと、改めて思い知った次第。

 武具の取り扱いには気をつけましょう(笑)。

 さて、春の嵐が吹き荒れているが、これから稽古に出かけるとするか。

 (了)
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