偉大な金属探知機 「ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28」/(手裏剣術)
- 2013/04/23(Tue) -
 先週の稽古で、25年式翠月剣を、1本、紛失してしまった。

 五間直打の稽古の際、暴投した剣が、地面に刺さってもぐってしまったのか、はたまた草むらの奥に入ってしまったのか・・・。

 Kさんも手伝ってくれ、大人が2人がかりで2時間近くも必死に探したのだが、ついに剣は見つからず。泣く泣く捜索を断念した。

 意外なようだが、失中などで的の背後に抜けた手裏剣というのは、不思議なほど見つけにくい場合がある。黒い剣が地面と保護色になることや、バウンドして思いもよらないところに刺さっていたり、地面にもぐってしまったり、とにかく、見つけにくくなることがある。

 それでも、自分用の手裏剣は、これまで紛失したことは、1本だけ。それも出張指導で県外で指導をした時で、普段の稽古では自分の剣をなくしたことはなかった。

 それだけに、今回はなんとしても発見しなければと思い、これを買った。

探知機1
▲写真はアマゾンさんから転載/以下同じ


 こんなふうにして、よく使われていますな。

探知機2

 あるいはこんな風に。

探知機3

 この金属探知機は、

ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28

 とういう製品である。


 お値段は、アマゾンさんで6,600円ナリ。


 そもそも、金属探知機なんて買えると思っていなかったので、レンタルにしようかと思ったら、人を馬鹿にしているかと思うくらい高かった。そこで製品をアマゾンさんで検索してみると、1,000円代のものがあり、「これは!」っと思ったのだが、レビューを読むと、ほとんど使い物にならないレベルとのこと。

 次に見たのが、この「ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28」である。

 これのレビューでは、アーチャーの方が、安土に埋もれた矢を探すために使っていて、非常に満足しているという記述があった。

 ネットの商品レビューには、サクラによるものも少なくないが、金属探知機のレビューでアーチェリーである。これはいくらなんでも、サクラの評価ではなかろう。マニアックすぎるし。

 そこで、愛剣・25年式翠月剣捜索のために、藁にもすがる思いで購入。

 本日午後、再捜索のために稽古場へ。

 「ここら辺りの可能性が高いのだが・・・」という垣根の下の草むらに「ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28」をかざすと、ピーっとセンサーが反応。

 草むらの奥の地面をまさぐってみると、翠月剣を発見!

 再捜索開始から、わずか10秒のことである。

201304231943000.jpg
▲3日ぶりに発見された、25年式翠月剣。ちと錆びてしまったが、無事でよかった・・・


 大の大人が、2時間がかりで、地面に四つんばいになって探し回っても見つからなかった手裏剣を、たった10秒で発見したのだ。

 すばらしいぞ、「ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28」!

 まったく、テクノロジーというのは偉大なものだ。

 そりゃあ設楽ヶ原で、武田の刀や槍が、織田の鉄砲隊に負けるわけだ・・・。

 というわけで、「ベルーフ(Beruf) ハンディ 高感度 金属探知機 EMD-28」は、手裏剣道場には欠かせない備品であることを、ここに明記しておこう。

 つうか、そもそもたかが五間で暴投し、的をはずす私の腕前が、そもそもダメダメなのだがネ(爆)

 (おしまい)

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「人を斬ってみたいですか?」/(武術・武道)
- 2013/04/22(Mon) -
 若いころ、中東の某国で、反政府運動に参加している活動家にインタビューしたとき、同行してくれたベテランの先輩に、「ふつうはこういうことは言わないけどね・・・、市村君、今の質問の意味はなんなの?」と、再三、注意された。

 こういう注意をされるときの質問というのは、たいがい、場つなぎのための、あまり意味のない質問であった。

 普通のインタビューなどでは、相手の緊張を和らげるためや、相手の反応を見極めるため、あるいはインタビュアーが次の質問や展開を考える時間稼ぎのために、どうでもいいような当たりさわりのない質問をすることがある。

 しかし、このときの取材は、相手は治安軍や秘密警察にマークされている活動家であり、そういう相手に対して、無意味な場つなぎの質問などしている場合か! というのが、その先輩の注意の意味するものであった。

クルディスタン_1
▲1996年3月、クルディスタン、ディヤルバクル市郊外。上空から機関銃の銃口を向ける政府治安軍の武装ヘリに、無言のビクトリー・サインで応じる数千のクルドの人々(撮影・市村)


 問いかけというものには、必ず問いかける側の意図なり思惑というものがある。

 だからこそ、ぬるい質問などすれば、海千山千の大人には、すぐに足元を見透かされてしまのだと、40を過ぎて、私にもようやくわかるようになった。だから最近、大学出たての新人さんの取材などを見ていると、こちらがいたたまれなくなってしまうのである、恥ずかしくて・・・。



 ところで、年がら年中、刀を振り回したり、手裏剣を打ったりと時代錯誤かつ物騒なことをしていると、ごくまれにだが、こんな質問をされることがある。

 曰く、

「刀とか振っていると、実際に人を斬りたくなるんじゃありませんか?」

 こういう質問をする人というのは、多分、自分自身の内面に、そういった暴力衝動があるのだろう。

 他人様はどうか知らないが、12歳の時はじめて刀を握ってから、かれこれ32年もたつけれど、私は1度たりとも、「人を斬りたい」などと思ったことはない。

 むしろ武芸の術というのは、それを学べば学ぶほど、その怖ろしさや殺伐さが実感されるものであり、とてもじゃないが、人様に刃を向けようなどとは思えないものなのである・・・、正しい稽古を積んでいれば。

 思うに、「人を斬りたくなりませんか?」と聞いてくる人というのは、「刀など振り回しているやつは、人が斬りたいと思っているのだろう」といった、先入観が非常に強いのではあるまいか?

 あるいは自分自身の暴力衝動を他人に投影して、「人を斬りたいに違いない」と、思い込んでいるのだろう。

 そこで、「(ニヤリとしながら)ええ、いつも誰かぶった斬ってやりたいと思ってますよ」などと答えてやると、そういう人は、すごく「うれしそう」に驚くのである。

 そこでさらに、「な~んちゃってぃ! そんなこと、考えたこともありませんよ。むしろ、稽古すればするほど、怖くて、人に刃なぞ向けたくなくなります」と答えると、すごく「がっかり」した顔するのだ、そういう質問をする人は・・・。

 そういう人にひとつ言いたいのは、てめえの暴力衝動を、他人に転嫁するのはやめとけ! ということである。だったら、自分でボクシングでも空手でもやって、ルールの中で合法的に、思う存分に殴り合えばよい。

 私は剣術や手裏剣術以外に、素手で殴りあう空手道も10年ほど稽古したけれど、こういう内面的な暴力衝動を抱えている人は、えてして厳しく痛い稽古についてこられないことが、少なくないように思う。

 たぶんこういった人は、他者へ加えられる暴力は大好きだが、己に加えられる暴力は大嫌いなのであろう。

 しかし、武芸にせよ格闘技にせよ、それらの稽古やトレーニングでは、他者への一方的な暴力というのは、絶対に存在しない。

 なぜなら、

 「我の剣(拳)の届く間合は、彼の剣(拳)が届く間合でもある」

 からだ。

 闘争の世界というのは、ことほどさように残酷なまでに平等なのである。てめえだけ、痛い思いをしなくて良いなどという、手前勝手なあまっちょろい理屈は通用しないのだ。

 だからこそ、我々は人など斬りたくないのである。

 人を斬るということは、己も斬られる可能性にさらされることなのだから。

 こうした「道理」を学び、他者を「正しく畏れる」ことを学ぶのが、本物の武芸の稽古なのだ。喧嘩自慢、暴力自慢の武術・武道人など、三流芸者に過ぎないことを忘れてはならない。 


 問いを発するということは、その人自身が問われる行為である。

 そのあたりの自覚のない人が、あまりに多い気がする。「言葉」や「問い」というものの重みを自覚しないのは、人として未熟にすぎる。

 そしてその未熟さゆえに、自分が傷つき、あるいは人を傷つけて、心も体も傷めてしまう人が多いのは残念なことだ。

 言葉=智慧というのは、人間の持つ最高の「武具」であり、この残酷に平等な世界で生き残るための、だれもが持ち鍛えることのできる「武器」なのだ。

 今世で生きることを選んだ以上、その武器をできるだけ研ぎ澄まして、浮世を生き抜かねばなるまい。
 
 (了)
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時代という制約~『臨戦刀術』雑感/(武術・武道)
- 2013/04/18(Thu) -
 成瀬関次師の『臨戦刀術』を、少しずつ読んでいる。

 昭和19年の著作であり、太平洋(大東亜)戦争末期の時代背景からも、その内容はいろいろな意味で複雑だ。

 自身、軍属として中国戦線に従軍し、軍刀の修繕をしていた同師の、自らのあるいは前線で見聞した実戦譚は非常に生々しく、「こりゃあ、とても復刊は無理だな・・・」と思う。

 読了後は、ここに摘録を挙げてみようかと思っているが、とりあえず現時点で、興味深いなあと思った点をいくつかメモしておこう。



 昭和19年といえば、いまから69年前にもなるわけだが、「最近は、伝系を偽る偽古武術が横行していて困る・・・」と、成瀬師は嘆いている。結局、いつの時代も、そういう輩は尽きないのだなあと、みょうにしみじみ思った次第(笑)。

 現代(昭和19年時点)の戦場においては、彼我、刀や銃剣をもって丁々発止と斬り合うなどという場面はまったくない。あるのは、壊走する敵軍を追撃している場面で斬撃を加える機会があるか、あるいは捕虜を斬罪にするときのみだという。まあ、当たり前といえば当たり前だ。

 実際に相手を刀で斬り得る間合とは、自分の手が相手の胸に届く距離である。

 古式では、人を斬った後、刀身にぬぐいをかけるために、柿渋で染めた手ぬぐいを2枚用意し、1枚を懐に、1枚を左腰にたたんで手挟んでおく。手ぬぐいを柿渋で染めることで、ぬぐった血の色がわかりにくくなる。

 手裏剣術では、「二十尺(約三間強)位の距離以内で前後左右自由自在に的が打て、八寸的に10本打って、平均して6本が的中するようになれば、昔の目録、今日(昭和19年時)の錬士、段階なら四段~五段に相当し、極意として『蟹目の大事』を授けられる」。


 
 同書を読んでいると、いわゆる戦前の軍事における精神主義・白兵主義が、どのように称揚されていたのかが、たいへんよく分かる。

 旧軍首脳部が、日露戦争における絶望的な弾薬不足、さらに第一次大戦での列強の圧倒的な弾薬消費量と、それを支える工業基盤の充実を見て、「到底、日本は近代火力戦を遂行できない」と自覚していたこと。また、実は第一次大戦までは、軍事の先進地域であった欧州各国も、白兵重視主義であったことなども踏まえて、戦前の日本の白兵重視、精神力重視の姿勢は、「未発達の工業後進国の、悲しく、止むを得えぬ選択」であったことは、理解しておく必要があろう。

 過去の歴史を現代から神の視点で見て、批判を加えるのは簡単だが、いつの時代も人は、その時代の物理的・精神的・地政的制約の下で生きている。

 そういう意味で、本書において成瀬師は武術家として、「いかに良く、白兵戦を戦うか?」を、繰り返し説いているが、それをもって現代の視点から「近代戦を知らぬ時代遅れの武芸者」と切り捨てるのは、いかにも浅はかだ(実際に、そういう批判をしているブログがある)。

 むしろ、小銃弾もろくに生産できぬ貧乏国家の軍隊が、与えられた条件の中で、いかに戦場で最善を尽くすかについて、「武芸者の視点」から可能な限り、有益と思われる意見を具申していた、と私は考えたい。


 たとえば、もし私が69年前の前線で、三式軍刀か14年式拳銃のどちらかを選べと問われたら、どのような選択をするだろうか・・・?

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▲旧軍制式の十四年式拳銃。使用する8×22mm南部弾は、米国の45APCや欧州の9mmパラベラム弾に比べると威力に劣るが、軍用拳銃弾としてそれなりの威力があったという(写真はウィキペディアより引用)


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▲戦中に作刀されたと思われる、我が愛刀・市原長光。軍刀として参陣した長光も少なくなかったであろう……


 平成25年の私であれば、迷うことなく14年式拳銃を選ぶ。

 一方で、昭和19年の私は、間違いなく三式軍刀を選んだだろう。

 時代の制約というのは、合理性よりもむしろ精神=雰囲気にある以上、個人もその制約から逃れることはできない。その制約を突破できる人は、ごく一握りの賢人だけだ。

 ゆえに昭和19年に生きる私という凡人は、火力(拳銃)よりも精神(刀)を選んだであろうことは間違いない。


 翻って平成の今、われわれはどのような時代の精神=雰囲気の中で生きているのか? よくよく吟味する必要があるのではなかろうか。

 (了)
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平成25年 苗木城桜まつり 武術演武会
- 2013/04/16(Tue) -
 去る4月13日(土曜)、我が翠月庵は、長年ご厚誼をいただいている友好団体・戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のT先生のお招きにより、苗木城桜まつりでの武術演武会に出場した。

 当庵からは、庵主・市村と門下筆頭のA・Y君の2名で参加。桜吹雪舞う中で、手裏剣術を披露した。

平成24年演武


 演武内容は以下の通り。

・手裏剣術 基本打ち(Y・二間逆体、市村・二間半~三間歩み足)
・手裏剣術 運用型(Y「後敵」、市村・「突進」)
・剣術組太刀/古流の型(仕太刀・Y、打太刀・市村)
・刀法併用手裏剣術(Y「先」「抜付」、市村「先」「右敵(変化)」)

 Y君は今回が初めての武術の演武会出場であったが、つつがなく大任を果たしてくれたと思う。


 市村個人の所感としては、昨年の個人参加での演武と比較して、今回はコンパクトな時間内で、基本の打剣、運用型、剣術型、刀法併用手裏剣術と、当庵の教習体系の全体像を披露することができたかと思う。

 打剣そのものについても、精度、威力ともにまずまずで、いささか自画自賛のきらいもあるが、翠月庵として会心の演武ができたと自負している。

 それにしても、手裏剣術の演武というのは、何度やっても独特の緊張感がある。

 百発百中が当然だと見ている観衆の前で行う打剣の、なんと難しいことか。それに加えて、剣を打ち、刀を振るうことの緊張感。

 けれどもそこにこそ、普段の稽古で培った、己自身の本当の業前が現れてくる。

 的中も失中も、すべては己の業にあり!

 ということだ。


 貴重な真剣勝負の場を提供してくださった、T先生と門下の皆さんに、改めてお礼申し上げます。

 ありがとうございました。

 市村翠雨 謹識

 
 追補

201304141050000.jpg

 演武会の翌日、4月14日(日曜)は、合同稽古として戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会の稽古に参加させていただき、斬りの稽古(試斬)を行いました。

 (了)
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『子連れ狼』考/(身辺雑記)
- 2013/04/12(Fri) -
 若山富三郎版の映画『子連れ狼』シリーズ、ビデオソフトのコンプリートまで、あと2作だったのだが、過日、ヤフオクで第4作「親の心 子の心」と第5作「冥府魔道」を発見! 来週には入手できそうだ。

 今のところ、第3作「死に風に向かう乳母車」が最高傑作だと思う。何しろ大岡越前(加藤剛)の首が・・・(以下自粛)。

 一方で、時代劇専門チャンネルでも、週末夜に3話ずつ放送しているヨロキン版の『子連れ狼』が、第3シーズンの中盤に差し掛かろうとしている。そろそろ、毒殺の大家・阿部怪異が登場するわけだが・・・(笑)。

♪ねんねん さいころ 毒屋の子
 すり鉢もてこい 毒作ろ
 ねんねんころころ ねんころり

 ねんねん さいころ 毒屋の子
 毒を飲んだら ねんねしな
 寝たら起きずに あの世まで♪ (阿部怪異が歌う子守唄)


 思うに、若山版の子連れは、圧倒的な殺陣とあふれる70年代テイストのB級感がたまらない魅力なのに対して、ヨロキン版の子連れは、その叙情性やリリシズムが大きな魅力に思う。

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▲とにかく強くカッコイイ、若山「ちゃん」。頭、パッカーンである

 若山・拝一刀はひたすら強くてカッコイイが、萬屋・拝一刀(と大五郎)は、なにか見ていて手助けしたくなるような「切なさ」がにじみ出ているのだ。

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▲アイシャドーが怖いが、実は息子想いで
切ない萬屋「ちゃん」


 過日、仕事で4歳くらいの子供をモデルにした撮影を、丸1日地方で行ったのだが、その時しみじみ思ったのは、「オレには『子連れ狼』はムリだな・・・」ということである。

 モデルのちびっ子は、その年齢にしてはたいへん聞き分けがよく、撮影に困らないとても良い子だったのだが、それでも撮影後、ディレクターであった私は、正直、心身ともにぐったりとしてしまった。

 世のお父さん、お母さんは、これが毎日なのかと思うと、「ご苦労さんです・・・」と思うばかりである。


 ところで世の中には、いまだに「人間は人の親になって、ようやく一人前になれる」などと考える人々がいる。

 歴史のある古い企業や、あるいは田舎の地域社会などでは、いまだにそういう風潮が強いのではなかろうか?

 私などもちょっと前まで、たまに田舎に帰ると、親戚のじい様やばあ様、昔の上司や地元の先輩などに、この手の話を延々とされて、うんざりすることが少なくなかった。

 しかしこうした考え方は、なんともアナクロで暴論、余計なお世話で、ある意味で差別的ですらある。

 私のような、独り者の立場から言わせてもらえば、

「子供がいなければ一人前になれないというのは、ようするに自律性のない証拠では?」

 ということである。

 実際に、じい様・ばあ様たちにそう言ってしまい、絶縁されたことがある(爆)。

 百歩譲って、私のようにぐうたらに生きてきた結果、好きこのんで一人でいる者は、そんなことを言われてもしかたがなかろう。

 しかし、世の中には子供が欲しくても、体の機能や病気、あるいは社会的な状況など、さまざまな理由から子供がいない(できない)人も少なくないのである。

 こうした人々の存在を考えれば、「子供ができて(育てて)一人前・・・」などというのは、あまりにデリカシーにかける、無神経な考え方だと思う。

 まあ、人は経験を通して思考を実体化するイキモノなのだから、ひとつの経験知として語るのはいいが、その価値観をあまねく他人様に押しつないでくれということだ。


 こうした点で、『子連れ狼』は実にセンシティブな物語だ。

 なにしろ、シングルファーザーの刺客である!

 子育てをしたことがない私から見れば、そこはもう神の領域・・・、いや、まさに冥府魔道だ。

 子連れの刺客旅があまりに過酷だからこそ、無口で無表情の「ちゃん」が、親子で危地を切り抜けた後に一子・大五郎をひしと抱きしめ、「どあいごろー(大五郎)!」と嗚咽しながら叫ぶところに、『子連れ狼』というドラマのカタルシスがあるのだろう。

 そういう意味では、子供を持たない私も、『子連れ狼』というモノガタリを愛することで、子育てという行為を擬似的に経験し、楽しんでいるのかもしれない。

 実際、テレビ版の第1~2シーズンの西川・大五郎の、宿命を背負ったような表情を見ていると、「この子は、なんとしてもオレが守らねばなるまい・・・」と、しみじみと思うのである。


 それにしても・・・、テレビ第二シーズンの「ちゃん」のアイシャドーは濃すぎると思う。

 また映画版では、若山・拝一刀と、柳生烈堂の一騎打ちが見てみたかった・・・。

 (了)
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演武に向けて/(手裏剣術)
- 2013/04/07(Sun) -
 次の週末は昨年に引き続いて、岐阜・苗木城での演武である。

 いつもながら、演武の前には独特の緊張感がある。

 武芸の中でも手裏剣術の演武は、刺さるか刺さらないかが一目瞭然なこと、また観客のほとんどが手裏剣の実技を知らず百発百中だと思っていることに、厳しさと難しさがある。

 理論的には、緊張すると力み、手首に力が入り、手離れが遅くなるから、首が落ちあるいは抑えすぎて、的に刺さらなくなる。

 実にシンプルで、単純なことだ。

 しかしそれが頭で分かっていても、身体で現実に対応できないから、普段の稽古ではたやすい2間や3間の近間でも、演武で失中してしまうのである。

 逆説的に言えば、だからこそ多くの人の視線にさらされ精神的なプレッシャーのかかる公の場での演武は、イコール現代の手裏剣術者にとっての真剣勝負なのだ。

香取神宮での演武
▲2007年、千葉県の香取神宮本殿前にて、刀法併用手裏剣術
の奉納演武。この当時はまだ、1辺11ミリ断面四角の、無冥流
の穴あき剣を使っていた


 斯術の先達の方々に比べれば、私など末席の未熟者。本来は、いまだ他人様の前で術を披露するような腕前にあらず。なれどこれも真剣勝負の場として、あえて己の未熟をさらす次第。


「生死一重の至近の間合からの、渾身の一打」


 それを目指す精進の道しるべとして、今回も恥を恐れず、無心にその「場」に臨もうと思う。

 (了)
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事物の寿命/(身辺雑記)
- 2013/04/05(Fri) -
 昨日、買ってから3年目のプリンターが壊れた。

 たった3年である・・・。

 一方で、私が稽古で使っている市原長光の打刀は、70年ほど前に作られたものだが、いまだに毎日使っていても、なんら不具合はない。

1303_刀身

1303_柄_刀身


 まあ美術刀剣としては、毎日稽古に使っていることそのものが「(刀剣の)健全さ」を損なう行為なのだろうが、私は収集家や鑑賞家ではないので、こればかりはしょうがない。

 許せよ、長光。


 江戸幕府成立以前に作刀された古刀が、いまも大切に伝来され、場合によっては現役で居合・抜刀術の稽古にも使われていることを考えると、私の差料である長光も大切に受け継いでいけば、打刀としての機能を損なうことなく400年後も存在するであろう。

 そもそも家電製品と刀剣を比較することがばかばかしい話だけれど、わずか3年で壊れたプリンターを目の前に呆然としながら、しみじみと考えた次第。

 (了)
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