松田降智氏、逝去/(武術・武道)
- 2013/07/26(Fri) -
 一昨日、松田降智氏が、亡くなったという。

 中国武術家であった同氏は、また初期の著作では日本の古流武術の紹介者としても大きな役割を果たした。

 その著作『秘伝日本柔術』(1978年/新人物往来社)は、私も何十回となく読んだ。

 私の武術歴が柔術の稽古から始まったのも、この本の影響である。

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▲2004年には、壮神社から復刻版も出ている


 武術の紹介者・研究者・実践者としての同氏の功と罪はここでは論じないが、いずれにしても現代の日本の武術界に、同氏の活動が与えた影響は非常に大きかったことは間違いない。

 ご冥福をお祈りする。

 (了)
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いたむ人/(身辺雑記)
- 2013/07/22(Mon) -
 親しい人が、非常に苦しい療養生活を送っている。

 身近にいる者としては、少しでも力になりたいと思うのだが、どんなに近しい存在でも、実際のところ他者にできることというのはあまりない。

 そもそも、「非常に苦しい療養生活」といっても、ではそれがどのくらい苦しいものなのかを、当人と同じように五感で感じることは不可能だ。

 斬られた痛みは、本人にしか分からない。

 結局のところ他者にできるのは、その人のいたみを慮ることしかないのであろう・・・。


 今年2月に亡くなった12代目市川団十郎は、晩年、白血病に倒れ厳しい闘病生活を送っていた。何かのインタビューで、団十郎は記者に闘病の辛さ、苦しさを聞かれ、

 「無間地獄のようだ」

 と語っていたが、その無間地獄のような苦しみは、どんなに言葉を尽くしても、本人以外には分からないものなのだろう。

 
 いたむ人を目の前にして、他者という存在である自分の無力を感じること。

 つまるところ己にできることは、それくらいしかないのだろう。

 (了)
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小柄は手裏剣に打てる/(手裏剣術)
- 2013/07/21(Sun) -
 稽古場にて、小柄小刀を手裏剣に打った。

 間合は三間半から、歩み足による順体上段打ち。直打である。

130720_173548.jpg


 ま、分かりきったことだが、当然ながら刺さる。

 なにしろ専用の手裏剣ではないので、打ちやすいとはとてもいえないが、三間で直打でもちょっと練習すれば刺さるし、本気になれば四間でも通るだろう・・・、面倒だからやんないけど。

 動画も撮影しようかと思ったが、たいした事でもないのでやめておいた。


 実際に立打三間で試打してみると、軽量でしかも短刀型のため風の抵抗を受けやすいようで、さすがに不安定である。それでも刺さると、刃が付いているだけに、そこそこ畳にも食い込む。ただし着衣の上からは、ほとんど無力であろう。

 以上の検証から小柄小刀は、削闘剣として、咄嗟に顔面に向けて打つという用法でなら、十分に手裏剣となると断言してよいだろう。


 さて、このように小柄小刀も、手裏剣術者が用いれば十分に手裏剣として使えるわけだが、それについて論じた昨日のブログについて、無冥流・鈴木崩残氏から、以下のようなコメントをいただいた。


>今回のブログも面白かったです。
>下記は、口うるさい「おっさん」の加筆として、お聞き流しください。

>「手裏剣術の稽古をしていない者は、小柄を手裏剣として使えない」は、正しくは、

>「その剣、又は、その武具の利点を、最大限に活かすような”打法”による、
>手裏剣術の稽古をしていない者は、その武具を手裏剣として使えない」


>となると思いました。

>この打法の中には、直打法以外に、回転打、反転打も含まれます。



 より言葉を厳密かつ明確に定義すれば、このご指摘の通りである。

 当庵の手裏剣術は、無冥流の重心理論を打剣技術の基盤としているが、この理論があるからこそ多様な異物の投擲についても、臨機応変に、そして容易に行うことができるといえよう。


 このように手裏剣術者たるもの、己の剣に熟達することはもちろん、火急の際にはあらゆる事物を手裏剣に打てる、意識と技術を練磨しておきたいものである。

 たとえば今、私は仕事場の机に座ってこのブログを書いているが、もし今、突然背後から曲者が襲ってきたら・・・、デスクトップのパソコン本体でも手裏剣に打とうかと思う。いやディスプレイのが、打ちやすいかもしらんね(笑)。

 もっとも、曲者は襲ってこないけどな・・・、多分。

(了)
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小柄は手裏剣に打てない?/(手裏剣術)
- 2013/07/20(Sat) -
 時折、半可通の時代劇ファンなどが、「小柄とは手裏剣のことなのだ」などと言ったりする。

 それに対して手裏剣術を知らない武術・武道人などが、「いや小柄は手裏剣ではないし、手裏剣として使うことはできない」などと言ったりもする。

1307_小柄小刀
▲「小柄」に入った小柄小刀。全長21センチ、重さ36グラム。打剣の検証用に新調した物。時代物の小柄小刀を、手裏剣に打つようなことはしてはならない。美術品、骨董品は大切に保管するべし。どんな刃物でも、手裏剣に打てば必ずダメージを受けるので、この小柄小刀も本当はあまり手裏剣に打ちたくはない。原則的に、手裏剣術の稽古は、専用の手裏剣で行うべきものである


 さて、実際はどうなのか? 手裏剣術者として答えれば・・・。

 「小柄は手裏剣である」というのは、たしかに間違い。小柄、正しくは「小柄小刀」は、武士が日常生活で使う携帯ナイフであり、武具として専用に作られた手裏剣ではない。

 しかし、「小柄は手裏剣として使えない」というのもまた、間違いである。

 正しくは、

 「手裏剣術の稽古をしていない者は、小柄を手裏剣として使えない」

 のである。

 そもそも小柄小刀は、一般的に全長150ミリ~200ミリ、重さは40グラム前後である。普通に稽古をしている手裏剣術者であれば、これよりも寸法が短く重さも軽い超軽量剣で3間を直打で打つことは、それほど難しいことではない。

 また小柄は手裏剣に比べるとバランスや重心が悪いという講釈もあるようだが、小柄小刀よりもバランスや重心位置の悪い棒手裏剣など、伝統的な剣にはざらにある(笑)。

1307_小柄と各種手裏剣
▲下から、当庵の翠月剣、小柄小刀、知新流手裏剣、香取神道流手裏剣、明府新影流手裏剣。小柄小刀は、伝統的な香取神道流や現代流派の筆頭である明府新影流の剣よりも長く、重量も重い。つまり、「小柄は軽く、短いので手裏剣に打てない」というのは間違いである。またバランスの悪さという点では、小柄小刀はやや後ろ重心であり、完全な後ろ重心である伝統的な知新流の手裏剣の方が、直打で打つにははるかにバランスが悪い

 
 では、実際に小柄小刀を打ってみよう。

 拙宅内なので距離がとれず、とりあえず座打で二間だが、直打で打って特段問題なく刺さる。それ以上の間合での打剣は、稽古場で検証してみるが、経験上、座打二間が通るということは、立打で三間は間違いなく通る。

 また立合での三間直打を想定して、座打二間で首落ちしないように的に当てるよう打っても、問題なく剣が立ったまま的に当たるので、座打、立打ともに、三間直打が可能なのは間違いない。

1307_小柄座打
▲二間座打、直打で小柄小刀を打つ。当然ながら、普通に刺さる。多分、三間でも十分刺さるだろう。小刀だけに刃がついているので、一般的な軽量の棒手裏剣よりも、むしろ殺傷力は高い。軽く滑走をかけて打っているので、小刀と小柄が離れないよう、撮影用のシュアテープで固定している


 このように検証すると、「いやしかし、四間では打てないだろう、だから小柄は手裏剣にならない・・・」などと、強弁する者がいるかもしれない。

 たしかに、小柄小刀を直打で四間というのは、ちと難しいだろうが、ある程度稽古すればできないことはない気がする。また、そもそも伝統的な古流の手裏剣術の間合は、根岸流を除けばその多くが最大で三間程度なのだから、三間で通れば武用の手裏剣として十分に通用するといってよい。


 というわけで、「小柄は手裏剣ではない」けれど、普通に稽古をしている手裏剣術者であれば、だれでも「手裏剣として十分に使える」ものである。

 一知半解で、「小柄は、手裏剣として使うことはできない」などと考えていると、思わぬ不覚をとるであろう。『子連れ狼 親の心子の心』の、岸田森みたいに(笑)。

 武芸の怖さとは、こういうところにある。

 もっとも手裏剣術者の立場で考えれば、むしろこうした誤謬が広がっていた方が、対敵の場では兵法として相手よりも優位に立てるのだから、術者以外の間違った認識は、間違ったままで良いともいえるだろう。


 今回の結語。
 ~本当の事は、やってみなくては判らない。(本部朝基)~

 (了)
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忙中の一剣/(身辺雑記)
- 2013/07/16(Tue) -
 先週から来週月曜まで、およそ2週間の間に通常の1か月分の仕事が集中しており、多忙の極み。取材が続き、書くべき原稿がひたすら溜まっていく・・・。

 どんなに忙しくても、10分、15分、剣を打つ時間くらいあろうと思うのだが、炎天下のモデル撮影のディレクションで丸1日駆けずり回り、くたくたになって帰ってきた日などは、さすがに的に向かう気にもならない。

 しかし2~3日も剣を打たず、あるいは抜かず、体術の稽古もしないとなると、どうにも落ち着かない・・・。

 そんなこんなで、今日も某省庁の課長へのインタビュー原稿書きで徹夜明けとなり、仮眠後、昼前は雑誌の編集作業、午後は都内に出て大学病院で手術の取材、帰宅後先ほどまでガイドブックの原稿書きと、仕事に追いまくられているわけだが、先ほど3日ぶりに剣を打った。

 その昔、手裏剣術は、読書など学問の合間でも一人で短時間、さっと稽古ができることから別名「読書撃剣」とも呼ばれたというが、まさにその通りである。

 二間座打ちで、初期型翠月剣、25年式翠月剣、25年式翠月剣改を打ち分ける。

 さらに、近々、小柄(小柄小刀)や馬針(貫級刀)を手裏剣打つことについて、ちょっと検討してみようと思っていることから、30~50グラム台の軽量剣も久々に打つ。しかしあまりに軽すぎて、実に打ちにくい。やはり個人的には、100グラムぐらいの重さがないと使いづらい。

 居合も少しやっておこうかと思ったのだが・・・・、

 明日中に仕上げねばならない新聞記事が1本と雑誌記事が4ページ、明後日までに仕上げなければならない新聞記事が1本、明々後日までに仕上げなければならない雑誌記事が2ページ、週明けまでに書き上げねばならぬガイドブックの記事が60本、そのほか雑誌の編集作業や校正、役所などへの連絡業務などなど、仕事が山盛りなので、今日のところはやめておこう。

130716_ブログ


 「忙しい」とは、心を忘れることなり・・・か。

(了)
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空手道の暑中稽古/(武術・武道)
- 2013/07/13(Sat) -
 今週は県の空手道教室の暑中稽古だった。

 通常、この教室は毎週水曜が稽古日なのだが、夏と冬にそれぞれ暑中稽古と寒中稽古があり、この期間は4日間連続して毎日稽古が行われる。


 今年はちょっと思うところがあり・・・、などともったいぶるほどではなく、単に5月、6月にあまり稽古に出られなかったものだから、暑中稽古はできるだけ参加しようと思っていた。

 結局、木曜は地方で撮影があったため、物理的に参加することができなかったが、それ以外の3日間、参加することできた。


 もともと、この教室は子供たちや初心者、私のように有段者でも稽古にブランクがある人を対象にしたものなので、稽古内容はその場基本・移動基本の稽古が7~8割、形稽古が2~3割くらいの配分である。

 こう書くと「組手の稽古が無いのなら、結構、楽な稽古なのか・・・」などとと思われる向きもいるかもしれないが、必ずしもそうではない。

 なにしろ基本稽古が7割、つまりみっちりやらされるわけだ。しかも、基本的に初心者向けの教室なので、すがれた町道場のような「好意に基づいたシゴキ」などというものは一切ないから手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのだが、まじめにやろうとすると実にきついのである。なんてったって、1時間半の稽古のうち、1時間以上が基本稽古。ずーっと基本なのだ。

 これ全力で、そして本気でやっていると、そこらの町道場の稽古よりもよっぽどキツイです。本気(マジ)で(笑)。

 以前、空手道ナショナルチームの選手であった若い先輩に話を聞くことがあったのだが、日本代表選手たちの強化合宿でも、延々と基本稽古があり、「それが実にきつかった・・・、しかし地力をつけることや、業を見直すという点で、実に身になる稽古だった」、とおっしゃっていた。

 やっとうでいえば、素振りと初伝の一本目の形(業)を、延々と繰り返させられているようなものであり、こうした稽古は面白みはないが、本気でやると実に奥深いものだ。

 そういう意味で、今年の空手教室の暑中稽古では、「空手の極意は、やっぱり正拳突きと前蹴りなのだなあ・・・」としみじみ思った次第。特に左の前蹴りについては、長年の欠点を解消するヒントをひらめくことができたのは大きな収穫だった。

 また形では、「松村ローハイ」を指導していただけた。試合に出ていた頃、私の得意形は自流の「ローハイ」だったのだが、「松村ローハイ」を指導していただくのは初めてであり、それぞれの違い、また共通点を知ることができ、とても興味深いものだった。

 やっぱり、空手の稽古は楽しいねえ。

1307_ローハイ
▲6年前、流派の全国大会にてローハイの形を
打つ。われながら、若いのう・・・

(了)
  
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錆、さび、サビ・・・/(武術・武道)
- 2013/07/08(Mon) -
 先週、稽古に使っている飛刀術稽古用の脇差を、無冥流・鈴木崩残氏に手入れしていただいた。同時に、当庵の会員諸子の稽古用に、新たに二口の稽古用の脇差を寄贈していただいた。

 いつもながら、物心両面で、崩残氏には当庵にご支援をいただき、本当にありがたく思っております。

 (飛刀用の剣の研磨、その他の詳細は、無冥流・松の間のページhttp://www.mumyouan.com/k/matunoma.htmlを参照のこと)


 この時期からは、手裏剣も刀も、とにかく錆びに注意しなければならない季節だ。

 手裏剣は、当庵の剣はすべて崩残氏によって墨染めが施されているので、稽古後は油を引かなくても、さっとウエットティッシュで拭いて、さらに乾拭きをしておけば、致命的に錆びることはまずない。

 一方で、問題なのは刀だ。これには実に、神経を使う。

 なにしろ、息や唾でも錆びるようなデリケートなものを、この湿気の中、野外で何度も抜き差しし、添え手の技や納刀では、刀身に素手で直接触れるのだ。

 錆びないわけがない。

 どんなに細心の注意を払い、こまめにそして徹底的に手入れをしても、稽古に使う刀は、大なり小なり錆が出るものだ。

 愛刀・市原長光も、稽古に使っていることから、ほぼ毎日手入れをしているにもかかわらず、ハバキ元の峰に、目を凝らして見ないとわからないほどだが、ごくごく薄っすらとした錆が出てしまっている・・・。残念だが、いたしかたあるまい。

 これも、武用刀の宿命である。


 それにしても、これほどデリケートで錆びやすい武具である日本刀を、たとえば往時の水軍の兵や海賊は、いったいどのように使い、手入れをしていたのだろう? そこはもう割り切って、錆びて当たり前の消耗品と考えていたのだろうか。

 ひとつ言えることは、「ちゃん」こと拝一刀の必殺技である「水鴎流 波斬りの太刀」は、後々のメンテナンスが大変だろうなあということだ・・・(笑)。

おんぶ
▲自慢の乳母カー(機関銃付)だけでなく、たまにはおんぶもします


 (了)
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