よどみなく正確に斬る/(武術・武道)
- 2013/09/30(Mon) -
■本日の稽古備忘録

 手裏剣の稽古の後、座技で試物を斬る。

 逆袈裟の抜付け、左袈裟の二の太刀など、形通りに正しく正確に斬れているかどうか、試物の切り口にて確認する。

 今日はいつもよりも力みがより抜けていたからか、逆袈裟も袈裟も、良い太刀筋で斬れていた。

 一方で、斬りつける位置の正確さは、まだまだ課題が多い。

 力まずゆっくりで良いので、よどみなく正確に斬れるよう心がけたいものだ。

DSC_9205.jpg

 (了)

 
スポンサーサイト
この記事のURL | 武術・武道 | ▲ top
『魔法の奥の手 : 神秘鬼没虚術自在』を読む/(武術・武道)
- 2013/09/29(Sun) -
 国立国会図書館HPの「近代デジタルライブラリー」で、手裏剣術関連の資料を探していたところ、ちょっと面白いものを見つけた。

 タイトルは、『魔法の奥の手 : 神秘鬼没虚術自在』である。

 内容は、「千変万化 仙人術妖魔術秘伝 仙人術修業上達法」、「秘密魔法変化自在 隠身術の極意」、「腕力強大術秘伝(増力法)」、「早歩急足 健脚術の秘伝」、「活殺自在 体術(柔術)の独習秘伝」、「実地活用 武術の極意」、「実地活用秘伝」、「奇々妙々 魔術の奥の手」と、大きく8部に分かれている。

 内容の半分は「水の流れを止むる秘術」とか「不老不死の霊法」、あるいは忍者系の駄法螺の数々であるが、残りの半分は、柔術をはじめとした武術の雑多な口伝・心得・稽古法解説となっている。


 蛇足ながら、このような武術と心霊・超能力系ダボラの親和性というのは、今も昔も変わらず高いようだ。

 なにしろイプシロンが飛ぶ平成のこの時代に、本屋で堂々と売られている武術雑誌を開いてみれば、謎の老人から伝授されたという武芸を伝える人や、イタコのように古人の術を再現する人が講釈をたれていたり、挙句の果てには「空中浮遊」ができると自称するヨガの導師(ダイダバッタかい!)が、真顔で対談したりしているのだ・・・。

 草葉の陰で、カール・セーガン博士が泣いているぜ。時代は変われど「ヒト」というサルのやることは、あまり進歩しないらしい・・・。

 閑話休題。


 さて、この『魔法の奥の手 : 神秘鬼没虚術自在』のなかに、「手裏剣術の秘伝」という一文がある。その内容を、以下に全文掲載しよう。


「切っ先を我が体の方に向けて握るのであるが、切先を中指のへんより先に出し、掌に乗せて拇指でかすかに押さえて持つ方法もあります」


 以上。

 ・・・・・・。

 たったこれだけの説明で、秘伝もへちまもあるまい。全文で3行しか説明がないし、これを読んだだけでは、たぶん手裏剣は打てなかっただろうなと思う。

 ただ、手裏剣術者の立場から興味深いのは、はじめに手裏剣の切先を自分の方に向ける手之内、つまり反転打・回転打での打ち方を説明し、その後、付帯的に切先を的に向けた手之内、つまり直打法を解説していることである。

 先のブログで紹介した山田次郎吉の解説でもそうだったが、この記述を読んでも、明治・大正時代において手裏剣術の打法のスタンダードは、直打ではなく反転打や回転打だったのではなかろうか・・・、という推察もできる。


 本書は、前半の仙人術や魔術、忍術などの駄法螺に比べると、後半の柔術を中心とした武術の記述は割合まともだ。

 たとえば柔術必勝法として、

「柔術にて勝ちを取るには、腕を折るか喉を締めるか、睾丸を絞めるか、肋三枚を挫くかなりとす。また眉間を打ち、或いは睾丸を蹴るは肝要の手わざなり。居取なれば膝を掛けることと、立合にては足を掛けること、すべて体をかわすこと、当てを入れることは大なる心得事にて、これらを防ぐことも心得ることなり」


 と、当身の重要性を指摘していることなどには、多いに注目をしたい。

 なお当身の解説などは、急所の名称などから、おそらく天真神真揚流系を参考にしているのではないかと思われる。また遠当てについても、感応・暗示系と投擲物のそれぞれをきちんと説明しているなど、武芸の解説としてきわめて真っ当である。

 というわけで、これから本書を参考に、「人間飛行自在の仙術」の稽古でもするか・・・(爆)。


■出典
『魔法の奥の手 : 神秘鬼没虚術自在』秘術研究館 編/千代田出版部(大正6年)

国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/907495

 (了)
この記事のURL | 武術・武道 | ▲ top
肘を伸ばして、のびのびと打つ/(手裏剣術)
- 2013/09/26(Thu) -
■本日の稽古備忘録

 昨日の稽古で、どうも刺中の精度が悪いのが気になっていた。

 本日も最初から、あまり精度がよろしくない。

 そこでふと、打ち手の肘が縮まって、十分に伸びていないことに気づいた。

 改めて、肘が的に向かって素直に伸びるように打つと、的中の精度が戻ってきた。


 自宅稽古場は屋内のため、天井が低く座打ちが中心となり、距離も二間と至近である。

 このため気づかぬうちに、腕の動きが小ぢんまりと、萎縮していたようだ。

 間合が近く、動きが限定された座打ちであっても、基本は大きく伸び伸びと剣を打たねばならない。


 基本の大きな動きは、極意の小さな動きの土台となる。

 しかし基本から小さな動きでまとめてしまうと、その動きをさらに極意的な小さな動きに昇華させることは難しい。

 (了)
この記事のURL | 手裏剣術 | ▲ top
山田次郎吉の手裏剣術考(その2)/(手裏剣術)
- 2013/09/25(Wed) -
 直心影流15代・山田次郎吉の手裏剣術稽古について語るに当たり、そもそも山田は手裏剣術についてどのような見方をしていたかというと、

「とっさの間に手っ取り早く、奇襲的な効果をあげるには、これほど良い道具はない」(意訳、以下同)

 とし、

「人の目につかない速度で、手早く一本食らわしてやれば、万事休してしまうのだから、これほど手間のいらない事はない」

 と評価している。


 その上で山田は、手裏剣術の稽古については、

「維新の少し前から、手裏剣を稽古する人は全然いなかったので、独習するより仕方がない。もっとも昔から手裏剣の名人の多くは独習苦心の末、自得したものだ」

 と語る。

 以下、さらに山田の解説を意訳で綴ってみよう。


「稽古では、まず古人の教えにしたがって、はじめは1間くらい、上達するにしたがって2間から3間くらいまでの距離で、木の的に向かって練習をする。

 手裏剣の種類は、昔から個人の好みで各自制作したものだから、特定の形はない。自分たちは小柄のような片刃型で、全長4~5寸くらいものを良く使った。

1307_小柄と各種手裏剣
▲下から翠月剣、小柄小刀、知新流手裏剣、香取神道流手裏剣、明府新影流手裏剣


 打つ際には、的に向かってまっすぐに立ち、右手の親指以外の指を伸ばし、切先を手前に柄の方を的に向けて、中指と小指の腹に剣を乗せ、親指で支える。

 的をみて、右耳のあたりで手を構え、気合をかけて投げつけると、手裏剣は何回も回転して的に刺さる。

 ポイントは、手裏剣を保持する薬指と中指と親指から剣が離れる瞬間の微妙な具合なのだが、これは文章や言葉では現せない。

 百発百中となるまでにはかなりの難しさがあり、そのためには、ひたすら実践によって自得する以外、教える方法はない。

 古来、手裏剣は小柄型や針型などが一般的であり、これらを使いこなす技術が衰退した結果、近代になって十字や六方などの車剣が工夫された。

 車剣は握りこんで当身に使ったり、遠ければ手裏剣として打つのもいい。(以下略)」



 以上の解説で注目したいのは、

1.山田が稽古に用いたのは、12~15cmほどの、小柄型手裏剣であった
2・直打ではなく、反転打・回転打を用いていた

 という2点である。

 特に2点目の、直打ではなく反転打・回転打で稽古をしていたというのは、なんとなく手裏剣の打法のメインが直打となっている現代の手裏剣術者にとっては、いささか意外な印象かもしれない。

 しかし、そもそも世界的に見れば、古今東西の刃物投げでは反転打や回転打が中心であり、直打はむしろ特異的な打ち方であること。さらに日本の武芸においても、ことさら直打がメインというわけではなく、反転打・回転打も多く行われていたことを考えれば、こうした山田の記述も、けして珍しいことではなかろう。


 剣術家・武道史家として、居合・抜刀術に手厳しい批判を加えたことで知られる山田だけに、原文では手裏剣術をけして賛美はしていない。むしろ文脈としては、「王道の剣術に比べれば、しょせんは卑怯な術」というような、マイナスニュアンスが色濃い。

 しかし、武術としての手裏剣術の実用的側面、そして実体験に基づいた習得の困難さを的確に評価・指摘している点で、平成の手裏剣術者の立場から読んでも、好感がもてる論考である。

■出典
『大日本武道練修教範』岡村書店編輯部 編/岡村盛花堂書店(大正7年)

国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959118

 (了)
この記事のURL | 手裏剣術 | ▲ top
山田次郎吉の手裏剣術考(その1)/(手裏剣術)
- 2013/09/24(Tue) -
 山田次郎吉(1863-1930)といえば、直心影流の15代であり、『日本剣道史』を記した剣客として知られている。その山田が、手裏剣術に関して記した一文が、大正7年発行の『大日本武道練修教範』に収められている「手裏剣術の話」である。

1309_手裏剣術の話


 この中で山田は、手裏剣術の起源を『荘子外篇』や『史記』にまでさかのぼり、源平時代に流行したという「毒扇法」なる業も、手裏剣術成立の一因であったと指摘している。

 なお、ここで記されている古代大陸の術は、1尺5寸~2尺の両刃の投げ槍、いわば打根のようなものであり、また毒扇法とは、古流の遠当てと同様の技術であるようだ。


 その上で、「柳生流のゆるしには、よく手裏剣のことを書いているから」、江戸時代のはじめころには、手裏剣術はすでに盛んに行われていたのだろうと指摘。

 しかし当時は、手裏剣術として独立したものではなく、剣術家の隠し技として密かに修行をしたもので、

「教ゆる人も、教わる人も公然としてやったものではなかったらしい」

 と記している。

 また手裏剣術は、徳川初期から由比正雪の頃までは盛んに研究されたが、幕末の頃にはすっかり廃れていたという。このため山田らは、「独習するより外(ほか)はない」とぼやいている。

 それでは、その独習内容とは、どのようなものだったのか?

 それは次回、ご紹介するとしよう。

 (つづく)
この記事のURL | 手裏剣術 | ▲ top
中秋の追憶/(身辺雑記)
- 2013/09/20(Fri) -
 中秋の名月。

 村雲ひとつない満月を肴に、テラスでシングルモルトをいささか飲みすぎた。

130919_203540.jpg


 酒精に脳髄が麻痺するほどに想うのは、ケータイもwebも無かったあの時代。

 サン=テグジュペリよろしく、過ぎ去りし日々を懐かしむ。

 記憶は甘美な思い出だけを残して伝えるもの。

 それは分かっていながらも、あまりに生きづらい、汚染された現世にうんざりとする。

 さりとて剣もつ武辺の輩ゆえ、世をはかなむほどナイーブでもなし・・・。

 ただ回想は、どこまでも優しい。




 わたしの耳は 貝の殻 海の響きを懐かしむ(ジャン・コクトー/堀口大學訳)

 (おしまい)
この記事のURL | 身辺雑記 | ▲ top
下品で野蛮な指導/(時評)
- 2013/09/18(Wed) -

▲バレーボールでは、試合中に気合の入っていない子供には、びんたを連発して指導するらしい


 私は12才で日本柔術の門を叩いて以来、32年間、武術・武道の稽古をしてきた。

 その間、乱捕りでアキレス腱を切ったり、組手で骨が折れたり、木刀で指を潰されたりと、いろいろ身体を傷めるような稽古をしてきた。

 しかし武術・武道の先生や先輩方などの指導者から、この動画のような下品で野蛮な「体罰」を受けたことは一度たりともない。

 この動画を見ると、武術や武道よりも、バレーボールの方がよっぽど野蛮で暴力的だなと思う。スポーツって怖いんですね、ガクガク、ブルブル・・・(笑)。


 叩かれて「強くなる」、叩いて「強くする」というのは、動物への調教である。人間への指導ではない。そして生徒をぶん殴って得た「勝利」や「成果」などには、

 道端の犬の糞ほどの価値もない。

 それでは、試合で集中力を欠いたり、まじめに練習しない生徒をどうすれば良いか?

 試合中であれば、メンバーから外す。練習中であれば、その場から立ち去らせる。それだけでいい。そもそも、やる気や集中力のない者に、練習や試合などやらせる必要はないのだ。

 以前のブログでも同様なことを書いたが、

 芸事の稽古やスポーツの練習に必要なのは、生徒の主体性と指導者の真剣な導き、そして技術や精神の伝授にふさわしい「場」の緊張感である。そこに「体罰」などという、低次元の「暴力的支配」が入り込む隙間などはない。


 結局、指導でカネを儲けようとか、勝敗の結果で(指導者である自分への)評価を上げようといった、邪(よこしま)な心が指導者にあるから、こんな下品で野蛮な指導が、いまだにまかり通るのである。

 愚かなことだ・・・。

 (了)
この記事のURL | 時評 | ▲ top
畳表風ジョイントマット/(手裏剣術)
- 2013/09/14(Sat) -
130913_1本
▲二間座打。最初の一打


 無冥流の鈴木崩残氏より、本日、的用の畳表風ジョイントマットを寄贈していただいた。

 ありがとうございます。


 一緒にいただいた酒の肴のゴボウがたいへん美味だったため、本日は晩酌の「シングルモルト余市」がいつもよりも進んでしまい、自宅での稽古はサボることに・・・。

 しかし、ひと風呂浴びて軽く休んで酔いを醒ますと、どうにも新しい的に剣を打ちたくなってしまい、結局、小1時間ほど稽古。

130913_3本
▲短刀型手裏剣だけに、30分も打っていると、早くも的の損傷がこれだけ進む


 的が新しいと、剣の飲み込みが良く心地よい。

 というわけで、もういっぺん風呂に入って寝るとしよう。

 (了)

 
この記事のURL | 手裏剣術 | ▲ top
平安三段についての一考察~日本柔術の視点から/(武術・武道)
- 2013/09/11(Wed) -
 今年の夏は、無限に灼熱地獄が続くのではないかと思うような陽気であったが、それでも天地は着実に運行しているらしく、さすがに朝晩は秋めいて、日暮れとともに聞こえはじめる虫の音が心地よい・・・。


 本日は空手道の稽古で、みっちり汗をかいてきた。指定形の平安三段の稽古で、初心者の皆さんが、第2挙動の交差受け(外受けと下段払いの同時受け)で苦労をしていた。

 以前、このブログで、「観空小の第7挙動や第36挙動(右掌中段つかみ受け、左掌右手首上添えて)は、古流柔術の視点でみれば、ごく基本的な手首逆の技である」と指摘した。

 同様に、この平安三段の第2挙動も、柔術の視点でみれば、腕絡みの技として分解できる。この形は、普通、空手4級とか3級くらいで習う初心者向けの形だが、この第2挙動の分解について、逆投げの技として分解指導している指導者は、あまりいないのではあるまいか。


▲平安三段の形。最初に猫足立ちで外受け(第1挙動)の後、閉足
立ちで外受けと下段払いの同時受けを連続して二回繰り返す(第二
挙動)


 2005年に発表された『隠されていた空手』(桧垣源之助著/チャンプ)では、この挙動の分解を腕がらみの逆手(同書では『絡み手投げ』と記している)として解説しており、当時本書を読んで、「ようやく、まともな解説が世に出たなあ」と思ったのは、いまも私の記憶に強く残っている。

 差し手などで、相手の両腕を強制的に×の字形に交差させて、それをねじって逆に極めながら投げる技は、古流柔術ではしばしば見られる。私はこの技を、27年前に旧師から、T流の骨法の一つ、捕手(我から仕掛ける柔術の技)技法としてご指導いただいた。

 具体的には、

1.我の右差し手を、相手が右手で受ける(受けさせる)
2.我は相手の右手を左手で受け外して当身(当身の打ち方と運足に口伝あり)
3.相手がさらに左拳で中段をついてくる
4.我は左手でつかんでいる相手の右腕で、相手の左突きを遮るように抑え受ける。この状態で、相手の両腕は×の字形に交差する状態になる
5.我はさらに右手で相手の左手首をつかみ、相手の腕を絡めるように捻りながら投げ極める

 というものだ。

 こうした知見がすでにあったため、15年ほど前、伝統派空手道の稽古で平安三段を初めて指導された際、「この第2挙動は、絡め手の技の表現なのだろうな・・・」と直感することができた。しかし、上記の『隠されていた空手』が発表されるまでは、この挙動の分解について、絡め手系の技の表現であるという解説は、まったく見聞きすることがなかった。

 思うに、『隠されていた空手』の著者である桧垣氏は、空手道はもちろん、大東流も稽古されていたとのことで、大東流というと、この手の相手の手足で相手自身をがんじがらめに絡めて固め極めたり、投げたりする技が少なくないので、そのあたりからも平安三段第2挙動分解のインスピレーションを得たのかもしれない。


 いずれにしても、空手道というとどうしても突き蹴りの武道という認識が強いだろうが、柔術の視点から見れば、実は伝統的な空手の形には、逆手や投げなどの接触技法が数多く含まれていることが分かる。

 たとえば、指定形平安二段の最終挙動、四股立ちでの下段手刀受け。これは単なる突き蹴りに対する受け技ではなく、相手の腕を引き込んで背後に入り身しながら金的に手刀で当身、そのまま後ろ腰に掬い投げで投げ捨てる技に分解できる。そしてこの系統の投げ捨て技は、日本の古流柔術では浅山一伝流をはじめ、諸流によく見られる普遍的な投げ捨て技だ。なお柔術では、投げ捨てかたに口伝がある。


 このように、日本柔術の視点から伝統的な空手道の形を見直せば、空手の形=技は実に奥深いなとしみじみ思った、秋の夜の稽古であった。

 (了)
この記事のURL | 武術・武道 | ▲ top
結庵6周年/(手裏剣術)
- 2013/09/07(Sat) -
         1309_6周年


 本日の稽古で、手裏剣術伝習所 翠月庵は、結庵から丸6年を迎えました。

 12歳から武芸を志し、いつかは自分の稽古場を持ちたいと思っていたことが、紆余曲折を経て実現。

 以来、少数精鋭なれど誠実な門下に恵まれ、定期的に講習会を開催させていただき、さらに会として毎年演武会に出場できるようになるなど、手裏剣術稽古会として活動の幅を広げて今日に至りました。

 これも、全国の武友の皆様の、ご指導とご助言の賜物です。

 なかでも無冥流投剣術の鈴木崩残氏、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のT先生、以上のご両名には結庵当初から現在に至るまで、並々ならぬご支援をいただき、ここに改めて心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

 また、日々貴重な稽古場をご提供くださっている家主様にも、門下一同、深く感謝申し上げます。



 皆様のご支援にお応えするためにも、当庵は今後もさらに「事理一致」の武芸としての、「術」を磨いて参ります。

 7年目の翠月庵も、どうぞ宜しくお願い致します。

 翠月庵主 市村翠雨 頓首九拝
この記事のURL | 手裏剣術 | ▲ top
Voyage to AVALON /(身辺雑記)
- 2013/09/07(Sat) -
 この2週間、なかでも今週は実にハードであった。

 2日続けて、徹夜の原稿書きというのは、そろそろ本気(マジ)で、生命の危険を感じる。

 先週の金曜から今日まで、今年初めて丸1週間、まったく稽古ができなかった・・・、いやしなかったというべきか。

 ちょっと、アヴァロンが見えた気がする・・・。


Avalon, the legendary land
The isle of apple-trees and mist
Avalon is the land of elves
Where the hero comes today

Under the rule of the new king
flourishes and grows beautiful this country
The secret fate (destiny) of the king lies
yet in the hands of God

The cruel treason of confidential men
The cowardly treason of beloved men
And the terrible fight, that deadly fight
Oh, how many brave warriors fell
Go, fight and perish by honourable death
In that last battle the hero will fall
And soon will come hosts of ghosts (spectres)
The evening darkness will cover (involve) everything
The black night will descend

Avalon, the legendary land
The hero set out there

Avalon is the land of elves
Avalon is the heavenly isle of shadows
Enchanted isle
The ship set out to an unknown voyage
Avalon.


この記事のURL | 身辺雑記 | ▲ top
手裏剣術者という「希少種」/(身辺雑記)
- 2013/09/04(Wed) -
 過日、都内の某大学で医療制度改革についてのインタビューをしていた。

 取材終了後、インタビュー相手の教授と原稿確認の日程を相談するために、私の手帳のスケジュール表を見せながら話してたところ、

「ところで、この『翠月庵』という予定は何なのですか?」

 と聞かれた。

「手裏剣術と抜刀術の稽古会で、指導をしているのです」

 と答えると、

「しゅ! 手裏剣!? 本当ですかああ!!」

 教授のリアクションは、取材中、最大級のものであった・・・。

1309_座突
▲当庵で稽古している抜刀術(古流の形)の座技。鞘を手裏剣に打ち、転身して逆手突き


 日常的に手裏剣を手に取り、的に向かって打っている我々と違い、日本の平均的な大人の反応としては、この教授のリアクションは、きわめて妥当なものなのであろう。

 経験上、「手裏剣術をやっています」と話すと、10人中10人が、こういった反応を示す。

 以前など、仕事のクライアントである某有名製薬会社の広報担当者に突然飲み会に呼び出され、「もしや新規の大型出版プロジェクトの発注か!」と勇んで出向いたところ、

「それでは皆さんに紹介します! 手裏剣の先生の市村さんで~す!!」

 と見世物状態になった。

 実はその広報担当者が飲み仲間に、「自分の知り合いに、手裏剣をやっている人がいる」と話したら大うけだったので、飲み会に誘ってみた・・・、というオチであった。

 ま、これも手裏剣術をはじめとした、日本の伝統的な武術・武道の啓発活動の一環と考えれば、納得できる・・・・・・気がする。


 ことほどさように現代の日本社会では、手裏剣術者というのはパンダなみの「希少種」なのである。

 そんな珍しいイキモノが見てみたい人は、どうぞお気軽に翠月庵へお越しください(爆)。

 (おしまい)

この記事のURL | 身辺雑記 | ▲ top
| メイン |