「愚者」たちの夜会/(身辺雑記)
- 2014/04/30(Wed) -
 先日、ようやく大物の書籍の初稿を書きあげる。

 これで3月以来の多忙も、大きな峠を超えた感じだ。しかし、これから10日間の間にインタビュー記事を4本書かねばならぬ。つまり私のところには、黄金週間なるものは来ないらしい(苦笑)。

 とはいえ、1年がかりの大物の原稿(約200ページ)を書き終えたので、少し気持ちに余裕ができた。そこで一昨日、都内でインタビューの帰りに、紀伊國屋書店さいたま新都心店で開催中の「世界のトランプ・タロットフェア」に立ち寄ってみた。

トランプタロットフェア
▲写真は紀伊國屋書店さいたま新都心店のHPより。書店内で、無断撮影をしてはいけません・・・


 3年前の引越しのドタバタで、マルセイユ版のデッキを1つ失くしてしまったので、良いものがあれば買いたいなと思っていたのだが、残念なことにスタンダードなマルセイユ版(グリモー版やニコラ・コンヴェル版)のフルセットは、すでに売れてしまったのか見当たらなかった。

 ま、買い物も縁である。

 手に入らないということは、「縁が無かった」というべきか。



 タロットというのは、占術や自己啓発の道具であると同時に、コレクションとしての楽しみもある。といっても、私などは数デッキ持っている程度なのだが。

集合
▲0番の「愚者」いろいろ。おや? ひとり、違う人が紛れ込んでいるような・・・


アクエリアン
▲イケメン風の「愚者」(アクエリアン・タロット)


エッティラⅢ
▲古典的道化師風(エッティラ版)


ドイツライダー
▲鼻歌をうたいながら足元も見ずに断崖絶壁を歩く愚かな人。とても他人とは思えない・・・(ドイツ・ウエイト版)


ママンミユキ
▲犬の表情が、また味わい深い(mamanmiyuk版)


タロットクラシック
▲元祖ヘタウマ系。犬のセリフは、「カンチョー!」であろう、たぶん(タロット・クラシック)


1JJ
▲個人的には、この人が私の一番の贔屓である。「こんなん出ました!」という感じのドヤ顔が、なんとも馬鹿っぽくていい(1JJ版)


GD.jpg
▲魔術結社の「愚者」は、やはりひと味違う(ゴールデンドーン・タロット)


 「愚者」というカードは、ある意味でタロットの象徴ともいえる、たいへん興味深いものだ。彼の愚行の先には何があるのか? そもそもそれは本当に愚行なのか? あるいは深淵な無知の知なのか?

 ミステリアスなタロットのなかでも、ひときわ意味深な1枚が、この「愚者」である。

 もっとも、妙齢のお嬢さんに依頼された恋愛占いでこのカードが出たら、人生の荒波にもまれてきた初老の占い師としては、「馬鹿なことは、おやめなさい・・・」と優しく諭すであろう(笑)。


 ちなみに、最初の写真で愚者たちの夜会にまぎれこんでいたのは、この人である。

 魔術師
▲「タロット・クラシック」の1番「魔術師」


 愚者に化けて夜会に忍び込むとは、さすが魔術師だな。

「22枚の大アルカナは、象徴的で寓意的なカードであり、永遠に不変でいながら各瞬間に変化し、人間に影響している物質的、精神的な力を描き、再生している」(S.R.カプラン)

 (おしまい)
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折れた小太刀/(武術・武道)
- 2014/04/27(Sun) -
 過日、とある他流の先生が、「最近の木刀や杖は、外国産の原材料の品質が悪いのか、すぐ曲がるんだよね・・・」とおっしゃっていた。


 そして昨日、小太刀の形を稽古していたところ、切先部分が折れてけし飛んでしまった。

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 私が打太刀で真っ向正面から打ち込み、仕太刀が入身しながら受け流す形で、打ち込んだ瞬間、「あ、(こちらの)木太刀の切先が折れたか!」と思ったところ、仕太刀の使っている小太刀の方が折れていたのである。

 最近、私は思うところがあって、稽古ではかなり細めで軽い木太刀を使っている。このため、自分の方の切先が折れたのかと思ったのだ。

 また、この小太刀は、昨年の12月に購入したばかりのもので、たった1回、出稽古で使っただけのものである。それが、こうも簡単に折れてしまうとは、困ったもんである。

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 赤樫は折れやすいというけれど、ほぼ新品でこれでは稽古用の武具にならない。安物買いの銭うしないとは言ったものだと、改めて実感した次第。

 (了)
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エライ人たち/(身辺雑記)
- 2014/04/24(Thu) -
 単行本執筆の仕事が佳境となり、机にかじりついて、ひたすら原稿を書き続けている。

 一方で、定期ものの編集仕事が、「エライ人」の暴走で非常に難航しており、上記の物書き仕事の足を引っ張りまくっている。その他にも、もろもろ細かい仕事が立て込み、息つく暇もない。ま、それだけ金を稼いでいるのだと、己を叱咤するしかなかろう。

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~人生は厳しい。生きるための糧を得るには、金が要る。~byサム・ペキンパー


 先月、全日本空手道連盟(全空連)と日本空手協会(協会)とのごたごたで、全空連から協会が除名されたという・・・。

 「エライ人」たちの醜悪な権力争いで泣きを見るのは、結局は現役の選手たちや、次代を担う少年少女たちである。真剣に稽古に励む若い人たちを前にして、派閥抗争や権力闘争に明け暮れる「エライ人」たちは恥ずかしくないのか? ま、そんな廉恥心などないから、こんなことを繰り返しているのだろう。

 結局、武技による人格の陶冶などというものは、幻想に過ぎないのだろうか・・・。

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~おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。~byアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

 
(了)
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15分の稽古/(武術・武道)
- 2014/04/18(Fri) -
 春の演武が終わり、いささか脱力気味である。

 おまけに、相変わらず4月は取材や執筆がてんこ盛りで、終始ばたばたしていることもあり、昨夜は4日ぶりに剣を打ち、居合を抜いた。

 一応、「毎日、15分以上稽古をする」ことを生活ルールにしているのだが、実際は1ヶ月のうち、稽古できるのは平均して20日前後。なかなか毎日というのは難しい。

 この毎日の稽古のツボは、「15分以上」というところにある。

 これが「毎日1時間」とか、「毎日30分」となると、仕事もせずに遺産や家賃収入で生活をしているようなのんきな人間は別として、市井の人として毎日働いている者にとっては、たいへん高いハードルになってしまう。

 ところが「毎日15分以上」となると、「いくら忙しくても、1日の中で15分くらいの時間は作れるだろう」という意識が働くので、稽古を始めるための意識のハードルがぐっと下がる。

 しかも実際に稽古を始めると、最初は15分のつもりが、たいがい打剣だけでも15分いくらい打ってしまい、それからちょっと居合を抜けば、合計して30分や40分にはすぐにたってしまうのである。


 稽古量と上達の関係というのは、単に時間や量の問題ではなく、そこに質やメンタルの問題が絡んでくるので、必ずしも単純に「稽古量が多いほど上達する」とはいえない。とはいえ実際のところ、多くの場合は稽古量と上達の度合いは比例していることが多いのもまた事実である。

 そういう意味で、市井のいち武術・武道人として、日々の生活の中で、どの程度、どのように稽古をしていくのかというのは、いまだに試行錯誤するばかりである。

 ま、そんなふうにああだこうだと考える暇があったら、手裏剣の一本も打てということか(笑)。


「禅で落ち着いてしまっては勝負はできない。武術に禅は不要である。昔、柳生が禅を習ったというが、それは剣技に欠陥のあることを示しているのではないか。武術は武術をやることによって達しうる。他のものはまったく不要である」(大東流・佐川幸義) 

 (了)
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金沢の獅子舞/(武術・武道)
- 2014/04/15(Tue) -
インタビューや学会の取材などで、これまで金沢には5~6回、行ったことがある。

 加賀百万石の城下町だけに、全体に雅で古風な雰囲気の残る街並みは、のんびりと歩いているだけでも楽しい。なかでも兼六園に隣接する成巽閣の「書見の間」や「群青の間」は、絶対に見逃せないポイントだ。

 ウルトラマリンブルーを大胆に使った意匠の数々は、これが本当に江戸時代のものかと思うほど前衛的なインパクトがある。

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▲成巽閣「群青の間」。


 以前、訪問看護の取材で金沢のとある個人宅を訪れた際、床の間の壁が見事なウルトラマリンブルーに塗りこめられているのを見て、その美しさに驚いたことがあった。話を聞いてみると、その家のご主人がもともと左官の職人さんだったということで、凝った床の間をご自分で丹精して作ったとのことだった。


 金沢というと、「文治の都」というイメージが強い。実際、金沢周辺で連綿と伝わり、今も盛んに行われている武術というのはあまり聞いたことがない。

 そんな印象を長年持っていたのだが、昨年、何の気もなしにケーブルテレビでヒストリーチャンネルを見ていたところ、金沢の伝統的な獅子舞を取り上げた古い番組が放映されており、「これは明らかに棒の手系統の芸だな・・・」と思った。

 そこでネットでちゃちゃっと検索したところ、金沢市のホームページで、伝統的な獅子舞についての解説ページ(http://www4.city.kanazawa.lg.jp/17003/dentou/geinou/shishimai/what01.html)を見つけた。

(以下、抜粋して引用)

棒ふり

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 棒ふりは、シャンガンという毛頭をかぶり、刺子じゅばんに裁付袴(たっつけばかま)、白足という姿で、棒や薙刀(なぎなた)、太刀などの執り物を持って獅子に立ち向かいます。執り物はその他に、鎖鎌、尺八、白玉棒、槍、十手、二つに割れるチキリキ、戸水町と才田町の青龍刀なども見られます。一人が獅子に対する場合は一人棒といい、二人の場合は二人棒もしくは合わせ棒と呼びます。さらに、三人棒、五人棒という地域も見られます。


棒ふりの流派

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 金沢の加賀獅子の最も大きな特徴といえる棒ふりは、各種武芸を芸能化したものです。棒術や剣術、薙刀をはじめ、柔術、居捕りなどが応用されています。それらの武芸には流派があるように、棒ふりにも流派が生まれました。獅子舞の最盛期には約40もの流派があったとされています。中でも、最も有名なものが土方流と半兵衛流でした。土方流は、山の上町に道場を構えていた浪人の土方常輔と同惣右衛門らが、武芸を応用した棒ふりを指導したことにはじまり、主に浅野川以北で広まりました。半兵衛流は、地黄煎(じおうぜん)町(現在の泉が丘二丁目)に道場を構えていた町田半兵衛が生み出した流派で、柔術や薙刀、居合、鎖鎌などに工夫を加えて編み出され、主として犀川以南で行われていました。その他の流派としては、柳川流、出雲流、玉田流、合羽流、長尾流、新陰流、大島流などがあり、新しい流派として天神真揚流があります


(以上、引用終わり)

 「棒の手」については、本ブログを読んでくださる皆さんには、いまさら説明するまでもないだろうが、知らない人は本ブログの過去記事を参照されたい。

「雑兵物語と棒の手」2013.10.14
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-487.html


 それにしても、金沢の獅子舞の棒ふり、実に興味深い。

 なかでも、「新しい流派として天神真揚流があります」という一文があるが、これは東京や埼玉で伝承されている古流柔術の天神真揚流と同一のものなのか? 稽古体系や技術も同じなのか?

 また「長尾流」や「新陰流」といった流儀名があるが、これらも武術として伝承されている「長尾流」や「新陰流」とどういう関係なのか、技法的にはどうなのか、などなど興味が尽きない。

 金沢大学の図書館あたりに、まとまった論文とか研究資料など、ありそうな気もするのだがどうだろう?


 「棒の手」というのは武術が芸能化して伝承されたものだが、それだけに、むしろ近年になって改変や復元、あるいは創作された古流武術よりも、室町~江戸期の武芸本来のエッセンスが、当時のままに残されている部分もあるのだろう。

 そういった意味で、武芸の視点からみたまとまった研究書など、誰かまとめてくれないだろうかと思う。そういえば小佐野淳先生が何かの本のあとがきで、「いずれまとめたい」と、書いていたような気がする。

 (了)
 
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苗木城武術演武会と合同稽古
- 2014/04/13(Sun) -
 昨日から2日間、岐阜県中津川市で活動している、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生にお世話になり、「苗木城桜まつり武術演武会」に参加。さらに、合同稽古や手裏剣術講習会などを行った。


 初日。

 早朝に各々自宅を出発した翠月庵一同は、昼前に中津川駅に集結。中津川稽古会の稽古場である市民体育館に移動して軽く体を動かし、会場である苗木城に移動。13時より演武が開始された。

 まずは、中津川稽古会の皆さんによる戸山流の演武。

 基礎居合、組太刀、竹を試物にした斬りなどの演武は、実戦剣法ならではの迫力にいつもながら圧倒される。なかでも今回は、戸山流の小太刀や短槍の形も拝見することができ、その見事な業前は、非常に興味深く学びの多いものであった。

 続いていよいよ、我ら翠月庵の演武である。

 今年は私のほか、Y氏とK氏が参加。それぞれ、手裏剣術基本型と手裏剣術運用形を演武。私は基本型として三間直打/順体歩み足での打剣、運用形からは「突進」の型の変化(三間直打順体、踏み込んで二間逆体直打、さらに踏み込んで1間半から逆打ち、さらに踏み込んで掌剣術で下段に刺突)を行った。

 続いて、K氏打太刀、Y氏仕太刀による剣術(古流の形)を披露。

 その後は、私が飛刀術の形を二本(「鞘遣上下二刀」「抜打」)行った。飛刀術の演武では、畳の的に突き刺さる脇差の迫力に観客からざわめきの声が上がり、それなりに見栄えはあったのかなと・・・(ちょっと自画自賛)。

 最後に、3名それそれが、刀法併用手裏剣術の形を1本ずつ披露し、演武を終えた。

 結果として、Y氏、K氏、それぞれ力のこもった演武をしてもらうことができ、翠月庵として、それほど恥ずかしくない演武をすることができたのではないかと思う。


 私個人については、納得できる点もあり、また反省も多い演武であった。

 反省としては、「全剣刺さって当たり前」であるべき演武において、基本の三間直打で1本、刀法併用手裏剣術で1本、合計で2本も失中してしまったことは、なんともふがいないものであった。

 一方で、運用形の「突進」の変化は、三間~一間半まで、一気に運足で間合を詰めながら、3本の手裏剣を続けて打ち(そのうち一打は逆手打ち)、最後は掌剣術として下段への直突で決めるという、やや難しい形だったのだが、気組のこもった業をご披露できたのではないかと思う。

 もっとも最後の掌剣術による直突きではあまりにも気合が入ってしまい、刺突、残心の後、思わず空手道の十字礼を切ってしまったのは、今考えると我ながら「そりゃあ、ちょっと違うでしょ」と思った次第(笑)。

 飛刀術に関しては、「抜打」の形は演武では初めて行うものだったが、的に深ぶかと刺さる良い打剣となった。ただし、これもまた気合が入りすぎてかなり深く踏み込んでしまい、いささか間合が近かったかなと反省している。


 緊張感あふれる演武の後は、中津川稽古会の皆さんと一緒に、満開の桜の下で昼食。

 その後、O先生宅に移動して、斬りの稽古を行う。私はさくっと4~5回斬り、あとはO先生にご指導をいただきながら、Y氏とK氏に存分に斬ってもらう。

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▲刃引きの刀で試物の竹を斬る


 斬りの稽古の後は、恒例の手裏剣術講習会。

 今回は無冥流の長剣やフライングスチールの軽量剣で、中津川稽古会の皆さんに手裏剣を打ってもらう。また指導と助言は、当庵のY氏・K氏の両名に担当してもらう。

 私は外野で眺めているだけなので、楽チンである(爆)。

 手裏剣講習の〆は、飛刀術。中津川稽古会の皆さんは、いずれも抜刀術の有段者なので、手裏剣よりもむしろ飛刀術の方がとっつきやすいようだ。

 講習の後は、夕食そして武術談義。

 いつもながらの私の武術関連の暴言・失言が炸裂しつつ、美濃の夜がふけていった・・・。


 翌日。

 朝食の後、体育館に移動して、中津川稽古会の皆さんとともに合同稽古。

 今回は、戸山流美濃羽会が稽古されている短槍術をご指導いただく。基本の操作から、槍対剣の形稽古をみっちりと行う。

 私はいままで、長物の武具は六尺棒くらいしか稽古したことがないのだが、短槍術の稽古は実に興味深く、また学びも多いものであった。これから、翠月庵の稽古にも加えてみようかな・・・。


 充実した時間はあっという間に過ぎ、早くも帰京の時間。

 現地集合、現地解散がお約束の当庵一同、O先生ご夫妻に送っていただき中津川駅にて解散。それぞれ東の国への帰路に着いた。

 武術三昧の本当に充実した2日間であった。

 戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生、そして同稽古会の皆さん、ありがとうございました。

 (了)
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清明忙事/(身辺雑記)
- 2014/04/12(Sat) -
 実に慌しい・・・。

 今週は医学関連の単行本を執筆しつつ、自動車会社のPR誌のディレクションをしつつ、病院経営雑誌のインタビュー記事を書きつつ、新聞の健康記事を書いている。これでよく、身体を壊さないと思う。来月は仕事セーブしなきゃあなあ・・・。

 そして、その合間に今年度初の空手道稽古に出て、演武前の臨時稽古を行い、あまつさえこの春から「なんか新しいものも学びたいのう・・・」と思いたち、これまで経験していなかった某分野の武道の初心者向け教室に通いはじめた。

 今週の空手道の稽古では、久方ぶりにミット打ちを満喫。

 やはり打撃系武道というのは、実際にモノをぶん殴らないと、面白くないものだ。組手試合から遠ざかって、はや3年になるが、思ったよりも打ち込めたのではないかと思う。

 また某武道の初心者向け教室では、初心に帰り、武道初心者の皆さんとともに、大きな声で気合を出す。我ながら、ういういしい気分だ。


 そして明日は、毎年恒例の苗木城武術演武会である。

 本年は、私は以下の4つの演武を行う予定だ。

 1.手裏剣術基本型/三間直打(順体・歩足)
 2.手裏剣術運用形/三間、二間、一間と移動しつつ打剣、掌剣術で極め
 3.飛刀術/鞘遣上下二刀の形、抜打の形
 4. 刀法併用手裏剣術/右敵(変化)

 これに加えて当庵からは、Y氏とK氏の2名がそれぞれ基本型、運用形、刀法併用手裏剣術を行う。さらに今年は、K氏打太刀、Y氏仕太刀で剣術の組太刀も披露する。

 個人的には、上記4つの演武は、4.の刀法併用手裏剣術の形以外は、いずれも内容に武術としての「挑戦」の要素を盛り込んでいる。このため、場合によっては全剣失中という可能性も無くはない。

 しかし、今年で苗木城での演武も3年目であり、また昨年はオーソドックスな形で会心の演武ができただけに、今回は「守りの演武」をしてもしかたがあるまいと思った次第。さて、結果はどうなることやら。

 人事は尽くした。あとは天命を待つのみである。

 ま、もっとも恐ろしいのは・・・寝坊だな。なにしろ明日(もう今日だが)は、朝5時半出だ(爆)。

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▲演武前日の臨時稽古での打剣。「生死一重の至近の間合からの、
渾身の一打」への道はまだ遠い・・・


 (了)
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剣の従者/(身辺雑記)
- 2014/04/05(Sat) -
ソードのペイジ

 いろんな意味で、こんな気分。

 それでも今日を生きるしかない。


 個人的に「剣の従者」というカードは、嫌いでない・・・、というか好きなカードだ。

 人によっては、かなり悪いニュアンスで読む人もいるけれども。

 前にもブログで書いた気がするが、こういう気分の時というのは、どういう訳か技の調子が良いことが多い(陰圧・陽圧というやつ)。

 本日の稽古は、まだ少し波があるが、演武会に向けてだいぶ仕上がってきた。

 いよいよ来週は本番だ。


 臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。
(兵闘に臨む者、皆な陣列して前に在り)


 (了)
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3月の映画短評/(映画)
- 2014/04/04(Fri) -
 3月はとにかく多忙で、あまり映画が見られなかった。

 そして、いまだに大物の原稿が終わらず、今月いっぱい、過酷な日々になりそうである・・・。


【評価】
★★★(必見)
★★ (まずまず)
★  (ヒマならどうぞ)

■『エリジウム』/★★
 「人はだれしも、生まれながらに『使命』を持っている」という、いかにも西欧的な価値観がメインテーマとなっているSF作品。アカデミー賞4部門にノミネートされた『第9地区』(2009年)のニール・ブロムカンプが脚本&監督。前作のほろ苦いラストにくらべると、こちらは結局ハリウッド的な落としどころか。独特の肉体破壊描写と荒涼とした世界観は、いまだに見るべきものがある。

■『太陽を盗んだ男』/★★
 昭和だよね・・・としみじみする、「あのころ」ならではのエナジー満載の娯楽作品。ジュリーが一番かっこよかった時期であり、文太が最もワイルドだった昭和。なんとなく、このままだらだらと、平和でたいくつな時代が続くのだろうと、思い込んでいた昭和。そんな時代のイライラこそが、この作品の通低音なのだろう。ちなみにこの作品の文太が、後のターミネーターのモデルです(嘘)。

■『アキレスと亀』/★★
 この映画と『アマデウス』を見比べると、どうなんだろう? 同じように凡人の悲喜劇を描きながらも、この作品の主人公の方が、より「業の深さ」を抱えているといえるか。娘が売春で稼いだ金で絵の具を買う主人公に、ある意味凄みさえ感じるのだが、そこはそれ、北野作品だけに、意図した軽薄さが湿った感情表現を廃している。しかし、ラストの「帰ろう」という救いは、いらなかったんじゃないか?

■『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』/★★★
 ちなみに三島が自決したのは、私の1歳の誕生日。これまで、あまりに三島の剣の腕前がヘナチョコなのと、立原正秋ひいきだったので、私は不当に三島の評価が低かったかな・・・と、この映画を見て少し思い直した次第。武芸の腕前と人柄、文学的価値は、まったく関係ないからネ。西南戦争における、私学校党の若者と西郷の関係が、三島と盾の会の若者たちとの関係にダブって見える。井浦新の演技は、なかなかいい。ただし、刀の扱いはひどいもんだ。だれかちゃんと演出してやれよ!

■『あゝ海軍』/★
 長官(おかしら)が若い! 70年代学園青春ドラマの、戦争映画版といったところ。説教の仕方や、部下への硬軟使い分けた接し方は、さすが後の鬼平である。なお、先輩役の平泉成の顔がすごく怖い。吉右衛門ファンなら、見て損はないという小品。

■『あゝ陸軍 隼戦闘隊』/★
 「エンジンの音ぉ~、轟々とぉ~、隼は往くぅ~、雲の果てぇ~」でおなじみ、太平洋戦争でその名をとどろかせた、加藤建夫陸軍中佐率いる帝国陸軍飛行第64戦隊の物語。とりあえず、佐藤允が主演なので、個人的にはそれだけで買いだ!(爆)。この人を見ると、「昭和のオヤジは、強くて、頑固で、でもちょっとお茶目なのだ」と回想できる。同じ飛行第64戦隊の物語を映画化した作品に、戦中に製作された『加藤隼戦闘隊』(藤田進主演)があり、作品の迫力としては、本物の隼などがバンバン出てくる藤田主演作に軍配が上がる。

■『海兵四号生徒』/★
 これまた、戦前の海軍兵学校を舞台にした、青春群像劇。昭和時代の人であれば、学生時代の先輩後輩の、独特の関係を追体験できるはず。こうした伝統が、後の伝説的学園ドラマ『スクールウォーズ』の名場面、「俺はいまから、お前たちを殴る!」的世界観をつくりあげたのだろう。そういう価値観は嫌いではないが、今やったらそく体罰でアウトだろう。まあ、われわれは、そういう時代に生きているということだ。

■『ホワイトハウス・ダウン』/★
 『ダイハード』と『リーサルウエポン』を足して2で割って、子供と親の軋轢&和解という出汁を加えた作品。時間つぶしにはいいが、この手の映画を1800円払って見るかといわれれば、その金で焼き鳥屋にいくだろう。youtubeとかエア・ジョーダンなど、をストーリーに絡める小道具の設定は、今風でちょっと光る。

■『ハート・ロッカー』/★★
 イラク戦争中の、爆弾処理班の活躍を描いた作品。戦争映画としては割合地味で、大掛かりな戦闘シーンなどはほとんどない。対物ライフルを使っての稜線越しの長遠距離狙撃戦や、IEDの恐怖など、イラク戦争やアフガン戦争でのシリアスな戦訓を映像で追体験できるのは貴重。アメリカ人特有の、独りよがりなヒューマニズムが、結局、自分や仲間を危険にさらすという、自虐的な演出は買い。

■『座頭市(1989年版)』/★★★
 勝新主演の座頭一、最終作。この年59歳の勝新だが、殺陣の切れ味は抜群! さらに、殺陣のシーンのカット割りがじつに秀逸であり、映画のよしあしは編集だなあと実感できる。殺陣以外では、ストーリーが冗長だったり、樋口加奈子とかいらないんじゃないのとか、いろいろと破綻はある。しかし、汚くて、こっけいで、やさしくて、そしてものすごく強いという、勝新・座頭市の集大成として、愛を持って鑑賞したい。ラスト、枯野の合間に立ち去っていく市の姿は、過ぎ去りし昭和の姿、そのもののようだ。


 (おしまい)
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