春憂/(身辺雑記)
- 2015/03/30(Mon) -
『清明』 杜牧

淸明時節雨紛紛
路上行人欲斷魂
借問酒家何處有
牧童遙指杏花村

清明の時節 雨 紛々
路上の行人 魂を断たんと欲す
借問す 酒家は何処に有る
牧童 遥かに指す 杏花村


 なんとなく、春憂である・・・。

 (了)
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柳剛流、稽古の徒然/(柳剛流)
- 2015/03/24(Tue) -
■柳剛流の読み方について

 過日の稽古時、柳剛流の呼称について改めて小佐野先生に伺ったところ、「柳剛流は、リュウコウリュウと読む」とのことであった。

 これで、

・主に埼玉県に流布した柳剛流を調査・研究した山本邦夫教授の著書の記述
・剣術史家の辻淳氏が調査した際の、岡田十内子孫・岡田弘氏の証言
・仙台藩伝を相伝した小佐野先生の指摘

 以上3つの証言・指摘ではいずれも、柳剛流は「リュウゴウリュウ」ではなく、「リュウコウリュウ」と読むということであった。

 ということで、柳剛流の正しい読み方は、「リュウコウリュウ」ということで良いと思う。

 もっとも口語・話し言葉として「リュウゴウリュウ」という呼び方広がっているのは、今も昔も同じであったのではなかろうか? またなんとなく、話し言葉で「リュウコウリュウ」と呼ぶと、“流行流”?みたいにイメージしてしまい、ちょっと何かもしらんね(笑)、「リュウゴウリュウ」の方が、なんとなく豪気な感じがするのは私だけかな。


■切紙の教習の意味

 柳剛流の稽古では、まず切紙の階梯で剣術として「右剣」と「左剣」の二本の形を徹底的に練磨し、次いで居合五本、突杖五本を学ぶ。

 各師範家の発行した切紙を比較しても、一部に柔術の形が数本組み込まれていたり、突杖が省略されていたりするなど若干の相違はあるものの、基本的には上記のように剣術二本、居合五本、突杖五本というのが一般的のようである。

 実際にこれらの形を稽古してみると、「なるほど、まずはこれらの形を徹底的に反復することで、柳剛流ならではの体動・体捌きを体になじませ、しみこませるのだな・・・」ということが実感できる。

 今朝も居合を小半時ほど抜いたのだが、かなり身体的にきつい鍛錬のしがいのあるものだ。形の本数は少なく太刀筋もごくシンプルなものであるが、一方で豪壮であり古流らしい質実剛健な形(業)という印象が強い。

 流儀の根幹となるたった二本の剣術形と、わずか五本の居合をひたすら稽古しぬくことによって、当流を遣うための心身の土台を作り上げる。

 目録段階で学ぶ剣術形である「青眼右足頭(刀)」や「青眼左足頭(刀)」、「中合剣(刀)」などといった、いかにも柳剛流らしい業の数々も、初学の切紙時の鍛錬が育んだ土台となる心身があってこそであり、それゆえの「断脚之術」なのだという、流祖の思想をしみじみと感じる。

 おかげで今日も、朝から足腰が筋肉痛だ・・・(笑)。

 (了)
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アードベッグとショーケンでおやすみ/(身辺雑記)
- 2015/03/21(Sat) -
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 深夜、インタビューのテープ起こしを終える。

 脳細胞が過活動で、到底このままでは眠れないので、酒精の力を借りる。

 宇宙一旨いウイスキーであるアードベッグと共に、ショーケンの歌を一曲聞いて寝よう。

 明日も原稿、そして稽古だ。



 (了)
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プレミア本!?/(身辺雑記)
- 2015/03/19(Thu) -
 つらつらとヤフオクを見ていたら、こんなものが出ていた。

「貴重 最終値下 駒川改心流 剣術教書 黒田泰治 古武道 武術」
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d163329906

 落札価格は、なんと13万4000円だそうな。


 たしかこの本、私は20世紀の終わり頃、石神井公園の近くにある剣道具店でハンドメイドの刀ケースを買った際、棚に10冊くらい積んであったのを見つけて買った。

 定価1000円であった。

 いよいよ仕事が無くなって生活に困ったら、これ10万円くらいで売れるのかね?(笑)。

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 (おしまい)
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春酔の週末/(身辺雑記)
- 2015/03/15(Sun) -
 土曜。

 普段は午後から翠月庵の稽古なのだが、この週末は家主さんのお手伝いで、稽古場周辺に茂っている樹木の枝打ちのお手伝い。私は切り落とした枝を細かく切ったり、燃やしたりといった、職人さんたちがいうところのいわゆる「手元(てもと)」である。

 当初は腰の状態が少し気になったものの、お灸効果かほとんど問題なく久々に体を動かして気持ちよく働き、午後の定時からはいつも通りの稽古となった。

 毎年恒例の春の演武会が1ヵ月後に迫ってきたので、私も会員諸子も、演武に向けての調整を進める。手裏剣術者にとっては、演武というのは貴重な真剣勝負の場。毎年、必ず何らかの挑戦を心がけて臨んでいる。

 そういう意味で今年も心に期するものがあるのだが、さてどうなることか・・・。いま少し、調整して決める心積もりだ。

 剣術は、小佐野淳先生より御教授をいただいている仙台藩伝柳剛流の形について、先生より「普段から稽古相手を見つけて復習をするように」とのご許可をいただいていることから、翠月庵の会員諸子に相手を務めてもらい、稽古を行っている。

 長年、学んでみたいと願っていた柳剛流の稽古は、想像していた以上に難しく、厳しく、しかし楽しい。ひとつ形を行ずるたびに、流祖が編み出した“断脚之太刀”の真髄にふれるようだ。古流の稽古とは、こうでなければ。

 それにしても、日が伸びた。

 つい最近まで、稽古が終わってからの掃除は真っ暗な中だったのがうそのようである。

 帰宅後、稽古帰りにふと買ってみた新内流しのCDを聞きながら、千葉産の鯨刺しと愛媛産の鯛刺しを肴にぬる燗で晩酌。いささか量が過ぎたようで、早々と10時前に酔っ払ってしまい、そのまま手枕で撃沈。

 すべて世は、こともなし・・・。


 日曜。

 昨晩、早々に酔って眠ったからか、恐ろしく早く目覚める。しかし年度末の超多忙のちょうど狭間で、幸い今日は一日休むことができる。

 そこでまず洗濯、そして朝風呂、その後はNHKオンデマンドでドラマ『坂の上の雲』を見ながら、昼酒。つまみは宮城産の〆鯖。

 徳利を4本ほど空けるうちにいつの間にか寝てしまい、気づけば夕方・・・。

 もう腰はほぼ完治だが、接骨院に行きマッサージと灸をしてもらう。

 普段、日曜は斬りの稽古をするのだけれど、本日は腰を大事にして・・・という理由でサボる。その代わり、ほんの数本だが居合を抜く。最近、三尺三寸の刀を使い抜き打ちで扇子を切る、林崎新夢想流の方の動画を見たので、少々まねてみる。

 といっても私の持っている刀は一番長いのでも二尺四寸五分なので、ま、こんなのは出来て当たり前ですな。ちなみに私がこれまで抜いた中で一番長いのは二尺七寸だが、それでも結構難儀したものだ。

 三尺三寸を自在に扱うというのは、本当に大したもんだと素直に感服。世の中には、すごい人たちがいるもんだね。

 その後、“寅兄い”のドラマを見ながら再びのんびりとすごし、今、こんな駄文を書いているところ。これからひと風呂浴びて、また晩酌、いや寝酒をはじめるとしよう。

 そして明日からは、再び修羅の出版道を突き進まねばならぬ(苦笑)。

 やれやれですな・・・。

 (おしまい)
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日常の身のこなし?/(身辺雑記)
- 2015/03/13(Fri) -
 一昨日の空手道の稽古で痛めた腰の状態が思いのほか悪く、今朝は早くから近所の接骨院に行く。

 ここは以前、手裏剣の打ちすぎで右肩を痛めた時にお世話になったところで、不調の折にはひいきにしている。

 とはいえ、そんなにしょっちゅう体を壊している訳ではないので、今回は2年ぶりの受診だ。

 まず体のバランスを診てもらうと、痛む腰をかばっていることもあってか、右に傾いているとのこと。その後、マッサージとお灸をしてもらう。このお灸が効くんだよなあ。

 マッサージの最中、私が武術を嗜んでいることを知っている院長が、世間話に「何か普段から、気をつけている身のこなしとかあるのですか?」と聞く。

 ここで、「はい、常にナンバで歩いています!」とか、「いつでも伸筋の動きに注意しながら日常生活動作をしています!」とか言うとカッコイイのかもしれないが、私は何にも意識していないので、「いや~、特にないです・・・・」としか答えられない。

 日常生活でなんらかの動きを意識しているという武術人もいるけれど、実際のところどうなんだろうねえと思う。個人的には、それよりも毎日5分でも10分でも、何かしらの稽古したほうが良いのではないかと思っている。

 一方で、私は基本的に日常生活では和服で生活しているので、所作や身のこなし、歩き方などは、自然と洋服とは異なるものになっている部分もある。しかし、そういう動作を特段意識してはいないし、それが武芸に直接関連するかと聞かれれば、「さて、どうなんでしょうね?」としか答えられない。

 そんなことをつらつらと考えながら、心地よいお灸の熱さの余韻を感じつつ、こんな駄文を書いている次第である。

 さて、今日も原稿かかなきゃな・・・。

 (おしまい)
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柳剛流の体術における殺法/(柳剛流)
- 2015/03/12(Thu) -
※)2015.7.2.20:44、本文を一部加筆・訂正しました。


 昨日で東日本大震災から4年となった。

 心に留めておこう。

            *  *  *  *  *  *  *  *

 昨日は空手道の稽古で、久々にミット打ちをみっちりと行う。いささか張り切りすぎて、調子に乗って上段廻し蹴りをバンバン蹴り込んでいたら、実は少々腰を痛めてしまった。歳はとりたくないものだ・・・。

 存分に突き蹴りを稽古したこともあり、帰宅してから辻淳氏著の『幸手剣術古武道史』を読みつつ、柳剛流の殺法についてつらつらと考えを巡らす。

 柳剛流は、流祖・岡田惣右衛門奇良が、廻国修行の際、三和無敵流を学んだことから、免許の教程において「七ツ死」「甲冑当」「組討」「一人剛敵」「法活」「「手詰伝」などの体術が伝授されていたという。

 なかでも流祖生誕の地である幸手で興隆した岡安伝の柳剛流では、上記に加えて「五眼の伝」「十三ヶ条の口伝」「活法」などの記述が増えており、「免許段階では体術を中心に学んでいた」(辻氏記述)という。

 『幸手剣術古武道史』がありがたいのは、幸手周辺での流儀の事跡を詳細に追っているだけではなく、柳剛流の伝書や添書などの資料が、豊富かつ網羅的に掲載されていることで、現在において当流を実習する者にとっては、実に貴重な資料である。

 柳剛流の体術について、私が学んでいる仙台藩伝には残されていないとのことである。一方で以前、宮城県古武道協会のホームページに「柳剛流柔術」との記載があったのだが、本ブログを執筆しようと先ほど再び確認したところ、その記載は削除されていた。

 そもそものところで、この「柳剛流柔術」が、岡田惣右衛門奇良を祖とする柳剛流に伝えられていた柔術なのか、あるいはその分派なのか、まったくの無関係なのか、そのあたりの状況が定かではない。

 しかし、この「柳剛流柔術」が、おそらくつい最近、流儀の伝承が途絶えてしまったであろうことを思うと、たいへん残念に思う。

 後は、三重県に伝承されている田丸系の柳剛流に体術が残されているのか、気になるところである。


 さて、『幸手剣術古武道史』には、岡安派の免許者である関口亥助が、師の岡安禎助正明より受けた、「十三ヶ条の口伝」という殺法についての添書が掲載されている。

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▲柳剛流に伝えられた殺法の添書。『幸手剣術古武道史』、P150より


 これを見ると、古流柔術の素養がある者であれば、大体、どのような殺(当身)が体術として行われていたのかは、なんとなく分かるであろう。いずれの殺点も、多くの柔術で伝えられている部位と共通している。

 一方で、この添書と大元となる免許の記載を付き合わせると、十三ヶ条の殺活点の名称が合わないものがいくつかあるのは、ちょっと気になるところだ。たとえば、伝書にある「天車」や「村雨」、「掛金」や「音当」といった場所は、添書きには見当たらない。

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▲こちらの免許は岡安禎助正明が伊藤正守に出したものだが、「十三ヶ条の口伝」の記載内容は関口亥助が受けた免許と同一である。『幸手剣術古武道史』、P195より


 添書や免許の記載を見ると、柳剛流の殺法がどのようなものであったのか、うっすらと見えてくるようだ。

 なかでも、添書きに描かれている「如比五ヶ所大当」というのは、特に重要な当身の部位というような意味であろうか。天見、人中、秘中、水月、気海と5ヶ所の殺点が示されている。

 殺法といえば天神真楊流がよく知られるが、柳剛流の体術における「天見」は、天神真楊流で言うところの「天倒」、「気海」は「明星」であろう。その他の部位の名称は、天神真楊流も柳剛流も同じであることも興味深い。

 天見は拳鎚や拳、人中は柔術系の指の第二関節部を当てる拳または底掌、秘中は襟首を取っての親指先、水月は拳や柄頭当、気海は蹴当てであっただろうか・・・。

 いずれにしても、一度失われてしまった武技は、もう想像の中にしかありえない。

 先人が心血を注いだ技芸の数々が、次々と失われていくのは、武術を愛する者としてなんとも悲しい事である。

 (了)
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『戸田剣術古武道史』を読む/(柳剛流)
- 2015/03/06(Fri) -
 剣術流派調査研究会・辻淳氏著の『戸田剣術古武道史』を読む。

 先に読んだ『幸手剣術古武道史』が、流祖・岡田惣右衛門奇良の生地である幸手周辺の柳剛流各師範家の事跡を中心に追ったものであるのに対し、こちらは現在の戸田市出身で、当流の代表的な剣客として名の知られた、岡田十内とその周辺の事績、また当流の分派という天自流について記されている。

 まだ前半までしか読了していないのだが、それでも興味深い内容が盛りだくさんである。

 たとえば、岡田十内の妻である鉄は女武芸者として、柳剛心道流という薙刀を表芸とした新流を開いており、当流は少なくとも二代・岡田柳まで伝承されていたこと。

 この柳剛心道流には、柳剛流の突杖がそのまま伝承されていたこと。

 後に直心影流薙刀術の中興の祖となった無敵の女武芸者・園部秀雄の義父・佐竹貫龍斎(後、監柳斎)は、一般的には直心影流剣術を学んだとされているが、実際には柳剛流を修めていた事など、非常に興味深い内容となっている。

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▲柳剛流の代表的な剣客である岡田十内について、詳細に記されている『戸田剣術古武道史』。ちなみに、永井義男著『剣術修行の旅日記 佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む 』(朝日選書)で知られる、佐賀藩士で鉄人流の免許であった牟田文之助が、安政2(1855)年3月、十内の道場を訪れ、他流試合を申し込んでいる。牟田文之助の記述では、やんわり断られたとのこと。ちなみにこのとき文之助25歳、対する十内は63歳であった・・・


 夜、稽古。

 柳剛流の剣術形、切紙記載の「右剣」「左剣」から目録記載の「相合剣」までを、じっくりと復習。

 難しいが、しかし実に楽しい。稽古というのは、こうでないと(笑)。

 (了)
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昇級審査にて/(武術・武道)
- 2015/03/05(Thu) -
 最近、稽古の優先順位は、1.柳剛流、2.手裏剣術、3.空手道、4.その他、となっている。

 ま、こればっかりはしょうがない。人生には常に、なんらかのトリアージが必要だ。

 おまけにここしばらく、年度替り前後の締め切りラッシュで、生業である売文が、もうにっちもさっちもいかないほどの忙しさである・・・。

 そんなこんなで、昨日は3週間ぶりに空手の稽古に出たのだが、なんとこの日は、昇級審査の日であった!

 私はもう、「級」の時代ははるか彼方のお話なので受審するでもなく、さりとて準備や進行要員でもない。結局、小一時間ほど基本や移動をやったあと、審査を見学することに。

 今回受審するのは、下は就学前のちびっ子から、上は70代の方まで幅広い。


 さてそこで、特に空手道を始めて1~2年の、小学生以下の子供たちを見ていて思ったこと。

 全体的にどの子も、手技より蹴りの方がうまいんだよねえ・・・。

 一般的に、というか昔は私が学んだ流派では、「足技3年の手技3月」などと呼ばれていた。つまり、突きや受けに比べると、蹴りというのはそれくらい習得が難しいのだよ、ということである。

 ところが子供たちの動きを見ていると、突きや受けなどはそれなりに稚拙でぎこちないのだが、前蹴りなど、しなやかに足が伸び、中足もしっかり返っていて、結構上手な子がかなり多いのだ。

 これってどうなんでしょう? サッカーとかが普及した影響とかあるのかね? あるいは、子供たちの身体特性が変わってきたとか・・・?

 ま、たまたま蹴りの上手い子が多かったというだけの事かもしれないが。


 蹴りの上手い下手には直接関係ない話だが、過日、ある医師と話をしていたときに話題になったのだが、最近の子供たちは正座はもちろん、蹲踞ができない子が結構いるのだとか。さらには、「しゃがむ」という姿勢そのものが、取れない子がいるのだという。

 「洋式トイレが普及したことが大きいのかもしれません。このため、日常生活で"しゃがむ”という姿勢をとらなくなったのですね。しゃがめないのですから、さらにバランス感覚が必要な蹲踞など、できなくなってしまうのでしょう」とのこと。

 一方で蹲踞という姿勢は、子供や高齢者など、比較的虚弱な人には、バランス感覚や下肢を鍛えるという点で、非常に有益な動作・姿勢なのだと、その医師は強調していた。

 蹲踞や正座ができないというのは、我々、オールドエイジの武術人にとっては想像の埒外であるが、身体の所作などというものは、ほんの20~30年もすれば変わってしまうものなのであろうなと、しみじみ思った次第。

 というわけで、ちびっ子たちは、もっと相撲をやりなさい!

 まじめな話、相撲って、子供たちの体作りにはすごくいいのだと思うけどな。

 (了)
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多忙な春/(身辺雑記)
- 2015/03/04(Wed) -
 先ほど、某大学教授のインタビュー原稿を入稿。とりあえず平成26年度末の超多忙進行は、前半の山場を越えた。

 おかげでここ数日、まったく稽古ができず体がいささか重いが、さすがにこの時間から稽古をするわけにもいかぬ。

 熱燗でも引っ掛けて、寝るしかない(苦笑)。


 明日からは、一般向けの介護保険本の改訂作業と、高齢者の健康増進のためのヘルスケア本の執筆を開始しなければならない。どちらも雑誌や新聞の記事に比べ、ボリュームのある単行本の仕事なので気合を入れていかないとならん。

 なにはともあれ、明日は久々に空手道の稽古に出られるであろう。

 柳剛流剣術の形もみっちり復習しなければならぬし、毎年恒例の手裏剣術の演武会もあと1ヶ月後だ。

 ま、とりあえず飲んで寝よう。

 (おしまい)
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Rock 'n' Rollの御伽噺/(映画)
- 2015/03/02(Mon) -
 むかし、むかし、あるところで、黒ずくめの悪~いバイク乗りが、ロックの歌姫をさらい、平和な街を荒らしたんじゃ。
 
 ところが、その歌姫の昔の恋人だった流れ者が、街に帰ってきたんじゃよ。

 そしておとなしい街の人々も、銃を手に平和のために立ち上がったんじゃ。

 いつの時代も、暴力で、自由を奪うことなどできないのじゃよ。





 それから28年後。

 流れ者は再び街に戻ってきた。そこで恋人と同じ歌を、娘が歌うのを見守っていたんじゃ。




 お若いの、これが20世紀の、本物の男ってもんなんじゃよ。

 (おしまい)
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ワクチンと水銀に関するデマについて/(医療・福祉)
- 2015/03/01(Sun) -
 以前のブログで、医療系トンデモの話を書いたのを読んだといって、昨夜、知り合い(二児の母親)から、こんな電話があった。

 「去年、子供にインフルエンザワクチンを打ったのだけれど、ネットを見ていたら猛毒の水銀が入っていると書いてあったんだよね。大丈夫なのかな。おまけにワクチンに入っている水銀が、子供の自閉症の原因になるともあったんだけど・・・」

 なるほど、ワクチンがらみの水銀デマというのは、いまだに信じて悩んでいる人がいるのだね。ここは医療記者の端くれとして、いたずらに不安をあおるデマを撲滅し、正しい医療知識の啓発をせねばなるまい。


 さて、まず結論から先に言うと、

 1.インフルエンザワクチンなどに含まれる水銀(エチル水銀)は、子供にも大人にも無害である

2.水銀を含むワクチン摂取と子供の自閉症などの発達障害には、科学的な関連性はない


 ということ。

 なので、心配することはありません。毎年ちゃんと、予防接種を受けましょう!

 むしろワクチン接種をしないことで、インフルエンザに罹って死亡したり、重い後遺症を患ったり、インフルエンザに罹った人がそれを拡散させ、結果として高齢者を死亡させてしまうリスクの方が、はるかに高いのだから。


 さて、ワクチンに含まれる「エチル水銀」が人体には無害であり、子供の発達障害にも関連性がないというのは、世界保健機関(WHO)、厚生労働省、米国科学アカデミー医学協議会( Institution Of Medicine : IOM )など、国際的に信頼性のある保健・医療機関共通の見解である(出典は文末に)。

 そもそもワクチンに含まれるエチル水銀は、細菌に汚染されたワクチンを接種することによって子供が死亡してしまった事例から、ワクチンの保存剤として60年ほど前から使われるようになったものだ。

 エチル水銀は体内に入っても非常に早く排出され、しかもワクチンに含まれる量はとても微量なことから、人体には無害なものなのである。

 医学的にエチル水銀の人体への毒性は、「局所の発赤や腫脹などの皮膚過敏症がみられる程度」で、それ以外の副作用などは認められていない。

 一方で「メチル水銀」は、非常に強い毒性を持つ。

 メチル水銀は、体内に摂取されると脳や神経系に移行し、重い中毒症状を示す。おまけに、なかなか体内から排出されず長期間体内に残存し、たとえば妊娠している場合など、母親が無症状でも子供に障害が現れることもある。

 その典型的な例が、みなさんご存知の水俣病だ。

 このように、エチル水銀とメチル水銀を混同することから、「ワクチンには、猛毒の水銀が含まれている!」というデマが、いまだに後を絶たないのだろう。

 ま、エチルアルコールとメチルアルコールを間違えて飲んじまう、粗忽な酔っ払いと同じような話なわけです、ワクチンと水銀に関するデマというのは(笑)。

 また、こうしたデマをさも真実のように伝え、人々の不安をあおる非常に悪質なホームページ(http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-240.html←あまりに悪質なので直リンはつけない/以下、悪質例については同じ)や、医療や環境に関する陰謀論を煽ることをメシの種にしている、記者の風上にも置けないエセジャーナリスト(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E7%80%AC%E4%BF%8A%E4%BB%8B)、反医学を標榜するホメオパシーを信じる人々などは、毎日の生活の中で真面目に医療に携わる医療関係者やジャーナリストに比べると、はるかに一般の人向けのデマ宣伝に熱心なので(なぜなら、それが彼らの商売=お金になるから!!)、異常な熱意で、デマを拡散させる。

 ゆえに、ネットや三流ジャーナリスムの世界では、悪質なデマの情報量が圧倒的に多数となり、こうした間違った情報を信じてしまう人が後を断たないのである。

 これは何度でも繰り返すけれど、

 このような悪質なデマを信じてまともな医療(標準医療)を拒否することは、結果として医療ネグレクトにつながり、助かるはずの命が失われてしまう危険性が高い。

 そして、こうした医療ネグレクトの被害者になるのは、多くの場合、子供や高齢者などの社会的弱者である。大切な人たちの命を守るためにも、まともな大人は、医療や健康に関する悪質なデマや陰謀論に惑わされてはならない。

 ことに子供を持つ両親は、適切で標準的な科学・医療の知識を持って、子供たちの成育を担っていく義務がある。


 さて、ワクチンに含まれるエチル水銀と発達障害の関連については、1980年代後半からアメリカで取りざたされたため、その後、多くの科学者や医師が調査と検討を重ねた。

 その結果、最終的に2004年、米国科学アカデミー医学協議会は、「チメロサール(エチル水銀)を含むワクチンの接種を受けることと自閉症との間の因果関係については、否認することが根拠によって支持される」、つまりエチル水銀を含んだワクチン接種と子供の発達障害には、関連性はないと発表した。

 このように、ワクチンに含まれるエチル水銀は人体には無害なのだが、近年、水銀を含まなくても細菌汚染のリスクが少ないワクチン摂取ができるようになってきた。

 そこでWHOも厚生労働省も、米国や欧州でも、「今後はなるべく、エチル水銀入りのワクチンは使わないようにしていくのがベストでしょう」という方向性になっているのである。

 現在、病院や診療所によっては、エチル水銀を含まないワクチンを接種してくれるところもあるので、「エチル水銀は無害と言われても、どうしても気になる」という人は、かかりつけの医師とよく相談するとよいだろう。


 最後に蛇足だが、まめ知識をひとつ。

 体重20kgの6歳の子どもに投与される、エチル水銀入りのインフルエンザワクチン1回分には、多く見積もって2μg/kgのエチル水銀が含まれている。

 これに対して、天然クロマグロの握りずし1貫には、その4倍以上(!)の8.25μgのメチル水銀が含まれているのである。

 つまり天然マグロの握り寿司を1個食べると、インフルエンザワクチンに含まれるエチル水銀よりも、はるかに危険なメチル水銀を、しかも4倍も摂取することになるのだ。

 (野暮を承知で書いておくが、いうまでもないことだが天然マグロの握り寿司を食べても、人体に害はない!)

 ワクチンと水銀のデマを信じる人は、きっと天然マグロの握り寿司は絶対に食べないのだろうし、もちろん自分の子供にも食べさせないんだろうな(苦笑)。

 なんてったって、エチル水銀よりも遥かに毒性の高いメチル水銀が、握り1個に4倍も含まれているのだからね。桶で食ったら、それこそ大変なことになりますぜ(嘘)。

 ちなみに私なら、天然マグロの握り、20個でも30個でも食べるぜ。誰かが、奢ってくれるならね。

1502_マグロ
▲個人的には、大トロよりも赤身の方が好き・・・


(出典)
■保存剤(チメロサール等)が添加されている新型インフルエンザワクチンの使用について(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/infu090918-04.pdf

■チメロサールとワクチンについて(横浜市衛生研究所)
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/eiken/idsc/disease/thimerosal1.html

■チメロサールについて(ふくはらこどもクリニック)
http://fukuhara-kodomo.com/yobo11.html

(了)
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