再び、ベーデン=パウエル卿は言った・・・/(身辺雑記)
- 2015/08/31(Mon) -
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 先週の木曜日、いつもよりブログのアクセス数が増えてるなあと思ったら、今日のアクセス数はさらに増えている。どこかにリンクでもされたのかねえ・・・。

 なぞは深まるばかりです。


 一昨日、翠月庵の稽古は雨で中止。「翠雨」という雅号が雨を呼ぶのか? せっかく手裏剣の切先砥いでおいたんだが。

 昨日は、国際水月塾武術協会本部にて、柳剛流の剣術・居合・突杖・長刀の稽古。さらに加えて、前月からは柔術の稽古もつけていただく。

 本格的に柔術の稽古をするのは久方ぶりだが、やはり柔の稽古は楽しい、そして痛い!(笑)。

 4時間ほどの稽古のあと、私用で地方に移動し某所に宿泊。

 本日の夜、武州の草庵に帰る。

 明日は午前中から江戸で打ち合わせ、今週末頃には内閣官房の取材もあり。多忙である。

 にしても、なんで急にアクセスが増えてんのかねえ・・・。

 (おしまい)
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ベーデン=パウエル卿は言った・・・/(身辺雑記)
- 2015/08/28(Fri) -
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 おや?

 どういうわけか、本ブログの昨日のアクセスがいつもより倍近く増えてる。

 机の上にある、スミス・ウェイト・センテニアル・タロットのポケット版をひと手繰りすると、「安寧のために、備えよ常に」とな・・・。


 全然関係ないが、先日、甥が無事誕生。

 ま、めでたい。

 
 一方で、以前から愛読していた『天文古玩』さんのブログ(http://mononoke.asablo.jp/blog/)が、しばしお休みとのこと。リフレッシュされての再開を、強く期待したい。

 (おしまい)
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指の逆/(武術・武道)
- 2015/08/26(Wed) -
 過日、剣術の合同稽古の際に、参考技として剣術の体捌きを応用した当身を少々解説した。

 その際、多くの人が日本柔術特有の、親指を握りこんだ拳の当身に対して違和感があるようなので、なぜにそのような拳形なのかを説明するため、いくつかの「指の逆」を実演。

 他者に指の逆を掛けるのは久しぶりだったのだけれど、いやまったく、よく効くもんだと再認識した。

 私はけっこうなチビなのだが、ぱっと指を捕って上下に極めると、6尺近い大柄な剣術家も簡単に制することができるのだから、なんとも痛快である(笑)。

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▲葛飾北斎作『北斎漫画』に描かれた、指の逆など


 指の逆は、やわら取りにとっては「業以前の技」とも言えるごく基本的な素養だけれど、シンプルで効果が高いので、ぱっと極めて軽くぽんと当身でもくれて逃げれば、護身術としては最適であろう。

 ことに、「そういう技があることを知らない相手」には、実によく効くものだ。

 まさに「兵は詭道なり」ということか。

 やわら取りでなくとも、指の逆というものがあるということは、武術・武道をたしなむ者ならば知っておいて損はないだろう。

 (了)
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夏期休暇/(身辺雑記)
- 2015/08/25(Tue) -
 土曜。

 午後遅くに大井町に出て、まずは連れ合いと落ち合い、「とりさく」にて名残の鱧を肴に獺祭で一杯。

 ほろ酔いの心持ちで向かった高座で、圓朝作 『真景累ヶ淵』の「豊志賀の死」を鑑賞。志ん朝とも歌丸とも違う演出で、なかなかに聞かせてくれた。

 高座の後は、生しらすと生桜えび、落語談義を肴にさらに一献。武州に帰り着いたのは、日付が変わる頃であった・・・。


 日曜。

 本日は、自宅でのんびりと過ごす。

 昼前に起きて、とりあえず地元の「砂場」で、天ぷらを肴に文楽でまず一献。太打ちの田舎そばで〆るも、いま少し飲み足りないので、やはり近隣のカフェでキリン・ハートランドを2杯ほど。

 午後は、フランク・スレード中佐お気に入りのジョン・ダニエルをなめながら、勅使河原宏監督の名作『利休』を鑑賞。三國連太郎演じる利休が、水盤に梅を飾るシーンは、何度見ても息を呑むほどの美しさだ。

 夕暮れ時、ノリを利かせた洗い立ての浴衣に着替え、地元の名店「やきとり市場」へ。ここのカシラとネックは世界一、いや宇宙一うまい。今晩はちょっと気分を変えて、濃厚な梅酒をロックで。一杯、また一杯と晩夏の夜が更けていく・・・。


 月曜。

 サントリー美術館へ曜変天目を鑑賞しに行く予定だったのだが、諸般の事情で予定変更。

 アメ横でわが心の中田商店を冷やかした後、徳大寺を参詣。「山家」のトンカツを食べはぐったのだが、かわりに「世界の山ちゃん」の手羽先をお持ち帰り。武州へ下るグリーン車中、手羽先をつまみに角ハイボールを一杯。

 夕食は、地元にある仙台牛タンの専門店「奥州 仙台家」へ。

 仙台牛タンは取材でもずいぶん食べたけれど、味、料金ともに、この店に及ぶところはない。都内で開業すれば、超人気店になること間違いなしの最高級の味わい&コストパフォーマンスなのだが、こんな武州のはずれでひっそりと営業しているのが、客としてはうれしくもあり、残念でもある。

 キリンのハートランドと共に、超肉厚で慈味あふれる牛タンを満喫しつつ、私たちの夏休みはおしまい。


 旨い酒と旨い料理、極上の話芸と名画を楽しみ、のんびりと過ごした休日。いやまったく、酒呑みに生まれてよかった。

 さて火曜からは、稽古も仕事も平常運転だ。

 やるべし!!(by儀作)

 (おしまい)
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遊びをせんとや生れけむ/(身辺雑記)
- 2015/08/22(Sat) -
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 今年はお盆の期間中、土日しか休めなかったため、明日から3日間、改めて遅い夏休みである(といっても、土日に月曜休みをくっつけただけだが・・・)。

 このため今晩は、久々の徹夜。

 あと2000文字、看護師向けの専門誌に掲載する、認知症高齢者の摂食嚥下障害とその支援に関する記事を書かねばならん。

 ペラで10枚程度の原稿、集中すれば一刻もあれば書ける・・・、はずなのだが最近とみに集中力が低下しており、若いころに比べると執筆速度がどんどん遅くなっている。おまけに、こんなところで駄文を書いているものだから、ますます原稿が進まない(爆)。

 ま、夜明けまでには、書き終わるであろう、多分。

 そうすれば休暇だ。

 この3日間は、稽古もしない(キリッ。

 旨い酒を飲み、旬の味覚を味わい、本物の大名物を間近で鑑賞し、高座で名人の噺を聞く・・・。

 というわけで、深夜の抹茶でカフェインを補給し、もうひと踏ん張り机に向かおうか。


 ~遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ~(梁塵秘抄)

 (おしまい)
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幻の木太刀/(柳剛流)
- 2015/08/21(Fri) -
 8月の恒例行事である岐阜での手裏剣術講習会と合同稽古もつつがなく終わり、翠月庵としては年末の手裏剣術講習会・合同稽古・忘年会まで、特段大きな行事などはない。

 そこで再び柳剛流の調査・研究にも注力したいところである・・・・が、現状で第一の調査目標としている、「往時、当流の稽古に使われていた木太刀はどのようなものか?」というテーマについては、いささか壁に突き当たっている。

 柳剛流の稽古に用いられていたと伝えられる木太刀の現物については、今のところ深井派師範家に伝えられて現存しているものが複数あり、それについては本ブログですでに報告した通りだ。

 できれば、この深井師範家以外にも伝承されている実物を実見し、複数の伝系の柳剛流の木太刀を比較・検討したいと思うのだが、これがなかなか見つからないのである。

 これもすでに本ブログで報告しているとおり、現在、幸手市で稽古を行っている先生方を通して、岡安派のO先生に「往時はどのような木太刀で稽古をされていたのか?」などについて問い合わせをお願いしているのだが、O先生は現在療養中とのことで、なかなかお返事がいただけない状況である。

 また最近、『幸手剣術古武道史』や『戸田剣術古武道史』の著者で、武州一帯に普及した柳剛流の事跡研究についての第一人者である辻淳先生に、再びお話を伺う機会を得たのだが、県内各地の柳剛流関係者の家々を数十年に渡って訪ね歩き調査した先生も、「深井師範家以外で、柳剛流の木刀は見たことがない・・・」とのことであった。

 その上で、岡田十内のご子孫の方が、家伝の柳剛流の資料を一括して戸田市に寄贈しているとのことで、その内容を調べてみたが、差料や伝書、門人録などはあるものの、木太刀はないとのことである。

 こうなると、後は柳剛流に関する資料等を伝承している家々や関係者に、しらみつぶしに当たってみるしかないのかと思うのだが、目当てもなくしらみつぶしにとなると、とにかく手間と時間がかかり、日々の生業と実技稽古の合間を使ってそれを行うのは、なかなかたいへんなことなのだ(苦笑)。

 ま、こうなったら、気長に調べて問い合わせていくしかあるまいね。


 一方で私の調査は、現在武州を中心にしているが、角田や登米といった、仙台藩伝柳剛流の本拠地たる宮城県内の調査に取り掛かれば、木太刀も見つかるかもしれないと、淡い期待をいだいている。

 こうなると問題は、そのための時間と予算をどう作るかということだ。

 1週間くらいかけて、宮城県内を訪ね歩きたいところだが、貧乏暇なしの物書きには、なかなか難しいところである。今年の冬あたり、青春18きっぷでも使って、じっくり当地を訪ねたいと思うのだが・・・・、角田や丸森の最寄り駅はJRぢゃあないんだよな・・・。

木太刀2
▲柳剛流深井派師範家に伝わる当流の木太刀。直刀型で長さは4尺2寸5分~4尺4寸2分。柄部分を1尺と考えると、3尺2~4寸の刀に相当する

 (了)
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彼岸へ/(身辺雑記)
- 2015/08/18(Tue) -
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 今夜、拙宅の隣を流れる川で、灯篭流しが行われた。

 亡き人々の魂が送られて、夏も次第に過ぎゆく。


 さよならの時に
 うろたえてはいけない
 別れは再びめぐり逢う前に
 なくてはならないものだから
 そして再会の時は必ずやってくる
 君とその友人のために
 ある時間を経て
 いくつかの人生を巡った後に
 必ずやってくるものだ

 「イリュージョン」(リチャード・バック)


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 (了)
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2015年夏、手裏剣術講習会・納涼会・合同稽古/(武術・武道)
- 2015/08/17(Mon) -
 先の週末は、毎年恒例となっている翠月庵の夏のビッグイベント(笑)、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会の皆さんとともに、手裏剣術講習会、納涼会、そして合同稽古を満喫した。

 私は今回、久々に青春18きっぷで中津川へ向かった。

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▲『おとなの青春18きっぷの旅 2015年夏季編』(学研)、好評発売中。本書P60~の「甲信の銘酒を味わうほろ酔い旅」を執筆しました


 4ヶ月ぶりに訪れた中津川は、拙宅のある武州と比べると、2~3度涼しい感じである。

 駅で中津川稽古会代表のO先生と合流し、途中、しこたまビールと酒を買い込んでO先生のご自宅へ。ひと休みしてから、まずは手裏剣術講習会。

 中津川稽古会の皆さんは、すでに2~3間での打剣のできる人が多いのだが、今回は手裏剣術初体験という方が4人ほどいたため、まずは長剣で1~2間の距離からの基本的打剣を指導。

 一方で、今回の手裏剣術初体験者の皆さんは、剣道の熟練有段者の皆さんでもあることから、順体での打剣を中心に指導を行う。最終的には、直径8~9ミリ・長さ200ミリほどのシンプルな棒手裏剣で、2間をかなりの威力で打つことができるまでになった方もいたのは、講習会の指導者としてはうれしい限りであった。

 また、同じく手裏剣術初体験の方のうち、1名は空手道をやっていた方なので、こちらの方には基本の後は逆体で空手の突きの動きを生かした打剣を指導。長剣・2間で、やはり威力のある打剣ができるようになった。

 翠月庵の手裏剣術の基本的な打剣は、順体・逆体・歩み足と3つに分類しているが、やはり剣術や剣道の素地がある人には順体、空手道などの打撃系武道の素養のある人には逆体での打剣が、より親和性が高いという点を、今回の講習会でも改めて確認することができた。

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▲熟練した剣術・剣道家には、圧倒的に順体での打剣が適している


 手裏剣術講習会の後は、おまちかねの納涼会。バーベキューを楽しみながら、ビールや日本酒を堪能。武術談義に花が咲く。

 そして私はいつものごとく、鯨飲の末、途中から記憶を喪失。さて、今回はどんな暴言・失言をやらかしたのであろうか・・・、やれやれ。


 翌日、朝食後、近隣の公民館にて、中津川稽古会と翠月庵との合同稽古。

 今回は基本稽古の後、私が指導を承り、皆さんに剣術形の分解と統合について稽古してもらう。古流の形は、まず伝承として師から教えを受けたままの形を、一挙手一投足たりとも変えることなく、学び受け継がなくてはならない。一方で、その形で表現される理合や術としての運用法は、稽古者がよく吟味し、解体と再構築を繰り返しすことで、学びやき気づきが生まれるものだ。

 1つの形を正しく伝承する。一方でその形(業)の理合を考えながら、試みとして時にその挙動を解体し、そして再構築をする。そういった学びの方法論の1つを、皆さんに体験してもらえればと考えての稽古を行ったのだが、はたして楽しんでいただけたであろうか・・・。

 約2時間、たっぷりと汗をかいて、稽古は終了。昼食の後、帰路につく。

 今回も、充実した2日間を過ごさせていただき、O先生をはじめ中津川稽古会の皆さんには、たいへんお世話になりました。ありがとうございます。

 次は、12月の合同稽古・忘年会でお会いしましょう!

 (了)
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西へ/(身辺雑記)
- 2015/08/15(Sat) -
 さて、書くべき原稿はすべて書いた。

 無銘備前と手裏剣、木太刀と稽古着、サン=テクジュペリの文庫とウイスキーを鞄に詰めて、2日間の武者修行へ。

 今回は初心に還って、18きっぷで鉄路を西へ。

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 「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」(『津軽』/太宰治)

 (了)
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晩夏夜想/(身辺雑記)
- 2015/08/14(Fri) -
 昨日、空手の移動稽古中、はたと「柳剛流独自の体捌きには、さまざまな意義・理合が秘められているのだが、そのひとつに打ち込み(斬撃)の際の居着きを無くすという意味もあるのではないか?」と思い至った。

 そこで本日は、この点を念頭に置きながら、剣術・居合・突杖・長刀を稽古。一挙動、一挙動に秘められた、多様な「理」や「法」を味わいながら汗をかく。

 それにしても、居合をみっちりやっておくと剣術や長刀の動きが軽快になり、長刀の形をやりこんでいると剣術や居合の捌きが容易になる。総合武術というのは、こうした相互作用がおもしろい。ことに柳剛流は、剣・居・長刀に共通する体捌きがあり、それらが真・行・草といった趣きで連関しているので、特にそれを強く感じる。

 さらに、これは個人的な研究課題だけれど、この柳剛流的な独自の体捌きを、手裏剣術の打剣に応用してみたらどうなるだろうか? なかなかに興味深いテーマである。これについては、翠月庵の今年の下半期のテーマにしてみようかと思っている。

            *  *  *  *   *  *  *  *   *  *  *  *  

 先週から今週にかけて、広島や長崎への原爆投下日があり、この週末は終戦記念日である。

 そんななか、某ネズミがキャラクターのテーマパークの会社のツイッターで、長崎に原爆が投下された日である8月9日に、原爆投下について触れていなかったことについて、批判が集まっているとか・・・。

 なんとも情けない、度量の小さい話である。

 では12月8日には、毎年日本の主な企業はすべからく米国民にお詫びのツイッターを書いているのか? あるいは重慶爆撃が行われた日には、日本中の観光施設は中華人民共和国と中華民国の人民にお悔やみのツイートを発信しているだろうか?

 言っちゃあ悪いが、たかがテーマパークのツイートに戦争における加害についてのお詫びがないというだけで、それを鬼の首をとったように批判するというのは、あまりに自己憐憫的、小人的で情けない。

 そもそも、こちらの負け戦なのだ。

 成熟した大人ならば、黙って死者を悼み、心静かに平和を祈ればよい。

 「あやまれ! 詫びろ!」と、ヒステリックに連呼するほど品位が下がる。そういう廉恥心がないのだろうか?

 日本人とは本来、「恥を知る」ことを美徳としていたはずなのだが・・・。

            *  *  *  *   *  *  *  *   *  *  *  *

 卜占などを趣味・特技としていると、時折、「やっぱり霊感とか強いんですか?」などと聞かれる。

 そこで、「まったくありません! そもそも霊とか、まったく信じてませんから(キリッ!」っと答えると、たいがい非常に残念そうな表情で見られてしまう(笑)。

 なぜか多くの人は、「霊感」なるものがないと卜占などはできないと勘違いしているようだが、そんなことはまったくない。

 易だろうがタロットだろうが、気学でも西洋占星術でも、必要なのは各占術の理論に基づいた演繹的アプローチ、そして直観力と洞察力である。あとは少々、コールドリーディングのセンスがあれば十分だ。

 そこに、霊とか神とか魂とかいう、抹香臭いものは必要ないのである。

 たとえば、周易では「易神」という表現をよく使うが、それはいわゆる神(GOD)ではなく、太極、両儀、四象、八卦という陰陽の変化循環の作用=宇宙の生成・発展・調和・統整の原理そのものを指す。

 だからこそ易経は単なる卜占の書ではなく、老荘思想や儒学においても重要な哲学の書として、二千年以上読み継がれているのだ。


~易は天地と準(なぞら)う。故に能く天地の道を弥綸(びりん)す。仰(あお)いでもって天文を観、俯(ふ)してもって地理を察す。この故に幽明の故(こと)を知る。始めを原(たず)ね終りに反る。故に死生の説を知る。精気は物を為し、游魂は変を為す。この故に鬼神の情状を知る~(繋辞上伝)


 (了)
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『CAGLIOSTRO TAROT』/(身辺雑記)
- 2015/08/11(Tue) -
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 『CAGLIOSTRO TAROT』は、イタリアはトリエステに工場があるという、老舗のカードメーカーのモデアノ社が製造している。

 大アルカナはエジプト風の絵札、コートカードや小アルカナはトランプ風となる78枚のフルデッキだ。

 1995~2000年くらいまでは、かのアレクサンドリア木星王師の「魔女の家」で販売されていたが現在は絶版である。

 それほど人気のあるデッキではないと思うのだが(だから絶版なのだろう・・・)、私のような物好きが今更欲しがるからか、アマゾンで見ると、現在アメリカからの取り寄せで新品が8万円(!)、中古でも1万円以上する。

 もともと、このようなエジプト系のタロットはあまり好みではないのだが、占断における季節や日時を即断するという点で、このデッキは使いやすいかなと感じていた。

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 卜占において、日時の見立てというのはなかなか切実な問題で、たとえば「恋人ができますよ」という占断をすると、依頼人は必ず「それは、いつですか?」と質問してくる。ま、これは当然であろう。

 周易であれば、白蛾の定月会局や十二消長卦で月を割り出すなり、爻変の位置で週や日時を判断する、小成卦の日時への照応を見るなりして、比較的明確かつ具体的、即断的に時期や日時を導き出すことができる。

 一方でタロットの場合、年月や日時を導き出す方法が、しっかりと確立されていないのが泣き所だ。

 スプレッドの方法により、「近い過去」「遠い将来」など、ある程度の時期を示した位置に出るカードで判断することが一般的だろうが、ことに他者占において依頼人は具体的にいつ"それ”が起こるかを知りたいわけで、その疑問に即座かつ明確に答えられないようでは、占い師としてはまだ四流である。

 タロットによる日時の割り出しは、大雑把には小アルカナのスートごとの属性で季節や年月日などを見立てることができるし、占星術との照応によって10日前後の範囲内で時期を知ることができる。

 ただ、これらの照応をすべて暗記するのは私のような凡俗には到底無理なので、そのたびに手控えを参照しなければならないのは、結構面倒くさいものだ。

 この点で、 『CAGLIOSTRO TAROT』が便利なのは、大小アルカナそれぞれに当てはめられた日付が、カードに一目瞭然で示されていることだ。

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 大アルカナと月の照応は、たとえば19世紀フランスの隠秘主義者・パピュの指定とおおむね一致している。

 小アルカナと日の照応については、これは占星術との関連といっても人によってかなり当てはめる月と日にばらつきがあり、一概にこれが絶対という基準は見出せない。このため、占者がそれぞれ自分の基準を定めておくしかなかろうと思う。

 そういう意味でも、 『CAGLIOSTRO TAROT』は、カードにあらかじめ日付が割り当てられているので、ある意味割り切って占断しやすいといえよう。


 さて、この 『CAGLIOSTRO TAROT』、上記のように占断において年月日時の割り出し便利だなあとは思っていたものの、「絶対に手に入れたい」と思うほどのものでもなかった。

 おまけに絶版のため、冒頭に記したようなプレミア価格で取引されており、正直言って新品で8万円どころか、中古で1万円でも、あえて欲しいというほどのデッキではない。

 ところが先日、なに気にヤフオクを見ていたら、鴨せいろ2枚分ほどの値段で出品されており、しかも誰も入札していなかった! これはラッキーと思い早速入札すると、バトルになることもなく、当初入札価格で落札ができたというわけだ。

 手元に届いたカードは、思いのほか程度のよいものであった。一方でそもそもの紙質は悪く、ロ・スカラベオ社の製品などに比べると、正直粗悪とさえ思えてしまうものである。

 添付のブックレットは、米国の大手カード会社社長でタロット研究家としても名高い、スチェアート・キャプランによるものだ。ツラツラと目を通してみると、このデッキが最初に発行されたのは1912年とのこと。意外に古いのだね。

 手にとってみると、大アルカナがエジプト風の隠秘学的な絵札なのに対し、小アルカナはトランプ然とした実にそっけない絵柄であり、そのギャップがとても激しい。もともとまったく別の大アルカナと小アルカナを、むりくり組み合わせたのかと思えるほどだ。

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 タロットのエジプト起源説というのは、とうの昔に否定されているわけで、そういう意味で同じような系統のデッキを実占であえて使うのであれば、個人的にはエッティラ版の方が好みだなあというのが、実際にカードを手に取った上での正直な感想である・・・。


 ま、「コレクション」というほどではないけれど、趣味のデッキ集めの1つとしては、まずまず満足できるものであった。

 (おしまい)
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『理心流異聞』/(柳剛流)
- 2015/08/10(Mon) -
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 司馬遼太郎の『理心流異聞』は、昭和42(1967)年に発表された短編小説である。

 現在は、講談社文庫の短編集である『アームストロング砲』の中の一編として読むことができる。本作は沖田総司を主人公に、松月派柳剛流の剣士との立合いをテーマにした小編だ。


 柳剛流には多数の分派があるのが特徴だが、史実にあたれば「松月派」というのは無いようで、作者の創作であろうことが伺える。また作中で、岡田十内を思わせる人物が「岡田喜内」となっているのは、おそらく作者が意図的に書き換えているのであろう。一方で、流祖・岡田惣右衛門奇良の生地を蕨とするなど、明らかな間違いも少なくない。

 とはいえ、何しろこの作品は近代における柳剛流研究の嚆矢ともいえる、森田栄氏著の『日本剣道史 第十号 柳剛流研究その1』の発行よりも6年も前に書かれたものであり、こうした誤謬の数々も止むを得ないだろう。

 しかも、そもそものところでこの作品は論文や研究書ではなく、フィクションたる「小説」であるからして、史実の誤謬にいちいち目くじらをたてても仕方があるまい。


 また当然ながら、本作は天然理心流の沖田総司が主人公なので、敵役である柳剛流がしっかりとdisられているのは言うまでも無い(苦笑)。

 たとえば、

「-当時、柳剛流は江戸の剣客のなかでは評判がよくない外法(げほう)とののしる者もあり、『百姓剣法』と悪口する者もいた」

「異様に長い竹刀で相手の足ばかりをねらうために、いかにもなりがわるく、観る者もそのぶざまさに失笑したり、それが意外にも勝ち進むために、ひそかに舌打ちをする者もあった」

「柳剛流も、こうして他流のあいだで立ちあわせてみると、いかにも醜い。角力でさえ足を取るのはいやしいとされている」

 などなどである。

 ま、司馬遼太郎といえば、『五輪書』をまともに理解した形跡がない上で宮本武蔵についてdisる作品を書いたり、一方で千葉周作を徹底的に持ち上げる人であるからして・・・、ま、そういうことですな(笑)。

 もっとも実際のところでも、柳剛流が武州から江戸まで関東の剣術界を席捲した江戸後期の当時から、当流の特長である斬足之法については、「卑怯」とか「醜い」といった批判があったようだ。

 このため流祖自ら、

 「世の剣術家は皆、斬足之法があることを知らない。このため剣を学ぶ者は足を斬ることを恥としている。しかし戦場において脚を斬らないという理屈があるだろうか。脚を斬ってくることに備えなければならないのは明白であり、そこで私は斬足之法を創案したのである」(三重県多気郡、奉納額より)

 と、その意義と有効性を強調している。

 ちなみに本作の主人公である沖田総司の流儀である天然理心流にも、「山影剣」に脚斬りの太刀筋があるし、多くの剣術流派において脚斬りはそれほど珍しい業ではないということは、本ブログでも何度か指摘してきた。

 ただ、防具着用での流派の垣根を越えた地稽古や試合稽古が普及した幕末期の剣術界では、共通ルール的感覚というか、言わずもがなの部分で「脚は打たない」という不文律が、多くの剣術家に共有されていたのだろうことは想像にかたくない。

 だからこそ、そのような時代背景の中で、あえて脚斬りを前面に押し立てた柳剛流が地稽古や試合稽古で圧倒的な強さを発揮し、一方で「外法」「百姓剣法」とののしられたというのは、なんとはなしに、かつての空手界におけるローキックの是非に関する論争を想起させる。

 ちなみに伝統派空手道では試合においてローキックは禁止なわけだが、一方で足払いは有効である。このため私などは、試合や地稽古では「限りなくローキックに近い足払い」をよく使ったものだが、それはそれは、よく効く技であった・・・・・・。


~兵は詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓(みだ)し、卑にしてこれを驕らせ、佚(いつ)にしてこれを労し、親にしてこれを離す。其の無備を攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勢、先きには伝うべからざるなり~(『孫子』計篇)

 (了)
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秋風吹く/(身辺雑記)
- 2015/08/08(Sat) -
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 最高気温が35度だと、「涼しいのう・・・」と思ってしまう今日この頃。

 稽古場に吹く風も、今日は何やら秋めいている。

 さすが立秋だ。

 俗世で何が起ころうと、天地の運行はただ粛々と巡っていくか。


 ここしばらく、柳剛流の長刀の稽古に専心していたからか、一重身の切れ味がよく、順体順歩の打剣の調子がよい。

 剣術や体術に比べ、より厳しく厳密な一重身が要求される長刀の稽古が、こういうところに影響するというのが面白い。


 さて来週は、毎年恒例の岐阜での手裏剣術講習会と合同稽古、そして納涼会である。

 今回の手裏剣術講習会は、久々に初心者向けということで、基本の順体打剣と手裏剣術の面白さを実感してもらえればと考えている。

 私自身も、来週末は心休まる故郷に帰るつもりで、2日間の稽古と武友との再会を楽しみたいと思う。


心清ければ、その打剣自ずから強く、巨岩を穿つ~雨遊道人~

 (了)
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柳剛流居合/(柳剛流)
- 2015/08/07(Fri) -
■本日の稽古備忘録

150806_備忘録

 今日は柳剛流の居合をじっくりと稽古。

 なかでも「術」の根本となるのが、1本目の「向一文字」である。

 この業の体捌きは、仙台藩角田伝柳剛流の剣術や長刀の体動にも通じる。

 それどころか、この体動があってこその仙台藩角田伝柳剛流であり、その基盤を作り上げるための鍛錬形が、柳剛流の居合であるとさえ思えてくる。

 小半刻も稽古をしていると、脚がもうぱんぱんになる。

 それでも最近は、以前に比べるとだいぶ自然に体が捌けるようになった気がする。ま、何事も鍛錬ということか。


 ところで稽古の後、刀を手入れしている時、ふと思って刃文の写真を撮ってみたのだが。

 そろそろお盆だし、写っちまったなあ・・・・・・・、

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 壁にかけてある、お気に入りの小面が(笑)。

 (おしまい)
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好みと使用頻度/(身辺雑記)
- 2015/08/06(Thu) -
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       ▲『エイシェント・イタリアン』による、朝の5枚引き


 それなりに気まじめに、そして必死で孤軍奮闘してはいるが、なんとはなしにぴりっとした仕事にならない1日か・・・。

 朝めくって夜見直すのも、卜占の稽古というやつである。


 ロ・スカラベオの『エイシェント・イタリアン』は、カードのすべりがよくたいへん使いやすい。最近、ようやく手にも、そして形而上でも自分になじんできた気がする。

 面白いもので、タロットというやつは、手に入れてすぐにピリッとなじむものもあれば、使いこなすまでに時間のかかるものがある。ま、相性というやつで、これはカードも武芸も、あるいは人間関係も同じかもしらんね。


 これまで使ってきたカードで、手に入れてすぐに心身ともになじんだ一番のカードは『アクエリアン・タロット』だった。

 発表されたのは1970年という、比較的新しいタロットだが、デビッド・パラディーニによるオーセンティックなデザインはたいへん印象的で、20世紀後半の名版タロットといっても過言ではないだろう。

 このタロット、横幅がかなり広く手の小さい私には少々使いづらいのだが、どういうわけか手に入れたその日から、非常に落ち着いて扱えるという感覚が強く、心身によくなじんだ。

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       ▲柔らかいデザインとアンバーな色合いが魅力の『アクエリアン・タロット』


 私がタロットによる卜占を始めたのは、かれこれ30年以上も前の10歳の時からなのだが、その当時の憧れのカードがこのアクエリアン・タロットであった。しかし実際に手に入れたのはかなり後年であり、そういう意味では長年思い入れがあったことも、手に入れてすぐになじんだ要因なのかもしれない。

 ところが面白いことに、実占ではこのカード、あまり使わないのである。

 日常的な実占では、ウェイト版かロ・スカラベオのマルセイユ版(いずれもポケットサイズ)を使うことが一番多く、次いで1JJ版、あるいはドイツ・ウェイト版、時々エイシェント・イタリアンといった風で、アクエリアン・タロットの出番はあまりない。それでも、自分の好きなタロットベスト5には、必ず入るであろうものが、このアクエリアン・タロットなのである。


 自分自身の好みと、実占者としての使用頻度との乖離というのは、なかなかに意味深長だ。武術でもそういうことがあるよなあなどと、一人納得する深夜のひと時であった。

 (おしまい)
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拝観謝絶/(身辺雑記)
- 2015/08/03(Mon) -
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           ▲稽古は見世物ではありません



 稽古場以外での、日々の稽古をどこでどのようにやるのかというのは、なかなかの問題でもある。

 以前の住まいは賃貸マンションの1階で、ちょっとした庭があったのでよかった。しかし5年前から団地暮らしなので、昼間から外で刀や木太刀を振り回すわけにはいかない。ましてや手裏剣などは、当然外では打てない。そこで居合はダイニングで、手裏剣はダイニングと仕事部屋を使ってぎりぎり二間をとって、座打ちで稽古している。

 幸いなことに、柳剛流の居合はかなり狭いスペースでも抜き差しの稽古ができるので、ダイニングでも十分に稽古ができる。また突杖もシンプルで大振りしない技が中心なので、これもまたダイニングでもなんとかなる。剣術については体捌きが激しいのでさすがに屋内では無理だが、備之伝やフセギ十五ヶ条の稽古ならばなんとかなる。

 しかし、長刀ばかりはいかんともしがたい・・・・・・。

 そこで、日が暮れて人目が少なくなってきたころ、さりとて深夜になるとさすがに近所迷惑だったり不審だったりするのであろうから、遅からず早からずの微妙な時間帯を狙って、団地の階段の近くの車が通らない私道で、長刀の稽古に汗を流すこととなるわけだ。

 たまに団地の人が通ったりするが、近隣の人は私が手裏剣術やら剣術やらといったけったいなことをやっていて、しかも自分で稽古場など開いているということも知っているので、特段、好奇の目で見られたり、不審者扱いされることはない。

 ただ時折、団地住民でない人が近くを通ったりすると、頭の天辺から足の先までまじまじと凝視されたり、たまさかに目が合うと小走りで走り去られたりする。

 ことに、剣術や突杖あたりはそうでもないのだが、七尺の長刀をびゅんびゅん振り回していたりすると、通りすがりの人々が必ず立ち止まり、熱い好奇の視線を送ってくるのには難渋する。しかし、こればっかりはダイニングで稽古というわけにはいかないので、やむをえまいとあきらめている。

 ま、人々の好奇と不審のまなざしも、心法の稽古というところか・・・。


 (おしまい)
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月と祈りの島々/(旅)
- 2015/08/02(Sun) -
 昨日まで、雑誌の取材で松島に行っていた。

 松島湾は月の名所として知られる。

 満月の夜、水面に浮かぶ島々の間から月が昇ると、はじめ海面のさざ波が金色に染まる。これを古の人々は「金波(キンパ)」と呼んだという。

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▲水面のさざ波に月光が反射して金色に染まる「金波」


 その後、中天に月が昇ると、水面の月影は銀色に変わる。これは「銀波(ギンパ)」と呼ばれた。

 この「金波」と「銀波」が、今回の旅行記のテーマである。

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▲松島の夜の海が銀色に染まる「銀波」


 最高のロケーションで眺めた松島の金波と銀波は、まさに時の流れを忘れるほどの絶景であった。その昔、芭蕉があまりの美しさに眠ることができなかったという月も、このようなものであっただろうか・・・。


 もう1つ、今回の松島取材で知ったのは、古来、松島は西方浄土をイメージさせる霊場であったということだ。

 今も時折、祈りと共に埋葬された往古の人骨が出土するという、信仰の島・雄島を日暮れ時に歩いた。

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▲雄島の崖に刻まれた、いつの時代のものとも知れない古い摩崖仏


 ひと気の絶えた島には、苔むした石仏やかつて行者が住み暮らしたという石窟、梵字を刻んだ板碑などが点在し、なにか凄愴な気配さえ感じさせる。

 よくある日本三景のひとつとしての松島ではなく、もう1つの顔にふれた旅であった・・・。


 なお今回の旅の詳細は、9月発売の雑誌『Discover Japan 』にて執筆・掲載予定である。

 (了)
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