平成27年を振り返って/(武術・武道)
- 2015/12/31(Thu) -
 門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし
                          (一休宗純)



 さて、いよいよ今年も押し詰まってきた。

 この1年を振り返ってみると、周易でいえばさながら「水雷屯」といった趣の一年であった。屯卦の意をひと言でいえば、それは「創造の痛み」といったところであろうか。

 幸いなことに、この秋から当庵は国際水月塾武術協会の埼玉支部を拝命させていただき、単なる手裏剣術の研修会から、仙台藩角田伝柳剛流をはじめとした古流武術の稽古場としての役割を担うようになったことは、たいへん大きな進展であったといえよう。

 翠月庵としては、すでに4回目となった春の苗木城武術演武会への参加をはじめ、友好団体である戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会との春・夏・冬の合同稽古と手裏剣術講習会、納涼会・忘年会など、定例行事をつつがなく実施できたことはなによりであった。

 なかでも、中津川稽古会の皆さんを対象にした手裏剣術講習会は、この冬で20回以上を数え、皆さん相応に上達されてきたのは、講師としてもうれしい限りである。


 個人的には、手裏剣術に関しては昨年末、 「稽古の日常化/毎日の生活の中での稽古」、「5間の安定化(尺的)」、「3間半での精度向上(八寸的)」、「移動打剣の精度向上」という目標を掲げたが、これらはいずれも来年も継続しての課題としたい。

 一方で、やはり昨年末に会としての課題のひとつとして挙げた 「稽古形と体系の見直し/形の中での打剣について順体・逆体の再検討、手裏剣術における拍子の検討」については、この1年の試行の中で、かなり具体的な手ごたえを得ることができたので、来年中にはそれに基づいた教習体系の大幅な見直しを行う予定である。

 手裏剣術以外では、来年も引き続き柳剛流をはじめとした古流武術の実技研鑽と調査・研究を、積極的に行っていくつもりだ。


 さて、平成27年も、たくさんの方々のお世話になりました。

 師である国際水月塾武術協会の小佐野淳先生には、個人教授にて実技から口伝、武術文化全般にいたるまで、貴重なご指導とご助言をいただき、たいへんお世話になりました。来年も引き続きご指導を賜れること、たいへんうれしく、また光栄に存じます。

 戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生には、今年も変わらぬご厚誼をいただき、また武兄としてさまざまなアドバイスや励ましをいただきまして、本当にありがとうございます。

 貴重な稽古場を提供してくださる家主様にも、心よりお礼申し上げます。


 今年が例年と大いに違ったのは、私自身あるいは当庵は直接は発信していないものの、Twitterのいわゆる武術クラスタといわれる方々の発信する情報には、たいへん刺激を受けました。

 その昔、2ちゃんねるの武板が多いに活況を呈していた時代がありましたが、その後mixiやFBをへて、現在、SNSでの武術・武道関連の情報発信の主流は、Twitterとなっているようですね。

 ありがたいことに本ブログを読んでくださり、Twitterにて紹介してくださる方や、それに対してリツイート(ってんですかね?)してくださる方々などのおかげで、ブログの書き手としてのモチベーションも上がります(笑)。

 ここで改めて、お礼申し上げます。ありがとうございます。

 そしてまた、今年も身近で支えてくれた「S」、ありがとう。

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 それでは来年も引き続き、手裏剣術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願い申し上げます。

 まずは皆さま、良いお年をお過ごしください。

 翠月庵主
 瀬沼健司 謹識 
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稽古納め/(身辺雑記)
- 2015/12/26(Sat) -
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 本日は、翠月庵の今年の稽古納め。

 基本の直打から飛刀術、刀法併用手裏剣術まで、教程を通しての稽古。

 今年も一年、ケガも事故もなく、なによりであった。

■本日の稽古
・手裏剣術基本形(二~五間直打)/順体、逆体、歩み足)
・手裏剣術運用形
・両眼打ち(三間)
・飛刀術Ⅰ(二間直打)/上段、八相、脇構え、切先返、鞘遣上下二刀、抜打
・刀法併用手裏剣術の形
・柳剛流(剣術・居合)
・神道無念流(立居合)

 (了)
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夜長の一服/(身辺雑記)
- 2015/12/25(Fri) -
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 本日は強風のため急遽、日中の予定が変わってしまったので、午後から居室を徹底的に掃除。

 先ほどようやくひと段落がつき、抹茶と団子で一服。

 まだ冬至を過ぎたばかり。

 静かな夜長の茶のひと時が、心地よい。

 (了)
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エルンスト・フォン・バウアー的クリスマスイブ/(身辺雑記)
- 2015/12/24(Thu) -
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 なに~、クリスマスイブに、一緒に過ごしてくれる嫁さんや彼女がいないだと!

 教育してやろう!!


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 とりあえずズブロッカを呑め!

 そして歌え!




 よし、では共にアヴァロンを目指そう。

 (おしまい)
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突杖と秋猴の身/(柳剛流)
- 2015/12/21(Mon) -
 過日、水月塾本部の稽古にて、柳剛流突杖の稽古の際、2本目「ハズシ」の入身について、師より細かなご指摘をいただいた。

 この点を念頭に復習をしていたところ、改めて思ったのは杖の動きに囚われるのではなく、まず体を先に動かすということ。杖はむしろ、体の動きにしたがってついて来るべきであるということだ。

 そんな感覚で「ハズシ」はもちろん、「ハジキ」や「右留」、「左留」の形の復習をすると、想像以上に杖を動かす際の違和感が軽減されるように感じられた。

 稽古後、この感覚をもっと明確にしたいなと思い、書架の武道書をつらつらと眺めていたところ、『五輪書』水の巻の「しうこうの身という事」という一節が目に付いた。

 曰く、

一 しうこうの身といふ事。
 秋猴の身とは、手を出さぬ心なり。敵へ入身に少しも手を出す心なく、敵打つ前、身をはやく入るる心也。手を出さんと思へば、必ず身の遠のくものなるによつて、惣身をはやくうつり入るる心なり。手にてうけ合はするほどの間には、身も入りやすきもの也。能々吟味すべし。


 これはまさに、「ハズシ」の動きのコツそのものといっても過言ではない。

 また、「ハジキ」やその他の形でも、ついつい手先の動きで杖を使い打太刀の刀を張ろうとしがちになるのだが、そうではなくまず体幹から動き、それに杖の動きが追従するような心持ちだからこそ、先をとってくる打太刀の最速の斬撃にも、杖の受けが間に合うということなのであろう。

 「まず体幹から動く」というのは、ある意味、どのような武技でも共通の初歩的な体の使い方であるが、私の場合、どうも杖術には苦手意識があってか、ついつい手先でこねまわしてしまう風があるので、いっそう気をつけねばと再確認した次第である。

 (了)
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『大武道!』/(書評)
- 2015/12/19(Sat) -
 年末進行の原稿ラッシュであるにもかかわらず、不覚にも風邪を引いてしまい、あまつさえ今週は私用で実家の伊豆に2日間も帰らなければならず、今週はほとんど稽古ができなかった。おまけに喉風邪がいっこうに抜けず、なかなかにキツイ。アラフィフともなると、たかが風邪も堪えるものである・・・。

 そんな中、webでちょっと話題になっていた『大武道!』という本を、書店で“立ち読み”してきた。ちなみにこの本は大武道と書いて、「オー、ブドー」と読むのだそうな・・・・・・。

 基本的に、インタビュー対象の人選をさらっと見て、「こりゃあ武道ぢゃなくて、格闘技&プロレス本だよね」というのがありありと分かるので、そもそも買う気はなかったのだけれど、立ち読みして改めてそのまんまの本でした。

 さて、武術・武道をたしなむ者として・・・以前に、出版関係者の立場から考えても、「この本って、どんな人が買うのだろう?」という疑問が、第一の感想である。対象読者のイメージがぜんぜんつかめん。

 取材対象の人選(プロレス・格闘技関連の人々、フルコンタクト・カラテ、保守系評論家、そして・・・甲野さんなど)を見ると、興行系の格闘技あるいはプロレスファンが主な想定読者なのかなあとも思うのだが、そういう階層の人々というのは日本の伝統文化のひとつである「武道」なるものには、ほとんど関心のベクトルが向いていないのではなかろうか?

 作り手としては、「だからこそ、武道というテーゼを、格闘技・プロレスファンに新しい切り口として提案するのだ!」と言うのかもしれないが、そもそもそういう潜在的ニーズが格闘技・プロレスファンにあるのかが大いに疑問である。

 一方で、いわゆる武術・武道関係者・愛好者からすれば、「格闘技とかプロレスとか、別に興味ないんだよね・・・」というのが実際の所ではないか。

 古流武術に携わる人々や、剣道・柔道・空手道などの競技武道を愛好している階層からすると、ターザン山本とか船木とか田村とかコッポウのセンセイだとか(以上、敬称略)、そういう方面の人々には、大多数が興味の接点すらないように思うのは私だけだろうか?

 またもう1つ、作り手のスタンスとして「武道」と「武士道」の境界というか線引きがあいまいであり、本書で捉える「武道」の定義もはっきりしていないので、保守系思想としての「武士道(武道・士道)」を説きたいのか、行為としての「武道(武芸)」を説きたいのかが明確でなくごっちゃになっている。

 そのため第一特集が「恥を知る」というテーマで、主に興行系格闘技やプロレス関係者のインタビューをメインにしたり、あるいは評論家と保守系論者の対談を掲載する一方、第二特集が「達人はいるのか?」とするなど、編集テーマがとっ散らかっているように感じられる。

 つうか、格闘技関連の人たちというのは、「達人はいるのか」系の話が好きだよねえ(笑)。

 もっとも、本書全体に通底する編集方針は、「興行系格闘技&プロレス的なフィールドから、武道的なるもの(イメージ)を語る」というものであろうから、こうした散らかり具合も、それはそれでエンターテイメントとしてなんでもありなのであろう。

 記事や編集、デザインのノリとしては、誌面に字がいっぱいで、かつての別冊宝島のような香りが濃厚にただよう。

 内容的には、対談やインタビュー記事などの軽い読み物が中心で、武道を志す人が哲学としてあるいは論文的に味読・精読できるような、思索や論考に耐えうるものはない。


 結論として、この本を1400円出して買うかと問われれば私は買わないし、たぶん私の武友やその周辺にいる武術・武道関係者も、おそらく誰も買わないだろうなと思う。

 ま、格闘技やプロレスなどの新しい方向性を模索したいという、コアなファンや業界人なら、さらっと読んでも損はないかもしれない。


「『武道』という言葉は、現在では一般的にいえば、弓道、剣道、柔道、合気道のような、日本において発達をとげた武術の総称として用いている。そしてこの武道に属する種目は、他のスポーツ種目とは異なり、競技的な優劣、勝敗よりも、心技体といったような技芸に加えて形や心構えまでをも重んじる点で、これを日本的な伝統文化の一つとして位置づけている」(二木謙一/國學院大學名誉教授)


「武道は、武技による心身の鍛錬を通じて人格を磨き、識見を高め、有為の人物を育成することを目的とする」(武道憲章 第一条[目的])



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 (了)

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アストロダイス/(身辺雑記)
- 2015/12/15(Tue) -
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 占術では周易とタロット、つまり「卜」がもっぱらで、「命」や「相」はあまりやらない。とくに私は「相」はからっきしで(画相とか見えん・・・)、「命」は東洋占術では気学を、西洋占術では占星術を、いずれも多少たしなむ程度だ。

 アストロ・ダイスは、12面体のダイスにそれぞれ黄道十二宮、惑星+ドラゴンヘッドとドラゴンテイル、ハウスを割り振ることで、本来「命」である西洋占星術の考え方を元に、「卜」としての占断ができるようにしたものである。

 私はどういうわけか正多面体萌えの気があるらしく、多面体のダイスを見るとなぜか妙に惹かれてしまう。

 それが理由というわけでもないが、最近は周易でもほとんど正八面体と正六面体のダイスを使っており、筮竹を捌くのは年に5~6回あるかないか。それどころか、最近は私淑する横井伯典先生ばりに、出先でちょっと占ってくれなどといわれると、筮竹もダイスも使わない無筮立卦がほとんどだ。

 ただしこれは、霊感とか霊能とか超能力などいった胡乱なものではなく、占術のひとつとしての無筮立卦の理論があり、それを理解すれば誰にでもできるものである。

 なおこれまでの経験上、無筮立卦の場合、卦辞よりも卦象で見たときの方が、ズバリ的中というケースが多いような気がする。


 そんなこんなで、アストロダイスも時折、戯れに振ってみたりするのだが、結局、同じダイスを振るのであれば、周易でみた方が明確かつ融通無碍であり、私はあんまり上達しない・・・。ま、これは私の西洋占星術の素養が乏しいからなのだけども。

 西洋占星術が専門の人が、出先でぱっと「卜」的な占術をするには、アストロダイスというのはたいへん便利なものだろう。あるいは逆に、西洋占星術におけるサインやハウスの意味を、直感的に理解するための稽古の一貫としても、アストロダイスは有効なのだと思う。

 同じ西洋系の占術として、タロットと組み合わせても面白いのかなとも思うのだが、タロットもアストロダイスもどちらも「卜」なので、術の本質としてそもそも組み合わせる意義があるのか? ともいえるわけで、ならばホロスコープで「命」をみて、それにタロットの「卜」を組み合わせるのが、やはり王道なのだろう。

 とまあ、そんなことをつらつらと考えつつ、初冬の夜長がふけていくわけだ。

 (おしまい)
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今年最後の武者修行/(身辺雑記)
- 2015/12/14(Mon) -
 昨日は朝から、水月塾本部にて稽古。

 午前中は柳剛流の剣術・居合・突杖・長刀を、午後は神道無念流立居合のご指導をいただく。

 夕方からは、忘年会。

 師のご自宅にて、美味なドイツワインと奥様心づくしの前菜をいただいた後、場所を移してさらに杯を傾ける。

 水月塾本部での今年の稽古は、私はこの日で終了。次回稽古は年明けだ。

 思えば、あっという間の、しかしたいへん充実した一年であった。

 そしていよいよ今年も残すところ半月。

 仕事はまだまだ山盛りだが、すぐに年末なのだろう。

 ちなみに、翠月庵の稽古は、年内はあと2回あるので、そこんとこヨロシク。

 (おしまい)
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面をさすと云事・かつとつと云事/(武術・武道)
- 2015/12/11(Fri) -
 昨日のブログで「女子なぎなた部と男子剣道部が真剣勝負」というニュースについて触れた。

 その後、この試合のニュース画像がyoutubeに上がっているというのを、武術関係のツイッターで拝見、早速見てみた。

 それにしてもツイッターというのは、こういう「情報コミュニケーションの速さ」と「公開性」という点では、たいへん有意義なんですな。私はいまだにやっていないけども。




 ニュース映像によると、2008年からの対戦成績はなぎなたの5勝2敗。しかし昨年と一昨年は剣道の連勝とのことである。

 また、先日のブログに疑問点として書いた、「なぎなた側の突き」については、ニュース映像のテロップを見る限りでは、NGだったようですな。

 試合の映像では、剣道が逆二刀であったり、飛び上がっての面など、かなり工夫して試合に臨んだことがわかる。一方で、なぎなた側も、主将が「手元に入らせないよう、遠間で戦いたい」と話しているように、対抗不能性を十分に理解・考慮していることが分かる。

 試合結果は2勝3引き分けで剣道側の勝ちだったとのことだが、それはそれ、勝敗は兵家の常。剣道男子もなぎなた女子も、今回の結果を糧に、来年の対戦に望めばよい。


 さて、以下雑感を少々。

 ただし私は、薙刀(長刀)については柳剛流しか知らないし、なぎなた競技はまったく無知・未経験、その他の長柄武器についてもこれまで宗幹流系の六尺棒しか稽古していないので、以下、トンチンカンなことを書くかもしれないが、その辺りは流れ武芸者の戯言ということで・・・・・、ひとつ世露死苦。


 今回の試合では、安全性を配慮して体当たりと突きは無しのルールにしたとのことだが、特に突きの禁止は、剣道側よりもむしろ、なぎなた側にとって不利だったのではあるまいか?

 三尺八寸の竹刀と七尺のなぎなたでは、なぎなたに三尺二寸の間合の利がある。

 この、なぎなた側の対抗不能性を最大限に活かせるのが突き技であり、面・小手・胴などの打突はもちろん脛打ちにおいても、打突の際にわずかでも切先を振り上げなければならないため、これらの技でなぎなたの間合の利は、突に比べるとやや効果が落ちることが否めない。

 さらに、面・小手・胴あるいは脛を打つ場合も、その前の「つくり」「崩し」「フェイント」として、突き技~面・小手・胴・脛というコンビネーションがルール上できるかできないかで、技の有効性がまったく違ってくるのではなかろうか。

 打撃でいえば、リード・ジャブからのローとジャブなしのいきなりのロー、あるいは伝統派でいえばワン・ツーと単発の逆突きの差といったところである。

 ウィキペディアをみると、なぎなた競技では咽喉部への突きも有効とされているようなので、突きで崩しての脛打ちなどが、ルール上許されるか許されないかで、かなり違うのではないかなと思ったりもする。

 これは、『五輪書』で言えば、水之巻の「面をさす」や「喝咄」という教えの実践の一例でもある。


一 面をさすと云事。
面をさすと云ハ、敵太刀相になりて、
敵の太刀の間、我太刀の間に、
敵のかほを、我太刀先にてつく心に
常におもふ所、肝心也。
敵の顔をつく心あれバ、
敵のかほ、身ものるもの也。
敵をのらするやうにしてハ、
色々勝所の利有。能々工夫すべし。
戦のうちに、敵の身のる心有てハ、はや勝所也。
それによつて、面をさすと云事、
忘るべからず。兵法稽古のうちに、
此利、鍛練有べきもの也。


一 かつとつと云事。
喝咄と云ハ、何れも
我うちかけ、敵をおつこむ時、
敵又打かへす様なる所、
下より敵をつく様にあげて、かへしにて打事、
いづれもはやき拍子をもつて、喝咄と打。
喝とつきあげ、咄と打心也。
此拍子、何時も打あいの内にハ、専出合事也。
喝咄のしやう、切先あぐる心にして、
敵をつくと思ひ、あぐると一度に打拍子、
能稽古して、吟味有べき事也。



 もう1つ、試合動画を見ていて気になったのは、なぎなたを構える際、あまり石突側の手の位置が切先側に寄ってしまうと、せっかくのなぎなたの間合の利が失われてしまうのではないか? ということ。

 面・小手・胴あるいは脛を打つためには、わずかでも切先を振り上げる必要があるが、その際、石突側の手を切先側により一段と寄せた方がコンパクトにすばやく振り上げられるというメリットは分かる。しかしそうなると、せっかくの間合の利が死んでしまうデメリットもある。

 この点でも、なぎなたの突きがルール上有効であるならば、面・小手・胴あるいは脛を打つ前に面を刺して崩すことができるので、すばやく切先を振り上げることのできるメリットを多少犠牲にしても、構えた時の後ろの手をなるべく石突側にして、なぎなたの間合の利を最大限に活かしたほうが、なぎなた側にとってはよかったのではないかと思う。

 とどのつまりは、「ルールが技を規定する」ということである。

 一方で学校教育における武道という観点からは、今回のルール設定は適切だったと思う。

 剣道でもなぎなたでも、青少年を対象とした地稽古や試合稽古では、ケガや事故の蓋然性の高い「突技」は、できるだけ抑制的であるべきだと私も思う。

■『五輪書』の引用
「武蔵の五輪書を読む 五輪書研究会版テクスト全文 現代語訳と注解・評釈」
http://www.geocities.jp/themusasi2g/gorin/g206.html#r230

 (了)
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「女子なぎなた部と男子剣道部が真剣勝負」/(武術・武道)
- 2015/12/10(Thu) -
「女子なぎなた部と男子剣道部が真剣勝負」(ヨミウリ・オンライン)
2015年12月09日 15時19分
http://www.yomiuri.co.jp/national/20151209-OYT1T50033.html?from=ytop_main8

 ざっくり引用・要約すると、

 ・香川県立琴平高校(琴平町)で、女子なぎなた部と男子剣道部による「異種武道大会」が開かれた。

 ・それぞれ代表5人が1組ずつ対戦。なぎなたの「スネ」を有効にし、剣道の体当たりや突きを禁止、体力差や競技上の不利が出ないよう配慮した特別ルール。

 ・女子なぎなた部は高校総体と国体で全国優勝、男子剣道部も猛者ぞろい。剣道部員は跳躍や二刀流で対抗した。

 ・結果は、2勝3引き分けで男子剣道部が大会3連勝。

 ・大将を務め、2本勝ちした主将は「スネを警戒し、ジャンプでメンを狙ったのが良かった」と喜んだ。


 とのことである。


 個人的にひとつ気になるのは、剣道の突きと体当たりはNGとしたとのことだが、なぎなた側の突きはOKであったのだろうかということ。

 また、「スネを警戒し、ジャンプでメンを狙ったのが良かった」という剣道チームの主将のコメントは、なるほどたいへん興味深い。

  いずれにしてもこいういう取り組みは、たいへんよいことだと思う。動画などあれば、ぜひ見てみたいものだ。

 (了)
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『人斬り以蔵』/(柳剛流)
- 2015/12/09(Wed) -
 最近、『サムライせんせい』(http://www.tv-asahi.co.jp/samuraisensei/)というテレ朝のドラマにはまっている。武市半平太が、現代にタイムスリップしてきた・・・という軽いノリのドラマだが、こういうシチュエーション・コメディは結構好きだ。

 そんなこともあって、司馬遼太郎の『人斬り以蔵』を再読。ちなみにこの物語で武市は、無学な以蔵を「飼い犬」のように使役する、上から目線のリーダーとして描かれている。

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▲『人斬り以蔵』司馬遼太郎(新潮文庫)


 作中、以蔵が遣う自己流の邪剣を描写する際、その例として挙げられているのが、我が柳剛流である・・・。

 ま、シバリョウによる柳剛流のdisりっぷりは、以前、本ブログでも指摘した通りであるし(「理心流異聞」http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-771.html)、私自身が30年来のシバリョウ読者なので、別に驚くにあたらず、また腹が立つということもない。

 現在と違ってきわめて限られた情報の中で書かれた小説であり、それよりなにより、フィクションの上でのことである。こんなことでいちいち頭にきていたら、「裏柳生」とか「おのれ烈堂!!!」とか言われる流儀の方々などは、やってられないであろう(笑)。

 それどころか、幼少の頃からシバリョウの作品を通して、「この柳剛流という剣法は、はたしてどのようなものであろうか?」と興味をかきたてられてきたからこそ、後年になり当流を学ぶ幸運に恵まれたのだから、むしろシバリョウ様々である。

 というわけで今回は、シバリョウ先生作の『人斬り以蔵』で、柳剛流がどのようにdisられているのかを見てみよう!

 「たとえば、半平太は柳剛流というものの噂をきいている。岡田総右衛門という武州の百姓出身の剣客がはじめた流儀で、いきなり上段から相手の向こうずねを撃つ。撃ってうってうちまくるのである。元来、剣術には足を撃つという法はない。自然防御法もない。安政年間、この柳剛流によって江戸中の名流道場がさんざん荒らされたものである。ようやく桃井道場、千葉道場でその防止法が考案され、柳剛流の流行病のような猖獗がぴたりとやんだということを、武市半平太はきいている」

 以上が原文である。

 まず間違いを指摘すると、流祖の名前は「総右衛門」ではなく「惣右衛門」である。

 また、「いきなり上段から相手の向こうずねを撃つ」ということだが、少なくとも仙台藩角田伝や現在の幸手伝(仙台藩伝)では、流儀の形にそのような業はない。脚を斬るためには、そのための「作り」や「崩し」が必須であり、それなしでいきなり上段から脚を撃つというのは、柳剛流の理合からすると下手(げて)である。

 もっとも、当時の撃剣の稽古では、そのようなやり方をする柳剛流の剣士も少なくなかったであろうことも十分に推測できるので、これは明らかな間違いとまでは言えないだろう。

 「元来、剣術には足を撃つという法はない。自然防御法もない」というのは、あまり古流剣術をご存知でなかったシバリョウ先生ならではの誤謬であり、正しくは、

 「撃剣による稽古では、一般的には足を打つという共通認識がなく、防御法も工夫されていなかった」

 とすべきであろう。柳剛流以外の諸流の剣術形にも、足を斬る技が含まれていることは、以前にも指摘した通りである。

 次。「安政年間、この柳剛流によって江戸中の名流道場がさんざん荒らされた」とのことだが、これはどのような資料に元にした情報であろうか。それらしき明確な記述のある資料は、ぱっと思い浮かばない。

 また、「ようやく桃井道場、千葉道場でその防止法が考案され」との記述について。たしかに北辰一刀流の千葉周作が対柳剛流の防御法を考案したことは、よく知られている通りである。

 「柳剛流という剣術は多く相手の足を打つ流派にて岡田某の発明に掛るものなり。其の足を打ち来る時、此方足を揚げんとしては念あり、故に遅くして多分打たるるものなり。依って、唯我が足踵にて我が尻を蹴ると心得て足を揚ぐれば念なくして至極早きものなり。又此方の太刀先を下げ留めるも善し、これも受け留めると思うべからず。唯切先にて板間土間をたたくと思うべし。是又念無くしてよく留まるものなり」(『剣法秘訣』廣瀬真平編)より


 実際に、千葉周作の次男で天才剣士と呼ばれた千葉栄次郎と、柳剛流松田源吾門下の俊英・押見光蔵との試合では、11本対1本の大差で、押見が敗れたという記録もある(この試合結果には異説もあり。それについては稿を改めて書く予定)。

 一方で、鏡心明智流でも、対柳剛流の防御法が考案されたとは、いかなる資料からの記述であろうか?

 私の見聞している限りでは、先述の千葉対押見の対戦記録が記された『試合勝負附』という資料に、桃井左右八郎(後の4代目春蔵直正)と押見との対戦が記されており、その結果は5本対4本で桃井の勝ちだったとの記録があるのみである。

 さてシバリョウ先生は、どんな資料からこの一文を記したのであろう。なぞは深まるばかりである。

 最後に、「その防止法が考案され、柳剛流の流行病のような猖獗がぴたりとやんだ」との部分。

 もうここでは、「流行病」やら「猖獗」やら、柳剛流はまるでコレラや麻疹のような病原菌扱いである。いやはやシバリョウ先生、何か当流に相当な恨みでもあったのでせうか・・・・・・(涙)。

 ちなみに史実に当たれば、上述の嘉永2(1849)年に行われた千葉栄次郎と押見光蔵との試合で千葉が圧勝した後も、柳剛流は江戸府内はもちろん、武州や仙台、三重などで広く稽古され、幕末から明治初頭まで、その流盛は拡大の一途をたどる。

 しかも、シバリョウ先生が「百姓剣法」と揶揄しているように、こうした柳剛流の興隆は当時の農民階級だけでのことではなく、各地の武士階級にも広くその実力が認められ、普及した上でのものであった。

 それはたとえば、千葉と押見の試合から7年後の安政3(1856)年に、柳剛流の松平忠敏が幕府講武所の剣術師範となったことや、仙台藩伊達家筆頭である石川家の剣術流儀として伝承された仙台藩角田伝柳剛流をみても明らかである。

 明治以降、柳剛流が衰退したのは、他流の剣術と同様、近代的な剣道の普及によるものであり、けして北辰一刀流に破られたことや、斬脚之術が「卑怯・下品・百姓剣法」だと忌避されたからではないことは、ここで改めて強調してよいだろう。


 てなわけで、フィクションはフィクション、史実は史実ということで、皆さんシバリョウ時代小説を楽しんでくださいませ。

 (了)
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風雪ながれ“武芸”旅、2015・冬/(武術・武道)
- 2015/12/07(Mon) -
 12月5日(土)~6日(日)の2日間は、毎年恒例となっている、戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会と翠月庵との、合同稽古および合同忘年会、そして手裏剣術講習会を行った。


 午後3時、中津川に到着。早速、手裏剣術講習会を開催する。

 中津川稽古会の皆さんを対象にしての手裏剣術講習会は、2008年の9月以来、すでに20回以上となる。

 そこで今回は、8ミリ角/長さ20センチ/巻物なしのシンプルな角型棒手裏剣を使用。1間半~2間弱という実用間合で順体(歩み足)により、知新流手裏剣術で言うところの「板金を打つ心」での打剣を解説・指導し、受講者の皆さんいずれも非常に良い打剣を得ることができた。

 中津川稽古会代表のO先生も、「順体打法を取り入れたことで、各自目覚ましい上達が見られ、皆かなりの手応えがあったようです」と評してくれた。

 なかでも、まだ手裏剣術の稽古は2回目である女性剣士のAさんが、2間弱の間合で相当の速度=威力での打剣による刺中を得られたことは、指導する私にとっても改めて、順体による打剣の意義や有効性、剣術や抜刀術など日本武術に熟練した人への親和性の高さを実感することができ、貴重な知見となった。

151205_手裏剣講習会
▲1間半~2間という間合は、手裏剣術における「一足一刀の間合」である


 一般論として考えると、この間合で「板金を打つ心」での打剣ができることが、“武術としての手裏剣術”の最初の関門であり、これができるようになれば現代武道の段位的に表現すると、手裏剣術1級というところであろう。次いで、「やわらかに打ちて」(知新流印可伝書)3間直打ができるようになれば、手裏剣術初段・黒帯レベルだと考えればよい。

 なお、これは以前にも本ブログで記したかと思うが、根岸流手裏剣術の成瀬関次師はその著書の中で、10歩(約3間強)の間合で八寸的に6割以上の的中で、現代武道的に言えば錬士五段程度の業前であるとしている。その際の打剣は当然ながら、板金を打つ心=フルパワー・最速での打剣であることは言うまでもない。

 中津川稽古会の皆さんを対象にした手裏剣術講習会は、毎年春・夏・冬の3回行っている。

 限られた時間や回数の稽古ながら、皆さん着実に上達しており、ほとんどの受講者が上記の目安で言えば手裏剣術1級程度以上の業前になっていることは、手裏剣術の講師である私としても本当にうれしいことだ。

 今後も皆さんに、息長く楽しみながら精進してもらえればと思う。


 さて、講習会の後は、お待ちかねの合同忘年会。

 昨年および前回の納涼会の反省(日本酒を一升近く呑み、帰路の電車内で地獄のような二日酔いに苦しんだ・・・)を活かし、私はよい加減の量での飲酒に心がける。なべをつつき、杯を傾けながらの武術談義はなんと楽しいことか。


 翌日は、体育館に移動しての合同稽古。

 O先生の教導により、剣術の相対稽古が集中的に行われ、他流の私もその輪の中に加えていただく。若い剣士の皆さんと代わる代わる木太刀を交え打ち合うのは、私にとって最高のひと時だ。

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▲たっぷり剣術の稽古をした後の記念撮影


 ひとしきり稽古で汗を流した後は、O先生のご自宅にて、皆さんと一緒に熱々の釜揚げうどんでの昼食。たっぷり稽古をし、しかも私は奇跡的に二日酔いでない(!)ため、うどんを4杯もおかわりしてしまった。


 こうして酔いどれ流れ武芸者にとっての至福の時はあっというまに過ぎ、再び遠く武州までの帰路に着く。

 とりあえず熊楠でも読みながら、酒を片手にのんびりと我が草庵へ帰るとしよう。

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▲帰路の中津川駅にて


 (了)
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美濃へ/(身辺雑記)
- 2015/12/04(Fri) -
 本日も、某所でインタビュー七連荘という、超過酷な一日を何とかしのいだ。

 そして明日からは美濃の国で2日間、プチ武者修行である。

 手裏剣術講習会、合同忘年会、そして合同稽古。

 みっちりと、木太刀を振るい、刀を抜き、手裏剣を打つとしよう。


 さて出発前に、武具の手入れをしておくか。

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 (了)
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柳剛流の武道歌/(柳剛流)
- 2015/12/03(Thu) -
 武芸の教えを和歌の形式で詠んだ武道歌というのは、なかなかに味わい深いものがあるかと思えば、面白くもなんともないものもあったりする(笑)。

 柳剛流にも様々な武道歌が伝えられているので、以下に主なものをざっとまとめてみよう。



■切紙記載の武道歌

 切り結ぶ太刀の下こそ地獄なり
                踏み込んでみよ極楽もある

 平日に咄しするとも真剣と
             思うて言葉大事とそしれ

 敵は剣身をば柳江修行して
             心せかづに勝を取るべし

 むら雨の柳の枝のふりかかり
              てまの心大事とそしれ




■目録記載の武道歌

 伏し拝むいかきのうちは水なれや
               心の月のすめは浮るに

 花紅葉冬のしら雪時しそと
             思えば悔し色にめでりけり

 分けのほる鹿の道は多けれど
               同じ高根の月を詠めん

 兵法は立たざる先の勝にして
              身は浮しまの松の色かな

 習へ遠く心や雲となりにけり
              晴てそたたぬ有明の月

 敵と見る心そ我遠立てにけり
              柳は緑り花はくれない

 寒き冬に雷遠聞へき心地こそ
              敵に逢ての勝を取べし

 師と弟子の心に隔てあるならば
             幾く世経るとも道に入るまじ




■免許記載の武道歌


 打つ人も打たるる人も打太刀も
                心なとめず無念無心そ

 無念とて無しと思うな唯ひとつ
               心の中に無しと知るべし

 敵と我二人と見るは愚かなれ
               一体一気溜りなければ

 神国に生まれ来たりて生まれ来て
                それ吹き返す天の神風

 打解て少しまどろむ頃あらば
               引き驚かす我枕神

 血の道や父と母とのちの道や
               血の道留れ血の道の神

 月は我れ我は月かと思うまで
               隅なき月にすがる我かな

 身のかねの位を深く智ふべし
               當めねとどまることのふしぎさ




 以上の武道歌は、柳剛流各派の伝書によって文字の異同や言い回しに若干の違いが見られるので主なものを記載している。また一部の文字は読みやすいように、当用漢字や現代仮名遣いにして入力しているので悪しからず。

 なお、たとえば目録に記載されていた武道歌が、時代が変わると同じ師範家の伝書でも免許に記載されていたりもすることがあるようだ。

■参考文献
『幸手剣術古武道史』辻淳著/剣術流派調査研究会
『戸田剣術古武道史』辻淳著/剣術流派調査研究会

 (了)
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