年老いた剣豪の覚悟で/(武術・武道)
- 2016/06/30(Thu) -
 20年来の兵頭流軍学の徒として、兵頭二十八師の著作はできるだけ新刊初版時に購入し、精読するよう努めている。

 しかし、昨年3月に発行された『こんなに弱い中国人民解放軍』(講談社+α新書)は、たまたま買いそびれていたのだが、昨日、出先の駅前の書店で偶然目にすることができ、早速購入。じっくりと読ませていただいた。

 本書はタイトルの通り、中国人民解放軍の戦力の実態について分かりやすく解説しているものである。

 その上で、巻末にある「年老いた剣豪の覚悟で」という一文が、本書の主旨とはまた違った意味で印象的であったので、以下に引用したい。


 日本は年老いた剣豪である。
 対米戦争中のような若々しい競争心は、集団としてなくしている。だが、体力の余った若い剣士が功名心に駆られて日本を挑発してくる。
 限られた体力で、それにどう対処すればいいのか?
 昔の剣豪は晩年にこう覚悟したという。こちらの戦術などは、いまさら考えない。だが、相手が戦争したいというのなら、相手がしたいような攻撃をさせよう。それに応じて勝つ一手あるのみである、と。



 ここで示されている「昔の剣豪」とは誰なのかとか、その出典は何なのかなどといった、野暮なことはいうまい。

 そんなことよりも、ここで示されている「年老いた剣豪」の教えに仮託されたアレテー=武徳を、現代の武術・武道人である私がどう感じ、どう身を処するのかということが重要なのだ。


201606_兵頭二十八
▲『こんなに弱い中国人民解放軍』兵頭二十八著(講談社+α新書)

 (了)
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的に刺さった手裏剣は、小刀でほじくり出す必要はありません/(手裏剣術)
- 2016/06/28(Tue) -
 国際水月塾武術協会本部のブログにて、「墨遷 『写真学筆』 の手裏剣稽古」という記事が掲載されている(http://japanbujut.exblog.jp/25925919/)。

 この記事に対して、非営利団体日本武道文化研究所/居合文化研究会の川村景信氏がTwitter上で、

 「朕思うに左のヒトはじゃんけんか何かで負けて手裏剣抜き係やってるだけだと思うの」

 と論評し、あわせて他の方からの問いに答える形で、当該図の人物が持っている小刀について、

 「的に刺さった手裏剣をほじくり出すためのものである」


 と断定している。

 (一連のツイート→https://twitter.com/h_rokuyou/status/746711073852534788

 これらの川村氏の発言のなかでも、「図左下の人物が持っている小刀は、的に刺さった手裏剣をほじくり出すためのものである」という指摘について、手裏剣術者である翠月庵主の立場から反論をしておこうと思う。


 まず第一に、『写真学筆』 に描かれている的の材質が木材なのか、あるいは畳など木よりも柔らかい素材に人面を描いた紙や布を張ったものであるのかは、絵を見ただけでは詳らかではない。

 そこで、たとえば的が畳だった場合はどうであろうか?

 私は以前、全長255ミリ/身幅13ミリ/重ね6ミリ/重量144グラムの短刀型手裏剣(翠月剣)を、間合2~5間から直打で打ち、バスマット+軽量畳の的を貫通させたことがある。(2013.11.4.本ブログ記事「手裏剣肘にはテーピング」/http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-496.html)。

 これほど深く的に刺さっても、手裏剣は手で引き抜ける。

 ゆえに、わざわざ小刀で的に刺さった手裏剣をほじくり出す必要はない。

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▲5間直打

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▲3間直打


  また小太刀を手裏剣に打つ「飛刀術」の場合、間合1~2間であれば重量畳を容易に貫通するが、その場合でも的に刺さった小太刀は手で引き抜くことができる。


▲この打剣では小太刀が重量畳を貫通しているが、この後、手で引き抜いている


 では的が木の場合はどうか?

 まず前提として、手裏剣の的になるだけの一定の厚みと強度を持つ木の的に対して手裏剣を打った場合、上記写真や動画のように手裏剣や小太刀が的を貫通するということはない。

 錬士相当の手裏剣術者(※1)が、1~2間の近距離からフルパワーで重量剣を打ったとしても、せいぜい剣先から1寸も的に突き刺さればたいしたものである。

 そしてこの場合も、打ち込んだ手裏剣は、手で引き抜くことができる。

 わざわざ小刀でほじくり出す必要はない。


 そもそも、香取神道流や明府真影流が使っているようなタイプの軽量剣でも、あるいは上記写真にある翠月庵の短刀型手裏剣のような重量剣でも、さらには全長約240ミリ/身幅25.5ミリ/重ね6ミリ/重さ約224グラムの円明流写しの超重量剣でも、打ち込んだ手裏剣を小刀でほじくり出さなければならないほど深く、木の的にめり込ませるなどというのは、人間技では到底考えられない。

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▲円明流写しの超重量剣


140106_円明流手裏剣2
▲円明流写しの剣を2間直打・座打ちで打つ。的はバスマット+ジョイントマットの3枚重ね


 疑問があるなら、実際に直打でも反転打でもよいので、木製の的に手裏剣を打ち込んでみればよい。

 直打や反転打ができないのであれば、足元に木の的を置いて、昔の子供の遊びの「釘刺し」の要領で、手裏剣でもナイフでもよいので全力で打ち込んで試してみれば、すぐに分かるだろう(※2)。

 木などの堅い的に対して、小刀でほじくり出さなければならないほど深々と手裏剣やナイフを刺せるような猛烈な打剣ができるのだとすれば、それはウルク=ハイのような怪力のバケモノではあるまいか?

201606_ウルクハイ
▲ウルク=ハイのラーツ氏


 また欧米では、日本武術の手裏剣とは比べ物にならないほど長大で重量級のナイフや斧を使っての、ナイフ・スローイングなどがよく行われている。

 その際、的は木材であることがほとんどだが、この場合も「小刀等を使ってほじくり出さなければならないほど深く的にナイフや斧が刺さった」という話を、私は聞いたことがない。

 どんなに的に深々と打ち込んだとしても、それが手裏剣やナイフ、斧や打根など、人力で投擲できるものであり、なおかつ鏃のような「返し」のない投擲物である以上、必ず手で引き抜ける。これが人間の遣う「術」の限界なのである。

 当然ながら弓や石弓など、なんらかの「器械」で矢や剣などの飛翔物を打ち込んだのであれば、小刀でほじくり出さねばならないほど深々と刺さることもあるだろう。

 あるいは鏃のように「返し」がある投擲物の場合、やはり小刀などでほじくりださないと、抜くことができないかもしれない。

 しかし、 『写真学筆』 の当該図で描かれているのは、器械を使わない人力による打剣であり、そこで使われている手裏剣は鏃のような「返し」のない、一般的な棒手裏剣である。


 というわけで、

『写真学筆』の当該図に描かれている人物が持っている小刀は、少なくとも「手裏剣のほじくり出し用」ではない。

 ということは、断言してよいかと思う。

 これについて、史料や実践経験に基づいた反論があれば、手裏剣術を志す者としてぜひ後学のために真摯な気持ちで伺いたいと思う。

 そうでなければ、公の場で特定の武芸に関する事象に対し、根拠を示さずに安易な断定をするのは、「いかがなものか?」と思わざるをえない。



 主義主張や思想・心情などといった「価値的命題」については、根拠のない主観による断定も許される。

 しかし事象に関する「科学的命題」には、エビデンス(根拠)に基づいた論考が必須だ。

 ゆえに、自説が根拠に乏しい推論であれば、それが推論であることを明確にした上で、「・・・・・・ではなかろうか?」などと、慎重かつ丁寧な表記や発言を心がけるべきだろう。

 思うに武術・武道の世界で多くみられる、「特定個人による、たいした根拠のない誤った推論が、いつしか定説になって信じられてしまう」という悪習は、このような表記や発言に対する慎重さの欠如にあるのかもしれない。

 私自身も、こうした誤謬を「他山の石」にしたいと思う。

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▲三間から逆体での直打。板金を打つ心(フルパワー)で、全長255ミリ/身幅13ミリ/重ね6ミリ/重量144グラムの短刀型手裏剣(翠月剣)を畳+バスマット+ジョイントマットの的に打つ。これらは全部、手で抜けます。もちろん、畳だけの的や木の的に打ち込んでも同じ。いちいち刺さった手裏剣を抜くために小刀で的をほじくっていたら、そのたびに的が傷んでしまい何枚あっても足りません・・・・・・


※1
「三間半強・八寸的に六割以上の的中で、手裏剣術は錬士相当、目録」(成瀬関次師著『臨戦刀術』より意訳引用)。

※2
畳やマットと異なり、木のような堅い的の場合、手裏剣が失中すると相当な距離まで跳ね返ってくることがあるので、木の的で検証実験をしようという人は十分に注意されたし。

 (了)
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黒織部/(数寄)
- 2016/06/22(Wed) -
1606_黒織部


 先日、母の遺品整理の際に出てきた黒織部の筒茶碗。

 以前、誕生日のお祝いとして私が贈ったものだが、結局、こちらの手元に戻ってきてしまった。

 筒茶碗は本来、冬に使うべきものだが、今晩はこの茶碗で一服喫してみよう。


 お茶といえば、茶道の古典のひとつである『山上宗二記』は、戦国の世を生きた茶人の息吹を、たいへんヴィヴィットに伝える名著であり、常日ごろから愛読している一冊である。

 その中に、こんな一節がある。

「人間は六十定命と雖も、その内、身の盛んなる事は二十年なり。茶湯に不断、身を染むるさえ、いずれの道にも上手は無きに、彼是に心を懸くれば、悉く下手の名を取るべし」

 文中の「茶湯」の部分を「武芸」に置き換えると、天命の歳を目の前にした市井の武術・武道人としては、なんとも身につまされるものがある。

 ま、下手は下手なりに、武芸に不断、身を染めていくしかあるまいね。

 (了)
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空手少年/(身辺雑記)
- 2016/06/19(Sun) -
 この週末は、母の遺品整理と神道の葬祭における五十日祭(仏教でいうところの四十九日)のため、実家のある伊豆へ行っていた。

 1ヶ月ぶりに会った4歳の甥っ子。

 剛柔流を習い始めて半年ほどなのだが、ちょっと打ち込みの相手になってやると、中段逆突きがそれらしくなってきているではないか!

 先日は初めての組手稽古で勝ったと喜んでいるのだが、一方でまだ回し蹴りをやるとコケるようだ(笑)。

 しかしあと10年もしたら、ポイント制の競技組手では叔父さんは負けちゃうかもしれないなと思うと、うれしくもあり、またいささかほろ苦くもある。

 この子が古流の武術に興味を示すかどうかは分からないが、もし将来それを望むようなことがあれば、柳剛流や手裏剣術を教えてやりたいななどと叔父さんは思う。

 ま、そういう気持ちというのは、往々にして大人のエゴなんだろうけどね・・・(苦笑)。

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 (おしまい)
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師との縁/(武術・武道)
- 2016/06/17(Fri) -
 先の日曜は、月に一度の水月塾本部での稽古であった。

 今回も柳剛流の剣術、居合、突杖、長刀について、師に打太刀をとっていただき、あるいは居合を検分していただき、さまざまな点について手直しをしていただいた。


 12歳から武術の稽古を始めて35年。

 今、改めて思うのは、このように手直しをしてくださる師匠がいるということは、実にありがたいということだ。

 若い頃に学んだ柔術や剣術、あるいは29歳からはじめた空手道などについてはそれぞれ師匠や先輩方に教え導いていただくことができた。

 しかし30代後半から専心してる手裏剣術に関しては、先行研究者や共同研究者、武友や弟子などはいるものの、いわゆる「師」という存在はいない。

 ゆえに私の手裏剣術については、責任はすべて私自身にある。

 これはいろいろな意味で、重く、時には苦しいものである。

 それを考えると今、柳剛流をはじめとした古流武術について、師から教えを受け手直しをしていただけるというのは、本当に安心で心強い。


 振り返ると、若くて生意気盛りな頃は、たとえば師匠や先輩に指導されると、素直に聞いているつもりでも、時には心のどこかで、「ちっ、うっせーな」という、かの有名なスノーボーダー氏の台詞のような反抗心じみたものが、ほんの一瞬よぎったりすることもあった。

 しかしその後の武術・武道人生で、師匠のいない稽古の重さや苦しみを知り、しかも不惑どころか天命の年齢が目前に迫ると、稽古を通じて教え諭してくれる師や先輩の言葉を、本当に素直に受け入れられるようになった。

 ある意味で今は、市井の武術人として自分なりに守・破・離を経て、再び、しかし一段上の「守」に回帰したような心待ちだ。


 また、最近親が死んだばかりだからかもしれないが、人生においてもこれは同様で、「叱ってもらえるうちが花」というのは、本当にその通りだと思う。

 たぶん、先日辞職した元東京都知事は、身近に親身になって叱ってくれる人がいなかったのだろうね、かわいそうに。

 私の場合、組織に属さないフリーランスの取材記者であることから、仕事の上司などはいない。しかも、業界でのキャリアがすでに25年(四半世紀!)を超えるロートル記者ともなると、編集者やディレクターなどに叱られることもない。

 仕事でドジをふんだら、干されて依頼が来なくなるだけだ。

 このため今となっては、何かで自分をたしなめてくれる存在は、この世には師匠と武友、恋人と数人の友人しかいない。


 思うに武芸を志す者というのは、私自身も含め、誰でも大なり小なり唯我独尊なところがあろう。

 むしろある程度、そういった独立不羈の精神、万夫不当の心がなければ、ひとかどの武術人としてひとり立ちをし、小なりといえども稽古会の看板など掲げることはできまい。

 それでもやはり、武術人としての「規矩」を示してくれる師の存在というのは、かけがえのないものだ。

 そう考えると私は武術・武道に関しては、古流武術にしても空手道にしても、「師との縁」にとても恵まれていると、改めてしみじみ思う。

201606_空手188
▲10年ほど前の空手道現役時代。黒帯会の合宿にて、
日本代表として世界選手権に組手で出場したS先生より
直接指導をいただいた際のひとコマ。古流武術でも空手
道でも、師や先輩の存在のありがたさを、この歳になって
改めて痛感する。それにしても、若いな自分・・・・・・

 (了)
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柳剛流の稽古人口/(柳剛流)
- 2016/06/14(Tue) -
 今、とある制作会社の依頼で現代武道に関する紹介記事を書いている。

 その関係でつらつら調べ物をしていて、「競技人口」に関するデータを目にした。

 日本体育協会が公開している加盟団体の競技別登録者数を見ると、たとえば剣道は167万6141人となっている。全剣連のホームページをみると、この数字は国内で登録している有段者数なのだという。ちなみに、全剣連居合は8万8479人、杖道は2万2244人だという。

 柔道は、ぐっと下がって17万7572人。これは全柔連に加盟登録している者の数だという。

 一方で空手道は、全空連の登録者数が8万652名と、さらに少ない。もっとも笹川スポーツ財団の発表では、国内の空手人口は約300万人(!)としている。これは、いくらなんでも盛りすぎだろう(笑)。

 そのほか全日本なぎなた連盟は6900人(有段者のみ)、少林寺拳法連盟は7万人、全日本弓道連盟と全日本銃剣道連盟については、体協のページに競技人口の記載がない。

 このように体協所属の競技団体では、剣道がぶっちぎりで最大の競技人口を誇っている。

 とはいえ、ここで言う「競技人口」については、どのレベルの人を1人とカウントしているのかの定義がバラバラなので、一概に比較することはできない。それでもやはり、日本でもっとも広く行われている武道が剣道であることは、間違いないのだろう。



 では我が柳剛流について、競技人口ならぬ稽古人口はどれくらいになるだろうか?

 龍野藩伝柳剛流の系統で、突杖のみを「柳剛流杖術」として稽古している会派は、長野県や東京都、山口県などにあるようで、それらを合計すると、おそらく数十人単位にはなるのではなかろうか。

 一方で、柳剛流の本義である剣術を稽古している人は、初心者から師範までを合わせても、おそらく全国で20人に満たないであろう。

 (私の知っている限りでは、14人しかいない)

 柳剛流長刀にいたっては、仮に現在の紀州藩田丸伝で伝承されていないとすれば、現存するのは国際水月塾武術協会で伝承されている仙台藩角田伝のみとなり、稽古者数はわずか数人ということになる。

 ある流儀の業が後世に継承されていくのには、いったいどれくらいの稽古者がいればよいのか定かではないが、少なくとも現状では柳剛流は失伝寸前、断絶間近であることは間違いないだろう。

 こうした点で、今は己の業の研鑽で精一杯の私だが、「普及」や「伝承」ということも真剣に考えていかなければならないと感じている。

1601_田丸伝形演武
▲明治24~25に撮影された柳剛流の演武
(打太刀・森田音三郎、仕太刀・村林長十郎)


201606_柳剛流
▲上の写真から約120年後の柳剛流の演武
(打太刀・小佐野淳師、仕太刀・瀬沼健司)


 (了)
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野天道場/(身辺雑記)
- 2016/06/12(Sun) -
 翠月庵の稽古場は、野天である。

 もう、かれこれ10年近く野天で稽古をしているので、むしろ一般的な屋内の稽古場の方が珍しく感じてしまう。

 風の強い日など、30グラムや40グラムの軽い手裏剣の場合、風で吹き戻されることもしばしばである。

 あるいは、「今日は途中で雨が降るかも・・・」というような日は、真剣でなく模擬刀を持っていくようにするなど、なかなかに気も使う。

 当然ながら暖房もなければ冷房もない。

 また、一昨年までは稽古場の周囲は生垣で囲われていたのだが、区画整理の関係で生垣がすべて取り払われてしまったため、現在、稽古の様子は辺り一帯からすべて丸見えである。

 近隣にお住まいの皆さんは、日ごろから何かと顔をあわせて挨拶などしているのでよいのだけれど、たまたま稽古場の前を通る人々からすると、我々の稽古風景は実に奇態なようだ。

 立ち止まってガン見する人があるかと思えば、かかわり合いになりたくないと足早に立ち去る人もいる。あるいは、「何をやっているのですか?」と話しかけてくる人もいれば、「ニンジャだ、ニンジャだ!」と大喜びするちびっ子もいる。

 ニンジャじゃあないんだけどな・・・・・・。

 手裏剣術というのは実にメンタルの影響の強い武芸であり、自分以外の他者の視線を意識するだけで、てきめんに刺さらなくなるものなのだが、道行くギャラリーの皆さんの熱い視線というのも、よい稽古上の負荷になっていると前向きに考えている。


 ま、要するに何が言いたいのかというと、このような風雨寒暑、そして道行く人々から注がれる熱い視線について、それらを無視できる『パンツァー・リート』に歌われるような「鉄の心」がないと、我が翠月庵での稽古はできないということです(笑)。

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▲当庵筆頭の吉松章氏による5間直打。ちなみに剣術はもちろん居合も柔術も、
すべてここで稽古をする。なかなかに、野趣あふれる稽古場なのである

 (おしまい)
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鮎の季節/(数寄)
- 2016/06/07(Tue) -
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 夜、一服。

 棗のふたの裏に鮎がいた・・・・・・。


 そういえば、伊豆・狩野川の鮎釣りは、6月から解禁。

 ということは、大仁の「鮎茶屋」で、背ごしや洗いが味わえる季節になったのか。

 鮎茶屋
 http://r.gnavi.co.jp/rbx88ydp0000/

 仕事柄、日本全国いろんなところで鮎を食べたが、やはり我がふるさと伊豆の鮎が一番だ。

 そして、この「鮎茶屋」のうるかは、天下一品である。

 もちろん、塩焼きや鮎飯も、まったく臭味や雑味のない本当の香魚が味わえる。

 思うにベタな観光地で、泥臭い上に焼き置きすぎでカピカピになった鮎の塩焼きしか食べたことのない人に、この店で本物の鮎の塩焼きを食べさせてあげたいものだ。

 ああ、しっかりした味わいの純米酒とともに、翠嵐をいっぱいにあびた初夏の鮎を、思うさま食いたいねえ。

 (おしまい)
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 改めて考える、「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」/(手裏剣術)
- 2016/06/04(Sat) -
 本日は翠月庵の稽古。

 存分に手裏剣を打つ。

 2間から5間までの直打でウォーミングアップの後、4間直打4寸的への打剣に集中する。

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▲4間4寸的を、「板金を打つ心」で手裏剣を打つ


 一般的に手裏剣術は、より遠くからの打剣こそが有意だと言われてきたが実は、

 「武術としての手裏剣術の有効な間合いは2間半以内」

 という点を、私は翠月庵の開庵時から指摘している。

 その上で、2間半以内での武術としての打剣を担保するためには、3間以上、4間や5間での、より確実かつ威力のある打剣の鍛錬が必要なのだ。

 一方で、5間を超える間合いでの打剣は、あまりにも打法や心法が異なるので、武術としての手裏剣術には不要である。その間合いは、打根や半弓、あるいは弓の間合なのだ。

 とはいえ、4~5間での精密な打剣は、なかなかに難しい。

 それはもちろん、遠間を通しやすい特殊な手裏剣での「置きに行く打剣」ではなく、武術としての手裏剣術に必須な、対敵を前提とした「板金を打つ心」での打剣によるものでという意味でだ。

 その手裏剣術が、「武術としての手裏剣術」であるからには、気・剣・体が一致した、「板金を打つ心」のものでなければならない。

 それが、翠月庵が理想とする、

 「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」

 なのだ。

 こうした気・剣・体の一致した打剣について、残念ながら手裏剣術のみしか知らない術者は、どうしても理解が及ばず、実感できないようである。

 多くの場合、手裏剣術のみしか知らない術者の打剣は、どんなに精密であっても、剣術やその他の武術に通じたものからすれば、「ま、立合いとなれば、最悪相打ちに持ち込めるだろうな・・・」程度の、底の浅さが否めないのだ。

 現代の手裏剣術が、他流の術者に侮られてしまうのは、こうした点にあるのだろう。

 実際のところ、伝統をうたう流派でも、あるいは現代会派でも、手裏剣術を表看板にかかげる術者で、剣術や体術、その他の対敵武術の熟練者にあい対することができる者が、どれくらいいるのだろうか?

 多くの手裏剣術者は、まともな対人攻防の経験すらないであろう。

 「よっこらしょ」と抜刀して納刀すらまともにできない手裏剣術者、他人の打ちや突き蹴りを一度も受けたことのない手裏剣術者がどれほど多いことか・・・・。

 それで「武芸」を語るのは、いかがなものかと思うのは私だけではあるまい。

 むしろ、たとえば芦原会館の故芦原英幸師範のように、先に手裏剣術以外のなんらかの武術を修めた上で手裏剣術を独自に研鑽する人々の方が、はるかに「武術としての手裏剣術」に対する切実さをもって稽古をしているのではなかろうか。

 多くの場合、手裏剣術だけしか知らない術者というのは、武芸者として「ぬるい」のだ。

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▲間合2間から4寸的へ、刀法併用手裏剣術にて「板金を打つ心」での打剣


 単なる的打ち競技ではなく、自由な意思をもって我を斬り伏せようする敵に相対している前提での、「武術としての手裏剣術」は、生易しいものではない。

 私自身、手裏剣術を表看板にする者として、単なる的打ちや娯楽のような行為に堕さない、

 「武術としての手裏剣術」=「生死一重の至近の間合からの渾身の一打」

 への道は、まだまだ遥か彼方にある。

 (了)
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柳剛流の秘技~長刀/(柳剛流)
- 2016/06/02(Thu) -
 「柳剛流の精髄~右剣と左剣」、「柳剛流の鍛錬~居合」、「柳剛流の実理~突杖」と書いてきたので、一連の記事の〆として「柳剛流の秘技~長刀」という一文を書こうと思ったのだが、その準備と確認のため過去の本ブログを読み返してみると、長刀については剣術や居合、突杖以上に、すでにかなり触れてきたことに今さらながら気づいた。


「柳剛流長刀」(2015.7.20)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-759.html

「柳剛流岡田十内派と長刀」(2015.7.28)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-763.html

「柳剛流・佐竹監柳斎と直心影流薙刀術」(2015.7.29)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-764.html

「長刀雑感」(2025.9.25)
http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-799.html



 上記の記事でも繰り返し述べたが、柳剛流の長刀は免許秘伝として伝授される当流の秘技である。

 流祖・岡田惣右衛門奇良は長刀について、

 「秘伝の長刀を伝授の上の者は、諸流剣術多しと雖も負くる事これ有るまじく候」

 と記している。

 実際にその形を日々稽古していると、これもまた今までの記事で何度も書いてきたように、柳剛流長刀は剣術や居合で練り上げてきた当流特有の体動あればこその「術」であることが実感できる。

 形の詳細については、師伝であり、また当流の秘伝であることから具体的には述べないが、その豪快かつ俊敏な技を通して、流祖が形に込めた当流の術理に触れられのは、古流を学ぶ者としての大きな喜びである。

 (了)
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柳剛流突杖の体術への展開/(柳剛流)
- 2016/06/01(Wed) -
 この春、水月塾本部にて小佐野淳先生より、柳生心眼流の素振りの手ほどきをしていただくことができた。

 以来、日々の自分の稽古では、まずこの素振りからはじめ、その後、柳剛流や神道無念流、手裏剣術などの稽古に入るようにしている。

 柳生心眼流の素振りといえば、その体動がそのまま体術の動きとなり、また各種の武器術の動きにもなるというのは良く知られている。

 思うに、剣術にしても槍・長刀などその他の武具を扱う武術にしても、一定の心得のある者が工夫・応用すれば、それらの動きはいずれもある程度体術に展開できるだろう。



 過日、そんなことをつらつらと考えながら、柳生心眼流の素振りを一通り行った後、柳剛流の突杖の稽古に移ったのだが、ふと「突杖の動きは、そのまま体術に展開できるな」と直感的に感じ、自分なりに工夫や検討を加えるようになった。

 突杖の形における打方は剣であるが、その動きを徒手による打ち込みや突き、あるいは胸取りの想定に置き換え、仕方も素手で対応すると考える。あるいは、打方は剣で仕方は素手という、無刀取りの想定でもよい。

 すると、いずれの形も体捌きや運足をまったく変えることなく、手と腕の捌き方も杖の扱い様とほぼそのまま、わずかに間積もりに工夫を加えるだけで、徒手対徒手や剣対徒手の体術に展開できるのである。

 思うに柳剛流の突杖(杖術)の業は、別名「突之刀法」とも呼ばれるように、いずれも「捌く」→「入身して突く」という、たいへんシンプルな構造となっている。こうした業の構造の素朴さゆえに、柳剛流突杖は、「捌く」→「入身して当て」という体術に容易に展開可能なのではなかろうか?

 たとえば突杖2本目の「ハズシ」などは、相手の打込みや突きに対して、こちらは差し手で入り身し当て身で極めるといった具合に、そのまま展開することができる。



 このような、形の創作的な応用や展開は、場合によっては流儀本来の教えから逸脱することもあるので、それを稽古の本義とするものではないが、ある種の「頭の体操」として工夫してみるのは、己の芸の幅を広げることにつながるのではないかと思う。

 (了)
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