門戸は常に/(柳剛流)
- 2016/07/31(Sun) -
 本日、柳剛流を専科として学びたいということで、新たにA氏が入門された。

 A氏はすでに、某流の剣を20年以上にわたって稽古されており、ご自分の稽古会も主催されているとのことで、しっかりとした太刀捌きと当流を学ぶことへの真剣さに、指導をさせていただく私自身、たいへん学びが多く、充実した稽古となった。

 長年にわたって剣を磨いてきたひとかどの剣客が、改めて初学の門から当流を学んでくれるというのは、柳剛流を愛する者としてたいへんうれしく、また心強いことだとしみじみ思う。


 武州・惣新田(現在の幸手市)発祥の柳剛流は、往時は関東一円から奥州、あるいは西国にまでその剣脈が広がりながら、残念なことに現在は、全国でもその剣を受け継ぐ人々は数えるほどしかいない。

 このままでは間違いなく近い将来、失伝してしまうであろう。

 だからこそ今、志のある人々に当流の剣を伝え次代に伝承していくことに、私も末席ながら寄与させていただければと考えている。


 すでに熟練した剣士はもとより、武芸に関してまったくの初学者であっても、柳剛流を学び次代に繋げようという想いを同じくする人には、当庵の、そして当流の門戸は常に開かれている。

 (了)
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施設警備の視点から/(時評)
- 2016/07/29(Fri) -
 相模原の事件に関する報道が続いている。

 犯人の精神構造や心の闇、なぜそのような思考に至ったかなどをつまびらかにすることは、今後起こるであろう蓋然性の高い、模倣による犯罪被害を未然に防ぐためにもたいへん重要なことだ。



 私は若い頃、ALSOK(綜合警備保障株式会社)に勤務して警備業に携っていたが、その当時教えられた教訓に、

 「守るのは、攻めるより難しい」

 というものがある。

 これは、かの有名な『七人の侍』の台詞だけれど、某大手電機企業の常駐警備隊に配属されたばかりの、まだ嘴の黄色いヒヨコだった私に、社内で「鬼」と怖れられていたS隊長が諭してくれた言葉でもある。

 軍事学に「先制主導の原則」というのがあるけれど、基本的に攻撃を仕掛ける側は、「いつ」「どこで」「だれを」「どのように」攻撃するのかを任意に選択できる。ゆえに専守防衛である限り、攻撃する側は防御をする側よりも圧倒的に有利であり、それは防犯や警備においても同じだ。

 もちろん警備する側が火器などで重武装をした上で、怪しげだと思われる人物を片っ端から先制攻撃したり、任意に拘束したりするような「攻勢防御(Offensive Defense)」を実施するなら話は別だが、そんなことは法治国家である日本では当然できない。

 中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国といった非法治国家では、こうした攻勢防御も容易に可能であろうが・・・・・・。

 ゆえに防犯上も、基本的には「守るのは、攻めるより難しい」のである。

 
一方で、やはり軍事学で「攻撃三倍の法則」というものがある。

 これは戦闘において有効な攻撃を行うためには相手の三倍の兵力が必要というもので、防御は攻撃よりも有効な戦闘行動であることを示している。

 なぜなら、攻撃側は防御側の戦闘力を完全に撃破し無力化しなければならないが、防御側は相手の攻撃企図を撃破するだけで「防御」という目的を達成できるからである。

 警備や防犯においても、さまざまな抑止行動や防犯対策によって、何らかの侵害を企てようとする相手の企図を挫くことで、防御を有利に展開することが可能だ。


 以上の点を念頭に置いた上で、今回の事件を施設警備という観点からみると、できるはずだったいくつかの対策があったように思われる。

 まず最も重要なのは、施設管理者が、犯人の攻撃企図の現実性を、どの程度認識していたかという点にある。

 繰り返されてきた異常な発言や行動、その結果としての職場からの排除と措置入院、そしてその後の退院という経過から、

 「入居者の命に関わる、深刻な事態が起こる蓋然性が高い」

 と施設管理者が認識していたかどうか?

 この認識が強ければ強いほど、施設の防犯・警備体制も強化されていただろう。

 もっとも一般的な社会認識として、今回のような大量殺害が福祉施設で行われるというのは、おそらく誰もが予想できなかったことであり、それについて施設管理者の責任を追及することは適切ではない。

 しかし今回、このような事件が起こってしまった以上、今後は同様の犯罪行為が起こりうることを念頭において、「防御のための想像力」を働かせる必要があるといっても過言ではあるまい。

 では施設管理者が、「利用者や入居者の命に関わる、深刻な事態が起こる蓋然性が高い」と判断した上で、どのような対策がとれただろう?

 これについては、司法や行政との連携とその対応など公的な対策と、自分たちで取りうる私的な対策の2つがある。以下ここでは、そのうちの私的な対策について考える。


 まず施設面に関して。

 今回事案では、犯人は窓ガラスをハンマーで破壊して侵入したと伝えられているが、何者かによる攻撃(犯罪行為)が予測される場合、まず進入経路の第一線となる施設や家屋の窓ガラスを、割れにくい防犯ガラスにすることが望ましい。加えて鍵はすべて補助鍵を加え、ダブルロックとするべきである。

 コストの問題でこうした対応が難しい場合は、せめて既存のガラスに防犯フィルムを張ることだけでも、しておいて損はないだろう。

 今回被害にあったような居住型の福祉施設では、最近は多くの場合、居室のユニット化や個室化が進められている。

 一方でこうした施設では、夜間も入居者の介助が必要なことから、各ユニット室あるいは個室については、ドアがなかったり、あっても鍵がついていない。

 当然ながら、日々の介護負担などを考えると、居室の施錠というのは現実的には難しいのだが、事態の深刻さを考えれば、今後はこうした点も検討すべきだろう。


 次に、警備体制の強化である。

 今回の犯行時、施設には警備職員が1名いたとのこと報道があるが、この警備職員というのは自法人採用の警備担当職員なのか、あるいは警備会社の職員なのか? その違いによっても、施設の防御力が異なってくる。

 当然ながら、自法人採用の警備担当職員よりも、警備会社の職員の方が、警備に対する資質が高い、つまり防御力が高いことは言うまでもない。

 また警備会社の警備員でも、ALSOKやセコム、セントラル警備保障などといった大手警備会社と、中高年を再雇用して主に道路の交通整理をやっているような地域の零細警備会社とでは、職員の資質、防犯対策のノウハウ、防犯機材の充実度などにおいて、たいへん大きな差がある。

 ゆえに可能なかぎり、大手警備会社による常駐警備の依頼をするのが、私的に取りうる最も確実な防犯対策だ。

 コスト面で、常駐警備を依頼するのが難しい場合、警報が発せられると車で警備員が駆けつける、機械警備やホームセキュリティを導入する方法もある。

 ただしこうした機械警備については、警報が発せられてから警備員が現場に到着するまでのタイムラグという問題がある。

 警備業法では、発報から30分以内に現場に到着することが定められているが、発報から現場到着までの時間は警備会社や地域によってさまざまだ。

 今回のように殺傷を企図したような侵害の急迫性が高い事案において、発報から警備員の到着まで20分も30分も時間がかかるようでは、パニックルームなどが用意されていない限り、警備・防犯の効果がないのが現実である

 ちなみに私が勤務していた当時(1980年代後半~90年代前半)、発報から現場到着までの時間に関しては、ALSOKよりもセコムの方が全国的により早かったように記憶している。

 なお、機械警備で警備員が出動する際、誤報ではなく実際に犯罪が行われていると確実に思われる場合は、出動と同時に所轄の警察にも連絡がされるルールになっていた。

 こうした場合、110番通報を受けてから、警察官が現場に到着するまでのいわゆる「レスポンス・タイム」は、全国平均で6分57秒となっている(平成26年度警察白書より)ことも、覚えておくとよいだろう。


 次に警備人員の配置について。

 今回被害にあった施設では、夜間の警備職員が1名であったというが、これはたいへん防御力が低いと言わざるをえない。

 万が一、1名の侵入者があった場合、警備職員1名では彼我の戦力比は1:1であり、両者の年齢や体力に差があれば(多くの場合、零細警備会社や自社採用の警備職員はリタイヤ前後の中高年である)、相手を制圧することは難しい。さらに1名体制の夜勤では、仮眠中など、事実上、無防備状態になる時間が発生する。

 このため、上記の「攻撃三倍の法則」の通り、理想は3名以上の警備隊編成による常駐警備が最適なのだが、少なくとも昼夜ともに2名体制による警備が望ましい。


 次に、警備職員の装備について。

 日本の警備員は、警備業法によって携帯できる護身用具が厳しく規制されている。またその使用は、正当防衛と緊急避難にあたる場合にのみ認められる。

 私が勤務をしていた頃は、3段式のノーベル社製の特殊警棒(警戒棒)または木製警棒のみの貧弱な装備であった。

 近年は犯罪の凶悪化に対応し、対刃物用の「鍔付警戒棒」、「警戒杖」、「さすまた」、「ライオットシールド」の携帯も認められるようになっているという。

 その上で、今回のように、あらかじめ大量殺害が予告されているようなケースでは、さすまた+警戒杖+ライオットシールドの装備が必要であろう。

 また、警備会社による警備ではなく、自法人の雇用による警備職員(宿直要員)であれば、これは厳密には軽犯罪法や警備業法に抵触する可能性があるのだけれど、自身や周囲の人の生命を急迫不正の侵害から守るためには、催涙スプレーやスタンガンといった相手を死傷させることなく無力化する非致死性兵器(non-lethal weapons)の携帯も考慮するべきだろう。

 ちなみにJRでは、数年前の暴行事件以来、一部路線の女性車掌には護身用として、催涙スプレーを携帯させているという。

 特に、今後多発することが予想される、また今回もそのケースに当たる可能性が考えられる薬物乱用者に対しては、催涙スプレーの使用が最も効果的だ。

 薬物乱用者は、痛みや苦痛への耐性が異常に亢進している場合があり、警戒棒での打突がまったく効かないことも少なくない。それどころか、逆手などで関節を破壊しても、まったく意に介さない者もいる。

 こうした場合でも、粘膜に対する刺激は有効であることから、催涙スプレーの使用が効果的だ。具体的には、海外の法執行機関や軍警察等で採用されている、OCガスを使用した催涙スプレーの使用が推奨される。

 OCガスは唐辛子の成分を濃縮したもので、ごくわずかでも目に入れば激痛で目が開けられなくなり、行動不能に陥る。一方で、人体には深刻な被害を与えず、数時間が過ぎれば目の機能も正常に戻るので、きわめて人道的な護身用具でもある。

 さらに武術・武道人の立場からひと言付け加えると、現在普及している防犯用のさすまたは、本来の武具としてのさすまたと比較すると、相手を取り押さえるU字型の部分の基部、柄につながるところに針状の突起がないことから、著しく制圧能力が低下している。

 さすまたは本来、この部分に針状の突起があるために、取り押さえられた相手がさすまたをつかんで抵抗しにくくなっているのだから、現代の防犯用さすまたも、この点をなんらかの方法で改善すべきであろう。

 なお現状では、複数人数によるさすまた使用を推奨することで、相手の抵抗を封じるように指導されている。 



 以上、主に施設警備の観点から、今回事案に関する課題を考えた。

 最後に繰り返しになるが、こうした防犯対策において最も重要なのは、「命に関わる深刻な事態が起こる蓋然性が高い」と、当事者や責任者が想像できるかどうかということだ。

 つまり、防犯や警備に関する「覚悟」の有無である。

 この認識さえあれば、あとは個別のテクニック的な問題に過ぎない。

 本事案の場合、そもそも犯罪とは最も縁遠い場所であろう福祉施設が、異常者の攻撃対象になってしまったという点に悲劇の根幹があるのだが、だとしてもなんらかの犯罪被害の予兆があった段階で、管理者は可能な範囲で最大限の防御行動をとるべきであったろう。

 また上記で示したような防犯対策は、警備会社への常駐警備の依頼にしても、防犯ガラスの導入にしても、いずれも多額のコストがかかり、誰もが容易にできるものではない。

 しかし、命に関わる明確な攻撃企図が示されているにも関わらず、コストや人材の問題から対策をまったく講じないというのは、利用者や入居者の安全を担保すべき施設管理者として、あまりに無知無策である。

 個人の防犯でも、施設の警備でも、あるいは国家の防衛でも、それぞれの資産や能力に違いがあるのはしかたのないことだ。しかし資金力が無い、防御能力が低いからといって、守るべき人々の安全を放棄することは、責任ある人間のとるべき態度ではない。

 そういう時こそ人間は、生物としての最大最強の戦闘器官である「頭脳」を働かせるべきなのだ。


 今回の事件で被害にあわれた方々に深い哀悼の意とお見舞いを捧げつつ、今後、同種の犯罪が繰り返されないこと、また万が一繰り返されたとしても、それらが未然にあるいは最小限に防がれることを願ってやまない。

 (了)
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総合武術としての柳剛流/(柳剛流)
- 2016/07/28(Thu) -
 柳剛流の稽古では、ここ2週間ほどの間、改めて「右剣」と「左剣」をじっくりと行っている。

 すでに本ブログで何度も書いているが、この柳剛流で最初に学ぶ2つの形は、流儀の「第一義」であり、柳剛流の太刀筋、運刀、運足、体動、拍子、位などが全て凝縮されているといって過言ではない。

 それらの要諦をひとつひとつ確認しつつ、統合された「業」として仕上げていくのは、古流武術稽古の醍醐味だ。

 これに加えて、身体と運刀の鍛錬としての「居合」があり、またそれらの対極に位置するような即応技法としての「突杖」がある。

 その上で、ここまでの切紙の技法群とその鍛錬を礎として、目録で学ぶ実戦刀法としての柳剛刀の各形があり、あるいは免許秘伝の長刀や殺活がさらにその上に置かれ、術技体系が重層的に構成されていくのである。


 一方でこれもまた以前、本ブログで指摘したことだが、仙台藩角田伝柳剛流の術技体系は、流祖自身が最初にまとめたものに比べると、かなり早い段階(2代目岡田〔一條〕左馬輔の代)で、形の本数などがかなり簡素化されていると見られる。

 このため当流の形の数は、他の古流の総合武術と比較すると少ない部類となろう。

 しかし、それでも仙台藩角田伝柳剛流は総合武術としての趣が非常に色濃く、それは突杖以外の術技が、いずれも「共通の身体動作」によって支えられていることからも強く感じられる。

 その「共通の身体動作」については、師伝のためここでは秘するが、当流の稽古を希望する人には余すことなくしっかりと伝えていこうと思う。

 そして私自身、先般、師より当流教授のご許可をいただいたとはいえ、己の術の鍛錬を怠ることなく、この業を磨き続けながら、次代に伝えていきたいとの思いを改めて強くしている。

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 (了)
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20世紀“武術”少年/(身辺雑記)
- 2016/07/25(Mon) -
 若さとはバカさであり、天命を知る年齢ともなると、追憶は限りなく気恥ずかしい・・・・・・。



 過日、実家で母の遺品整理のついでに、自分の子供の頃からの荷物やらなにやらも、まとめて処分することにする。

 そのため押し入れなどを片付けていると、あんなものやこんなものが出てきた。

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▲そのほか、ヌンチャク講座とか八卦掌とかの通信講座で、日●会にはお世話になった・・・



 ま、日●会の各種通信講座とか、真樹センセイの顔が無駄に怖いとか、極真の通信講座には「掛け声」のカセットテープがついていたとか、そういうことはきっと、昭和に思春期を送った地方在住の武術・武道少年たちにとっては、イロハのイだったのである・・・・・・。

 昭和50~60年代の『月刊空手道』とか、ベースボールマガジン社の『空手と武術』とか『近代空手』とかのバックナンバーもわんさか出てきたが、それらもまとめて処分することに。

 また机の引き出しの奥からは、天心流拳法の姉川勝義先生からいただいたお手紙や資料、天神真楊流の久保田敏弘先生からのお手紙やお土産にいただいた下鴨神社の白扇なども出てきたが、これらは大切に持ち帰ることとする。

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▲昭和60(1985)年に、姉川先生からいただいたお手紙と、天心流拳法の資料。当時16歳だった私は、その後も含めて、結局、姉川先生に直接お会いすることはなく、天心流拳法を学ぶ機会も無かったのだが、当時、先生が出版された『柔術教範』を読んで柔術や古武道に関する質問の手紙を出すと、このように丁寧なお返事と資料を下さった。その後、2~3回手紙を交わし、お返事をいただいた記憶があるのだが、今回出てきたのは最初にいただいた手紙と資料だけであった



 さらに押し入れの奥からは、12歳の時に入門し初めて直伝で学んだ武術である、八光流柔術の稽古着が出てきたのだが、こちらはかなり痛んでいたので破棄。しかし帯は、意外にきれいだったのでとっておく。

 もっとも、今のウエストのサイズでは、多分、締められないだろう。あの頃は、リーバイス501の27インチがはけたんだが・・・・・・。

 そのほか、あれやこれやと、雑多なものがいろいろと出てきたのだが、かなり思い切って処分。それでも、どうしても捨てられない本や雑貨がダンボール3箱ほどあり、これらは後日、武州の拙宅に送ることとする。


 こうしてひとつずつ、記憶も整理されてゆくのだろう。

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▲机の奥から出てきた、グレンリベット12年のポケット瓶。多分、手に入れたのは20代の頃なので、現在、合計30年を越えるビンテージということになる。開けて飲もうか、迷うところだ(笑)

 (おしまい)
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負けに学ぶ/(武術・武道)
- 2016/07/24(Sun) -
 去年から剛柔流空手道の稽古を始めた甥っ子(5歳)が、先日、初めての昇級審査に落ちてしまったという。

 落ち込んでいるのかなと思ったが、むしろ本人は、さらに稽古にやる気がでてきたようだと両親は話していた。

 私はこの会派の先生方などには面識はないのだけれど、幼年部の子供の最初の審査でも、ダメな子はちゃんと落とすというのは、しっかりとした見識のある会派だと思う。

 武術・武道をやっていると、審査だけではなく試合でも、あるいは日々の稽古でも、何度も落ちたり、負けたり、挫折したりする。

 それが人を勁(つよ)くする。



 思えば、自分も何度となく負けてきた。

 特に、古流に疑問を感じて29歳から飛び込んだ空手道の世界では、そういう挫折を、何度となく痛感させられてきた。

 おまけに私はチビで未熟なわりに、負けん気だけは強かったこともあってか(学生時代のあだ名は「狂犬」or「火の玉」であった・・・)、あるいは当たり負けをしない方タイプだったからか、どういうわけか試合にしても地稽古でも、欧米人の相手をさせられることが多かった。

 そして欧米の空手人というのは、伝統派であるにも関わらず、試合や地稽古ではやたらと当ててくるのである(苦笑)。

 ライトコンタクトどころではなく、ほとんど顔面ありのフルコンタクト並みにぶち込んでくることも、まれではなかった(最近はどうか知りません。なにしろ10年以上も前の話です・・・・)。

 おかげで、上段回し蹴りを顔面にぶち込まれて奥歯を割られたり、思い切り顔面を叩かれたりしたこともたびたびで、それが原因で負けたり、あるいは勝ったり(反則勝ちですな)したことも何度もあった。

 ただ多くの場合、当時は「ぶち込まれたら、ぶち込み返せ!」というバンカラな気風がまだ残っていたので、そういう時はこちらも思い切り得意の背刀を顔面に叩き込みつつ投げを打って床に叩きつけて踏み潰したり、ナイハンチで鍛えた足払いという名の関節蹴りで相手の膝をつぶしにかかったりと殺伐な組手をしたのは、青春期の最後の思い出である・・・・。



 当時、古流の武術に疑問を感じて飛び込んだ空手道の世界であったが、その後再び思うところがあり、斯界を離れまた古流の世界に戻ってきた私だけれど、競技や地稽古でたくさん負けて、またたくさん痛い思いをしたことは、今の古流武術の稽古においても、精神的にとても有意義な経験になっている。

 こうした点で、一部の古流修行者には痛みの伴う稽古や、身体的な負荷の高い稽古(ようするにキツい稽古)を避けたがる傾向があるが、それは武術・武道人としては致命的だろう。

 思うに古流武術の稽古は、たとえそれが静謐な形稽古であっても、「懸中待、待中懸」の心法を存分に尽くせば、それはたいへん緊迫感のある、厳しい稽古となるものだ。

 実際私など、本部にて師に打太刀を執っていただき柳剛流の形稽古を行うと、毎回、心身ともにへとへとになってしまう・・・。

 古流の形といえども、こうした厳しい気概で緊張感のある稽古をしなければ、それはもはや「武」ではなく舞踊にすぎない。

 そして、私はこうした心持ちを、厳しく、痛く、何度も負けて悔しい思いをした、空手道の稽古を通して、よりつよく学ばせてもらったと感じている。

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▲平成19年の流派全国大会での組手試合のひとコマ



 甥っ子もこれから、たくさん負けたり、痛い思いをしたり、悔しい思いをするだろう。

 それが彼の人生を、より豊かにすることを、同じ「武の道」のほんの少し前を歩く伯父さんは願っている。

 そしてもし、いつか彼が古流武術にも興味をもってくれたら、とてもうれしく思う。

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▲次は何色帯かな?


 (了)
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水月塾本部での史料講義~山田流試斬秘伝図巻/(武術・武道)
- 2016/07/21(Thu) -
 先日の水月塾本部稽古では史料講義として、小佐野先生が所蔵されている『山田流試斬秘伝図巻』を拝見、解説をしていただいた。

 山田流試斬といえば、いまさら説明するまでもない、御様御用・首切り浅右衛門で知られる、あの山田流の絵伝書である。

 今回、師より当ブログ掲載のご許可をいただけたので、以下、一部を紹介しよう。

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 伝書には、斬り方と斬る部位、試物の据え方、刀の拵えなどについての解説が、絵と文章で記載されている。

 個人的に興味深いなと思ったのは、鍛錬用の振り棒の形状や材質などについて、詳しく解説されていることだ。

 据物斬りも剣術同様、事前の鍛錬がなければままならないというのは、当然といえば当然であろう。

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 また、斬首後の遺体ではなく、まだ生きている人間を試物とする場合、身体のある部分とある部分を固定した上で斬り懸かるというのは、なるほどと腑に落ちた。

 そうでなければ、たとえ抑えつけていても、嫌がってわずかでも動くであろう相手に繊細な「試刀」はできないだろう。

 また試斬においては、左袈裟よりも右袈裟※の方が、より刃筋のブレが少ないと言われるが、この固定の仕方で首や肩、腕に斬り懸かる場合の太刀筋は、必ず「右袈裟」となるであろうことも意味深長だ。

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 さらに、柳剛流の修行人として非常に勉強になったのは、脚への試刀部位である。

 柳剛流というと、「足斬り」「脛斬り」というイメージが広く知られているが、では脚のどこを斬るのか? については、流儀の口伝を受けた者でないと分からないであろう。

 当流の「断脚之術」は、脚ならどこでも斬れば・打てばよいというものではない。

 そういう意味で、山田流試斬の伝書で示されている脚部の試刀部位が、柳剛流の口伝と完全に一致していたというのは、たいへん貴重な知見となった。


 こうした史料研究は、文化の保存や継承のためにはもちろん、実技としての武技を深めるためにも欠かせないものと言えるだろう。

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 それにしても、「面放」って・・・・・・。


※ここでいう「右袈裟」は、向かって11時の方向から5時の方向、つまり自分の左上から右下へ斬り下ろす袈裟である。空手道における「外受け」「内受け」と同様、剣術や居合・抜刀術でも一部流派によって「右袈裟」と「左袈裟」の意味する太刀筋が異なっているのは、文書表現上、誤解が生じやすい点である。

 (了)
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柳剛流居合による鍛錬/(柳剛流)
- 2016/07/20(Wed) -
 先の三連休は、初日には母の遺品整理のため伊豆に戻り、2日目は水月塾本部の稽古に参加した。

 本部稽古の午前中は八戸藩伝の神道無念流立居合、午後は柳剛流と柳生心眼流、そして水月塾制定日本柔術をみっちりと指導していただく。



 柳剛流は、師に打太刀を執っていただき、剣術、突杖、長刀の形を稽古。

 その後は、居合をみていただく。

 たびたび指摘しているように、柳剛流の居合は流儀の体を作るための鍛錬の意味合いが強い。

 それだけに、身体的負荷の大きな動きを要求されることから、一人で稽古をしているだけでは、知らず知らずのうちに楽に動こうとしてしまう。

 そこで、師に形をみていただき、正しい動きに手直しをしていただく。

 二尺七寸の居合刀をお借りし、 体幹の動きを最小限に抑えて最大限の一重身をとることを心がけつつ、基本となる1本目の「向一文字」の形を中心に、「右行」、「左行」、「後詰」、「切上」の形を繰り返すが、なかなか簡単には抜けない。

 まあ、難しいからこその鍛錬であり、精進あるのみだ。

 しばらく抜いていると、下半身がパンパンになる・・・。

 一方で、裂帛の掛け声とともに激しい体動をもって抜く、古流の風格あふれる柳剛流居合は、形を行じていると実に壮快である。

 熱気のこもる稽古場でひたすら居合を抜きながら、この業を磨く喜びを感じるひと時であった。

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▲柳剛流居合「左行」


 (了)
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パルティアンショット/(時評)
- 2016/07/19(Tue) -
■パルティアンショット(Parthian shot)
~紀元前247年頃 ― 226年頃まで、中東地域を支配したパルティア王国に代表される、遊牧民弓騎兵の戦法。逃げながら、馬上から振り返りざまに打つ矢のことで、現代の英語では転じて「捨て台詞」を意味する~



 時折、話し言葉にしても、書き言葉にしても、

 「○○じゃないですか・・・、分かんないですけど」

 とか、

 「××じゃないっすか・・・、知らんけど」

 といった物言いをする人がいる・・・・・・。


 この物言いを聞く(読む)たびに、

 「分かんないなら、最初から黙ってろよ」

 と思うのは私だけだろうか?


 推測するに、このようにわざわざ発言の最後に「分からない」「知らない」といった言葉を添えることで、発言の責任を問われることから逃げているのだろう。

 自分の言葉や論に責任を持てないならば、黙っていろとは言わないがせめて、

 「よく分からないのですが・・・」

 とか、

 「個人的な意見なのですが・・・」

 などと、最初に申し添えてから、自分の考えを述べればよい。

 それかあらぬか、断言や言い切り、時には批判をさんざんしたあげく、最後の最後に「分かんないですけど」とか「知らんけど」などといった言葉を添えて、言い逃げ・書き逃げをするというのは、なんとも品性が卑しい。

 ようするにこういうのは、卑怯者の物言いなのだ。


 少なくとも、まともな躾を受けた大人は、こういう物言いはしないものだ・・・、分かんないっすけど!

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▲パルティアンショットのイメージ・・・、知らんけど


 (おしまい)
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打太刀を執る/(柳剛流)
- 2016/07/15(Fri) -
 ここ数日来、柳剛流の稽古をしていて、剣術にせよ突杖にせよ、あるいは長刀にしても、いまさらながら打太刀の難しさと厳しさを改めて実感している。

 普段、自分の稽古ではどうしても仕太刀の練磨が中心になってしまうのだが、考えようによっては、それはある種の「居着き」ともいえよう。

 打太刀を執り練磨することで、仕太刀の立場からは見えてこなかったものが観えてくる。

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▲ちなみにこの写真は、柳剛流の形ではありません。念のため・・・・・・(笑)

(了)
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柳剛流突杖の確認、周易講義、珍品(?)タロット/(身辺雑記)
- 2016/07/14(Thu) -
 多忙である・・・・・・。

 母の死の前後となった4~6月は、あまり仕事を受注できなかったこともあり、今月は旅もののルポ、医療系のインタビュー、WEBの医学原稿、温泉宿の広告記事、オリンピックの紹介記事など、雑多な原稿書きに追われている。

 一方で、夏ばてなのか一昨日あたりから偏頭痛がひどく、あまり執筆に集中できない。


 今週火曜からは毎年恒例の空手の暑中稽古なのだが、昨日も今日も、原稿に追われて出席できず・・・・・・。

 その分、原稿書きの合間を縫っての日々の柳剛流の稽古は、忙しくてもできるだけ欠かさず行っている。

 ここ数日、突杖の形で少し疑問があったのだが、本日の稽古後、稽古帳を確認することで疑問が氷解。稽古の覚書というのは大事なものだと、改めて実感した次第。

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▲絵心がないというのは、自覚している・・・



 先日、なじみの古書肆で、易学の泰斗・横井伯典先生の名著『周易講義 第4巻』を格安な値段で入手することができた。2~3巻はすでに持っているので、残すは第1巻のみであるが、気長にころあいの値段の古書を探すつもりだ。

 最新刊である『 周易講義 最終篇 全2巻』は・・・、今のところ、高すぎて手が出ません。

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▲昭和43年の刊行の和綴本。沢火革から火水未済までの釈義が収められている


 一方で、やはり最近、さる筋から入手したのが、アルバノ・ウェイトのタロット。しかもミニチュア版という珍品である。

 アルバノ・ウェイトというと、スタンダードサイズやジャンボサイズがあるのは知っていたが、ミニチュア版があるというのは知らなかった。

 独特の色使いが特徴のアルバノ・ウェイトは、これまでビビットすぎてどうかと思っていたのだが、実際にカードを手繰ってみると、意外に違和感がない。

 これなら実占用に、スタンダード版を入手しておいてもよいかもしれない。

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▲比較物がないので分かりにくいが、ミニチュア版のサイズは、日本の花札と同じくらい


 とまあ、駄文を書いている暇があったら、さっさと一杯ひっかけて眠らねば。

 明日もまた、原稿ラッシュだ・・・・・・。

 (おしまい)
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夏の酒/(身辺雑記)
- 2016/07/11(Mon) -
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 到来物の、久須美酒造の「亀の翁」。

 某漫画で有名な酒で、先週末、極上の鴨鍋を肴にこいつをいただいた。

 冷や(常温)で呑むと、すっきりとした切れ味の中に純米大吟醸らしい、ふくよかな旨みが口中に広がる。

 初夏の陽気に似合いの、さわやかな銘酒であった。

 (おしまい)
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柳剛流突杖「ハズシ」/(柳剛流)
- 2016/07/08(Fri) -
 以前、本ブログにて、柳剛流突杖(杖術)の「ハズシ」という形=業について、「これは体術にそのまま応用展開しやすい、云々・・・・」という旨の考察を書いた(「柳剛流突杖の体術への展開」http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-917.html)。

 その後、つらつらとネットを見ていたところ、山口県で杖術の稽古をされている「如水館」という団体の方のブログで、「柳剛流杖術”外"≒入身投げ」(http://jyozenmizunogotoshi.blog.fc2.com/blog-entry-16.html) という記事を拝読。

 「考えることは、一緒だなあ」と思った次第である。

 ブログを拝見すると、如水館さんは岩目地光之先生門下の道場ということなので、そこで稽古されている「柳剛流杖術」は、塩川寶祥先生の系統である龍野藩伝の柳剛流であろう。

 私は岩目地先生には面識はないのだが、塩川先生は演武会などで何度かお姿を拝見したことがある。

 しかも、初めてお会いしたのは某武道館の更衣室で、たまたま塩川先生と私の二人っきりという状況であり、咄嗟ながらも着替えをお手伝いさせていただいたのは、もう20年近くも前のことだ。

 おまけにこの時、私は塩川先生のことをまったく存じ上げていなかったので、「ご年配の武道家が、一人で更衣されているなあ・・・」ぐらいにしか思わなかった。

 塩川先生について、真剣での立ち合いも経験されている最後の実戦派古流武術家だと知ったのは、それからしばらく後のことであり、今となっては冷汗三斗の思いである・・・・・・。



 さて、龍野藩伝系の柳剛流杖術は、おそらく最も全国的に普及している柳剛流の一派であろう。

 一方で龍野藩伝柳剛流では、剣術や居合、長刀や殺活術など、杖術以外の形や術がすべて失伝しているというのは、まことに残念なことである。

 私は、この系統の杖の形については写真でしか見たことがないけれど、私たちが継承している仙台藩角田伝柳剛流の突杖とは、趣の異なる点も少なくないようだが、形の大意はおおむね同じようである。

 そういう意味で、龍野藩伝にせよ仙台藩伝にせよ、「ハズシ(龍野藩伝では『外』)」の形が、体術への展開を連想しやすいというのも、当然といえば当然のことだろう。

 一方で、古流武術とは別に空手道を稽古してきた私が、「ハズシ」の形から捌いて入身してからの当身(突き)を連想したのに対し、如水館さんのブログ筆者の方が、同じ「外」の形から合気道の入身投げを連想されたというのは、また違った意味で、なかなかに意味深長ではなかろうか。

 私は合気道の素養はないのだけれど、入身投げというのは非常に独創的かつユニークな、合気道を代表する技だと思う。ことに、「正面突き入身投げ」は、深みのある実践的な業だ。



 伝承の系統は異なるとはいえ、流祖を同じくする柳剛流が、このように全国各地で大切に伝承・稽古されているというのは、当流を学び愛する者として、とてもうれしく、また心強く思っている。

 (了)
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ならぬことはならぬものです/(旅)
- 2016/07/06(Wed) -
 旅の取材で久々に会津へ。

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「什の掟」
一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ

  ならぬことはならぬものです 


「あいづっこ宣言」
一、人をいたわります
二、ありがとう
   ごめんなさいを言います
三、がまんをします
四、卑怯なふるまいをしません
五、会津を誇り年上を敬います
六、夢に向かってがんばります

 やってはならぬ
   やらねばならぬ

 ならぬことは
   ならぬものです






 何度訪れても思うのだが、私は会津が好きだなあ・・・・・・。

 (おしまい)
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手裏剣術指南の条件/(手裏剣術)
- 2016/07/05(Tue) -
 先日、稽古場で手裏剣を打っていたところ、通りすがりのおじさんが、「ちょっと見ていていいですか?」と声をかけてきた。

 見知らぬギャラリーに、しげしげと見られるのはいつものことなので、「どうぞ」と答えてしばらく稽古を続ける。

 ちょっと一息ついたところで、おじさんが話しかけてきた。

 「それは手裏剣ですか」
 (おお、なかなか分かっとるじゃないか!)
 「ええ、そうです」
 「意外に近くから投げるんですね」
 「・・・・・・」

 ちなみにこのとき、私は4間半(約8.1メートル)から直打で4寸的(約12センチ四方)を打っていたのだが・・・・・・。

 それでも素人さんには、「意外に近い」と思われちゃうのネ。

 なお参考までに、欧米の特殊部隊等でナイフ・スローイングの訓練をする場合、反転打か1回転打で、おおむね2間半(約4.5メートル)程度の距離でトレーニングすることが多いとか。

 重量剣を使って板金を打つ心(一打必倒の気概での打剣)で、間合4間半で4寸の的に直打で的中をまとめるのがどんだけ難しいか、できればこのおじさんに小1時間ほど膝突き合わせて話してみたいとも思ったが、芸の難しさを当事者が強調するというのも野暮な話しである。

 そして私も、もう天命を知る歳が間近なのだ。

 そこはにこやかに、「あはははは・・・・・・」と苦笑いして聞き流した次第。

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▲4間半から板金を打つ心で5本を打ち、4寸的から2本を外す。
よっこらしょと「的に置きにいく」ような打剣と違い、一打で相手の
死命を制する気概で打ち込む、「板金を打つ心」では、この間合で
も全剣的中は難しい。我、いまだ未熟なり・・・



 ところで最近、某SNS(最近、このフレーズが多いような・・・)で、手裏剣の稽古会開催を呼びかけている人の記事を見た。

 そこでこの人の打剣の動画を見たのだけれど、なんか半間か1間の間合いから、まったり棒手裏剣を打っていて、ちょっと驚いてしまった。

 「本当は4~5間は通せるのだけれど、撮影の関係でこの間合になっている」、というのならよいのだけど、そうでないなら、ちょっとどうかと思うわけデス。

 ま、エンタメの一環として、受講生にニンジャ気分を楽しんでもらうというようなものであれば、いいのかもしれないけれども・・・・・・。


 私は翠月庵の開庵当初から、「武術としての手裏剣術の間合は2間半以内」と指摘している。

 一方で、手裏剣術指南の看板を掲げ、他人様に手裏剣術を教えるためには、まず打剣距離については、最低でも直打で5間は通せないと、「手裏剣術者」を名乗るには、みっともないのではなかろうか?

 さらに的中と威力に関しては、本ブログでもたびたび紹介しているように、錬士相当・目録(成瀬関次師著『臨戦刀術』より)という実力の目安である、板金を打つ心での打剣で、三間半強(的から10歩)から八寸的に六割以上の的中が必要条件と考えている。


 私のこれまでの、直打での最大間合は8間(約14.4メートル)である。

 といってもお恥ずかしいことに、これは長距離を通しやすい特殊な棒手裏剣を使い、しかも10本打って1~2本程度の刺中という、かなりお寒いレベルであったが・・・・・・。

 ちなみに以前、七間直打の動画を当庵のyoutubeのページで公開していたのだが、この間合での打剣にはあまり武術的な意味がなく、しかも我ながらたいしたレベルの打剣でもなかったため(確か5打中3打刺中であったか・・・)、今は取り下げて公開していない。

 なお現在、翠月庵での手裏剣術の稽古上の間合は最大5間としているので、今はもう8間直打は、10本打ってもたぶん1本も刺さらないのではないかと思う。なぜなら、長距離の打剣は、そのための専用の稽古をしなければならないからだ。

 また精度と威力に関しては、板金を打つ心での打剣で、なんとかぎりぎり「三間半強・八寸的に六割以上の的中」をクリアできるというレベルである。

 ゆえに、さすがに演武会などではそのような経験はないが、時には稽古中、3間5打で全剣失中ということもある。

 ことほどさように、手裏剣術とは、難しく厳しい「武芸」なのだ。

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▲間合5間とは、だいたいこのような距離。しかもこの写真では、順体でかなり深く踏み込んでいるので、実際には間合い4間半弱といったところか(翠月庵門下筆頭・吉松章氏による打剣)


 とまあ、なんだか他人様の商売をクサすようであれだけれど、手裏剣術を表看板にしている者として、ちょっとひっかかったので、一言物申した次第。

 なお、当該の講習会主催の方が、しっかりとした手裏剣術の業前をお持ちなのであれば、ぜひ積極的に指導・普及を行っていただき、日本の伝統的な手裏剣術の魅力をより多くの人に伝えていただきたいと思う。

 そしてそのような場合、この記事は速やかに訂正し、失礼をお詫びする所存だ。

 しかしそうでないのなら、未熟な指導者が殺傷力のある武具を使った武技を初心者へ指南するというのは、安全上も、また武術・武道の倫理上も控えるべきであろう。

 (了)
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ネット上で示された、柳剛流に関する疑問について/(柳剛流)
- 2016/07/04(Mon) -
 先日、某SNS上で、柳剛流に関する疑問が話題として出ていました。

 そこで以下、当流の実践者の立場から、つらつらと答えられる範囲で回答をまとめてみました。

 ま、余計なおせっかいかもしれませんが、少しでも当流の正しい姿をご理解いただければうれしく存じます。


Q.「脛きりには要訣のようなものがあった?」
A.当然あります。具体的には口伝のためここでは書きませんが、いずれにしても、ただ闇雲に脚を斬ればよいというものではありません。
 どうも皆さん、柳剛流の脚斬り=「断脚之術」について、たとえば双方が見合った状態から先をとって低く踏み込んで片手打ちで相手の脚を斬る・・・・、みたいなイメージがあるのかもしれませんね。しかし当流の「断脚之術」は、それほど単純なものではありません。
 剣術でも柔術でも、業を遣うには必ずそこに「作り」から「掛け」という前提があります。たとえば新陰流の「必勝」という形は左太刀の業としてよく知られていますが、左太刀で斬って勝つために、その前提としての「作り」や「掛け」が、運足や体捌き、拍子や間積もり等の口伝として伝えられています。
 同様に柳剛流の断脚之術にも、脚を斬って勝つための前提としての「作り」と「掛け」が、運足や体捌き、拍子や間積もり等の口伝として伝えられており、それらがあってこそ柳剛流の断脚之術なのです。
 藪から棒に、脚に斬りつけるようなものではありません。
 こうした脚斬りのための「作り」や「掛け」の理合は、門人が最初に学ぶ形である、「右剣」と「左剣」に明確に示されており、初学の段階からそれをみっちりと学びます。
 なおこれらの点については、本ブログの旧記事「いかにして脚を斬るか?」(http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-811.html)もご参照ください。


Q.「柳剛流は脛きりで世間に知られているけど、別にそれだけではなかった?」
A.たしかに脚斬り=断脚之術が、当流の真面目であることは疑いがありません。しかし当流の勝口(かちくち)は、脚斬りだけではありません。面、横面(小鬢)、頸部、咽喉部、裏小手、上腕、胴、脇下等への斬撃・打突による勝口が、剣術・居合・突杖・長刀のそれぞれの形で示されています。
 また、往時の竹刀打ちによる試合稽古においても、脛打ちだけでなく、面や横面、小手への打突も含めて勝ったという記録が残されています(図)。
 当流の本旨はあくまでも、 「身體四肢無一所不斬突也」(身体四肢において、斬撃・打突しない部位は無い)なのです。

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▲岡田十内派師範家に伝わっていた、慶應年間の「試合帳」(原本は水害で損失とのこと)。トンボ絵状の人体図に、試合での打ち込み部位が記載されている。面に三打、横面に二打、右小手に一打、そして最多が右脚に四打となっている。小林雅助著『雑誌并見聞録』より


Q.「脛きりと柳剛流を結びつけているのは、単に時代小説のせいだったりとか・・・?」
A.そのようなことはありません。流祖岡田惣右衛門奇良自ら、「世の剣術家は皆、斬足之法があることを知らない。このため剣を学ぶ者は足を斬ることを恥としている。しかし戦場において脚を斬らないという理屈があるだろうか。脚を斬ってくることに備えなければならないのは明白であり、そこで私は斬足之法を創案したのである」(三重県多気郡、奉納額より)と語ったと伝えられています。


Q.「有名なのは柳剛流とか三話(ママ)無敵流だけど、案外と他には聞かないが・・・」
A.この疑問は多分、「脚斬りの業があるのは・・・」、というのが主語だと思うのですが、そうであれば当流以外にも脚を斬る業=形を伝えている古流はいくつもありますね。私の知っている限りでも、駒川改心流、直心影流、天然理心流、力信流、柳生心眼流などの形に、脚を斬る業が伝えられています。
 一方で、三和無敵流に脚斬りの業があるというのは、私は初耳でした。もしかしたらこの疑問は、脚斬りの話題ではないのかもしれませんね・・・・・・。


 また巷間、「脚斬りの弱点は、上段に隙ができること」と、よく言われます。

 これはまったくその通りなのですが、柳剛流がそういった弱点を持つ業である脚斬りを流派の真面目としている以上、当然、流祖はそのような弱点攻撃への対策を考案しており、それは業や口伝として現在まで伝えられています。

 それどころか、むしろ脚斬りで隙のできる頭部をあえて斬らせて勝つという勝口まで、業=形として伝えているのは、古流の奥深さの面目躍如といったところでしょう。

 当然ながら、こうした理合を実際に遣いこなすためには、たゆまぬ鍛錬が必要であることは言うまでもありません。


 また「相手が甲冑を着ている場合、脛当てがあるので柳剛流の脚斬りは遣えない」というような指摘も、一部にあるようです。

 これについても口伝のため、ここでは具体的な点は示しませんが、仮に相手が当世具足を着用していたとしても、当流の「断脚之術」は(理合上は)有効な業となります。

 (なお西洋甲冑に対しては、私は不勉強のため分かりません。あしからず)

 そもそも、上記に示した流祖の口承にみられるように、当流の「断脚之術」は戦場での運用を考えて編み出された業ですから、甲冑着用者に無効ということはないのです。

 ただし、これもまた当然ながら、そのような理合を実際に運用して甲冑武者の脚が斬れるかどうかは、個々の修行人のレベル次第であるというのは、これまた言うまでもないでしょう。


 (了)
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最近の柳剛流関連の情報あれこれ/(柳剛流)
- 2016/07/03(Sun) -
 ウィキペディアの「柳剛流」のページについては、過日、流儀名の読み方が「りゅうごうりゅう」から「りゅうこうりゅう」に訂正されていたことを本ブログで指摘した。

 そして昨日、また当該ページを見ると、今度は流祖の名前が「岡田寄良」という誤ったものから、「岡田惣右衛門奇良」と正しい名前に訂正されていた。

 これは、たいへんにすばらしく、ありがたいことだ。

 そこで当該ページの版間の差分を確認したところ、修正した方はハンドル名なしの「無名氏」とのことであった。

 柳剛流を伝承する者の一人として、その「無名氏」に、ここで深く感謝申し上げたいと思う。

 ありがとうございます。

 また、この「無名氏」は、仙北に伝承されている(いた?)「柳剛流柔術」について、仙台藩角田伝とは別系統と訂正しており、これもまた適切な修正といってよいだろう。

 私自身完全に裏トリのダブルチェックができているわけではないけれど、近年まで宮城県古武道協会に所属していたという「柳剛流柔術」は、仙台藩登米伝柳剛流の系統であると考えられる。

 またこの「無名氏」は、前版の文章の「出来た」という表記を「できた」と直していることから推測すると、もしや出版関係者、あるいは第三者向けの記事や論文をある程度書きなれた方ではないかと推測できる。

 一方で、同じウィキペディアの流祖のページについては、いまだに間違いだらけのひどい記述になっているので(流祖の名前の誤り、岡田十内との混同など)、こちらもぜひどなたか志のある方が修正してくださればと思う。

 「そんなこと言ってないで、お前が自分でやれ!」と言われるかもしれないが、私はウィキペディアの修正の仕方がどうもよく分かんないのである・・・・・・。



 ところで以前、本ブログで紹介した「柳剛流~岡田惣右衛門奇良 生誕250周年記念~」というブログ(http://250anniversary.blog.fc2.com/)について。

 このブログ、今年1月13日に初めての記事が書かれていたのだが、その後はまったく更新されていない。

 それどころか、最近、ページを閲覧したところ、ページデザインが変更された上で、上記1月13日の記事も見られない状態になっている(キャッシュで閲覧は可能)。

 つまり、タイトルだけの白紙状態、いわば「塩漬け」で放置されているようなのだ。

 ページにある筆者のプロフィールを見ると、流祖生誕の地・幸手在住の方ということなので、地元発ならではの記事に期待をしていたのだが、残念なことである・・・・・・。



 ところで、柳剛流の流祖・岡田惣右衛門奇良生誕地である埼玉県幸手市では、毎年8月、幸手市立武道館で「幸手市武道館まつり」と題し市内で活動している武道各派の演武が行われる。

 この祭りでは、例年、幸手市剣道連盟の先生方による柳剛流剣術の演武が行われる。

 今年で10回目を迎えるこの武道館祭りだが、さきほど武道館の担当者に確認したところ、今年は10月2日(日曜)13時からの開催に変更になったとのこと。

 柳剛流の演武は今年も行われるということなので、近隣の方はぜひ足を運んでいただきたい。私も当日は、拝見に行きたいと考えている。

 なお、以前本ブログにも書いたが、幸手市武道館では毎月1回、上記の先生方による柳剛流剣術の指導が行われているので、興味のある人は武道館宛に問い合わせみると良いだろう。


 あっ!

 当然ながら、わが翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部でも、毎週土曜または日曜の15時から17時まで、JR高崎線行田駅最寄にある稽古場にて、仙台藩角田伝柳剛流の稽古をしております。

 当流に関心のある方は、伝承と普及のためにもぜひ、お問い合わせください。

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▲仙台藩角田伝の柳剛流では形を行ずるにあたり、まずこのようにして股立をとる。
こうした礼法も、流儀の大切な伝承だ

 (了)
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新刊2冊/(身辺雑記)
- 2016/07/02(Sat) -
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▲『愛猫の看取りマニュアル』南直秀監修(秀和システム)


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▲『愛犬の看取りマニュアル』南直秀監修(秀和システム)



 一昨日発売になったばかりの新刊2冊。アマゾンほか、全国書店にて絶賛発売中!

 不肖・私は、「愛猫の~」は第1章を、「愛犬の~」では第3~6章を執筆しました。

 「重版出来」になるように、一家に1冊のご購入&宣伝、宜しくお願い申し上げ奉り候。

 ま、原稿料は印税ではなく買い取りなので、重版がかかっても私のギャラにはならないんだけどネ(爆)。



 ところで、私はおよそ四半世紀、出版業界で仕事をしているけれど、「じゅうはんしゅったい」という言葉は聞いたことがない。

 普通は、「重版がかかりました」とか、「重版がでます」とか言うもんで、「じゅうはんしゅったいしました!」なんて、話し言葉で言う人はまずいないと思う、多分・・・・・・。

 (おしまい)
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