11月の水月塾本部稽古~柳剛流、柳生心眼流、伝書講義、荒木流/(武術・武道)
- 2016/11/29(Tue) -
 一昨日は朝から、水月塾本部での稽古。

 まずは柳剛流。

 備之伝、備フセギ秘伝から、小佐野先生に打太刀をとっていただき剣術と突杖の稽古。

 次いで午前中の後半は、柳生心眼流。

 「落」の素振りを大搦までご指導いただく。


 昼、お楽しみの伝書講義は、今回は『難波一甫流』。

難波一甫流_1
▲伝書の冒頭に肖像画が記されているのも特徴的


 明治20年代に記されたこの伝書は「中伝」となっているが、柔術はもとより、剣術や軍扇術、さらには手裏剣術までも含んだ、幅広い術技が伝授されていたことが分かる。

難波一甫流_2
▲手裏剣術は5カ条が記されている


 さらにこの伝書のユニークな点は、武士の座し方についての口伝の絵図が記されていることだ。

 いずれも膝を開いた正座の状態だが、手の位置や置き方などが異なる。もっとも詳細は口伝となっており、今やその実態がつまびらかでないのは残念である。

難波一甫流_3
▲よくよく見ると、絵柄がちょっとキュートである・・・・・・


 昼食後、午後の稽古は柳剛流の長刀から。

 師がお持ちの時代の物の稽古用男長刀をお借りして、仕方をとらせていただく。

 次いで、荒木流抜剣。

 礼法から1本目「落花」、2本目「千鳥」、3本目「折返」までをご指導いただく。

 名前の通り、花が落ちるような優雅な動きに相手の斬撃を封じる理合が含まれる「落花」、古流らしい大八相での残心が目を引く「千鳥」、豪快な蹴当てが入る「折返し」など、荒木流の抜剣(いあい)は、ダイナミックかつ個性的なものだ。

 稽古最後の小半刻は各々自習ということで、柳生心眼流の「落」の素振りを復習。

 一般的な日本柔術はもちろん、空手道とも全く異なる当身拳法である柳生心眼流は、たいへんに独特であり稽古していても難しさを実感するばかりであるが、それだけに学びがいのあるものである。

 なにより、素振り二十八カ条を基本とした稽古体系により、一人稽古でも技をしっかりと錬ることができるのが、私のような遠方からの通いの弟子にとってはたいへんにありがたい。

 また、昭和を代表する柳剛流剣士である沼倉清八師範(登米伝)は、柳剛流とともに柳生心眼流も修めていたことで知られており、私も柳剛流と併せて柳生心眼流を、自分に可能な限り学んでいきたいと考えている。


 稽古の後は、いつものように師に同道させていただき小宴の後、心地よいほろ酔いのまま武州への帰路についた。

 充実した一日であった。

 (了)
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心地よい4間打ち/(手裏剣術)
- 2016/11/26(Sat) -
 本日の稽古では、久々に手裏剣に専念した。

 ここのところ、自分の稽古でも門下への指導でも、柳剛流をはじめとした古流の稽古が中心になっており、どうしても手裏剣の稽古が二義的になっていたことから、今日はたっぷりと手裏剣を打つ。

 思うに当庵では、もう10年近く前から、「武術としての手裏剣術の間合は2間半以内」と指摘し、その理合に基づいて稽古をしてきているわけだが、一方でフィジカルな楽しみというか、手裏剣を直打で打っていて「楽しい」と感じるのは、4間前後の間合である。

 この距離は遠からず、近からず、板金を打つ心で思い切り打ち、それが的中すると実に心地よい。

 若い頃、海外で拳銃射撃に専念した時期があったけれど、この間合での手裏剣の打剣の心地よさは、ある種、拳銃射撃の心持ちにも通じるように思う。

 これが3間以内になると、どうしても「日本武芸としての手裏剣術」という感覚が非常に強くなるし、逆に5間になるとそれ以上の間合から打つ長距離打剣に必要な、ある種特殊な打ち方のコツが必要になりはじめる。

 こうした点で4間という距離は、純粋な戦技の間合でなく、さりとて距離ありきの曲芸的な打ち物の間合でもない、心身の活動として非常に絶妙な間合と思えるのだ。

 この間合で手離れ良く、しっかりと直打で4寸的にズドン! と刺さる感触は、手裏剣術者のみが知ることのできる、至福の快感だといえるだろう。

 個人的には、5間でもこうした感覚で稽古ができるようになりたいのだが、今の私のレベルではどうしても、4間を超えると「的に刺すためのテクニック」を使わねばならず、自然な剣術的体動での打剣は、いまのところ4間止まりというのが現実だ。

 それにしても、やはり手裏剣の稽古は楽しい。

 一刻の間たっぷりと打剣に専念し、剣術や柔術の稽古とはひと味違う筋肉痛を感じつつ、つるべ落としの夕暮れの中、帰路についた。

160116_152052.jpg


 (了) 
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日本語の読み書きという課題/(武術・武道)
- 2016/11/24(Thu) -
 先日、ドイツ人門人のMさんから、「先生! ネットで柳剛流の木太刀にそっくりな物の写真を見つけました!」というメールが来た。

 どれどれと、そのホームページを見ると、それはやはり私の門下であるUさんのページであった。

 そりゃあそっくりだろう、柳剛流の木太刀なんだからね(苦笑)。



 当庵は、ことさら個別指導をうたっているわけではないのだが、門人が少ない上に、それぞれが月に1回とか2回など五月雨式に稽古に来るものだから、たまたまタイミングが合わないと、今回のように何か月もの間、特定の門人同士が一度も顔を合わさないということになるわけだ。

 ちなみにMさんは昨年秋、Uさんは今年夏の入門であり、ここ4カ月の間、二人は稽古場で顔を合わす機会が無かったのである。

 またMさんは、日本語会話については問題ないのだが、漢字の読み書きができないので、Uさんのページの内容を読むことができなかったということも、こうした行き違いの要因であろう。



 外国人が古流武術を学ぼうという場合、日本語の読み書きの能力、特に漢字の著述・読解力が必須となる。それができないと、技は覚えられても、字義に基づいた口伝の伝授などに支障をきたすことになるからだ。

 たとえば、漢字の読み書きのできない外国人に、「虚實品別縦屈伸」という口伝を伝えたとする。

 彼はこれを「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」として理解し、その内容を学び、後世に伝えることはできる。

 しかし、漢字の読み書きができない彼は、この口伝を「キョ(コ)ジツヒンベツジュウクッシン」という口語、あるいは「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」という表記でしか伝えることがきでない。

 ゆえに、彼からこの口伝を学んだ門人も、その口伝を「キョ(コ)ジツヒンベツジュウクッシン」という口語と、「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」という表記で伝えていくほかない。

 こうして流祖以来、200年以上前に渡って連綿と伝えられてきた口伝の表記とその字義が、失われてしまうことになるのだ。


 近年、古流武術においても数多くの外国人修行者や外国人指導者が活躍しているが、日本語の読み書きについて、彼らがどの程度理解できているのか、多いに気になるところである。

 またこれは、私も含めた現代の日本人修行者にも共通する課題でもある。

 行書や草書、変体かなの読み書きは、古流の継承に必須だが、その習得は日本人にとっても容易なことではない。かくいう私自身、草書や変体かなの読み書きは、現在の大きな課題なのである。

 「術」の稽古をたゆまず続けながら、読み書きや有職故実も学んでいかなければならない。
 
 古流修行の道は、楽しくも険しいものだとしみじみ思う。

 (了)
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いささか、びっくり・・・/(柳剛流)
- 2016/11/22(Tue) -
 昨日、青山でVR/AR関連のインタビューをした帰り、地元の書店に立ち寄った。

 事前に、雑誌『月刊 秘伝』の12月号には、楊心古流や最近新聞でも報道された神道一心流についての記事が掲載されると聞いていたので、それを読みたいなと手に取ってパラパラと立ち読みを開始。

 そのまま巻末の方までざっと目を通していると、モノクロページのレポートで、『第10回幸手市「武道館まつり」に柳剛流』という記事を発見!

 なんと、幸手市剣道連盟の千葉仁先生・持田征男先生による、柳剛流剣術演武の模様が写真と共に記されているではないか!!

 おおっ!!! っと思い記事を読み進めると、さらになんと仙台藩角田伝柳剛流は小佐野淳先生が伝承され、そのご指導の元、国際水月塾武術協会埼玉支部にて、不肖・私が柳剛流を指導しており、諸々の経緯などはブログ『新・流れ武芸者のつぶやき』に詳しい・・・、といった内容が手短に記されていた。

 書店で立ち読みをしている雑誌で、いきなり自分の名前やブログのタイトルを目にして、いささかびっくりであった(苦笑)。

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▲『月刊 秘伝』12月号に掲載されている、柳剛流の記事


 今回、こういう記事が掲載されるということは、私はまったく知らず、同誌編集部からも事前に連絡などはなかったのだが、このような内容での記載であれば、報道機関や出版業界の慣例として、特段、問題はないと思う。

 むしろ、柳剛流の普及や広報という点で、たいへんありがたいことだ。



 なおちなみに、私の公表している本ブログなどの文章や写真(画像データ)について、転載や引用の可否についてのスタンスを書いておくと、基本的にwebや書籍等で公開している私の書いた文章や撮影した写真については、著作権法で認められた範囲内で、自由に転載・引用していただいて構わない。

 ただし、あくまでも「著作権法で認められた範囲内で」ということである。

 当然ながら剽窃や盗作はお断りであるのは言うまでもなく、著作権法で認められた範囲やルールを逸脱するような転載や引用行為があった場合、必要に応じて断固とした法的対応をする所存だ。

 ゆえに、

・「出典を明記する」

・「引用部分は引用だとはっきり分かるように記述する」

 といった、転載や引用におけるルールとマナーを守っていただければ、紙媒体でもwebの記事でも、どんどん活用してもらえればと思う。

 そして、著作権法の範囲内での転載や引用であれば、事前の許可など必要なく自由に使っていただいて結構である。

 私自身、生業である医療や福祉、あるいは情報誌での取材や執筆において、あるいは武術に関する調査・研究において、数多くの先人の皆さんが記した膨大な情報の恩恵に浴している。

 その恩返しという意味でも、著作権法に基づいたルール、報道機関・出版界・学術界の慣習、そして武芸の伝承における各流儀の「掟」に背かない範囲であれば、情報=知識=智慧は広く共有されるべきだと考えている。

 もちろんそこには、剽窃や盗作、名誉の毀損などといった問題が常に内在しているわけだが、それでも大筋としては、ルールとマナーにのっとった知識の共有や啓発、情報公開というのは、結果的に文化の正しい伝承や保存、そして有害なニセ武術やインチキ武芸の排除に資することなのだと考えている。


 ま、それにしても今回の記事、やぶからスティックでマジびっくりしたぜ・・・・・・(汗)。

 (了)
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青い目の柳剛流剣士/(柳剛流)
- 2016/11/20(Sun) -
 今週末は、土日ともに翠月庵での稽古の予定であったが、土曜は雨のために中止。野天道場ゆえ、雨にだけはかなわない。 一方で本日は、晩秋らしい陽気の中で、のびのびと稽古をすることができた。

 本日は、古流の剣術や手裏剣術の熟練者で、合気道の有段者でもあるドイツ人武道家Mさんに、柳剛流の剣術と突杖を指導する。

 Mさんは昨年から当庵門下となり、ちょうど今月で入門から丸1年となった。

 入門時、すでに手裏剣術は4間を通す腕前であったので、手裏剣術については基礎はとばして翠月庵の刀法併用手裏剣術を指導。併せて、本人のたっての希望で、柳剛流の稽古も行っている。

 帰路、電車の中での会話中、Mさんが、

「古流武術というのは、安易に試合による勝ち負けを競い合うことなく、日本の伝統的な武芸の業をじっくりと稽古できるのが良いですね。こうした日本の伝統文化に、もっと日本の若者が興味をもってくれればいいのですが・・・・・・」

 と嘆いた。


 古流武術のような身体文化は、ひとたび伝承が途絶えてしまえばそれまで。

 技芸の伝承とは、ある意味で実に儚いものだ。

 たとえ後年、資料などから復元されたとしても、復元はやはり復元であり、人から人へ連綿と口伝とともに直接伝えられ続けてきた直伝の業とは、質実ともにまったく異なるのは言うまでもない。

 だからこそ我々は、人種や性別、年齢などにとらわれず、流祖・岡田惣右衛門奇良の創流以来、200年以上に渡って先人や師から託されてきた柳剛流という伝統の業と文化を、一人でも多くの志を同じくする人に伝え、後世に伝承していかなければならないのだと思う。

 (了)
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易の入門書/(書評)
- 2016/11/18(Fri) -
 とあるwebサイト向けの記事として、人工知能(AI)関連のエンジニアと、やはりAIに造詣の深い現役医師との対談原稿を書いている。

 約1万7000文字の対談を、合計6000文字の記事に整えなければならない。

 1対1のインタビュー記事に比べると、いささか手のかかる仕事なのだが、たぶん明日中には、なんとか仕上がりのメドはつくかなという感じである。

 対談中、最先端のAIに詳しい両氏がともに指摘した点で興味深かったのが、「どんなにAIが進歩しようと、科学的に絶対にできないのが『未来予測』である」、とのことだ。

 以前、「科学の進歩で未来に実現できる可能性のある技術」を解説する一般向けの科学啓蒙書を読んだ記憶があるが、そこでも、タイムマシンは理論的には実現可能ではあるが(ただし未来行きのワンウェイのみ)、どんなにテクノロジーが進歩してもほぼ確実に実現不可能なのが未来予測なのだという。

 カオス運動における、予測困難性というやつですな。

 だからこそ、ヒトは太古からなんとか未来のよすがを知るべく、疑似科学としての未来予知、いわゆる卜占というものを作り上げてきたわけで、しかもそれは21世紀の今も、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ということで、多くの人に親しまれているわけだ。



 さて、卜占といえば、やはり東洋における帝王は、「易」であろう。

 紀元前1000年頃に成立した易、いわゆる周易は、老子や荘子に先んじる道家思想の根本でり、儒教の経典である四書五経の中の帝王であり、東洋占術の聖典でもある。

 その歴史は3000年に及び、たとえば西洋占術で人気のタロットが、わずか400年の歴史しか持たないことを考えると、そのスケールの大きさが分かるだろう。

 易の最大の特徴は、神秘的な占いの書(占筮)であると同時に、論理的な思想哲学(義理)の書であるという二面性にある。

 このため中国史においても、時代時代で、時に占いの聖典として用いられ、またときには儒学の経典中、最も重要な書物として用いられることもあった。

 ちなみに、晩年の孔子は、易の精読に努めたと伝えられる。


 このように、占いの書であり、哲学の書でもある易だが、なかなかそれを学ぶことは容易ではない。ことに独学の徒は、いったいなにから手を付けてよいのか分からないであろう。

 かくいう私も、20年前はそうであった。

 一般的に、易を独学しようという人のうち、多くが手に取るのが、岩波文庫の『易経(上・下)』であろう。

岩波 易


 しかし多分、まったく易についての素養のない人が、この上下2巻の文庫を読んでも、なにがなんだか訳が分からないであろうことは間違いない。

 この岩波版の易経は、義理にしても占筮にしても、ある程度、易の素養ができた者向けである。

 そこでまず、まったくの易の初心者が最初に手に取るべき一冊は、講談社学術文庫の『易の話』(金谷治著)だ。

易の話


 義理(哲学)としての易を学びたい人であれ、占い(占筮)としての易を学びたい人も、易というもののアウトラインをつかむために、最初に読むのに最適なのがこの本だ。

 著者の金谷氏は、義理・占筮、いずれにも偏ることなく、分かりやすい言葉で解説をされており、しかもその内容の比重が占筮3:義理7といった塩梅であることも、入門者には最適なものと思われる。

 これを読めば、易とはそもそもなにか? どのようにして成立したか? その思想のアウトラインは何かについて、ざっと理解することができるであろう。

 ちなみに本書は、台湾でも翻訳され、好評を得ているとか。


 金谷氏の『易の本』を読んだ後、次に読むべき書物は2つの方向に分かれる。

 義理(哲学)として易を学びたいという人は、朝日選書から発行されている『易』(本田済著)をじっくりと読むべし。この本は、いささか字義の説明がくどいが、近年の名著である。ゆえに、義理易を学ぶ人はもちろん、卜占としての易を学ぶ人にとっても必読の一冊だ。

易 本田済


 一方で、占筮としての易を学びたいのであれば、明治書院発行の『新訂 現代易入門―開運法-』(井田成明著)を読むとよい。本書は易占いの初心者向けと銘打っているが、実は真勢流の生卦法や賓主法、互卦・約象などについても知ることができ、実占用のテキストとしては中級者までをカバーしていると言ってよい。

 しかも筆者の井田氏は、本業が高校の先生だったというだけに、その解説は分かりやすく、例題なども大変学びやすい構成になっているのが好ましい。一方で、独特の「ポエム」は、ちょっとどうかなと思うのだが、そこのところも、いかにも世間ずれしていない感じで好感が持てる(笑)。

『新訂 現代易入門―開運法-』(井田成明著)


 義理の易にせよ、占筮の易にせよ、上記の書物を精読し、八卦や六十四卦の意味がソラで分かるようになればもはや中級者、武術・武道でいえば、初段あるいは切紙といったところだ。

 この段階になったら、義理の易を学ぶ者は『易経講話(全5巻)』(公田連太郎著)に進もう。

『易経講話』(公田連太郎著)


 一方で、占筮としての易を学ぶ人であれば、『易学大講座(全8巻)』(加藤大岳著)に取り組むべし。

『易学大講座(全8巻)』(加藤大学


 これらの書物をっじっくりと精読し、ニ読、三読するようになれば、その人はもう義理易にせよ卜占の易にせよ、上級の入口に立ったといってよい。武術武道でいえば、4段あるいは目録といったところか。

 ここまでくれば、義理易でも卜占の易でも、読むべき書物、学ぶべき師(著者)は、おのずから理解できるだろう。


 武術・武道と同様、易道の奥は深い。

 ゆえに学べば学ぶほど、その生々流転、一陽来複の哲学が、心身に染みてくることが実感できるはずだ。


易は天地と準(なぞら)う。故に能く天地の道を弥綸(びりん)す。仰(あお)いでもって天文を観、俯(ふ)してもって地理を察す。この故に幽明の故(こと)を知る。始めを原(たず)ね終りに反る。故に死生の説を知る。精気は物を為し、游魂は変を為す。この故に鬼神の情状を知る。(易経 繋辞上伝より)

 (了)
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阿漕な商売/(柳剛流)
- 2016/11/17(Thu) -
あこぎ
【阿漕】
非常に欲張りで、やりかたがずうずうしいこと。
「―なまねをするな」



 去る9月12日、柳剛流切紙の伝書がヤフオクに出ていた。

 当流の切紙については、伝承の系統が異なっていても内容に異動が少なく、ほぼほぼ書かれていることは同一であることがほとんどだ。

 ちなみに目録の伝書は、かなり系統別に内容が異なってくるのが特徴である。

 そのオークションでは、スタート時は1円でその後もあまり値段が上がっていなかったのだが、内容が目新しいわけでもないこともあり、「今回はいいか・・・」と、あえて入札はせずに成り行きを見守ることにした。

 結果、最終的には9月19日に、1万3200円で落札された。

 ま、オークションにおける古流の伝書の落札価格としては、妥当なところではなかろうか。

↓9月12日に終了したオークション。ちなみに出品地は京都となっている。
http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f189123735


 そして今朝、ヤフオクのアラートで、また柳剛流の伝書が出品された旨、お知らせがあったのだが、なんとそれは9月12日に落札されたものとまったく同じ切紙の伝書であった。

↓昨日から始まったオークション。出品地は埼玉である。
http://page14.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/s507785568


 しかも驚くことに、今回のオークションのスタート時の価格は、2万2500円となっている! 前回落札時の約2倍からのスタートだ。

 まったく、阿漕なまねをしやがるもんだぜ。

 刀剣などについてもそうだが、値段を釣り上げて利益を上げることを目的に、売買をする輩というのは本当に卑しい。

 ま、「強盗、骨董、窃盗」というくらいで、連中はそういった卑しい行為で糊口をしのいでいるのだから、当たり前っちゃあ当たり前なんだろうが、柳剛流を伝承し、日々稽古している者の立場から言えば、自流の伝書がこのように阿漕な商売の投機対象になっているというのは、たいへん嘆かわしいことだ。

 私は、武芸の実践者ではないのに古流武術系の伝書を買い漁る人の気持ちがさっぱり分からないのだけれど、「骨董として、武芸の古文書が好きなのだ!」と言われれば、その購買衝動は分からないでもない。どうしても欲しい「モノ」があるという気持ちは理解できる。

 しかし、今回のようなあからさまな投機目的での売買と値段のつり上げというのは、本当に卑しいアキンド的行為で、主観として「汚らわしいな」と思う。

 柳剛流の研究という点では、たとえば本ブログで度々引用をさせていただいている剣術流派研究会・辻淳先生の一連の著作を読めば、切紙から免許まで実にたくさんの伝書が掲載・解説されているので、このような阿漕なアキンドに騙されて、あたら高額な金銭をどぶに捨てる必要はない。

 一方で、骨董趣味の一環として欲しいと思う人には、もっと適切な値段で買ってもらいたいと思う。こうした阿漕なアキンドをのさばらせているから、モノの価格が適正にならないのである。

 前回落札価格の倍掛けで再出品とかずうずうしいにも程があるし、オークションユーザーを馬鹿にすんなよと思うのは私だけではあるまい。

 そういえば、武術伝書専門の某古書肆では、柳剛流の免許伝書が20何万円だかで売られているが、これもつくづく購買者を馬鹿にした値段だと思う、ほんと本気(マジ)で。

 とまあ、今日は朝からご立腹の翠月庵であった・・・(怒)。

 (了)
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セイエンチン/(武術・武道)
- 2016/11/16(Wed) -
 本日は空手の稽古。

 剛柔流のA先生に、セイエンチンの形をみっちりと指導していただいた。

 とはいえ、私たちがやっているのは指定形のセイエンチンであり、これは糸東流系なので、剛柔流のA先生はいささか教えにくかったようではある。

 今日はA先生に指名され、後ろから抱き着かれた際の離脱技など、分解指導の際の模範演武で取りを務めさせていただいた。

 セイエンチンには、接触状態からの離脱技やトラッピングした状態からの当身など、護身術的な技が数多く内包されているのが魅力であり、全空連の第一指定形の中では一番好きな形である。

 もうずいぶんと昔、10年以上前になるかと思うが、かの「競技の達人」先生のセミナーを受けた際、セイエンチンの掛け手受けの際のコツ(肩甲骨の使い方)を直接指導していただいたのだが、これは個人的には大流行した高速上段突きよりもはるかに大きな啓発となったことであり、今もたいへん印象的な思い出である。

 そんなこんなで、たしか全空連の公認段位の審査も指定形はセイエンチンで受けた気がするのだが、これももう10年以上も前のことなのでいささか記憶があいまいだ・・・。

 空手道の形の中で、私が最も好きでかつ稽古を重ねている形は玄制流のローハイなのだが、セイエンチンはそれらに次いで、気に入っている形のひとつである。

 1605_ローハイ182
 ▲9年前、流派の全国大会形試合でローハイの形を打つ。
 この時はまだ、ギリギリ30代だったのか・・・・・・


  最近、普段の体術の稽古は、もっぱら柳生心眼流が中心で、空手道の形稽古は週に1回程度しかやっていないのだが、空手道の形についても、息長く稽古を続けていきたいと改めて思った本日の稽古であった。

 (了)
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『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』の訂正と追記/(柳剛流)
- 2016/11/12(Sat) -
 過日、『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』の著者である南部修哉氏から封書が届き、本書の誤記訂正と追記についてお知らせをいただいた。

 今回の誤記訂正は、本書巻末にある柳剛流伝書の読み下し文について、南部氏のその後の調査等により、原文の誤字・脱字を訂正し、より正確に意味が通じるようにされたものである。

 また追記については、角田郷土資料館において、岡田(一條)左馬輔に関する新たな記録が発見されたということで、その内容(嘉永4~5年の岡田左馬輔と石川家の関係を伝えるもの)を書き加えたものであるという。

 いずれも柳剛流の事績研究において、たいへん興味深く、また重要な内容であり、こうした調査・修正・公開の積み重ねがあるからこそ、より公正な流派の歴史が後世に伝えられるのだと改めて実感する。

 その点、私は柳剛流については、「実技の実践7割:調査研究3割」といったあんばいで取り組んでいることから、なかなか文献調査やフィールドワークが進まないのだが、今回の南部氏をはじめ、前回三和無敵流関連の情報をご提供いただいたS氏など、先達の方々のご厚意で、柳剛流に関する様々な情報をご提供いただけることは、本当にありたがいことである。

 これらの方々の期待に恥じぬよう、さらに柳剛流の錬成と伝承、そして調査・研究を進めていきたいと思う。

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 (了)
 
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心の持ちよう/(武術・武道)
- 2016/11/10(Thu) -
 ここ1年ほどは思うところがあり、居合の稽古では模擬刀を使うことが多かった。

 そこで昨日は久々に真剣で居合を抜く。

 やはり模擬刀と比べると、心持ちがまったく違う。

 もちろん理屈では、「たとえ模擬刀であっても、真剣と同じと心得て扱い、稽古に用いるべし!」というのは分かるが、やはり根源的な部分において、両者の遣い心地は全く異なる。

 ところがそんな感覚も、真剣を使って四半刻も稽古をしていると、どうしたことか薄れてくる・・・・・・。


 なんともはや、己の心の持ちようとはこの程度にあやふやで、心もとないものなのだなあと、トランプ次期大統領誕生の晩の稽古にて思った次第。

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▲我が愛刀、監獄長光の切先


 (了)
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ヤケ酒/(身辺雑記)
- 2016/11/08(Tue) -
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 出先から帰宅すると、ポストに東京地裁からの封書が届いていた。

 まったく心当たりがないので、不審に思いながら開封すると、20年来の付き合いのある仕事先の編集プロダクションが倒産したという知らせである。

 ちなみに私は、11月2日まで、その会社からの依頼で原稿を書いていたのだが、その日の午後に、破産の手続きが行われたとのことだ・・・・・・。

 私は現時点で、その会社に年収の2か月分ほどの原稿料を売掛金としているのだが、破産ということでそれらは支払われないとのことである。

 そして債権者集会が年明けにあるということだが、一般的にこうした倒産のケースでは、ほとんど債権は回収できないというのが相場のようだ。


 それにしても今年は、春には親が闘病の末に死に、秋には仕事道具のパソコンが壊れ、冬には原稿料が未回収と、本当に星回りの悪い年である。

 おかげでささやかだった貯金も、もはやこの12月ですっからかんだ。

 もう後は、年末ジャンボで一発当てるか、監獄長光片手に郵便局にでも行くしかないのかね・・・・。

 とりあえず、アルメニア帰りのYさんからもらったブランデー「アララト」で、ヤケ酒でも飲むしかあるまい(爆)。

 ったく、ろくなもんじゃあねえよ、ホント、本気(まじ)で。

 (おしまい) 
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武州で復興する柳剛流/(柳剛流)
- 2016/11/05(Sat) -
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▲柳剛流剣術 「右剣」。打太刀:吉松章 仕太刀:宇田川浩二


 現在、翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部では、私と3名の門下を合わせた4名が、国際水月塾武術協会最高師範である小佐野淳先生直伝の、仙台藩角田伝柳剛流の稽古を行っている。

 ほんの少人数のささやかな稽古だが、思うに武州中山道界隈において、柳剛流の定期的な稽古が行われるのは、おそらく半世紀以上ぶりになるのではなかろうか。

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▲柳剛流居合 切上


 武州・幸手で生を受けた流祖・岡田惣右衛門奇良が編み出した希代の武芸である柳剛流が、父祖の地である武州・埼玉で再び興隆し、100年後、300年後まで伝承され続けることを、私は願って止まない。

 だからこそ志を同じくする人に対し、当庵の門戸はいつでも開かれている。

 (了)
 
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形の階梯/(柳剛流)
- 2016/11/01(Tue) -
■本日の稽古備忘録

 明日は都内の病院で在宅腹膜透析に関するインタビューがあることもあり、今晩の稽古は軽めに済まして早く休もうと思ったものの、柳剛流居合の稽古で思う所があり、ついつい一刻近い稽古となってしまった。

 柳剛流居合は、「向一文字」、「右行」、「左行」、「後詰」、「切上」と、わずか5本しかない。

 しかもそのうち、1本目の「向一文字」から4本目の「後詰」までは、運刀そのものは基本的にいずれも同じ対敵動作であり、体捌きが変わるだけの、実にシンプルなものである。

 それは一見するとたいへん素朴な形であるが、しかしそこで要求される体の使い方は、1本目から2本目、2本目から3本目、そして3本目から4本目と、徐々に難易度の高い、たいへんシビアなものになってくる。

 自室で黙々とこれらの形を抜いていると、自分がどれだけ動けていないのかが身につまされることはなはだしい。おまけにこれらの動作は、上記のように繊細でありながら、一方でたいへん身体的負荷の高いものである。

 思うにどうも私は、これまで柳剛流居合のフィジカル面、いわば鍛錬の部分にばかり意識が向いていたのだが、本日の稽古で、その階梯的な難しさというか、術技と体捌きの習得のための、よく考えられた難易度の設定に改めて気づかされたように思う。


 柳剛流剣術。

 先日の備忘録でも書いたが、長木刀で稽古をすることで、「剣に身を沿わせる」という動きが、ますます実感できるようになってきた。

 これは柳剛刀と呼ばれる、目録で学ぶ剣術形の中でも、特に「青眼右足頭(刀)」、「青眼左足頭(刀)」「中合剣(刀)」といった、柳剛流の特色が強い形(業)において、顕著に感じられる。

 (了)  
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