日本語の読み書きという課題/(武術・武道)
- 2016/11/24(Thu) -
 先日、ドイツ人門人のMさんから、「先生! ネットで柳剛流の木太刀にそっくりな物の写真を見つけました!」というメールが来た。

 どれどれと、そのホームページを見ると、それはやはり私の門下であるUさんのページであった。

 そりゃあそっくりだろう、柳剛流の木太刀なんだからね(苦笑)。



 当庵は、ことさら個別指導をうたっているわけではないのだが、門人が少ない上に、それぞれが月に1回とか2回など五月雨式に稽古に来るものだから、たまたまタイミングが合わないと、今回のように何か月もの間、特定の門人同士が一度も顔を合わさないということになるわけだ。

 ちなみにMさんは昨年秋、Uさんは今年夏の入門であり、ここ4カ月の間、二人は稽古場で顔を合わす機会が無かったのである。

 またMさんは、日本語会話については問題ないのだが、漢字の読み書きができないので、Uさんのページの内容を読むことができなかったということも、こうした行き違いの要因であろう。



 外国人が古流武術を学ぼうという場合、日本語の読み書きの能力、特に漢字の著述・読解力が必須となる。それができないと、技は覚えられても、字義に基づいた口伝の伝授などに支障をきたすことになるからだ。

 たとえば、漢字の読み書きのできない外国人に、「虚實品別縦屈伸」という口伝を伝えたとする。

 彼はこれを「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」として理解し、その内容を学び、後世に伝えることはできる。

 しかし、漢字の読み書きができない彼は、この口伝を「キョ(コ)ジツヒンベツジュウクッシン」という口語、あるいは「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」という表記でしか伝えることがきでない。

 ゆえに、彼からこの口伝を学んだ門人も、その口伝を「キョ(コ)ジツヒンベツジュウクッシン」という口語と、「kyo(ko)jitsuhinbetsujyukussin」という表記で伝えていくほかない。

 こうして流祖以来、200年以上前に渡って連綿と伝えられてきた口伝の表記とその字義が、失われてしまうことになるのだ。


 近年、古流武術においても数多くの外国人修行者や外国人指導者が活躍しているが、日本語の読み書きについて、彼らがどの程度理解できているのか、多いに気になるところである。

 またこれは、私も含めた現代の日本人修行者にも共通する課題でもある。

 行書や草書、変体かなの読み書きは、古流の継承に必須だが、その習得は日本人にとっても容易なことではない。かくいう私自身、草書や変体かなの読み書きは、現在の大きな課題なのである。

 「術」の稽古をたゆまず続けながら、読み書きや有職故実も学んでいかなければならない。
 
 古流修行の道は、楽しくも険しいものだとしみじみ思う。

 (了)
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