我より童蒙に求むるにあらず。童蒙より我に求む/(武術・武道)
- 2017/01/18(Wed) -
 時々外国の人から、手裏剣術や柳剛流についての問い合わせのメールがくる。

 熱心なのは関心なのだが、英文のメールで来るので、それを翻訳ソフトで訳し、返信を日本語でまとめ、それを再び翻訳ソフトにかけ、しかし翻訳ソフトは頭が悪いので主語や時制が変なのでそれらを直し、確認のため最初の翻訳ソフトとは異なる翻訳ソフトにもう1回かけて内容を読み直し、問題がないのを確認してから返信をする・・・・・・。

 ことほどさように手間がかかるので、ちょっとした問い合わせメールの返信をするのにも、1時間も2時間も時間がかかり、仕事で多忙なときなどはげんなりである・・・。

 翠月庵では開庵当初から、基本的に日本語の読み書きと会話ができない人には指導しないことにしているのだが、実際にはカタコト程度でも日本語で意思の疎通ができるなら、熱心な人に対しては入門を許している。

 このため、いままで何人かの外国人に指導を行い、現在もドイツ人のM君が熱心に、翠月庵の手裏剣術と柳剛流を稽古している。



 四書五経の帝王たる易に記された、「童蒙」の教えを説くまでもなく、本来、芸事の教授というのは、弟子が師に教えを乞うものであり、師が弟子に「学んでくださいな」とお願いする筋合いのものではない。

 「我より童蒙に求むるにあらず。童蒙より我に求む」

 (教育の理想は、我、すなわち師たる者から求めて童蒙に教えるのではなく、子弟・童蒙の方から進んで師に教えを求めることにある)。

 ゆえに、その「術」を学びたい・知りたいと異国の人たちが欲するのであれば、日本語の会話はもちろん、漢字・ひらがな・カタカナの読み書きも学んだ上で、教えを乞うべきものであろう。

 とはいえ古典的な武芸の学びに関しては、私を含めて日本人でも、伝書や史料などの読み書きや理解に難渋するものであるから、あまり高いハードルを外国人に課すのもかわいそうだなと思うので、庵の建前とはうらはらに、カタコトの日本語会話だけしかできない人にも、真摯に望む人には指導しているというわけだ。


 思えば、20代中盤から30代前半までは、習い覚えの旅英語を駆使し、トラベルライターとして北は北極圏から南はボルネオの熱帯雨林、西はボスボラス海峡から東は38度線を超えた先にある北朝鮮の金剛山まで、世界各地を旅ガラスのように飛び回っていた。

 またクルディスタンでの従軍を志し、トルコ・イラン・イラク・シリア周辺をうろついて取材や撮影もしていたので、最低限の英語の読み書き会話はなんとかできたものである。

29歳
▲19年前、イスラエル政府機関の招きで、同国内を各社で共同取材したときの一コマ。なぜか写真の日付が87年になっているが、実際には98年である。87年は、私はまだ高校生だ・・・・・・


 しかしその後、ここ15年ほどは国内で、医療や社会福祉に関する取材・執筆を専門とするようになり、海外からはすっかり足が遠のいた。それにあわせて私の英語力も劇的に低下し、いまとなっては、中学生以下のレベルであるが、ま、しょうがないかなと思う。

 仕事にしても武芸にしても、あるいは周易などの東洋哲学にしても、私には学ぶべきことが今も山積しているので、とてもではないが、これから英語の読み書きや会話を学びなおす時間は無いし、その意欲もない。

 そんなこんなで、英文メールのやりとりは実にストレスなので、問い合わせはできるだけ日本語でお願いします。

 実技も基本的には日本語でしか教えませんし、英語での指導を求められてもできませんので悪しからず。

 あとHPも、英文表記とかしませんし、ありません。頑張って、日本語で読んでください。

 って書いても、日本語が読めない人々には通じねぇか・・・・・・。

  (おしまい)
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