剣の選択という課題/(手裏剣術)
- 2009/06/10(Wed) -
 さき一昨日から一昨日までの、大量アクセスの要因は、なんとなく解明しました。

 いずれにしても、所詮は一過性の大量アクセスであり、昨日は通常通りのアクセス数に落ち着いたようです。とはいっても、「祭り」とか「炎上」と呼ばれるようなアクセス数とは比較になりませんが。所詮は手裏剣ブログですからね(笑)。


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 ここ2週間ほど、超局地的に多忙になり、心身ともに疲弊している。人間疲れてくると、気持ちがとげとげしくなるもので、サディスティックな気持ちになり、思わぬ人を傷つけしまう。反省すること、しきりである・・・。なんだかんだといっても、まだまだ修養がたりません。

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 手裏剣術者たるもの、どのような寸法の手裏剣を使うのかは、いわば術技の根本となる大問題である。

 翠月庵では、初学では無冥流の9ミリ長剣、切紙の教程では同流の重量剣、目録の稽古で複数の軽量剣や超軽量剣、その他の重量剣(飛刀術を含む)を用いて稽古するという形で、教習体系を組んでいる。

 これは、「いかに合理的に、武術としての手裏剣術を学ぶことができるか?」という目的達成のため、試行錯誤の末に体系づけた、当庵独自のノウハウがあるわけだ。

 しかし一方で、使用する剣の種類が少なければ少ないほど、熟練するのが容易であるということもまた事実である。

 これは私自身も日々、痛感していることで、しばらく軽量剣での稽古に専念していると、長剣がさっぱり刺さらず、重量剣を使っていれば、また同様に軽量剣や長剣が”とっさに”刺さらなくなる・・・。

 まあこうした点についても、なにも明日の朝に、真剣を用いた刀法併用手裏剣術で、命をかけて立ち合うわけではないので(笑)、気長にやっていれば、10年やれば10年やっただけ、それぞれの剣に熟練するのだろうな、などと、のんきに思っている。

 しかし、同じ10年なら、単一の剣に専念すれば、それだけその剣を使った武技に熟練できるのも、道理というものだ。

 そういう意味で、教習体系としても、またいち個人の手裏剣術者としても、剣の選択とは、なかなか悩ましい問題なのである。

 なお、単一の剣のみの稽古でも、「それに熟練すれば、あらゆる剣が打てる」、などと思っている者がもしいるとすれば、それはまた、なんともオメデタイ手裏剣屋であると断言して良い。

 こうした妄想は、ちょっと前までの武術・武道界における、”身体操作ブーム”の悪影響なのだろうなあ・・・。

(了)

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