武人の徳目~柳剛流の教えから/(柳剛流)
- 2017/01/24(Tue) -
 古来から武芸を深く学ぶ者には、その勁(つよ)さに見合った徳目、いわゆる「武徳」が求められてきた。

 たとえば我が柳剛流では往時、入門の際に次のような起請文を交わし、その流祖以来の教えを守ることを門人は神前に誓った。


起証文之事
柳剛流剣術棒

一、 武術之儀は護国之
一、 具忠孝之緒互励心得可有事
一、 武者身を脩るの儀なけは聊も争心可有事なかれ、争心有者は必喧嘩口論に及へは亦刃傷に至らんも難計、武道を学人は心の和平なるを要とす、去は短気我儘なる人は却而武道を知らさるをよしとす、大抵人之行ひ正敷して其上に武有はよし、行い正しあらさる時武有は人をも害あるのみならず、己をも害する事出来者也
一、 他流を誹る事、なかき無益の雑談する事、なかき礼儀正敷可為脩行事
一、 武道は生死を瞬息の間に決するの業なれは其道決すれはあるべからす、法の委鋪は学の熟するにあれは、流儀に入者は其極に至し事を願ふべきもの也
右之条々於相背は梵天帝釈四天王総而日本国中六十余州大小之神祇、殊伊豆箱根両所権現、三嶋大明神、八幡武大神、天満大自在天神、摩利支尊天部類眷属神罰冥罰可蒙者也、仍而起証如件
  于時
天保七丙申年
                                     柳剛流元祖
                                           岡田惣右衛門尉
                                                  源奇良
                                                   松田源吾
                                                   良教 印
                                           松田門人
                                               綱嶋武右衛元治
                                               同 猪 古 馬
                                               堀江庄作
                                               岡村豊吉
                                               中嶋七蔵
                                               赤山畠之助
                                               綱島縵谷
                                               森谷八重蔵
                                               星野茂太郎
                                               星野平次郎
                                               利根沢源蔵
                                               真田継治郎
                                               鈴木満太良

                                              (綱島家文章より)



 この起請文では、柳剛流を学ぶことは「身を修めること」であり、むやみに人と争うような心を持ってはいけないとし、

 「武道を学ぶ人は、心の和平なるを要とす」

 と明言していることに、十分留意をしたい。

 また、行いの正しい人に「武」=業や力があるのは良いが、品行の不正な者に「武」があるのは人を害し、己をも害すると諭している。

 さらに、「他流を誹(そし)る」ことを戒めていることも、忘れてはならない。

 以上は当たり前とえば当たり前、武人の徳目としてはごく基本的なこととはいえ、今から181年前に柳剛流を学ぶ者が、まずこうした教えを示し諭されていたというのは、武徳というものの時代を超えた普遍性を強く感じさせてくれる。

 一方で、先日、千葉県の中学校で起こった剣道指導者による生徒への暴行傷害事件を考えると、武徳を涵養することの難しさもひしひしと感じる。

 柳剛流を学ぶ者として、自分自身が「武器を振り回すだけの社会不適合者」になっていないか?

 門人を「トレーナーを着たゴリラ」にしてしまうような指導をしていないか?

 なによりも武技の修練を通じて、己と門下の人格が陶冶されているのか?

 これらを常に厳しく、自身に問い続けていかなければならないと思う。

 (了)
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