柳剛流雑記~節分の記/(柳剛流)
- 2017/02/03(Fri) -
 先日、『幸手剣術古武道史』や『柳剛流剣術古武道史 千葉・東金編』の著者である、剣術流派調査研究会の辻淳先生とお話しをさせていただく機会を得た。

 今回は、現在、全国でも唯一の流祖直筆伝書といわれる石川家資料について、以前、武術史家のS氏よりお示しいただいた疑問を、辻先生に伺ったのである。

 話の内容については、稿を改めて本ブログにまとめるが、まだまだ流儀の史実や事績には、謎や疑問点などが山積みである。

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 現在、柳剛流の実技を伝えているのは、私たち国際水月塾武術協会のほかに、我々と同じ仙台藩角田伝の系統である幸手市剣道連盟の岡安源一先生、そして紀州藩田丸伝の三村幸夫先生の系統がある。これらはいずれも、柳剛流剣術を中心とした体系の伝承となっている。

 一方で龍野藩伝の柳剛流に関しては、先年逝去された塩川寶祥先生の系統が突杖のみを伝承しており、「柳剛流杖術」という名称で広く行われている。

 私は、この系統の柳剛流突杖の実技を拝見したことはないのだが、「真伝無外流居合兵道会」のホームページに、柳剛流杖術のページがあり(http://msmugairyu.web.fc2.com/ryugoryu.html)、そこで突杖の写真が一部公開されているのを知った。

 これらを見ると、仙台藩伝と龍野藩伝では、形の名称や業の大筋には異同はないが、実技の細かい部分や趣は、かなり異なっているようである。

 私の記憶が確かならば、『真伝無外流居合兵道―塩川寶祥の武芸極意書』という書籍に、龍野藩伝柳剛流突杖の形の解説があったはずで、機会を見つけて確認しておかねばと思いつつ、まだ果たしていなかった。

 同書は、国会図書館か都立中央図書館に収蔵されているので、近々に確認しておこうかと思う。

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  柳剛流は江戸後期から明治初頭にかけて、江戸や武州、下総などで数多くの師範家が活躍し、門人数千と評される師範家も複数存在した。

 これほど興隆した柳剛流だけに、今も関東各地に各師範家の子孫の方々が数多くいらっしゃる。

 昨日、こうした柳剛流師範家の子孫の方が、福祉関係の施設を新築され、柳剛流から「柳」の1文字をとって、新施設の名前に付けたという記事を見つけた。

 いずれ機会を見つけてぜひ、お話しをうかがってみたいと思う。

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 武術伝習所翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部では、武術・武道経験の有無にかかわらず、柳剛流を学び伝承していきたいという志しのある人に門戸を開いています。

1609_柳剛流長刀稽古
▲柳剛流免許秘伝長刀(打太刀/小佐野淳師 仕太刀/瀬沼健司)

 (了)
 
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