三島手青磁茶碗/(数寄)
- 2009/06/12(Fri) -
 「三島」といえば?

 やはり多くの人が、作家・三島由紀夫をイメージするであろう。ま、数日前、かなり否定的な三島論のコラムを、某単行本向けに書いたばかりだ。

 また作家・三島以外で、「三島といえば?」と問えば、やはり伊豆の一ノ宮である三島大社が挙げられるのではないだろうか。

 私の通っていた高校は、この三島大社(通称・大社)から歩いて15分くらいの所にあったし(日大じゃなくて、南高である)、なんといっても故郷・伊豆を代表する神社だから、親しみ深い。
 それどころか、バイクの免許をとったばかりの18の時、初めての長距離ツーリングに出かける前、友人の政男君が「大社におまいりしてから行こうぜ・・・」というので、「馬鹿。そんなん意味ねーよ。祟れるもんなら、祟ってみろってんだい!」と小ばかにしたら、その翌日(!)、大社前の交差点を直進中、右折してきたバイクに突っ込まれ、70万で買ったばかりの新車の97年式NSR250Rが、一発で廃車になってしまった。

 恐るべし、三島大社・・・。

 以後、私は大社の悪口は、なるべく言わないようにして、ひっそりと生きてきた(笑)。


 というわけで三島である、青磁の。

 昨日、届いた。

 三島手1
▲いわゆる「三島手」の青磁茶碗


 一般的に陶磁器で「三島」というと、明治時代まで三島大社で発行していた三島歴に似た、地紋風の細かい白象嵌(三島手)があり、かなりぞんざいな刷毛目や白化粧が残っているような器で、粉青沙器と呼ばれるものをさす。これは陶磁器の歴史的な流れの中では、高麗青磁の象嵌が「退化したもの」と言われるが、むしろその雑っかけさ、素朴さが、侘茶の茶人たちに愛されたとか。

 こうした文脈に当てはめると、今回手に入れたこの三島手の青磁茶碗は、まさに高麗青磁と粉青沙器の、変化の途上に位置するものといえるだろう。

 ちなみに当然ながら、この茶碗自体は私が手に入れるレベルのモノであるからして、骨董などではなく当代ものの雑器である。

三島手2
▲箱書きがあるとなにやら物々しいが、実際は手裏剣1本の値段よりずっと安い


 それにしても、自分自身ゆかりのある、三島大社の名が冠された、美しい青磁の器。

 若干、緑かかったくすんだ青が、またなんともいえない味である。

 この器に炊き合わせでも盛り込んで、ゆるりと一杯やりたいものだ。

 (悪代官風に)いやあ、良いではないか、良いではないか・・・。

 (了)

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