流祖直筆伝書の謎/(柳剛流)
- 2017/02/09(Thu) -
 現在、発見されている柳剛流の伝書の中で、流祖・岡田惣右衛門直筆と伝わるものは2つしかない。

 それが石川家史料にある、目録と免許の伝書だ。

 これらの伝書は、岡田惣右衛門が、弟子の宮前華表太に与えたもので、後年、それを宮前が弟子の石川良助に伝授したのものと伝えられている。


 さてこれについて、過日、柳剛流研究の先達であるS氏から、以下のような疑問をうかがった。

 
1.そもそも、これらの柳剛流伝書が流祖直筆であるというのは、誰が何を根拠に言ったのか?

2.元の伝書を流祖が書き、伝承者が次代の継承者の名前を書き足したのか? あるいは継承者が全文を新たに書いて次のものに託したのか?


 実際に、これらの伝書を直接じっくりと調査したS氏は、

 ・宮前華表太は神官の仕事をしていたにも関わらず、伝書に書かれた石川良助の文字があまりに悪筆であったこと

 ・その下手な字が伝書の別のところにも見受けられるが、それが石川良助の字なのかというと、それも違うこと

 などから、

 「そもそもこの伝書が流祖直筆であるという点に、大いに疑問がある」

 と指摘された。

 その上で、やはり柳剛流に詳しい剣術流派調査研究会の辻淳先生にお話しをうかがう機会があれば、ぜひこの点について話を聞いてみるとよい、とのご示唆をいただいた。

 そこで先日、辻先生とお話しする機会があり、この疑問をぶつけてみると、やはり辻先生もこの点については、以前から疑問に思っているとのことであった。

 その理由は、

・当該の免許伝書が岡田惣右衛門から宮前華表太へ発行された日付は文政9(1826)年だが、この年は流祖の没年である。亡くなるその年に稽古をつけ、伝書を直筆で記すというのは、いささか不自然ではないか?

・そもそも流祖直筆といわれる史料は、これら石川家の伝書以外には現在見つかっておらず、筆跡等を突き合わせて検証することができない。

 ということである。

 辻先生によれば、この疑問については、辻先生と森田栄先生との間でも話題になり、「流祖直筆という点には疑問が残る」という結論になったという。

 以上のように、石川家に伝わる伝書がはたして本当に流祖直筆であるかは、現時点では真偽は定かではない。

 事実を確認するためには、新たに流祖直筆の別史料が発見されることが求められているというのが、正しい現状認識ということになろう。

 ちなみに辻先生によれば、流祖が一橋家の剣術師範であったという逸話についても、実は確かな史料がなく、疑問の余地があるとのことであった。


 史実の研究や古文書の解読、民俗史料のフィールドワークについては、私は全くの素人であり、あくまでも柳剛流という武術のいち修行人に過ぎないわけだが、流儀を伝承して門下を育成していく以上、こうした歴史的経緯や史実についても、できる限り調査や情報収集に努めて、正しい柳剛流の伝承を次代に繋げていきたいと考えている。


 ■引用・参考文献
  『幸手剣術古武道史』(辻淳/剣術流派調査研究会)
  『日本剣道史 第十号 柳剛流研究(その1)』(森田栄/日本剣道史編纂所)

 ■補遺
 小佐野淳先生の鑑定では、この2つの伝書は流祖直筆であろうとのことでした。謹んで追記致します。(17.2.10)
 
 (了)
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