柳剛流剣術~流祖の志した剣の境地にふれる/(柳剛流)
- 2017/02/12(Sun) -
 昨日は翠月庵にて、柳剛流剣術をみっちりと稽古した。

 寒風が吹きすさぶなかでの野天稽古は厳しいものだが、互いに剣を交えれば、そんな寒さもいつの間にか忘れてしまう。

 まずは柳剛流剣術の基本的な構えを学ぶ「備之伝」、それに対して合気を外し不敗の構えをとる「備十五ヶ条フセギ秘伝」を稽古する。

 稽古においては、構えを融通無碍にとれるようになることはもちろんだが、同時に我と彼との間の間積もりと拍子、さらに位による気押しも意識し、学ばねばならない。

 また、備之伝に対応するフセギ秘伝を稽古をしていると、これはある種、打合いのない地稽古なのだということが強く感じられる。

 こうした意識と感覚がなければ、これらの稽古は単なるカタチだけの相対的舞踊に堕してしまうだろう点に、十分留意しなければならない。

1702_柳剛流稽古
▲柳剛流、備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝の稽古


 続いて、柳剛流の根本となる業=形である「右剣」と「左剣」、2つの形を稽古する。

 修行人はこの2つの形で、柳剛流ならではの体動と体捌き、そして流儀の真面目である「断脚之術」、いわゆる脚切りを学ぶ。

 ここで学ぶ「断脚之術」は、ただ闇雲に反射神経のみを頼りに飛び込んで相手の脚を斬るような単純なものではなく、拍子の位と当流独特の体動を活かし、斬るべくして相手の脚を斬る、流祖が見出した剣の理合を学ぶのだ。

 次いで当流極意とも称される、「飛龍剣」、「青眼右足頭」、「青眼左足頭」、「無心剣」、「中合剣」、「相合剣」の6本で構成される「柳剛刀」の稽古。

 これらの形は、基礎である「右剣」と「左剣」で十分に培った柳剛流特有の体動・体捌きを存分に活かした、極めてシンプルな実践刀法だ。

 いずれの形=業も、剣術の本旨である真剣と真剣との攻防はもとより、その方便である撃剣稽古においてもそのまま活用できる、簡素かつ合理的なものだ。

 それぞれの形の理合に深く心を向けながら、寒気を突き破るような裂帛の掛け声とともに長大な木太刀を振るえば、流祖・岡田惣右衛門の志した剣の境地に、わずかなりともふれられたように感じられる。


 平成の世で柳剛流を学び、それを伝承できる喜びをしみじみと感じられる、充実した稽古であった。

 (了)
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