武芸者の観相術/(武術・武道)
- 2017/02/22(Wed) -
 武芸の稽古は12歳から始めて今年で36年になるが、卜占の稽古は11歳からなのでそれより長く37年になる。

 武芸に剣術・柔術・長柄などといった分類があるように、卜占にも命・卜・相という分類がある。

 「命」というのは、その人の生まれた日時や場所によって規定される運命や性格の傾向であり、術としては西洋占星術や九星気学、四柱推命などがこれにあたる。

 「卜」というのは、占機に応じて神託を問うものであり、タロットやルーン、周易などに代表される。

 「相」というのは、その人の体に表れた兆候で運命や性格を読み取るもので、手相や人相がその代表だ。



 私は卜占においては、もっぱら周易やタロットなどの「卜」をメインとし、補助的に九星気学や占星術などの「命」を用いており、人相や手相といった「相」の類の占術は、あまり行わない。

 一方で武芸者としては、相手の「相」を知るというのは兵法=平法として非常に重要なことであり、特に人相を観て相手の性行や気質をある程度慮るという技術は、決して損になることではない。あるいは、己の人相や気色を相手に気取られないようにコントロールすることも重要な兵法である。

 そんなこともあって、卜占としては自分の本義ではないけれど、人相=観相術についても、かれこれ数十年、自分なりに学習を続けている。

 もっとも、人相観の名人というのは専門的にいうと「気色」や「画相」を観るわけだが、私ごときは到底、それらが観られるレベルではないので、せいぜい基本的な栄養質、筋骨質、心性質といった分類を土台に五官を観るのが関の山だ。

 五官とは眉、目、鼻、口、耳の5つの部位のことであるが、個人的にはなかでも目と口、この2つに注目することが多い。

 特に目は、その人の心性や性行、隠している感情や潜在意識が如実に表れる。

 口も同様だが、特にその人の対外的な性行や気質をここから観て取ることができる。

 それにしても、武芸では「一目二足三肚四力」というが、目というのは本当にその人の心根が出るものだ。

 では、それらがどのように目に出るのかというのは観相術の技術的な話であり、ここで逐一解説するのはたいへんなことになるので、興味がある人はまっとうな人相観の先生につくなり専門書籍で学ぶことをオススメするけれども、少なくとも武芸を本気で稽古してきた人であれば、ある程度は観相術的に相手の目=気質や性行を観ることはできるだろう。

 強気、弱気、おもねり、嘘、こびへつらい、虚勢、見下し、卑下、寝首を掻こうといった所々の感情や性格は、形稽古にせよ組手や撃剣のような自由攻防にせよ、人間を相手にした攻防をそれなりに経験してきた人であれば、多少なりとも観てとれるはずだ。

 このような帰納的な観相は、卜占としての演繹的な観相=人相観とほとんど一致するといって過言ではない。

 誤解を恐れずに言えば、卑怯な人は卑怯そうな目をしているものであり、嘘つきは嘘をつきそうな目を、いじめっ子はいじめる目を、いじめられっ子はいじめられる目をしているというのが、卜占としての観相術の基本的な見立て方である。

 そういう意味で、私は卜占の徒としては、冒頭に記したように「卜」と「命」がメインなので「相」はあまり観ないのだけれど、観相術的にあからさまに人相の悪い人というのはさすがにある程度分かるので、そういう人とはなるべくお近づきにならないように気を付けているし、やむを得ず接しなければならないときには、できるだけ速やかに疎遠になるように心がけている。

 そして、このような選択や行動が間違っていたことは、数えで48年となる自分の生涯を振り返ってみてもほとんどない。



 一方で、人相に代表される「相」というのは不変ではなく、本人の気の持ちようや志しによって変化するものでもある。

 生まれた日時や場所は変えることはできないし、問いに対して示された神託を三才の下に位置する人間ごときがどうこうすることは憚られる。

 しかし人相や手相については、本人の努力次第で変えることができるものなのである。

 人相が変わると運勢や性行・気質が変わり、性行・気質や運勢が変わると人相や手相が変わるという相関関係は、経験的な確信としてある。

 たとえば、もっとも簡単な観相術的開運法は、ニッコリと笑うことだ。

 「な~んだ、そんなことか」と多くの人が言うのだが、これは観相学的真理である。

 あるいは、これはちょっと話が脱線するこれども、もっとも簡単な狐憑きや悪魔祓いの方法は、憑依された人の部屋のカーテンを開き、窓を開け、日光と爽やかな風をその人の部屋にとり入れることだ。

 その上で、ベルガモットやネロリなどのアロマでも焚けば、下等な憑き物などはかなりの頻度で解消されると、とある高名なケイオス魔術の達人がその昔語っていたが、私もそのように思う。



 自分で言うのもなんだが、胡散臭げな卜占の疑似科学的論考を弄するまでもなく(苦笑)、「目は口ほどにものを言う」というのは身体論的事実であり、卜占の徒はもとより武芸をたしなむ人も、多少はこうした観相の術を知っておいて損はないであろう。

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 (了)
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