独座観念/(武術・武道)
- 2017/03/25(Sat) -
 桜田門外ノ変で討たれた井伊直弼は、居合に達した武人であり、侘び茶を深く極めた茶湯者でもあった。

 その著書『茶湯一会集』に、独座観念という教えがある。


 主客とも余情残心を催し、退出の挨拶終れば、客も露地を出るに、高声に咄さず、静かにあと見かへり出で行けば、亭主はなおさらのこと、客の見へざるまでも見送るなり、扨、中潜り、猿戸、その外戸障子など、早々〆立てなどいたすは、不興千万、一日の饗応も無になる事なれば、決して客の帰路見えずとも、取りかた付け急ぐべからず、いかにも心静かに茶席に立ちもどり、この時にじり上りより這入、炉前に独座して、今暫く御咄も有るべきに、もはや何方まで参らるべき哉、今日、一期一会済て、ふたたびかへらざる事を観念し、或は独服をもいたす事、この一会極意の習いなり、この時寂莫として、打語らうものとては、釜一口のみにして、外に物なし、誠に自得せざればいたりがたき境界なり


 これは武芸の稽古にも通ずる、深い心得ではなかろうか?

 稽古の後、木太刀や刀、手裏剣などに拭いをかけ、油を引き、磨きながら、今日の稽古のあれこれを想う。

 これもまた、武芸者のたしなみであり、楽しみでもある。

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▲稽古後、4尺2寸9分に及ぶ柳剛流の長大な木太刀に
油を引きつつ、本日の稽古に想いを致す


 (了)
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