清明雑想/(身辺雑記)
- 2017/04/13(Thu) -
 日常に戻らねばならぬ。

 そのために今日は、インバウンド向けの観光記事を10本ほど書く予定。

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 今も翠月庵は野天稽古場であるし、若い頃も旧師の方針で野外で稽古することが多かった。

 このため、地面の上でもそれなりに受身は取れたものだが、加齢とともに、また若い時と違って今は稽古のメインが柔術ではないこともあってか、野外での受身は厳しい。

 先日の岐阜での柳剛流演武は、コンクリート打ちっぱなしの野外ステージが会場だったのだが、剣術の接触技法で受身をとった際にお尻をぶつけたらしく、今日になってもちと、お尻の筋肉が痛い。

 歳は取りたくないものである・・・・・・。

 しかし一方で、「まだコンクリートの上で受身をとっても大丈夫だな」という、妙な安心感も覚えた演武であった。  

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 朝、先日入門したS氏から、柳剛流に関する質問がメールがあったので返信する。

 こうした質問はいつでも大歓迎なのだが、それはあくまでも日本語での場合。

 外国人弟子の場合、英語でのやり取りになるので、申し訳ないが、このようにレスポンス良く返事をすることができない。

 翻訳ソフトが進化しているとはいえ、やはり未だにナゾな日本語のレベルなので、到底、クリック1つで文章完成とはいかず、日本語なら10分で済む返信が、私の場合1時間もかかったりするので、じつにたいへんなのだ。

 熱心なので、できるだけそれに応えてやりたいとは思うのだが、やはり日本文化を日本人の師について学ぶのであれば、日本語の会話はもちろん、読み書きもできるようになってもらいたい。

 たとえば、私が英国でwitchcrafのcoven入団を志すのであれば英語の読み書き会話は必須であろうし、トルコで絨毯職人に弟子入りしようとするならトルコ語の読み書き会話はできて当然であろうし、サラワク州のプナン族に吹き矢を教えてもらおうと思ったらプナン語を学ばねばなるまい。

 そういう意味で、日本文化を学ぼうという外国人は、会話はもちろん、日本語の読み書きを習得しておくべきだろう。

 人生の時間は有限であり、私にはほかにやるべきことが山積しているので、自分の時間や能力を、今後、英語力の向上に使う余裕はないし、そのつもりもない。

 てなわけで、

 「我より童蒙に求むるにあらず。童蒙より我に求む」

 という易の哲理を理解してほしいものである。

 ま、日本語読めない人には分かんないか・・・・・・。

 (追記:これまではエキサイトやヤフーなどの翻訳を使っていたが、今日はじめてグーグルの翻訳を使ってみたところ、かなり使い良い。これなら割合早く、気軽に英文の返事がかけそうである。ま、面倒なのは面倒なのだがなあ・・・)

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 SNSで度々拙ブログを紹介してくださる、周防のRさん。

 お気遣い、かたじけないです。

 五十路を目の前に加齢の影響か、季節の変わり目となると何かと体調不良の多いこの頃ですが、だましだまし細く長く、武芸の修行に精進しようと思います。

 武芸の世界も、結局は最後まで生き残った者、長生きしたもん勝ちということかもしれません(笑)。

 (おしまい)
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