柳剛流を学ぶという責任/(柳剛流)
- 2017/04/20(Thu) -
 去る2月、仙台藩角田伝柳剛流の第4代である泉冨次先生ゆかりの方と、ご連絡をとることができた。

 そして先日、今度は「柳剛流の里」である宮城県伊具郡丸森町(旧大張村)で、明治時代に柳剛流師範として活躍された佐藤右膳先生ゆかりの方からご連絡をいただいた。



 佐藤右膳先師は、旧大張村大蔵に稽古場を構え、近隣に住む数多くの若者たちに柳剛流を伝えたという。

 私の師である小佐野淳先生に柳剛流をご指導された旧大張村川張の佐藤健七先生は、実父である佐藤金三郎先師に柳剛流を学ぶとともに、登米伝柳剛流の沼倉清八師範の指導を受けるほか、隣村にあった佐藤右膳先師の道場にも通ったという。

 佐藤健七先生の伝えた当時の逸話によれば、稽古において脚を打つ際、たいていの場合は相手の右足を打っており、相手の左足を打つことができるのは、よほど飛び込めたときだけであったという。



 佐藤健七先生他、複数の在地の先達から柳剛流を伝授された小佐野先生より、平成の今、薫陶を受けて仙台藩角田伝の柳剛流を学んでいる私としては、直系の先師である健七先生ゆかりの大師範である佐藤右膳先生のご親族からご連絡をいただけたというのは、実に光栄なことだ。

 古流の武術というものは、こうして時代や世代を経て人から人へ、さまざまな人々に支えられながら伝えられていくのかと思うと、改めて今、柳剛流の剣を振るうことの喜びをひしひしと感じる。

 そして50年後、100年後に、仙台藩角田伝柳剛流が日本のどこかで未来の武芸者たちに受け継がれているかどうかは、現在、柳剛流を伝承し稽古をしている我々にかかっているといって過言ではない。

 その責任はたいへんに重いが、一方で市井の武芸者のひとりとして、たいへんに誇らしくもある。

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 ■引用・参考文献
  『剣道日本』第3巻第6号 通巻30号「続 剣脈風土記 陸前柳剛流」 (渡辺誠/スキージャーナル)
  『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』(南部修哉)
  『日本剣道史 第十号 柳剛流研究(その1)』(森田栄)
 
 (了)
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