かくて円環はひらき、そしてとじる/(柳剛流)
- 2017/05/17(Wed) -
 取材やら、その後のよしなし事やらで、今晩の稽古は深夜から。

 このため、柳剛流の「備之伝」と「備十五ヶ条フセギ秘伝」に集中する。



 すでに何度も紹介しているように、備之伝は柳剛流において初学者が学ぶ15種類の構えの教えであり、備十五ヶ条フセギ秘伝は目録者が学ぶ、備之伝の15種の構えそれぞれに対応する必勝の構えの教えだ。

 一人稽古では、まず鏡に映る我の構えに対し、それに対応するフセギ秘伝の構えをとる。

 次の瞬間、鏡に映った我の構え(最初の構えに対応するフセギ秘伝の構え)に対応する、フセギ秘伝の構えをとる。

 その次の瞬間には、さらに鏡に映った我の構えに対する、フセギ秘伝の構えをとる。

 そしてまた次の瞬間、鏡に映った我の構えに対する、フセギ秘伝の構えをとる。

 つまり、彼(鏡に映った自分)のAという構えに対し我はBという必勝の構えをとり、次に彼のBという構えに対して我は必勝のCという構えをとる。さらに我は、彼のCという構えに対して必勝のDという構えをとり、次いで彼のDという構えに対して必勝となるEという構えをとる・・・・・・。

 これを延々と、頭で考えて構えるのではなく、条件反射で相手の構えに対応できるようになるまで繰り返すのだ。



 ただし、備之伝とフセギ秘伝における彼我の構えの関係は、正確にはAにはB、BにはC、CにはDというように、整列的に順序だったものではなく、AにはB、BにはL、CにはB、EにはGというふうに不規則な関係となっている。

 これは、備十五ヶ条フセギ秘伝が相手の特定の構え、つまり相手の構えから発せられるであろう固有の太刀筋やその防御的特性に対し、最も有効な我の対応が可能となる構えを示すという教えである以上、AにはB、BにはC、CにはDというような、機械的な整列順序にならないのは当然のことだ。

 ゆえに備十五ヶ条フセギ秘伝の構えには、頻出する特定の構え(対応する相手の構えの種類が、最も多い我の構え)があり、その構えが出てくると、そこから以降の彼我の構えの関係は、必ず同じパターンの連環が始まるのである。

 つまり、備之伝に示される15の構えのうち、彼が最初にどのような構えをとろうとも、最終的には必ず互いの構えの対応は、同じパターンの連環に帰結するのだ。

 ここに示されるのは、我を殺そうとする彼の太刀と、それを防ごうとする我の太刀との不思議な関係性、反発と誘引とが入り混じった、彼我の「位」の円環的世界を顕しているようで、実に興味深い。

 深夜の一人稽古はこのように、「術」に秘められた、ある種の思想のようなものを想起させてくれることが少なくない。


 ~月は我れ我は月かと思うまで
               隅なき月にすがる我かな(柳剛流 免許武道歌)~



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 (了)
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