丸森の柳剛流頌徳碑について/(柳剛流)
- 2017/06/28(Wed) -
 宮城県伊具郡丸森町大張(旧大張村)は、明治から大正にかけて、仙台藩角田伝柳剛流がたいへんに栄えた里だ。

 往時は各集落に柳剛流師範がおり、各々が数十名からの門弟を持って、指導にあたっていたという。

 このため一帯には、以下6名の師範方の功績をたたえる頌徳碑が点在している。

 佐藤新治師範(安政元年生まれ。柳剛流と心極流を伝承)
 大槻弥四郎師範(柳剛流5代と称す)
 佐藤右膳師範(柳剛流ほか体術を伝承)
 佐藤善四郎師範(柳剛流を伝承)
 佐藤留四郎師範(柳剛流6代と称す)
 佐藤金三郎師範(柳剛流を伝承)


 これら、丸森の師範方の頌徳碑について、碑文の翻刻に関する史料があればぜひ読みたいと思い、過日、丸森町役場に問い合わせをした。

 翌日、先方から回答があったのだが、碑文の翻刻などの史料はいずれも無いとのことであった。



 例えば埼玉県幸手市や戸田市、浦和市など、武州系柳剛流ゆかりの地では、関連する碑文や奉納額、伝書や起請文、古い文献史料などについて、その多くが翻刻されるなどして、それぞれの市史や町史といった文献に収められており、だれでも比較的容易に参照できることを考えると、丸森の現状はたいへん残念なことだ。

 しかし、現在私たちが稽古している仙台藩角田伝柳剛流は丸森の直系であり、その先人の方々の功績については、平成の今、柳剛流を学ぶ者として、ぜひとも知っておき、門下にも伝えておきたいと思う。

 それにしても、翻刻などの史料が無いということなので、直接現地を訪ね、筆写するなり拓本をとるしか、頌徳碑に記された碑文の内容を知る方法はないようだ。

 一方で、昨年丸森を訪ねられた師のお話しでは、かの地は自家用車なしでは調査が非常に難しいであろう過疎地域だということで、自家用車どころかそもそも車の運転免許を持っていない私にとっては、フィールドワークで訪ねるのはかなり条件が厳しそうである。

 しかたがないので青春18きっぷを使って1回に頌徳碑1つづつでも訪ねて調査・記録し、6~10年がかりくらいで取り組めばなんとかなるかなあなどと、気の長いことを考えている(苦笑)。

 ま、なにはともあれ、まずは手始めに1回、今年の夏か冬あたり、18きっぷで角田~丸森を1度訪ねたいものだ。

■参考文献
『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』(南部修哉/私家版)

 (了)
スポンサーサイト
この記事のURL | 柳剛流 | ▲ top
| メイン |