粟田口の善法/(武術・武道)
- 2017/07/24(Mon) -
 室町末期の侘び茶人に、粟田口の善法という人がいた。

 『山上宗二記』によると侘び数寄というのは、

 「一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つ、この三ヶ条を調うる者」

 なのだという。

 山上宗二は、そんな侘び数寄の代表として、善法を紹介する。

「京粟田口、善法。かんなべ一つにして一世の間、食をも茶湯をもするなり。身上楽しむ胸のきれいなる者とて、珠光褒美候」
 (京、粟田口の善法。燗鍋ひとつにて、一生の間、食事も茶もまかなった。この善法の楽しみ、胸中きれいなる者として珠光は称賛した)



 その名声を聞いた太閤秀吉は、善法のたった一つの燗鍋を使って茶会を開くよう、自身の茶頭である千利休に命じた。

 しかし善法は、「このような釜があるから、そんなつまらないことを言われるのだ!」と、自らの釜を粉々に打ち砕いたという。

 これを聞いた秀吉は、「善法こそ真の侘び茶人である」と感嘆し、砕かれた釜と同じ物を2つ作り、1つを自らの物とし、もう1つを善法に与えたという。



 平成の御代に「一物も持たざる者」である私だが、かなうことなら善法のように気高く侘びた、覚悟一つの「胸のきれいなる」武術・武道人でありたいと思う。


 けがさしとおもふ御法のともすれば
   世わたるはしと成そかなしき (慈鎮和尚)

 住所もとめかねつつあつましさして
   行はこしきに猶もなりひら (山上宗二)


市原長光

 (了)
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