敗戦の日によせて/(時評)
- 2009/08/16(Sun) -
 昨日は”終戦記念日”という名の、敗戦の日でした。

 まずは第二次世界大戦で亡くなった各国の全ての将兵と民間人の皆さんに、そしてクルディスタンの独立のために戦い命をなげうった1万人以上のゲリラ戦士と民間の方々に、心よりの哀悼の意を表します。

 やすらかに眠ってください。

 そして、自由万歳!

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 毎年、この時期になると、先の大戦に関連したドラマや映画、ドキュメントなどが放映される。

 若い頃は、「この時期だけかよ!」っと、そうした風潮を斜めに見ていたが、40ともなると、この時期だけでも、そうしたムーブメントで語り継いでいてほしい・・・、と心から思う。

 これは、立場が違えど、戦争は悲惨であるという気持ちからだ。

 その悲惨な戦争を繰り返さないために、

 A)全ての武装を放棄して、非戦に徹する
 B)適切な武装を維持し、母国を害する者とは徹底的に戦う

 大別すれば2つの意見があろう。

 いずれも、各人の信念にそって、従えば良い。信念は自由だ。

 日本は、自由な民主主義の国です。

 各人が自由に考えれば良い。ここが、自分の思ったことを口に出すことすらできない、独裁国家の北朝鮮や中華人民共和国とは違うところなのだ。

 そして私個人は、時代がどうあれ、友人、家族、故郷、母国の自由のためには、それを害する者とは徹底的に戦うべきだと念じている。

 なぜなら、自由ほど尊いものはないと信じているからだ。

 そして、自由のために命を賭すのは、近代社会での武人を志す者のNoblesse Obligeなのです。

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 麻生は馬鹿だ!、といえる自由。

 民主党もノータリンだ!、といえる自由。

 公明党は池田大作の手先じゃないか!、と言える自由。

 福島瑞穂は選挙ポスター、レタッチしすぎだろう!、といえる自由。

 これが、近代民主主義なのです。

 中華人民共和国なら、このブログはそく削除、私は逮捕・監禁されるでしょうね。

 こうした自由を獲得するのために、数百年前の中世ヨーロッパから現代のクルディスタンやチベットまで、世界中のありとあらゆる場所で、多くの人が、自由を好まない権力者たちの弾圧を受け、無残に殺されてきました。

 しかし、そうした屍の上に、自由・平等・博愛と完全な政教分離を謳ったフランス革命があり、アメリカ合衆国の独立があり、WWⅡ後のアジア・アフリカの植民地支配からの解放があったわけです。

 疑問に思うなら、図書館に行ってください。

 あるいは、オスカー作品の映画『ブレイブハート』を見てください(史実をベースのフィクションですが、作品のメッセージは”自由と独立の尊さ”です)。

 幸いに、日本は60余年前の戦争に敗れましたが、その後、国も国民も滅びることなく、自由と民主主義の恩恵を受けています。

 先の大戦では、マリアナ海戦以降、日本の戦争目的は国家の存続であり、合衆国の戦争目的は日本国の抹殺でした。

 結果としてそれを食い止めたのは、日本人の敢闘精神と、昭和天皇の英邁さでした。これは多くの史家や軍事学者の認めるところです。

 この点で、硫黄島や沖縄の玉砕も、特攻隊も、その戦術は、いち兵家として考えると到底上策とはいえませんが、少なくとも戦略として無駄死にではありませんでした。

 彼らたちが死を賭して戦い抜いたからこそ、今の我々の自由と独立があるのです。

                      ※   ※   ※   ※   ※

 同様に、クルディスタンの人々が、東トルキスタン(ウイグル)の人々が、チベットの人々が、アサバスカインデアンの人々が、さらにそれ以外の、現在の地球上で自由を求める全ての人々が、すみやかに圧制と抑圧から解放され、自由に生きてゆける社会が実現することを、改めて今日、心から祈念します。

 市村翠雨 謹識
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