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世の剣家は皆、斬足之法有るを知らず/(柳剛流)
- 2018/09/14(Fri) -
 柳剛流に関する史料のなかでも、三重県玉城町のM氏所蔵といわれる『奉献御寶前』は、まだ流祖・岡田惣右衛門が存命であった文政3(1820)年に作られた奉納額の写しであるという。

 そこには、柳剛流の真面目である脚斬り=断脚之太刀について、次のように記されている。


 先生嘗曰世剣家皆不
 知有斬足之法故学者
 以斬足為愧雖然有戦
 場不斬足之理乎是以
 甲冑即裏脚之具此備
 斬脚明矣是余所以創立
 斬足之法也先生以
 竹片像甲冑使門下之
 子弟専学斬脚之法


(先生はかつてこうおっしゃった。「世の剣術家は皆、脚を斬るという業の理合を知らない。故に剣を学ぶ者は、足を斬ることを愧(は)じとしている。しかし戦いの場においては、足を斬らないということはない。それは甲冑に脛当てがあることからも明らかである。こうしたところから編み出したのが、斬足之法なのだ」と。先生は撓や防具を使い、門下の弟子たちはもっぱら脚を斬る業を学んだ)





 では、どのようにして相手の脚を斬るのか?

 単に拍子の先をとって足を打つといった、反射神経と運に頼った技であれば、それは到底、「法」や「術」とは言えまい。

 柳剛流の「斬足之法」には、脚を斬るための「法」(理合)があり、それを剣技の勝口(かちくち)とする「術」(テクニック)がある。

 こうした「法」や「術」の理論と実践が、柳剛流を志す者が最初に学ぶ剣術形である「右剣」と「左剣」に、あるいは「当流極意柳剛刀」として目録で伝授される6本の剣術形にある。

 流祖没後190有余年が過ぎた平成の今も、柳剛流を受け継ぐ我々は伝来の形をもって、その「法」と「術」を日々練磨するのだ。


1705_松代演武_柳剛流左剣
▲「法」に沿い、「術」を以って相手の脚を斬る、柳剛流剣術の「左剣」


 (了)
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