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秋日迷想/(身辺雑記)
- 2018/10/04(Thu) -
 インバウンド向けの旅行記事を書きまくっている。

 昨日は箱根の見どころ紹介を30本、今日からは東京の天ぷら屋の紹介記事を30本。

 その合間に高齢医学関連の単行本のゴーストライティングをしつつ、明日は連載している医療経営者向け月刊誌の巻頭インタビューで都内に行かねばならぬ。

 再来週からは、毎年やっている書店売りの温泉旅館のガイドブック原稿の執筆が始まり、月末には旅行記事関連の仕事で関西方面に2泊3日の取材・・・。

 仕事はたくさんあるのだが、実は9月からこのかた体調が思わしくなく、結構しんどい。

 まったく、歳はとりたくないものだ。

  *  *  *  *  *

 昨晩は日付が変わるころに仕事が終わり、そのまま寝てしまいたいのはやまやまだが、稽古はさぼれない。

 毎日稽古をすることを心掛けているが、それでも仕事が遅くまでずれ込んだり、疲れてどうにも稽古をする気にならない日、泥酔して寝てしまう日などもあり、年間で平均すると毎月18~20日間くらいしか稽古をしていない。

 この程度の稽古量では現状維持すら心もとないのだが、今の自分の体力と集中力で、しかも日々の仕事をしながらだと、これがいっぱいいっぱいである。

 稽古を続けるというのは、なかなかに難しいものだ。


 ここしばらく、稽古では柳剛流居合に専念しているのだが、昨晩はちょっと気分転換がしたいと思い、柳剛流剣術と突杖の稽古とした。

 まずは突杖。「ハジキ」「ハズシ」「右留」「左留」「抜留」と5つの形を丁寧に繰り返す。

 次いで剣術は備之伝、フセギ秘伝から、「右剣」「左剣」「飛龍剣」「青眼右足頭」「青眼左足頭」「無心剣」「中合剣」「相合剣」と、8本の形をおさらい。

 剣術も突杖も、なんというかよい意味で「楽に動けるな」と感じられるのは、最近ずっと座技の居合という、身体の動きに負荷のかかる業を鍛錬していたからだろうか?

 逆に言えば、座った状態で刀を抜き指しする居合というものは、「座る」という行為そのものが、身体の動きを制限し鍛練のための負荷になるのということだ。

 例えば手裏剣術でも、正座での2間座打(跪坐ではないことに注意!)は、立打ちでの3間に相当する鍛錬になる。

 剣術にしても突杖にしても、二本の足で立って動くというのは、座技の居合に比べると、より重力から解放された自由さがあるようだ。

 稽古が終わり入浴後、しばし仙台藩角田伝柳剛流の伝書を味読。

 「術は心に属し、業は四躰に属す」(柳剛流免許之巻より)。

 深夜2時過ぎ、就寝。

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  *  *  *  *  *

 朝起きてニュースを読むと、新しく就任した文科相が教育勅語などという腐儒の妄言をまたぞろ持ち出したり、科学技術担当大臣がニセ科学のEM菌擁護者であったりと、相変わらず常軌を逸した政治が続いている。

 首相を筆頭に公職に就く者が平気で嘘をつき、それを指摘されても居直り、資本家は私利私欲に走り、企業は空前の内部留保を記録しながら、子どもの6人に1人が貧困状態にあって、月末になると炭水化物以外の栄養を摂ることのできない児童もいる。

 どんどん、どんどん、世の中が生きづらくなり、社会的弱者に対して過酷で無慈悲になってきているように思えてならない。

 嫌な渡世だなあ・・・。

 (おしまい)
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