ある先輩武人への手紙/(武術・武道)
- 2009/10/18(Sun) -
A大兄

 お手紙、ありがとうございます。

 私のブログ「指導する側の使命~「術」の言語化を通して」に関して、過分なお褒めの言葉をいただき、身の引き締まる思いです。

 とかく、文章表現というのはひとりよがりになりがちな中で、斯道の先輩であり、しかも自らも実践しかつ後進の指導にあたっていらっしゃる立場の大兄からの批評・講評は、私のような者にとって、なによりもはげみになります。

 一方で、ご指摘のとおり、こと武術・武道という実学においては、「ぐだぐだ言わずに、身体を動かせ!」というのはある意味真実であり、私自身、そのように思うところが多いにあります。

 まずは、理屈の前に、身体を動かせと(笑)。

 それをやらないと、いわゆる「K野さん系不思議武術人」になってしまいますし(爆)。
 

 けれども、単なる修行者であったならばよいのですが、立場上、先達として後進を指導せねばならぬ人の場合は、「身体だけ動かせ」型の指導は、畢竟、自身の無能の自己弁護に過ぎなくなってしまう・・・。

 この問題について、現在の武術・武道界の指導者層は、あまりにイノセントでありすぎなのではないか?

 そんな思いが、あの小論を記した根底の動機のひとつです。

 このあたり、「事」と「理」が一致した日常的な稽古が多くなれば、現代における武術・武道の社会的使命(生涯武道)の実現にも、わずかなりとも貢献できるのではないか? などと、大上段に思ったりもします。


 ところで、これはわき道的話題ですが、たとえば江戸時代の初期、日本語の音素数は、現在よりも多かったといわれています。ところが当時のかな文字では、それらのすべての音素を書き分けることができませんでした。

 つまり当時の日本語では、同じ言葉(意味)が、異なる文字で表現されることが度々あったということです。

 そうなると、同じテーマを話しているのに、双方の理解がまったく違っていた、などということが、頻繁に起こってしまうでしょうし、それでは事象の共通理解はたいへん難しい。

 このように当時は、日本語自体が未発達で、共通言語・共通の意味理解の道具として不完全な言語であったにもかかわらず、武人たちは、戦いに勝つための普遍的な道理=カチクチ(勝口)を、なんとか言語化し、共有しようとした。それが、現代に残る、往時の伝書や道歌だといえるでしょう。

 なかでも、当時、東アジアの言語文化では最も理論的に洗練されており、日本でも一部の知識層には定着しつつあった言語である大陸伝来の「禅の用語」を用い、武術の理合をまとめたものの代表が新陰流の『兵法家伝書』です。

 ですから、武術・武道を知らない現代の学者たちは、いまだに同書を「技術書というより、禅的思想性の濃い、哲学的な武術書」などと半可通な評価をしてしまうのです。

 しかし、これもわき道にそれますが、実際のところ同書は、言葉こそ禅の用語を多用していますが、その内容はきわめて明確な武術の技術書です。これは、同流を稽古されている皆さんにとっては当然でしょうし、流儀の異なるわれわれにとっても、実に含蓄のある技術論がまとめられています。

 たとえば、

 「素手で剣と戦う、当流の奥義=無刀取りは、なにもこちらが素手で、相手の刀を取り上げる一般的な柔術系の技というだけのものではないぞよ。

 『刀を取られたくない! 取られたくない!』という強迫観念によって相手の心を居着かせた上で、あえて刀を取らないでやっつけるのも、また無刀取りの技なのであ~る!

 なぜなら、相手は自分の刀を取り上げられたくないと思うほど、我に斬りかかれなくなるではないか! 結局は、相手の刀を取り上げようが、取り上げまいが、己が敵に斬られなければ勝ちなのだ。

 つまり、当流の無刀捕りという技は、敵の刀を取り上げるだけの単純なスキルだけではなく、自分が刀を持っていないとき、いかに相手に斬られないようにするのかの総合的技術論なのであ~る!

 では具体的にはどうするか?

 素手と刀では、刀の方が長いのだから、近寄らないと勝てない。

 逆に言えば、斬られるほど近づかないと、無刀取りはできないだよ!

 そこで、相手の刀の柄の下に身体を位置させるように、ぴったり入り身して取り押さえるのだ。

 アンダスタ~ン?」

(『兵法家伝書』無刀之巻/市村超訳)


 などと、書き記しています。

 これのどこが、「技術論が書いてない哲学的武術書」なのでしょう? ばりばり、柔術における太刀捕りのための普遍的な基本理論です。

 ほんと、学者は武術を知りませんね(笑)。


 しかし当時、最高の遣い手の一人であり、武士階級として知的レベルもそれなりに高かったであろう柳生但馬守ですら、武術の言語化は純粋な日本語だけでは実現できず、舶来言語体系である禅の用語を必要としました。

 だからこそ、「禅や儒教の言葉も借りず、古い軍記物の表現も使わず」、きわめて平易な、しかし不完全な当時の日本語を用い、しかも400年後に生きるわれわれのような後代の武術・武道人でも理解し納得できる武術の理合の言語化を実現した、宮本武蔵という人物の天才は、柳生を越えているのです。

「顔面突きで、相手をビビらせて居着かせろ」とか、「フェイントかけて斬れ」とか、「まず一拍子で強く打ち、そのまま粘る感覚で切っ先下がりに打てば、相手の太刀を打ち落とせる」などなど、『五輪書』の記述は、今読んでも超具体的かつ現実的です。体当たりのコツまで、丁寧に分かりやすく解説しているくらいなのですから。

 さらにすごいのは、言葉で説明すると誤解の多い点、言語化が適切でない部分について、「この技については、ちょっと言葉では説明できないので、実地の稽古で体験してくださいネ!」とまで書いてあるわけです。

 言葉にできることと、できないことを、きちんとわきまえている!

 400年前に、ここまで読者の便宜を考えて執筆しているのですから、もうこれは超絶的な現代感覚です。

 これをどう歪曲して読めば、「五輪書は、高邁な哲学的内容をまとめた、武術の求道的教え」になるのか? 私にはまったく理解できません(笑)。

 そもそも『五輪書』は二天一流においては極意の伝書ではなく、基本ガイダンス的技術参考書なのですし・・・。


 私自身、若い頃は、講談や小説、時代劇やドラマなどでスレテオタイプ化された宮本武蔵像しかもっていなかったので、正直、宮本武蔵という武術家は嫌いでした。野人から求道者へ、などというイメージが、あまりに陳腐だったですし、求道とか、克己みたいなイメージの化け物だと思っていましたので(笑)。

 しかし、今や史学としては常識ですが、こうしたイメージはすべてフィクションであり、学術的な資料に残る武蔵の人物像は、まさに事と理が一致した知的な天才武術家であり、その天才たるゆえんが、武術の理合の平易な言語化に挑み、それに成功した『五輪書』にあると私は思います。

 ところが現在も、一部の脳みそ筋肉系武術・武道人、あるいは右翼的思想傾向の人々が、戦前から戦後にかけて吉川英治と軍部が作り出した、あやまった宮本武蔵像を元に、能天気な根性論や陳腐な精神論をぶっているのを眼にすると、現代社会で武術・武道をたしなむ者のひとりとして、めまいがするほどの怒りすら感じてしますのです。


 ちょっと、筆がすべりすぎましたね・・・(苦笑)。

 いずれにしても、私自身も一歩間違えて稽古を怠れば、理屈はたつが実力の伴わない、「口だけ番長」になりかねません。

 しかし、われわれが携わる「武」の世界は、実力があってなんぼの世界ですよね。

 ですからやはり、日々の稽古を粛々と続け、武術・武道人としての最低限の実力の担保はしていかねば・・・、と改めて実感するこのごろです。

 なにやらすっかり、とりとめのないお手紙になってしまいました。

 また近々お会いして、稽古ができること楽しみにしております。


 市村 拝
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