武具を扱うということ/(武術・武道)
- 2010/03/04(Thu) -
 自分が打太刀をとるときはもちろんだが、稽古者に組太刀を稽古してもらっているときにも、一番気になるのは、思わぬ怪我の問題である。

 自分自身に向けて言うのなら、「怪我は己の未熟」ですむわけだが、ひとさまに稽古をしてもらっている場合、そうもいえないのが当世流である。

 我々が稽古してきた頃のように、「怪我と弁当は自分持ち」という時代ではないのだ。


 さて、これは空手の南郷氏が著作で指摘していることだが、たとえば空手や拳法などの場合、攻防の技術を育てるのと同時(あるいは以前)に、そこで運用される拳足の武器化という、別のプロセスも必要になってくる。

 一方で、剣術・居合術、あるいは手裏剣術も同様だが、武具を扱う武術・武道の場合、扱う道具(打刀や手裏剣)がすでに威力を有しているので、運用する道具の「武器化」というプロセスを必要としない。

 まあ、厳密に言うと、日本刀というのは実にデリケートな道具で、素人さんが使うとすぐに壊れるし、手の内がしまっていないと意外に斬れないものである。手裏剣にしても、実はその多くが見た目ほどの強烈な殺傷力をもっていない(一部の剣は別だが)ので、道具の使い方という意味での、武器化のプロセスが必要なのだが。

 とはいえ人間の手足に比べれば、刀や手裏剣、あるいは木太刀でも、それ自体に武具としての威力があるということを、常に念頭に置いて稽古に取り組まねばならない。


 考えてみれば、初めて手にした手裏剣は、今思えば30グラム台の非力な超軽量剣であったが、そのときには鋼鉄の剣のずしりとした重さと、鋭くとがった剣先にかなりの脅威と威圧感を覚えたものだ。

 ところが、今となっては「30グラム台の超軽量剣が相手で、自分が衣服を着用しているなら、フルパワーで打剣してきても顔面だけカバーしながら突進して、斬るなり、突くなり、取り押さえるなりして制圧すれば問題ない」と断言できる。

 ただし、剣に薬物などが塗られてある場合と、刃が付けられている場合は、このかぎりではないことに留意されたし。


 しかし逆説的になるが、30グラム台以下の超軽量剣でも、眼球に当たれば重症となるし、顔面に当たった場合、非常に危険であることは言うまでもない。ゆえに、超軽量剣も、運用さえ間違わなければ十分に武器として有効であることを理解しておく必要がある。


 このように、我々は常に、今扱っている剣が超軽量であろうと重量剣であろうと、本身の打刀でも軽量の木刀でも、「道具そのものに威力のある、武具を扱っている」という緊張感と、責任感を忘れてはならないだろう。

 (了)
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