『無我』襲来!/(数寄)
- 2010/04/01(Thu) -
 私はだいたい、普段は和服で生活している。

 インタビューなど仕事の際や冬あまりに寒いとき、および着るのがめんどくさいときには、洋服も着るが。


 一方で、もともとがダラシナイ大酒のみなものだから、四十路にもなると泥酔した挙句に、記憶をなくすことも少なくない。そして酔って記憶をなくすと、いろいろなものを忘れたり、落としたりするというのは、ものの道理というものである。


 ちょっと前、去年の年末。

 地元にあるなじみの小料理屋Sで、忘年会的にきこしめした際にも、すっかり楽しくなってしまい、ガンガン飲んだ挙句に記憶を失った。

 とはいえ、酒飲みの皆さんなら分かると思うが、「記憶がない」というのはあくまでも後から認識する事実であり、のちに当人が「記憶を失った」と認識していた間も、実際にはひとさまと会話をしたり、椅子から転げ落ちたり、失言をしてしまったり、暴れたり、隣のお嬢さんを口説いたりしているわけだ。

 ちなみには私は、記憶を失っている間に椅子から転げ落ちたり失言したりはよくする(らしい)が、暴れたり隣のお嬢さんを口説いたりはしない(と思う・・・、たぶん)。


 そんなこんなで、自分自身は小料理屋Sで午後9時までの記憶はあるのだが(後に聞いた話では、閉店時間の11時まで、がんがん飲んでいたらしい)、そこで完全に意識が断絶し、自室の畳の上で目覚めれば、31日の深夜3時であった。

 「・・・!」

 そこで嫌な予感に襲われ、脱いだ着物やかばんやらをごそごそ探るも、やはりない。

 案の定、財布を落としてしまったらしい。

 しかし、その程度で動じる私ではない。

 なにを隠そう、私は酔っている酔っていないにかかわらず、これまで40年の人生で、財布をなくすこと6回以上。なくした現金の累計50万円以上に及ぶのである!

 おかげで、こんなに貧乏だ(笑)。前世では大金持ちだったのかしらん・・・。

 そもそもこの日は、「今日あたり、やばそうだな・・・」と思っていたので、財布には現金数万円のみ。カード類などは、すべて財布から抜いて部屋においておいたのだ。

 人は経験から学ぶ生き物である。

 そんなこんなで、財布を落としたものの、被害は最小限に収まった、やれやれと思ったら・・・。

 帯がないのである。

 さらに、帯の下にしめる腰紐もない。

 ・・・。

 いったい私は、どんな格好で、店から家まで(徒歩約15分)帰ってきたのだろうか?

 腰紐と帯がないということは、少なくとも長着と襦袢の前はヒラヒラ全開である。

 ただし幸いなことに、和服の場合、襦袢の下に肌着を着ているので、もろにフ●チ●だとか、下着姿全開ということにはならない。

 しかし、いずれにしても一歩間違えれば「ほ~れ、見てごらん!」なオジサンと誤解され、後ろに手が回りかねないではないか!

 おそらくこんな感じで、家まで帰ってきたのだろうな・・・。

 泥酔して帰宅する、市村の想像図↓
無我 国立博物館
▲横山大観先生作『無我』(東京国立博物館蔵)

 結局、その後も財布はもちろん、帯も腰紐も見つからず、自分がどんな格好で、近所を歩いていたのかもわからず、私は憔悴したまま年を越し、この春を迎えたわけだ。

 以来、私の意識の中では、この横山大観先生の傑作『無我』が離れなくなってしまった。


 この作品は、若き日本画家であった大観が、新日本画を目指して1897(明治30)年に描いたもので、大観が日本画壇の風雲児として注目を集めるきかっけとなった傑作である。

 なお大観の『無我』は、現在3つある。

 1つは、上の『無我』。これは現在、東京国立博物館が収蔵している。

 もう1つは島根の足立美術館にある『無我』。こちらは、モノクロ作品だ。

無我 足立美術館
 ▲こどもの顔が、やや和風の困り顔?


 さらにもう1つは、長野の水野美術館収蔵の『無我』。

無我 水野美術館
▲こちらのちびっ子は、ちょっ
 と笑顔風?


 3つを並べて比較すると、こんな感じである。

無我 比較
▲切手になっているのは、真ん中の東京国立博物館の『無我』である


 とある解説によれば、「春の微風に、くわい頭の髪を乱した童子が大きすぎる着物を着て大人の草履をつっかけて無心に歩を運ぶところが描かれています。(中略)。童子の無我そのものの境地を天真爛漫にとらえ、視線は見るともなく何かを見つめています」とのこと。

 ま、私の場合、「無我」というより、泥酔の挙句の「忘我」なわけだが。

 そんなこんなで、『無我』のマイブームが高じ、過日、ヤフオクで複製画を落札。さっき、届いたので早速飾ってみた。

DSC_3798.jpg
▲わが草庵に襲来した、国立博物館バージョンの『無我』


 これで日々、己を知ることができる・・・、かもしれない。

(了)

 
 
スポンサーサイト
この記事のURL | 数寄 | ▲ top
| メイン |