納刀小論/(武術・武道)
- 2010/11/08(Mon) -
 翠月庵では、刀法併用手裏剣術の稽古のために、いささか恥ずかしながらも、ごく初歩的な抜刀術のイロハについて、希望者に指導している。


 基礎的な抜刀術を指導していてしみじみ思うのは、「刀というものは、抜くことも難しいが、納めることも難しい」という、斯界定番の教えである。

 私が旧師からS流とK流の抜刀術を学んだのは、すでに20年以上も前だ。

 当時、稽古では師の考えもあってか、他流や現代居合道などに比べると、納刀や血振るいについては、あまりやかましく細々とは指導されなかった。

 「落ち着いて、よどみなく静かに納める」
 「納刀の際も柄頭で相手の正中線を攻め続け、位で制しながら刀を納める」
 「常に残心に留意する」

 納刀に関して再三指導されたのは、主にこの3点であった。

 刀匠でもあった師の持論は、

「納刀については、すでに相手を斬り倒しているのだから、あわてて刀を納める必要はないのだ。ただしその際にも、残心を忘れるべからず。

 血振るいについては、本来は懐紙でぬぐいをかけてから納めるべきであり、さらにいえば懐紙でぬぐっても刀身についた血は完全には落ちないものである。ゆえに血振るいという動作については、血を振りとばすのが本意なのではなく、一連の形の動作における手ノ内と意識の句読点であり、初期段階の残心から次の段階の残心への分岐点である」

 というものであったように思う。

 いずれにしても、納刀や血振るいについては、それぞれの流儀にそれぞれの考え方があるので、「これが正しく、あれが間違い」という議論は不毛であろう。それぞれの稽古者が、それぞれの師の教えに従えば良い。

 ただし時折、新興流儀の演武などで、納刀の際に柄を逆手に持って、刀をグルングルンと八の字に何回も振り回しながら納める人を見るが、あれははみっともないので、やめたほうが良いと思う。

 やっている本人は、内心、「ドヤ顔」で得意満面なのかもしれないけれども・・・。

 殺陣じゃあねえんだからさ(笑)。

(了)
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