酷暑雑感/(身辺雑記)
- 2011/08/09(Tue) -
 昨日は立秋。

 秋のはじまりといいつつ、実際には夏真っ盛りである。しかし年々、夏が身体にきつくなってきたように思う。そもそも、いまから20年前、夏はこんなに暑かっただろうか・・・。

 夏ばてで、生業の原稿書きはいっこうに進まないのだが、一方で取材はどんどん積み重なっていく。

 先週はアイソメトリックストレーニングと強迫性障害、今週はガリガリ君の工場見学と人畜共通感染症と某大学病院の緩和医療の取材。

 われながら、領域不明の売文仕事を受けまくっている。

 ガリガリ君の製造過程を楽しく紹介する旅行ガイドブックの記事を書きつつ、人畜共通感染症の病原体であるカプノサイトファーガ・カニモルサス(Capnocytophaga canimorsus)に対する薬物療法について解説する新聞記事も同時に書くというのは、我ながら節操がないと思う。

 しかしまあ、稼がねば生きてゆけないのだから仕方がない。

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 易

 武経七書の王者が『孫子』であれば、四書五経の帝王は『易』である。

 天人合一と対待の行動学を示す『易』の魅力は、義理(哲学)の書であると同時に卜占の書でもあるということだ。

 「初九に曰く、潜龍用うるなかれとは、何の謂(い)いぞや。子曰く、龍の徳あって隠るるものなり。世に易(か)えず、名を成さず、世を遯(のが)れて悶(いきどお)るなく、是(ぜ)とせ見(ら)れざれども悶(いきどお)るなし。楽しめばこれを行い、憂うればこれを違(さ)る。確乎としてそれ抜くべからざるは、潜龍なり。」本田濟(わたる)著/『易』(朝日新聞社)

 義理の書として、上記のような名言を味わいつつ、時に応じては筮をとり卜占に用いることで、不確定な明日への行動変化の道しるべを示してくれる。

 『易』は、私にとっては『孫子』とともに、人生において欠かすことのできない座右の書だ。

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孫子


 『孫子』は武術・武道をたしなむ者であれば、必ず味読しておかなければならない不敗のためのバイブルである。

 「いかに勝つか」と同時に、「どうすれば負けないか?」を深く考察している点に、『孫子』の奥深さがある。

 そこにあるのは、徹底した戦いのリアリズムだ。

 その上で『孫子』の事実上の最終章である火攻篇は、次のような一文で締めくくられる。


 「怒りは復た喜ぶべく、慍りは復た悦ぶべきも、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。故に明主はこれを慎み、良将はこれを警む。此れ国を安んじ軍を全するの道なり」

 (怒りは〔解けて〕また喜ぶようになれるし、憤激も〔ほぐれて〕また愉快になれるが、〔一旦戦争してもし失敗したとなると、〕亡んだ国はもう一度たてなおしはできず、死んだ者は再び生きかえることはできない。だから聡明な君主は〔戦争については〕慎重にし、立派な将軍はいましめる。これが国家を安泰にし、軍隊を保全するための方法である)金谷治訳注/『新訂 孫子』(岩波文庫)


 愚かな戦争を始め、戦死者230万人、民間人の死者80万人という悲惨な結果を招いた、旧軍の無能な高級軍人たちは、こうした戦争のリアリズムを、ついに最後まで理解できなかった。

 それを知っていたのは、前線で指揮を執る一部の戦闘指揮官たちと昭和天皇だけだったのが、あの時代の日本の悲劇だったといえるだろう。

 もうすぐ終戦記念日である。

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  ~学問せぬ武芸者は匹夫の勇にして、三味線弾き候 芸者も同様~ 平山子龍

(了)
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